第1章 新型コロナウイルス感染症の影響と日本経済 第1節

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第1節 感染症流行下の我が国経済の動向

本節では、感染症の拡大過程を時系列で整理するとともに、主にGDP統計を用いて我が国経済への影響を確認する。また、感染症の影響下の経済状況について、家計部門、企業部門、対外経済活動の3つの側面からより詳しく点検する。

1 感染症の拡大と我が国の経済動向

非循環的な要因により大きく下押しされた日本経済

我が国経済は、2012年11月を景気の谷として、それ以降、緩やかな回復を続けてきた。実質GDPの推移をみると、2014年度は、消費税率引上げ後の反動減等もあってマイナス成長となったものの、その後は2018年度まで4年連続でのプラス成長を実現した(第1-1-1図(1))。しかしながら、2019年度は前年度比0.0%と、マイナス成長にこそ至らなかったものの、実質GDPが拡大する動きは、年度後半から途切れることとなった。

そこで、2019年度の実質GDPの動向を四半期別にみると、4-6月期及び7-9月期は、外需(=輸出-輸入)の前期比寄与度が、それぞれ-0.3%、-0.2%と下押し要因となった一方、個人消費や設備投資、公需といった内需の前期比寄与度が、それぞれ0.7%、0.3%とプラスとなり、GDP全体として増加基調が続いた(第1-1-1図(2))。続く10-12月期は、前回ほどではないものの、10月の消費税率引上げに伴う家電等の一部にみられた駆け込み需要の反動減に加え、大型台風に伴う計画運休や休業の影響、記録的な暖冬による冬物季節商材の販売不振が加わったことから個人消費が大きくマイナスに寄与した(前期比-2.9%、前期比寄与度-1.6%1)。その結果、実質GDP成長率は前期比-1.8%(前期比年率-7.0%)と大幅なマイナスとなった。

さらに、2020年1-3月期及び4-6月期もマイナス成長は続いた。詳しくは次項で触れるが、消費税率の引上げや台風の影響等は、2020年初めにかけて徐々に和らいでいたものの、新たに感染症の世界的な流行が生じ、2月以降、まずはインバウンド需要が消失した。続いて、感染拡大防止のための外出自粛等により、個人消費を中心に内需が下押しされた。さらに、主要貿易相手国でも経済活動の停止(ロックダウン:都市封鎖)等が講じられたことから、外需も大幅に減少した。このように、この1年間の我が国経済は、過剰投資や在庫増といった経済活動内に生じる循環的な要因ではなく、非循環的な外生要因により大きな下押しを受け続けたといえる。

海外経済は世界恐慌以来の悪化見通し

我が国経済を取り巻く世界経済の状況をみると、主要国・地域の経済は、感染症の影響を受け、軒並み悪化した(第1-1-2図)。感染症の拡大が最初に深刻化した中国では、多くの地域において1月下旬の春節の時期から2月上旬の間、感染拡大防止のために休業措置等を講じた。その結果、2020年1-3月期の実質GDPは、前期比-10.0%とマイナス成長を記録することとなった。一方、同国では、3月以降感染者数の増加ペースが抑えられ、経済活動の再開が進んだことで、4-6月期の実質GDPは前期比11.5%と増加した。

また、欧米各国では、感染者数が増大し始めた3月からおおむね5月にかけてロックダウンを含む経済活動の大規模な抑制を行ったことから、1-3月期から4-6月期にかけて、大幅なマイナス成長が続いた。

2020年6月に公表されたIMFの世界経済見通しでは、2020年の世界経済成長率は-4.9%となっており、1929年に発生した世界恐慌以来の落ち込みが見込まれている。リーマンショックの影響が現れた2009年の世界経済の成長率が-0.1%だったことを踏まえると、感染症の経済的影響の大きさが分かる。2021年の世界経済はプラス成長に復すことが見込まれているが、各国が感染症前のGDP水準を取り戻すには各々における感染症抑止にも依存しており、我が国の対外的な環境は厳しい。

感染症は、世界的流行が進むなかで、波及経路を拡大

感染症の経済的影響を考察するために、最初に感染症の発生以降の過程を整理しておこう(第1-1-3表)。感染症は、2019年12月に中国武漢市で最初の症例が報告されて以降、まず中国国内で拡がった。中国政府は、2020年1月の春節休暇中に中国から国外への団体旅行の渡航禁止措置を講じるとともに、多くの地方省市において、生産・販売拠点の操業停止等の休業措置を講じた。前者はインバウンド需要の減少(サービス輸出の減少)、後者はサプライチェーンを通じた生産・流通の停滞(財輸入・生産の減少)という形で、我が国経済に影響することになった。

その後、2月から3月にかけて感染症が世界的に広がるにつれて、各国政府は入国制限措置を採るとともに自国民の海外渡航に自粛勧告を行うようになり、国境を越える人の移動は急速に減少した。訪日外国人数や出国邦人数をみると、3月には前年比9割減に及ぶなど2、人の移動に関連するサービス貿易は大きく下押しされた。さらに、3月中旬以降、欧米諸国においても感染者数の増加が顕著となり、防止策としてロックダウン等の経済活動の抑制が行われ、当該国の経済が急激に悪化した。こうして、感染症の影響は、中国から世界経済全体に伝播し、我が国の財輸出も急速な減少を余儀なくされた。

国内の動きに戻ると、2020年1月30日に新型コロナウイルス感染症対策本部が設置されて以降、各般の感染防止策が講じられ、2月下旬には全国規模のイベント自粛や臨時休校の要請が行われた。これ以降、外出自粛や接触機会の削減が一段と進み、経済活動が抑制された。国内の経済活動は、4月7日に緊急事態宣言が一部地域に対して発出され、さらに、同16日に対象地域が全都道府県に拡大されたことで、より一層抑制された。

5月に入り、緊急事態宣言が段階的に解除されていくにつれて、個人の消費活動や企業の生産活動は4、5月を底として再び持ち直し始めた。世界的にも、4月から5月にかけて、欧米主要国におけるロックダウンが段階的に緩和されたこともあり、海外経済にも復調の兆しがみられ始めた。しかしながら、アメリカやブラジル、インド等の新興国では、依然として速いペースで感染者数の増加が続いており、世界全体として感染の抑止には至っていない(再掲付図1-1)。感染症による先行きの不確実性が高い状況はいまだ続いている。

今回の感染症の影響は、SARSとは比較にならない大規模なもの

このような拡大経路をたどった感染症の経済的影響は、過去の感染症流行や自然災害、経済危機の影響と比べても大きい(第1-1-4表第1-1-5図)。

今回の感染症と同様、ウイルスが世界的に流行した最近の事例である2003年のSARSと比較すると、類似点としては、中国で最初の症例が報告されたこと、春節の時期を契機に国際的な感染拡大が始まったこと、一部地域に対する渡航自粛勧告が出され、国際的な人の移動が制約されたこと等が挙げられる。一方、相違点としては、感染拡大の規模が、世界の感染者数や死者数でみても、感染者の報告がなされた国・地域の数でみても、今回の感染症と比較するとSARSは限定的であったこと、流行期間がSARSは7月に終息したのに対し、今回の感染症は9月時点においてもいまだに感染者数の増加が続いていること等が挙げられる。

