第1章 景気回復の現状と課題 第2節
第2節 景気回復の進展と経済再生に向けた進捗
我が国経済は長期にわたる景気回復を続けており、企業収益は過去最高を更新し、就業者数も大幅に増加するなど雇用・所得環境は改善を続け、消費も持ち直しが続いている。ただし、家計部門では、所得の伸びと比べると消費はやや力強さに欠ける面があり、年齢別でも若年層で消費性向が低下する傾向がみられている。また、企業部門では、収益が大幅に改善し、設備投資にも前向きな動きがみられるが、人手不足への対応が大きな課題となっている。
本節では、家計部門、企業部門ごとにそれぞれの回復状況の特徴を詳しく考察し、その特徴及び持続性について検証する。またデフレ脱却・経済再生に向けた動きは着実に進展しているが、物価動向を見るといまだデフレ脱却には至っていない。こうした物価動向の背景を詳しく分析することで、今後の課題について検証していく。
1 家計部門の動向
ここでは、個人消費の動向について、最近の持ち直しの背景にある雇用・所得環境の変化や財・サービス別の動向を詳しく分析し消費回復の持続性について検証するとともに、やや中期的な観点から、高齢化の進展や共働き世帯の増加などが消費構造にどのような影響を与えているかについて確認する。
(1)雇用・所得環境の改善と消費の動向
●生産年齢人口が減少する中、女性や高齢者の就業者が大きく増加
個人消費の持ち直しの背景には、雇用・所得環境が一段と改善していることが挙げられる。少子高齢化によって我が国では生産年齢人口が長期にわたり減少を続けており、こうした中で、我が国の就業者数も2002年から2012年にかけて48万人減少した。しかしながら、今回の回復局面では就業者数は大幅な増加に転じており、2012年には6271万人だった就業者数は2017年には6522万人と251万人も増加し、2000年代の景気回復局面の就業者数を超える水準となっている(第1-2-1図(1))。
年齢別、性別に2012年以降の就業者数の変化の寄与を見ると、生産年齢人口の減少もあり男性の15~64歳の就業者数は緩やかに減少しているが、政府による子育て支援など女性活躍に向けた政策の後押しもあり女性の就業者数が大きく増加している(第1-2-1図(2))。加えて、65歳以上の高齢者の就業者数も大きく伸びており、景気回復の長期化や人手不足感の高まりのみならず、健康寿命が延び元気な高齢者が増えたことも就業者の増加に寄与していると考えられる。
今後、就業者数の伸びがどの程度継続するかを見込むことは難しいものの、一つの目安として、就業を希望する非労働力人口の数をみると、2017年において65歳以上で43万人、15~64歳で256万人存在しており、このうち、15~64歳の女性が211万人と最も多くなっている(第1-2-1図(3))。こうしたことから、特に、15~64歳の女性の就業者数については、働き方改革などにより女性が働きやすい職場環境の整備が進むとともに、待機児童解消などの子育て支援がより一層進めば、さらに女性の就業者が増えていくことが期待される。また、65歳以上の就業者数についても、健康寿命の延びなどから緩やかに増加することが期待される。
●雇用・所得環境の改善や消費者マインドの回復を背景に消費は持ち直しが続く
消費の動向について実質民間最終消費支出の動向を確認すると、2014年4月の消費税率引上げの影響により消費支出は大きく減少したが、その後は持ち直しを続け、消費税率引上げ前の2013年後半の水準にまで戻りつつある(第1-2-2図(1))。その背景としては、所得の増加及び消費者マインドの改善が挙げられる。
名目可処分所得の動向をみると、社会負担の増加など負担増があるものの、雇用者報酬が大幅に伸びていることから名目可処分所得も増加が続いている(第1-2-2図(2))。また、財産所得は2016年度にマイナスとなったものの、2013年以降を均してみれば株式市場が活況であることを背景におおむねプラスに寄与している。
消費者マインドについても消費税率引上げ後は、振れはあるものの、良好な雇用・所得環境に支えられ、改善傾向にある(第1-2-2図(3))。
●雇用者報酬の増加や資産効果が消費の押上げに寄与
最近の個人消費の動向について、長期的な消費と各要因の関係を示す消費関数を推計することにより所得面と資産面それぞれの寄与を確認すると、2013年度以降の株価の上昇を背景とした資産価格の増加が個人消費を安定的に押し上げる中、2015年度以降は所得の増加も個人消費の押上げに寄与している(第1-2-3図(1))。ただし、所得や資産の伸びに比べると、個人消費の伸びは緩やかにとどまっている。この一因としては、消費税率引上げ前の消費の駆け込み需要とその後の反動減の影響や、消費税率引上げに伴う価格上昇による実質所得の減少が挙げられる。
また、家計の貯蓄率の推移をみると、高齢化の進展により貯蓄率は長期的に低下傾向にあるが、2014年の消費税率引上げ前には、消費の駆け込み需要によりトレンド線を割り込んで急低下し、一時マイナスとなった(第1-2-3図(2))。2015年から16年にかけては、貯蓄率は一時的に上昇したが、2017年以降については、貯蓄率はトレンド線近傍で推移しており、貯蓄率がトレンド線からかい離する動きはすでに一巡したとみられる。今後は雇用・所得環境の改善が続く中で、所得や資産の動きに見合った消費の伸びが期待される。
(2)財別、世帯属性別にみた消費の特徴
●耐久財は買い替えサイクルにより押上げも期待される
最近の個人消費の持ち直しの動向を財・サービス別にみると、財の消費が2014年の消費税率引上げ以降弱含んでいたが、2017年度には耐久財を中心に財の消費が持ち直しに転じているほか、サービス消費については継続的に消費にプラス寄与している(第1-2-4図(1))。そこで、以下では、財とサービスに分けて、詳細に動向を確認する。
耐久財の動向について、まずは家電販売をみると、2014年の消費税率引上げ前後に駆け込み需要と反動減が生じ、その後低迷が続いたものの、2017年以降は持ち直しの動きがみられる(第1-2-4図(2))。消費税率引上げ後に低迷が長期化した一因としては、世界金融危機後の家電エコポイント制度等の政策効果による家電需要の先食いが指摘されている。主要な家電について買い替え年数の分布をみると、テレビは5~8年程度、冷蔵庫やエアコンは10年程度にそれぞれ買い替え需要の大きな山がある(付図1-1)。2018年現在、家電エコポイント制度から7~8年が経過しており、家電の買い替え需要が高まっている可能性がある。これを検証するため、家電販売額をテレビや携帯電話等が含まれる2~9年程度の短期のサイクルと、エアコンや冷蔵庫等が含まれる9~14年程度の長期のサイクル要因に分解すると、短期サイクルが2017年頃から押上げに寄与していることに加え、9~14年の長期サイクルも底を打っている(前掲第1-2-4図(2))。また、こうした買い替え需要に加え、最近の共働き世帯の増加により、家事の省力化につながる高付加価値な家電製品の需要が増える可能性があるなど、構造的な面からも家電需要の下支えが期待される。
自動車の新車販売についても、消費税率引上げによる駆け込み需要の反動減やエコカー補助金による需要の先食いの反動もあって2014年4月から2016年半ばにかけて弱い動きとなっていたが、2016年後半から2017年春頃は新型車効果もあり好調で推移した(第1-2-4図(3))。自動車の買い替え需要の観点からは、7年目車検を前に買い替える層が多く、新車販売との相関が高くなっている(付図1-1)。7年前の2011年は、東日本大震災による供給制約等の影響で新車販売が大きく落ち込んだため、2017年後半から2018年前半にかけては買い替え需要が高まりにくく、新車販売は伸びにくい状況下にあると考えられる(前掲第1-2-4図(3))。ただし、2011年の夏頃から新車販売は回復へ向かったため、2018年半ば以降は買い替え需要の持ち直しが期待される。なお、今後の自動車販売の動向については、買い替え需要の持ち直しを受けて底堅く推移すると見込まれるが、若者の自動車離れやカーシェアリングの利用が普及しつつあるといった構造的な下押し要因があることには留意する必要がある。
