第3節  設備、雇用の過剰感と調整圧力

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我が国の経済活動水準は、依然として極めて低いままである。これは、リーマンショック後の生産の落ち込みが過去にない速さであったのに対し、その後の持ち直しが過去と同じような速さでしかないためである。その結果、設備や雇用の過剰感も高水準であり、先行きの景気の下押し圧力として懸念される。一方で、現実に生じている事態は、必ずしも悲観的なものばかりではない。未曾有の需給ギャップにもかかわらず、設備投資や雇用情勢の一部に下げ止まり感も出てきている。過剰感の調整は、今後、どのように進むのだろうか。本節では、こうした問題意識を踏まえ、マクロ的な需給ギャップ、企業設備や雇用の過剰感の現状を評価し、日本経済の先行きを展望するための素材を提供する。

1 GDPギャップ、潜在成長率及び期待成長率

以下ではまず、マクロ的な過剰供給を端的に示すとされる、GDPギャップについて、設備や雇用の過剰感との関係を確認しておく。ただし、企業はその時々のGDPギャップ(現実のGDPの潜在GDPとのかい離)や過剰感だけでなく、将来の成長期待を反映した行動をとっていると考えられる。そこで、期待成長率についても推計し、現実の成長率との関係を調べてみよう。

(年率約35兆円のGDPギャップが存在)

2009年7-9月期のGDPギャップは、(1次QE後では)潜在GDP比で約-6.7%、金額にすると名目年率約35兆円と推計される(第1-3-1図)。前回、前々回の景気後退局面では最大でも-5%程度だったので、今回の景気の落ち込みがいかに大きかったかが分かる。この数字は幅をもって見る必要があるが、いかなる方法によったとしても、リーマンショック後に我が国のGDPギャップが大幅なマイナスであることは間違いない。なお、GDPギャップの前提となる潜在GDPの成長率は、直近の2009年7-9月期には1%程度と推計されている。

それでは、こうして得られたGDPギャップと、日銀短観における設備過剰感(生産・営業用設備判断DI)、雇用過剰感(雇用人員判断DI)とはどのような関係があるだろうか。設備判断DIと雇用人員判断DIを資本と労働の分配率で加重平均した「短観加重平均DI」をGDPギャップに重ね合わせると、おおむね動きが似ていることが分かる。

ただし、リーマンショック後の動きについては、それまでと比べ両者のかい離が大きくなっている。このことは、GDPギャップを推計する際に用いる製造業の稼働率が、日銀短観による製造業の設備過剰感と比べて急激に低下している点とも整合的である。その原因として、今回はGDPギャップの落ち込みが過去に例がないほど大きかったが、日銀短観の選択肢には「過剰」「適正」「不足」の3つしかなく、個別企業における過剰感の大きさが反映されない仕組みになっていることなどが考えられる。また、今回のGDPの減少に最も寄与したのが自動車やIT製品といった労働生産性の高い業種であったため、雇用の過剰感への影響がGDPギャップほど大きくなかったことも原因として考えられる12

(1年後の期待成長率はゼロ近傍に低下)

GDPギャップが大幅なマイナスであることは、マクロ的な供給に対して需要が著しく不足しており、設備や雇用の過剰感が高いことを意味する。こうした状態の継続が予想されるならば、企業にとっては設備や雇用の削減が急務となる。そこで、実際にこうした調整圧力が顕在化するかどうかは、企業が先行きどの程度の成長率を期待するかにかかってくる。以下では、期待成長率について考えてみよう。

期待成長率としてしばしば用いられるのは、内閣府「企業行動に関するアンケート調査」における予想実質GDP成長率である。これは、上場企業13に対して年初に行われ、2009年については2月に調査されている(1年間、3年間、5年間の予想があるが、ここでは1年後の予想を検討対象とする)。もう一つの系列として、資本ストック循環から期待成長率を推計してみよう。前述のとおり、企業は投資活動を行う前提として、将来の経済成長率などを想定して計画を立てるであろう。そこで、すでに実施された設備投資のデータから、企業が想定したと思われる成長率を逆算するのである。これら2つの期待成長率の推移を見ると、以下のような特徴が指摘できる(第1-3-2図)。