また、我が国に関しては、SARSは国内感染を防ぐことができた結果、経済への影響は大きなものとはならなかった。海外でSARSの感染拡大が始まった2003年2月以降、景況感(景気ウォッチャー調査現状判断DI)は大きく低下することなく改善が進み、実質GDPも一貫して増加が続いた。訪日外国人数の大幅な減少とそれによる輸出の伸びの鈍化はみられたものの、それ以上に出国邦人数が減少して輸入が落ち込んだこと等から、2003年4-6月期のGDPは減少しなかった。

感染症の影響は需給両面にみられるが、需要ショックの側面が強い

次に、近年の大規模な経済ショックの例として、2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災と比較する(再掲第1-1-4表第1-1-5図)。前者は、サブプライムローンに代表される過剰与信とその崩壊が金融システムを機能不全に陥らせたことで総需要の縮小を招いた海外発の「信用収縮・需要ショック」である3。後者は、地震と津波による直接的な被害に加えて、原子力災害と電力供給の制約、サプライチェーン寸断といった被害も加わった国内発の「供給ショック」である4

今回の感染症による経済への影響は、いずれに近い動きをしているだろうか。幾つかの指標の動きを確認しよう。景況感(景気ウォッチャー調査現状判断DI)をみると、リーマンショック時は時間をかけて低下し、その後は上昇した。他方、東日本大震災時は、発災した2011年3月に急激に低下し、電力供給等が回復して政策対応が明らかになっていった5月から6月にかけて急上昇した。今回の動きは東日本大震災時に似ており、景況感は、自粛の動きが急速に高まった2020年2月から3月にかけて急落し、緊急事態宣言明けの6月に急上昇した。感染拡大防止のために経済を人為的に止めたことが、震災に似た非連続的な動きをもたらしたといえる。

感染症が供給ショックの側面を持つことは、輸入の動きにもみられる。先述のとおり、1月下旬から2月上旬にかけて中国国内においては休業措置が採られたことから、中国からの中間財や最終財の供給が滞ったことで、我が国の生産や消費に影響が生じた。これは、リーマンショック時にみられたような、国内の経済活動が先に縮小し、それに伴う輸入需要の減少が生じたことと対照的である。なお、東日本大震災は国内問題であったため、供給制約による輸入の減少はなかったが、地域間では、東北地方の工場等が被災したことで国内のサプライチェーンが寸断され、国内他地域での生産活動が下押しされる、あるいは代替生産で押し上げられるという動きもみられた。

次に、個人消費の動きをみると、比較の2例及び今回のいずれでも減少している。こうした消費の減少が、需要と供給のいずれの変化に由来するかについて、財の価格変化(ここでは家計調査デフレーター)に着目して検討しよう。一般的に、価格が上昇する際には、需要スケジュールが変わらなければ供給スケジュールが(例えば、生産性の低下によって)内側にシフトしており、供給スケジュールが変わらなければ需要スケジュールが(例えば、所得の増加によって)外側にシフトしている。したがって、需要曲線か、供給曲線のどちらか一方のみがシフトすると仮定した場合には、財の価格が上昇した際、取引量が減少していれば供給ショック、増加していれば需要ショックとみなせる。逆に、価格が下落する場合には、取引量が増加していれば供給ショック、減少していれば需要ショックとみなせる5

総務省「家計調査」における品目別(小分類6)の消費支出の変化について、<1>価格上昇かつ数量減少(供給要因)、<2>価格低下かつ数量増加(供給要因)、<3>価格上昇かつ数量増加(需要要因)、<4>価格低下かつ数量減少(需要要因)の4つのカテゴリーに分類し、その割合を求めた。結果をみると、例えば、リーマンショック時の2008年後半から2009年にかけて、<1>と<3>の割合が低下して<2>と<4>の割合が増加、中でも<2>の割合が増加したといった特徴がみられる(第1-1-6図(1))。これは、需要が低迷して価格が低下するだけでなく、供給の増加もまた、価格低下に寄与したことを示唆している。

また、2回の消費税率引上げ時(2014年4月、2019年10月)には供給要因(<1>価格上昇と数量減少)の割合が上昇し、需要要因(<3>価格上昇と数量増加、<4>価格低下と数量減少)は低下している。ただし、2014年時には、引上げ前の2013年後半から需要要因の割合が上昇し、供給要因の割合が一時的に上昇した後には、需要要因の割合が高まったまま推移し、2015年に5割程度へと戻っている。2019年時には、こうした需要要因の変動が見られず、例えばキャッシュレス・ポイント還元事業等の需要平準化措置に一定の効果があったとみられる。

感染症の影響が現れた2020年の動きをみると、年初から4月までは、供給要因(<1>と<2>)と需要要因(<3>と<4>)の割合はおおむね一定で推移している中で、供給要因では<1>、需要要因では<4>の割合が上昇しており、需給スケジュールがともに内側へシフト(数量減)したことを示唆している。また、5月以降は需要要因、中でも<3>(価格上昇と数量増)の割合が高まっていることから、経済活動の再開によって需要スケジュールが外側にシフトしたことが示唆される。

さらに、変化の方向を分類した上で、品目ごとの価格変化率の大きさを勘案すると、家計調査における消費支出全体の価格変化を需要要因と供給要因の寄与に分解できる(第1-1-6図(2))。感染症の影響が現れた2020年において、家計の消費支出全体では、1月から4月にかけて価格は低下し、5月以降は上昇に転じている。低下は専ら供給要因によってもたらされ、その後の上昇は需給要因が相反して動いた結果となっており、経済的な背景が判然としない。そこで、価格の動きを品目別(大分類)に分けると、燃料を含む「交通」の価格が2月から4月にかけて供給要因によって低下している。これは、ガソリン価格の低下を反映したものであり、この期間、家計消費全体の価格に影響したことがうかがえる。5月にはガソリン価格が反転したことから、供給要因による下振れは弱まったが、緊急事態宣言明けとなる6月には、需要要因によって「交通」の価格は上昇へと転じている。緊急事態宣言による外出自粛は他の品目の価格動向にも影響を与えている。例えば、「食料」価格の動きをみると、外出自粛や内食機会の増加を反映して、3月と4月は需要要因がプラスに寄与しており、6月にはマイナス寄与へと転じている。また、「家具・家事用品」価格は、家電販売が好調となった6月に上昇している。まとめると、全体の動きにはガソリン価格といった供給要因の影響もみられるが、品目数の割合の動きと同様、相対的には需要要因によって価格が動いた程度が大きいとみられる。

