第1章 景気回復の現状と課題 第1節

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第1節 景気回復のモメンタムの持続性

本節では、今回の景気回復局面の特徴と最近の経済動向について概観する。我が国経済は2012年11月を底に緩やかな景気回復が続いており、2016年後半からは、世界経済の回復や世界的な設備投資や情報関連財2需要の高まり、雇用・所得環境の一層の改善と消費の持ち直し、技術革新等を取り入れる設備投資の堅調さに支えられて、改善が進んでいる。戦後最長の回復である第14循環と比べると、今回の景気回復の特徴は、デフレではない状況となる中で、雇用・所得環境の改善や企業収益の改善が消費や投資を支え、輸出も持ち直しを続けるなどバランスのとれたものとなっている。加えて、今回は経済の好循環が地方にも広がりつつあり、全国各地で景気回復が進んでいる。以下では、こうした各分野の好循環の進展状況と展望について考察する。

1 戦後最長に迫る景気回復の背景と持続性

我が国経済は緩やかに回復しており、2017年度は実質GDP成長率が1.6%増と2013年度以来の高い伸びとなるなど、内外需がともに回復するバランスのとれた成長を続けている。2018年初めには、冬の天候不順等の影響もあってやや成長率が鈍化したが、海外経済の回復、情報化をはじめとする技術革新の進展、雇用・所得環境の改善に支えられた回復の基調は継続している。こうした中、今回の景気回復は戦後2番目の長さとなった可能性が高い。

以下では、2012年末からの今回の景気回復局面の動向を概観した上で、特に2016年半ば以降の景気回復の堅調さの背景にある要因について分析するとともに、今後の景気回復のリスクについて考察する。また戦後最長の回復であった第14循環(2002年2月から2008年2月まで73か月間)と比較することによって、今回の景気回復の特徴を整理する。

内需を中心に緩やかな回復が続く

我が国経済は、2012年11月を底に緩やかな景気回復が続いている。今回の回復局面における実質GDPの動きをみると(第1-1-1図)、2013年度は政府の経済対策による公需の下支えに加え、消費税率引上げ前の駆け込み需要もあって個人消費など民需が大きく増加したことで2.6%増と大きく増加したが、2014年4月の消費税率引上げ後は、駆け込み需要の反動減等によって4-6月期に消費が大幅に減少したこともあり、実質GDP成長率は2014年度0.3%減とマイナス成長となった。2015年以降は個人消費や民間企業設備投資が持ち直しに向かったが、2015年半ば以降は中国経済をはじめとする新興国経済の減速や2016年6月の英国のEU離脱の国民投票結果もあって世界経済の不透明感が高まる中で、実質GDP成長率は2015年度1.4%増から2016年度には1.2%増へと伸びがやや鈍化した。2016年後半以降は、先進国経済の堅調さが続き、新興国経済も勢いを増す中で、設備投資や情報関連財需要が世界的に好調であったこともあり、我が国の輸出や生産は持ち直した。内需についても、雇用・所得環境の改善による消費の持ち直し、技術革新や人手不足等に対応した設備投資の伸びがみられたことから、実質GDP成長率は2017年度1.6%増と伸びが高まった。

2018年に入ってからは、冬場の天候不順や世界的なスマートフォン需要の一服もあって1-3月期の実質GDP成長率は前期比年率マイナス0.6%となったものの、世界的な景気回復の継続に加え、国内の雇用・所得環境の一層の改善、技術革新や人手不足に対応した企業の投資意欲の高まり等により、内外需ともに底堅さがみられ、緩やかな景気回復の基調は続いている。ただし、アメリカの通商政策やそれに対応した各国の反応、アメリカの金融政策の正常化の影響、英国のEU離脱交渉の動向、中国の過剰債務問題等の構造問題への対応など世界経済の動向や金融資本市場の動きには留意する必要がある。

