第5節 企業債務

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企業におけるリストラの必要性の一環として強く認識されているのが,過剰債務である。バブル期に膨れ上がった過剰債務は長期にわたって問題が指摘されているにもかかわらず,いまだに消化されていない。ここでは企業の過剰債務の実態を把握し,それが減少しない要因について明らかにし,経済に対してどのーような影響を及ぼしているのがについて考えることにする。

1 企業債務の実態

企業の保有する土地及び株式について時価評価した上で企業の自己資本比率の動向をみると,近年非製造業を中心に大幅に低下している。特に非製造業の低下が著しいのは,商業地の地価の下落が相対的に大きいことによると考えられる。これらは,企業が保有する資産の価格の下落が止まらない一方で,債務の削減がこれに合わせて進んで行かないため,企業の自己資本比率を低下させる要因となっていることを示している。この結果実質的に債務超過に陥っているような企業も近年大幅に増加しているものとみられる(1)。

(バブル崩壊の影響を大きく受けた業種の実態)

次に,業種別に過剰債務の現状についてみると,過剰設備を抱える製造業においても債務の水準は過去と比べて高いものの,不動産業では売上高債務残高比率は他業種に比して高くなっており,また,不動産に大量に資金を投入した建設業,流通業などの一部の企業でも同様の動きを示している。不動産業と建設業について上場企業の売上高債務残高比率の推移をみると,バブルが崩壊する直前の91年度時点で売上高債務残高比率が上位20%にあった企業は,全体の平均と比較して,バブル期に大幅に負債の残高を増加させて売上高債務残高比率が上昇し,その後低下していないことが分かる(第2-5-1図①②)。うした動きは今次景気後退局面に倒産した企業においてもほぽ似かよった動きとなっている。次に,こうした高債務企業の売上高営業利益率をみると,バブル崩壊直後に大幅に利益率が低下しているへ。これは不動産業や建設業でバブル期に調達した販売用不動産を処理し,それらによるキャピタルロスが営業利益を減少させる要因となったことや後述の後向きな経営が影響しているものと考えられる。ただし平均的な企業の売上高営業利益率と比較すると,バブル期に借入金により積極的な土地取得を行った高債務企業の利益率はバブル崩壊前までは傾向的に平均値よりも高いことが特徴的である。

同様に,製造業について91年時点で売上高債務残高比率が上位20%にあった企業をみてみると,高債務企業は建設業や不動産業と同様にバブル期にその債務残高比率を高めているが,売上高営業利益率で見ると,不動産業や建設業とは異なり高債務企業は低くなっている(第2-5-1図③)。したがって,製造業でバブル期に多額の債務を負って過剰な設備を抱えた企業は非効率な企業が多いものとみられる。

こうした高債務企業において債務の負担を経費の節滅によって適正な水準に持っていくことが可能であろうか。例えば,不動産業の上場企業について利払い費,人件費を97年度でみると,利払い費は1,857億円,人件費は1,583億円となっており,仮に人件費を全額カットしても利払い費に相当するコストの節滅は不可能である。こうしたことから,単にコスト削減だけに頼って解決できる問題ではないように思われる。

2 負の遺産としての過剰債務

過剰債務の存在は,企業の経営を本来の状態とは異なった形に歪める可能性がある。過剰債務があると,新たな事業の構築,拡大,効率化,安定化といった健全な企業が本来行う前向きの業務だけでなく,資金繰りや不良資産の処理に奔走するといった後ろ向きな仕事が企業にとってより重要な業務となってくる。加えて,債務超過となっているような企業の場合は,既存の株主や経営者は,よりハイリスク・ハイリターンの事業を行おうとするインセンティブが高まる。逆に金融機関は本来融資可能な事業であっても,企業の保有する担保余力がなくデフォルトのリスクが高いため,貸出態度が慎重になる。こうした結果,事業が実施されなくなり,生産性の伸びが低下するおそれがある。現実にも非製造業の全要素生産性の動向を見ると,多くの債務を抱える不動産業等や,そうした業種に資金を供給し大量の不良債権を発生させた金融業において近年生産性が低迷している(第2-5-2図)。

