第2節 リスク高まる企業と設備投資行動

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設備投資は,97年においては,製造業が堅調な伸びとなったのに対して,非製造業では,年後半にかけて,前半の緩やかな増勢が頭打ちとなった。98年に入ると前年を下回る水準となり,滅少テンポも急速になった。中小企業非製造業の設備投資が先行して減少し,それに遅れて製造業が中小企業のみならず大企業においても減少に転じていった(第1-2-1図)。

今回の不況において97年度後半以降設備投資が減少した要因をみると,景気の減速を背景に金融機関が貸出態度を慎重化させるなか,借入依存度が高い非製造業や中小企業の資金制約が強まり,そうした企業の設備投資が抑制されたという要因が特徴として挙げられる。また,需要の低迷が度合いを増すなかで,設備稼働率が低下し,設備投資決定において大きな要因である企業収益や業況感も悪化して,影響を増していった。さらに,企業の期待成長率も低下していることから,設備過剰感も高まり,企業が設備投資に対して一層慎重になる要因となった。そのほかに移動体通信の投資や企業の情報化投資が一巡したことも設備投資が減少する要因となった。なお,製造業が遅れて減少したのは,自動車や繊維における新製品・製品高度化投資や鉄鋼の設備更新投資が堅調であったことに加え,95年半ば以降の円安傾向のもとで輸出が製造業の業績を下支えしたためである。

機械受注などの先行指標の動きをみても,少なくとも99年中は基調として減少が続くとみられる。ただし,金融システム安定化策や貸し渋り対策を背景に,企業金融のひっ迫感は薄らいでおり,金融面から設備投資を下押しする圧力は弱まっている。

以下では,今回の不況における設備投資の滅少の要因について時系列順にみていく。

(特徴①:自己資本不足が金融機関の貸出を制約)

97年度後半から,中小企業をはじめとして設備投資は大幅に減少したが,以下の分析から,中小企業の設備投資の減少には,金融機関の貸出態度の慎重化が影響していると考えられる。

中小企業の設備投資を中小製造業設備投資動向調査でみると,97年度は,従来とは大きく異なり,9月時点での修正見通しでは前年比で3.5%の増加になっていたにもかかわらず,実績ではマイナス11.6%の大幅な滅少となった。こうして97年度後半にかけて設備投資が大幅に下方修正されたことの背景には,金融機関の貸出態度の慎重化などの影響があったと考えられる。

バブル崩壊後の企業業績の悪化や資産価格の下落等によって,不良債権が増大し,金融機関の自己資本が滅少したことが,金融機関の貸出態度の慎重化の要因となっている。金融機関の融資が慎重になっても,大企業は社債やコマーシャルペーパーによる資金調達が可能であるので銀行の貸出態度厳格化の影響が比較的小さい。しかし,他の代替的な資金調達手段を持たず,設備資金の大部分を金融機関からの借入に依存する中小企業の設備投資には大きな支障を与えた(第1-2-2図)。

特に,97年秋口の大手金融機関の破綻を契機として,早期是正措置の導入を控えた金融機関の財務内容に対する評価が厳しくなり,金融機関が貸出に一層慎重になったことが97年度後半からの設備投資の急激な滅少を招いた。

中小企業動向調査から,銀行の自己資本要因が貸出態度D.I.に与える影響,貸出態度D.I.が設備投資実施企業割合に与える影響を検証した。これによれば,金融機関は実質的な自己資本が低下するのに伴って貸出態度が慎重となり,中小企業は長期借入金の調達が困難になる。また中小企業は長期借入が困難になると,設備投資の実施を見合わせている(第1-2-3表)。

(厳しさを増す企業への評価)

98年度前半における企業倒産の大幅な増加には,企業業績の悪化だけでなく,民間金融機関の貸出態度の慎重化も影響している。

倒産件数を前年と比べてみると,98年10月までは,生産が大幅に減少した製造業を始めとする幅広い業種において大幅に増加したが,11月以降,大幅な減少に転じている。10月から運用を開始した中小企業金融安定化特別保証制度が中小企業の倒産の減少に大きな役割を果たしているものと思われる。一方,負債総額は,金融機関の破綻に伴う大型倒産などが相次いだため,98年度は戦後最悪の15兆1,340億円にのぼった(第1-2-4図①)。