最後に所得面について雇用者報酬に着目すると、東日本大震災の際は供給制約が短期的に解消されたため増加基調が維持され、発災後の経済の持ち直しに寄与した。他方、リーマンショック時は、景気後退が長期化するなかで、大規模な雇用調整が発生し、雇用者報酬は弱い動きとなった。今回の感染症下では、2020年4-6月期の雇用者報酬は雇用者の非労働力化や休業等による労働時間の減少が大きく影響して減少したが、こうした動きが続くか否かが今後の景気の持ち直しの力強さを推し量る上で重要なポイントであり、十分に注視する必要がある。

経済活動の水準で測ると今回のショックは極めて大きい

今回の感染症による影響の大きさをGDPギャップによって評価すると、2019年10-12月期以降、3四半期連続でマイナスとなる中、2020年4-6月期は-10.2%と大幅なマイナスとなった7。このマイナス幅は、リーマンショック時の過去最低水準(2009年1-3月期-6.9%)を超えており、今回のショックは極めて大きい(第1-1-7図(1))。

経済活動水準は、資本設備稼働率や就業者の完全失業率といった資本・労働の利用状況でも確認できる(第1-1-7図(2))。月次指標をみると、まず製造業の資本設備稼働率については、国内外の需要減や感染防止によって極めて低い水準となった。ただし、緊急事態宣言解除後の2020年6、7月には上昇に転じ、下げ止まりの兆しがみられている。また、完全失業率も資本設備稼働率と同様に変化しているものの、3%程度でとどまっている。これには、拡充された雇用調整助成金の活用により、企業が従業員を休業させることも寄与しているとみられる。実際、休業者数は4月以降に急増し、就業者に占めるその割合は、前年の4-6月期から4.0%ポイントの上昇となった8。過年度の動きからも分かるとおり、失業率は景気に遅れて変動することから、上昇懸念があることには留意が必要である。

コラム1-1 感染症対策と経済活動の両立

新型コロナウイルス感染症は、中国の湖北省武漢における原因不明の肺炎の発生として、WHO(世界保健機関)に報告された。これをきっかけにその名前が世間で認知され、我が国でも2020年1月15日に国内初の感染者が確認された。我が国は、二つの法令を基に感染対策を講じているが、3月に改正されたいわゆる特措法による緊急事態宣言が4月に発せられ、経済への直接的な影響が顕在化した9

緊急事態宣言期には、経済社会活動が大幅に制限されて外出者数は減少し、感染者数は減少した。ただ、外出の抑制によって感染者数が減少したかどうかは検証が必要である。そこで、2020年2月15日から9月1日のデータを5月31日までの期間とその後の期間における、外出の程度を示すGoogle mobility index(小売・娯楽施設)と新規感染者数の関係について、グレンジャーの因果性検定を行った。統計的に有意だと確認できるのは、2月15日から5月31日の間において、新規感染者数の増加/減少は、外出率を低下/上昇させるという点だけである10

確かに、流行の初期には、強制的な感染予防策を講じなければ死亡者数が急増するとの見方が専門家から示されたこともあり、諸外国のような強制力はないものの、緊急事態宣言もあり、多くの者が外出を控える選択をした11。結果的には、これまでのところ、年初来の人口10万人対比でみた死亡率は1.2%程度と、欧米諸国の数十分の1に抑えられている12コラム図1-1)。なお、海外の研究では、移動制限やロックダウンといった公衆衛生政策が死亡率で測った感染症拡大を防ぐのに効果的だったという分析がある一方、感染症の自律的な収束パターンがみられることから、ロックダウンの効果は過大評価されているという分析もある13

感染症に対応した経済活動の抑制策は、感染による死亡者数を減らせたのかもしれないが、これによる経済的には無視できない損失を世界的に生んでいる。比較的影響の小さい我が国においても、政府の各種支援策によって、倒産や失業といった損失を何とか小幅なものにとどめようとしているが、売上げの低迷が長期化すれば、下振れリスクは顕在化してしまう。

さきの緊急事態宣言は、実施された4、5月を含む四半期データが示唆するところによると、消費だけで、約7.6兆円(第1-1-11図、年額換算で31兆円、平年対比で10%程度)に上るコストを伴っている。欧米諸国では、厳しい活動制限を導入しても、感染症による死亡者数が年間死亡者数の1割近くに達してしまった国もある。

元々、我々は新型コロナウイルス感染症のリスクだけでなく、様々な死亡リスクに直面している。例えば、インフルエンザは例年約1,000万人前後の患者が発生しており、1日当たりの死亡者数は、感染者数がピークとなる1、2月には47人程度、年間の死亡率(人口10万対)は2.9程度である14。新型コロナウイルス感染症については、日常の感染症対策(手洗い・マスク・うがい等の実践や三密を避ける行動)を徹底することで感染拡大の防止を図ることが可能であることを踏まえると、過度に経済活動を規制することなく、流行を防止できるのではないかとも考えられる。

地道ではあるものの、「新たな日常」に向けた働き方の見直し、行動時におけるエチケットの実践といった、一般的な生活様式の見直しを図り、感染防止と経済活動の両立を目指すことが肝要である。

2 家計部門の動向

前項では、マクロ経済全体の動きについて、専らGDP統計を用いながら過去の経済ショックとの比較を通じて概観してきたが、本項では、家計部門の動向について確認する。具体的には、感染症の影響による経済活動の停滞が家計所得に与えた影響や、感染拡大防止のための外出自粛が家計の支出に与えた影響について分析する。

増勢が続いてきた家計所得は、感染症の影響により減少するも、政策効果が下支え

前項でも記した通り、雇用者報酬は増加してきたが、ここでは雇用者数、一人当たり所得(賃金)、物価の動きに分解しながら推移をみていこう。まず、2014年4月の8%への消費税率引上げに伴う物価上昇が一巡した2015年4月以降、雇用者数の増加と名目賃金の上昇を通じて、実質総雇用者所得は2019年まで増加した。2019年10月には、消費税率が10%へと引き上げられたが、引上げ幅が2%だったことや軽減税率の導入によって物価上昇は抑制されたため、2020年初めまで、実質総雇用者所得は前年比プラスを維持した。

しかし、感染症の影響が顕著となった2020年3月には、労働時間の減少に伴って名目賃金の寄与がゼロとなり、翌4月以降は名目賃金要因と雇用者数要因がともにマイナス寄与へと転じた。その結果、実質総雇用者所得は、約5年ぶりに減少している(第1-1-8図)。

こうした勤労所得に財産所得や社会給付を加え、かつ直接税や社会保険料負担を除いた家計の名目可処分所得の動きを確認すると、税や社会負担は増加してきたものの、雇用者報酬の増加がこれを大きく上回ってきたことで、2020年初めまでは増勢を維持していた(第1-1-9図(1))。また、その後の動きについて、総務省「家計調査」の総世帯のうち勤労世帯の世帯収入を用いて類似の家計可処分所得を計算し、その動きをみると、2020年4-6月期は、総雇用者所得の動きと同様に勤労収入の前年同期比はマイナスに転じたものの、特別収入等が大きく増加して全体を大きく押し上げている(第1-1-9図(2))。