世界経済同時回復や情報関連財需要の増加により輸出や生産が回復

2016年半ば以降にみられる景気回復の堅調さの背景には、<1>世界経済の同時回復や資本財や情報関連財の好調さ、<2>国内における雇用・所得環境の改善と個人消費の持ち直し、<3>技術革新、人手不足への対応や急増するインバウンド需要を背景にした民間企業設備投資の堅調さがある。以下では、景気回復を支える3つの要因に焦点を当てて、その動向をみてみよう。

世界経済の動向について、先進国と新興国に分けて企業の景況感をみると(第1-1-2図(1))、世界金融危機後は先進国が金融危機の後遺症やギリシャ等の欧州政府債務危機で回復が緩やかだったのに対し、新興国経済は中国の大型の景気対策などの対応もあって世界経済の回復をけん引した。2013年半ば以降は、先進国の景気回復が軌道に乗る中で、アメリカの金融緩和縮小観測から進んだ資本流出の影響等による新興国経済の伸び悩みや、2015年以降の中国経済の減速などもあり、先進国と新興国が同時に回復する局面がなかった。しかし、2016年半ば以降は、中国経済の持ち直しの動きや、貿易拡大の流れを受けて、先進国、新興国ともに企業の景況感が回復し、世界全体で同時回復がみられる。こうした中、日本の輸出もアジア向けを中心に持ち直しを続け、日本の生産活動の回復に寄与している。

世界経済の回復というマクロ経済の動向のみならず、世界的に進行する第4次産業革命によりIoTデバイスが様々な用途向けで増加を続けるとともに、データセンターのニーズも高まるなど、半導体や各種電子機器などの情報関連財の需要が高まっている。加えて、各国の設備投資の回復を背景に資本財需要も世界的に増加していることなども、我が国の輸出や生産に大きく好影響をもたらしている。これらの動きを受け、日本のアジア向け情報関連財輸出は2016年後半以降大きく増加し、我が国の生産活動をけん引している(第1-1-2図(2))。2018年初には、スマートフォン向けの電子部品・デバイスの需要が一服したことから、情報関連財輸出の伸びもやや鈍化したが、こうしたIoTデバイスやデータセンターのニーズは今後も続くことが見込まれ、情報関連財の需要は堅調に推移してくものと考えられる(第1-1-2図(3)(4))。

雇用・所得環境の大幅な改善により民間消費支出は大きく回復

次に、GDPの6割程度を占める民間消費の動向をみると、2014年度は消費税率引上げの影響もあり2.5%減と前年度比で大きく減少した後、2015年度は0.8%増とやや持ち直した。その後、2016年度は熊本地震等の一時的な下押し要因もあって0.3%増とやや減速したが3、2017年度は0.9%増と伸びを高めている。(第1-1-3図(1))。

この間、消費活動の重要な要素である雇用・所得環境は、生産活動の回復に加え、内需の持ち直しやインバウンド需要などもあり非製造業でも企業業績が改善する中、雇用者数が大幅に増加するとともに賃金が緩やかながら上昇することで大きく改善を続けている。実質ベースでみた雇用者報酬をみると、2014年度は前年度比で1.2%低下したが、その後は2015年度1.4%増、2016年度2.7%増、2017年度1.7%増と堅調な増加が続いており、個人消費の伸びをけん引していると考えられる(第1-1-3図(2))。

技術革新、人手不足等を背景に民間企業設備投資が増加

最後に、民間企業設備投資の動向をみると、暦年ベースでは2011年から2017年まで7年連続の増加となっており、最近の状況では2016年0.6%増から2017年には2.9%増へと伸びが高まっている(第1-1-4図)。民間企業設備投資は、機械投資(48%:2016年の設備投資における構成比、以下同じ。)、建設投資(22%)、R&D投資(19%)、ソフトウェア投資(11%)等から構成されるが、各項目ともに堅調に増えている。このうち、機械投資、R&D投資、ソフトウェア投資の増加については、第4次産業革命とも呼ばれる技術革新が進む中、新製品開発や情報化投資が進んでいることに加え、人手不足感の高まりによる省力化への対応も背景にあると考えられる。建設投資については、都市部の再開発に伴うオフィスビルの建て替え、インバウンド需要の増加に対応するためのホテルの建設、電子商取引の拡大に伴う物流施設の建設などの動きを反映して、このところ大きく増加している。