98年秋までの企業倒産の増大には,企業側の要因に加え,従来以上に金融機関側の要因が強く働いている。景気低迷による企業業績の悪化や,資産価格の下落によるバランスシートの悪化など企業側の要因で企業の信用リスクが高まると,金融機関は貸出に慎重になり,企業の資金繰りが悪化して倒産リスクが高まる。こうしたメカニズムは通常の不況期に一般にみられる現象であるが,今回の景気後退局面では,資産価格下落に伴う貸出債権の不良化や含み益縮小による金融機関の自己資本の毀損が貸出態度を一層慎重化させ,企業の資金繰りがより厳しくなって倒産リスクが高まった面があった。

企業倒産の原因をみるために,倒産件数(前年比)を企業収益要因(内部留保),金融環境要因(短期金利),バランスシート要因(地価)で説明する関数を97年1~3月期までのデータで推計した。その関数を用いて,97年4~6月期以降の企業倒産の動きがどの程度説明できるかを検討したところ,98年秋口までの倒産の急増はこれらの要因だけでは説明できず,金融機関の貸出態度が慎重化したことといった他の要因が寄与していることを示唆している(第1-2-4図②)。

また,上場企業の内部留保比率の分布をみると,93年から97年にかけて内部留保比率の平均は低下しているものの,内部留保比率がマイナスとなるような倒産リスクの高い企業の割合は必ずしも大幅に増加しているわけではない。こうした中で,企業倒産が急増したということは,企業に対する市場の評価が,従来の不況期以上に厳しくなっていたものと考えられる(1)。

(特徴②:減益続く企業収益)

企業収益や業況感の悪化は,設備投資が減速する大きな要因であると考えられる。97年度後半以降,企業収益をみると,家計支出の減退が先行する形で景気が厳しさを増していったことから,まず内需依存度の高い非製造業の収益が滅少し,やや遅れて製造業の収益も滅少していった。98年度には,企業収益は製造業を中心に大幅に減少した。98年度下期の経常利益(日銀短観実績見込み)をみると,製造業では,生産の減少テンポこそ弱まったものの,98年秋口からの円高による輸出採算の悪化もあって大幅な減少が続いた。非製造業でも,製造業ほどの落ち込みとはなっていないものの減益が続いている。企業規模別に見ると,98年前半には中小企業の収益の落ち込みが著しかったが,後半以降は大企業の収益も大幅に滅少した(第1-2-5図)。

99年度の収益計画については,製造業,非製造業ともに売上げが伸びない中で,コスト削減によって大幅な増益となる姿が期待されている。しかし,①収益が減少している局面の収益計画は目標としての性格が強く上方バイアスを持つ傾向があること,②コストを削減するだけでは全体の需要を更に押し下げることも考えられることから,99年度の企業の収益計画の実現可能性については,慎重にみておく必要がある(2)。

(大企業・中小企業を問わず減少する設備投資)

こうした収益環境を背景に,設備投資は規模,業種を問わず減少している。

すなわち,97年度後半には,設備投資は,収益の悪化や金融機関の貸出態度の慎重化に伴って,中小企業を中心に滅少していた。しかし,98年度に入るころには,家計のマインドの悪化による家計支出の低迷,アジアの通貨・金融危機に伴うアジア向け輸出の滅少,貸し渋りなどを背景とする中小企業の設備投資の減少といった需要の滅退によって,稼働率が低下するとともに企業収益が悪化した。その結果,大企業の設備投資や97年度には比較的好調だった製造業の設備投資についても減少テンポが加速し,業種や企業規模を問わず設備投資が滅少することとなった。

(特徴③:期待成長率の低下)

企業の設備投資は,期待成長率の低下に伴って減少しでいる面もあるとみられる。企業が予想する実質経済成長率は,経済企画庁「平成10年度企業行動に関するアンケート調査」でみると,先行き1年間の短期のみならず,先行き3年間及び5年間についてのより中長期的な見通しも含めて徐々に低下してきている。

