第1節 復興のプロセス
被災地における復旧・復興は着実に進んでいるが、その回復の程度には濃淡がある。ここでは、サプライチェーンの立て直しの状況、さらには被災地における雇用・所得環境を詳細に確認した上で、今後、さらに進展が期待される復興について、公的需要のみならず民間需要も含めて確認する。
1 サプライチェーンの立て直し
東日本大震災により大きな被害を受けた東北地方や北関東地方は、我が国の経済活動全体に占める割合はそれほど高くないため2、震災が我が国全体の生産活動に与える影響は限定的との推測もあったが、実際には、3月の鉱工業生産が前月比で15%近く下落するなど大きな影響を及ぼした。これは被災地における生産のストップがサプライチェーンの寸断を通じて、全国の生産活動に大きな影響を及ぼしたことによる。本項では、震災により寸断したサプライチェーンがどのように立て直しを見せているかを仔細に見ていく。
(関東のマイコンの生産停止が東海や全国の乗用車の生産に大打撃)
上述したように、サプライチェーンの寸断(東北地方や北関東地方からの部品供給の断絶)により、産業によっては全国的に生産活動がストップし、我が国の生産全体に大きな影響を与えた。ここでは、震災直後にサプライチェーン寸断の影響で供給不足が深刻化した乗用車の動きを確認しよう(第2-1-1図)。
今回のサプライチェーン寸断の影響の一例として、東北地方や北関東地方においてマイコン(半導体)が生産できなくなったことにより、自動車の生産が全国的にストップしてしまったことが挙げられている。自動車1台を生産するためには2~3万個の部品が必要とされるが、その中でもマイコンについては、用途ごとのカスタム生産が多いために、特定の工場でしか生産できないという特徴がある。実際、2011年3月以降の動きを見ると、特に関東地方のマイコンの生産が大幅に減少したことにより、地震の直接的な影響がなかったはずの東海地方などでも乗用車の生産が落ち込み、全国的にも乗用車の生産が低迷した3。乗用車を含む輸送機械工業は、我が国の生産全体に占めるウエイトが約2割と非常に高いため、3月に鉱工業指数は前月比▲15.5%と統計開始以来最大の落ち幅を記録したが、その内の▲7.9%ポイント、つまり半分は輸送機械の減少によるものであった。ただし、その後は乗用車用マイコン製造の一部を東北地方に移すなど、代替生産を進めることで乗用車の生産は5月以降には急回復をしている4。
なお、半導体大手企業の被災地工場等の生産と自動車大手各社の自動車生産の動向を確認すると、震災による直接的な被害が少なかった自動車会社においても震災直後に生産を大きく減少させており、震災後は、半導体の生産の回復に連動して、自動車生産においても生産が回復していることから、両産業がサプライチェーンを形成していることが分かる。
(東北地方では鉄鋼、パルプ・紙の回復が遅れている)
次に、東北地方の主要業種ごとに生産の動向を確認しよう(第2-1-2図)。
まず全産業でみると、東北地方は他の地域に比べて震災後に大幅に減少したが、その後は持ち直している。2011年夏の時点でも、いまだに生産水準は低いが、他地域との差は震災直後に比べると小さくなっている。
次に輸送機械工業は、震災直後に急落したものの、持ち直しのスピードは全国の動きよりもむしろ速く、7月には震災前の水準まで回復している。電子部品・デバイス工業も、東北地方は震災直後こそ水準を3割程度減少させたものの、その後は低水準ながら全国の動向とほぼ同じ水準で推移している。電子部品・デバイス工業は、震災による被害によって低迷しているというよりは、世界的な需要の弱さにより生産がなかなか回復できていない。
一方、鉄鋼業や食料品・たばこ工業、パルプ・紙・紙加工品工業は、震災直後に大きく落ち込み、その後も水準は低迷したままである。特に鉄鋼業やパルプ・紙・紙加工品工業は、震災直後、震災前の水準のそれぞれ3割、2割程度にまで急減した。これは多くの企業が直接被災して生産をストップしてしまったためと考えられる(詳細は次項で扱う)。震災直後に生産が急減しただけでなく、これらの業種ではその後の持ち直しの動きが鈍いが、その要因としては、需要が低迷しているために被災した工場の復旧が遅れていることや、円高によって輸入品に代替されていることが考えられる。また、鉄鋼業においては、一部の企業で東北地方の被災工場で生産していたものを関東地方の工場に移管するという動きもあり、震災を機に、サプライチェーンの構成が変わっている可能性もある5。
