第2章 企業からみた我が国経済の変化と課題 第1節

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第1節 これまでの企業と投資

本節では、2000年以降の我が国企業が直面した課題とその背景について振り返る。加えて、感染症下で生じている企業を取り巻く環境変化について、主にワーケーション、オフィス投資などを中心に整理するほか、感染症下で企業が抱えた債務問題について考察を加える。

1 国内投資・生産性・賃金の国際比較と低迷の背景

はじめに、我が国企業の国内投資、生産性、賃金に関する各種指標について国際比較を行うことで、過去20年間の状況を振り返る。また、我が国の成長が低迷した背景について、2000年代前半を通して対処した過剰債務や、今もなお根深く残るデフレ圧力2と、その結果としての企業による付加価値分配動向が及ぼした影響を中心に考察を加える。また、リーマンショック・東日本大震災後に我が国企業が対峙した6重苦の現状と感染症を機に浮き彫りとなった新たな課題について整理する。

2000年代の国内投資、生産性、賃金は低迷

2000年以降の成長経路については、1章(前掲第1-3-1図)で主要国と比較しており、リーマンショック後の一人当たり実質GDP成長率は遜色ないものの、それ以前は低迷していた。その際に比較したアメリカ(45.4%増)、英国(37.6%増)、ドイツ(26.5%増)と我が国(15.0%増)でGDP構成要素の内訳寄与をみると、個人消費の寄与(アメリカ:+35.0%、英国:+25.6%、ドイツ:+24.2%、日本:+7.0%)や設備投資の寄与が小さい(アメリカ:+8.8%、英国:+3.1%、ドイツ:+4.9%、日本:+2.4%)。このように、我が国経済の過去20年間の停滞の要因は、設備投資や個人消費といった民需の弱さにある(第2-1-1図)。

同じく1章で触れたように、個人消費の伸び率が低かった背景には、所得(賃金)の伸び悩みが挙げられる。時間当たりの労働生産性を主要先進国と比較すると、我が国の労働生産性も緩やかに上昇しており、平均変化率に大差はない。ただし、他国に比べて、労働時間減少による生産性へのプラス寄与が大きく、付加価値増加によるプラス寄与が圧倒的に小さい。付加価値増加の弱さを時間減少で相殺するにとどまった結果、生産性水準の差は縮まらず、2019年時点でアメリカの7割程度にとどまっている。また、各国で比較可能な購買力平価ベースの賃金は、主要先進国の中で最も低く、2019年時点でアメリカの6割程度、最低賃金も、欧州主要国と比べると、低い水準にある(第2-1-2図)。

低迷の背景には、過剰債務圧縮とデフレ下における賃金の抑制

先に述べたように、設備投資の成長寄与や賃金上昇率が低迷している背景には、その源泉となる付加価値成長率の低迷がある。投資と所得増の成長循環が閉ざされていた背景には、当時の我が国企業が置かれた環境が影響している。我が国企業は、土地を中心とした資産価格の上昇が継続するとの見通しから、1980年代半ばから90年代前半にかけて債務を増加させ、それに伴い債務償還年数も長期化した。しかし、いわゆるバブル崩壊3以降に続いた長期的かつ大幅な資産価値の下落により、これまで増加させてきた債務を圧縮せざるを得ない環境に置かれた。このために、新たな投資を抑制すると同時に、そうした抑制が需要不足要因となってデフレを長期化させる一因ともなり、負の連鎖が続いた4第2-1-3図)。

では、こうしたデフレが賃金や設備投資に与えた影響を確認しよう。まず、賃金への影響について、労働コストである単位労働費用(ULC)の変化を労働生産性要因と賃金要因に分解する。製造業では2000年から2010年にかけて労働生産性が上昇することでULCを低下させてきたが、その間、名目賃金の上昇はほとんどみられなかった。これは、労働生産性の上昇分を賃金に還元・転嫁せずに、販売価格の引下げ原資にしていたと考えられる。2013年以降は、労働生産性上昇率を上回る賃金上昇の動きがみられるが、それまでの労働生産性の蓄積に対し、賃金への還元・転嫁の程度は小さい。非製造業については、2012年頃まで労働生産性の上昇がみられず、ULCの低下は、パート比率の高まりなどを背景に、専ら名目賃金の低下により実現されてきた。2013年以降は、労働生産性も上昇しはじめ、同時に、賃金への還元・転嫁もみられはじめた。さらに、2018年以降の2年間については、労働生産性の上昇以上に名目賃金が上昇したことで、ULCが上昇に転じている。すなわち、名目賃金の上昇の一部を販売・サービス価格へ転嫁する動きが徐々にみられ始めている5第2-1-4図)。

続いて、デフレによる設備投資への影響について確認する。具体的には、デフレによる設備投資抑制が、実質金利の上昇を通じて発現することを踏まえ、実質金利を説明変数に加えている。なお、実質金利は、実際のインフレ率を期待インフレ率とみなして算出している。推計結果をみると、リーマンショック後の2009年から2010年にかけて、また、円高やエネルギー価格の低下の影響を受けて物価が下落した2015年末から2016年にかけて、実質金利の上昇が設備投資を抑制したことが確認できる(第2-1-5図)。なお、設備投資に大きく影響を与えている設備過剰感が生じる背景については、コラム2-1を参照されたい。

賃金や設備投資の低迷は、その原資となる付加価値がデフレを介して低迷したこともさることながら、企業による分配の結果としての側面も考えられる。付加価値6を資本で除した資本生産性7について、1990年度を基準とした累積伸び率を、分母要因(資本蓄積=設備投資の累積)と分子要因(内訳:営業利益、賃金、支払利息〈マイナス要因〉)別にみる。まず、分母要因である<1>資本蓄積は、90年度から98年度にかけて急速に進み、その後は多少の振れを伴いつつも2011年度頃までおおむね横ばいである。2012年度頃から減少傾向がみられたが、2014年度を底に再び蓄積が進んでいる。すなわち、90年代の終盤から2014年度頃まで、企業は除却・償却以上の投資を行ってこなかった。次に、分子要因のうち<1>実質賃金は、資本蓄積と同様、90年代終盤にかけて増加したが、その後は振れを伴いながらおおむね横ばいとなっている。賃金とは対照的に、付加価値分配後に企業の手元に残る<2>営業余剰は、2000年代以降、リーマンショック期を除き増加・蓄積されている8。もっとも、利益蓄積の背景には<3>支払利息負担の減少もあるが、賃金分配が2000年度以降抑制的になっていることが一因である(第2-1-6図(1))。