こうした技術革新、省力化、建設需要に関しては、各種調査結果からも企業の投資意欲が引き続き強いことから、民間企業設備投資は今後も堅調に推移することが見込まれる4

海外経済の不確実性や金融資本市場の変動の影響には留意が必要

以上みたように、現在の景気回復の勢いを支える3つの要因である海外経済の回復と情報関連財の好調さ、雇用・所得環境の改善と消費の持ち直し、技術革新等に向けた民間企業設備投資の堅調さについては、大きな負のショックが顕在化しない限り今後も継続すると見込まれる。こうした中で、我が国経済は、内外需ともに堅調に推移し、緩やかな回復を続けていくと期待される。

他方で、景気回復のリスク要因としては、海外経済の不確実性や金融資本市場の変動が挙げられ、引き続き留意が必要である。そうしたリスクの中でも、特に以下の4点には留意が必要である。

第一に、アメリカの通商政策やそれに対応した各国の反応である。アメリカ政府は、2018年3月に鉄鋼とアルミニウムに関する輸入制限措置を決定した。これに対し、EUや中国、メキシコ、カナダ等はアメリカに対して対抗措置を表明しており、影響が拡大する恐れがある。加えて5月、米国は通商拡大法第232条に基づき、他国からの自動車及び同部品の輸入がアメリカの安全保障を阻害するか否かの調査を開始した。また、米中間において、アメリカは2018年3月に中国に対して、知的財産権の侵害を理由として通商法第301条に基づいた追加関税賦課等を実施するとの方針を表明した。これを受けて中国政府も大豆や小麦、自動車などを対象として追加関税を課すといった対抗措置を表明した。6月にはアメリカ政府が中国による知的財産侵害に対し、通商法第301条に基づく制裁措置として追加関税を課すと発表したのに対し、中国も対抗措置として追加関税を課すことを発表した。こうした対抗措置が実際に発効され、その動きが過熱化することは世界経済にとって好ましくなく、各国の措置がWTO協定と整合的な運用となることが望まれるが、仮にこのような措置が進むと、グローバル・バリュー・チェーンを通じて我が国にも影響が及ぶことが懸念されるため、こうした動きは注意深くみていく必要がある。

第二に、アメリカの金融引締めが過度になった場合の金融資本市場への影響である。2018年2月に、アメリカの雇用統計において賃金上昇率が市場予想以上に改善したことから、FEDによる利上げスピードの加速が見込まれたためアメリカの10年債利回りが大きく上昇した。また、VIX指数も上昇し、リスクオフの動きから、為替は一時円高方向に進んだ(第1-1-5図)。こうした動きもあり、日経平均株価も一時的に下落するなど、金融資本市場は大きく変動した。今後もアメリカでは堅調な景気回復を背景に金融政策の正常化に向けた動きが継続されることが見込まれているが、その際、引締めのペースが景気回復の持続性と整合的なペースであるのか、あるいはアメリカにおける拡張的な財政政策による財政赤字の拡大などにより長期金利の上昇テンポが急激なものにならないかといった点や、アメリカでの金利上昇による新興国からの資本の流出など新興国経済への影響については注視する必要がある。

第三に、英国のEU離脱交渉の動向である。英国とEUの間の新たな経済協定がどのようなものになるのか、あるいは協定が合意に至らなかった場合にどうなるのかといった点は、欧州経済の変動による貿易や金融などを通じて我が国経済に影響を及ぼすのみならず、欧州に進出している日系企業の動向にも影響を与えるものであることから注意が必要である。

第四に、中国における過剰債務問題や不動産価格の高止まりなどの構造問題である。こうした構造問題のリスクが現在大きく高まっている訳ではないが、リスクが顕在化した場合には中国経済全体にも大きな影響を及ぼす可能性があることから、引き続き注視が必要である。

また、これら4点に加え、OPEC等による協調減産の進展により上昇してきた原油価格が、2018年春にはアメリカによるイランに対する経済制裁への警戒感もあり、さらに上昇した局面もみられ、原油価格の動向についても注視する必要がある。

