第2章 感染症拡大の下で進んだ柔軟な働き方と働き方改革 第1節
第1節 感染症拡大の影響を受けた労働・生活環境と働き方の変容
本節では、まず労働時間の最近の動きの要因について分析を行い、感染症の影響について検討する。また、労働時間の動きの背景にある人々の生活の変化にも目を向けた後、2020年4月より順次施行されているパートタイム・有期雇用労働法に対応する取組に関する動向について整理する。
1 感染症の拡大を受けて急速に進んだ柔軟な働き方
まず、2020年に入ってからの労働時間の動きについて変動要因を分析する。その上で、働き方に大きな変化を及ぼした時差通勤やテレワークの動向について確認する。
●休業を反映した出勤日数要因により、総労働時間は減少
感染症の拡大防止のため、外出自粛と同時に事業所の休業も増加したが、その状況について、労働時間の面から確認する。2019年の労働時間は働き方改革の影響もあって減少したが、2020年は、休業等の影響を受けて、さらに減少している。一人当たり総労働時間の変化を、<1>土日祝日の数といった日並びの勤務日数に対する影響(「カレンダー要因」2)、<2>自宅待機や営業自粛、又は自発的な有給休暇取得が含まれる「その他の出勤日数要因」の変動と、<3>残業の影響を含む「一日当たり労働時間要因」の変動に分解し、製造業・非製造業別及び規模別にそれぞれの寄与の大きさを確認しよう3。
まず、緊急事態宣言下の5月については、製造業、非製造業別にみると、いずれも休業を含む「その他の出勤日数要因」が最大の減少要因であり、それぞれ前年差-10.6時間、-9.0時間と大きく落ち込んでいる。製造業では6月に-11.6時間と悪化した後、7月には-2.1時間まで回復した。一方、非製造業は6月、7月にそれぞれ-5.5時間、-1.5時間と緩やかに改善した。「一日当たり労働時間要因」は製造業において寄与が大きく、5、6月でそれぞれ-6.1時間、-6.3時間となっており、7月でも-5.9時間と低い水準が続いている。非製造業では対照的に、5、6月はいずれも-2.8時間と比較的小幅にとどまっており、7月には-0.8時間と改善した。「カレンダー要因」は非製造業でやや大きめの寄与となっている(第2-1-1図(1))。
従業員の規模別にみると、500人以上の事業所では、5月は「一日当たり労働時間要因」が前年差-3.6時間、「その他の出勤日数要因」が-8.3時間と「その他の出勤日数要因」が特に減少に大きく寄与している4(第2-1-1図(2))。6月には日並びの影響もあり総労働時間は戻しているが、内訳をみると「一日当たり労働時間要因」と「その他の出勤日数要因」の合計が-10.7時間と引き続き大きな減少寄与となっている。小規模事業所でも同様の動きがみられるが、総労働時間や一日当たり労働時間は4月から大きく減少している5。
●2020年4月以降、宿泊・飲食等のサービス業では労働時間が大幅に減少
次に、感染症の影響を業種別に評価するため、業種別の所定内・所定外労働時間の動向について確認する。所定内労働時間についてみると、2020年2月に一部の業種で減少したのち、5月には全ての業種で前年差マイナスとなっている。特に、外出自粛の影響を大きく受けた「宿泊業、飲食サービス業」と「生活関連サービス業、娯楽業」は4月以降大幅に減少している。緊急事態宣言解除後である6月には、全ての業種で労働時間の増加がみられ、7月には生活関連サービス・娯楽業及び宿泊・飲食サービス業(それぞれ前年差-13.7時間、-6.9時間)を除いては、前年差が4月以前と同等かそれ以上の水準となっている(第2-1-2図(1)、付図2-1(1))。
所定外労働時間については、2020年4月以降、製造業を中心とした多くの業種で減少している(第2-1-2図(2)、付図2-1(2))。このうち製造業では6月以降の回復は弱い。ネット通販等により一部需要が増えている「運輸・郵便業」においても、3月までは前年と同水準で推移したものの、4月、5月と落ち込みを見せたが、6月以降やや戻している。一方で、企業のテレワーク対応等による需要増があった「情報通信業」では3月までむしろ前年差プラスで推移していたほか、「医療・福祉」では大きな落ち込みは見られなかった。「教育・学習支援業」は、6月に入って、所定内労働時間、所定外労働時間ともに大幅に増加しており、対面授業の再開等の影響が顕著に出ている可能性がある。なお、製造業では、2019年から所定外労働時間が減少しているが、これは働き方改革の影響で残業時間が縮減されていた可能性がある。