●単身世帯や共働き世帯の増加で外食が堅調に推移
サービス消費は先ほどみたように、今回の回復局面を通して財よりも伸びており、特に通信費や外食、旅行などの伸びが大きい(第1-2-5図(1))。
通信費については、一人当たり通信関係費が年々増加しており、スマートフォンやタブレットなどの高機能なモバイル端末の普及により多くの層で様々なサービスが利用されている(第1-2-5図(2))。地図・交通情報の提供サービスの利用率は全ての年齢層で大幅に伸びていることに加え、eラーニングの利用率も若年層を中心に非常に伸びており、スマートフォンなどを活用するという生活・学習スタイルの変化も消費行動に影響を及ぼしている姿がみてとれる12。
外食の売上高についても緩やかに増加している(第1-2-5図(3))。形態別にみると、居酒屋では売上が減少傾向であるものの、ファミリーレストランやファーストフード店では客数の増加に加え、客単価の上昇もあり、高い伸びとなっている13。これらの要因として雇用・所得環境が改善を続けていることに加え、単身世帯や共働き世帯の数が増加していることも一因としてあげられる。単身世帯や共働き世帯は、外食に使う金額の割合が高く、特に単身世帯では食料費の約3割を外食に使っている(第1-2-5図(4))。また、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の流行等もあってこのところ食べ歩きへの関心が高まっており、こうした意識や流行の変化も外食需要を押し上げる要因となっているとみられる。
●年齢階層別にみると若年層で消費性向が低下傾向
ここまで雇用・所得環境の改善を背景に消費が持ち直していることを確認したが、消費の回復が今後一段と力強さを増すためには、所得の伸びがさらに高まることに加え、所得のうち消費に回す割合を示す消費性向も安定することが重要である。そこで、長期的な消費性向の動きについて世帯主の年齢階級別の推移をみると、50歳代の消費性向はほとんど変化していないのに対し、40代以下、特に39歳以下の若年層では低下傾向にある(第1-2-6図(1))。
この要因を、消費性向の分母にあたる可処分所得要因と分子にあたる消費支出要因に分けてみると、40歳代ではバブル崩壊後の1990年代末から賃金が伸び悩んだことなどもあり可処分所得が一貫して下落し消費性向を押し上げる方向に寄与している一方で、消費支出がそれ以上に減少したため、消費性向は緩やかに低下している(第1-2-6図(3))。ただし、2013年以降についてみれば所得も消費も安定しつつある。他方、39歳以下では2012年までは可処分所得が減少し、消費支出も減少という動きは40歳代と大きく変わらなかったものの、今回の景気回復局面では可処分所得が増加する中でも消費支出の減少が続いており、消費性向の一層の低下につながっている(第1-2-6図(2))。
こうした若年層における消費性向の低下の背景については、賃金カーブのフラット化による生涯所得の低下、モノの保有を減らすミニマリスト志向、未婚化・非婚化の動きなど様々な要因が挙げられている(内閣府(2017))。また、39歳以下や40代で持ち家比率が高まるとともに所得・債務比率がこのところ高まっていることから、住宅ローンを抱える世帯が増えて借入金の返済に充てているという面もある(第1-2-6図(5)、付図1-2)。
こうした様々な仮説の中でも、若者の消費性向の低下の要因として将来不安を指摘する声も多い。そこで、金融広報中央委員会のアンケートをみると、老後の生活について不安と思う者の割合はこの20年近くほとんど変化がない。しかし、老後の生活資金として準備しておきたい金融資産と現在の金融資産残高との差額の推移をみてみると(第1-2-6図(6))、特に39歳以下の若年層で差額が大きくなっており14、将来必要と思われる資産を蓄えるために、可処分所得が増加している中でも消費支出を抑制している可能性がある。
こうした老後への不安はすぐに解決できるものではないが、持続可能な社会保障制度を構築するとともに、例えば人づくり革命を通じて、年齢にかかわらず、全ての人が元気に活躍し続けられる社会をつくることなども重要である。
●高齢化は消費の下押し圧力となるものの、高齢者世帯の消費そのものは堅調
我が国では65歳以上の高齢者世帯の増加が続いており(第1-2-7図(1))、長期的な消費の動向をみる上では、高齢化の影響についても考慮する必要がある。家計調査をみると、高齢者世帯は現役世帯に比べ所得が少ないことや子どもの教育費などの支出が一段落するなど必要な消費額そのものが少なくなることなどから消費額そのものが現役世帯と比べ低いため、高齢者世帯の割合が高まることは日本全体の消費には押下げに働く。こうした影響を分析するため、家計調査を使い、まずは世帯当たりの消費額の変化を、等価消費額の変動(世帯の人数を調整した消費の変動)、世帯人員の変動(単身世帯の増加など世帯の人数が変動したことの影響)、年齢分布の変化(消費額が相対的に少ない高齢者世帯の割合が増加したことなどの影響)に分けて動きをみると、単身世帯の増加などもあり世帯人員の減少は消費の下押しに寄与している(第1-2-7図(2))。一方、高齢者の増加による年齢分布の変化も消費の下押しに寄与しているが、押下げの幅は世帯人員の変動に比べると少ない。また、世帯当たりの消費ではなくマクロの消費に与える影響をみても、年齢分布の変化は毎年マクロの消費を0.1%ポイント程度押し下げており、高齢化の進展は我が国全体の消費を一定程度押し下げている(第1-2-7図(3))。
世帯主の属性別に等価消費額の推移をみると、現役世帯は若干低下しているものの、高齢者世帯は底堅く推移している(第1-2-7図(4))。この要因の一つとして、元気な高齢者、いわゆる「アクティブシニア」による消費の増加が考えられる。家計調査を使い宿泊料やスポーツクラブへの支出をみると60歳代ではどちらの支出も大きく伸びており、70歳代でもスポーツクラブへの支出は大きく増えており15、元気な高齢者が旅行に出かけたり健康を維持するためにスポーツクラブを利用したりと、アクティブシニアが消費を下支えしている姿がうかがえる(付図1-3)。
(3)住宅建設の動向
●貸家や分譲の弱さにより、住宅建設は弱含み
住宅着工は、2016年初頭の借入金利低下や貸家の増加もあって大きく増加し、2016年には年率換算で100万戸を若干下回る水準で推移した(第1-2-8図(1))。貸家の着工の増加の背景としては、金利低下による貸家建設の採算改善に加え、2015年の相続税に係る税制改正の影響もあったと考えられる(内閣府(2017))。また、住宅ローン金利の低下(第1-2-8図(2))は家計の住宅購入も後押しし、2016年の持家や戸建分譲は増加したが、その結果、2016年以降は家計の住宅ローン残高の伸びも高くなり、可処分所得に占める住宅ローン残高も4割程度にまで上昇している(付図1-4)。こうした住宅ローン残高の高まりもあり、前項でみたように若年層で所得・債務比率が高くなっている(前掲第1-2-6図(5)参照)。
しかし、2017年に入り金融機関の個人による貸家業への新規貸出額が前年比で減少に転じる中で、2017年後半以降貸家が緩やかに減少し、住宅着工全体も弱含んでいる。また、分譲住宅についても、地価の上昇や建設資材の価格上昇、人件費の上昇もあってマンション価格が上昇し、共同分譲は弱い動きが続いている(第1-2-8図(3)、(4))。ただし、相対的に割安感のある戸建分譲は共同分譲に比べると堅調に推移している。
2 企業部門の動向
世界経済の緩やかな回復や情報関連財需要等が堅調であることを背景に輸出や生産活動は回復するとともに、消費や投資など内需が堅調であり、インバウンド需要が急増していることなどから非製造業も総じて好調で、企業収益は過去最高を更新している。一方、景気回復の長期化もあり人手不足感が四半世紀ぶりの高水準となっており、人手不足への対応が差し迫った課題となっている。本項ではこうした企業部門の動向について、生産や設備投資、収益の動向を詳しく確認するとともに、人手不足がどの程度企業活動に影響を及ぼしているかについても検証することにより、企業部門の改善の持続性について分析する。
(1)生産の動向
●世界貿易の回復とともに、我が国の輸出も持ち直し