企業が本来の健全な環境で業務に当たっていれば発生し得なかった非効率が生じることは,借手と貸手の関係が一定の損失の負担割合をどうするかという関係ではなく,双方の負担の合計が時間とともに増加するという関係になっていることを意味している。

3 求められる企業活動の正常化

こうした問題を解消するためには,まず企業においては,不採算の事業と採算性のある存続可能な事業とを区別し,不採算な事業を切り離す必要がある。

その際,企業が負っている過剰な債務のために,資本不足に陥り経営が立ち行かなくなる場合には,株主や経営者が責任を負う必要があろう。また,債務超過に陥っている可能性がある企業は,存続価値と清算価値のいずれが大きいのかを判断する必要がある。その上で,現状の経営のままでは存続価値の方が清算価値より低いと判断された場合には,債権者は企業を存続させるべきか清算するべきか,存続させる場合にはどのようなリストラを行うべきかなどを企業サイドと十分に議論してその方向性を決定し,その下で企業を本来の前向きな業務に戻さなければならない。

(企業の財務内容のディスクロージャー)

これを実現するためには,まず企業の財務内容が明らかになっている必要があろう。2000年4月1日以後開始する事業年度から導入される金融商品の時価評価や99年4月1日以後開始する事業年度から導入される実質支配力基準による子会社などを含めた連結決算の公表が義務付けられることによって大きな変化がもたらされることが期待される。

既に,建設業や不動産業において保証債務が96年度末から97年度末にかけて大幅に滅少し飴めている(第2-5-3図)(2)。同時に建設業や不動産業の特別損失が97年度末に急激に増加しており,減少した保証債務の多くは特別損失によって処理されていることがうかがわれる。こうした保証債務の大きな部分を関係会社に対する保証が占めているとみられ,将来,より広範囲の関係会社を含めた連結決算を開示しなければならないという要因も働いているものとみられることから,情報開示そのものが企業に対する緊張感を高め,過剰債務の解消を進める大きな要因となる可能性をも持っている。

(倒産法制の見直しと債務株式化)

現状では,金融機関については公的資本増強が図られたため,不良債権を償却する体力がついてきており,その引当が進んでいる。

その際,金融機関が貸出先の企業について,既に存続価値を失っており,損切りをしたほうが良いと判断すれば融資が打ち切られ,新たな融資を行う金融機関が現れなければ清算されるか会社更生法の申請等が行われることとなる(3)。

問題は,大きな債務を抱えながらもキャッシュフローを生み出しており,存続価値があると金融機関が判断した企業の場合である。そうした企業への債権については金融機関のバランスシート上の引き当てがなされるだけで,債権・債務の関係は変化しない。このため,そのままでは企業は依然として過剰な債務に縛られ,後ろ向き経営を続けざるを得ない。特にバブル期に不動産の購入を行い過剰な債務を抱えた企業においては,技術的には優良であってもこうした問題に直面している企業が多いものとみられる。すなわち,借手と貸手の関係は,一定の損失の負担割合をどうするかという関係ではなく,双方の負担の合計が時間とともに増加するという関係になっている。

こうした問題に対しては,金融機関が公的資本増強を受けリスクテイク能力を回復したことを踏まえ,経営健全化計画にも十分に配慮しつつ,企業との間で企業の収益性などにつき十分な議論を行い融資の継続の可否を判断するなどして,金融仲介機能の回復・強化を図ることにより解決するべきである。

最近,債務株式化が,企業の債務負担を軽減するといった文脈で議論されているが,債権放棄を伴わない債務株式化は融資を等価の株式と交換するものであり,第一義的には金融機関や既存株主の利害に中立的なものである。より正確には金融機関にとっては企業を直接的にモニターするチャネルが増えるといったメリットが考えられる一方で,返済の優先順位の高い債権を優先順位の低い株式に交換するというデメリットがある。さらに,現実には債権の一部放棄と結び付けて議論されている。

以上から,債務株式化を進めるに当たっては以下のような三つの原則が考えられる。第一に債権の一部放棄を強制しないことである。こうした措置は,債権者と債務者の合意の上に行われるべき課題である。第二に制度的に障害がある場合にはそれを取り除き当事者の合意が円滑に実現しやすくすることである。

