結語


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一、われわれ從來まで、ともすれば、現実を正視する勇氣にかけていた。

  今は過去となつた惡夢のような戰爭のさ中でも、望まぬ現実には眼をおおい、望む方向には事実をまげようとする爲政者のきようだな態度は、はかり知れぬほど國民にわざわいした。

  ここに述べてきたわが國経済の実状は決してなまやさしいものではない。

  この報告書は已むをえぬ事情もてつだつて、全てをつくすことはできなかつたが、事柄の容易ならぬものであることを、國民各位に傳えるのに不十分であつたということはできないだろう。問題は、單に、人間の体にして見れば指を切つたとか足が折れたとかいう程度ではないのである。いわば、生理学的な面、たとえば血液の中に毒がまわつたとか、内分泌腺の機能がそこなわれたとかいう種類の問題もわれわれをなやましている。正直者が馬鹿をみたり、まじめに働くものが損をしたりする現実は、とりもなおさず、経済という有機体の生理学的な故障をものがたるものである。政府はこのような事実を率直に國民とわかちあつて、國をあげて再建復興のためのいしずえにしたい。

二、近代社會の複雜な組立てのなかでは、一人一人の勤労の成果がどのように生活改善にむすびついているかをみきわめることは、單純なことがらではない。ロビンソン・クルウソーが自らはたらいては自分の生活を豊かにしてゆく透明な関係とは違うのである。しかし、経済が危機に立つたときには、われわれは否應なしに、ものごとを今までになく透明且つ直接的につかむことを余儀なくされもするし、またそうしなければならない、再生産の規模がだんだん狭まつていくような事態をぬけでて、希望にみちた復興再建の途上にのりだす過程は、當然のことではあるが、まじめにはたらくものどうしがもつともつと直接につながりあつて、自らの労働の成果を通じて生活を豊かにしてゆく過程、そしてそのためには一時的な耐乏も自らのためのものとして、自らが自らに課するところの過程でもなければならない。民主日本の門途とは、人民の、人民による、人民のための政府をつくりあげる関頭に立つていることを意味する「人民のための政府」であるためには「人民による政府」でなければならぬ。政府は、國民各位の積極的な支援とべんたつの上にのみ、その功をおさめうるものと確信する。

経済緊急対策  昭和二十二年六月十一日  内閣發表

  國家財政は赤字をつづけ、重要企業も赤字になやみ、國民の家計もまた赤字に苦しんでいるのがわが國経済の現状である。このような事態は決して永続きしうるものではない。なぜかといえば、それは一方においては、國の経済全体として再生産の規模を日一日と狭めて行くことを意味し、他方においては、惡質なインフレーションの進行を遂には避けられないものとするからである。

  三月二十二日付のマツカーサー元帥の吉田前総理大臣あての書簡は、このような経済の実情とその打開の方途とを早くも明瞭に指摘しているのであつて、われわれ日本國民はその先見の明に敬意を表するとともに、難局打開の重点が新奇な方策を案出することにあるよりむしろ、たとえいい古された政策であつてもそれを誠実果敢に実行面において貫き通す点にあることをこの際特に銘記するのである。

  終戰以來すでに二年ちかい。しかしわれわれは敗戰の現実がもたらす諸々の辛苦からいまだに解放される時期にいたつてはいない。にもかかわらず希望を持ちうるのは、國民挙げての努力を通じてわれわれが歩一歩民主的な独立國家への発展の途を前進していると確信するからである。いろいろな形での正常な國際関係への復帰の時期は次第に近づいてはいるが、かかる目標に到逹するための最低限度の條件は、われわれ自身がこの際まず自力をもつて、経済安定のために出來得る限りの施策を行うことにある。

そのことは具体的にいえば決してなまやさしいことではないだろう。長い眼でみてわれわれを救うものが、結局において今日における耐乏と協力とそして血と汗との労働のほかにはないことを十分に自覚しなければならない。しかし分配の公正化と不當な利得者の排除に一段の努力を拂い、まじめに働くもの同士が今までよりもつともつと直接につながり合う態勢を生みだすことによつて、窮乏の生活もそれだけ堪えやすいものとすることができよう。