●3月から4月上旬にかけて時差通勤の取組が拡大
感染拡大を防止するためには、社会的な距離をとることが必要とされ、業種によっては操業が困難となるものもあり、また操業を継続する場合でも、働き方の変化が求められることとなった。その変化のうち一つが時差通勤によって満員電車の過密を避ける取組である。ここでは、感染症の拡大防止に向けた出勤体制の変化についてみていく。
LINEによる全国調査によると、時差通勤を実施した人は第1回調査(調査日は2月19日)では5%だったが、第2回調査(調査日は3月2日)では19%と増加した。7都府県を対象に緊急事態宣言が発出された後の第3回調査(調査日は4月16日)は横ばいの19%であった。おおむね同時期に実施された別の調査では、調査対象労働者の8.3%が時差通勤を命令されたと回答しており、また、30.6%が時差通勤を推奨されたと回答している6(第2-1-3図(1))。
他方、3月に行われた企業調査(東京商工会議所による会員企業調査)では、時差通勤の実施企業割合は56.5%と高い数字となっている。従業員規模別にみると、規模が大きいほど実施率が高い傾向にあるが、50人未満の企業でも実施率は43.9%と半数弱となっている(第2-1-3図(2))。業種別では、「情報通信業」が87.1%、「金融業」が78.8%と高い一方、最も低い「交通運輸・物流・倉庫業」では37.0%、次に低い「建設業・不動産業」では46.3%の企業が時差通勤を実施している(第2-1-3図(3))。東京では幅広い企業が時差通勤に取り組んだものとみられる。
上記の調査によれば、4月には、企業数では半数程度、従業員数では2割弱が時差通勤をしていることが示唆されたが、実際の通勤者の動きについて、東京都営地下鉄の平日の時間帯別の利用者数の推移から確認しよう。まず、3月の時間帯別利用者数(1月20日の週対比)は、7時30分から9時30分の時間帯で20%以上の減少となったが、その前後の時間帯(6時30分から7時30分と9時30分から10時30分)の減少率は小さい(第2-1-3図(4))。これは、総利用者数が減少すると同時に、比較的混雑する7時30分から9時30分の利用者が前後に分散したためと考えられる。緊急事態宣言が発出された4月7日以降は、いずれの時間帯でも利用者数が減少し、7時30分から10時30分の時間帯では、60%程度の減少が約2か月続いた。緊急事態宣言が解除(5月25日)された翌週より、利用者数は増加に転じ、6時30分から7時30分の利用者数は10%程度の減少まで戻したものの、全体としては、緊急事態宣言発出前の水準には戻っていない。時間帯別の減少率に違いが生じている点は、時差出勤による振替効果が継続していることを示唆し、全体としての水準が戻らない点は、一定数がテレワークや自宅勤務に移行していることを示唆している。なお、8月11日の週を中心に利用者数が減少している点は、夏季休暇の影響と考えられる。
●テレワークの取組は急拡大しているが、地域・業種にばらつき
感染症の影響下で広がったもう一つの働き方の変化がテレワークの拡大である。ここでは、3月以降のテレワークの実施状況についてみてみよう。
内閣府が2020年3月に行った「働き方改革の取組に関する企業調査7」(以下、内閣府企業調査と呼ぶ)によると、近年、テレワークの導入は緩やかに進んでいる。2015年度以前から導入していた企業は2.0%だったが、2018年度に5.5%まで増加し、調査が実施された2020年3月2日から23日時点では11.1%に達した。うち、東京都の企業8では29.0%となっている。前述の東京商工会議所よる調査では、3月中下旬のテレワーク導入企業割合は26.0%だったが、6月第1週の結果では、67.3%まで増加した(第2-1-4図(1))。