特別収入等の増加は、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」(令和2年4月20日閣議決定)に盛り込まれた「特別定額給付金」15によるものと考えられ、現金給付策の迅速な執行が勤労所得の弱さを補う姿となっている。なお、特別定額給付金は、給付予算額12.7兆円に対し、2020年6月末(6月26日)時点で9.1兆円が、7月31日時点で12.3兆円が支給されており、支出タイミングは各世帯に委ねられるものの、消費を下支えすることが期待される。

個人消費は、外出自粛等により大きく減少

次に、個人消費の動きをみていこう。2019年から2020年初めにかけて、家計所得の底堅さを背景に、緩やかではあるものの、個人消費は増勢を維持していた。2019年10月には、前回ほどではないものの、消費税率引上げに伴う家電等の一部にみられた駆け込み需要の反動減に大型の台風による計画運休や店舗の休業等の影響が加わったことから、個人消費の水準は大きく低下したが、こうした影響は徐々に和らぎ、2020年2月頃までは持ち直す動きが見られていた16

しかし、2月下旬以降、感染症の拡大防止のために外出自粛要請や休業の実施が行われるようになり、4月には緊急事態宣言が発出されたなかで、個人消費は急減した。その減少テンポが所得の減少を上回っていることからも、防疫という外生的な行動規制によってもたらされた変動であることがうかがえる。また、循環的な変動ではないが故に、緊急事態宣言の段階的な解除に伴う店舗等の営業再開によって、消費は大きく反発して増加に転じた(第1-1-10図)。

このように、2019年後半以降の消費は、非循環的な要因で大きく変動したが、本来であればどの程度の消費水準が実現したのであろうか。そこで、家計の所得や資産から導かれる消費水準を推計し、実績消費とのかい離幅を計算すると、2020年1-3月期は年額換算約8兆円、4-6月期は年額換算約31兆円の下振れとなっている(第1-1-11図)。すなわち、1四半期で23兆円分下振れたことになる。リーマンショック時(2009年1-3月期)は5.5兆円程度、東日本大震災時(2011年1-3月期)は6.5兆円程度の下振れとなっていたことから、今回の下振れ幅は相当大きいことが示唆される。

選択的支出への影響が大きい一方、そうした品目には政策がサポート

また、消費の動きを形態別にみると、2019年7-9月期までは耐久財とサービスを中心に増加してきたものの、2019年10-12月期には主に耐久財が減少し、2020年に感染症の影響が顕在化すると、対人接触を伴うサービスが急減した(第1-1-12図(1))。

さらに品目・業態別に細分化すると、耐久財である自動車の販売台数は、2019年10月以降、緩やかながらも2020年初めにかけて持ち直しの動きがみられていたが、販売側も営業を控えたこともあり、緊急事態宣言下の4、5月に大きく減少した。しかし、6月以降は再び持ち直している17第1-1-12図(2))。

同じく耐久財である家電の売上高については、消費税率引上げ前後に振れが生じた点は自動車と同様だが、反動減は小さく、また、その後の回復ペースは速く、2020年初めには前年比プラスを取り戻していた。その後、緊急事態宣言下で弱い動きとなったものの、そのマイナス幅は自動車に対して浅く、5月には前年を上回り、6月にはエアコンを中心に大幅増となった週もある18第1-1-12図(3))。こうした家電の堅調さの背景には、テレワークが促進されたことに伴うパソコン需要の高まりや在宅時間の増加に伴う身の回り家電への需要が顕在化したこともあるが19、前述した特別定額給付金の効果もある。

次に、非耐久財である飲食料品を主に取り扱うスーパーの販売額をみると、外出自粛や外食店舗の休業に伴って家庭での食事機会が増えたことから、3月から5月にかけて、前年比10%程度以上の増加となった(第1-1-12図(4))。

最後に、感染症の影響による落ち込みが最も大きかったサービスについてみると、旅行取扱額は、国内外で人の移動が抑制された結果、4、5月には前年比-100%近くまで減少した。海外旅行については、多くの国・地域で入国制限や渡航自粛勧告が継続していることから、持ち直しの兆候は全くみられないものの、国内旅行については、緊急事態宣言が解除されて以降、上向き始めている(第1-1-13図(1))。また、家計にとってより身近な外食の売上高については、緊急事態宣言下で大きく減少したものの、その段階的解除が進められた5月以降持ち直しの動きがみられる(第1-1-13図(2))。

以上のとおり、今回の感染症で大きく減少したのはサービス関連の消費であるが、緊急事態宣言下における家計の消費行動には、選択的支出を抑え、基礎的支出を増加させる傾向がみられた20。また、形態別消費の所得及び価格弾性値をみると、サービスは耐久財と並んで大きい(第1-1-13図(3))。耐久財の場合、家電等は特別定額給付金による所得増の恩恵を受けたと思われる一方、接触機会を伴う外食や宿泊・旅行については、こうした恩恵が届いていない。こうしたこともあり、政府は、7月22日より国内旅行を対象に旅行代金の一部を支援するGo Toトラベル事業21を開始した。また、10月以降、プレミアム付食事券の発行やポイントの付与により飲食店を応援するGo Toイート事業22も開始された。旅行や飲食といった消費には、財の購入時以上に感染防止が求められるが、ガイドラインに沿った対応を進めて安心を確保しつつ、これらの事業がもたらす価格低下が需要創出効果を発現できるよう、合わせて、休日分散等の措置も講じることも効果があるだろう。サービス消費の持ち直しと被害を受けている事業の継続には、売上げを引き出す支援が必要な局面が続いている。

住宅投資は弱いが、将来の世帯数減少も考慮した最適供給の実現を図ることが重要

続いて、住宅投資の動向を着工戸数により確認すると、2019年以降、趨勢的に弱含んでおり、その背景には幾つかの要因がある。まず、貸家については、事業者の不正建築問題や金融機関の不正融資問題等が次々に発生したことから投資家が離れ、金融機関においても融資態度の厳格化が進んだことで、減少傾向が続いている。持家については、消費税率引上げの半年前にあたる2019年3月末を見越した受注の増加もあり23、着工戸数は6月頃まで増勢をみせたのちに減少へと転じた。その後は一進一退で推移してきたが、4月以降は感染症対応による営業抑制等もあり、再び弱い動きとなっている。また、開発案件の都合から振れの大きな分譲住宅も、持家と同様、感染症の影響により弱い動きとなっている(第1-1-14図(1)、(2))。

こうした感染症対応による営業抑制の動きは、住宅展示場来場者組数の減少に現れている。6月以降は大きく持ち直しているが、受注から着工には、3か月程度のラグがあるとみられるため、受注の持ち直し24が着工戸数に現れてくるのは9月以降と見込まれる(第1-1-14図(3)、(4))。