第一に、両者の動きを均して眺めると、90年代以降を中心に、潜在成長率の動きに沿った形となっている。ただし、潜在成長率は滑らかに推移するという仮定を置いて推計しているため、それと比べるといずれの期待成長率もやや振れが大きい。反対に、現実の成長率と比べると振れは小さく、潜在成長率に回帰していくような予想を立てていることが分かる。

第二に、どちらの期待成長率も、現実の成長率から1年程度の遅れで影響を受けている。例えば、企業はバブル最盛期にはやや慎重な成長率を見込んでいたが、バブル崩壊後に後追いで高めの成長率を見込み、結果として大きな痛手を被ったと考えられる。また、2009年には、リーマンショック後の厳しい経済情勢を織り込んで、ゼロ近傍の期待成長率となったと見られる。

第三に、ITバブル崩壊後の2003年から2008年まで資本ストック循環から推計した期待成長率がアンケートによる期待成長率を下回っている。これは、過剰債務を抱えた企業がバランスシート調整の一環として設備投資を抑制したため、設備投資と資本ストックの関係から逆算した期待成長率がやや低めに出た可能性も考えられる。

(アメリカの期待成長率は過去の成長率との連動性が弱い)

以上で見たように、我が国の期待成長率は1年前の現実の成長率の影響を受けやすく、2009年においても、リーマンショック後の厳しい状況を反映してゼロ近傍となっている。このような「現実後追い」型の期待形成が一般的であるとすれば、設備や雇用の調整圧力が容易に弱まらないことが懸念される。それでは、こうした期待形成の仕組みは我が国特有のものだろうか。ここでは、アメリカにおける期待成長率を推計することで、この点を考えてみよう。

アメリカでは資本ストック統計が整備されているため、上記と同様に設備投資から逆算する方法を用いることができる。その結果を日本の同方式による期待成長率と比べると、次のような点が指摘できる(第1-3-3図)。

第一に、過去の成長率との連動性が弱い。すなわち、日本の場合のように、現実の成長率の後追いで期待成長率が動くという関係がそれほど明確ではない。今回の経済危機においても、現実の成長率は大きく落ち込んだものの、日本と比べ期待成長率の落ち込みは小さく、2009年についても2%程度を維持している。

第二に、このことは統計的にも確認することができる。まず、時差相関を調べると、日本では現実のGDP成長率と期待成長率の相関が、前者が後者に1年先行する場合に極めて高くなる。これに対し、アメリカでは強い相関は検出できなかった。

第三に、簡単な時系列モデルを使って、日本、アメリカにおける現実のGDP成長率と期待成長率の相互の影響度合いを確認したところ、日本では現実の成長率が期待成長率に影響することが分かった(付図1-3)。その反対方向の影響は検出できなかった。一方、アメリカでは逆に、期待成長率が現実の成長率に影響を及ぼし、その逆の関係は見出せないことが分かった。アメリカでは、期待成長率の上昇が投資や雇用を増やし、結果として現実の成長率も高まるという自己実現的なメカニズムが働く可能性がある。これに対し、日本では輸出頼みの成長をしてきたこともあり、外的ショックにより現実の成長率が予期せぬ形で変化し、その情報をもとに期待成長率が形成されると考えられる。

2 設備過剰感と設備投資

それでは、GDPギャップのマイナス幅が大きいことは、今後の設備や雇用の調整にどう影響するのだろうか。最初に、設備過剰感や稼働率といった資本ストック面での需給ギャップに関する指標の動きを調べ、設備投資の先行きについて考えよう。

(製造業の設備過剰感は依然高く、稼働率は極めて低い水準)

