むすび

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我が国の景気の今後の課題は、失速を回避しつつ、持続的な回復経路へ移行していくことである。これまでの分析結果を踏まえ、現在の景気に働いているけん引力と下押し要因を点検した上で、持続的回復へ向けたシナリオを述べる。また、景気の下振れリスクについても点検する。

(現在のけん引力、下押し要因の点検)

現在の景気持ち直しの背後に働いている力について、当面の方向性を点検すると以下のようになる。

第一に、輸出は世界景気の改善を背景として、引き続き増加傾向で推移する可能性が高い。米欧においては雇用情勢の改善や金融システムの建て直しが遅れ、緩慢な改善にとどまると見られるが、中国等のアジアの内需が拡大しているため、世界経済全体としては、ある程度けん引力が維持されることが期待される。もっとも、円高が進んだ結果、輸出の増加テンポが鈍化することは十分考えられる。

第二に、これまでの経済対策については、エコカー、エコポイントといった消費刺激策の効果は期限まで続くと想定されるが、前月比ベースの押し上げ効果は減衰する可能性がある。一方、住宅建設は減少しているものの、一連の住宅取得促進策が奏功しつつあり、マンションの在庫調整の進展と並んで、住宅建設への好影響が注目される。公共投資については、当面、出来高ベースでは前年比で高水準が続くと見込まれるが、その後については、事業や予算の見直しに伴う影響を見極めていく必要がある。

第三に、交易条件の変化の影響については、2008年夏頃からの原油価格等の下落の効果が、時間の遅れを伴って民需に対してプラスに寄与してきたと考えられる。しかしながら、その後、原油価格等が持ち直してきたことから、今後は逆方向の効果が及ぶ可能性もあることに注意する必要がある。

一方、経済活動水準が低いことに伴う、雇用、設備の調整圧力が依然存在している。雇用情勢の悪化にはこのところ一服感が見られるが、当面、一進一退の予断を許さない動きとなる可能性が高い。実際、例えば2010年度の新卒採用は厳しい状況が予想されている。また、2009年冬のボーナスは夏と同程度の大幅な減少が見込まれている。設備投資については、下げ止まり感が出てきているが、稼働率が低いことから明確な反転が確認できない。

(持続的回復へ向けたシナリオ)

こうした環境の下で、持続的な回復への移行を展望するとすれば、次のようなシナリオが考えられる。

第一に、家計が将来の所得に関する安心感を取り戻し、安定的な個人消費、住宅投資の伸びが確保されることである。過去のパターンでは、雇用者報酬の回復が景気に遅行するため、その間は政策対応や株価等の持ち直しを受けたマインドの改善が個人消費の伸びを支えてきた。現在も、政策要因等によって家計支出の伸びが支えられているが、当面、何らかの形でこうした状況が続くことで、潜在需要が掘り起こされ、実際に雇用者所得が増加基調となるまでの「時間を稼ぐ」ことが重要である。介護分野等の潜在需要の高い分野における雇用の創出、所得形成も一定の役割を果たすことが期待される。

第二に、世界景気の持続的改善が展望される中で、輸出関連の設備投資が誘発されるとともに、国内でも潜在需要の高い分野への投資が生まれることである。もとより、米欧を中心に輸出市場の規模は縮小しており、従来と同じような製品分野での設備拡張は見込みにくい。中国等の内需や、環境分野などでの市場開拓が前提となろう。内外需向けとも、企業の研究開発投資や環境対策投資などの独立的な投資が期待される。

第三に、こうした動きが続く中で、生産、所得、支出の好循環が開始されることである。上記のような家計の潜在需要の掘り起こし、国内外の新規分野での設備投資の増加などに伴う生産の増加が、企業収益の改善、さらには雇用者所得の持ち直しへとつながり、さらなる支出を生み出す姿が想定される。こうした好循環の持続性を確かなものにするには、供給力の強化を伴う必要があることはいうまでもない。

(下振れリスク要因)

しかしながら、一方で、注視すべき重要な下振れリスクが存在する。こうしたリスクも認識した上で、12月8日に新たな経済対策がとりまとめられている。

第一に、現在の景気のけん引力の失速である。具体的には、海外景気の下振れや更なる円高の進行による輸出の失速、これまでの経済対策の効果減衰、株価下落その他の要因による個人消費など内需の停滞が考えられる。また、海外発のリスクとして、投機的資金の流入などから原油価格等が再び高騰する可能性も存在する。これらのリスクが顕在化した場合、依然として厳しい雇用情勢の一層の悪化が懸念される点には特に注意が必要である。

第二に、デフレの影響に対する懸念である。この点に関して最も心配されるのは、物価下落が相当程度の期間にわたる場合の企業の実質債務負担の増加である。現在、消費者の低価格志向が進む中で小売売上が低迷し、また、内外の市場規模が縮小している中で価格の引下げ競争が激化している。こうした状況がさらに進めば、名目ベースでの企業収益が一層下押しされることで、債務の返済、資金繰りが困難になる企業が増加する可能性がある。

第三に、財政の悪化に伴う長期金利の上昇リスクである。景気悪化と経済対策によって財政赤字は大幅に拡大してきており、市場参加者は債券需給の悪化を金利上昇要因として強く意識しはじめている。日本の場合、特に景気の持ち直しによる受動的な財政収支の改善には多くを期待することができない。経済財政運営に当たっては、長期金利への影響を従来以上に意識した取組みが求められよう。

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