前節でもみたように、2000年代以降の世界的なバリューチェーンの構築が一段落したことや新興国経済の減速により、2016年頃まで世界貿易の動向は「スロー・トレード」の状態にあり、我が国の輸出も伸び悩んでいたが、2017年以降は、世界の貿易量の回復とともに、我が国の輸出もアジア向けを中心に持ち直している(第1-2-9図(1)(2))。
品目別には、自動車16の輸出は2015年後半以降堅調に推移していることに加え、世界的な半導体需要の高まりから情報関連財が2016年以降大きく増えている(第1-2-9図(3))。また世界経済の緩やかな回復とともに設備投資需要が高まる中で、資本財輸出も2016年以降持ち直している。アメリカやEUの設備投資の動向と我が国からアメリカやEU向けの資本財の輸出の関係をみると両者の相関は強く、我が国の資本財は競争力が高いことがうかがえる(第1-2-9図(4))。
2018年に入ってからは、中国等におけるスマートフォン関連部材の需要が一服したことから、アジア向けの情報関連財の輸出の伸びが鈍化したものの、今後も半導体は、スマートフォンのみならずIoT化の進展により幅広い用途に使われること等が見込まれていることから世界的に需要が伸びていくと見込まれる(詳細は、後述の第1-2-10図を参照)。また、世界経済の緩やかな回復が続くことで設備投資需要も底堅く推移すると考えられるため資本財輸出も増勢が期待できることから、我が国の輸出も持ち直しが続くと考えられる。
●生産は緩やかな増加が続く
我が国の生産の動向をみると、2016年半ばまでは弱めの動きで推移した。その背景としては、これまでみてきたように世界的に貿易量が伸び悩む「スロー・トレード」にあったことに加え、スマートフォンの新型機種販売後の販売数量の伸び悩みもあり電子部品・デバイスの生産が2016年半ばまで大きく減少したことや熊本地震の影響などにより輸送用機械の生産が一時減少したことなどが挙げられる。ただし、その後は、海外需要の回復に加え、第4次産業革命によりIoT化が進展することで車載用や家電など幅広い分野で電子部品が使われていることやデータセンターにおける需要も高まっていることから、電子部品・デバイスの生産が増加17しているほか、国内外の設備投資の回復によりはん用・生産用・業務用機械などの生産が大きく伸びることで、生産全体も緩やかな増加が続いている(第1-2-10図(1))。鉱工業製品の輸出向け出荷の動向をみると、資本財が大きく伸び生産全体を押し上げており、外需の堅調さも生産活動に大きく貢献していることがわかる(第1-2-10図(2))。
世界経済は今後も緩やかな回復が続くことが見込まれ、世界の設備投資需要は底堅く推移すると見込まれる。また、半導体需要をみても、上述の通り幅広い分野での需要拡大が続いており、この傾向は今後も続くとみられる(第1-2-10図(3))。加えて、国内だけでなく中国など海外においても、労働需給の引き締まりや賃金の上昇によって省力化の動きがみられることから、資本財についても堅調な推移が見込まれる。こうしたことから、我が国の生産も引き続き緩やかな増加が続くことが期待される。
●為替の収益への影響は輸送機械工業を中心にあるが、全産業への影響は過去と同程度
ここまでみたように、海外需要の回復等を背景にした製造業の生産の緩やかな増加、消費の持ち直しやインバウンド需要の好調さなどを背景にした非製造業の好調さ、損益分岐点の低下など企業の財務体質の改善等を背景に、企業収益は過去最高の水準に達しており、今後も企業部門は堅調に推移すると見込まれる。ただし、外的なリスク要因の一つとして為替レートの大幅な変動が考えられる。そこで為替レートの変動が企業収益に与える影響をみるために、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(以下「日銀短観」という。)の経常利益修正率と想定為替レートを利用し、想定為替レートの変化が経常利益修正率に与える影響を試算した。これによると、素材産業では為替レートの変化による有意な影響はみられなかったものの、輸送機械を中心に加工産業では円安(円高)方向の動きが、企業収益を押し上げる(押し下げる)関係がみられる(第1-2-11図)。これは為替の変動が貿易を通じて企業収益に影響を及ぼす18ことに加えて、これまでの海外直接投資に伴う海外からの所得受取に為替が影響を及ぼすことも要因19と考えられる。
こうしたことから、為替レートの急激な変動が企業収益に与える影響には注意する必要があるが、全産業でみても想定為替レート1円の円高が経常利益を下押しする影響は1%弱程度にとどまっており、2000年代を中心とした期間とおおむね同程度となっている(内閣府 2013)。なお、企業の規模別に同じ試算を全産業で行うと大企業では有意な結果となるものの、中小企業では有意な結果がみられなかった。これは、中小企業に比べ大企業の方が貿易取引に関わることが多いことも要因と考えられる。
(2)設備投資と公共投資の動向
●各産業の成長期待の高まりや省力化投資等を背景に設備投資は緩やかに増加
設備投資は、今回の景気回復局面で最も成長率を押し上げている項目(前掲第1-1-6図)であり、2009年度を底に2010年度以降緩やかな増加が続いている(第1-2-12図(1))。設備投資の好調さの背景には、後に詳しくみるように、建設投資が都市部の再開発やインバウンド対応などで好調なこともあるが、技術革新が進む中で各産業の市場の成長期待が高まっていることや省力化投資などへの対応が影響していると考えられる。
省力化投資について、省力化に関連が深い、産業用ロボット、工作機械、運搬機械が今回の回復局面で大きく伸びており、企業が省力化関連投資を進めることで人手不足に対応し、効率化を進めている姿がうかがえる(第1-2-12図(2))。また、技術革新が進む中で、新製品の開発のための投資など前向きな動きもみられている。日本政策投資銀行が実施した「平成29年度全国設備投資計画調査」をみると、IoT、AIの活用進展を背景に、自動運転、ファクトリーオートメーション、次世代電池開発等、幅広い研究開発への取組が確認できる。
企業行動に関するアンケート調査によると、今後3年間の全産業の需要成長の見通しは、上場企業でみると、2016年度調査の1.0%から2017年度には1.3%に高まっている。そこで、今後3年間の需要成長の見通しと今後3年間の設備投資増減率を産業別にみると、今後の需要の伸びが高いと見込まれる産業ほど設備投資を伸ばす関係がみられることから、設備投資の回復には各産業における市場の成長期待の高まりが背景にあることが考えられる(第1-2-12図(3))。
なお、資本ストック循環をみると、2017年度は設備投資の伸びが高まっており、2017年度末の資本ストックは前年度に比べ増えている(付図1-5)。こうした資本ストックの伸びから推計される企業の予想成長率20は1%台半ば程度となっており、実質GDPの伸びとほぼ整合的であり、ストック面から調整圧力が高いとはいえない。今後も、省力化投資への対応など設備投資需要は根強いため、減価償却を上回る設備投資が実現され、資本ストックが高まっていくと考えられる。
●都市部の再開発の進展により建設投資は堅調に推移
民間及び公的部門を含む建設投資は堅調に推移している。これは、インバウンド急増に対応したホテル建設や都市部の再開発の進展に加え、公共投資については、2020年東京大会に向けた準備もけん引している。建設投資については、住宅や商業施設の建て替え等を背景に20年程度の長期の循環があるといわれていることから、ここでは建設投資の長期の動向を長期循環とそれ以外にわけてみると、長期循環は今回の回復局面ではプラスに寄与しており、建物の建て替え循環も建設投資押上げに寄与していることがうかがえる(第1-2-13図)。
建設投資を項目別にみると、都市再開発やホテル建設などの民間非住宅が今回の回復局面では継続的に増加している(付図1-6)。主な再開発事業をみても都心を中心に事業所、商業、宿泊施設など幅広い用途で開発事業が進んでいる。また、2020年東京大会後も大型の都市開発が続く見込みで、こうした堅調な都市開発需要も建設投資を下支えしていくと考えられる。