このように東日本大震災の被害が大きかった東北地方において、輸送機械工業や電子部品・デバイス工業は全国と同じ水準を維持しているものの、鉄鋼業やパルプ・紙・紙加工品工業などでは低迷が著しいなど、産業によって大きな差があることが分かる。
(震災により生産が止まった企業の影響で東北地方の鉄鋼業、パルプ・紙工業が低迷)
東北地方では、輸送機械工業や電子部品・デバイス工業に比べて鉄鋼業、パルプ・紙工業での生産が特に弱い動きであることを確認したが、どのような要因でこの差が生まれているのだろうか。ここでは経済産業省の「生産動態統計」の個票データを活用して、東北地方の企業の中で、2011年4月に生産が完全に止まってしまった企業(以下、「生産停止事業所」という。)とそれ以外の企業(以下、「継続事業所」という。)の生産の動向を確認する(第2-1-3図)。
まず、事業所数を見ると、輸送機械工業、電子部品・デバイス工業においては全事業所のおおむね1割の企業が生産停止事業所であるのに対し、生産の落ち込みが激しい鉄鋼業やパルプ・紙工業においてはおおむね2割が生産停止事業所であり、事業所数ベースでも鉄鋼業やパルプ・紙工業における震災の影響が大きかったことが分かる。
次に、生産停止事業所の動きを産業別に見ると、サンプル数が極端に少ない輸送機械工業を除き、他の3業種においては8月時点においても低迷が続いていることが分かる。各業種ともに生産停止事業所の大半が、8月時点においてもいまだに生産活動が止まったままであり、生産活動再開がいかに難しいかが分かる6。
また、各業種の従業員規模別の生産の動きを見ると、鉄鋼業やパルプ・紙工業においては大規模の事業所において生産が大きく低迷していることがわかる。特にパルプ・紙工業では生産停止事業所4社が全て200人以上の事業所であり、生産が停止してしまった大規模事業所の影響が大きく効いていると考えられる。継続事業所の動向でみると、全事業所ベースでは低迷している鉄鋼業、パルプ・紙工業ともに前年の水準まで戻ってきており、東北地方における鉄鋼やパルプ・紙工業の弱含みは、津波などで大規模な企業が被災してしまい、しかもその企業の立ち上がりが遅れていることが要因といえよう7。
2 震災下の経済・生活
東日本大震災は、生産活動のみならず、雇用・所得環境や消費にも大きな影響を及ぼした。労働力調査で、2011年8月調査まで岩手県、宮城県、福島県(以下、本項では「被災3県」という。)を含めた調査が実施できず、2011年9月調査においても被災3県の沿岸部を中心に調査が再開されていない調査区が一部あることをみても、その影響の大きさが分かる8。本項では、震災が被災地の雇用や消費に及ぼした影響とともにその回復過程について確認をする。
(雇用者数は大幅に減少)
まず、雇用者数の動きを確認しよう(第2-1-4図)。被災3県の毎月勤労統計調査(地方調査)においては、震災後に集計できるサンプル数が極端に減少したことなどから、2011年3月、4月(宮城県は5月も)の常用労働者の値は存在しない。そこで、雇用保険の受給者実人員(基本手当及び個別延長給付。以下、同じ。)の前年同月からの増加数を雇用者から失業状態になった人数とみなし、統計データが存在しない期間の常用労働者の動きを補完した9。その結果を見ると、被災3県ともに震災後に大幅に落ち込み、6月まで減少(宮城県は7月まで)が続いていた。ただし、その後はいずれの県においてもおおむね横ばいで推移しており、下げ止まりの兆しがみられるようになった。
(有効求人倍率は大幅に改善しているものの、地域間の格差が大きい)
次に、有効求人倍率の動き10を見ると(第2-1-5図)、2010年を通じて全国、被災3県ともにリーマンショック後の落ち込みから持ち直してきていたが、東日本大震災の影響が出た2011年4月には、特に被災3県において大幅に下落した。その後、新規求人の増加を背景に有効求人倍率が増加に転じ、特に宮城県においては、全国の有効求人倍率を大きく上回るほどに回復しており、震災前の水準と比べても大幅に上方へシフトしている11。