前述のとおり、「短観加重平均DI」はGDPギャップに近い形で大幅な過剰超となっているが、その構成要素である生産・営業用設備判断DI、雇用人員判断DIについても同様のことがいえる。ここでは、前者によって企業の設備過剰感の状況を確認しよう。全産業のほか、製造業、非製造業に分けた系列も見ることとする(第1-3-4図)。

第一に、全産業については、2009年6月にピークを付けたが、これは前回のピーク(ITバブル崩壊に伴う景気後退局面)を上回る、過去にない高い水準であった(ただし、2004年に調査方法の変更があったため、単純には比較できない点に留意が必要。以下、過剰感の過去との比較の際は同様)。その後は低下に転じ、9月の水準は前回のピークとほぼ同じである。

第二に、製造業については、2009年3月、6月に、やはり過去にない高い水準となったが、その後は低下に転じている。9月時点では、依然として前回のピークを上回る水準にある。製造業の設備過剰感は、これまで製造工業の稼働率指数と似たような動きを示してきた。ただし、前述のように、今回は稼働率の落ち込みのほうが大きくなっている。

第三に、非製造業は製造業と比べて遥かに過剰感が低い。これは、過去においても一貫して観察される傾向である。ただし、非製造業でも過剰感の高まりは見られ、6月に前回のピークを超えた後、低下に向かっている。

これまでの経験では、設備投資は設備過剰感の動きにやや遅れて増減する。これを今回に単純に当てはめると、10-12月期以降は設備投資が持ち直しに向かう可能性が高いということができる。問題は、特に製造業について、今回は設備過剰感が9月時点でも前回のピークを上回っていること、稼働率ではさらにこの傾向が強いことである。この点を次に検討しよう。

(稼働率の水準が設備投資底打ちの時期に影響)

製造工業の稼働率指数と設備投資の関係について、2つの仮説を考える。一つは、稼働率が持ち直しへと方向を転ずると、1~2四半期程度遅れて設備投資も持ち直すという「方向説」である。これは、稼働率が上向くことで先行きの展望が改善され、投資を再開するという考え方である。もう一つは、稼働率が一定以上の水準に戻ってから、設備投資が持ち直すという「水準説」である。稼働率が低いままでは、先行きが明るくなっても追加投資の必要が生じないという考え方である。過去3回の稼働率の持ち直し局面について、これらの妥当性を調べてみる。そのため、景気の谷(稼働率の底打ち時期とほぼ一致)から山までの稼働率と設備投資の水準をプロットした(第1-3-5図)。その結果、以下の点が観察される。

第一に、製造業全体については、過去3回のいずれにおいても、四半期ベースの稼働率の底打ちから2期後に設備投資も底打ちしている。同時に、底打ちの際の稼働率は2005年を100として90台前半(実稼働率では75%前後)に集中している。したがって、「方向説」「水準説」の双方と整合的であり、いずれが妥当するかは明らかではない。

第二に、主要の業種の例として、電気機械、輸送機械、一般機械に分けた結果を見ると、稼働率の底打ちから設備投資の底打ちまでの期間、設備投資底打ちの際の稼働率の水準ともばらつきが多い。電気機械を例にとると、99年1-3月期は稼働率底打ちと同時に設備投資も底打ちしたが、2002年1-3月期の稼働率底打ちから設備投資底打ちまでは1年を要している。

第三に、上記のばらつきの状況を詳しく見ると、稼働率が高水準で底打ちしたときは、設備投資底打ちまでの期間が短い傾向がある。99年1-3月期の電気機械や、2002年1-3月期の輸送機械で両者の底打ち時期が一致しているのは、その端的な例である。一方、稼働率の水準が低かった2002年1-3月期からの一般機械では稼働率底打ちから設備投資底打ちまで1四半期だが、その後しばらくは事実上の底ばいであり、本格的な設備投資の増加はその3四半期後である。