この点について、資本生産性と賃金の関係をより長期・視覚的にみると(第2-1-6図(2))、80~90年代にかけて、企業は資本蓄積を進めつつ(分母増加による資本生産性の低下)、同時に賃金を高めることができたため、資本生産性と賃金の関係は左斜め上方向に角度を持って進んでいったが、2000年代以降はそうした動きが停滞している。近年は技術進捗の速さなどから、大規模な設備投資を行う(従業員当たり資本装備率の上昇)よりもM&Aや株式出資を通じた投資を選択することも増えており、企業が蓄積している営業余剰の資産側形態も変化しているが、少なくとも2000年代以降、企業の資本蓄積が止まり、従業員の資本装備率が低迷し、結果として賃金が低迷していることがみてとれる。なお、2000年代と2010年代との比較では、2010年代の方が実質賃金は上方にシフトしている。これは、第2-1-4図で確認したように、2010年代の後半にかけて付加価値を賃金へ転嫁する動きと整合的である。

コラム2-1 設備過剰感の背景

デフレを加味した設備投資関数(第2-1-5図)をみると、設備投資には、設備過剰感の解消が重要であることがうかがえる。実際、2000年代においても、企業の設備過剰感が不足超になるタイミングで、設備償却以上の設備投資が実施される傾向にある(コラム2-1-1図)。

企業が主観的に回答する設備過不足感だが、その背景にある本来の要因を明らかにしよう。具体的には、生産設備判断DI(全規模・全業種)を、債務償還年数、資本コスト、利潤率、実質経済成長率見通しの4変数で説明する回帰式を推定するが、前2変数が金融面、後2変数が実体経済面を表す。なお、利潤率は、有形固定資産(土地を除く)に対する利潤を表し、営業利益から支払利息等を控除した営業純益を除却・償却を加味した時価ベースの有形固定資産(同)で除して得られる値を用いた。また、資本コストは、支払利息等を要返済債務で除した間接調達にかかるコストであり、株式にかかるコスト(配当金、キャピタルゲイン)は考慮していない。生産設備判断DI(過剰感が高いとプラス)に対する各説明変数の符号条件は、利潤率及び実質経済成長率見通しがマイナス、債務償還年数がプラス、資本コストは分子要因である支払利息等が増加した場合はプラス、分母要因である要返済債務が減少した場合にはマイナスと、プラスマイナス両方を取り得る。

結果をみると、推計対象全期間(1992年第1四半期~2020年第4四半期)を通して全ての説明変数で有意かつ符号条件が一致する。また、2年で2%の物価上昇を掲げて導入した「量的・質的金融緩和9(2013年4月)」前後で推計期間を区切ると、同緩和策以前は、全期間推計と同様、全変数が有意かつ符号条件が一致するが、緩和策以降は負債に絡む資本コストや債務償還年数は有意ではない。これは、大規模金融緩和による金利低下を受けた利払負担減や融資の柔軟化等から、負債の位置付けが変化し、少なくとも設備投資を制約しにくくなった可能性を示唆する。2013年以降の生産設備判断DIの分解では、利潤率が変動要因の大半を占めており、企業利益を増加させることが重要になっている(コラム2-1-2図)。

これらの他に、債務償還年数も全期間で有意、2013年以降は有意でない動きとなっている。そこで、主要業種について、設備の平均残存耐用年数を債務償還年数で除した値(本稿では仮に債務超過設備指数と呼ぶ)の動きを確認する。債務超過設備指数が1より小さい場合は、債務償還年数が設備の平均残存年数を上回っており、設備が老朽化し、付加価値を生まなくなった後も債務が残存することを意味する。指数の動きをみると宿泊業は2000年度から2015年度にかけておおむね1を下回っていたが、首都圏再開発やインバウンド需要などから新規投資が増えたこともあり、2016年度頃からようやく1を超えるようになっていた。もっとも、感染症の影響により収益が大きく棄損した2020年度入り後は、債務の増加もあって、宿泊業で再び1を下回ったほか、飲食業でも1を下回っている(コラム2-1-3図)。

これら業種は既存設備に対して過剰債務を抱えている状況にあるが、先述したように、2013年以降の金融緩和政策の下、債務負担が設備過剰感を通じて新規設備投資に与えるパスは有意ではなくなっている。したがって、現状では、債務圧縮によって投資が増加する見込みは低く、成長率や利潤率を高めるような実物面に働きかける需要喚起政策、実効性の高い成長戦略が設備投資の増加には効果的であると考えられる。

企業が直面した6重苦は全体として改善するも、新たな課題が発生

我が国企業がいわゆる過剰債務問題をおおむね解消し、不動産向け融資も増加に転じ始めたタイミングで、リーマンショックは生じた。その後の急激な景気後退が和らぐ間もなく、2011年には東日本大震災が生じた。こうした状況について、当時は、<1>円高、<2>経済連携協定の遅れ、<3>高い法人税率、<4>労働市場の硬直性、<5>過剰な環境規制、<6>電力不足・電力コスト高、がいわゆる6重苦として指摘されていた。