今回の震災では、津波被害を受けた沿岸部で多くの人々が職を失った可能性が高く、県内全体の有効求人倍率だけではなく、沿岸部における有効求人倍率の動向も重要である。なぜなら、人々の移動には様々なコストが発生するため、労働の移動が必ずしも円滑にいくとは限らず、沿岸部で仮に労働需要が弱いと地域間における雇用のミスマッチが発生する可能性があるからである。そこで有効求人倍率を内陸部、沿岸部にあるハローワーク別に見ると、同じ県内においても地域間で大きな違いがあることが分かる。岩手県や宮城県では、仙台市や盛岡市が含まれる内陸部においては有効求人倍率が震災後に堅調に推移して震災前の水準を大きく上回っているのに対して、気仙沼市や大船渡市などを含む沿岸部においては内陸部と異なり震災後に大きく落ち込んだことが分かる。5月以降は、沿岸部においても有効求人倍率は上昇を始めているが、その程度は限定的で、震災前の水準を少し上回る程度である。上述のように今回の震災では、津波被害を受けた沿岸部で多くの人々が職を失った可能性が高く、沿岸部において有効求人倍率が低いことは、地域間で雇用のミスマッチを生み出す可能性がある。
コラム2-1 被災3県における失業率の推計
被災3県においては、2011年8月調査まで労働力調査が通常通りに実施できてなかったために、失業率も被災3県を除いた値でしか公表されていなかった。特に震災の被害が大きかった被災3県においては、雇用状況についても非常に厳しいと考えられるが、それを労働力調査で確認することはできない。そこで、被災地の雇用状況がどのような状態であったかを推定するため、上述した雇用保険の受給者実人員を活用し、雇用保険の受給者実人員の前年同月からの増加部分を新たな失業者として被災3県の失業者を試算12してみた(コラム2-1図)。なお、本試算は下記にも示しているが、種々の点で限界があるため、相当の幅をもって見る必要がある。
この試算によると被災3県ともに、震災後から失業率が急激に上昇したことが分かる。被災3県においても岩手県や福島県の上昇に比べて、宮城県における上昇が特に急であることが分かる。これは本試算が雇用保険の受給者実人員の推移を基に試算しているため、例えば、岩手県や福島県で被災し宮城県に避難しながら雇用保険を受給した場合には、震災前の勤務地ではなく宮城県の失業者として計上されるという、本試算の特性に影響を受けている可能性もある。また、雇用保険に加入していない者(例えば、個人経営の一部の農林水産事業者や自営業者)の失業については計上されていないことや、失業しているが雇用保険の受給手続を行っていない人も計上されていないなど、試算の限界はあるものの、被災3県においていかに雇用状況が厳しい状況にあったかを定量的に示す一つの手掛かりにはなるといえよう。
本試算における被災3県の失業者を考慮した全国の失業率は、公表されていたこの間の被災3県除きの数字からおおむね0.1%から0.2%押し上げられると試算される。なお9月から被災3県も含む全国の失業率が公表されたが、9月における当試算との差は0.1%13(総務省公表値4.1%。当方試算4.2%)であり、大きなかい離はないことが分かる。全国的には失業率は低下の動きを示してはいるが、その水準は依然として高く、また被災地における雇用状況は非常に厳しいことから、引き続き雇用の効果的な創出やミスマッチの解消が急務であるといえよう。
(地域間及び職種間のミスマッチが顕著)
次に宮城県における求人及び求職の動向を、地域別及び職種別に詳しく見ることで地域間のミスマッチのみならず職種間のミスマッチの動向についてみてみよう(第2-1-6図)。
まず沿岸部では、震災後に求職者数が大幅に増加している。季節的な変動を除くために前年比で見てみると、沿岸部では5月以降求職者数は急増し、前年に比べておおむね2倍で推移している。これは、沿岸部では津波による被害が甚大で、多くの企業が被災し、多くの人が職を失ったことによるものと考えられる。これに対して、内陸部の求職者数はほとんど前年と同じ水準である。一方、沿岸部の求人数は、求職者数と比べると圧倒的に少ないが、前年比では倍近い増加を示している。これに対して、内陸部の求人数は6月以降大きく増加しているが、前年比では沿岸部より伸びは小さい。このように、沿岸部と内陸部の有効求人倍率の違いは、主として、沿岸部で求職者が極めて多いことによるものと言える。