今回の回復の特徴:ほぼ全ての需要項目がプラスに寄与

ここからは、今回の景気回復局面と戦後最長の景気回復局面であった第14循環(2002年2月から2008年2月まで73か月間)を比較する。まずGDPの動きをみると、年率に換算した実質GDPの伸びはほとんど同じ1%台半ばである(第1-1-6図(1))。需要項目別の実質GDP成長率への寄与度についてみると、第14循環の際は、純輸出と消費の寄与がともに0.6%ポイントと最も高く、次いで設備投資が0.5%ポイントの寄与となっており、やや外需に依存した経済成長であった姿がわかる。そのため、2008年の世界金融危機時には、震源地であった欧米以上に我が国のGDP減少率が大きかった。また、公需の寄与については、公共投資が削減されたこともあり、0.2%ポイントのマイナス寄与となっており、政策的な下支え効果は限定的であった。

一方、今回の景気回復局面では、設備投資が0.5%ポイントと最も高い寄与となっているが、その寄与自体は第14循環の0.5%ポイントと変わらない。他方で、消費が0.2%ポイント、純輸出、公需がそれぞれ0.3%ポイントずつ寄与するなど、民間在庫変動を除く全ての項目がプラスに寄与するというバランスのとれた成長になっている。このうち、消費の寄与が前回と比べて低いことには課題があるが、その背景には、若年層の消費性向の低下や2014年の消費税率引上げの影響もあったことには留意する必要がある。この点を除けば、今回の景気回復時における実質GDPの成長は、特定の項目に依存するものではないため、景気回復の頑健性(多少のショックがあっても持続するという意味での頑健性をいう。以下同じ。)は高い可能性がある。

次に、名目GDPについても前回と今回を比較すると、今回の回復局面においては年率換算で2.1%の伸びとなっているのに対して、第14循環時は0.4%にとどまっている(第1-1-6図(2))。この間におけるGDPデフレーターの動向をみると、今回は0.7%上昇しているのに対し、第14循環時は1.2%低下していることから、今回の景気回復局面では、デフレではない状況となったことが、名目成長率の回復につながっている5

さらに、国内で生産された付加価値であるGDPに加え、海外からの所得の受け取りと交易条件(輸出価格を輸入価格で除したもの)の変化による国内所得への影響を含めた実質GNI(国民総所得)について、今回と第14循環を比較すると、0.3%ポイント高い1.6%増となっている(第1-1-6図(3))。今回の景気回復局面において実質GNIの伸びが実質GDPの伸びを上回っている背景については、これまでの海外投資の蓄積もあり海外からの所得の受け取りが増加したこと、原油価格の低下等もあり交易条件が改善し交易利得が発生したことが挙げられる。このように、海外からの所得の増加も今回の景気回復を下支えしていることがうかがわれる。

今回の景気回復局面では原油価格低下により交易条件は改善

以上のように、GDPの動向により今回の景気回復局面と2000年代の第14循環と比較すると、第14循環では外需依存が高く、デフレ下での回復であったのに対し、今回はほぼ全ての需要項目がプラスとなり、デフレではない状況となっているという違いがみられる。こうした両景気循環の背景の違いについて、まず、世界経済・貿易・原油価格等の対外的な要因について確認してみよう。

世界経済の動向については、第14循環の際は世界のGDPは3%台半ば程度の伸びであったのに対し、今回の景気回復局面では3%弱程度であり、今回の回復局面の方が若干低くなっている(第1-1-7図(1))。また、世界貿易については、今回の回復局面では3%弱程度であるのに対し、第14循環の際は7%程度と前回の方が今回よりも大幅に伸びが高い。こうしたことを背景に、第14循環時においては外需への依存が高かった可能性がある。ただし、今回の景気回復期においても、外需の寄与は徐々に高まりつつある。具体的には、2008年の世界金融危機時の落ち込みとその反動増が一段落した後、世界の貿易量の伸びが世界のGDP成長率を下回る、いわゆる「スロー・トレード」がみられた。これは2000年代以降の世界的なバリューチェーンの構築が一段落したことや新興国経済の減速が背景にあるとされたが、2017年になると、新興国経済も含めて世界経済が持ち直しに向かう中で、世界の貿易量はGDPの伸びを超える成長を見せており、それに伴い我が国の輸出も持ち直している。したがって、今後については、こうした「スロー・トレード」の解消に向けた動きによって我が国の輸出も増加傾向をたどることが期待されるが、アメリカの通商政策の動向には注視が必要である。