結論を先取りすると、その後の環境変化や政策対応により、これらのうち<1>円高は解消。加えて、企業は為替変動に対して以前よりレジリエントになっている。また、<2>~<3>についてはおおむね解消したが、<4>については女性や高齢者の雇用促進がなされているが、労働市場の硬直性は依然残る、<5>については国際的な合意の枠組みに沿った全世界共通の課題となっているほか、<6>についてはカーボンニュートラルの実現を目指す中でも国際競争力の維持強化や国民生活の向上を図る観点から重要である。また、感染拡大とその対応策の実施を通じ、従前からも課題であったものの、対応が先送りされてきた官民のデジタル化の遅れが浮き彫りになるなど、新たな課題も生じている(第2-1-7図)。

簡単にそれぞれの状況を振り返る。まず、<1>円高について、実効為替レートの推移と金利の状況をみると、リーマンショック後に大きく円高に振れたが、危機の後退や日米金利差の縮小等を通じて10円高は是正されている(第2-1-8図)。もっとも、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2021)で指摘しているように、企業は円安局面でも輸出品の現地通貨価格を維持し、利幅を得る価格行動に変化しているほか、海外直接投資の増加等により円高でも海外で稼ぐ力を高めるなど、為替変動に対して以前よりもレジリエントになっている。

<2>自由貿易協定も大幅に進展した。シンガポールとのEPA発効(2002年)を皮切りに、アジア圏を中心に進めてきたEPAだが、2011年末時点では、ASEAN及びインドほか3か国、輸出入に占める割合も2割弱程度であった。しかし、2018年のTPP11発効、2019年の日EU・EPA発効、2020年の日米貿易協定の発効と大型のEPA等が順次成立・発効し、こうした国々との貿易が全体に占める割合も5割前後にまで上昇している。2020年11月に署名した、中韓を含む「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」を含めると、輸出入に占める割合は8割程度に達している(第2-1-9図)。

また、<3>法人税率についても、2012年度は37.00%(法人実効税率ベース)であったところ、2014年度以降に順次引き下げが進み、2018年度以降は29.74%と3割を切る水準となった。これは、ドイツ(29.9%)、フランス(28.4%)と同程度であり、世界的競争力を欠くような水準からは脱している。なお、最近では、世界のIT市場をけん引するGAFAの税負担が極端に小さいなど、企業の行き過ぎた租税回避行動が批判の対象となっているほか、世界的な法人税引下げ競争に歯止めをかける動きも出てきている11第2-1-10図)。

一方、<4>労働市場の硬直性については非正規雇用と正規雇用の格差是正に向けた法整備とともに、女性や高齢者の雇用促進がなされているが、労働市場の硬直性は依然残る。リーマンショックによる景気後退期には、過去の判例や実績から労働慣例上踏襲されている、いわゆる「整理解雇の4要件(<1>人員整理の必要性12、<2>解雇回避努力義務の履行13、<3>被解雇者選定の合理性14、<4>解雇手続の妥当性15)」が厳しすぎるとの声が産業界から多くあがっていた。もっとも、雇用契約は当事者対等主義が維持されないおそれがあることから、一定の雇用者保護が必要であることは言うまでもないが、それが静態的な雇用保護にとどまっており、雇用者の将来を含めた動態的な雇用保護に至っていないところに慣例や判例主義の課題がある。

いずれにせよ、景気循環要因を起因とした雇用調整の難しさがあると同時に、我が国では、雇用調整助成金などの保険機能を活用しながら雇用を守る制度もあるため、労働市場の硬直性が強く残るようにも見えるが16、今回を含め、危機時における雇用調整の小ささは、政策的に意図した効果であるため、これは問題ではない。課題は、平時における産業間の労働移動を通じた産業や業種構造の転換であり、こうした前向きな移動を阻害する労働市場の硬直性は残っている(第2-1-11図)。なお、2012年以降、非正規雇用者を中心に雇用者数が増加しているほか、非正規雇用の正規化の動きもみられる。こうした正規化の動きは、いわゆる働き方改革の一環として、パートタイム・有期雇用労働法が2020年4月から大企業(2021年4月から中小企業)に対して施工されたことが影響している可能性も考えられる17

<5>環境規制については、6重苦が指摘された頃とは異なった状況になっている。当時、我が国企業の競争力の阻害要因と捉えられる側面もあった温暖化対策は、国際的な合意の枠組みに沿った課題であり、また、グローバルな企業競争環境の前提であることから、企業の新たな成長の源泉にしていくことが重要である。

我が国の温室効果ガス削減目標をめぐる最近の動きをみると、2009年に、2020年度削減目標として1990年度比-25%としていたところ、2011年3月の東日本大震災などの我が国が直面した状況の変化を受けて目標の見直しを行い、2005年度比-3.8%とすることとした。その後、2015年7月に2030年度の削減目標を2013年度比で-26.0%(2005年度比で-25.4%)とする「日本の約束草案」を決定した。2021年には、「2050年カーボンニュートラル(排出実質ゼロ)」と整合的で野心的な目標として、2030年度に2013年度比-46%、さらに-50%の高みに向けて挑戦を続ける(期限2030年度)というさらに高い削減目標を掲げた18

過去の目標を比較するため、基準年から目標設定年までの削減実績を加味したうえで、目標を設定した年度(ただし、2021年時点の目標については、当該年度及び2020年度の排出量がまだ算定されていないことから、2019年度)からの年平均削減目標量を算出すると、2009年時の目標は-26.7百万トン/年、2013年時の目標は-11.4百万トン/年、2015年時の目標は-18.6万トン/年、2021年時点の目標は-41.1百万トン/年となる。2015年時の目標は、温室効果ガス排出量がすう勢的に減少傾向を辿った2013~2019年度平均削減量(-32.8百万トン/年)を下回る値となっていたが、2021年時点の目標は、実績の1.25倍程度の年間削減を意味しており、相当なエネルギー利用の変化や発電効率の改善といった技術進歩を必要とする。もっとも、国内において、エネルギー効率化に向けたイノベーションを促進することは、我が国企業の競争力向上にもつながる(第2-1-12図)。