次に職種別の求人・求職者数の動向を見ると、事務的職業及び製造業において、沿岸部においても求人数がそれなりに増加しているが、極めて大幅に増加している求職者数には追い付いていない。内陸部においては、特に製造業において、求人数の増加率は沿岸部に比べて必ずしも大きくはないものの、求職者数が前年比で減少していることから、有効求人倍率は改善している。
建設業・土木業に関しては内陸部、沿岸部ともに震災前にはミスマッチはあまり起きていなかったが、震災後には復旧・復興のために建設業・土木業の求人数が大きく増加する一方、建設業・土木業に対する求職者数は内陸部で減少し、沿岸部で横ばいであるため、求人に求職が追い付かないというミスマッチが激しくなっている。
以上をまとめると、沿岸部においては、震災により職を失った人が多数に上ったため求職者が極めて多くなっており、求人数はそれなりに増加しているものの求職者の増加に追い付いていない。それに対して、内陸部においては、求人数の増加率は沿岸部と比べて高いわけではないものの、求職者の増加が少ないことから、有効求人倍率は高めに推移している。このように、地域間で求職者と求人のミスマッチが生じている。さらに、職種間でも、事務的職業や製造業では求職者数が相対的に多く、建設業・土木業においては求職者が不足するというミスマッチが生じている。今後は、この地域間及び職種間のミスマッチを解消し、労働需要を実際の就職に結びつけることが被災地の復興にとって重要な課題である。
(雇用者数減の影響により、被災地の所得環境は非常に厳しい状況が続く)
被災地における雇用者数が低迷していることは既にみたが、所得環境についても確認しよう(第2-1-7図)。ここでは雇用者全体の所得を確認するため、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」の一人当たり現金給与総額に先ほど確認した常用労働者数を掛け合わせたものを活用する。
雇用者全体の所得(所得総額)は、全国では震災後も前年とほぼ同程度の水準で推移しているのに対して、被災3県においては前年に比べて大きく下落する結果となっている。これを一人当たりの給与額の変動に起因する要因(給与要因)と労働者数の変動に起因する要因(労働者数要因)とに分けてみると、全国では労働者数は継続的に前年を上回って推移しているものの、給与要因がマイナスに寄与することが多く、結果として前年とほぼ同水準となっている。一方、岩手県、福島県において所得総額が減少しているのは専ら労働者数の減少によるものであり、給与要因はむしろプラスに寄与している。宮城県においては、労働者要因がマイナスになっているのみならず給与要因も7月、8月にはマイナスに寄与しており、所得総額のマイナスが大きくなった。ただし、特別給与を除く定期給与の動きを見ると、被災3県ともにほぼ前年並みか前年をやや上回る水準となっている。宮城県において6月や9月の現金給与総額が増加したことを考慮すると、7月、8月における宮城県の現金給与総額の弱さは一部の企業においてボーナス支給月がこれまで7月、8月だったのが6月もしくは9月にシフトした影響14であり、給与面の基調としては他の2県同様に前年に比べて増加傾向といえよう。
このように、被災3県においては、基本的には労働者数の減少によって所得環境が悪化している傾向にあり、今後は、被災地における所得環境の改善のためにも、ミスマッチを解消し、労働需要の高まりを効率的に雇用者の増加に結び付けることが重要といえよう。
(震災直後に被災地の消費は大幅に落ち込んだものの、その後は堅調に推移している)
被災地における雇用・所得環境を見てきたが、被災地における消費の状況はどうなっているのだろうか。ここでは総務省の「家計消費状況調査」における東北地方の消費支出総額を被災地の消費としてその動向を確認15するとともに、東北経済産業局の「東北地域大型小売店販売額動向」を活用し、各県におけるデパートやスーパーの売上げの推移を見てみよう(第2-1-8図)。なお家計消費状況調査では震災により調査票を回収できなかった地域について、東北地方で調査票を回収できた地域の結果で補完しているため、被災した世帯の消費動向を必ずしも反映できているわけではないことに留意が必要である。
