第3章 ポストコロナに向けた企業活動の活性化と課題(第1節)

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第1節 企業収益と資金調達の変化

本節では、感染症の影響により大幅に悪化した企業収益の状況について、企業規模別・業種別に確認することで、特に影響を受けた層について明らかにする。また、政府による資金繰り支援も含めた、企業の資金調達の状況について確認した後、我が国全体としての資産・負債バランスについて整理する。加えて、収益悪化に伴う資金繰り対応として増加した企業の負債について、負債比率及び負債コストの程度や、今後、企業が負債コストを縮小させるためにバランスシート調整を行う可能性について検討を加える。

1 我が国企業の収益動向

(感染症の影響により、とりわけ中小企業の収益が大幅に減少)

感染拡大抑制に向けて、諸外国ではロックダウンが、我が国では緊急事態宣言が発出されたことにより、2020年4-6月期の経済は人為的に抑制された。我が国企業の収益1も4-6月期に大幅に減少したが、企業規模別に1-3月期からの変化をみると、資源価格の下落等で既に収益が減少していた大企業では、低水準でおおむね横ばいとなった一方、中小企業の収益は、リーマンショック時を下回る水準にまで大幅に減少した(第3-1-1図(1))。

リーマンショックや東日本大震災といった過去の危機時との比較においても、中小企業の大幅な減収が目立つ。企業規模別の収益動向をそれぞれの危機前を基準にみると、4-6月期は、大企業では危機前(2019年10-12月期)に比べて2割強の減少、中堅企業は同5割強の減少と、その程度は決して小さくはないが、中小企業に至っては、8割強まで減少し、過去2度の危機時を遥かに上回った。なお、大・中堅企業の減収幅は、東日本大震災時より大きいが、リーマンショック時には及んでいない。

経済活動を徐々に再開させた7-9月期以降の収益動向をみると、中堅・中小企業では各種補助金の効果もあり2、減収幅が縮小し、各々の平均水準は危機前に戻った一方、大企業については、目立った回復はみられず、厳しい水準が続いている(第3-1-1図(2))。

第3-1-1図 企業規模別にみた経常利益の動向
第3-1-1図 企業規模別にみた経常利益の動向 のグラフ

(サービス業では中小企業だけでなく、大企業も大幅な減収)

前年比の減収幅が最も大きくなった4-6月期の企業収益についてみると、製造業では、原油価格の下落による在庫評価損を抱えた石油・石炭の減収が最も大きい。規模別では、大企業よりも中小企業の減収幅が大きい傾向がみられ、大企業に比べて経営体力に乏しい中小企業に感染症の影響が直撃したことがみてとれる(第3-1-2図(1))。また、非製造業全体では、製造業と同様に大企業よりも中小企業での減収が大きかったが、減収幅の大きかった業種に限ってみると、中小企業もさることながら、大企業でも大幅な減収となっている。人為的な経済活動の抑制は、サービス関連業を中心に企業規模を問わず、企業収益に大幅なマイナスの影響をもたらした(第3-1-2図(2))。

第3-1-2図 業種別にみた経常利益の動向
第3-1-2図 業種別にみた経常利益の動向 のグラフ

(2020年度の売上計画は、外需よりも内需の方がより慎重な見方)

また、日銀短観により我が国企業の2020年度売上計画を内外需別にみると、製造業・非製造業ともに、外需よりも内需の方がより慎重な見方となっている。外需は、輸出が5月を底に持ち直し、11月にはおおむね感染症前の水準にまで達していることもあり(前掲第1-3─1図参照)、12月調査の海外売上計画では、製造業は9月調査対比で小幅の上方修正、非製造業ではおおむね横ばいとなっている。

一方、国内売上計画については、特に非製造業において、9月調査から12月調査にかけて下方修正されており、企業の当初想定よりも厳しい状況が示唆される。また、製造業の国内売上計画は前年比で2桁の減少となっており、企業収益悪化による国内設備投資の慎重さも反映されているとみられる。2020年末にかけて新規感染者数が再び増加したことや緊急事態宣言の再発令など、内需関連では売上計画の更なる下振れも懸念される(第3-1-3図)。

第3-1-3図 国内外の売上計画
第3-1-3図 国内外の売上計画 のグラフ

2 我が国企業の資金調達動向

(感染拡大以降、大企業・中小企業の運転資金借入は大幅に増加)

金融機関からの借入残高を企業規模・資金使途別にみると、感染拡大以降、運転資金を中心に、大企業及び中小企業で大幅に増加している。借入残高の増加幅は、全体としてリーマンショック時を大幅に上回っているが、中小企業による寄与が大きい(第3-1-4図(1))。