また、<5>とも関連するが、<6>電力不足・電力コスト高の解消も重要性を増している。東日本大震災後の原発稼働停止により、我が国エネルギーの対外依存度は高止まりしており、電源構成も化石電源が7割以上と大半を占めている。また、コスト高の再生可能エネルギー比率が徐々に高まっており、電気料金平均単価の推移をみると、2019年度の産業用では17.0円/kWhと、2010年度(13.7円/kWh)に比べて24%増となっている。主要国と比べても、我が国のエネルギーコストは、産業用、家庭用ともに相対的に高く、こうした状況は、企業の競争力の足かせとなるほか、所得の海外流出要因ともなる(第2-1-13図)。

このように、我が国企業の成長阻害要因であったかつての6重苦のうち<5>環境規制、<6>電力不足・電力コスト高は、感染症後の世界を見据えると、より重要性の高い課題となっている。さらに、感染拡大とその対応策を通じ、これまでも課題であったが、先送りされてきたデジタル化の遅れが改めて政策課題として取り上げられてきた。

例えば、内閣府(2020)で指摘したように、IT人材がIT産業に偏っており、ユーザー側の産業における人材は相対的に少ない。また、2020年の我が国のデジタル競争力19は63か国中、27位と低位であり、感染症を契機としてテレワーク利用率は過去より進んだとはいえ、他国と比べれば低水準である。さらに、サービスの分野別にデジタル・非接触型サービスの利用率を比べても、我が国は大幅に劣後している(第2-1-14図)。

2 感染症下における国内投資と企業行動

前項では長期的な我が国企業と投資の動きをみてきたが、本項では、感染症下でみられた企業の国内投資と企業行動の変化について紹介する。

収益の修正率が大きい業種ほど、設備投資の修正率も大きい

2020年度の我が国GDPは、前年度比-4.5%と大幅に減少したが、内訳では個人消費(寄与-3.2%ポイント)に次いで民間設備投資のマイナス寄与(-1.1%ポイント)が大きかった(前掲第1-1-1図)。減少した企業の設備投資について、収益との関係を確認するため、日銀短観を用いて経常利益計画の修正率と設備投資の収益率を比較する。具体的には、2020年3月期調査における2020年度計画値から、2021年6月期調査における同実績値にかけての修正率を用いた。なお、修正率は業種ごとの修正パターンを加味している。

経常利益と設備投資の計画修正率を業種別にみると、経常利益計画の下方修正率が大きい業種ほど設備投資計画も下方修正される傾向にあることが確認できる。特に、自粛要請の影響を直接に受けた「宿泊・飲食サービス」、「運輸・郵便」、「対個人サービス」の下方修正が目立つ。なお、「不動産」「建設」については、経常利益の修正率はそこまで大きくないが、設備投資計画の修正率は大きくなっている。これは、オフィス空室率の上昇等によって将来期待収益率が低下している可能性が考えられる(第2-1-15図)。

感染拡大の影響を大きく受けた業種で事業再構築の動き

政府は、既存事業が感染症の影響を大きく受けている中堅・中小企業に対し、事業維持支援や資金繰り支援に留まらず、ポスト・ウィズコロナ時代を見据えて思い切った事業再構築を行う事業者に対し、補助金を支給するなどのインセンティブ策も講じている。事業再構築であることから、業種そのものを大きく転換するのではなく、飲食店がテイクアウトやオンライン販売を開始、あるいは衣料品店がネット販売事業やサブスクサービス事業へ参入するなど、既存事業の延長線上で、将来的にも需要取り込みを期待できるような取組を促進している。

内閣府による企業へのアンケート調査20(以下、内閣府企業アンケート調査という)では、こうした事例を示しながら、事業転換の有無について調査した。その結果、業態転換を検討した企業は全体(回答企業数1,962社)の15%程度、そのうち具体的に業態転換を行った企業は5%程度、検討中と合わせると12%程度であった。業態転換を実行した企業について具体例をみると、オンラインサービスの開始やテイクアウト・デリバリーの開始など、感染拡大を契機に広がった非接触型の事業展開がみられた(第2-1-16図)。

感染拡大を機に働き方に柔軟性が増した結果、オフィス投資に見直しの動きも

感染拡大を機に、企業の柔軟な働き方への取組も加速した。感染拡大と柔軟な働き方に関し、内閣府企業アンケート調査の結果をみると、「テレワーク・在宅勤務制度」は取組を行っている企業の9割強が「感染拡大を機に取組開始」ないし「感染拡大を機に取組強化」と回答している。次いで、「フレックスタイム制」についても取組企業の4割強が感染拡大を機に取組開始ないし強化したと回答している。また、これらに比べて取組企業数は減少するが、感染拡大を機に「副業制度の導入」を行う企業もみられた。また、こうした柔軟な働き方について、感染収束後の取組方針を確認したところ、感染拡大を機に取組を開始・強化した比率の高い「テレワーク・在宅勤務制度」「フレックスタイム制」については、感染収束後は「取組をやめる・緩和する」企業が一定数あるが、「収束後も今までどおり続ける」と回答する企業もそれぞれ5割弱、7割弱に及んでおり、制度導入企業が拡大する見通しである。なお、柔軟な働き方の実現に向けた取組を行ったことで得られている効果としては、「従業員の意欲向上」「感染拡大防止」が最も多く、次いで「従業員の健康維持」「従業員の定着」と、従業員福利に資しているとの回答割合が高くなっている(第2-1-17図)。

柔軟な働き方のうち、「テレワーク・在宅勤務」は働く場所を問わないため、テレワークが定着した場合、オフィスの所有方針にも変化が生じる可能性がある。実際、東京ビジネス地区の空室率は上昇しており、その要因は景気やオフィスビルの供給動向といった要因に加え、テレワークの普及によるオフィス需要の減退も関係している21。内閣府企業アンケート調査では、オフィスの所有方針の変更やその背景について質問しているため、オフィス需要に関する態度を確認しよう。まず、オフィス所有方針について変更有無への回答は、賃貸・自社ビルともに「不変」とする企業が大半となっており、次いで、「将来的な業績改善」や「ゆとりあるオフィススペースの確保」を目的に「拡大」方針を採る企業が多い。「縮小」方針の企業は、賃貸・自社ビルともに1割未満と少ないが、その背景として、景気要因よりも「テレワークの増加」を挙げる先が多くなっている(第2-1-18図(1))。