●公共投資は複数年度工事の割合が高まっている
公共投資は、前節でも確認したとおり、2013年以降は2012年までの水準よりも高く推移しており、民間部門の経済活動を下支えする役割を果たしている。このところの公共投資の動向をみると、「未来への投資を実現する経済対策」(2016年8月2日閣議決定)を踏まえた平成28年度第2次補正予算の効果21もあり、2017年春頃から出来高・手持ち工事高ともに更に大きく増加し、その後も高水準で底堅く推移している(第1-2-14図)。今後も手持ち工事高が高水準にあることや平成29年度補正予算の効果が発現していくと考えられることから、公共投資は底堅く推移すると見込まれる。
なお、公共投資の底堅さには、2020年の東京大会に向けた建設投資も寄与している(付表1-7)。2020年東京大会に関する会場関係の整備費は、組織委員会、国、東京都あわせて8100億円程度にのぼり、そのうち新国立競技場などの恒久施設で3500億円程度となっている。
近年の公共投資の特徴として、10億円以上の大型工事の割合や工期が複数年にまたがる工事の請負金額が増加している。これは、北海道・北陸・九州の新幹線や、高速道路、また港湾整備といった国際競争力の強化や地域の活性化など中長期的な成長につながるインフラへの重点的な投資が行われていることが背景にあると考えられる。このようなインフラへの投資は今後の日本経済の成長力の押上げにつながることが期待される。
(3)人手不足への対応
●人手不足感は四半世紀ぶりの高水準、ミスマッチも発生
日銀短観の雇用人員判断DIで企業の人手不足の状況を長期的にみると、世界金融危機後に過剰感が高まったが、その後は過剰感が解消に向かった。今回の景気回復局面では2013年3月から不足超となり、2018年6月時点の調査では、人手不足感の高さが2000年代の景気回復局面時を超え、1990年代前半以来四半世紀ぶりの高水準となっている(第1-2-15図(1))。企業規模別では特に中小企業で人手不足感が高く、製造業・非製造業別では非製造業で特に高い水準となっている。
厚生労働省「労働経済動向調査」において、産業別、職業別に常用労働者の不足感をより詳細にみると、運輸・郵便業、医療・福祉、宿泊・飲食などのサービス業、建設業などの非製造業で不足感の高まりが大きくなっている(第1-2-15図(2))。職業別では、事務職や管理職で不足感が低く、専門・技術職など幅広い職で不足感が高い水準にあり、ミスマッチがみられる22。常用労働者に占める未充足求人数の割合を示す欠員率もおおむね同様の傾向にあり、宿泊・飲食サービス業、運輸・郵便業などで欠員率が高くなっている一方で、金融・保険業の欠員率は極端に低い(付図1-8(1))。また、企業規模別で欠員率をみると、規模が小さい企業ほど欠員率が高くなっているなど規模別でもミスマッチがみられる。
●正社員の中途採用や生産性向上などで人手不足に対応
人手不足感が四半世紀ぶりの高水準となっている中、企業はどのように人手不足に対応しているだろうか。ここでは内閣府の「働き方・教育訓練等に関する企業の意識調査」23(以下「企業意識調査」という。)の結果をもとに、企業の取組を確認する。
まず、人手不足感の違いによって回答企業を「非常に不足」、「やや不足」、「適正」の3つに分類し、その分類された企業ごとに人材活用方針を示す特定の雇用制度を採用している企業の割合についてみると、人手が不足している企業ほど「正社員の中途採用に力を入れている」、「非正社員・派遣を積極的に活用している」、「外国人労働者を積極的に活用している」企業の割合が高い傾向がみられる(第1-2-16図(1))。特に、「正社員の中途採用に力を入れている」企業では、人手不足感が高い企業において当てはまると答えた企業の割合が大幅に高く、企業は正社員の中途採用を中心に人材確保に取り組んでいる姿がうかがえる。なお、「女性の正社員を積極的に活用している」企業の割合は人手不足感にかかわらず高い水準にあり、企業が女性の正社員化を積極的に進めていることがわかる。
また、人手不足が解消されない要因をみると、「応募が少ない」が最も多く、次いで「求めるスキル・能力に満たない」、「短期間で退職」が多くなっている(第1-2-16図(2))。このうち、「応募が少ない」、「短期間で退職」との回答が多いことについては、背景として、労働需給全般が引き締まる方向にあることや企業側の労働条件等が労働者の求める水準に達していないという可能性が示唆される一方、「求めるスキル・能力に満たない」という回答が多い点は、技術・技能面でのミスマッチが生じている可能性が示唆される。「応募が少ない」、「短期間で退職」の回答割合を産業別にみると、飲食・宿泊サービス業や運輸・郵便業などで高くなっており、「求めるスキル・能力に満たない」は専門・技術サービス業24や情報通信業で高く、産業によって人手不足が解消されない要因が異なっている(付図1-9(1))。前者については賃金の引上げや長時間労働の是正を始めとした働き方改革などを通じてより一層働きやすい職場をつくること、後者についてはリカレント教育の抜本的拡充などにより技術・技能のミスマッチ等を解消することが重要である。
人手不足への対応策をみると、「採用手段多様化」が5割弱、「人材育成による生産性向上」で対応する企業が4割程度と高くなっている(第1-2-16図(3))。人材育成による生産性向上を行った企業の割合を産業別にみると飲食・宿泊サービス業で高くなっている(付図1-9(2))。また、「省力化投資」の対応は2割程度にとどまっており、人手不足に対応して省力化投資を行う動きはまだ一部にとどまる。ただし、産業別にみると、製造業で高くなっている。非製造業に比べると製造業では人手不足感が低いが、省力化投資が既に進んでいることも人手不足の解消に一部寄与している可能性もある。
一方で、「賃金等の待遇改善による繋ぎとめ」も2割程度にとどまっており、人手不足感の高まりにもかかわらず、ベースアップ(以下「ベア」という。)等による従業員の待遇改善はまだ限定的である。「賃金等の待遇改善による繋ぎとめ」を行う企業の割合を産業別にみると、人手不足感の高い飲食・宿泊サービス業や建設業、運輸・郵便業で特に高くなっている(付図1-9(2))。飲食・宿泊サービス業での割合が特に高くなっているのは、パートタイム労働者の比率が高いため、パートタイム労働者の時給を引き上げることで対応している企業が多いことが要因として考えられる。
なお、「業務量の抑制、受注調整」の回答は1割程度であり、人手不足が企業の収益に与える影響は限定的とみられる(人手不足と企業の収益の関係は次で詳細にみる)。産業別にみると、専門・技術サービス業に加え、昨年人手不足から一部で受注調整を行った運輸・郵便業の割合が高くなっており、産業によって影響が異なる25(付図1-9(2))。
●人手不足の収益や業種による影響
次に、同じ内閣府の企業意識調査を利用し、人手不足感と企業業績の関係を確認する。まず、人手不足感の違いによって回答企業を「非常に不足」、「やや不足」、「適正」、「過剰」の4つに分類し、その分類されたグルーブごとに2012年度から2016年度の売上高上昇率を見ると、人手が不足している企業ほど売上高上昇率が高くなっており、人手不足により売上高に悪影響を及ぼしているというよりは、売上高の増加により人手不足感が高まっていることがうかがえる(第1-2-17図(1))。人手不足感と経常利益上昇率の関係をみても、売上高と同じように人手不足感が高い企業ほど経常利益上昇率が高くなっており、総じてみれば現時点では人手不足感の高まりが企業収益に与える悪影響は限定的であると考えられる(第1-2-17図(2))。ただし、産業別に人手不足感と経常利益の関係を詳しくみると、製造業では人手不足感の高い企業の収益の伸びがそうでない企業と比べ高い傾向にあるが、運輸・郵便業や建設業では人手が非常に不足している企業が必ずしも経常利益上昇率が最も高いわけではない(第1-2-17図(3))。実際に、運輸・郵便業や建設業については、人手不足への対応策として「業務量の抑制、受注調整を行った」割合が相対的に高い(前掲付図1-9)ことから、産業によっては人手不足感の高まりが企業収益に悪影響をもたらしている可能性があり、一部の企業では人手不足による企業収益への負の影響がでているとみられる。