次に、原油価格と交易条件の動向について、第14循環時と今回を比較すると、2000年代初めにはドバイ原油価格が1バレル=30ドル程度であったものの、ピーク時の2008年初めには117ドルまで大きく上昇しており、この間に交易条件は悪化し、2002年から2008年にかけて交易利得は18兆円程度減少した(第1-1-7図(2))。これに対し、今回の景気回復局面においては、2014年後半から2016年前半にかけてドバイ原油価格が1バレル=106ドルから31ドルまで低下したこともあり、この間の交易条件は大きく改善し、2012年から2017年にかけて交易利得は7兆円増加した。こうした交易条件の改善を加味した海外からの稼ぎの増加も国民所得の増加につながり景気の下支えとなることが期待される。ただし、アメリカによる対イラン経済制裁が再開することへの警戒感などもあり、原油価格が2018年3月下旬以降大きく上昇している点には注視が必要である。

雇用・所得環境の改善と企業収益の回復

次に、国内の状況、とりわけ景気動向と関連が深い、雇用・所得環境と企業の収益動向について、今回の景気回復と第14循環を比較してみよう。

雇用・所得環境については、第14循環時と比較すると、名目賃金がマイナスからプラスに転じるとともに、雇用者数が大きく増加することで、名目総雇用者所得は大幅に増加している(第1-1-8図(1))。名目賃金がマイナスからプラスに転じていることは、今回の景気回復局面において、デフレではない状況となっていることの大きな要因の一つであると考えられる。また、就業者数の変化をみても、高齢者や女性の活躍が進展した結果、第14循環時に比べて大幅に増加しており、雇用・所得環境の改善は戦後最長の2000年代の景気回復局面以上に進展している姿がみてとれる(第1-1-8図(2)

企業の収益の増加額をみると、第14循環では23兆円であったのに対し、今回の景気回復局面では、2017年度は2012年度に比べて31兆円増加しており、大幅に収益が改善している(第1-1-8図(3))。加えて、業種別・企業規模別の収益動向をみても、第14循環に比べ、全ての規模、両業種で増加しており、特に非製造業で大きく改善している。また、人件費等の費用をカバーするのに必要な売上高の比率を示す損益分岐点比率についても、第14循環では80%程度であったのに対して、今回の景気回復局面の方が低く、2017年末では70%程度にまで低下している(第1-1-8図(4))。このように企業の体質改善は今回の景気回復局面で更に進み、外部環境の変化などに対して頑健性が増しているといえよう。

2 地域経済における回復の進展

これまで我が国経済全体の動向について確認してきたが、ここでは、地域別の経済動向をみることで、景気回復が地域ごとにどのように広がっているかを確認する。具体的には、消費や公共投資、生産といった主要な指標の動向をみることで、地域経済の状況や地域間のばらつき等についてみていく。

景気回復は全ての地域に広がり

景気回復は、地域別にみても広がりがみられる。今回の景気回復局面では、全国の景気が2012年11月に谷となったことに合わせて、2013年初頭にはほとんどの地域で景気は下げ止まり、持ち直しに転じた。直近の2018年3月には、いくつかの地域で依然として弱さは残るものの、基調としては、全ての地域で緩やかな回復がみられている。

こうした地域経済の動向について、企業の業況判断をみると、世界金融危機の影響を受けた2008年後半から2009年前半にかけてや東日本大震災のあった2011年に落ち込みがみられ、一時はすべての地域で現状判断DIがマイナスとなったが、足下の2018年1-3月期にはすべての地域でプラスとなっている(第1-1-9図(1))。また、地域間のばらつきも戦後最長となった2002年から2008年にかけての景気拡張期間に比べて縮小している。