設備投資の伸び(Y軸)と設備投資の資本ストックに対する比率(X軸)の間には,資本係数の伸びと除却率を一定と仮定した中期的な状況においては,ある期待成長率のもとで双曲線で表される関係がある(3)。設備投資の伸びと設備投資の資本ストックに対する比率はいずれも低下しており,期待成長率が低下していることを示唆している。

業種別にみても,アンケート調査でみた期待成長率が高い業種では,設備投資の伸びが高い傾向にある。また電気機械や通信などでは90年代に入ってから期待成長率が高まった時期もあったが,98年には再び期待成長率が低下しており,これに応じた資本ストックの調整が行われている(第1-2-6図)。

(なぜ期待成長率は低下したのか)

企業の中期的な期待成長率が低下したため,企業は従来よりも低い成長の下でも収益を確保できるような経営体質を築く必要に迫られ,資本ストックや雇用などの調整を行っており,それが景気の停滞,雇用情勢の悪化につながっている。

企業の成長期待が低下している背景には,①景気低迷の長期化と,②中長期な潜在生産能力の伸びの低下の両面があると考えられる。

まず,企業の期待成長率は,短期的な景気変動によって徐々に変化する性質を持っており,景気低迷が長期化するなかで,期待成長率が徐々に低下してきた面がある。適合的期待仮説に基づいて,今期の期待成長率を説明するモデルを推計してみると,今期の期待成長率の大部分は,前期の期待成長率を前期に実際に実現した成長率で修正していくことで説明できる。この推計によれば,期待成長率の変化に強い有意性があるのは,民間需要の経済成長への寄与度である。つまり,現実に民間需要が増加して景気が自律的に回復してくれば,企業の期待成長率も徐々に高まるのである。バブル崩壊後,95,96年度には,公的需要が,消費税率引き上げに伴う駆け込み需要などとあいまって,景気の回復をもたらした。しかし,これらの景気回復要因が剥落すると景気は再び後退に向かい,自律的な景気回復にはつながらず,企業の成長期待も下方修正が繰り返されてきた。したがって,今後,企業が将来に自信を持ち,成長期待が上方修正されて,設備投資や雇用の拡大に積極的になるためには,これまで採られた政策の効果が民間需要に波及し,景気が民間需要主導で自律的かつ持続的に回復していく必要がある(第1-2-7表)。

また,企業の期待成長率の低下は,中長期的な潜在生産能力の低下を反映している可能性もある。日本の潜在生産能力の伸びは,75年以降のすう勢的な伸びが80年代後半のバブル期に徐々に鈍化し,バブル崩壊後は更に下方に屈折しているとみられる(4)。バブル崩壊後における潜在生産能力の伸びの低下には,設備投資の低迷による資本ストックの伸びの鈍化,中長期的な労働投入量の減少とともに,生産性の伸びの低下が寄与していると考えられる。生産性の伸びが低下すると,潜在生産能力の伸びが低下し,企業の期待収益率も低下して設備投資が低迷する可能性がある。中長期的に見て労働投入量の伸びの鈍化は避けられないことから,生産性を引き上げるような供給サイドの改革を進め,これを通じて資本ストックの伸びを確保し,潜在生産能力の伸びを回復させていくことが中長期的な課題である。

(企業金融のひっ迫感と中小企業設備投資)

政府による金融システム安定化策の進展や貸し渋り対策等により,企業の資金繰りはやや改善してきている。金融機関の融資態度については,依然として「厳しい」と認識する企業の割合が「緩やか」と認識する企業の割合を上回っているが,その幅は縮小してきている。特に,中小企業では,信用保証制度の活用などから,98年末にかけてみられた資金繰り不安は徐々に鎮静化しつつある。

こうした中で,99年1~3月期は,中小企業の設備投資は前期に比べて増加したが,今後はこのような動きが持続的なものとなるかどうかを見極める必要がある(前掲第1-2-2図)。

(信用保証制度拡充の効果)