実際にテレワークを行っている労働者の割合についても、調査によってやや水準が異なるものの、3月から4月中旬にかけて増加し、5月末には3割程度となっている(第2-1-4図(2))。地域別には、東京圏、特に東京23区居住者においてテレワーク実施率が高い(第2-1-4図(3))。これは、通勤に伴う感染リスクへの懸念といった働き手側の意識だけでなく、テレワークを実施する環境の整った企業が多かったことも要因の一つと考えられる。
業種別のテレワーク実施率は、「教育、学習支援業」、「金融・保険・不動産業」等は高いものの、「医療・福祉・保育関係」、「農林漁業」、「小売業」は低い(第2-1-4図(4))9。テレワークとの親和性の程度に応じた業種特性を反映した結果となっている。企業規模別では、従業員100人未満の企業では、平均実施率が16.6%にとどまっているのに対して、従業員1万人以上の企業では、43.0%と高くなっており、企業規模が大きいほど実施率が高くなっている。(第2-1-4図(5))。
感染症に対応したテレワーク拡大の動きは、「働き方改革実行計画10」で示された「柔軟な働き方がしやすい環境整備のため、テレワークの普及を加速する」との方向性と整合的である。「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画11」においても、「テレワークは、働き方改革を推進するに当たっての強力なツールの一つであり、また今般の新型コロナウイルス感染症対策として人と人との接触を極力避け、業務継続性を確保するためにも不可欠」としている12。感染症の影響が薄れても引き続きテレワークを推進していくことは、働き方改革を進めていく上で重要である。
2 労働時間の減少と生活の変化
働き方改革の目指すものの一つとして、長時間労働の是正等を通じたワーク・ライフ・バランスの改善がある。前項では、労働時間の動向、時差通勤とテレワークの動向についてみてきたが、ここで確認された労働時間の減少は、余暇時間等、労働以外に費やした時間が増加していることを意味しており、人々の生活時間の配分にも変化が生じているかもしれない。そこで、本項では人々の生活時間の変化について確認し、その変化を生み出しているものの一つであるテレワークについて、人々の受け止めと課題について整理する。
●通勤時間は減少、余暇時間は増加
まず、テレワーク等による通勤時間の変化及び通勤を含む労働時間の減少と生活時間の関係について確認する。総務省「社会生活基本調査」によると、感染症が広がる前(最新年は2016年)の我が国の30歳代の有業者は、土日を含む1週間の平均した1日のうち、男性が仕事・通勤に8.6時間、家事・育児等に0.8時間、余暇等に3.9時間、女性が仕事・通勤に5.6時間、家事・育児等に3.4時間、余暇等に3.5時間を費やしていた(第2-1-5図(1))13。1日の時間配分の変化をみると、2001年から2016年にかけて、30~40歳代は男女ともに仕事やテレビ・ラジオ・新聞・雑誌に費やす時間を減らし、代わりに休養・趣味等や家事・育児等、身の周りの用事の時間を増やしている(第2-1-5図(2))。また、通勤時間は僅かに増加基調となっている。これらの傾向は、他の年代でも同様である(付図2-6)。なお、家事・育児等の時間は、男性の多くの年代で増加している一方、女性の30歳代を除く15~64歳の世代では、2011年から2016年にかけて減少している。
前項の通り、2020年の前半は感染症の影響もあり、労働時間は減少したが、同時に通勤時間も減少している。内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査14」(以下、内閣府個人意識調査と呼ぶ)によると、テレワークや在宅勤務等が広がった影響もあり、通勤時間が減少と回答する者が多い(第2-1-5図(3))。
テレワーク実施率が高い東京都23区では、通勤時間が減少したと回答した就業者は58.9%にも上るが、地方圏でも29.4%の就業者が通勤時間は減少したと回答している。全国平均では38.7%の就業者が通勤時間を減らし、増加したと回答した3.1%を大きく上回っている。
勤務時間や通勤時間の減少によって生まれた時間は、一部は余暇に回っている。実際、子育て世帯においては、家族と過ごす時間が増えたとの回答が73.0%を占めており、減少したとの回答(6.0%)を大きく上回っている(第2-1-5図(4))。特に、テレワーク、勤務日制限、フレックス等の経験者では、家族と過ごす時間が増えたとの回答が79.4%と高く、これらの取組が合わさることで、家族と過ごす時間が増加しやすくなっていることが示唆される。