地域別にみた有効求人倍率についても、世界金融危機の影響を受けた2009年に大きく落ち込み、それ以降は改善が続いている(第1-1-9図(2))。地域別の改善状況だけでなく、地域間のばらつきをみると、2002年から2008年には、1倍を超える地域と超えない地域が存在していたのに対し、今回の景気回復局面においては、統計開始以降一度も実現していなかった全ての地域での1倍超えを2016年以降実現している。また、相対的なばらつきを表す変動係数(標準偏差を算術平均で除したもの)も小さくなっており、ばらつきが縮小している。

最後に景気ウォッチャー調査6をみても、全国の改善とあわせて全ての地域で改善がみられており、各地域で景気が良くなっていると認識している人が増加しているとみられる(第1-1-9図(3))。

インバウンドが各地域で大幅に増加

次に、地域ごとの経済動向やばらつきについて、消費、公共投資、生産の観点から確認する。まず、インバウンドを含む消費7の動向について、2002年を100とした指数でみると、世界金融危機や東日本大震災、消費税率引上げの影響等もみられたものの、各地域で緩やかに増加している(第1-1-10図(1))。特に、沖縄においては、インバウンド消費の増加が寄与していることもあって、2017年は2002年対比で1.3倍程度まで増加している。

今回の景気回復局面で急増している外国人観光客の動向を地域別の外国人延べ宿泊数でみると、各地域とも2017年は2012年に比べて増加しているが、特に北海道や南関東、近畿、九州、沖縄で大きく伸びている(第1-1-10図(2))。沖縄では2012年に約80万人泊だったのが、2017年には約460万人泊と大幅に増加しており、経済全体に大きな影響を及ぼしている。

なお、消費のばらつきについて、2002年から2008年の景気拡張期間と今回の景気回復局面を比較すると、沖縄の大きな伸びもあって今回の変動係数は、2002年から2008年の景気拡張期間よりも大きくなっているが、沖縄を除いて両者を比較すると、そのばらつきは小さくなっている(第1-1-10図(3))。

公共投資は地域経済を下支え

公共投資については、全ての地域で長期的に減少傾向となっていたが、2013年度以降の政府の機動的な財政政策の効果もあってその傾向に歯止めがかかり、今回の景気回復局面では、手持ち工事高も高くなる中、高水準でおおむね横ばいで推移している(第1-1-11図)。なお、2011年の東日本大震災からの復興により東北で公共投資が大きく増加するとともに、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「2020年東京大会」という。)に向けた建設投資の増加もあって南関東においても増加している。

2002年から2008年の景気回復局面では公共投資は低下傾向にあり、全ての地域の経済を押し下げる方向に寄与したが、今回は、一部の地域を除き多くの地域の経済を押し上げるもしくは下支えする効果をもたらしている(全国の公共投資の動向は第2節で扱う)。

生産は電子部品・デバイスが好調な中部や九州などで大きく増加

生産については、2008年の世界金融危機後に大きく落ち込んだが、今回の景気回復局面では多くの地域で増加ないし横ばいの動きとなっている(第1-1-12図(1))。特に、海外経済が緩やかに回復するなかで、自動車や電子部品・デバイスの需要の増加に伴い、これらの生産の占める割合が比較的高い中部、中国、九州などの地域では生産の伸びがみられる。

変動係数でみても、2002年から2008年の景気拡張期間と比べ今回の景気回復局面のばらつきが小さくなっている(第1-1-12図(2))。

全ての地域で雇用環境、業況が改善

これまで地域別にみた経済活動の動向についてみてきたが、ばらつきの小さくなっている有効求人倍率や企業の業況判断について、その背景を確認すると、消費や公共投資、生産といったそれぞれの地域を支える経済活動の改善が、各地域の景気回復に寄与している。

