第3章 技術革新への対応とその影響 第2節
第2節 技術革新が経済社会・国民生活に与える影響
ここでは、デジタル経済の進展も含めた新しい技術革新が我が国の経済社会・国民生活に与える影響を検討する。まず、人々が享受できる新たな財・サービスの事例を紹介した上で、我が国においてそうした財・サービスの利用状況を整理する。次に、新規技術によるイノベーションによって、働き方や雇用がどのような影響を受けるか分析する。
1 技術革新によって新しく生まれる財・サービス
ここでは、新しい新規技術によって、どのような財・サービスが生まれ、その利用がどの程度進んでいるのかについて概観する。
●新規技術により新たに生まれる財・サービス
IoT、AIなどの新規技術により、<1>大量生産・画一的サービス提供から個々にカスタマイズされた製品・サービスの提供、<2>既に存在している資源・資産の効率的な活用及び<3>AIやロボットによる、従来人間によって行われていた労働の補助・代替などが可能となる。
企業などの生産者側からみれば、これまでの財・サービスの生産・提供の在り方が大きく変化し、第1節でみたように生産の効率性が飛躍的に向上するほか、家計などの消費者側からみれば、既存の財・サービスを今までよりも低価格で好きな時に適量購入できるだけでなく、潜在的に欲していた新しい財・サービスをも享受できることが期待される。
ここで、諸外国も含め、新規技術を活用した具体的な事例を整理すると以下のようになる。
第一は、財・サービスの生産・提供に際して、IoTなどにより集積したデータの解析結果を様々な形で活用する動きである。具体的には、製造業者による自社製品の稼働状況データを活用した保守・点検の提供、ネット上での顧客の注文に合わせたカスタマイズ商品の提供、ウェアラブル機器による健康管理、医療分野でのオーダーメイド治療、保安会社による独居老人の見守りサービスの提供などの事例がある。
第二は、AIやロボットの活用である。具体的には、AIを使った自動運転の試行実験、AIを活用した資産運用、介護などでのロボットによる補助の活用等の事例がある。また、医療分野では、過去の診断データから患者の治療方針を提示するAIが開発されている。
第三は、フィンテックの発展である。フィンテックとは、金融を意味するファイナンス(Finance)と技術を意味するテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語であり、主に、ITを活用した革新的な金融サービス事業を指す41。具体的には、取引先金融機関やクレジットカードの利用履歴をスマートフォン上で集約するサービスや、個人間で送金や貸借を仲介するサービス、AIによる資産運用サービスのほか、信用情報をAIで分析して信用度を評価することで、伝統的な銀行では貸出の対象にならないような中小企業や消費者向けに迅速に融資を行うサービスの提供などが可能となっている42。
2 新しい技術革新の進展による経済効果
次に新しい技術革新の進展で生まれる財・サービスの経済効果について検討してみよう。
●新規需要の創出
デジタル経済の普及によって、新たな財・サービスの提供や価格の低下が起きれば、新たな需要が喚起されると考えられる。実際、最近では個人のニーズに合った財やサービスを必要な時に必要なだけ消費することが一部可能となってきており、そうした財・サービスの価格が低下することで、インターネットを経由した消費支出が拡大している。
そうした需要規模について、経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」をみると、2016年におけるインターネットでのBtoC(Business to Consumer)市場の規模は、財が8.0兆円、サービスが5.4兆円、ゲームや音楽配信等のデジタル・コンテンツが1.8兆円となっている。また、ネットを通じた中古品のリユース市場についても1兆円規模に達している。
この他、フィンテックの利用状況について、電子マネーやデビットによるキャッシュレス決済金額をみると、2015年時点で5兆円程度と2012年の2倍程度まで規模が拡大している43。