また、首都圏新築マンション販売戸数も、4、5月は大きく減少した。これは、販売側が供給量を絞ったことが主たる要因であり、この間においても、契約率は70%超と高い水準となっていた。6、7月の販売戸数は、供給戸数の増加もあって大きく増加し、持ち直しの動きとなっている。なお、住宅投資については、テレワークの普及等により、顧客ニーズが都市部から郊外へシフトするのではないかとの見方もあり、首都圏郊外の戸建て住宅に関心が高まっているとの指摘もある。首都圏新築マンションの販売戸数について、23区及び都下並びに各県でみると、大型物件等の一時要因によると思われる振れが大きいこともあるが、地域別の販売順位でみる限り、現時点では地域的な需要傾向に大きな変化は顕在化していないようにみられる。ただし、感染症後に生じている働き方やビジネスの変化は、大都市への集中という従来の人流を大きく変えるかもしれないことから、オフィス需要の変化と合わせて動向をみていく必要があろう(第1-1-14図(5)、(6))。

こうした「新たな日常」に向けた働き方や生活スタイルの変化がもたらす住宅市場への影響と同時に、住宅投資の先行きを考える上では、趨勢的な人口や世帯数の動向が、住宅着工に与える影響も無視できない。実際、1960年代以降の住宅投資は、人口と世帯数の増加を背景に増加傾向にあったが、90年代半ば以降、単身世帯の増加等により総世帯数は増勢を維持しているものの、人口は減少局面に入り、住宅投資も同時期をピークに減少している(第1-1-15図(1)、(2))。

住宅着工戸数の変化は、定義的に総戸数(ストック)の前期差と建替え等に分解される。総戸数には居住物件と非居住物件があり、前者は世帯数の増減、後者は空き家の増減として定義できる。そこで、住宅着工戸数の変化について、3つの動き(世帯数の増減、空き家の増減、建替え等の増減)に分解すると、世帯数要因による着工戸数の減少が続いている25。将来の推計世帯数を基に将来の着工戸数を計算すると、世帯数要因による着工戸数は、2025年にはおおむねゼロ、2030年にはマイナスに転じ、着工戸数全体の減少傾向も続くと見込まれる(第1-1-15図(3))。

これまで、景気対策の一環として住宅投資を促すこともしばしば行われたが、将来必要とされる住宅の総量は減少が見込まれる。総務省「住宅・土地統計調査」によれば、2018年の空き家総戸数は、約850万戸、全体戸数の13.6%を占める。住宅の種類別にみると、賃貸用住宅が6.9%と過半を占めている。人口減少・過疎化が進む地方圏において、空き家が増加していることは知られているが、今後は首都圏、例えば東京23区外においても、高齢化と人口減少が進むと見込まれ、空き家の増加が懸念される。空き家の増加が課題となっている現状を考慮すれば、未利用資産の有効活用、転用を含めたバランスの取れた最適供給が住宅市場には求められる。

3 企業部門の動向

家計部門に続き、本項では企業部門の動向について分析する。まず企業収益への影響を概観し、国内外の需要が弱まったなかでの生産の状況を確認する。さらに、今後の設備投資の展望について議論する。

企業収益は感染症の影響により大幅減、ただし、年初来の原油安は交易利得を押上げ

最初に企業収益の動向について確認しよう。長く増勢が続いてきた企業収益は、2019年に入り、海外経済の鈍化から、製造業を中心に弱い動きがみられだした。他方、非製造業の企業利益は、この間も底堅く推移していたが、2020年1-3月期に感染症の影響が顕在化するに及び、大きく減少し、全産業の企業収益も急速に減少した。(第1-1-16図(1))。

経常利益の変動について、製造業と非製造業に分けて要因を分解すると、製造業では、2018年7-9月期以降、海外経済が減速するなかで、徐々に売上高のプラス寄与が縮小し、2019年4-6月期からはマイナス寄与に転じた。特に、感染症の影響により輸出が急減した2020年4-6月期の売上高要因は大幅なマイナスとなった(第1-1-16図(2))。また、コスト面については、人件費要因は変動が小さく、2019年以降は目立った影響はみられていない一方、仕入れコスト等を反映する変動費要因が傾向的にマイナス寄与となっている。ただし、2019年10-12月期はプラス寄与(仕入れコストの低下)となっている。この時期は、消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動減があらかじめ見込まれていたことから、生産調整のために仕入れを減らしていた可能性が示唆される。

非製造業では、内需の底堅さを背景に、製造業に比べて2018年から2019年4-6月期を通じ、売上高要因のプラス寄与が続いた。7-9月期には、売上高要因がマイナスとなっているが、これは、前年同期の売上高要因が強かったことの反動と、原油価格の下落等により取引価格が低下したためとみられる。同じ7-9月期には、変動費も減少(仕入れコストの低下)しており、原油価格による売上高要因のマイナス寄与の一部を相殺している26。10-12月期は、消費税率引上げ後の反動減や大型台風の影響等により売上高要因は大幅なマイナス寄与となったが、一方で、製造業と同様にこの期の変動費要因はプラスに寄与し、売上高要因を相殺したことで、減益には至らなかった。2020年1-3月期及び4-6月期には、感染症の影響のために売上高が大きく下押しされたことで、非製造業も大幅な減益となった。

このように、内外経済が急速に悪化したなかで、企業の収益環境は極めて厳しい状況となった。こうした中において、年初から起こった原油価格の急落は、企業負担を和らげた数少ない材料だと考えられる。そこで、交易利得の動向をみることで、一国全体の海外との所得移転について確認してみよう。

2018年後半以降、原油価格は、世界経済の減速を背景として緩やかな下落傾向にあったが、2020年に入ると、産油国間の協調減産の破綻と感染症による世界的な景気後退懸念から、急落した。この間、名目実効為替レートは、円高方向に緩やかに推移していたことから、我が国の輸入物価(円ベース)も大きく下落することとなった(第1-1-17図(1))。

輸入物価の下落は、交易条件(=輸出物価/輸入物価)の改善(上昇)につながる。このことは、より少ない輸入代金でこれまでと同じ量を輸入することができるようになるため、海外から国内への所得の流入(交易利得)が生じることを意味する。逆に、輸入物価が上昇すれば、交易条件の悪化(低下)によって、国内から海外への所得の流出(交易損失)が発生する。

2018年後半から始まった交易条件の改善は、2019年7-9月期以降において、我が国に交易利得をもたらした。特に、感染症の影響により経済が強く下押しされた2020年4-6月期の交易利得は大きく増加している。ここで、交易利得の変化を、「為替要因」と「その他価格要因」に分解すると、「その他価格要因」が近年の交易利得の動きを決めていることが分かる。「その他価格要因」には、契約通貨ベースの輸入価格や輸出品の国内生産コストの影響が含まれるが、主要な部分は前者のうち特に原油等の資源価格の変動である。2020年の我が国経済は、感染症の影響により一国全体の所得減は生じているものの、同時期に発生した原油価格の急落により、海外への所得の流出(交易損失の発生)は免れていたことが分かる(第1-1-17図(2))。