なお、人手不足感と労働生産性の水準をみると、人手不足感が高い企業では労働生産性の水準が低い傾向がみられる(第1-2-17図(4))。これは、労働集約的な産業で人手不足感が高いことを反映している面もあるが、今後労働生産性を引き上げることで人手不足に対応する余地が大きいことも示唆される。限られた労働者を有効に活用し人手不足を解消するためにも、省力化投資などを通じた生産性向上の実現が重要である。
●景気回復の長期化により完全失業率は大幅に低下
人手不足感の高まりとともに完全失業率(以下「失業率」という。)も大きく低下し、2012年12月の4.3%から2018年5月で2.2%となり、25年7か月ぶりの低水準となっている。失業率は、完全失業者数を労働力人口で除したストックの概念であるが、その変動は、就業や非労働力の状態から失業への流入と、失業から就業や非労働力の状態への流出といったフローの動きに依存する。そこで、失業率の低下の要因をフローの動向で見るため、「就業」、「失業」、「非労働力」の3つの状態間の推移確率が失業率に与える影響を計算した。まず、「失業」からの流出についてみると、世界金融危機直後の2009年には「失業」から「就業」への推移確率が大きく低下したが、その後は徐々に上昇し、2018年初の時点では世界金融危機前の水準まで戻っている(第1-2-18図(1))。また、「失業」から「非労働力」への推移確率は2012年にかけて上昇したが、その後はやや低下している。他方、「失業」への流入をみると、「就業」から「失業」への流入、「非労働力」から「失業」への流入ともに2010年以降は低下傾向にあるが、特に「就業」から「失業」への流入は近年の低下が著しく、推移確率の水準も2000年代を比べても極めて低い水準に達している。このように、近年の失業率の低下には「失業」への流入と流出の双方が寄与しているが、どちらの寄与が大きいかを更に詳細に分析すると、「就業」から「失業」、「非労働力」から「失業」という流入の確率が低下したことが失業率の低下に相対的に大きく寄与している(第1-2-18図(2))。したがって、失業率低下の要因としては、景気回復の長期化により就業者であった者が失業しにくくなっていることが大きい要因であると考えられる。一方、「失業」の状態から「就業」になる確率の上昇も失業率を押し下げているが、その寄与は「就業」から「失業」の寄与に比べると小さい。就業者と完全失業者の絶対数が異なるため寄与度が変わる点は考慮する必要があるが、「失業」から「就業」の確率そのものをみても改善してはいるものの世界金融危機前と同程度の水準にとどまっていることからすると、労働市場のマッチング機能がかつてと比べてほとんど変わっていないと考えられる。
先ほど見たとおり人手不足感の高まりが企業収益に与える影響は現時点では一部の企業にとどまっていると言えるが、この状態が長期化すると企業収益にも悪影響を及ぼすおそれがある。我が国経済の持続的な成長のためにも労働市場のマッチング機能を高めることは最重要テーマであり、そのためにも人づくり革命等を通じて人的資本の向上をさらに進めることが重要である。
3 デフレ脱却・経済再生に向けた進捗と展望
消費者物価は、振れの大きい生鮮食品及びエネルギーの影響を除くと、2016年後半以降横ばいが続いてきたが、2018年に入り緩やかに上昇している。こうした物価動向の背景としては、長期にわたる景気回復によりGDPギャップがプラスに転じる中で、人件費が一部で緩やかながら上昇してきたことや、世界経済の回復もあり原材料価格が上昇基調で推移していること等がある。物価を取り巻く環境をみると、まず、企業収益は2013年度以降過去最高を更新し続けており、人手不足感は1992年以来四半世紀ぶりの高水準となっている。こうした中で、賃金の緩やかな上昇が継続し、企業の価格転嫁の動きも一部にみられるなど、デフレ脱却に向けた局面変化がみられている。以下では、このような局面変化がみられる物価動向について、デフレ脱却への進展と今後の課題について検討する。
(1)物価の現状
●消費者物価は緩やかに上昇している
消費者物価の動向について生鮮食品を除く総合(以下「コア」という。)でみると、2016年に入り円高方向への動きやエネルギー価格の下落等により前年比マイナスで推移したが、2016年後半からのエネルギー価格の上昇などにより2017年に入りプラスに転じた後、前年比のプラス幅は拡大傾向で推移し、2018年5月時点では0%台後半となっている(第1-2-19図(1))。ただし、コアに対するエネルギーのプラス寄与は、2017年10月をピークに縮小傾向にある。
他方、物価の基調について、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(以下「コアコア」という。)でみると、2016年後半以降、前月比でおおむね横ばいの動きが続いたが、この要因としては、個人サービス26や食料などがプラスに寄与する一方で、2016年央にかけての為替の円高方向への動きなどから耐久消費財がマイナスに寄与したことなどがある(第1-2-19図(2))。2017年7月以降は前年比でプラスの動きが続くとともに同年後半からは前月比でも小幅なプラスが続いており、2018年に入りコアコアは緩やかに上昇している。
個別の項目別にコアコアへの寄与の大きいものをみると、携帯電話通信料や家賃が一貫してマイナスに寄与する一方で、プラスに寄与しているものとしては、需要の増加(いわゆる肉食ブーム)を背景とした生鮮肉、原材料価格の上昇を背景とした乾物・加工品類27や塩干魚介(しらす干し価格の上昇)などの食料、インバウンド需要の高まりや海外旅行が好調なことから宿泊料や外国パック旅行費などの個人サービス、米、肉類、魚介類などの原材料費高騰や人件費の上昇を背景とした外食などがある。加えて、2016年における為替の円高方向への動きによる耐久消費財の押下げ効果が2017年央以降は徐々に剥落するなど、幅広い品目で消費者物価を押し上げる動きがみられる。
ただし、足下の前年比プラスの動きには、2017年6月に改正酒税法等が施行28されたことによるビール等酒類価格の上昇、同年8月に高額療養費(70歳以上)の自己負担限度額が引上げ29となったことなどによる診療代の上昇、飼料用米政策により主食用米から飼料用米への転換が進み主食用米が減少したことによるうるち米価格の上昇といった制度的な要因による押上げ効果もある点に留意する必要がある。
物価動向の背景にあるマクロ経済的な要因をみるために、物価変動に影響を与えると考えられる様々な要因とコアコア上昇率との時差相関をとると、GDPギャップの拡大や名目実効為替レートの下落(円の減価)は3四半期程度のラグを伴ってコアコアを押し上げ、消費者の1年後の予想物価上昇率は1四半期程度のラグを伴ってコアコアを押し上げる。これを基にコアコア上昇率を要因分解すると、2015年10-12月期以降に為替が円高方向に推移したことにより2016年7-9月期以降コアコアが押し下がっていたが、2017年4-6月期をピークにその効果が剥落し、コアコアの押下げ要因がなくなってきている(第1-2-19図(3))。また、予想物価上昇率の上昇によるコアコアの押上げは2011年4-6月期以降続いているものの、プラス寄与は2016年後半以降0%台前半となっている。なお、GDPギャップは2017年1-3月期にプラスに転じており、同年10-12月期以降コアコアの上昇に寄与しているものの、GDPギャップの変動に対するコアコアの弾性値は0.2程度となっている30。
●輸入物価が上昇すると一時的にGDPデフレーターは低下
物価動向を判断するには、消費者物価だけではなく、幅広い指標をみる必要がある。そこで、まずは、消費だけでなく投資や輸出などの企業活動も含めた国内の付加価値の価格動向を表すGDPデフレーターの動向をみてみよう。
GDPデフレーターは、国内で生み出された付加価値の価格であり、原油などの輸入は差し引いて計算されるため、輸入物価が上昇した時に国内の価格に転嫁されなければGDPデフレーターは低下する。実際の動きをみると、2014年以降前年比プラスで推移したが、2016年後半以降は原油価格の上昇等による輸入物価の上昇もあり一時的にマイナスとなり、その後、国内需要デフレーターのプラス幅の拡大とともに、2017年第7-9月期にはわずかながら前年比プラスに転じた(第1-2-20図(1))。