2020年までの間にデジタル経済、特にICTによって新たに創出される需要は、生産誘発額で約4.1兆円、付加価値額で約2.0兆円に上るとの総務省の推計がある44。特に、需要創出が大きい分野としては、コミュニケーション型・育児向け見守り型・介護向け見守り型のサービスロボットであり、当該効果は4,700億円程度と大きい。次いで、ICTの活用により住宅内の省エネや見守り・防犯等を可能とする住まい(スマートホーム)の効果が3,300億円程度と見積もられている。もっとも、当該試算はICTに係る新しいサービスやアプリケーションを特定して算出していることから、広範囲なICT分野における市場拡大や創出効果の一部に過ぎず、実際の需要創出効果はさらに大きいと予想される。
こうしたデジタル経済によって新たに生まれる財・サービスの消費は、その一部は既存の消費の代替ではあるものの、スマートフォン等を通じていつでもアクセスできるなど消費の利便性が高まることにより、新たな需要を作り出している面もあると考えられる。
●経済価値の測定が困難な財・サービスの出現
一方、デジタル経済の発展に伴い、インターネットを通じた個人間での取引が増加したり、無料のサービス提供が登場したりするなど、これまでの消費のあり方が変化し、経済価値の測定が困難な財やサービスも出現しつつある。
一つの例として、個人が保有する活用可能な資産を、インターネット上のマッチング・プラットフォームを介して他の個人も利用可能とするシェアリングエコノミーにおいては、利用者は、仲介事業者への手数料支払いとともに、サービスを提供する個人に対して利用料金を支払うことになる。この場合、家計が仲介事業者に支払う手数料や役務提供者に支払う料金は、ともにSNA上は個人消費に反映されるべきものであるが、後者については個人間取引であり、正確にその実態を把握することは、従来の事業者を対象とした供給側統計では困難な面がある。
さらに、シェアリングエコノミーのうち、自身が居住する住宅を民泊サービスなどで賃貸した時の収入は、SNAの概念上は、もともとGDPに含まれている持ち家の帰属家賃と二重計上となるため、帰属家賃を超える収入分がGDPを追加的に増加させる45。こうした新しいサービスについても、その市場規模が無視できないほど拡大してくると、実態を正確に捕捉することが必要であろう。
また、インターネット上での無料サービスについては、当該サービス提供企業の収入は、検索サービスに掲載される広告収入や蓄積されるユーザーデータのマーケティングへの利用による収入等で賄われている場合が多い。また、そうした広告費やユーザーデータ活用費用を支払う企業は、当該費用を各種商品の販売価格に転嫁すると考えられる。この場合、最終的には個人消費に反映されていると考えられる46。
こうしたネット広告収入の動向について、広告収入に占めるネット広告収入の比率をみると、上昇傾向となっており、2006年には3%程度であったものが、2014年には10%を超えるまでに拡大している(第3-2-1図(1))。一方、伝統的な広告媒体である新聞、雑誌、テレビ及びラジオの比率は急速に低下している。
また、ユーザーデータのマーケティング利用に伴う収入動向については、直接示すデータが存在しないため、代わりにデータ流通量の推移をみると、2012年以降加速度的に増加しており、2014年には2005年に比べて9倍程度となっている(第3-2-1図(2))。POSデータやセンサー・データ等の活用により、顧客の選好などが把握できるほか、最近では監視カメラで撮られた動画をマーケティングに生かす動きがみられる。
ただし、実際の経済価値の把握が困難なサービスであっても、その消費によって個人の満足度が高まっている点には留意が必要である。市場価格のない財・サービスの消費による個人の効用を測定する一つの方法として、アンケート調査等を用いて無料サービスに対して消費者が支払っても良いと考える支払意思額(消費者余剰)を計測する試みもある47。今後、シェアリングエコノミーなど新たな形での財・サービスの提供が拡大していくことが見込まれる中で、その実態の統計的な捕捉については今後の重要な課題である。
