はじめに

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2020年の我が国経済は、新型コロナウイルス感染症の影響により、急速な景気の悪化を経験することになった。1月に感染者が確認され、月末には中国からの団体旅行客が渡航禁止となってインバウンド需要が減少し始めた。その後も感染者数の増加は続き、次第に医療提供体制への負荷が高まることとなった。こうした事態を受け、政府は4月に緊急事態宣言を発し、地方自治体、専門家、事業者を含む国民の一丸となった感染防止に向けた取組を進めた。その結果、感染症の拡大は抑え込むことができたものの、経済活動を大幅に抑制したこともあり、景気は極めて厳しい状況となった。

その後、緊急事態宣言の解除を受け、5月後半からは経済活動の再開が段階的に進み、消費を中心として次第に上向きの動きが広がることになった。外出自粛や休業要請で抑制されてきた外食や衣料品への支出機会が次第に増加するなか、個人向け特別定額給付金の効果もあり、例えば、家電等の販売高は6月に大きく伸長した。

個人消費は持ち直し、6月以降は輸出や生産も増加に転じたものの、経済全体の活動水準は低く、依然として厳しい状況が続いた。7、8月は、豪雨災害の発生や天候不順もあるなか、全国的に感染者数が再び増加傾向に転じたことや一部の地域で旅行等の活動自粛要請が行われたことから、旅行や外食といった対面型のサービス消費に足踏み感もみられたが、輸出から生産への循環が続いており、全体としては持ち直しの動きが続いている。ただし、海外においても、感染者数の増加・再増加が続いている国も少なくないことから、景気の下振れリスクは依然として高い。

したがって、感染症の拡大防止を図りつつ、雇用調整助成金の活用や働き手と働く場のマッチングを促進すること等によって雇用を守りながら、早急に経済活動のレベルを引き上げることは引き続き最重要課題である。その際、我が国のみならず、世界各国において、感染症拡大の経験を踏まえた暮らし方や働き方の転換、「新たな日常」の構築が求められている。社会生活の基本的な動作や長年の慣行を見直すことは極めて稀な出来事だが、人々の安心と安全の確保と経済活動の拡大を両立させることが求められている。

この点、我が国は「新たな日常」の構築をひとつの契機にして、大きく飛躍できると考えられる。すなわち、社会実装の遅れているデジタル化を一気に進めること、長年の課題であった働き方改革を進めること等である。これらの具体化は、骨太2020において年内に策定することとされた実行計画によって進められるが、本報告では、我が国経済の現状と課題の分析を通じて、政策検討に資することも意図している。構成は以下の通りである。

第一章では、昨年以降の我が国経済の動きを振り返りつつ、内需の柱である家計の所得・消費の動向や需給と賃金物価の動向について、感染症がもたらした経済活動への影響を整理する。また、2011年11月から始まった大型の景気拡張局面が終わりを告げたことから、循環論的な特徴を分析する。

第二章では、感染症の拡大によって生じた労働時間の減少、あるいは生活時間の変化を分析した後、既に始まっている働き方改革の政策効果を検証する。テレワーク利用者の増加やパートタイム労働者の待遇改善等、顕在化している働き方の変化を確認した上で、具体的な働き方改革の取組が、企業レベルの雇用や労働生産性に与える影響について定量的に評価する。

第三章では、働き方改革にも関連する女性の就業と出生率に着目し、国際比較や国内地域間比較から得られる含意を整理している。その上で、保育の充実や育児休業等の政策と就業の関係を確認し、子育て世代の女性の継続就業を促すために必要な働き方の見直しや環境整備、また、女性の就業と出生率に対する男性の働き方が抱える課題を検討している。

第四章では、「新たな日常」に関連する消費と投資の課題を取り上げている。消費面では、近年増加している電子商取引(EC)やインターネットを活用して広がっている新たな消費形態(シェアリング、サブスクリプション)に着目し、家計や企業行動の変化やEC普及の持続性を検討している。投資面では、省力化や接触機会抑制に向けたITやソフトウェア投資の動向を振り返りつつ、民間部門での取組状況や投資の効果を分析している。また、感染症の拡大が明らかにした我が国の弱点である公的部門のIT、デジタル化の遅れに言及し、IT人材を巡る課題を整理している。

最後の「むすび」では、本報告の主な分析の内容を要約し、それらが示唆する含意について記している。

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