製造業の生産は、輸出急落に伴い大幅に減少した後、在庫調整の進展から持ち直し

製造業の利益動向には2018年後半から弱さがみられていたが、こうした弱さは生産活動と整合的である。鉱工業生産は、2018年後半以降、世界経済の減速が進むなかで、緩やかな減少傾向をみせており、2020年3月から5月にかけては感染症の影響により急落した。具体的には、感染防止のために国内の経済活動が抑制されたことに加え、我が国の主要貿易相手国である欧米諸国において、3月以降、ロックダウン等の強力な経済活動抑制策が実施されたこともあり、こうした国・地域向けへの輸出が大幅に減少したこと等が要因である。生産の減少は、自動車等の輸送機械や主として設備投資に向けられる生産用機械等においてみられた。ただし、5月以降、欧米主要国では経済活動の再開が順次進み、こうした国・地域への輸出も6月から増加に転じたこともあり、生産は増加に転じている(第1-1-18図(1)、(2))。

今回の生産動向をリーマンショック時と比べると、輸送機械は、リーマンショック時を若干上回るペースで減少したが、回復のペースも速くなっている。生産用機械は、リーマンショック時ほどの減少には至ってないものの、感染症の影響が長引けば、海外における設備投資が下押しされるため、底打ちが遠のくおそれがある。電子部品・デバイスは、リーマンショック時と様相が大きく異なっており、底堅さをみせている。その背景には、いち早く感染症の影響から脱した中国向けの輸出が多いこと、また、世界的には5G対応やデータセンター向けの半導体需要の高まりがある(第1-1-18図(3))。

生産全体としては、6月以降持ち直しの動きがみられるようになったところだが、在庫循環図を確認すると、2018年10-12月期(第16循環の景気の山(暫定))以降、我が国の製造業は調整局面に入っていたが、2020年4-6月期には在庫が減少に転じている。循環パターンに照らせば、今後は、出荷が増加に転じることになり、次の拡張局面に入ることが期待される(第1-1-19図)。

続いて、非製造業の動きについて検証するが、全産業活動指数によって製造業(鉱工業)も含めた生産の全体像を確認すると、今回の局面は、製造業よりも非製造業(第3次産業)の落ち込みが大きい。リーマンショックの際には、製造業のマイナス寄与が大きかったことと対照的である。また、全産業の減少ペースも、リーマンショック時よりも急速かつ大幅となっている(第1-1-20図(1))。

非製造業の業種別に活動指数の動きをみると、対人サービスである「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」が、緊急事態宣言下の外出自粛の影響により2020年3月から5月にかけて大きく低下しているほか、「運輸業,郵便業」、「卸売業,小売業」など、「情報通信業」を除く多くの業種で弱い動きとなっている(第1-1-20図(2))。

こうした非製造業の活動指数の低下について、「労働投入」(マンアワーベース)要因と「労働生産性」要因に分解すると、2020年3月から5月までの期間を均してみれば、多くの業種において、労働投入の減少以上に、労働生産性の低下寄与が大きい。ここでの労働生産性は労働1単位当たりの生産量を意味するが、非製造業のうち、サービスは生産と需要が同時発生するため、短期的には需要減(売上減)が労働生産性の低下として観察される。このため、労働生産性要因は近似的に需要減要因とみなすことができるため、企業側の休業や営業時間の短縮だけでなく、客足が遠のいたことにも影響される。「運輸業,郵便業」、「卸売業,小売業」では、労働や資本をある程度保有しながら売上げの減少が生じたことから、労働生産性要因が大きい。他方、「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」では、売上げの減少に対してある程度の労働が削減されたことから、両者の寄与に違いが生じたのではないかと考えられる(第1-1-20図(3))。

今後の設備投資の下振れには注意が必要

以上のとおり、企業の収益環境は厳しい状況にあり、生産は持ち直しの動きがみられるものの、その水準は低く、設備投資にはマイナスの環境である。景気拡張局面が始まった2012年10-12月期以降を振り返ると、製造業の設備投資は、設備過不足感の改善にやや遅行しながら、趨勢的に増加してきた。しかし、2018年後半以降は、企業収益が弱含むなかで、設備過不足感の不足超が低下し、設備投資にも増勢がみられなくなった(第1-1-21図(1))。一方、製造業よりも労働集約的な非製造業の設備投資は、人口減少下で人手不足が顕在化するなか、2013年7-9月期には設備過不足感が不足超へと転じ、その状態が2020年1-3月期まで続いた下で、増加基調が続いた(第1-1-21図(2))。

こうした非製造業の設備過不足感における不足超も、2020年4-6月期には、感染症の影響により、製造業とともに急激に変化し、過剰超へと転じた。設備過不足感の設備投資に対する先行性を考慮すると、今後、設備投資の下振れには注意が必要である。

設備投資の先行きを探るために、主たる決定要因となる企業収益(経常利益)や設備稼働率との関係をみると、当期の経常利益水準は4四半期後の全産業の設備投資水準と、当期の設備稼働率水準は3四半期後の設備投資水準と、それぞれ相関が高い(第1-1-22図(1)、(2))。これらを踏まえると、2020年前半に生じた感染症の影響による企業収益や設備稼働率の低下は、その後1年間程度は投資を下押しする可能性がある。

また、日本銀行の短観(2020年6月調査)における設備投資計画では、全産業は前年度比で増加が見込まれているものの、修正パターンを踏まえると低い結果となる可能性が高い。ただし、ソフトウェア投資の計画は全体よりも高い伸び率となっている。企業においても、感染症の影響により加速が求められているデジタル化の推進や非対面型ビジネスモデルへの転換、あるいはリモート型の働き方の拡がりへの対応が課題となっており、ソフトウェア投資や研究開発投資をさらに増加させる誘因となり得る(第1-1-22図(3))。

4 対外経済関係の動向

国内の家計部門と企業部門の動向に続き、対外的な経済関係を点検する。財貿易については、感染症の影響により輸出は急減した一方、輸入がそれほどまでに減少しなかった背景を探る。次に、感染症の影響によりかつてないほどに落ち込んだサービス貿易の現状について確認する。最後に、今後の対外直接投資やサプライチェーンの再編成の議論の前提として、我が国の現状について点検する。