このように、GDPデフレーターは、輸入物価の動きの影響を受けるが、輸入物価が上昇しても、同じ期に同じ分だけ国内の価格が上昇すればGDPデフレーターには影響を及ぼさない。つまり、実際には、輸入物価が上昇した際にGDPデフレーターが低下するのは、国内の価格への転嫁に時間がかかっているためということになる。輸入デフレーターの変動が国内需要デフレーターにどの程度の期間で転嫁されるのかをみると、輸入デフレーターの上昇から3四半期程度のラグを伴って国内需要デフレーターを押し上げることがわかる。また、輸入デフレーターが変化する際の3四半期後の国内需要デフレーターの弾性値は0.06程度となっている(第1-2-20図(2))。
これらを踏まえると、GDPデフレーターで物価の動向をみる際は、価格転嫁までのラグを考慮し、一定の期間で均してみるとともに、国内需要デフレーターも併せてみることが適切といえよう。
●企業物価や企業向けサービス価格も緩やかに上昇
企業間の取引価格の動向を示す指標には、企業物価や企業向けサービス価格がある。このうち、企業物価についてみると、原油や非鉄金属、建設需要を背景とした鋼材などの価格上昇により、2017年以降、国内企業物価、輸入物価ともに前年比プラスで推移している(第1-2-21図(1))。また、需要段階別にみると素原材料価格が2017年に入り前年比でプラスとなり、その動きが中間財、最終財にも徐々に波及しつつある(第1-2-21図(2))。
企業物価の最終財のうち、最終的に消費者が購入することとなる消費財と消費者物価(生鮮食品を除く財)は相関が高いが、企業物価の消費財が上昇しても消費者物価に全て転嫁されるとは限らない(第1-2-21図(3))。企業物価の消費財が変化する際の消費者物価(生鮮食品を除く財)の弾性値をみると、デフレ期に入る以前(ここでは1990年~1998年の期間で分析。以下、本章において同じ。)は1を超えていたものの、2013年以降は0.5程度となっている(第1-2-21図(4))。このことから、デフレ期に入る以前と比べると転嫁されにくい状況であるものの、関係性は維持されており、企業物価の消費財の上昇が消費者物価を一定程度押し上げていると考えられる。ただし、小売業の販売価格判断DIと仕入価格判断DIとの差をみると、デフレ期に入る以前に比べデフレ期以降はその差が大きく、2010年代半ば以降は差が縮まっているものの、依然として小売段階で転嫁されにくい状況が続いている(第1-2-21図(5))。デフレ脱却に向けては企業段階で消費財まで転嫁される動きのみならず、こうした消費者が直面する小売段階での価格転嫁がスムーズに行われるかどうかも重要な要素である。価格転嫁がスムーズに行われるためには、消費者の所得が高まることが重要であり、持続的な物価上昇の実現のためには、雇用・所得環境のさらなる改善など経済の好循環の強化が不可欠である。
また、企業向けサービス価格の動向について国際運輸を除くベースでみると、2013年後半以降、前年比プラスで推移している(付図1-10)。こうした背景には、人件費の上昇により、労働者派遣サービス、宿泊サービス等の諸サービスや道路貨物輸送等の運輸・郵便、事務所賃貸等の不動産がプラスに寄与していることが関係している。引き続き人手不足感は高まっており、今後も人件費の上昇により企業向けサービス価格の押上げが続くと見込まれる。
コラム1-2 ボリューム減による実質値上げ
人件費や原材料費、運送料などの上昇により製品価格の上昇圧力が高まる中、内容量を減らして価格を据え置く、いわゆる「実質値上げ」の動きが広まっています。
これは、未だ消費者のデフレマインドが払拭できず、小売業において販売価格への転嫁に慎重な動きが続く中で、コスト上昇について単位当たりの価格を上げることで対応するという客離れを防ぐためのメーカー側の対策ともいえます。また、単身世帯数や高齢者数が増加する中で、より少量サイズのニーズが高まっていることも、このような動きにつながっている可能性があります。
実際にPOSデータを使って少量化の影響をみると、商品価格を商品容量で割った単位当たり価格を示す購買単価指数31とそうした容量による調整を行わず単に商品単価を示した購買価格指数の前年同月比を比較すると、商品単価でみた購買価格指数の伸びよりも単位当たり価格でみた購買単価指数の伸びの方が大きい傾向がみられることから、企業は商品単価を大きく変えずに容量を少なくすることによって実質的な値上げを行っていることが示唆されます。時系列でみると、価格指数と単価指数の乖離は2008年頃から継続してみられることから、実質値上げの動きは10年程度続いていることが確認できます(図(1))。
また、消費者物価指数を算出する際の基となる小売物価統計調査の銘柄32について、これまでに内容量が大きく変化したものをみると、例えば「チョコレート」は、カカオ豆価格の高騰等により各メーカーが板チョコレート1枚当たりの内容量を減らしてきています(図(2))。また、このところ米価格の高騰や運送料の上昇を受けて米菓で内容量を減らし価格を据え置く動きがみられるなど、消費者が直面する物価は、見かけの価格は横ばいでも商品容量でみれば値上げとなっている品目があり、今後の物価動向を見る際にはこういった動きにも注視していく必要があります。なお、消費者物価指数においては、内容量が減少したことによる実質的な価格上昇について、品質が同じであれば内容量の減少分を実質的な価格の上昇分として評価することで、随時反映しています。
(2)物価動向の展望
物価が今後も緩やかな上昇を続けていくかどうかについて展望するため、以下では、物価動向の背景にある各種要因の動向、具体的には、経済全体の需給動向を示すGDPギャップの動向、賃金面での物価上昇圧力を示すユニット・レーバー・コスト(以下「ULC」という。)の動向、人々の予想物価上昇率の動向の3つについて確認する。さらに、物価上昇率が前年比2%近傍まで上昇しているアメリカの状況と日本の状況を比較し、物価上昇に向けた課題を探る。
●コアコア:財は需給変化の影響、サービスは賃金の変化の影響を受けやすい
GDPギャップは経済全体の需給状況を示したものであり、第1-2-19図で見たように物価の動きに先行する。GDPギャップの動きをみると、バブル崩壊以降マイナスで推移することが多かったが、今回の景気回復局面では2014年の消費税率引上げ直後を除けば0%近傍ないし小幅プラスで推移しており、最近では2017年1-3月期以降プラスが継続している(第1-2-22図(1))。また、ULCは生産一単位当たりの労働コストであり、賃金面からの物価上昇圧力33を表す。ULCの変化を生産性要因と賃金要因に分解すると、2015年10-12月期以降、賃金要因が生産性要因を上回り、前年比プラス傾向で推移している(第1-2-22図(2))。特に2018年1-3月期には賃金が大きく上昇し、ULCの前年比は2016年1-3月期以来の伸びとなっている。
景気回復に伴って物価が上昇するプロセスを理論的に考えれば、企業レベルでは、需要の増加に対して自社製品を増産するために労働投入を増やす過程で人件費が上昇し、企業がそれを消費者に転嫁する形で物価が上昇する。これをマクロ経済全体で考えれば、需要の増加によって経済全体の需給を示すGDPギャップのマイナス幅が縮小ないしプラスに転じ、物価が上昇するということになる。このため、消費者物価(コアコア)と、GDPギャップ及びULCとの間には正の相関が想定され、実際に両者の関係を図にプロットして時系列の相関をみると、どちらも正の相関関係がみられる(第1-2-22図(3))。コアコアを財・サービスに分けると、財はULCよりもGDPギャップとの正の相関関係が強いため、より経済全体の需給変化の影響を受けやすく、サービスはGDPギャップよりもULCとの正の相関関係が強いため、より賃金変化の影響を受けやすいことが示唆される。ただし、財の価格については、後述するように、グローバル化の進展により新興国から安価な財が輸入できるために先進国全体として価格が上昇しにくい環境にあることを考えると、今後、物価を安定的に上げていくためにはサービス価格の動向が特に重要となり、そのためには力強い賃上げが必要である。
