第4章 識者の意見
齊藤 英和
国立成育医療研究センター 副周産期・母性診療センター長
「不妊治療よりもまずは啓発を」
男女とも加齢に伴い、妊娠する能力が減衰し、また、妊娠中や分娩時のリスクや出生時のリスクが増加する。日本の晩婚・晩産化や生殖・家族計画の現状は、医学的リプロダクティブ・ヘルス/ライツの観点からいえば不健全な方向に進行している。体外受精を含めた不妊治療を行ったとしても、必ず妊娠できるものではなく、産まれてくる子どもにもリスクがあり、万全ではない。
不妊対策として特に重要なことは2点だ。不妊治療等の医学の発展があったとしても、個人は妊娠・出産等に関する医学的に正しい知識を得て、快適な家庭を形成できるライフプランを自ら築かなければならない。加えて、社会も、若い時期に仕事をしながらも、産み育てることができる社会環境を整備しなければならない。
基本的に、不妊治療の目的と少子化対策の考え方の方向性は異なるものである。不妊治療はそもそも後手の治療である。子どもを産みやすい年齢を自ら意識してもらい、その時期に産んでいただく環境を作ることが重要だ。
雇用機会均等法以降、職業に対する均等は作られたが、同時にその世代が子どもを産み育てられるような仕組みは作られなかったし、当時は年齢が出生に多大な影響を与えることを意識したことがなかった。我々としても、統計をきちんと取り、加齢に伴い妊娠能力が減弱することが判ったのはこの10年程度であり、それを本当に意識し始めたのはこの数年程度だ。
真面目な人ほどいえることだが、仕事と同じように一生懸命頑張れば妊娠できると思っている。しかし、妊娠するかどうかは確率でしかない。年齢が上がればその確率は下がるわけだから、努力したところで上がるものではない。彼女たちの性格として、努力すれば成就できると思っているが、これだけは成就できない。だからジレンマに陥る。
価値観が多様化し、様々なことに興味を持てる時代となったため、家庭を持ち、子育てをすることが幸せなことだと考える人が徐々に減ってきている。もちろん価値観は色々あって良い。ただ、それが幸せだという価値観が人々に伝わっていないのであれば、政府としてもっと提案していくべきだし、学校教育の場などで教えていく必要がある。政府として提言すると反対する方や団体もいるだろうが、そうしないと国が衰退する。子どもを作ることが素晴らしいことなのだと発信すべきだ。作ることで楽しい人生が送れるというような政策を作るべきだ。
また、国は国民に対して、少子化、人口減少が国民一人一人にどのような影響があるのか、わかりやすく説明し、この問題点を正しく理解してもらい、国家の危機を共有してもらう必要がある。少子化、人口減少問題を単に、高齢者を支える生産人口の減少や国の防衛力の減弱だけでとらえるのではなく、総ての世代の国民が現在享受している公共サービス、たとえば、毎日出るごみの回収、上下水道、医療費の負担など、当たり前のように受けている公共サービスが受けられなくなることをきちんと説明し、理解してもらい、国民としてどのようなアクションを取らなければならないか、真剣に考えることができる環境を国は醸成しなければならない。
最後に、全員が大学に進学する必要はない。何故なら、現在の社会システムでは大学に進学すれば結婚が遅くなり家庭を持つのも遅くなるからだ。皆が大学に進学する一つの理由は、大学に進学した方が高い給料を得るからだろう。大学を出たら高い給料をもらえるという仕組みだけではなく、高校卒業後に就職して、たとえば、大工など何らかの特殊技術を持つ方が高い地位で高い給料を持てるような仕組みが必要だと考える。このようなシステムが確立すれば、大学は、何らかの分野の学問を究めたい人が行くところとなる。
また、学問を究めたいために大学に行かれる方にも、大学院等のさらに研究を続けるときには、研究と同時に家庭を築いていけるように、よりきめの細かい経済的サポートシステムが必要である。