●デジタル経済により代替される需要を派生需要が上回る場合も
次に、デジタル経済による無料ないし低価格サービスの普及により、既存の財・サービスが代替されるときに消費者及び企業がどのような影響を受けるのか、無料動画配信サイトの普及等に伴う音楽の販売形態の変化を例に考えてみよう。
ここ20年間の音楽ソフト売上高をみると、99年以降、CD等の売上減少を主因に縮小しており、2005年以降はインターネットを介した有料音楽配信の増加が全体の減少テンポをやや緩めたものの、2016年の売上高は96年の半分強まで落ち込んでいる(第3-2-2図(1))。
この背景には、2005年にアメリカでインターネット・サイトの動画共有サービスが始まり、これが2000年代後半にかけて我が国にも普及する中で、同サービスを介して音楽動画が大量に配信されるようになったことがある。CD等の売上減少に加え、2010年に有料音楽配信による売上も減少に転じた。
また、主として2013年以降には、我が国でもインターネット関連企業やICT関連企業が、複数のアーティストの楽曲を個人の嗜好に応じて無制限に視聴できる定額サービスを提供し始めており、2016年時点でのサブスクリプション(定額サービス)の音楽ソフト売上高に占めるシェアは5%程度にとどまるものの、急速にシェアが拡大している。
こうした中、インターネットを介した音楽動画の大量配信等によって、消費者の音楽に対する消費行動は変化している。
一般社団法人日本レコード協会によるアンケート調査48によると、2009年から2016年までに有料聴取層49は55.2%から32.6%まで低下した一方、無料聴取層50が29.4%から36.4%まで拡大しており、年齢別でみても、こうした動きは全年齢層でみられている。
これに対して、音楽関連企業ではアーティスト毎に音楽コンテンツを記憶した媒体を消費者に販売するというビジネスモデルから、音楽コンテンツを動画配信サービスやSNSなど無料のメディアで配信しつつ、これに興味関心を持つ幅広い層を中心に、アーティストのライブを提供するといったビジネスモデルにシフトしている51。
実際、音楽ライブの年間売上高52をみると、音楽ソフト売上高が再び減少に転じた2008年頃から、徐々に増加し、2013年以降は年平均17%以上の上昇率で急速に増加している(第3-2-2図(3))。同期間において一人当たりの平均価格が年平均6%程度で上昇する中で、入場者数も年平均10%で上昇しており、付加価値の向上とともに、多くの人を対象とする形で経済規模が拡大している。
この背景には、インターネット配信により楽曲が手軽に視聴できるようになったことで、消費者の選好が、アーティストや音楽をより身近に感じることにシフトした結果、ライブエンターテインメントに対する需要が新たに増加した可能性がある。
このように音楽業界では、インターネット無料動画サービスとスマートフォンの普及によって、旧来のCD等の音楽媒体に対する需要(「モノ消費」)は縮小しているが、これに代わりアーティストの演奏を生で聞くという体験型の消費活動(「コト消費」)が増加し、最近ではこうした「コト消費」が「モノ消費」を上回りつつある。
以上のように、デジタル経済の進展によって、財・サービスの消費形態は変化するが、企業努力によって派生需要が開拓されれば、かつてよりも需要が減少するとは限らないと言える。ただし、派生需要の開拓のためには、他の多くの産業においても、今後ますます創意工夫が求められる。
3 シェアリングエコノミーの拡大
スマートフォンの普及により、個人がいつでもどこでもインターネットにアクセスできる環境が整う中で、個人の保有する資産や時間などを、インターネットを介して不特定多数の個人の間で共有することが可能になってきている。こうした動きはシェアリングエコノミーと呼ばれ、様々な可能性と課題を生み出している。ここでは、まず、シェアリングエコノミーに関する概念や規模等を整理し、次にシェアリングエコノミーの代表例である民泊に着目して、これの経済的なインパクトと、政府が取り組むべき課題について議論する。
●シェアリングエコノミーの定義
