むすび

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(2018年の日本経済の現況)

日本経済は、2012年11月を底に緩やかな景気回復が続いており、2018年12月時点で、これまでの戦後最長の景気回復期と回復期間の長さでは並んだ可能性がある1。今回の景気回復局面では、海外経済の緩やかな回復を背景に、アベノミクスの三本の矢により、企業の稼ぐ力が高まり、企業収益が過去最高となる中で、雇用・所得環境が改善し、所得の増加が消費や投資の拡大につながるという「経済の好循環」が着実に回りつつあり、こうした中で、景気回復が長期化している。

今回の景気回復を支えるこれらの要因について現状をみると、世界経済の緩やかな回復が続く中で、世界の貿易量も増加しているが、2018年に入ってからはやや増勢が鈍化している。我が国の輸出についても、情報関連財輸出を中心に伸びが鈍化しているが、これは、2017年から続いたスマートフォンやデータセンター向け需要の増加が2018年に入って一服したものであり、水準としては引き続き高い状況にある。ただし、米中通商問題の動向を巡り先行きの不透明感が出てきている点には注意する必要がある。

企業収益は製造業、非製造業ともに改善を続け、過去最高の水準となっている。好調な企業収益を背景に、技術革新への取組、人手不足感の高まりに対応した省力化投資の取組もあり、設備投資も増加している。またインバウンド需要の高まりなどを踏まえ、建設投資も増加している。

雇用・所得環境の改善については、生産年齢人口が減少する中、女性や高齢者の労働参加により雇用者数が大きく増加するとともに、好調な企業収益を背景に緩やかな賃上げが続いている。特に2018年に入り雇用者数が大きく増加しており、この背景として女性や高齢者の就業率が引き続き上昇していることに加え、非正社員の賃金の大きな伸びを背景に若者の就業率が大きく上昇したことがあげられる。

こうした中、物価の動向をみると2017年後半から緩やかに上昇していたが、2018年春以降は上昇テンポが鈍化している。この背景として、消費者マインドが食料品やガソリンなど必需品の価格上昇もあって2018年に入ってから弱含む中で、企業がさらなる価格引上げに慎重になった可能性が考えられる。持続的な物価上昇のためには、力強い賃上げが重要であり、好調な企業収益が賃上げに結びつくことが期待される。

(景気回復長期化の背景と今後の課題)

今回の景気回復の特徴をみると、過去最長の回復期間である第14循環に比べ、デフレではない状況を実現する中、名目GDPの伸びが高くなっていること、さらには女性や高齢者の活躍の推進もあり、就業者数の増加幅が第14循環を大きく上回り、バブル景気と同程度となっている点があげられる。また、交易条件の改善等もあり、企業収益が過去最大となっており、設備投資や賃金も緩やかに増加している。

他方で、有効求人倍率がバブル期を上回る水準にあるなど人手不足感が高まる中で、労働生産性が伸び悩んでいる。こうしたことを踏まえると、現下の最大の課題は、生産性の向上等により潜在成長率を引き上げることであり、このためには、「人づくり革命」や成長戦略の核となる「生産性革命」を進めていくことが重要な課題である。

今後の景気回復のリスク要因としては、主に海外経済の動向があげられる。米中の通商問題の動向、中国経済の動向、アメリカの金融引締めが過度になった場合の金融資本市場への影響、英国のEU離脱の動向には特に注視が必要である。特に、米中の通商問題の動向については、現状では直接的な影響は限定的とみられるが、追加関税措置が長期化あるいは拡大するような場合には、サプライチェーンを通じた影響や不確実性の高まりによる企業活動の慎重化などが懸念されることから、その動向を注視する必要がある。

(家計部門の構造変化)

少子高齢化が進展する中で、核家族化や単身世帯の増加が進む一方、女性や高齢者の労働参加の高まりによって共働き世帯や働く高齢者世帯が増加するなど、家計部門では構造変化が生じており、こうしたことが家計の所得・資産・消費動向にも影響を与えている。

家計における所得・資産・消費動向を確認すると、バブル崩壊後の1990年代半ばから2010年代初めに至るまで、可処分所得の伸びの低下と消費の伸び悩みがみられ、その後、2010年代半ばから持ち直している。こうした背景には、1990年代後半に経済成長率が低下し、特に2000年以降はデフレの影響、非正社員として働く者の増加、社会保険料の増加、社会保障給付の減少等を背景に、世帯当たりの所得が伸び悩んだことが、消費が力強さを欠く状態につながったと考えられる。ただし、足下では雇用・所得環境が改善により、消費も持ち直している。