これらの変化は、結果的には働き方改革の目指す方向性と整合的である。こうした動きも踏まえ、引き続き、働き方改革関連法の着実な施行と労働関係法令の適正な運用を図りつつ、テレワーク等がもたらしている新たな働き方やワーク・ライフ・バランス改善の流れを後戻りさせることなく、従業員のやりがいを高めるための「フェーズIIの働き方改革15」に向けた取組を加速させることが重要である16。
●テレワークの実施希望は多く、増える余地がある可能性
内閣府個人意識調査によると、テレワーク希望者(常時に加えて不定期の利用希望者を含む)は39.8%に上り、実際のテレワーク率の34.6%を上回っている(第2-1-6図(1))。テレワークの実施頻度別にみると、テレワークをほぼ100%実施するケースを除いて、実際にテレワークを行っている人の割合よりもテレワーク希望者の割合が上回っており、日常業務の中にさらにテレワークを取り込みたいという意向がみられる。
他方、自らの仕事はテレワークできない又は合わない職種と回答している者の割合は、就業者全体で58.7%である。この結果について、テレワーク経験のある者とない者に分けると、それぞれ34.6%、71.5%と大きな開きがある(第2-1-6図(2)、(3))。職種別、業種別にみると、テレワーク非実施者は、いずれの職種、業種においても一様に7割前後の者がテレワークできない、テレワークに合わないと回答している一方、実際にテレワークを行った者の回答では、職種、業種によってその割合が異なる。こうしたテレワーク実施者と非実施者の間にみられる回答の違いは、テレワーク実施前後に認識の変化があった可能性もあり、事前に得られる情報から自分はテレワークができないと認識していた場合であっても、実際にやってみれば対応可能な部分があった可能性がある。
例えば、職種別の例として、「営業・販売」では、テレワーク非実施者の71.8%がテレワークできない職種であると回答しているが、テレワーク実施者ではその割合が大きく下がって30.6%となっている。一方、「サービス」や「生産工程」では、テレワーク経験者においてもテレワークできない職種との回答割合は高く、実際にテレワークを実施したものの、テレワークになじまなかったケースが比較的多かったとみられる。業種別では、運輸・通信・電気等、サービス業、製造業などにおいて、実施者と非実施者のギャップが大きく、テレワークを広げる余地があると見込まれる。以上のことから、業務の性質から一見テレワークが難しいと思える場合であっても、テレワークを行うことができる可能性がある。また、テレワークに全く馴染まない職種に就いている労働者は、全体の回答である58.7%よりも少ない可能性があり、テレワークの実施はまだ増える余地がある可能性がある。
では、テレワークを広げるために必要なものは何かという点について、アンケート結果から得られる含意をみると、まず、テレワークの不便な点としては、「社内での気軽な相談・報告が困難」や「画面を通じた情報のみによるコミュニケーション不足やストレス」といった、技術の活用や業務上の工夫では解決が難しいものがある一方、「取引先等とのやり取りが困難(機器、環境の違い等)」や「セキュリティ面での不安」、「テレビ通話の質」など、技術的に改善する余地があるものも多く挙げられている(第2-1-7図(1))。
また、テレワークの利用拡大が進むために必要なものとして上位に選ばれた選択肢は、「社内の打合せや意思決定の仕方の改善」、「顧客や取引先との打合せや交渉の仕方の改善」、「社内外の押印文化の見直し」、「仕事の進捗状況の確認や共有の仕方の改善」といった社内外の慣行を見直すことが必要なものや、「社内システムへのアクセス改善」といった設備投資が必要なもの、「書類のやりとりを電子化、ペーパーレス化」といった両方の変革が必要なものに分けられる(第2-1-7図(2))。まずは、社内外の慣行を見直すこと、そして必要な投資を実施することによって、テレワークを実施、あるいはその頻度を増やすことができると見込まれる17。