リーマンショック時は、①企業規模にかかわらず企業収益が大幅に減少したが、とりわけ大企業の悪化が著しかったほか、②金融機関発のショックでもあり、そのバランスシートが毀損するなかで、信用コストの高い中小企業への貸出余力が乏しかったことから、中小企業向け貸出は減少していた。一方、今回は、実質無利子・無担保融資など政府保証付きの中小企業向け資金支援が手厚いことが、中小企業による金融機関借入の大幅な増加に繋がっている。実際、金融機関の貸出態度判断DIをみると、大企業と中小企業の差が大幅に縮小し、足下では逆転している(第3-1-4図(2))。

貸出総額への寄与が大きい大企業、中小企業のうち、収益への悪影響が大きかった業種の残高動向をみると、大企業では「輸送用機械」による借入が著しく増加していた。諸外国のロックダウンや我が国の緊急事態宣言により、自動車生産及び販売は、国によってはほぼゼロの水準にまで減少したため、緊急措置的に手元資金を厚くしたと考えられる。ただし、世界の自動車販売は、感染拡大前の水準まで回復しており、借入は12月末には減少に転じた。一方、中小企業では、「食品」「飲食」「宿泊」「サービス・娯楽」の借入増加が目立ち、さらに「食料品」以外は、6月末から12月末にかけて借入残高がさらに増加している(第3-1-4図)。

第3-1-4図 金融機関の貸出動向
第3-1-4図 金融機関の貸出動向 のグラフ

(感染拡大以降の借入増加率は、リーマンショック時を上回る伸び)

企業の金融機関借入は、リーマンショック時を上回るペースで増加したが、借入規模と売上増減の関係をみていこう。まず、今回とリーマンショック時(2008年10-12月期前後の4四半期)の売上高(前年比)及び運転資金借入残高(前年比)を描くと、売上高(前年比)減少率のピークは、今回よりもリーマンショック時の方が僅かながら大きいが、運転資金借入残高(前年比)増加率は、今回の方がリーマンショック時より10%ポイント弱上回っている(第3-1-5図)。

第3-1-5図 我が国企業の売上高と金融機関借入残高
第3-1-5図 我が国企業の売上高と金融機関借入残高 のグラフ

2020年4-6月期から、7-9月期、10-12月期にかけて、売上高の減少率は縮小したが、運転資金借入残高の増加率は高止まっている。今次感染症局面では、売上高の減少を補うように借入が増加し、感染症の影響により失われたキャッシュインを金融機関借入が代替していた。実際、企業の資金繰り判断DIは、リーマンショック時ほど悪化せず3、著しい倒産増加もみられていない(詳細は2節を参照)。

3 我が国の資産・負債バランスと企業のバランスシート調整圧力

(経済対策もあり、民間の資金余剰は大幅増)

政府は、感染症の影響を踏まえ、経済対策を通じて特別定額給付金、持続化給付金など民間へ様々な給付・助成を行った4。資金貸与の場合、借入主体の資産(現預金)と負債(借入)の両サイドに計上されるため、それ自体は資金過不足5に影響しない。しかし、給付金の場合、受給者の負債は変わらずに資産が増加するため、資金過不足が変化する。実際、政府による各種給付金対応(特別定額給付金、持続化給付金、家賃支援給付金等)を受けて、一般政府は資金不足が拡大し、家計(個人事業主を含む)は資金余剰が拡大した6。民間非金融法人企業は、リーマンショック時を超える借入を行う中、売上(キャッシュイン)の大幅な減少もあり、2020年4-6月期は僅かながら資金不足に転じた。もっとも、リーマンショック時(2008年10-12月期)と今回(2020年4-6月期)を比べると、リーマンショック時が2.1兆円(季節調整値)の資金不足であったのに対し、今回は0.9兆円(同)の資金不足と、今回の方が小さい(第3-1-6図)。

第3-1-6図 我が国の部門別資金過不足
第3-1-6図 我が国の部門別資金過不足 のグラフ

(増加した借入は現預金として手元流動性に)

民間非金融法人企業の資金過不足について、細目の動きをみると、現預金の状況にリーマンショック時とのはっきりとした違いがある。すなわち、リーマンショック時は、借入の増加より売上高の減少が大きく、現預金はマイナスに転じ、全体としても大幅な資金不足となっていた。一方、今回は、借入の増加と同程度に現預金が増加しており、全体としても小幅の資金余剰となっている(第3-1-7図)。

第3-1-7図 企業の資金過不足の局面比較
第3-1-7図 企業の資金過不足の局面比較 のグラフ

(全体的な企業の負債比率や負債コストは低位だが、飲食業等では大幅悪化)

バブル崩壊後から2000年代半ばまで、我が国企業は負債の圧縮を続けてきた。その後、企業収益の回復もあり、設備投資やM&Aといった前向きな投資が増加したことなどを背景に、2016年頃から負債残高は再び増加傾向にあった。こうした流れの中で、2020年は収益悪化から企業の負債は大幅に増加し、2000年と同程度の水準にまで達した(第3-1-8図(1))。