●日本はアメリカと比べサービス品目の価格上昇の広がりが弱い
消費者物価の動向には局面変化がみられるものの、未だコアコアの上昇率は前年比0%台半ばにとどまっており、米国型コア34の上昇率が2%に迫っているアメリカの状況と比べると上昇幅が低い。そこで、以下では、日米の物価の品目別価格上昇率の分布について比較することで、デフレ脱却を目指す上での課題を探る。
日本のコアコアの品目別価格上昇率の分布状況を2012年と2017年とで比較すると、どちらも前年比0%近傍(▲0.5~+0.5%)の品目割合が最も高いが、その割合は56%から53%へと若干低下している。また、長期にわたる景気回復により、下落した品目の割合が小さくなり、上昇した品目の割合が増えていることが確認でき、特に前年比+0.5~+1.5%の品目割合が9%から15%へと大きく伸びている(第1-2-23図(1))。一方、アメリカの2017年の消費者物価(米国型コア)の品目別価格上昇率と比較すると、アメリカでは+2.5~+3.5%の品目割合が3割程度と最も高く、日本との差がみられる(第1-2-23図(2))。
次に、財とサービスに分けて比較すると、日本の財は2012年、2017年ともに前年比0%近傍(▲0.5~+0.5%)の品目割合が3割程度と最も高いものの、前年比プラスの品目割合が増えていることが確認できる。また、アメリカの財をみると0%近傍(▲0.5~+0.5%)の品目割合が3割程度と最も高く、財の分布は日米ともに低位にあり、大きな差異はみられない。他方、サービスについて比較すると、日本は前年比プラスの品目割合が増えているものの、未だ7割程度の品目が前年比0%近傍(▲0.5~+0.5%)となっている。一方、アメリカのサービスは前年比+2.5~+3.5%の品目割合が4割程度を占めている。
こうした物価の最頻値の上昇率は人々の予想物価上昇率を一定程度反映したものと考えられるが、日米の予想物価上昇率の推移をみても、アメリカが最頻値である2%台半ばで予想物価がアンカーされているのに対し、日本では予想物価上昇率がまだ安定的でない可能性がある(第1-2-23図(3))。
なお、日本の品目別価格上昇率の頻度分布を時系列でみると、2014年半ばから2015年末にかけて、財において5%以上価格が上昇する品目の割合が大きく上昇した時期があったが、これは食料や耐久消費財など、為替の影響もあり一部の品目における価格上昇を反映したものであり、一過性のものであった(付図1-11)。物価の持続的な上昇には、特定の品目による押上げではなく、上昇品目の広がりが不可欠であり、今後、物価の持続性をみる際にはこうした上昇品目の分布も考慮していくことが重要である。
●予想物価上昇率は現実の物価上昇率や原油価格・為替レート等の影響を受ける
物価が安定的に上昇していくためには、人々の予想物価上昇率もある程度高まっていくことが重要である。予想物価上昇率を示す指標には様々なものがあるが、以下では比較的動向の分析がしやすい家計の予想物価上昇率に焦点を当てて分析する。家計の予想物価上昇率は、エコノミストや市場参加者と比べて高めに出る傾向にある点は留意が必要であるが、2012年末から2013年にかけて上昇し3%程度となった後、低下傾向で推移したが、2017年に入ってからは若干上昇に転じ、2018年初の時点で2%程度で推移している(第1-2-24図(1))。家計の予想物価上昇率と消費者物価の時差相関をみると、消費者物価の総合及びコアについては、予想物価上昇率がほぼ同時かむしろやや遅行しているが、コアコアについては、予想物価上昇率がやや先行している(第1-2-24図(2))。これは、家計の予想物価上昇率は、生活実感に近い物価である足下の総合やコアの動きに影響を受けやすいためである。
次に日米の家計の予想物価上昇率について、当期の予想形成がどの程度過去の予想に依存しているかという点を予想形成の「粘着性」と捉えて分析する。日米の予想物価上昇率について、自己回帰式を推計して係数の大きさを比較すると、日本がデフレ期に入る以前はアメリカの方が粘着性が高かったものの、デフレ期に入り日本の粘着性が高まっている(第1-2-24図(3))。また、デフレではなくなった2013年以降も依然として日本の粘着性は高い状態であり、一旦物価は大きく動かないものであるという予想が定着するとその考えを払拭することが難しくなることが示唆される。
さらに、日米の予想物価上昇率が経済変数の変化に対してどのように反応するかについて、日本がデフレに入る前の1998年までと、それ以降の2つの時期に分けてVARを推計した上で各変数に固有のショックを与えることで分析する(第1-2-25図)。まず、日本については、1998年までは、現実の物価上昇率、GDPギャップ、原油価格、為替レートに対して予想物価上昇率が反応しており、現実の物価やGDPギャップ、原油価格の上昇が予想物価上昇率を押し上げる一方、為替の円高方向への動きが予想物価上昇率を押し下げている。1999年以降は、為替の影響は1998年までと大きく変わらないものの、GDPギャップや原油価格に対する予想物価上昇率の反応が小さくなり、また現実の物価に対する反応はほとんどなく、物価の下落が長期化した結果、予想物価は低水準で硬直的になっていると考えられる。
他方、アメリカについては、いずれの4つの変数とも予想物価上昇率に与える影響は小さく、また期間によっても大きくは変わらないことから、予想物価上昇率が日本と比べて安定している状況がうかがわれる。
●物価動向の展望と留意点
以上の分析を踏まえると、今後、物価が持続的に上昇を続けていくためには、景気回復による賃金上昇によって消費者の購買力が高まると同時にサービス価格を中心に上昇率が一段と高まり、さらに予想物価上昇率もある程度の高い水準で安定することが望ましい。また、為替レートの急激な変動も、財の価格や予想物価上昇率に影響を及ぼすことから注意が必要である。中でも、賃金がしっかりと上昇していくことは、物価上昇圧力を高めるとともに、消費を喚起することによって需要面からも物価上昇を下支えする効果があり、最重要課題である。そこで、次項では、賃上げの状況について詳しく分析する。
コラム1-3 ネット消費と物価
近年、日本国内におけるインターネット通信販売の利用割合が高まっていますが、消費者物価指数は、小売物価統計調査による店頭販売価格から算出されているものが多くなっています。ここでは、インターネット通信販売の利用割合の高まりが店頭販売価格にどのような影響を与えている可能性があるかについてみてみましょう。
図(1)は、消費者物価指数の算出にあたり小売物価統計調査による店頭販売価格を把握している品目のうち、家計支出に占める割合及びインターネット購入割合が比較的高い品目35について、インターネット購入割合と消費者物価変化率36の関係を表しています。
これをみると、インターネット購入割合が高い品目は、消費者がインターネット上で容易に販売価格を比較して購入できることなどから、店頭販売価格の上昇を抑制している可能性が示唆されます。
なお、図(2)は、飲料、家具・家事用品別に、類似する商品を数種類取り上げて、インターネット購入割合の高いものと低いものの価格動向の違いをみたものです。これによると、例えば、インターネット購入割合が相対的に高い商品(ミネラルウォーター、電気掃除機)の価格は、同じ商品分類に属し、かつインターネット購入割合が相対的に低い商品(炭酸飲料やスポーツドリンク、電気炊飯器やルームエアコン)の価格と比べて価格の下落幅が大きい傾向にあることが確認できます。
インターネットでの購入割合は年々高まっており、今後も消費者物価の下押しに寄与する可能性に留意する必要があります。
4 賃上げの状況
物価の持続的な上昇には賃金の安定的な上昇が不可欠であることを確認した。前述のとおり、景気回復の長期化もあり企業の人手不足感は四半世紀ぶりの高水準であり、企業収益も過去最高を更新していることを踏まえると、今後、賃上げが進展していくことが期待される。ここでは、賃上げの状況を、ベアの実施状況も含めて詳細に考察する。