まず東北地方の消費支出総額を見ると、震災が起きた2011年3月に前月比▲15%と大幅に減少した。全国においても、計画停電や消費者マインドの悪化の影響などで3月は前月比でマイナスとなったが、それでも▲2%程度であったことを踏まえれば、いかに東北地方の支出総額が大幅に落ちたかが分かる。ただし、東北地方においては4月以降は大幅に改善し、6月には震災前の水準を上回った。前述のように家計消費状況調査では被災した世帯の消費動向を必ずしも反映できているわけではないが、おおむね、被災地の消費は6月以降は堅調に推移しているといえよう。
次に、被災3県におけるデパートやスーパー(宮城県はデータの制約上、大型小売店)における売上げを見てみると、やはり3月に大幅に落ち込んだことが分かる。特にスーパーに比べてデパートの落ち込み幅が大きく、前月比▲40%から▲50%程度の落ちこみとなっている。震災直後は、食料品などの生活必需品への消費が中心となり、不要不急の嗜好品の消費が大きく落ちたために、デパートとスーパーの落ち込み幅の差につながったと考えられる。ただし、デパート、スーパーともにその後は急回復をみせ、5月以降はおおむね前年を上回る水準で推移している。特に、宮城県の大型小売店の売り上げ水準は震災前の水準から1割程度上昇しており、生産の持ち直しとともに消費が伸びたことに加え、地震や津波によって失われた家財の購入などが消費を押し上げる要因となっていると推測される。
なお、岩手県におけるデパートやスーパー、福島県におけるスーパーについて震災後の既存店ベースと全店舗ベースの前年比を比較すると、既存店ベースが全店舗ベースを大きく上回っている。これは震災によりこれらの地域のデパートやスーパーの一部で営業ができなくなってしまったために、店舗数の変化も考慮した全店舗ベースで大きく下振れているためであり、今回の震災による影響がいかに大きかったかがこのことからも分かる16。
このように、震災直後に被災地の消費は大きく落ち込んだものの、その後は急速に持ち直し、現在は宮城県を中心に比較的堅調に推移しているといえよう。ただし、被災地において、震災に伴う所得減少による消費の低下というリスクが十分に回避されていたかどうかは、より詳細な検証が必要である17。また、当然のことながら、被災地の所得環境は良好とは言えないため、今後の消費動向を注視する必要がある。
3 復興需要
東日本大震災により我が国のストックは大きな被害を受けた18。今後、官民両方において毀損したストックの再建が本格化していくが、本項では復旧・復興のための公的支出19や企業における設備投資がどの程度生まれてくるのかを推測するとともに、その特徴を確認する。
(被災3県における震災後の震災関連予算累計は、本予算並み)
被災3県を中心に、震災後の復旧・復興のための補正予算が着実に成立20している。被災3県における震災関連予算21の累計の推移とともに、復旧・復興にあたっての重要項目である災害廃棄物処理(いわゆる、がれき処理)と応急仮設住宅建設の進捗状況について確認しよう(第2-1-9図)。
被災3県における震災関連予算の累計を見ると、各県ともに震災後から速やかに累次の補正予算を成立させ、2011年11月20日時点では、岩手県で約5,000億円、宮城県で約1兆円、福島県で約7,000億円となっている。対比の意味で、阪神・淡路大震災後の兵庫県における震災関連予算を見ると、震災翌年度の当初予算に震災関連も含むこともあり、震災から7か月後の予算規模はおよそ2兆円程度であった。各県における当初予算の規模と対比してみると、被災3県、兵庫県ともに震災発生年度の当初予算総額の規模とほぼ同程度となっており、東日本大震災、阪神・淡路大震災ともに、震災からの復旧・復興のために各地域で迅速に予算手当が行われたことが分かる。なお、全国の公共工事請負金額全体の変化(前年比)に対する被災3県における災害復旧のための公共工事請負金額の寄与を見ると、6月以降は全国の公共工事請負金額を前年比で3%ポイント程度押上げており、10月には9.4%ポイント押し上げる22など、公共投資全体に及ぼすインパクトも非常に大きなものとなっている。
次に、復旧の進捗状況について、災害廃棄物処理の進捗を使って確認すると、震災直後はなかなか進まなかったが、2011年度の第一次補正予算成立後、進捗のペースを大幅に上げ、震災発生から約7か月経過した時点で災害廃棄物の 60%程度が仮置場へと搬入されている。居住地近傍にある災害廃棄物の搬入23については2011年8月末時点で被災3県(原子力災害対策特別措置法に基づいて警戒区域に指定されている自治体を除く)の全ての市町村でほぼ完了していることや、解体した上でがれき処理をする必要がある家屋などのがれき推計量を除いたベースでの進捗率が、10月18日時点で既に90%に達している24ことにかんがみれば、今回の復旧の取組スピードは決して遅くないといえよう。今後は、居住地近傍以外の地域における災害廃棄物の搬入及びに仮置き場に搬入した災害廃棄物の二次処理、最終処理が着実に進捗することが期待される。