2021年度のオフィス投資を前年から維持・縮小させる企業について、テレワークの継続方針と2020年度の収益状況を併せてみると、増収企業よりも減収企業の方がオフィス投資に消極的である。加えて、テレワークの取組を継続させる方針にある企業ほど、オフィス投資に消極的である。このように、企業収益の悪化や、テレワークの浸透もあり、東京ビジネス地区のオフィス空室率は2020年2月を底に上昇傾向にある(第2-1-18図(2)(3))。

コラム2-2 ソフトウェア投資の経費処理

テレワークやテレビ会議、オンライン事業の強化など、感染拡大を機にデジタルサービスの需要が増えたことを本節2項で確認したが、こうしたデジタルサービスの拡大には、ソフトウェア投資が必要となる。そこで、2020年度のソフトウェア投資について、異なる3つの統計から確認してみよう。

まず、ソフトウェアの供給側統計、すなわちシステム構築を担うベンダー企業の「ソフトウェア開発・プログラム作成関連売上高」を計上した「特定サービス産業動態統計」をみると、2020年度は前年度比+8.9%と、これまでの緩やかな増加トレンドから多少上振れている。一方、ソフトウェアの需要側統計、すなわちシステム構築を依頼する企業の決算情報を計上した「法人企業統計(季報)」及び「日銀短観」をみると、2020年度のソフトウェア投資は、横ばいないし減少している22コラム2-2-1図)。

このように、需要側と供給側で異なる動きをする背景には、いくつかの要因がある。外形的に明らかなのは、需要側が民間企業の計数である一方、供給側は公需を含んだ計数という点である。加えて、民間企業投資分についても、ソフトウェア投資の会計処理方法が需要側と供給側で異なる点が挙げられる。需要側の2つの統計では、「無形固定資産に新規に計上したソフトウェア」がソフトウェア投資の計上対象となるが、会計処理上、ソフトウェア投資が資産計上されるのは自社利用ソフトウェアのうち、「将来の利益獲得又は費用削減が確実である」場合であり、同条件に該当しないと企業が判断した場合には、費用処理の対象となる。当然ながら、需要側企業で費用処理した場合も、供給側企業では売上げとして計上するため、供給側統計と需要側統計には水準と動きに違いが生じる。「内閣府企業アンケート調査」により、ソフトウェア投資のうち、経費処理を行った案件について尋ねたところ、感染症下で増加したと考えられる「Web会議用システム」を導入した555社のうち、約半数の270社では費用処理したと回答しているほか、「テレワーク導入のためのシステム」を導入した356社中、164社と半数弱が費用処理している。アンケート調査では、あくまでも該当する投資を行ったか、その投資を費用処理したか、という質問であり、金額規模などの詳細は明らかにならないが、感染症下で増加したソフトウェア需要のうち、半分程度は費用処理され、投資としては統計上あらわれていない可能性がある。なお、現場やバックオフィスの自動化など、いかにも費用削減に資するような投資についても、導入企業の2割程度では経費処理されている(コラム2-2-2図)。こうした支出によって取得した財が投資・資産なのか、それとも中間消費・費用なのか、という点は、GDPの水準や動きに影響を与えることもあり、区分の明確化やより適切な実態の把握が求められる。

一部大企業に、国内及びアジア圏を中心にサプライチェーンを拡充する動き

感染拡大下にみられた企業に関する三つ目の動きは、取引関係の見直しである。感染拡大防止のために多くの国でロックダウンが実施されたが、これは、米中の対立が顕在化する中で多くの企業にサプライチェーン寸断による供給制約リスクを意識させるものであった。内閣府企業アンケート調査では、感染拡大を契機としたサプライチェーン見直しの検討状況を質問しているが、それによると、製造業全体では、検討したが見送った先も含め、3割強の企業がサプライチェーンの見直しを検討したと回答している。特に、大企業では回答企業の6割弱が検討、また、全体の約15%が具体的に実行している。

具体的に実行した企業及び検討中の企業について、見直しの検討内容をみると、国内取引については、取引先の増加・分散・新規開拓の検討が多く、同様の傾向は中国以外のアジア圏の取引にもみられる。中国での取引は、取引先の増加と減少が拮抗しており、欧米では取引相手の減少・集中割合がより高くなっている(第2-1-19図)。感染拡大に起因する供給制約の顕在化リスクが一部の貿易相手国で生じており、また、地域紛争や国家間対立による貿易・投資のリスクもある。サプライチェーンの頑健性・レジリエンスを増すことは、我が国企業にとって、引き続き重要な課題である。

3 経済抑制に伴う債務問題

本節の最後に、経済抑制の下で増加した企業債務について、感染拡大前の債務増加ペースと比較することで主要業種ごとにその規模を明らかにする。また、仮に、感染拡大防止のための経済抑制が長期化し、対面型消費において十分な需要回復がなされなかった場合の貸倒れリスクについて指摘する。

経済抑制に伴って増加した企業債務は27兆円程度

感染拡大防止のための経済抑制の下、製造業では主に2020年4-6月期に、非製造業では対面型サービス業を中心にいまだ厳しい収益環境に置かれている。売上げ減少に対し、企業は、運転資金確保のために借入れを大幅に増加させている。金融機関の貸出統計から民間非金融機関への貸出状況をみると、2021年6月末時点で過去の増加トレンドからのかいり額は約27.1兆円に上る。うち、経済抑制の影響を直接的かつ大幅に受けている宿泊業・飲食業の過去トレンドからのかいり額は、それぞれ約0.8兆円(2019年度貸出残高の2割程度)、約2.6兆円(同6割程度)となっている(第2-1-20図)。