第三に今後のモラルハザードを防止するため,債権放棄を行う場合には,経営者だけでなく既存株主も含めて責任を明確化することである。

4 企業年金をめぐる問題

企業のバランスシートに関し,企業年金の積み立て不足の問題についての認識が強まっている。現状の確定給付型の企業年金は,将来企業が支払うべき負債である。推計される年金の現在価値がそのために積み立てられた資産を上回る企業が多いといわれており,これは企業にとっては債務であり,一種のバランスシート問題である。

(年金債務に満たない年金資産)

積み立て不足(将来企業が支払うべき年金の現在価値がそのために積み立てられた資産を上回る額)の規模がマクロベースでどの程度かは,すべての企業が公表している訳ではないので明らかでない。そこで,企業年金及び退職金に関する情報をディスクローズしているアメリカ会計基準採用の日本企業24社を例にとって,問題のマグニチュードをみる。24社(連結ベース)全体でみると,97年度末の企業年金と退職金を加えた退職給付債務(予測給付債務〈PBO〉(4))が9.0兆円であるのに対し,外部に積み立てられている年金資産価値(時価)は4.9兆円にとどまっており,両者の差額は一社当たり平均で約1,700億円となっている(ただし,企業の多くは退職給与引当金を計上しているため,同金額が全て新たに費用計上されるわけではない)。また,年金資産の退職給付債務(企業年金+退職金)に対する割合は6割弱となっている(第2-5-4図)。

ちなみに,日本の代表的な企業年金である厚生年金基金と適格年金の残高は68兆円(97年度末).であり,仮に上記の24社と同程度の積み立て比率とすると,退職給付(企業年金+退職金)に関し,厚生年金基金と適格年金を設立している企業全体で,単純計算で55兆円もの不足となる可能性がある。

これまでの会計基準では,企業が従業員に対して負っている年金債務の総額やそれに対応してどの程度資産を準備しているかを開示する必要がなかった。

しかし,新しい会計基準では,2001年3月期以降(正確には,2000年4月以降開始する事業年度)年金債務等の状況を開示し,新しい会計基準導入時の積み立て不足は15年以内に企業の費用として計上していく必要があり,掛金の追加拠出とともに企業収益圧迫要因となる。

(確定拠出型と確定給付型企業年金)

企業からみれば,将来の売上や収益が不確実である一方,年金債務はほぼ確定している。この点に関連し,確定拠出型年金の導入が検討されている。

現行の確定給付型の場合,運用利回りが予定利率を下回ると企業は積み立て不足分を穴埋めする必要が出てくる。確定拠出型の場合は,掛金とその運用収益の合計を基に給付が決まるため,企業にとっては追加拠出の必要がなくなる。

従業員にとっては資産価値の下落などの不利益を被る事態が生じる恐れがあるが,企業にとっては今後の追加的な費用負担などから解放され,従業員はポータビリティ(転職先へその時点まで積み立てた資産を移管できること)が確保しやすくなり,運用先や運用方法の選択の幅が広がる。

5 銀行のリストラ

企業の過剰債務は,金融機関からみれば過剰貸出である。企業の「債務のリストラ」の裏返しとして,銀行の「貸出のリストラ」も強く認識されている。

不良債権の償却については,92年度以降97年度(98年3月期)までで累計約46兆円(全国銀行ベース)が償却・引当てされ,99年3月期にも15行への7兆円を超える公的資本増強と見合いで,多額の不良債権が償却された。

同時に,銀行数やその支店数や従業員数など銀行部門の経営資源についても過剰であるとの指摘もあり(いわゆるオーバーバンキング),多くの銀行で経営資源の見直し・縮小,金融機関の提携・合併が急ピッチで進行中である。

(諸外国や我が国における公的資金の投入)

99年3月には15行に対し7兆円を超える公的資本増強が行われ,これらの先については不良債権処理が基本的には終了したとの認識の中で,金融機関のリストラが本格化してきている。不良債権問題は解決に向かっているが,地価が下落に転じてから約8年,89年末に株価がピークをつけてから約10年が経過しようとしている現在も,様々な努力が続けられている。