消費の動向について、年齢や就労状況といった属性別に世帯の消費動向をみると、高齢世帯は、保有する金融資産を生涯の間に取り崩すことによって可能となる消費水準よりもかなり低い消費を行っている。その背景には病気などに備えた予備的動機や遺産動機があると考えられるが、最近では特に遺産動機が高まっている。これは、高齢者自身だけでなく子ども世代の生活に対する不安の高まりが背景にある可能性等が指摘されている。若年世帯については、現状に対する生活満足度は高いものの、財所有に対する意識の低下や老後への不安等から、消費に対して前向きでない様子も示唆される。また、若年世帯では持ち家率の増加から、住宅ローンを抱える世帯が増え、それが平均消費性向を押し下げる要因の一つとなっている。一方、共働き世帯の増加は、仕事関連・教育費・時短消費等を中心とした消費支出の増加を通じて、マクロの消費を一定程度下支えしていることが考えられる。今後は、社会保障に対する不安を払拭する等の取組を進めることで、老後に対する不確実性を低下させ、予備的動機による貯蓄を減らし、消費を活性化していくことが求められる。また、働き方改革を進めることで、共働きをしやすい環境を整備することや、労働時間の短縮や有給取得促進により自由時間を確保することで買い物や体験型の消費を行う時間の確保につなげていくことも重要である。

消費の先行きについては、2019年10月に予定されている消費税率引上げに向けて、駆け込み・反動減の平準化に向けた取組を着実に実行していくことが重要である。2014年の消費税率引上げ時の駆け込み・反動減が大きかった背景には、日本では欧州と異なり税込価格が一斉に改定されていたことや、消費の前倒しを可能とする流動性資産を保有する家計が相対的に多いことに加え、食品等の身近なものの価格上昇に家計が敏感であった可能性が考えられる。2019年10月の消費税率引上げ時には、柔軟な価格設定が行えるようなガイドラインの整備、軽減税率制度の実施、ポイント還元支援等の様々な対策が行われる予定であるが、こうした対策は消費税率引上げ前後における消費の平準化に寄与することが期待される。

(世界貿易の動向と日本経済)

日本経済は、世界経済や世界貿易の回復を背景に、緩やかな景気回復が続いているが、2018年に入ってから情報関連財を中心に輸出の伸びが鈍化するとともに、先行きについても、米中間の通商問題や英国のEU離脱交渉などの動向の影響に留意が必要な状況にある。

世界の貿易量は、2008年の金融危機に伴う変動後から続いていた弱い動き(スロー・トレード)が、2016年後半以降、解消しつつあるとみられたものの、2018年以降、やや足踏みした状態が続いている。米中間の通商問題などを巡るグローバルな不確実性が高まっており、こうした世界的な不透明感の高まりが継続すると、世界の投資や耐久財消費の先送りを通じて世界貿易量が下押しされ、日本経済にも影響が及ぶ可能性があることには注意が必要である。

貿易の構造を財や産業レベルでみると、日本経済は東アジアにおける国際的な生産ネットワークに深く組み込まれている。東アジア地域においては、日本、NIEs、ASEANが中間財等を主に供給し、中国が最終財の主要な生産拠点となるサプライチェーンが構築されており、東アジアで生産された最終需要財をアメリカが輸入するという構図となっている。したがって、中国からアメリカ等へ輸出される主要な品目には、部品供給等を通じて日本が創出した付加価値が含まれている。このように東アジア地域で国際的な生産ネットワークが構築されていることから、ネットワークに組み込まれている国・地域の貿易に対して関税率引上げなどの外生的なショックが生じた場合には、サプライチェーンを通じて他の国・地域にも影響が及ぶ可能性が高いことが示唆される。

米中間の通商問題や英国のEU離脱は、その当事国・地域に最も影響が及ぶことは勿論であるが、当事国以外の国・地域に対してもグローバルなサプライチェーンなどを通じて影響を及ぼす可能性がある。また、通商問題を巡る不透明感が長く継続する場合には、各国・地域の企業活動を慎重化させ、設備投資等にも影響が及ぶ可能性があることには留意する必要がある。現時点では、我が国の貿易面等への影響は限定的とみられるものの、世界経済全体として複雑な多国・地域間の貿易・投資関係が成立していることを踏まえると、世界経済・日本経済への影響を注視していく必要がある。さらには、経済連携協定などの取組によって、自由で公正な共通ルールに基づく貿易・投資の環境整備を一段と進め、企業活動をより活性化することが引き続き重要である。


1 景気基準日付(山・谷)の設定について、データの蓄積を行った上で、専門家からなる景気動向指数研究会(座長:吉川洋教授)での議論を踏まえて、内閣府経済社会総合研究所において設定することから、その事後的検証を待つ必要がある。
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