経済抑制を背景とした業績悪化と債務増により、債務償還年数は長期化

経済抑制が長引く中、収益機会を失い、結果として要返済債務が増加し、企業の債務償還年数(=要返済債務/償還資金)は長期化している。全規模・全産業では、債務償還年数(2020年度)は11.2年となり、前年(9.8年)から1.4年程度の長期化にとどまっているが、「宿泊業、飲食サービス業」では、先行きへの期待も含め、2021年度の収益が日銀短観(6月調査)の計画どおり実現した場合、償還年数は26.5年となり、2019年度との比較では9.6年も長期化する見込みである。今回の実質無利子無担保融資の据置期間(5年)及び最長融資期間(設備資金20年)と比べても、厳しい状況であることが分かる23第2-1-21図)。

感染症下で行われた中小企業向け貸出の多くは100%の信用保証付き

このように、対面型サービス業では財務状況の悪化が深刻となっており、こうした業種を中心に、感染の更なる長期化は先行きの貸倒れリスクを高めるといえる。そこで、倒産件数の大宗(2006年以降でみると98~99%程度)を占める中小企業(資本金1億円未満)に注目し、貸倒れが増加した場合に生じるコストについて試算する。

感染症の広がりを受けて、政府は政府系・民間金融機関を通じて、実質無利子・無担保融資をはじめとする資金繰り支援を実施した(民間金融機関への実質無利子・無担保融資の申込みは2021年3月末をもって終了、政府系金融機関は当面2021年末まで支援を継続)。利子補給期間については、政府系・民間とも当初3年間の措置となっており、融資期間については、政府系は設備資金20年以内・運転資金15年以内(うち据置期間5年以内)、民間は融資期間10年以内(うち据置期間5年以内)となっている。また、保証料についても減免措置が講じられており、売上高の減少程度に応じて半額(売上高5%減)かゼロ(売上高15%減)となっている24。なお、最大5年の据置期間については、民間金融機関における既往の実質無利子・無担保融資の多くが1年以内になっていることが指摘されていることも踏まえ、政府は金融機関に対し、既往債務の返済猶予などの条件変更について柔軟に対応することなどについて累次にわたって要請を行っている25

こうした支援の下、中小企業向けの貸出残高は、2020年3月末から2021年3月末にかけて、約30兆円(292.1兆円から321.6兆円)増加した(第2-1-22図(1))。その内訳をみると、新型コロナウイルス感染症特別貸付等が実施される中で、民間金融機関による融資のうち、信用保証付き貸出しが21.2兆円と大きく増加しており、民間金融機関によるプロパー融資(信用保証付きでない融資)の残高は減少している。また、政府系金融機関による融資は、約10兆円増加している。

このように、今次危機における中小企業向け貸出しの多くが100%の信用保証付き、又は政府系金融機関によるものであることを踏まえると、民間金融機関の与信リスクの高まりは避けられると考えられる。一方、倒産による貸倒れが発生し、信用保証協会による代位弁済が生じた場合には、日本政策金融公庫が信用保証協会に対し、両者が締結した保険契約に基づいて填補率に応じた保険金を支払う。この他、信用保証協会の経営基盤が悪化する場合には、国・地方自治体が信用保証協会に損失補てんを行う仕組みになっている。また、国は日本政策金融公庫に対して出資を行っており、代位弁済の増加に伴う悪化等は追加的な財政コストとなる可能性もある2627

信用保証債務残高は、2010年度以降減少傾向にあったが、2020年度には42兆円と、リーマンショック後の2009年度(35.9兆円)を上回った(第2-1-22図(2)<1>)。これは、中小企業への貸し渋り問題を受けて中小企業金融安定化特別保証制度(以下、特別保証制度)が創設された1998年度に並ぶ水準である。一方、代位弁済は今のところ抑制されており、代位弁済率(保証債務残高に占める代位弁済額の割合)は、90年度以来の低水準(0.8%)へと低下した。

信用保証債務残高の増減は、「保証承諾-保証債務の返済」(以下、純新規保証承諾額という)と代位弁済の変動によって生じる(第2-1-22図(2)<2>)。これらの動きは、<1>名目GDP成長率など、資金需要や倒産の動向を左右するマクロ要因と、<2>保証制度要因、そして<3>金融機関の姿勢と借り手企業の健全性によって決まると考えられる。

まず、<1>についてみると、純新規保証承諾額は、98年度の金融危機や2008年度~2009年度のリーマンショックのように名目GDPが落ち込んだ際に、保証承諾額が急増することによって大きく増加するが、その後は保証債務の純返済が上回ることで、マイナスに転じる傾向がある(第2-1-22図(2)<3>)。純新規保証承諾額(前期の保証債務残高比)と名目GDP成長率の関係についてみると、両者の間には負の相関関係があることが分かる(第2-1-22図(3))。一方、倒産の増加等により代位弁済が増加することから、代位弁済率は、98年度の金融危機時のように、資金繰り支援を行っている段階では大きく上昇しなかった場合でも、一定のラグを伴って上昇する可能性がある(第2-1-22図(2)<1>)。

また、<2>については、経済困難時における民間金融機関からの資金供給の円滑化に向けて、信用保証に関する制度改正(保証の拡充等)などの影響により、純新規保証承諾額は増加する場合もある。例えば、98年度の金融危機時に創設された特別保証制度では、従来から信用保証協会が実施している保証に加え、保証要件等を緩和した保証を行わせるものとなっていたこともあり、保証承諾額が急増し、残高も大きく増加した。同様に、鶴田(2019)によると、2009年の緊急保証制度の創設も純新規保証承諾額の増加につながった。