シェアリングエコノミーとは、個人等が保有する活用可能な資産等(スキルや時間等の無形のものを含む)を、インターネット上のマッチング・プラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする経済活性化活動と定義される。
シェアリングエコノミーの例としては、住宅を活用した宿泊サービスを提供する民泊サービスのほか、一般のドライバーが自家用車で個人を目的地まで運ぶサービスなどがあり53、これらは従来型のサービスのように本業として資本を投下した企業が消費者に提供するサービスの取引(BtoC、Business to Consumer)ではなく、先のマッチング・プラットフォームを介して、不特定多数の個人間の取引(CtoC、Consumer to Consumer)や本業として追加資本を投下していない企業によるサービスである点が特徴である。
●シェアリングエコノミーは無形資産も含めた遊休資産の有効活用を促進
シェアリングエコノミーは我が国に偏在する遊休資産や個人の余った時間の有効活用の促進を促すほか、個人が多種多様なサービスを提供・享受することで、資源の効率的な活用とイノベーションが期待される。
特に、民泊サービスにおいてマッチング・プラットフォームを提供しているA社の例では、2015年において専用サイトにリストアップされている我が国における物件の貸主のうち、自宅以外の空き家などを活用している貸主の割合は約半数にのぼる。
●訪日外国人数が急増する中で、民泊サービスは受け皿として機能
近年、我が国に近接するアジア新興国における所得の増加やビザの発給免除措置等を含む政府による誘致政策等によって訪日外国人数が急増している54。こうした中、既存の宿泊施設が不足するとの指摘もあるが、他方で、仲介業者を介して民泊サービスを活用する訪日外国人が増加している。
この背景には、宿泊施設の増強といった追加の資本投下なしに、機動的に宿泊施設を提供できる点が挙げられる。実際、都道府県別にA社へのリスティング数の変化と、訪日外国人数の変化の関係をみると、正の相関が観察される(第3-2-3図(1))。
また、このように民泊の利用者数が一貫して増加する中でも、既存の宿泊施設の稼働率をみると、いずれも低下しておらず、高水準を維持している(第3-2-3図(2))。こうしたことから、A社に登録された民泊サービスが、既存の宿泊施設に対する外国人の需要を必ずしも代替しているわけではなく、むしろ供給力の拡大によって、潜在的な需要を獲得している可能性が考えられる。
●外部不経済を考慮した適切なルールの整備が急務
このように、民泊サービスは訪日外国人客の受け皿として一定の効果を持っている可能性が高い。しかし、民泊サービスの活用が活発化する中で、近隣住民の迷惑被害や治安の悪化、民泊の普及により通常の賃貸物件の供給量が減少し、賃料価格が高騰するといった外部不経済55が諸外国では指摘されている。
こうした外部不経済への対応について、諸外国の例をみると、例えばオランダのアムステルダム市では、住宅地において観光客による騒音被害等が発生したため、一部の仲介業者とアムステルダム市との連携により、民泊事業者(ホスト)に対して自宅を不在にする際に貸し出す日数の上限を年間60日とするルールを設定するなどの措置を取っている。
我が国では、住環境の維持、運営の質の担保に対する懸念から、民泊の提供上限日数を180日とし、民泊事業者(ホスト)の届出制、家主不在型事業者が管理を委託する管理業者の登録制及び民泊仲介業者(プラットフォーマー)の登録制等を定めた民泊新法(住宅宿泊事業法)が2017年6月に成立した。
シェアリングエコノミーの推進に向けた今後の施策の方向性については、シェアリングエコノミー検討会議中間報告書56において、次の3点が示されている。
第一は、自主ルールによる安全性・信頼性の確保である。シェアリングでは、サービスを提供する個人等が責任を負うことが基本であり、事故やトラブルへの利用者の不安を低減するためにも、シェアリング・プラットフォームを運営するシェア事業者団体による自主的ルールの策定等を進める必要がある。
