はじめに

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我が国経済は、2022年後半以降、サービスを中心とした個人消費や、好調な企業収益を背景として設備投資が持ち直すなど、内需を中心に緩やかな回復を続けてきた。2023年5月には新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付け変更に伴い、経済が自律的に循環する環境が整った。

こうした環境の下、世界的な物価上昇は、輸入物価の上昇を通じて、2022年春以降、財物価を中心に我が国の消費者物価にも波及した。他方、サービス物価については、上昇率がゼロ近傍で価格が据え置かれている品目が依然として多く、物価の基調は、マクロ経済環境の改善によって強まっているとは評価しにくい。こうした中で、2023年に入ってからは、財・サービスとも価格改定頻度が高まるなど、物価の動向に変化の兆しも見られ始めている。また、2023年の春闘は30年ぶりの高い伸びとなり、マクロの賃金動向への波及が見込まれる。今後、賃金の上昇が持続的なものとなり、企業が増加した労務費を適切に販売価格に転嫁する流れが定着すれば、賃金と物価の好循環、ひいては所得増を生み出す成長と分配の好循環を軸として、デフレに後戻りすることのない経済環境が整っていくことが期待される。

加えて、コロナ禍では財政政策が景気の下支えとなってきたが、コロナ禍後を迎えた経済社会を民需主導の自律的な成長軌道に乗せていくためには、需要面だけでなく供給面、すなわち潜在成長率を高めていくことも重要な課題であり、民間投資の誘発や少子化対策など、中長期的な成長に資する分野での構造的な課題への取組も不可欠である。

本報告では、我が国経済の現状と課題の分析を通じて、今後必要となる政策の検討に資することを意図した議論を行っている。各章の構成は以下のとおりである。

第1章では、マクロ経済の動向を議論するとともに、物価動向の背景にある要因と基調の強さに関する視点を提示し、デフレ脱却に向けて鍵となる要因を議論する。物価の基調は未だ十分強いとは言えないものの、企業の価格設定行動には変化が見られ始めていることなど、現下の日本経済で注目するべき動向を紹介する。併せて、我が国経済がコロナ禍後を迎えたことを踏まえた、財政・金融政策の方向性に関する論点整理を行っている。

第2章の前半では、労働生産性の向上を伴う実質賃金の上昇や、追加的な就業希望の実現に加え、資産所得の引上げにより、家計の所得向上を実現していくための課題を整理する。後半では、我が国の経済社会の長期的な縮小を回避するための最大の課題のひとつである、急速な少子化の進展への対応策を取り上げている。章前半で議論した家計の所得向上が、少子化対策の観点からも有効であることに加え、住宅・教育費などの子育てに係る負担の軽減策や、保育所整備・男性育休の促進を通じた「共働き・共育て」の環境整備も重要であることを指摘している。

第3章では、今後の自律的な回復を視野に、企業の収益性向上に向けた中長期的な課題を議論する。我が国では、人への投資や企業再編などに係る無形資産投資がGDP比で見て伸び悩んでいるが、無形資産投資は企業の価格設定力(マークアップ率)の向上につながることを論じる。こうしたマークアップ率の向上は、収益性改善の鍵であるとともに、企業の投資や賃上げ余力を高め、経済の好循環につながることを指摘する。あわせて、生産性向上や、中小企業の輸出開始の観点からも、研究開発投資や人への投資を始めとした無形資産投資が重要となることから、重点分野への官民連携による後押しが重要であることを論じる。

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