  上のような考えを基本的な態度として、政府は當面の危機を乗切るために、次の八項目を重点とする総合對策を実行する。そのおのおのについてのさらに具体的な展開は逐一公けにして、そのつど國民諸君の協力を求めたい。

第一  國民生活、特に國民の勤労の基礎である食糧を確保することがすべての根本であるから、これ以上の遅配をくい止め、横流れを絶滅するためにあらゆる努力を盡す。

一、主要食糧の供出制度を根本的に改め、民主的な組織を通じて肥料その他の生産資材を作付面積、地力などに應じて先割當し、これに對應する生産計画量を概定し、これを基として供出割當を行うようにする。

二、新麦、新ばれいしょの政府買上價格を改訂物價水準に合わせて改正し、また供出報償物資のリンク制の内容を改善する。

三、供出を完納した農民が綠故のある都会住民に公正な径路によつて一定数量の主食を送ることできるような途をひらく。

四、主食の中心が當分米以外のものとなることは避けがたいので食生活の改善、特にたん白資源の確保に重点をおき、鮮魚介の統制を確実に実行するとともに加工水産物にもその適用範囲を擴大する。なお、その他の副食品、調味料の增配を合せ実行する。

五、消費都市の野菜類確保のために特産地の復活を助成してこれを消費都市に計画的に結びつけまた都會地の家庭菜園による自給を一層徹底させる。

六、労務加配の運用は勤労の実情に合うように合理化するが、その基準量は変えない。

七、全国にわたつて正常な配給品によらない料理店、飲食店などの営業をやめさせる。

八、當面の食糧危機を救い得るか否かは農民の自覚による供出いかんにかかつているので政府はその一層の努力を期待するとともにこれを妨げるものに對しては、断固たる態度をもつて臨む

九、水産の增加をはかるため、漁業の科学化、漁場の擴張、資材の重点的な確保につとめる。

十、以上の國内施策の完遂を前提として政府は食糧輸入の懇請に全力をかたむける。

第二  食糧確保、物價の安定その他すべての経済安定施策のかなめである物資の流通秩序を確立する

一、基礎的な生産資材、重要生活物資、主要食糧など徹底的な統制を必要とする重要物資は、公圃方式によつて配給を確保する。

二、統制の必要が上に次ぐ物資については現在の割當切符制を継続または新たに適応するものとし、割當物資の流れを最後までつかんでその径路とし使用実績を明かにするように切符制度の運用に改善を加える。

三、割當の制度は実績主義、能力主義を排し、能率と手持資材の活用と主眼として企業の公正な競爭を助成するように改める。

四、隱匿物資の摘発活用を強力に推進する。

五、取締の重点を経済行政の監査と大口の経済違反行為やヤミブローカーの摘発におく。

六、輸送統制を強化してヤミ物資の移動を抑壓する。

第三  これまでの経済の推移の結果、現行公定價格がまじめな産業企業の活動をいちじるしく妨げている現状にあるので、この際、賃金、物價を全面的に改訂して、その維持安定をはかる。

一、公定價格の全般にわたつてすみやかに、かつ総合的にこれを改訂調整し、この新價格体系を堅持する。

二、價格の決定は原則として原價主義によるが、利潤、減價償却などの原價要素の算定については各産業の特性に應じて適當な調整を加える。主要農産物の價格は、農業生産に関係のある鑛工業製品の價格との間の均衡を基礎としてこれを定める。

三、赤字保障や價格調整給金は、原則としてこれを廃止し、経済の総合的観点から特に必要とされる場合に限つてこれを認める。

四、價格改訂によつて生ずる差益はこれを國庫に徴收する。

五、價格公定の実益の乏しい雜品は、物價統制の對象から除き品目を整理する。

六、賃金と物價との関係については、公定價格による正規配給量の增加に重点をおき、これによつて実質賃金の充実、貨幣賃金の維持をはかり実質的にその安定をもたらすことを主眼とし、形式的な賃金停止や統制の措置は行わない。