第二は、グレーゾーン解消に向けた取組等である。事業者が、現行の規制の適用範囲が不明確な分野においても、安心して事業活動を行えるよう、法令の適用の有無について明確化する必要がある。また、そうした法令により許認可等が必要なものについては、政府が規制の見直しも検討する必要がある。
第三は、先行的な参照モデルの構築である。自治体とシェア事業者の連携をして実証を行い、シェアリングエコノミーの地域への導入に当たって克服すべき課題を特定し、さらにその解決に資するベストプラクティスモデルを構築する。これによりシェアリングエコノミーのメリットを広く他の地域に浸透させることができる。
4 Society 5.0での働き方のスマート化と新規技術の役割
ここでは、第4次産業革命における技術革新を活用して国民生活を豊かにするSociety 5.0を概観した上で、新規技術の導入によって実現が見込まれる働き方を展望し、その実現に向けた課題についてみてみよう。
●Society 5.0とは
政府は2017年6月に決定した「経済財政運営と改革の基本方針2017」において、Society 5.0(超スマート社会)の実現を目指した取組を打ち出している。Society 5.057とは、「サイバー空間の積極的な利活用を中心とした取組を通して、新しい価値やサービスが次々と創出され、人々に豊かさをもたらす、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く人類史上5番目の社会」とされている。少子高齢化が進む我が国において、個人が活き活きと暮らせる豊かな社会を実現するためには、IoTの普及などにみられるシステム化やネットワーク化の取組を、ものづくり分野だけでなく、様々な分野に広げ、経済成長や健康長寿社会の形成等につなげることが重要である。
●Society 5.0では、進展するICTの活用により働き方もスマートに
Society 5.0が実現すると、時間や空間に縛られない働き方が増加し得る。人々はAI、ロボット等の機械との協調により、それぞれの能力を伸ばし、自分自身にあった働き方を実現するほか、仮想現実や拡張現実等のICTを活用した高度なテレワーク58による「働き方のスマート化」が実現し得る59。
具体的には、決められた就業時間に会社に来て働くワークスタイルが見直され、自宅やカフェ等の好きな場所で自分の好きな時間に働くことや、ICT の活用によって、遠隔地にいる同僚があたかも同じ会議室にいるように働くことができるようになる中、移動を伴わず会合に参加したり、人とコミュニケーションを取ることが可能となる。
ただし、こうした変化は、人々が時間や空間を問わず「働かされる」ことではない。働いた時間による評価から、成果による評価に力点が移ることで、不必要な長時間労働はなくなるほか、長時間労働の是正に向けた施策が取られるようになると考えられる。
今後、Society 5.0の実現によって、個人が自分の意思で働く場所と時間を選択する、すなわち、自分のライフスタイルを自分で選べるような社会になることが期待される。
●テレワーク導入企業は13%と低いが、今後の活用により生産性向上に期待
それでは、こうした働き方のスマート化に向けて、我が国企業の取組はどの程度進展しているのであろうか。以下では、テレワークに焦点を当ててみてみよう。
まず、総務省「通信利用動向調査」により、テレワーク導入企業の割合の推移をみると、2005年末に約7%であるのに対し、2016年9月末でも約13%と6%ポイント程度しか改善していない。また、導入企業におけるテレワークを利用する従業員の割合を30%以上と回答した企業の割合は2011年末には12%程度で2016年9月末には13%程度とほとんど拡大していない(第3-2-4図(1)(2))。もっとも、テレワークを利用する従業員の割合が10%以上30%未満と回答した企業の割合は近年拡大している。
同様の調査で、テレワークを導入しない理由をみると、「テレワークに適した仕事がないから」が73.1%と、続く「情報漏洩が心配だから」の22.3%などと比較して圧倒的に大きい(第3-2-4図(3))。実際、テレワークの導入目的をみると、「定型的業務の効率性(生産性)の向上」が59.8%と大きいことが分かる(第3-2-4図(4))。すなわち、企業の多くは、定型的業務しかテレワークに適さないと考えている傾向がある。しかし、海外の研究60などでは、効率向上だけでなく、新製品の開発にも資するなど雇用者の創造力を高める点も指摘されている。