さらに、<3>については、<2>に示したような保証制度の変更が、国が貸出リスクの大部分を引き受ける内容であった場合、民間金融機関の融資責任を減免することから、貸倒れリスクの高い企業への資金供給を積極化させるほか、借り手に対するモニタリングのインセンティブを失わせる効果を併せ持っている。この結果、場合によっては代位弁済が増加することもある。一方、金融機関が既往債務の返済猶予などの条件変更について柔軟に対応する場合には、代位弁済は抑制される可能性もある。例えば、98年度創設の特別保証制度の取扱期限(2001年3月)後には、代位弁済が大幅に増加したが、2009年の場合、同年に成立した中小企業金融円滑化法やその継続措置により、金融機関が企業の資金繰りを支えることを政策的に促したことで、その後の代位弁済は抑制される結果となっている。

代位弁済額は2019年度に比べて年間約0.2兆円程度は増加する可能性

このように、純新規保証承諾額と代位弁済の動向は複合的な要因によって決まるものの、ここでは、マクロ的な純新規保証承諾額や代位弁済率と、名目GDP(及び貸出金利)との間にみられる過去の関係性を用いて、今次の債務増加による代位弁済の先行きの増加額について試算する。具体的には、名目GDPの増減により、純新規保証承諾額が変動し、これらに遅行する形で、代位弁済率と代位弁済額の変化が生じるという関係に着目する28。名目GDPの先行きについては、内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(令和3年7月21日公表)をもとに、二つのシナリオを仮定した(第2-1-23図(1))。具体的には、同試算の「成長実現ケース」と「ベースラインケース」における名目GDP成長率を採用した。以上を基に、先行き5年間の保証債務残高と代位弁済率と代位弁済額を試算すると(第2-1-23図(2))、最大となる2023年度の代位弁済額は、成長実現ケースでは感染拡大前の2019年度対比+0.19兆円、ベースラインケースでは同+0.22兆円となる。また、2021~2025年度の5年間で1.8~2.0兆円(2016~2020年度実績は1.7兆円)と試算され、上記のシナリオが実現する場合には、大幅な代位弁済額及びそれに伴う財政コストの発生は避けられることが示唆される29

今回の危機対応は、大規模かつ迅速な資金供給を行った結果、当面の倒産コストを抑制することに成功した30。また、上記試算を踏まえれば、民間主導の経済成長の下では、先行きの代位弁済額の大幅な増加も避けられると見込まれる。据置期間5年以内、利子補給3年間の実質無利子・無担保融資については、据置期間を1年以内とした企業を中心に、返済負担が次第に高まると考えられるが、政府は条件変更への柔軟な対応を金融機関に求めており、リーマンショック後と同様、金融機関のスタンス如何ではあるが、倒産やそれに伴う貸倒れの発生は緩和されることが期待される31

ただし、内閣府(2013)でも指摘しているように、信用補完制度への過度な依存は、銀行の融資先審査機能を弱体化し、経営支援などの努力を怠らせることになり、銀行間の競争を通じた金融業自身のイノベーションやマクロ面での資源配分の効率化の機会を失わせかねない32

今後は、感染症下で借り入れを大きく増やした企業が、収益を上げることで返済が可能となるよう、感染対策を講じながら経済の稼働水準を高めることが必要である。その上で、金融機関が自らのリスクで借り手を評価し、資金提供を行う機能を強化する必要がある。その際、金融機関には、資金の貸手という機能だけでなく、付随業務である支援(新規事業開拓などに向けたコンサルティングやビジネスマッチング)機能を発揮することが求められる。具体的には、企業の経営再建や成長分野への事業転換等を支援しつつ、自らは手数料ビジネスによる収益の多角化を図ることが一層求められ、こうした取組を支える政策(新規分野開拓や業態転換を支援する事業再構築補助金など)を活用していくことが期待される。