財輸出は急速に減少したものの、感染症下特有の需要増もあり財輸入は底堅い動き

2018年後半以降に激化した米中貿易摩擦の影響もあり、財輸出は、アジア向けを中心に弱含みで推移していた(第1-1-23図(1))。こうした流れの下、最初に感染拡大が起こった中国における経済活動の停止により、輸出は減少した(第1-1-23図(2))。中国経済は3月には持ち直しを始めたものの、同時期に感染症の拡大が生じた欧米主要国向けの輸出が減少を始め、4、5月は急減することとなった。しかしながら、6月に入り、各国の製造業PMIでも確認できるとおり、経済活動の再開が進み、財輸出は持ち直しの動きがみられている(第1-1-23図(3))。

品目別にみると、自動車関連財が大きく減少したが、各国での経済活動再開に伴って自動車販売が回復するにつれ、増加に転じた(第1-1-23図(4)、(5))。また、情報関連財は、年初来軟調な動きとなっているものの、先行きの堅調な見通しもある中、他の財に比べると落ち着いた動きで推移している(第1-1-23図(4)、(6))。

財輸入は、2月に感染が拡大した中国において生産活動が停止した影響により一時的に急減したが、その後は、同国の生産再開に伴って急速に増加するという動きがみられた(第1-1-24図(1)、(2))。輸入について品目別にみると、3、4月は、繊維製品、化学製品、電気機器が増加に寄与している。繊維製品はマスクやその材料となる不織布が、化学製品は感染予防のために用いられる防護服やフェイスガード等に用いられる有機化合物が、電気機器はテレワーク下で需要が高まったパソコンが、それぞれ押し上げており、感染症下特有の需要増によるものと考えられる。特に、繊維製品は輸入浸透度が高く、国内での需要増が直接輸入増に結び付きやすいという点も寄与したと考えられる(第1-1-24図(3)、(4))。

国境を越えた人の移動はなくなり、インバウンド需要は消失

次にサービスの貿易に密接に関係する訪日外国人数と出国邦人数の動きを確認しよう。いずれについても、感染症の拡大防止のために、各国政府が入国制限と渡航自粛勧告等を行った影響により、2020年1-3月期から急速に減少し、4-6月期にはゼロ近傍の水準で推移している。これにより、サービス輸出についてみれば、四半期あたり1.3兆円程度存在したインバウンド需要が4-6月期にはほぼ消失することとなった。この結果、2020年1-3月期及び4-6月期における輸出の前期比を財とサービスに分解すると、サービス輸出の減少が大きくマイナスに寄与することとなった。特に、1-3月期については、財輸出のマイナス寄与よりもサービス輸出のマイナス寄与が大きくなっている。また、出国邦人数の減少は、同様に、輸入に対してマイナス寄与となっている。2020年4-6月期は、財輸入はプラスの寄与だったが、サービス輸入のマイナス寄与がこれを上回ったため、輸入全体としてマイナスとなっている(第1-1-25図)。

対外直接投資とサプライチェーンの見直しは我が国にとって重要な課題

感染症拡大による世界的な経済活動の停滞は、財・サービス貿易のみならず、これまで我が国企業が進めてきた対外直接投資の方向性やグローバルなサプライチェーンの在り方にも影響を及ぼし得る。投資行動の変化は時間をかけて表面化してくると考えられるが、この段階で、対外直接投資や業種別の海外生産比率等の現状を確認しておきたい。

我が国の対外直接投資残高は、2010年代を通じて増加してきた。地域別にみると、北米の残高が最も大きいが、近年ではアジア向けが増加しており、さらには中南米向けも増加している(第1-1-26図(1))。直接投資の収益率をみると、2000年代前半からアジアの収益率は北米やEUなどの先進国を上回って推移しており、中南米の収益率も2015年以降上昇している(第1-1-26図(2))。過去においても増勢は確認できるが、リーマンショック後には、投資収益率が低下し、対外直接投資残高の増勢にも足踏みがみられた。2020年1-3月期までのデータでは、直接投資の増勢に陰りはみられておらず、投資収益率も、アジアでは振れが大きいものの、目立った低下は確認できないが、今回の感染症拡大による世界規模での経済停滞は、リーマンショック以上に対外直接投資の増勢を鈍化させる可能性が示唆される(第1-1-26図(3)、(4))。

これまでの対外直接投資の結果、我が国企業の海外生産比率は多くの業種で高まっている。他方、今回の感染症の経験からは、海外からの調達が困難になった場合に備えて、特に緊要性の高い物資については、国内での生産能力の保持が重要ということが指摘される。では、海外生産比率の上昇と国内での生産能力の増強とは相反する関係にあるのか。こうした観点から、業種ごとに海外生産比率と国内の就業者数、生産、労働生産性の関係について確認しよう。まず、産業別就業者数については、輸送機械や化学では幾分増加しているが、その他業種では減少している。ただし、この減少の多くは1995年から2000年代にかけて生じており、2010年代に入ると、減少ペースは和らいでいる(第1-1-27図(1))。次に産業別GDPについては、海外生産比率が上昇するなかでも、繊維を除く業種では増加している。海外生産比率の上昇が必ずしも国内GDPを減少させてきたわけではない(第1-1-27図(2))。最後に労働生産性については、多くの業種で労働生産性は高まっているが、就業者数とGDPがともに減少した繊維では足踏みがみられる(第1-1-27図(3))。

以上をまとめると、製造業の多くの業種では、海外生産比率が高まる過程で、労働生産性を向上させることでGDPも増加させてきた。今回の感染症の流行下では、国内において縮小傾向がみられる繊維産業の生産財であるマスク等が不足するという問題が生じたが、国内での生産能力を増強しようとすれば、当該資源に生産要素を配分することが必要となり、生産性の低下から価格の上昇等のコストが発生するかもしれない。国内の様々な資源制約を考慮すれば、グローバル・サプライチェーンの存在・構築は、資源配分の最適化を国内外の広い範囲で行うことによって生産性を向上させる手段の一つであり、今後もその重要性は変わらない。ただし、その前提には、取引が安定的に行われることや最低限のニーズが満たされる必要があり、市場の失敗には公的な介入が必要となる。こうした点を勘案すると、危機に際して必須となる財の供給問題については、当該財の属性を踏まえた上で、国内の資源制約状況、輸入相手国との通商協定の内容、当該財に関する民間取引への公的な介入とリスクの関係といった面を考慮しつつ、国内における生産能力保持の要否を検討する必要がある。また、海外生産比率の評価についても、供給寸断リスクは、全体的な輸入比率の水準ではなく、特定国への依存度・集中度の高まりに起因するため、輸入構造を含めて評価することが必要である。