銀行部門が不良債権を抱え金融システムに対する信認が低下したのは我が国だけではない。80年~90年代だけでも,アメリカ,北欧三国(スウェーデン,フィンランド,ノルウェー)等で同様の不良債権問題が発生した。これら諸国での不良債権問題の経緯をみると,金融面の規制緩和(金利規制,業務分野規制)が進む中で,拡張的経済政策等により資産価格が上昇し,銀行の不動産関連融資が大きく伸びた後,資産価格の下落を背景に銀行が多額の不良債権を抱え,金融システムに対する信認を低下させる事態になった。すなわち不良債権問題発生の背景,経緯は我が国とほぼ同じである。しかし,その後の各国における処理のスピード等,公的資金の投入までの経緯は様々であった。我が国の場合,それぞれの局面で対応策は採られたが,情報開示が必ずしも十分でなかったこともあって,金融システム不安を落ち着かせるに足るだけの公的資金が本格的に投入されたのは地価がピークをつけてから8年近くも経過してからであった。

そこで,資産価格(地価,株価)がピークを迎えてから,公的資金が投入されるまでの期間を金融システム不安の高まった各国で比べてみる。各国の制度等の違いにより資産価格のピークから公約資金投入までの年数を単純に比較できるかどうかについて,また不良債権問題の発生時期を資産価格のピーク前後とみなしている点に関しては幅を持ってみる必要があるが,我が国では,89年に株価,91年に地価がピークを迎えた後,大規模に公的資金投入がなされたのは99年3月であり,結果的には他の国に比べ時間がかかった(第2-5-5図)。

金融システムを維持するために公的資金を導入したのは,99年3月が初めてではない。95~96年にかけての住専に対する公的資金投入をめぐる議論で,不良債権問題の実態やこれに伴う弊害についての認識が十分でなく,強硬な反対意見があったため,その後の金融システム安定化のための公的資金投入を議論することを極めて困難にした。97年秋の一連の金融機関の破綻が相次いだことで,不良債権問題の実態が一般に考えられていた以上に深刻であり,金融システム破綻の懸念や信用収縮が経済全体にとっても大きな悪影響を与えているとの認識が広がるまで,公的資金をめぐる議論が避けられてしまった。また,バブル崩壊後も含み益の取り崩しで対応できていたため問題の深刻さが認識されるのが遅れたという面もあり,結果的に解決を遅らせることになってしまった。

公的資金の投入はモラルハザードなどの問題があり慎重を期する必要があるが,概して処理が遅れるほどコストは大きくなる。

(先送りのコスト)

不良債権処理の遅れは,様々な重大な弊害をもたらした。第一に,担保処分などの形で早めに損切りをしていれば,その後の地価下落や追加融資による損失が小さかったことである。第二に,担保不動産など資源の遊休が長期化していることである。すなわち,十分な貯蓄を背景に高齢社会に向けての実物資本形成を図るべき時期に,都市部の土地などが虫食い状態のままで長期間放置されることになったことの弊害は大きい。第三に,負担の分担が決着しないことが経済活動を長期にわたり停滞させ期待成長率を下げたことである。各経済主体は,不良債権のツケが自分に回ってくる可能性を払拭しきれず,最悪の可能性を覚悟しながら萎縮した経済活動に終始してきた。第四に,金融機関やバブルで失敗した企業等が前向きの業務に十分なエネルギーを割けず,後ろ向きの業務や表面を取り繕うことにエネルギーを費やしたことである。また,例えば高金利で預金を集めリスクの高い先に融資を行うなど失地を取り戻そうと無謀な活動を行った例も見受けられた。こうしたことから生産的な活動は制約され,金融機関や企業のモラルも低下したと考えられる。さらに,関連企業などを用いて表面を取り繕うという例もあり,このような場合には権利関係を複雑にし,問題の処理を一層困難にした。

不良債権を抱え実質的な自己資本比率が低い,あるいは債務超過であるような場合,経営が悪化しても,資金調達に支障をきたすおそれがなかったり,健全な銀行に救済されるとの期待があると,それは,銀行が許容しうるリスクを超えた融資行動をとることの一因となりうる(モラルハザード)。我が国でも,多額の不良債権を抱えた金融機関が高利で巨額の定期預金を集め,ハイリスクの融資を続け,結局破綻した例もあった。このような場合,経営陣の責任が問われることなく,少ない自己資本(あるいは債務超過)のまま営業を続けたことが結局損失を大きくしてしまうことになる(5)。