(2)デフレとは、おおむね2年程度を目安に物価が持続的に下落する状況を指す。デフレ下では、家計は継続的な物価下落を織り込み、消費を将来に先送りするため、モノが売れなくなる。この結果、企業の生産は停滞し、新たな設備投資を抑制するなど経済全体の下押し要因となるほか、モノが売れないため、企業は販売価格を低位に抑えるなど、悪循環が生じやすい。政府は、持続的な物価下落が概ね解消したことを受け、2013年12月の月例経済報告において「デフレ」の文言を削除し、「デフレ状況ではない」との認識を示すと同時に、デフレに後戻りすることなく、物価が安定的に2%近傍で推移していくまでには至っておらす、「デフレ脱却」には道半ばの状況が続いているとの認識も示している。
(3)1991年3月から1993年10月までの景気後退期を指す。
(4)我が国は、バブル崩壊による資産価格の大幅下落とデフレ進行の最中、2003年3月に時価会計を導入。それまでの取得原価による簿価計上ではなく、資産評価額が簿価の半分以下となった場合に減損処理し、その分簿価を圧縮するルールとなった。資産価格が大幅に減価したタイミングでの時価会計導入は、企業収益の圧迫につながり、更なる投資抑制につながるなど、デフレを長期・深刻化させる一因となったとも考えらえる。
(5)川口・原(2017)は、日本において、深刻な人手不足であるにもかかわらず著しい賃金の増加がみられてこなかった背景として、正規雇用に比べて賃金水準が低い非正規雇用を中心とした労働供給に占める女性や高齢者の比重の高まりを指摘している。さらに踏み込んで、尾崎・玄田(2019)は、女性や高齢者の労働供給が枯渇し、大幅な賃金上昇がない限り追加的な供給を確保できない局面(「ルイスの転換点」)が、日本の労働市場に到来する可能性について検討している。世帯所得と留保賃金の高い層の労働参入が始まった女性について、ルイスの転換点を迎える可能性が高い点を示したほか、団塊世代の労働市場からの退出が本格化すると、賃金上昇が加速する可能性も指摘している。第2-1-4図でみられた非製造業でのULC上昇は、こうした動きが、日本の労働市場(主に非正規労働市場)でみられ始めている可能性を示唆している。
(6)付加価値=営業余剰(営業純益)+賃金(役員・従業員給与、役員・従業員賞与、福利厚生費)-支払利息により算出。本来であれば、動産・不動産賃借料及び租税公課を含むが、法人企業統計季報ベースでは、これら2項目について調査対象外であるため、本稿では考慮していない。
(7)資本生産性は、蓄積した資本が生み出す付加価値を表す。本稿では、実質ベースで評価している。また、資本は土地を除く有形固定資産とし、除却及び償却を考慮した時価ベース。
(8)これは、付加価値の単価であるGDPデフレーターを所得面から要因分解して得られる結果(付図2-1)とも整合的である。
(9)マネタリーベースと長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上に延長。
(10)為替と日米金利差の関係は、時々の情勢により変化するものであり、時に無相関となる場合もある。構造変化点を含む為替とこれら指標の関係については、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2021)を参照されたい。
(11)2021年7月に開催されたOECD/G20「BFPS包括的枠組み」において、大規模グローバル企業に対する課税権の市場国への新たな配分(デジタル課税)及びグローバルミニマム課税(最低税率は15%以上)の導入を2つの柱とする新たな国際課税ルールが大枠合意され、G20財務大臣・中央銀行総裁会議において承認された。本ルールは、同年10月の最終合意を目指すこととされている。
(12)人員を整理しなければならない経営上の正当な理由があること。
(13)希望退職者の募集、役員報酬のカット、出向、配置転換、一時帰休の実施など解雇を回避するためにあらゆる努力を尽くしていること。
(14)解雇するための人選基準が評価者の主観に左右されず合理的かつ公平であること。
(15)解雇の対象者及び労働組合又は労働者の過半を代表する者と十分に協議し、整理解雇について納得を得るための努力を尽くしていること。
(16)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2021)では、感染症下における企業の雇用維持(雇用保蔵)を定量的に示しているほか、以前は労働生産性を重視し、雇用調整速度が速かった欧州各国についても、今次感染症局面では、政策支援を活用しながら雇用維持に動いた点を指摘している。また、産業間の労働移動は近年低下し、転職者の割合も横ばいである点も指摘している。
(17)詳細は、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2021)を参照のこと。
(18)「2050年カーボンニュートラル」とは、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体として(二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量から、吸収源対策などによる吸収量を差引いて)ゼロを達成することを意味する。
(19)IMD(International Institute for Management Development,国際経営開発研究所)が63か国・地域を対象(2020年時点)に、各国のデジタル技術活用能力を、<1>デジタル技術の教育やそれを支えるインフラ整備状況などの「知識」、<2>デジタル技術発展のための骨組などの「技術」、<3>デジタル変革に向けた企業の機動性などの「将来性」の3つの主要な分野を分析し、数値化・ランキング化したもの。
(20)「新型コロナウイルス感染症を契機とした企業の意識変化に関する調査~働き方・投資~(2021年3月)」。調査時期:2021年3月2日~26日、有効回答数:2,065社。
(21)舘石(2020)では、オフィス空室率と企業収益の関係について明らかにした上で、感染症により普及したテレワークの浸透により、オフィス需要がこれまでの景気後退局面以上に後退する可能性に言及。
(22)「法人企業統計(季報)」と「日銀短観」の違いは、主に調査対象範囲(法人企業統計(季報)は資本金1,000万円以上の企業が対象、日銀短観は、同2,000万円以上の企業が対象)の違いによるものと考えられる。
(23)帝国データバンク「全国社長年齢分析」(2021/2)によれば、2020年の社長の平均年齢は60歳である。「宿泊業、飲食サービス業」における中小企業の債務償還年数は、感染拡大前(2019年度)でも27.2年あり、社長の平均年齢を勘案すると、スムーズな事業承継(M&Aを含む)ができなければ、今後、貸倒れによる信用コスト増加につながる可能性が大いにある。
(24)売上高要件については、創業1年1か月以上の場合、最近1か月の売上高と前3年のいずれかの年の同期と比較し、創業1年1か月未満及びスタートアップなどの場合(業歴3か月以上に限る)、<1>最近1か月の売上高と過去3か月(最近1か月を含む)の平均売上高、<2>最近1か月の売上高と令和元年12月の売上高、<3>最近1か月の売上高と令和元年10月から12月の平均売上高を比較することとなっている。
(25)金融庁が2021年3月8日に開催した「中小企業等の金融の円滑化に関する意見交換会」における要請(「年度末における事業者に対する金融の円滑化について」)など。
(26)詳細については、柿沼・中西(2013)などを参照。
(27)なお、政府系金融機関による融資の一部についても無担保で行われていることなども踏まえると、貸倒れが発生した場合、平時を上回る損失が生じると考えられる。
(28)試算の詳細については、付注2を参照。
(29)この試算結果は、成長率が高まることで、低水準となっている倒産件数が先行きも大きくは増加せず、代位弁済率の大幅な上昇も避けられるとの仮定に依存しているため、今後のミクロの政策(信用保証制度や融資スタンスに関する施策等)や倒産動向如何によっては、結果が変動しうる点に留意が必要となる。なお、仮にベースラインケースから毎年1%ポイント成長率が低下する場合、5年間の累積代位弁済額は2.5兆円と試算される。
(30)感染拡大下にあった2020年の我が国の倒産件数は、約7,800件と過去50年間で4番目の低さとなった。2021年入り後の倒産件数も、2020年の水準を下回る件数で推移している(付図2-2)。
(31)資金繰り支援策は、感染拡大前から業績が悪化していた企業にも恩恵をもたらしていることも明らかになっている。例えば、Hoshi et al.(2021)は、感染拡大前(2019年12月時点)から成長性や安定性が低い企業ほど、民間金融機関や日本政策金融公庫、商工組合中央金庫から新型コロナ感染症特別貸付を受けている可能性が高いことを指摘している。
(32)なお、植杉ほか(2021)は、リーマンショック時に緊急保証を利用した企業では、利用していない企業に比べて、今次の危機でも支援措置を利用する割合が高く、支援措置を継続的に利用する企業が存在することを指摘している。今次の危機において支援措置を利用した企業が政策依存に陥らず、自律的に経営再建を進められるように支援を講じていく必要がある。
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