以上から、稼働率が一定の水準に達すると設備投資が底打ちするという意味での「水準説」は必ずしも成り立っていないが、設備投資の底打ちの時期に大きく影響を及ぼすという観点から、稼働率の水準が重要な意味を持つことが分かった。今回の景気持ち直し局面についていえば、回復してきているとはいえ、電気機械を除き依然として稼働率の水準が低いことが、設備投資の先行きに関する懸念材料の一つということになろう。

(研究開発投資、環境投資への期待)

以上のように、製造業における稼働率の低さが懸念材料として残るなかで、今後の設備投資の回復を展望するためには、生産数量の現状には直接影響を受けない独立的な投資の動きが鍵となる。こうした観点から、内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」を用いて、研究開発や環境対策といった投資目的について、現状を確認しておこう。この調査では、各年度における設備投資のスタンスについて、研究開発や環境対策のほか、生産(販売)能力の拡大、製(商)品・サービスの質的向上など10項目(「その他」を含む)から、重要度の高い順に3項目を選択する問いが設けられている(第1-3-6図)。

まず、研究開発が重要と答えた企業の割合については、2005年以降、全産業ベースでは緩やかに低下している。この傾向は、主として非製造業の動きによるもので、製造業については2007年、2009年上期が低くなっている。日本政策投資銀行の「設備投資計画調査」によれば、研究開発目的の投資は、製造業では電気機械、輸送機械、一般機械、化学の4業種で全体の大部分を占めている。これらの業種は、リーマンショック後に稼働率を大きく低下させた業種でもあり、今後の研究開発投資の動向が注目される。

次に、環境対策が重要と答えた企業の割合は、2006年から2008年にかけては上昇し、2009年上期には横ばいであった。ただし、製造業に着目すると、調査時点による振れが大きく、2009年上期にはやや割合が低下している。環境対策は、現在のところは全体に占める重要度はそれほど高くないが、今後は内外において地球温暖化対策を中心とした環境関連の施策が一層推進されるものと見込まれ、稼働率が低迷するなかでも、企業の設備投資を促す動機となることが期待される。

3 雇用過剰感と雇用情勢

次に、雇用過剰感の高さが今後の雇用情勢にどのような意味を持つのかを考えよう。製造業、非製造業の状況の違いに注意しつつ、所定外労働時間、生産活動の水準などが雇用者数の調整にどう影響するのかを考える。また、厳しい雇用情勢の下でも存在する労働需給のミスマッチについても調べる。

(製造業の雇用過剰感は依然高く、有効求人倍率は極めて低い水準)

企業設備についての検討と同じような形で、雇用を巡る情勢を考えてみよう。すなわち、日銀短観の雇用人員判断DIに着目し、労働市場の需給の状況を示す有効求人倍率の動きと併せて現状を評価する。全産業のほか、製造業、非製造業に分けた系列も見ることとする(第1-3-7図)。

第一に、全産業の雇用過剰感については、設備過剰感と同様に2009年6月にピークを付けたが、これは過去2回の景気後退局面におけるピークにほぼ匹敵する水準であった。その後は低下に転じたが、依然として高水準にあるといえよう。

第二に、有効求人倍率(ここでは四半期値を図示)は雇用過剰感に沿った形で推移してきたが、2009年7-9月期には過去最低を更新した。リーマンショック後の状況をやや詳しく見ると、有効求人倍率の悪化のほうが先鋭に現れている。しかしながら、過剰感、有効求人倍率ともに、9月以降は改善に向かう動きが見られる。

第三に、設備過剰感と同様に、非製造業は製造業と比べて遥かに過剰感が低い。これは、過去において一貫して観察される傾向でもある。反面、製造業では6月にピークを付けた後は過剰感の低下が明確となったのに対し、非製造業では緩慢な動きとなっている。

(製造業の雇用者数の反転は一般には遅いが、今回はすでに反転の兆し)

次に、景気持ち直し局面において雇用者数が増加に転ずるタイミングについて検討しよう。稼働率と設備投資の先行・遅行関係からの連想では、所定外労働時間と雇用者数で同様の関係が成り立つことが考えられる。そこで、過去3回の景気持ち直し局面における両者の関係をプロットしてみた(第1-3-8図)。その結果から、以下のような特徴が見出される。