これに対して、国土交通省「テレワーク人口実態調査」(2015年度調査)で終日在宅勤務を実施したことのメリットを従業員61に聞くと、「通勤や移動の肉体的・精神的負担を減らせる」(64.3%)や「自分のために使える時間を増やせる」(44.9%)といった従業員の効用を高める回答も多い一方、「仕事に集中でき、業務効率が高まる(38.4%)」や「仕事を計画的に進められるようになる」(25.4%)という企業の生産性を高める上で効果的な回答も多いことが分かる(付図3-2)。
また、テレワークを導入しない企業の理由で、「業務の進行が難しいから」などマネジメント面の困難さを挙げる回答もみられたが、実際にテレワークを導入している企業の事例を見ると、在宅時の業務計画の提出とその内容の職場での共有、自宅勤務中の業務開始・終了、在席状況の報告等を通じて、マネジメント上の課題に対応している。
この点については、厚生労働省が実施したテレワークに関するアンケート調査62の結果をみると、テレワークを実施していない企業の懸念点として、「勤怠管理」、「情報セキュリティ」、「(テレワーカーの)スケジュール管理」が上位を占めたが、テレワークを実施している企業では、この3項目を課題と考える企業の割合は、テレワークを実施していない企業と比べて大きく減っているなど、実態と懸念との間にかい離がみられる(第3-2-4図(5))。
もっとも、テレワークを適切に導入するために、労働時間ではなく、成果で人事評価する環境が必要であることや、テレワーク従事者と簡単に連絡がとれるICT環境を構築することも必要である。総務省では、業務用のインターネット電話サービス63を利用して、テレワーク対象者とその上司がいつでもチャットやテレビ会議で連絡をとることができる体制を構築している。また、第2章でも指摘したように、仕事と家庭生活の両立のためには、労働者にある程度の裁量を与えることも重要である。
5 技術革新やグローバル化が雇用に与える影響
最後に、技術革新やグローバル化が我が国の雇用に与えてきた影響を分析することで、今後雇用を拡大していくための課題を整理しよう。
●プロダクト・イノベーションは雇用に正の効果
ここでは、技術革新によってプロダクト・イノベーションが生じたときに雇用が受ける影響について、企業の個票データ64を用いて検証してみよう。
まず、単純にTFPの上昇と雇用の変化の関係をみると、TFPが上昇すると雇用が減少するという負の相関関係がみられる(第3-2-5図(1))。
しかし、プロダクト・イノベーションに起因したTFPの上昇が雇用に与える影響をみるために、先行研究65に基づきR&D投資をTFPの操作変数66とし、これで雇用の変化を回帰すると、TFPの係数は正で有意となった(第3-2-5図(2))。これにより、TFPの変化と雇用の変化の間には負の相関関係があるものの、R&D投資に起因したTFPの上昇は、雇用を増加させる傾向があると考えられる。
このように「高い需要の成長を享受する新しいモノやサービスの誕生」であるプロダクト・イノベーション67は企業が生み出す財・サービスに対する需要を増加させるため、当該企業は労働需要を高めると考えられるが、先にみた第4次産業革命における新規技術の普及は、雇用にどのような影響を与えるのであろうか。
この点についてはAIやロボットによって既存の労働が代替され、企業の労働需要が減少する効果と、新たな財・サービスに対する需要の創出により労働需要が増大する効果の両方が考えられるが、どちらの効果が大きいかは事前には必ずしも明確ではない。
第4次産業革命が企業の労働需要を削減する方向に働くとする見方では、生産に係る仕事(タスク)の多くがAIやロボットに代替されるため、大部分の生産要素を資本ストックに依存する経済に移行する結果、多くの雇用が失われ、一部の高スキルの高所得者とそうでない低所得者の間で格差が拡大するとの指摘もある68。他方で、今後、大規模に雇用が喪失するという見方を支持しない向きもある69。この背景には、いずれ自動化され、雇用が大幅に喪失すると指摘されている職業であっても、その中にはAIやロボットに代替されやすいタスクと、自律的な働き方や人との頻繁なコミュニケーションを要するため代替されにくいタスクが存在することがある。同時に、既に長い期間にわたってタスクが様々に形を変えて進化している点が挙げられる。