また、応急仮設住宅の完成進捗率を見ると、震災直後は阪神・淡路大震災時に比べて低迷していたが、2011年度の第1次補正予算成立後には大幅にそのペースを速め、おおむね阪神・淡路大震災の際と同じようなペースで進捗率が上昇していったことが分かる。阪神・淡路大震災の際に比べ、今回は必要とされる応急仮設住宅の戸数が多いこと25や、建設に適した土地の確保が難しかったことを考慮すれば、応急仮設住宅の供給は比較的速やかに行われたと言えるだろう。
(復興に必要な建設人材の確保が必要)
被災地を中心に予算上の手当は着実に進んでいることは確認したが、予算の手当だけでは復興は進まず、実際に建設工事を行うための資材・機材や人材が必要になる。例えば、震災直後に「木材(型枠用合板)」が、製造している工場の被災など供給側の要因により需給がひっ迫し、復旧工事や住宅の建築にマイナスの影響を及ぼした(第2-1-10図)。
被災3県における2010年の建設業雇用者数は約12万人で、全国の建設業雇用者数の5%程度に相当する。震災関連予算が当初予算並みに計上されていることを考慮すると、東北地方において相当程度の建設業の雇用者が必要になると考えられる。建設技能労働者の不足率26をみると、まず全国では、2008年以降の不足率は▲1%から▲2%程度で推移してきていたが、7月以降に大幅に上昇している。これは、震災後に一部で自粛の動きがあった住宅着工が首都圏を中心に7月以降に急増した影響と考えられる。また、これまで公共事業費の減少などにより全国の不足率の水準を下回って推移していた東北地方においても、震災からの復旧・復興需要により7月、8月には不足に転じた。10月には大幅な不足となっていることを踏まえると、復興に必要な建設人材の確保が必要といえよう。
(被災地において設備の不足感が高く、設備投資においても復興需要が期待される)
被災地では、道路や鉄道などの公共インフラが被災し毀損しただけではなく、民間企業の工場や生産設備などの資本も大きな被害を被った。先ほど確認した公的支出のみならず、今後は民間部門において毀損した設備の復元のための設備投資が期待されるが、この設備投資にはどのような特徴があるかについて見てみよう(第2-1-11図)。
まず内閣府・財務省の「法人企業景気予測調査」における生産・販売などのための設備に関する企業の意識を見ると、被災3県においては(本社が被災3県にある企業。ここでは115社)、1~3月期調査(調査時点2月15日)時には翌月末時点の設備を「不足」と予想していた企業が6.1%であったものが、4~6月期調査(調査時点5月15日)では13.8%にまで急上昇している。これに対して全国では、対応する数値が1~3月期調査の 5.2%から4~6月期調査の 6.3%へと若干上昇しただけであり、被災地における「不足」の回答の大幅増は景況感の変化によるということではなく、震災により設備が毀損したことで不足と感じる企業が相当数に上ることによるものといえよう。ただし、「過大」と回答する企業の割合も、水準は低いながらも震災前に比べて大きく伸びており、震災の被害やその後の需要動向、さらにサプライチェーン寸断の影響の差などにより企業間で設備過剰感の差が大きくなっていることが特徴的である。
次に、内閣府の「県民経済計算」と前出の「法人企業景気予測調査」を活用し、被災3県において震災からの復興需要がどの程度でてくるのか、試算してみよう。推計方法としては、全国の2010年度の設備投資計画(2010年7~9月期調査(調査時点8月15日))と2011年度の設備投資計画(2011年7~9月期調査(調査時点8月15日))の変化率(上期はプラス 6.6%、下期はプラス 4.4%)を震災による毀損以外のトレンド(景気要因など)と仮定し、被災3県の 2011年度の設備投資計画額における震災による毀損以外のトレンドで説明できる部分を除いたものを復興需要とみなして試算した。