第一に、製造業においては、所定外労働時間の底打ちから長時間を経た後に雇用者数が増加に転じている。その遅行期間は一定せず、1~3年といった幅がある。前回の3年という期間は、景気が回復しても企業がリストラを続けた局面であり、バブルの後遺症への対応という構造的な要因を反映した動きともいえよう。

第二に、製造業における雇用者数の増加への転換は、所定外労働時間が一定の水準に達した場合に生ずるとは必ずしもいえない。特に、前回の景気拡張局面では、所定外労働時間が16時間となってようやく雇用者数が増加に向かっている。一方、今回は11時間の段階で雇用者数に増加の兆しが現れている。その持続性については慎重に見極める必要があるが、リーマンショック後における非正規雇用者を中心とした急速な調整の反動という側面があると考えられる。

第三に、非製造業の雇用者数は、所定外労働時間が9時間近くに達したときに、増加に向かうことが分かる。また、所定外労働時間の底打ちから雇用者数が増加に転ずるまでの期間はゼロ~半年程度と短い。もっとも、非製造業の雇用者数には上向きのトレンドがあり、景気後退局面においても横ばい圏内の動きにとどまることが多いことに注意が必要である。

(生産活動との対比では雇用調整圧力は低下)

一方で、雇用調整がどの程度長期化するかについては、経済活動水準、ないし生産水準の景気の山からの落ち込みが解消された度合いから考えることもできる。そこで、全産業及び製造業について、労働投入量(就業者数×総実労働時間)と全産業活動指数、鉱工業生産指数の景気の山からの減少率を比べてみよう(第1-3-9図)。

第一に、全産業、製造業ともに、今回の景気の山(2007年10月)から2009年の3月までについては、労働投入の減少率が生産活動の減少率の半分にも達していなかった。過去の例を見ると、景気の谷において、すでに前者が後者を超えるか、あるいは両者がかなり接近した状態になっている。2009年3月時点での雇用調整圧力が過去の景気の谷と比べて、いかに大きかったかが推察されよう。

第二に、景気が持ち直してきた2009年9月、又は10月の時点では、労働投入の減少率が生産活動の減少率に接近している。例えば、鉱工業生産は景気の谷から2割減にまでマイナス幅が縮小した一方、労働投入量はその後も雇用者数の減少が続いた結果、むしろマイナス幅が拡大している。この結果だけから考えると、さらなる雇用調整の圧力は依然残るものの、その程度は弱まっている可能性がある。

第三に、全産業と製造業を対比すると、いずれの期間においても全産業ベースの生産活動の減少率は小さい。また、その結果として、労働投入量の減少率も小さい。これは、景気の悪化による非製造業への影響が、製造業と比べ小さいからであるが、リーマンショック後の状況もその例に漏れない。2009年9月、10月においても、こうした関係が引き続き見られ、製造業で相対的に大きな雇用調整圧力が残っていると考えられる。

(雇用調整助成金の効果もあって休業者等が増加)

このように、製造業を中心に雇用調整圧力が残っているが、失業率が頭打ちとなっている背景として、2008年12月、2009年2月、6月に相次いで支給要件の緩和などが行われた雇用調整助成金等の対策によって雇用保蔵が維持されている面が指摘できる。雇用調整助成金等に係る休業等の実施計画届の月々の受理件数を見ると、2008年末から2009年初めにかけて急増し、2009年4月には対象者数ベースで253万人に達した。その後、緩やかな減少傾向となったが、10月時点でも197万人と依然その水準は高い。

雇用調整助成金によって休業の形の雇用保蔵が行われているとすれば、休業者が実際に増加してきたはずである。そこで、総務省「労働力調査」によって、休業者数、短時間就業者数の増減を調べてみよう(第1-3-10図)。その結果、次のような状況が分かった。