まず、有効求人倍率の上昇の背景にある新規求人数の動向について、2013年から2017年までの地域別上昇幅の産業別寄与度をみると、生産の盛んな東海、北陸、中国、九州などで一定程度の製造業の寄与がみられ、訪日外国人旅行者数の多い南関東や九州、沖縄では、宿泊・飲食サービス業や卸売・小売業、サービス業などの寄与が大きくなっている(第1-1-13図(1))。また、全ての地域で、高齢化が進む中、医療・福祉の求人数が増加していることも確認できる。

同様に、企業の業況判断について、現状判断DIを2012年12月から2018年3月の伸びで確認しても、東海、北陸、中国などの地域では、好調な生産もあって、製造業が特に大きな寄与となっている。一方で、北海道や九州・沖縄ではインバウンドの増加もあって、非製造業が大きな寄与となっている(第1-1-13図(2))。

コラム1-1 インバウンド消費の変化

近年、訪日外国人数は堅調に増加し、2017年は5年連続で過去最高を更新する2,869万人となりました。地域別の動向をみると、中国、韓国、台湾などアジア地域からの訪日客を中心に増加しています((1))。しかし、訪日外国人の一人当たりの旅行消費額はおおむね横ばいの動きをしており((2))、一人当たりの消費額の拡大よりも訪日外国人数の増加がインバウンド消費の拡大を支えています。

訪日外国人の消費を宿泊料金、飲食費、交通費、娯楽サービス費、買物代に分けて確認すると、この5年間で最大の消費シェアは宿泊料金から買物代に変化しています((3))。この買物代は中国などの旅行者の行動として話題となった「爆買い」がみられた2015年に大幅増加しましたが、2017年ではその傾向も一服しています。他方、宿泊料金の増加率は他と比べ弱くなっていますが、これは民泊などの安価で新しい宿泊施設の増加などが背景にあると考えられます。

この5年間でもっとも増加率が高かったのは娯楽サービス費で、「ゴルフ場・テーマパーク」、「美術館・博物館・動物園・水族館」を中心に増加傾向です8。また、訪日外国人の日本滞在中における満足度9は、「日本の日常生活体験」「日本食を食べること」「テーマパーク」「スキー・スノーボード」「その他スポーツ」の順で高く、体験型の娯楽に訪日外国人の期待が高いことがうかがえます。娯楽サービス費のシェアは2017年で3.3%ですが、今後も伸びが期待されます。

3 需給ギャップの縮小と潜在成長率向上への課題

以上で、景気回復の持続性について確認したが、ここではデフレ脱却・経済再生及び中長期的な成長力という観点から、GDPギャップと潜在成長率の動向について概観した上で、潜在成長率引上げに向けた課題について述べる。

GDPギャップは、プラスに転じる

GDPギャップは、一国全体の財・サービス市場において、総需要(=実際のGDP)と、景気循環の影響を均してみた平均的な供給力(=潜在GDP)の乖離率として計算され、需給ギャップとも呼ばれている10。経済全体の需要と供給の過不足を示す指標であることから、その動向は、景気判断の参考指標として用いられると同時に、後述するように、物価の先行きを予測するための指標としても用いられており、デフレ脱却・経済再生の観点からも重要な指標である。

GDPギャップの長期的な推移をみると、おおむね景気拡張期にプラス方向、景気後退期にマイナス方向へと推移している(第1-1-14図)。今回の景気回復局面においても、消費税率引上げ時や、2015年半ば以降の新興国経済の減速時等に変動したものの、総じてGDPギャップは縮小しており、2017年以降においては、プラス傾向が続いている。