七、貨幣賃金は、上の主旨にもとづいて改訂されるべき公定價格と消費財の正規配給量とを同時的に考慮しながら定めるのを原則とする。

第四  通貨面からのインフレーション促進の要因を除去するために財政金融の健全化をはかる。

一、財政は國民経済全般の円滑な運行をはかり、再建に最も效果のあるように運用することを主眼とし健全財政主義を堅持する。

二、才出の節約繰延をはかるために実行予算を編成する。

三、止むをえない歳出の增加は、極力現行税制の適切な運用によつて補うが、実情によっては增税を考慮する。

四、徴税機関の擴充や税源補そく方法の改善を行い、インフレーションやヤミによる不當な利得に対する課税を強化する。

五、事業特別會計については、独立採算制の本旨を徹底する。

六、予算実行上の監査を励行する。

七、融資統制を強化し、赤字金融は嚴にこれを抑制する、ただし、重要産業に必要な資金はこれを確保する。

八、通貨発行審議會の機能を活用し、國庫收支と産業資金の適時調整を実施して、通貨発行量の合理的規制に資する。

九、貯蓄增強運動をひきつづき強力に展開する。

第五  経済囘復の根本は生産の增強と生産能率の向上である。政府は重点生産の継続と企業経営の健全化を中止としてその実現をはかる。

一、石炭を中軸とする基礎生産財の增産、海陸輸送力の充実に對する重点主義を継続する。

二、経済復興會議と堅密に連絡して合理的な産業別整備計画を確立実施し、生産能率の最大限の上昇をはかる。上に関連して、産業再建に明確な指針を與えるため、長期経済計画を策定する

三、科学技術を結集し、その協力のもとに國内資源の徹底的な開発活用を行う。

四、はなはだしく過剰な従業者を抱えている企業については、合理的な配置轉換を促進して企業経営の健全化に資する。政府事業においても、率先して上の措置を講ずる。

第六  勤務者の自覚による勤労能率の向上こそ生産增強の原動力であるから、政府は乏しい國力をさいても、勤労者の生活と雇用の確保に必要な手段をとる。

一、政府は労務用物資の確保や勤労者住宅の整備につとめる。

二、経済復興會議を中心とする経営者と勤労者の積極的な協力に期待して能率賃金制の擴大、職場規律の確立などに努める。

三、輸出産業の振興など生産的な雇用機會の造出擴大に画期的な努力を傾注するとともに、公共事業の実施によつて、できるだけ失業者の吸収をはかる。

四、職業紹介機関の効率的な運営と職業補導施設の擴充によつて、失業者特に引揚者の就職を促進する。

五、失業者の生活安定のため、失業手當ないしは失業保險の制度をすみやかに設ける。

第七  食糧や再建のため必要な基礎資材の輸入をまかない、ひいては東洋諸國の復興にできるだけ寄與するために國内消費の一時的壓縮を忍んでも輸出の振興に力を注ぐ。

一、國民資源がいちじるしく不足する現状に照し加工貿易方式の擴充につとめるものとし合理的な輸出計画を設定する。

二、輸出品、その原材料、包裝材料は、物資需給計画に特掲してその確保に努め、その内地消費への流出を防止する。

三、米國向輸出を增加することにつとめるほか、東亞諸地域との貿易の擴大をはかる。

四、貿易の再開に備え、貿易関係者の創意にもとづいた活発な活動を伸長させるように経済制度全般を通じて必要な改善を行う。

第八  以上の諸施策の実效をあげるために、あわせて次の措置を講ずる。

一、経済再建と國民生活確保の基本になる産業について、私企業がその本來の性質上過度の危險のおそれその他の理由によつて期待された成績を挙げない場合には、その企業に對して必要な管理を実施する。管理体制は、政府が企業経営に関して直接に責任がとれるようなものにする。管理の実施に當つては、現在の從業者の技能と地位を尊重し、その創意と経驗を活用する。

二、勤労者で組織する生産組合的な企業形態を制度化してその助成に努めるとともに、協同組合制度を眞に中小企業の共同施設を中心とするものに改める。

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