一方、企業の負債比率(負債/純資産)は、2020年4-6月期に上昇したが、それでも全規模ベースで80%程度と、過去と比べれば低位である。これは、感染拡大前までの緩やかな景気回復のもと、利益剰余金の蓄積により純資産が大幅に増加したことによる(第3-1-8図(2))。さらに、負債の返済負担を表す負債コストも、低金利環境が続く下で、低位である(第3-1-8図(3))。ただし、感染症の影響を大きく受け、営業時間短縮等の事業活動の抑制を余儀なくさた宿泊・飲食サービス業など特定の業種については、負債比率が大幅に上昇している(第3-1-8図(4))。当座の資金繰りは凌ぐことができても、負債比率の過度な高まりは後の経営負担となる。政府は、感染症の影響を受けている企業のうち、スタートアップ企業、事業再生に取り組む企業、今後の事業拡大に向け新たな設備投資を実施する企業等を対象に、資本性劣後ローンの制度(新型コロナウイルス感染症対策挑戦支援資本強化特別貸付)を設けているが、事業活動の抑制を余儀なくされている業種等には、感染動向を踏まえて、より広く資本性劣後ローンの活用を促すことも必要である。また、こうした状況から早期に脱出できるよう、需要喚起を行うことも重要である。

第3-1-8図 我が国企業の負債比率と負債コスト
第3-1-8図 我が国企業の負債比率と負債コスト のグラフ

全産業では、負債比率も負債コストも低位ではあるが、負債の増加が懸念材料になるかどうか、最適負債比率との関係から検討しよう。最適負債比率とは、企業の資金調達手段には、負債(借入、社債発行等)によるものと株主資本(株式発行)によるものがある下で、負債増がもたらす税効果(支払利息の損金算入)と倒産リスク上昇のトレードオフから得られる、資本コストを最小化する負債比率のことである。

ここでは、先行研究7を参考に、財務データを取得可能な上場企業(データ継続企業)の最適負債比率を推計し、2020年度上期の負債比率が最適負債比率からどの程度かい離しているかを確認する(第3-1-9図)。

第3-1-9図 企業のバランスシート調整圧力の検証
第3-1-9図 企業のバランスシート調整圧力の検証 のグラフ

上場企業の負債比率は、リーマンショック以降低下を続けてきたが8、2018年度以降は上昇に転じ、感染症による借入が増加した2020年度(上期)も上昇している。もっとも、リーマンショック以降の大規模金融緩和による金利低下や倒産の減少によって最適負債比率も上昇しており、2013年度には実績負債比率が最適負債比率を下回り、それ以降も実績が下回っている。これらから、少なくとも上場大企業においては、感染症により借入は増加したものの、最適負債比率と比べて負債比率は低位であるため、設備投資等の前向きな投資を控え、過度な負債を圧縮させるバランスシート調整圧力は今のところ弱いと考えられる。


1 財務省「法人企業統計」の経常利益ベース。
2 持続化給付金などの各種企業支援金は、企業の判断により「その他の営業外収益」ないし「特別利益」に計上される。その結果、法人企業統計で中小企業の「その他の営業外収益」(前年比)をみると、2020年1-3月期が-15.1%、4-6月期が+9.1%であるのに対し、7-9月期は+53.6%、10-12月期は+42.4%と7-9月期以降、「その他の営業外収益」が増加しており、企業支援の効果が顕れていると考えられる。
3 企業の資金繰り判断DIは、リーマンショック時の売上減少前年比がピークであった2009年1-3月期が15ポイントの「苦しい」超であるのに対し、2020年4-6月期は3ポイントの「楽である」超となっている。
4 新型コロナウイル感染症緊急経済対策関係経費として、令和2年度補正予算(第1号、第2号)計57.6兆円が成立。
5 資金過不足とは、資金調達(金融負債の増減)と資金運用(金融資産の増減)の差である。金融資産の増加より金融負債の増加が小さければ資金余剰、金融資産の増加より金融負債の増加が大きければ資金不足となる。資金過不足が、四半期ごとのフローの概念であるのに対し、金融資産・負債差額は、こうした過去の資金調達・運用残高が積み上がった残高の差であり、ストックの概念である。
6 2020年4-6月期の一般政府の債務証券(負債)が44.7兆円増加したのに対し、家計の現預金は30.6兆円増加(いずれも季節調整値)。
7 西岡・馬場(2004)、柳田・築地・安井(2015)、小島・藤原(2016)。
8 柳田・築地・安井(2015)では、負債比率低下の背景として、収益拡大によるキャッシュフローの増加に対し、設備投資等の増加が緩やかであり、結果として内部留保率が高まった点を指摘している。
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