潜在成長率の低下傾向は最近改善

このようにGDPギャップがプラスに転じる中、中長期的な成長という観点からは、潜在成長率を高めていくことが重要な課題となっている。

内閣府で推計している潜在成長率について、データの入手可能な第10循環(1983年3月-1985年6月)以降の動向をみると、バブル期にあたる1990年頃までは、4%台で推移していたが、バブル崩壊以降、1%台に大きく低下した(第1-1-15図)。この背景には、<1>バブル期の大幅な投資によって積み上がった資本ストックの過剰が意識されるようになり、資本投入の伸びの寄与が低下したこと、<2>労働時間の短縮や生産年齢人口の伸びの低下もあり、労働投入の伸びの寄与が大きく低下したこと、<3>ICT資本の利活用の遅れや設備の老朽化等により、全要素生産性の伸びが低下したこと11がある。こうした潜在成長率の低下傾向は、2000年代においても、デフレ・マインドが定着し設備投資が伸び悩むなど資本投入の伸びが鈍化することや、生産年齢人口が減少を続け労働投入が減少する中で継続した。他方、2012年末から始まる今回の景気回復局面においては、潜在成長率が上昇に転じている。この背景には、保育の受け皿拡大や高齢者雇用の促進などの各種政策の効果もあって、女性や高齢者の労働参加が増加したこと等により、少子高齢化に伴う人口減少の中で就業者数が増加し、長期的に潜在成長率を下押ししていた労働投入要因がプラス寄与に転じたことが挙げられる。今後は、全要素生産性を高めるためにも、一人ひとりの人材の質を高める「人づくり革命」や成長戦略の核となる「生産性革命」などの推進により、潜在成長率をさらに引き上げていくことが重要な課題である。

潜在成長率向上に向けた課題

少子高齢化が進む中で、人手不足に対処しつつ、持続的な成長を実現するためにはサプライサイドを抜本的に強化し、潜在成長率を引き上げていくことが必要である。人生100年時代を見据え、一人ひとりの人材の質を高める人づくりを進めるとともに、AI、IoT、ロボットなど第4次産業革命の社会実装を進め、人口減少・高齢化、エネルギー・環境制約など、様々な社会課題を解決できる「Society 5.0」の実現を進めていくことが重要である。

人づくりについては、学び直しを促進することで、技術革新に対応した人材を増やすとともに、年齢にかかわらず全ての人が元気に活躍し続けることができる社会を実現することが必要である。また、新技術を活用して、時間や場所によらず、女性や高齢者を含めあらゆる人々が働きやすい多様な働き方を実現していくことが重要である。

「Society 5.0」の実現に向けては、第4次産業革命が進む中で日本経済の競争力を高め、新技術の社会実装を進めるため、知識・技術面を強化するだけでなく、新技術に適応した組織面の対応や起業の活性化などの課題解決も不可欠である(「人づくり」や「Society 5.0」については、第2章、第3章でみていく)。


(2)本章での情報関連財は、<1>半導体等の電子部品、<2>半導体等製造装置、<3>コンピュータ類、<4>液晶デバイス、<5>その他(デジカメ、テレビ、その部分品等)。
(3)内閣府政策統括官(2017)では、こうした一時的な下押し要因の他に、エコカー補助金や家電エコポイント制度の利用による購入、消費税率引上げ前の駆け込み需要など、耐久財をはじめとする需要の先食いによる影響等を指摘している。
(4)日銀短観(2018年6月調査)では、2018年度の設備投資計画(ソフトウェア・研究開発を含む設備投資額(除く土地投資額))は全規模全産業で9.1%増と今年度も堅調に伸びることが見込まれる。
(5)今回の景気回復局面においては、消費税率引上げの影響を含む。
(6)景気ウォッチャー調査は、地域の景気動向を敏感に反映する現象を観察できる業種に従事する2千人あまりの人を調査客体とするもので、景気の現状及び先行きについて調査している。回答は、「良い」、「やや良い」、「変わらない」、「やや悪い」、「悪い」の5段階評価で示され、それぞれの回答に1、0.75、0.5、0.25、0の点数を与え、それらに各回答区分の構成比を乗じてDIを算出している。
(7)インバウンドは、国民経済計算上では輸出となるが、ここでは消費として扱う。
(8)訪日外国人が支出した割合である「購入率」でみると、2012年から2017年で「ゴルフ場・テーマパーク」は2.4倍、「美術館・博物館・動物園・水族館」は1.8倍増加している。
(9)観光庁「訪日外国人消費動向調査2017年」による。
(10)吉田(2017)、川本他(2017)。
(11)内閣府(2015)
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