97年秋以降,市場の厳しい評価にさらされるようになった金融機関は,自己資本比率の引き上げ等により市場の信認を回復すべく,不良債権の処理,資産圧縮を急いだ。このため,金融機関の貸出態度が慎重化し,企業の資金調達が従来に比べて厳しくなって,倒産件数が増加する一因となった。銀行が資産内容の健全性,収益性をこれまで以上に重視し,資産規模や融資内容のリストラを進める過程では,銀行のリスクテイク能力が一時的に大きく低下する。そのため,銀行が負っていたリスクテイク機能を代替する新たな枠組みとして中小企業金融安定化特別保証制度を創設する必要が生じた。

信用保証制度とは,担保力や信用力が不足している中小企業が金融機関から融資を受ける際に,その債務の弁済を公的に保証する制度である。この制度を拡充するため,中小企業金融安定化特別保証制度(保証枠20兆円)が,98年8月に閣議決定された「中小企業等貸し渋り対策大綱」に基づき98年10月に創設された(取扱期間は2000年3月31日まで)。その概要は,①保証限度額の拡大(一般保証枠とは別枠で,普通保証2億円,無担保保証5,000万円の計2億5,000万円の枠を設置),②信用保証料率の引き下げ,③保証要件の緩和(第三者保証人を徴求しないなど)等で,従来の信用保証制度に比べ企業に有利な内容となっており,制度発足後,多数の中小企業により利用されている。利用実績は,99年3月末時点で保証承諾件数75万件,保証承諾額14兆円にのぼっている(なお,現行の20兆円の保証枠については,今後,必要かつ十分な額の保証枠を追加することが決定されている)。本制度の効果は顕著に現れており,98年11月以降,中小企業を中心に倒産件数は前年と比べて大幅に減少し,失業の増大や企業収益の悪化を防いだ(第1-2-8図)。

(信用保証制度の評価)

本制度利用者に関する代位弁済の状況をみると,99年3月末時点での代弁済件数は111件,代位弁済額は27億円であり,現時点の弁済率の水準は高いとは言えない。しかし,一般に代位弁済発生率が高まる保証後2~3年度目には,相当程度の代位弁済額が積み上がる恐れも否定できず,これが国民負担の増加につながるとの懸念もみられる。一方,本制度利用者の約9割が既に保証を利用したことのある中小企業者でもあることや,特別保証の一件当たりの利用額は2,000万円程度と限度額を大きく下回っていることなどから,必ずしも懸念されているように健全でない企業に安易な保証が行なわれているわけではないとも考えられる。

本制度の取扱期間が終了する時には,新たな保証を受けられなくなった企業が資金繰りに窮するという事態も想定されるが,まとめて返済期日が到来するわけではないので,その時点を境に利用企業の資金繰りが一斉に悪化するわけではない。

本制度が,金融システム変革期の調整コストを小さなものとするための一時的な緩衝材であるとの認識の下,この制度によって与えられた時間を利用して,企業においては市場の基準に耐えうる財務体質を確立し,金融機関においては円滑な資金供給能力を取り戻すことが必要であると考えられる。

(法人税制改革の効果)

平成10年度の税制改正では,課税ベースを適正化して税率を引き下げるという法人課税の改革が実施され,98年4月1日以後に開始する事業年度の所得に対する法人課税の実効税率が3.62%ポイント引き下げられて46.36%となった(5)。

法人税制改革が設備投資に与える影響を資本コストの面から捉えると,法人課税の実効税率の引き下げが資本コストの低下を促し,これを受けて設備投資が増えるということが考えられる(6)。しかし,資本コストの低下自体が設備投資に与える影響を試算すると,必ずしも大きくはないと考えられ,こうした面からの効果は限定的と思われる。

一方,設備投資を左右する大きな要因としては企業収益が挙げられ,実効税率の引き下げは,税引後利益に直接的にプラスの効果を及ぼすと考えられる。

現状では企業の収益基盤が揺らいでおり,税引前利益の減少が大きいことから設備投資は減少しているが,今後の景気回復局面において,内部留保や内部資金が増えて企業マインドが改善してくる状況においては,設備投資を促進する効果が期待される。

なお,課税ベースの適正化は,課税の中立性の確保を通じて,資源配分や設備投資の効率化に資するものと期待される。

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