処理を遅らせたことが,結局処理にかかるコストを増大させてしまった状況をアメリカを例にみてみよう。アメリカでは1980年代から実質的な債務超過のS&Lが多数みられた。しかしながら,預金を保護するための資金が不足するなか,景気の回復により債務超過から脱することができるといった認識のもとで処理を先送りした。しかし債務超過から脱することができたS&Lは少なく,大多数は債務超過の額を拡大させ,結果的に処理にかかるコストを増大させた。試算によると(6),債務超過に陥った時点の債務超過額と実際の処理にかかったコストの差を「先送りのコスト」とみなすと,年率37%のペースで「先送りのコスト」は増加したとの結果となっている。

我が国についてこうした定量的な試算をするためのデータはそろっていないが,建設業や不動産業への運転資金は増えるなか(7),地価下落が続いていることなどを考えると,処理を遅らせたことが,結果的には処理にかかるコストを大きくしていると考えられる。

(リストラの遅れとその背景)

我が国の銀行業界は,オーバーバンキングの状態であるとの指摘もある。これまで競争制限的な規制によって超過利潤が存在し,また経営が悪化した場合の退出の仕組みが確立されていなかったことから,金融セクターに過大な資源を引き寄せる結果になった。そのため,日本の金融機関の総体としての供給能力は,需要との対比でみて量的には過剰であるとみられる。したがって,不良債権の処理に加えて,より広い意味でのリストラが必要となる。我が国の銀行のリストラは,ここ数年は急ピッチで進行中であるものの,95年時点では各国と比べて遅れていた。

95年時点でのG5諸国で銀行のリストラ状況を比較すると,我が国の銀行は,不良債権処理等で収益が低下している一方で,雇用者数や金融機関数などでみた銀行部門の規模の縮小はほとんどみられていない(第2-5-6図)。

なぜ遅れていたのか。①地価,株価など資産価格の右肩上がりが常態となっており,資産価格の再上昇が問題を自然に解決してくれるのではないかという楽観的な期待が残っていた。「抜本的な不良債権処理を行わなくても,景気の回復により不良債権は徐々に減っていく」との認識があった,②横並び重視の意思決定の下で処理の先延ばしが行われてきた,③情報開示や会計の面においても,現実の厳しさを必ずしも正確に表すものではなかった,ことなどが背景にあると考えられる。

このほか,市場の機能にも一因があると考えられる。すなわち,個々の金融機関にとって,投資家から不良債権の処理,経営資源のリストラを急ぐことを要求される市場メカニズムが機能していなかったと考えられる。たとえば,銀行株は80年代半ばまでは,発行数に比して市場での売買されるボリュームは少なく,市場からのプレッシャーがそれほど強くなかったと考えられる(第2-5-7図)。この背景には,株式の持合いがあると考えられるが,最近の持合い解消の動きは,事業法人間よりも事業法人-金融機関間で相対的に進んでいる(8)。純粋に投資対象として銀行株をみる投資家が増えることが,リストラヘのプレッシャーになると考えられる。

(銀行の情報開示と経営責任)

銀行活動は,経済活動に必要な資金を円滑に供給する等,国民経済にとって重要な機能を果たしている。このため,不良債権の償却等による処理を進め,金融仲介機能を十分に果たしていくとともに,今後発生しうるリスクに対応するためには,十分な資本が必要であり,99年3月には7兆円を超える公的資本増強が行われた。こうした事態を招いた銀行経営者の責任は重大である。経営判断の失敗という点以外にも,不良債権隠しのような違法な処理が行われていたケースも少なからず指摘されており,こうした場合も含め責任の所在を明確にしていくことが必要である。99年3月期からは金融再生法に基づく基準での不良債権について主要行では開示されるようになったが,公的資金の有効性を担保する上で信頼性の高い情報開示の定着が必要である。

(合併による再編はうまくいくか)