(1)2014年4月の消費税率引上げ直後(2014年4-6月期)の個人消費は前期比-4.8%、前期比寄与度-2.9%であったことを踏まえると、今回の消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動減は前回ほどではなかった。
(2)訪日外国人数(前年比)は、2020年1月-1.1%、2月-58.3%、3月-93.0%。出国邦人数(前年比)は、同年1月-4.9%、2月-14.2%、3月-85.9%。詳しくは、第1-1-25図を参照のこと。
(3)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2007)では、サブプライム住宅ローンの問題と欧米における不動産・住宅投資バブルの動きを整理している。また、内閣府(2008、2009)では、日本経済への影響について分析しているが、当初は一部の不動産バブルと金融機関における債務問題との捉え方であったが、次第に、金融市場における流動性の枯渇や金融機関におけるバランスシート調整がグローバルな資金フローを通じて伝播した様子が記されている。
(4)例えば、内閣府(2011)では、東日本大震災後、我が国の潜在GDPは1%程度(実質年率換算6兆円程度)の下方への水準シフトがあったと分析している。
(5)ここでの分析は、内閣府(2018)及び小寺他(2018)を参考にしている。また、感染症の下における最近の分析は渡辺(2020)でも行われている。
(6)家計調査の小分類(小分類の設けられていない場合は中分類)のうち、名目前年増減率及び実質前年増減率が公表されている品目を用いた。
(7)内閣府におけるGDPギャップの定義や計算方法については、吉田(2017)を参照のこと。
(8)就業者に占める休業者の割合。2019年4-6月四半期は2.3%、2020年4-6月四半期は6.3%。
(9)一つ目は、新型コロナウイルス感染症について、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(平成10年法律第114号、以下「感染症法」という)上の指定感染症とする政令(令和2年政令第11号)の改正(1月28日)である。これにより、患者に対して入院の勧告等の措置ができるようにした。二つ目は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(平成24年法律第31号、以下「特措法」という)を改正(令和2年法律第4号)し、新型コロナウイルス感染症にも特措法が適用されることにしたこと(3月13日)である。
(10)全国の新規感染者数(10万人比)とGoogleのモビリティインデックス(1月3日~2月6日の小売・娯楽施設における外出者数を基準とした変化率、%)を用いた。期間は2月15日から9月1日の日次データで、第1期(2月15日から5月31日)と第2期(6月1日から9月1日)に分けて使用した。また、分析においては、緊急事態宣言下であるかどうかを示すダミー変数と、休祝日を示すダミー変数も用いた。因果関係(グレンジャー検定)の結果は、第1期では、新規感染者数からモビリティインデックスに向けた関係だけが有意となったが、第2期では両者に関係性は見られなかった。VAR分析によると、新規感染者数の変化からモビリティインデックスの変化に向けた関係は、第1期では有意となった。つまり、第1期では、新規感染者数が増加すると、外出率が低下していたということになる(付注1-1)。
(11)令和2年4月15日に、厚生労働省新型コロナクラスター対策班の西浦博教授らの記者会見において、「人と人の接触を8割減らさないと、日本で約42万人が新型コロナウイルスで死亡」と発表している。この発表は、政府による公式見解ではないものの、専門知を有する者によって示されたものである。
(12)WHO ”Coronavirus Disease (COVID-2019) Situation Reports”より作成。令和2年8月27日時点。
(13)移動規制に効果があったとする指摘は、Korevaar, et. al. (2020) や Glaeser, Gorback, and Redding (2020) を参照。他方、公衆衛生政策を過大評価しているのではないかという指摘は、Atkeson, Kopecky, and Zha(2020)を参照。
(14)さらに、厚生労働省(2020)によると、2019年の死因別死亡率(人口10万対)は、交通事故が3.5、溺死が6.2、窒息が6.5、転倒・転落・墜落が7.7、自殺が15.7である。
(15)国民(2020年4月27日において住民基本台帳に記録されている者)一人につき10万円を給付する事業。給付予算額12.7兆円。
(16)2019年から2020年にかけての秋冬(2019年9月~2020年2月)の気温が記録的に高かったことも、冬物の季節商材の販売不振を通じて、この時期の個人消費を押し下げた。
(17)2020年8月の自動車販売台数は、前年比のマイナス幅が前月から拡大しているが、これには前年同月に消費税率引上げ前の駆け込み需要が生じていたことが影響している。季節調整済み前月比でみると、2020年8月は3.8%と増加している。
(18)2020年9月の家電販売額は前年比マイナスとなっているが、これには前年同月に消費税率引上げ前の駆け込み需要が生じていたことが影響している。2018年比でみると、9月第1週(8月31日~9月6日)は41.2%増、第2週(9月7~13日)は30.0%増となっている。
(19)大手メーカーによる一部OSのサポート期限終了が2020年1月に予定されていたことも、それまでのパソコンの買い替え需要を押し上げた。
(20)総務省「家計調査」では、支出弾力性(消費支出総額が1%変化する時に各財・サービスが何%変化するかを示した指標)が1.00未満の支出項目を基礎的支出(必需品的なもの)とし、1.00以上の支出項目を選択的支出(贅沢品的なもの)としている。前者は、食料、家賃、光熱費、保健医療サービスなどが該当し、後者は、教育費、教養娯楽用耐久財、月謝などが該当する。
(21)Go Toトラベル事業は、国内旅行を対象に、宿泊・日帰り旅行代金の2分の1相当額を支援するもの。支援額のうち、7割は旅行代金の割引に、3割は旅行先で使える地域共通クーポンとして付与される。一人一泊当たり2万円が上限(日帰り旅行については、1万円が上限)。連泊制限や利用回数の制限はない。
(22)Go Toイート事業は、登録飲食店で使えるプレミアム付食事券の発行(購入額の25%分を上乗せ、販売は2021年1月末まで、有効期限は3月末まで)や、オンライン飲食予約に対して次回以降に飲食店で使用できるポイントの付与(昼食時間帯は500円分、夕食時間帯は1,000円分のポイント付与、ポイント付与の上限は1回の予約当たり10人分(最大10,000円分)、ポイントの付与は2021年1月末まで、利用は3月末まで)を実施するもの。
(23)引上げ前の消費税率が適用される請負工事等の請負契約期限が2019年3月末であったことから、この時期に受注の増加がみられたが、住宅ローン減税の拡充等の住宅取得支援対策が講じられたことにより、前回の消費税率引上げ時と比べると駆け込み需要とその反動減は抑制された。
(24)大手ハウスメーカー4社の持家の受注前年比(各社の前決算期受注額による加重平均、3か月移動平均)は、2020年4月-20.3%、5月-26.4%、6月-22.6%、7月-14.5%、8月-2.6%と、6月以降マイナス幅が縮小しており、持ち直しの動きがみられる。
(25)この分解では、空き家(居住されていない物件)の増減が要因に出てくるため、一見、空き家が増えると着工が増えるようにみえるが、因果関係は逆である。その意味は、住宅ストックが増加(着工が増加)したにも関わらず、居住されない物件が増加しているということである。詳細は、東郷(2020)を参照のこと。
(26)非製造業のうち卸売業等では、財の仕入価格と販売価格との対応関係が強く、仕入れ価格の低下が、変動費のみならず、売上高も減少させるケースがある。この場合、経常利益に対して、変動費の減少はプラス寄与、売上高の減少はマイナス寄与となるため、双方の経常利益への影響は相殺し合う関係にある。
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