第一に、休業者数は今回の景気の山(2007年10-12月期)から明確な増加を示し始めたが、2009年1-3月期にその増加幅が拡大している。ただし、雇用調整助成金は1時間単位の休業計画でも申請が可能であるのに対し、「労働力調査」の休業者は月末1週間を連続して休業した者を指す。その点を勘案すると、短時間就業者数の動きも併せて見る必要があるが、これも2008年10-12月期から一段と増加している。

第二に、2009年7-9月期には休業者数の前年差が縮小している。また、短時間就業者数はその少し前から前年差が縮小している。生産活動の水準の持ち直しに伴い、休業者の職場復帰が進み始めたことを反映したものと見られる。雇用調整助成金等に係る届出受理件数も、この頃には緩やかな減少を示している。

第三に、前回の景気持ち直し局面である2002年前後と比べると、今回のほうが平均すると休業者数、短時間就業者数の増加幅が大きい。この背景として、雇用調整助成金について、今回は生産活動量を示す指標に売上高が加えられるなど、申請要件が緩和された上に、急激な生産の減少の結果、申請要件を満たしやすくなったことが挙げられる。なお、今回は雇用調整助成金の届出受理件数の増加幅と比べ、休業者数、短時間就業者数の増加幅は小さいが、これは、2002年前後は現在ほど非正規雇用者が多くなく、正規雇用者を休業させざるをえなかったことが要因と考えられる。

(雇用調整圧力が残る中でも有効求人倍率が1を超える職種が存在)

前述のとおり、非製造業の雇用者数は長期的に上向きのトレンドがあるなかで、今回の景気持ち直し局面においても増加に転じている。特に、労働市場における業種別、職種別のミスマッチが目立ってきている。ここでは、有効求人倍率が1以上の職種を調べることで、需給のミスマッチの特徴を把握してみよう(第1-3-11図)。

第一に、予想された通り、2009年3月時点で有効求人倍率が1以上の職種は、専門的・技術的職業やサービス関係の職業が中心である。これらは、主として保健医療、社会福祉、介護といった非製造業において雇用される職種である。

第二に、前回の景気の谷付近に相当する2002年3月時点の状況と比べると、有効求人倍率が1以上の職種はほとんど変化していないことが分かる。ただし、例外として、2002年に倍率の高かった機械・電気技術者などに代わって、2009年には社会福祉専門の職業、飲食物調理の職業などが浮上している。また、医師、歯科医師等の求人倍率が6倍以上になり、この間、人手不足が一層深刻化している。

第三に、ここに挙げた求人倍率1倍の職種だけで、求人全体の45%を占めている。特に、保健師・助産師・看護師、社会福祉専門の職業、飲食物調理の職業、接客・給仕の職業でその割合が高い。こうした需要規模の大きい職種への円滑な労働移動が進めば、雇用情勢全体の改善につながると考えられる。

コラム1-2 新卒採用の動向

雇用情勢が厳しいなかで、第二の就職氷河期を作らないことが重要な課題となっている。そこで、新卒の求人倍率の推移を見ると、2009年3月卒業者は大卒で2倍程度、高卒でも1倍を超えていたが、2010年3月卒については、大卒で1.62倍、高卒で0.71倍と大幅に低下した。「就職氷河期」がどの期間を指すかには定説がないが、99年以降の求人倍率低迷期(「超氷河期」と呼ぶこともある)と比べた場合、現在の求人倍率は大卒では依然高めであるが、高卒では当時に迫る勢いである。

過去の傾向からは、新卒者の求人倍率は新卒を除く有効求人倍率とほぼ同じ動きをしている。したがって、有効求人倍率の下げ止まりが明確となれば、新卒者の求人倍率にも歯止めがかかることが期待される。しかしながら、経済活動水準が依然として低く、先行きの不確実性が高いなかで、新卒者の求人倍率の動向については慎重に見極めていく必要がある。(コラム1-2図

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