はじめに

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我が国経済は、コロナ禍の影響から脱した後、企業収益が過去最高を更新し、設備投資も33年ぶりに100兆円を超えるなど、企業部門が堅調さを維持しており、基調として緩やかな回復が続いている。しかしながら、家計部門においては、名目賃金の伸びが物価上昇に未だ追いついていないことから、個人消費は力強さを欠いた状態が続き、景気の回復力は弱い状態が続いている。こうした状況の中、円安は歴史的な水準まで進み、これが輸入物価を通じて国内物価を押し上げることにより、家計の購買力の低下を通じて、消費が更に下押しされる可能性がある。また、中小企業等にとっては、価格転嫁を行えなければ、原材料コストの上昇を通じて収益が圧迫されるリスクがある。春季労使交渉において33年ぶりの賃上げ水準が実現するなど、物価と賃金の好循環の実現が近づきつつある中で、持続的な賃上げと活発な投資がけん引する民需主導の自律的な成長型経済に移行する千載一遇のチャンスを実現できるか、日本経済は今まさに、その正念場にある。

本報告では、我が国経済の現状と課題の分析を通じて、今後必要となる政策の検討に資することを念頭に置いた議論を行っている。各章の構成は以下のとおりである。

第1章では、2024年年央までのマクロ経済の動向について、家計部門や企業部門、輸出入、物価・賃金動向、金融資本市場等にわたり詳細に確認している。この中で、賃金上昇、企業の価格転嫁、物価上昇の広がり、予想物価上昇率など物価の背景を丁寧に分析し、デフレ脱却に向けた現在地を確認するとともに、デフレに後戻りしない経済構造の構築について議論を行っている。財の物価については、企業の価格転嫁行動が変容する中で、かつてよりも為替レートの変動の影響を受けやすくなっていることを示す。一方、サービスの物価については、人件費の高い分野で、物価上昇率の高まりがみられるなど、物価と賃金の好循環に向けた歩みは着実に進んでいることを確認し、中小企業等に賃上げの流れを一層広げるためにも、適正な価格転嫁の促進が引き続き重要であることを示す。あわせて、物価と賃金がともに上昇することがノルムとして定着していく中にあって、公共サービス料金など各種の制度もこれに対応し、変化していくことが重要であるとの視点も提示する。

第2章では、我が国経済の最大の構造問題の一つである人手不足を取り上げ、これによる成長制約を乗り越えるための課題について、多面的な分析を行う。まず、企業の人手不足感の現状と背景、課題について確認するとともに、企業が人手不足への対応として強化している賃上げや省力化投資の現状及び課題等について分析する。この中で、省力化投資は生産性の改善に着実につながる一方、新たな技術を扱うことのできる人材の育成・確保が重要であることを指摘する。次に、労働力の希少化が進む中で、セクター間の円滑な労働移動を通じた労働力の効率的な資源配分が重要であるとの観点から、労働市場のおけるマッチングと産業間労働移動の現状と課題について考察する。この中で、職種間のミスマッチが構造的に続き、職種をまたいだ労働移動が現時点では限定的であること等を示し、リ・スキリングをはじめ、ミスマッチの改善や労働移動の円滑化に必要な課題について考察する。あわせて、これまでの受入れ制度の拡充により、200万人超まで増加してきた外国人労働者について、日本人労働者との賃金格差に係る詳細な分析を行い、国際的な人材獲得競争の中で、外国人労働者を我が国に惹きつけ、定着を促すための課題について考察する。

第3章では、我が国がこれまで蓄積してきた1.2京円を超える金融資産及び実物資産をはじめ多様で豊富なストックに焦点を当て、これらのストックの潜在力を活かして、豊かな経済社会、ゆとりある国民生活の実現につなげていくための課題を整理する。第一に、2,200兆円に上る個人金融資産について、現状は収益性の低い現金・預金という形で高齢期に偏在していることを示したうえで、近年のNISA制度の拡充もあって、若年層を中心に金融資産への投資行動に変化の機運が生じていることを明らかにする。第二に、世帯数を超えて蓄積されてきた住宅ストックについて、今後は人口減少や単身世帯の増加の中で持家の新築需要が見込みがたいこと、その一方で、中古住宅を志向する動きが広がりつつあることを示し、不動産取引市場の透明化を含め、この流れを後押しするための課題を議論する。最後に、2013年以降の継続雇用確保の取組もあって拡大してきた高齢就業者について、労働供給・需要の両面から現状と課題を分析する。その中で、これまで高齢就業者が培ってきた経験と知識といった無形のストックを活かすために、その高い就業意欲を後押しするような制度の見直しとともに、高齢者が働きやすい環境整備に向け、企業における一層の省力化投資等による生産性向上の取組が重要であることを論じる。

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