不良債権問題で体力を消耗した銀行が生き残るためには,リスク管理やリストラの徹底はもちろん,合併を通じた体力強化も重要な選択肢の一つである。

ここ数年,欧米では,M&Aなどにより大規模な金融再編が進んでいたが,我が国のそれは海外に比べれば少なかった(第2-5-8図)。もっとも,最近では,公的資本増強をひとうの契機として,多様な提携・再編がみられ始めている。

ただし,合併を通じて銀行の経営効率が向上し,健全性・収益性が向上するかどうかは明らかではない。これまでのように,救済合併的な色彩が濃く,ただ単に二つの銀行が一つになるというだけでは,実質的な改善は期待しにくい。合併後の株価をみると,市場の評価は必ずしも肯定的な評価とは限らない。欧米の例に比べ,我が国の株価でみた合併の評価は必ずしも良くない(第2-5-9図)。これは,合併によって大胆な人員や業務の見直しが実施されるかどうかについて,懐疑的な見方が強かったからであろう。合併や提携によって,金融機関の収益性や財務内容の改善などの効果が現れるかどうかは,合併や提携後に,横並び的な業務の再構築ではなく,海外からの撤退等不採算部門からの撤退などを含む業務の再構築に取り組むことができるかどうか,あるいは,人件費を含む固定費の見直し等のリストラによりスリムで強靭な経営体質に転換できるかにかかっているといえよう。

(韓国の金融改革)

隣国の韓国でも金融危機を経験し,現在,金融改革がドラスティックに進んでいる。

1.金融改革の発端と経緯

97年以降,負債比率が高い中堅財閥が相次いで経営破綻を起こし,破綻財閥の主力銀行の経営が行き詰まった。当初,政府の対応は,特別融資や増資引き受け,不良債権整理基金への出資等の経営が悪化した銀行への流動性供給であった。しかし,97年12月のIMFへの支援要請後は,金融改革が急速かつ大幅に進行した。

2.金融改革の内容

韓国の金融改革は,①銀行再編,②不良債権買取,③資本注入の三点を中心に行われているが,特徴的なのは,政府が金融改革のスケジュールを明確に打ち出し,金融監督委員会主導で強力に実施している点である。

① 銀行再編

政府主導で金融機関の整理・統合が行われた。97年12月にノンバンク14社が営業停止処分となり,98年1月には都市銀行2行が国有化され,2行とも外資への売却交渉が進展中である。さらに,経営基盤の強化のための合併も行われておりこれに伴い,都市銀行は17行から11行へ,地方銀行は10行がら6行へ,ノンバンクは30社から13社へと大幅に滅少し,雇用面でも金融機関全体では約4分のlの雇用削滅が行われた。

② 不良債権買取

不良債権買取機関である韓国成業公社では,約32兆ウォン(簿価ベース推計72兆ウォン)の買取枠を設けており,今後,韓国政府は6ケ月以上延滞債権を一掃する予定である(図表1)。98年12月には,5,646億ウォンの不動産関連債権を64%のディスカウントで外国人投資家に売却しており,金融機関から買い取うた不良債権の処分も始まっている。

③ 資本注入

不良債権買取額と簿価との差額が金融機関の損失となるため,これを補填すべく資本注入が行われた。13.2兆ウォンの公的資金が金融機関の資本として注入されている。

不良債権買取と資本注入に伴い,97年名目GDP対比で約14%にのぽる64兆ウォンの公的資金が投入されている。

3.今後の見込み

韓国の不良債権額(主要銀行ベース)の総貸出に対する比率は,98年6月末の8.6%から98年12月末の7.4%へと低下した。不良債権比率が低下している要因は,韓国成業公社が大量の不良債権を買い取ったことなどが挙げられる。

以上のようにドラスティックに不良債権処理が進んでいるが,①財政赤字の拡大,②政府保証債の発行増による金利上昇懸念,③不良債権の増加により必要な公的資金額が政府の当初見通しを大幅に上回る懸念,などの問題も指摘されている。

韓国の金融改革は,今後の課題が残されてはいるものの,着実な一歩を踏み出したといえよう。金融改革の進展と時を同じくして,99年の韓国の成長率見通しは,1MFではマイナス1.0%からブラス2.0%へ,OECDではプラス0.5%からプラス4.5%へと上方修正され,株価も上昇に転じている(図表2)。

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