また設備投資金額としては、2008年度の「県民経済計算」の被災3県における設備投資金額を「法人企業景気予測調査」における設備投資計画額伸び率で延長して、2008年度から 2011年度の被災地における設備投資金額を計算した。その結果、今年度の上期、下期をあわせて被災3県において民間企業の設備投資は0.3兆円程度が復興需要分として発生すると試算できる。当然、全国のトレンドと被災3県のトレンドが必ずしも一致するわけではないため幅を持ってみる必要はあるが、この復興需要額は、2010年度の国内設備投資比で約 0.4%、被災3県における設備投資比では約10.9%に相当する27ことを踏まえると、被災地においては復興に伴う設備投資は相当程度発生するといえよう。
(津波などの被害を受けた自動車について、特に中古車市場で需要が多く見られる)
東日本大震災は、企業の設備だけではなく、家庭の自動車や家屋にも大きな被害をもたらした。ここでは震災によって大きな被害を受けた自動車や家屋の再建に向けた動きについて確認しよう28。(第2-1-12図)。
東日本大震災の津波によって多くの自動車が被害を受けた29。被災地においては、多くの家庭にとって自動車は生活に欠かすことができない必需品であり、津波等で毀損した自動車の買い替えが予想される。この自動車の買い替え需要を国土交通省東北運輸局の「管内新車新規登録台数」で確認すると、サプライチェーン寸断による自動車生産の停止などもあり、3月は大幅に落ち込んだものの、4月以降、被災3県における新車販売は大幅に伸びている。特に岩手県や宮城県では震災前の水準(エコカー補助金終了の2010年9月から震災前の2011年2月)に比べてそれぞれ2011年夏には3~5割増の水準となっており、津波等によって失った自動車の買い替えが進んでいることが分かる。ちなみに、全国ではサプライチェーン寸断による供給側の要因から4月まで新車販売が低迷していたが、被災3県では上述の通り4月から急速に新車販売が回復した。これは津波の被害などで多くの車を失った被災地に対して、自動車各社が優先的に自動車の供給を実施したためと考えられる。
次に、日本自動車販売協会連合会の「自動車登録統計情報中古車編」等を活用して、中古車の買い替え需要の動向30を確認すると、被災地においては新車以上に購入台数の伸び率が高いことが分かる。新車販売に比べて、サプライチェーンの寸断などの供給制約が少ない中古車販売においては、全国では震災前後でほとんど変化がないものの、被災3県では4月以降に大幅に増加していることが分かる。宮城県では4月、5月に震災前の水準の2倍弱程度、岩手県でも同月に4割増程度と大きく上昇しており、新車だけでなく中古車も活用して被害を受けた自動車の買い替えが進んでいると推測される。
家屋の修理費等について見ると31、外装は、全国では震災前後を通じて前年と同じ水準で推移しているが、東北地方においては、月による変動はあるものの、傾向として、震災後は前年を上回る水準で推移している。一方、内装は、震災後の4月から6月にかけて東北地方で前年を大幅に上回る水準となっており、集中的に内装の修理等が行われていることが分かる。このように全国の動向と異なり東北地方では、家屋の修理費等が震災後に増加しており、被害を受けた家屋の修理のための支出も相当程度発生したと言える。
コラム2-2 被災3県における復興計画
東日本大震災は我が国経済に大きなマイナスの影響をもたらした。今後、安全で住みやすい新たな街づくりを行うためには、どのような復興をなしとげるかということが非常に重要であるが、ここでは被災3県における復興計画(福島県はビジョン)について確認しよう(コラム2-2図)。
被災3県とも、復興計画は、今後8年から10年程度を計画期間としており、目指すべき社会としては、災害に強く安心して暮らせる社会を挙げている。そのため、住宅地や商業地エリアを高所に移転することや、道路や鉄道の嵩上げによる防災機能の付与などを施策として掲げている。また、コンパクトシティによる住みやすい市街地整備の実現や、産業の集積・高度化などによる経済活性化、さらに高齢化や人口減少といった経済社会の構造変化を見据えた社会づくりを目指す内容となっている。これらの復興計画は地域の特性を踏まえたものともなっており、今後、復興計画に基づき着実に復興が進むことで、被災地が災害に強く、住みやすい、活力のある地域として再生することが期待される。