令和5年度年次経済財政報告公表に当たって

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今、日本経済はデフレ脱却の正念場にあります。四半世紀にわたり、我が国のマクロ経済政策運営においては、常にデフレとの闘いがその中心にありました。過去を紐解くと、2001年3月の月例経済報告において、持続的な物価下落をデフレと定義した上で、我が国経済が「緩やかなデフレ」にあると評価しました。デフレ又はデフレではないものの物価上昇率がゼロ近傍で推移する中で、企業ではコストをカットして価格を据え置くという行動が広がりました。そのため、売上げが増加せず、人件費や投資が伸び悩み、経済成長が抑制されて消費者は購買力を失うという悪循環に陥りました。

しかし、コロナ、ウクライナ危機による世界的な物価高騰を契機に、「新しい資本主義」の政策もあいまって企業の価格転嫁が進み始め、40年ぶりの物価上昇となりました。こうした物価上昇の下、今年の春闘では、30年ぶりとなる高い水準の賃上げが実現し、我が国の物価や賃金は大きく動き始めています。今後、下請取引の適正化や、労務費を含めた価格転嫁の促進を通じて、こうした動きが持続的なものとなり、これまでの悪循環を断ち切る挑戦が続いていくことが重要です。賃金も含めたコストの適切な転嫁を通じたマークアップ率の確保を進め、「賃金と物価の好循環」が広がっていくことが求められています。

賃金・物価が動き始めただけでなく、企業による投資意欲が高まり、需給ギャップのマイナスも解消に向かうなど、マクロ経済環境そのものが変わりつつあります。今こそ、サプライサイドの強靱化を進め、潜在成長率を高めるチャンスです。このため、労働の面からは、成長分野への労働移動や、リ・スキリングによる能力向上が持続的な生産性上昇の鍵となります。また、職務内容が明確なジョブ型雇用の拡大は、女性や高齢者の一層の能力発揮につながります。さらに、資本の面からは、重点分野での研究開発投資など、市場に任せるだけでは過少投資となりやすい分野で的を絞った公的支出を行い、これを呼び水として民間投資を拡大させ、それを成長のエンジンとして持続的な成長に結び付けていくことが重要です。

こうした前向きな挑戦により、デフレから脱却し、また、経済成長とその果実の分配が拡大していく「成長と分配の好循環」へとつながっていくと考えます。

デフレとの闘いが続く中、少子化傾向も続き、我が国経済の成長にとって重しとなってきました。急速な少子化は経済のみならず社会全体に関わる問題であり、先送りのできない「待ったなしの課題」です。2022年には、出生数が77万人となり、ピークの3分の1以下に減少しました。若者が急激に減少する2030年代に入るまでが、少子化トレンドを反転できるかどうかのラストチャンスです。こうした危機的な状況に対応すべく、「こども未来戦略方針」に基づき、若い世代の所得を増やす、社会全体の構造や意識を変える、全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援するという考え方の下、対応を加速していきます。デフレ脱却や少子化の克服に向け、今まさに変革のときです。

今回で77回目となる本報告では、現下の経済情勢と物価のダイナミクスを分析し、デフレ脱却が我が国経済の持続的な成長にとってなぜ重要なのか整理しています。また、物価と賃金に変化がみられる下で、我が国企業が収益性を高めていくための鍵はマークアップ率の向上です。今回の分析では、投資の拡大による製品差別化がマークアップ率の向上につながることや、マークアップ率が高い企業では、相対的に高い賃金によって収益を還元する傾向があることを示しています。少子化については、その経済的側面を整理し、少子化には、子育て世代の構造的な賃上げ環境の実現、子育て負担の軽減、「共働き・共育て」のための環境整備が重要であることを示しています。本報告での客観的なデータに基づいた定量分析が、我が国の経済社会が抱える本質的な課題に光を当て、その解決に資するものとなることを心より期待しています。

令和5年8月

経済財政政策担当大臣

経済財政政策担当大臣 後藤茂之

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