●パートタイム労働者は賃金上昇が高く、一般労働者も緩やかに増加
厚生労働省「毎月勤労統計調査」で一般労働者の所定内給与の伸びとパートタイム労働者の時給の伸びを比較すると、パートタイム労働者の時給は人手不足感の高まりとともに伸びが高くなっており、2017年には2%台半ばまで増加幅が上がっている(第1-2-26図(1))。一方、一般労働者の所定内給与は2014年後半からプラスに転じ、2018年1-3月期は1%程度の上昇となっている。厚生労働省「労働経済動向調査」により正社員とパートタイム労働者の不足感を比較すると、2015年以降はパートタイム労働者の不足感を正社員の不足感が上回っているにもかかわらず、パートタイム労働者の時給の伸び率と比較すると、一般労働者の所定内給与の伸び率は大きく高まるところまでは至っていない。
春季労使交渉の動向について、賃上げ率は2000年代以降2%を下回る水準であったものの、今回の景気回復局面ではおおむね2%を超える賃上げを実現しており、賃上げ率は確実に高まっている(第1-2-26図(2))。また、多くの企業で5年連続となるベアが行われており、2018年の春季労使交渉では、月例賃金や一時金のほかに諸手当も含めて積極的に3%以上の賃上げを実施する企業があるなど、賃上げに前向きな動きもみられている。
●ベアの実現には業績の改善や労働生産性の向上が重要
ベアを実施する上での企業の対応やその背景について、内閣府の企業意識調査で確認する。
まず、調査の回答企業のうち、ベア37を過去3年程度で実施した企業の割合は6割弱で、実施していない企業は3割強であった(第1-2-27図(1))。ベアを実施または検討する理由としては、会社業績が66%と最も高い回答で、次いで人材の確保が55%となっており、ベアの実施に関して人材の確保も重要な要素であることは間違いないが、それ以上に会社の業績に左右されることがわかる(第1-2-27図(2))。
また、ベアを実施しない理由をみてみると、「ベアではなく賞与や一時金で対応」が65%と最も高い回答となっており、次いで「会社業績」が51%、「将来の業績悪化時に賃下げが困難になる」が23%となっている(第1-2-27図(3))。企業業績が悪いためにベアを実施していない企業があるほかに、企業業績が好調であったとしても、将来の業績悪化時に賃下げが困難になる等の理由から、ベアではなく賞与や一時金で対応する企業も多いことがうかがえる。
ベアの実施状況と企業業績・人手不足感との相関をみるために、経常利益もしくは労働生産性上昇率と人手不足38がベアの実施確率に与える影響をプロビット分析してみると、人手不足に加え、経常利益の上昇や労働生産性の上昇もベアの実施確率を押し上げることがわかる(第1-2-27図(4))。
内需主導の持続的な成長や物価の安定的な上昇のためには、力強い賃上げ、とりわけベアの実現が重要であるが、ベア実現のためには企業の稼ぐ力をさらに改善し、労働生産性を高めていくことが重要である。
●賃上げ水準は若年労働者を中心に大きく上昇
これまでの分析では、各労働者の賃金を平均した指標の動向を対象としてきたが、平均賃金の上昇は労働者の参入・退出の影響や構成比の影響も受けるため、必ずしも同一労働者の賃金上昇率を表しているわけではない。そこで、同一の労働者の賃金水準がどのように変化しているかを確認するため、上野・神林(2017)の手法を参考に、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を用いて疑似パネルデータを作成し、所定内給与の動向の分析を行う。疑似パネルデータとは、性別、年齢、勤続年数、最終学歴の4要素を使い同一事業所で同一人物だと推測される労働者のみを抽出して分析するものであり、こうした手法を用いることにより、同一人物の賃金上昇率を近似的に推計することが可能となる39。
この疑似パネルデータを利用し、年齢別に2015年から2017年の1年当たりの所定内給与の変化率をみると、若年労働者ほど上昇率が高く、20代では4%台半ば、30代でも3%台半ばの賃金上昇が実現できていることがわかる(第1-2-28図(1))。「賃金構造基本統計調査」の賃上げの公表値と比較すると、どの年齢層でも疑似パネルデータでの上昇率が高くなっているが、これは、公表されている平均賃金の場合、新しく入ってきた労働者と退出した労働者が含まれるが、定期昇給の影響もあり、前者の賃金水準は後者の賃金水準よりも低い傾向があることなどが考えられる。さらに、疑似パネルデータでは勤続年数の比較的短い女性が少なくなるなど全体のデータと比べてサンプルの属性が異なるため、結果はある程度幅を持ってみる必要があるものの、特に若年の同一労働者の賃金の変化については、年功賃金に沿った定期昇給もあってしっかりと上昇していることがわかる。
次に、同じ疑似パネルデータを用いて、企業規模別、性別、学歴別、年齢別等の属性が時間当たりの所定内給与変化率に与える影響について、2006年~07年と2015年~17年(年率)で比較すると、小企業に比べ大企業の方が所定内給与の上昇率の伸びは高いものの、2000年代に比べその差は縮まっている(第1-2-28図(2))。また、高学歴の労働者の方が上昇率は依然として高いものの、その差は縮まっている。さらに、年齢別では先ほど見たとおり若年労働者ほど伸びが高いが、2000年代と比較して、50代と比べた若年労働者の賃金の上昇率が20代を中心に高くなっている。男女別にみると、女性の所定内給与の伸びは男性の伸びと比べ依然として低いものの、2000年代と比較してその差が小さくなっている。
白書の注目点<1>:GDPギャップ、潜在成長率に注目する理由
●戦後最長に迫る景気回復
◇日本経済は、5年半にわたって緩やかな景気回復を続けていて、これまで戦後最長の景気回復であった2000年代の回復期(2002年2月から2008年2月の73か月)に迫っています。
◇今回の景気回復の特徴として、少子高齢化、人口減少が進んでいるにもかかわらず、就業者数は2012年から2017年まで251万人も増加している点があげられます(図1)。また、各地域の景況感も改善していて、すべての地域で景況感が良くなっているとともに、2000年代の景気回復期と比べても、地域によるばらつきが小さくなっている点も特徴です。
●GDPギャップの縮小と企業の人手不足の状況
◇こうした中、経済状況を把握する上で重要なポイントはGDPギャップと潜在成長率の動向です。潜在成長率とは、労働や資本の平均的な稼働率で実現できる供給能力、いわば経済の基礎体力を示しますが、現状は、潜在成長率が実際のGDPに追い付かず、両者の差を示すGDPギャップがプラスになっています(図2)。
◇これは1つの企業でいうと、顧客から注文がたくさん来ているのに、現在保有する設備や従業員数ではそれに見合った商品の供給が追い付かないという状況です。このため、各企業は設備や従業員を増やしており、企業の設備投資はリーマン・ショック(2008年)前を超える水準となるとともに、有効求人倍率は2018年5月時点で1.60倍と、1970年代前半以来、44年ぶりの高さになっています。
◇人手不足への対応としては、現在は仕事に就いていないものの、働く意志のある人が299万人もいるので、こうした人々が働きやすいよう、多様な働き方が可能な環境を作ることが重要です。また、人手不足感の高い企業ほど生産性が低いという関係がみられており(図3)、処遇改善等による従業員の確保と同時に、人材育成や省力化投資等の取組が重要な課題です。
●潜在成長率の引上げに向けて
◇このように日本経済は戦後最長に迫る景気回復の一方で、GDPギャップが縮小する中、企業の人手不足という課題に直面しており、今後は企業の生産性や日本経済全体の潜在成長率を高めていくことが特に重要になります。
◇そして、この潜在成長率の引上げの鍵となるのが、人生100年時代を見据え、一人ひとりの人材の質を高める人づくりを進めるとともに、AI、IoT、ロボットなど第4次産業革命の社会実装を進め、人口減少・高齢化、エネルギー・環境制約など様々な社会問題を解決できる「Society 5.0」の実現を進めることです。これらの点は、それぞれ第2章、第3章で詳しく分析しています。