●新規技術を導入した企業は雇用や賃金に対し総じてポジティブな見方
内閣府の企業意識調査を用いて、第4次産業革命における新規技術が雇用に与える影響について、我が国企業の見方をみてみよう。
第4次産業革命における新規技術が雇用に与える影響に関して企業の見方をみると、全体では「影響を与えない」ないし「わからない」との回答が多い一方、新規技術を導入ないし導入を検討している企業は、雇用が増加するとみる向きが多い(第3-2-6図(1))。
また、当該企業の賃金に与える影響については、「大きく増加する」ないし「増加する」の回答が、「大きく減少する」ないし「減少する」の回答よりも5倍以上も多い(第3-2-6図(2))。続いて、賃金が「大きく増加する」ないし「増加する」と回答した企業が挙げた理由をみると、新規技術の導入による収益の増加や高スキル(技能)労働者への需要が高まるためとの回答が多くなっている(第3-2-6図(3))。
このように、新規技術の導入に前向きな企業の多くは、新規技術により創出される需要の増加による生産量の拡大によって労働需要を高め、収益の拡大と高スキル労働者への需要増によって、平均賃金も上昇すると考えている。
今後、多くの企業が新規技術を導入することで新たな需要の創出が進めば、労働需要と賃金の増加につながると考えられるが、他方で、労働者の技能や職種によっては、新規技術によって代替される可能性がある点には留意する必要がある。このため、我が国においては、個々の働き手の能力・スキルを向上させる人材育成・人材投資の抜本拡充が今後ますます求められる。
●対外直接投資を始めた企業は国内の雇用も増やす傾向
次に、対外直接投資が雇用に与えた影響をみてみよう。第1節では、対外直接投資は生産性を高める効果があることを確認したが、雇用に対しては正負どちらの影響を与えるのであろうか。これを検証するために、企業の個票データ70を用いて対外直接投資を新たに開始した企業とそうでない企業における雇用の推移を比較すると以下の点が示唆される71。
第一に、対外直接投資を開始した企業は、対外直接投資開始年から国内雇用を増加させる一方、非開始企業は一貫して雇用を減少させる様子が見て取れる(第3-2-7図(1))。
第二に、国内雇用を増やす場合でもフルタイム従業者よりもパートタイム従業者を増やす場合もあるため、開始企業と非開始企業のパートタイム従業者比率の推移を確認すると、共に一貫して上昇してはいるものの、開始企業では、上昇度合いが相対的に緩やかなものにとどまっている。これと上の国内雇用の増加とを合わせてみると、フルタイム従業者の雇用を増やしていることが推察される72(第3-2-7図(2))。
●外資比率が高い外資系企業ほど国内企業よりも雇用者を少なくする傾向
第1節では、外資系企業は国内企業よりも生産性及び一人当たり賃金が有意に高い傾向があることを見たが、雇用者数の変化に関しては両者の間に違いはあるのであろうか。
これを確かめるために、企業の個票データ73を用いて外資比率が10%以上の企業を外資系企業と定義74し、外資系企業であるか否かが雇用者数の変動に与える影響をみると、以下のことが確認された。
第一に、外資系企業ダミーの係数は負で有意であるため、外資系企業は国内企業よりも雇用者数を抑制する傾向がみられる(第3-2-8図(1))。この結果は、外資比率以外にも雇用者数に影響を与えると考えられる企業規模(資本金、従業員数)や業種、設立年等の要因をコントロールした結果であるため、純粋に外資系企業と国内企業との間における雇用スタンスの違いを表していると考えられる。
第二に、外資系企業ダミーを、外資比率が10%以上33.4%未満、33.4%以上100%未満、100%の3通りに分けて、それらの係数を推計すると、3つのダミー変数のうち、10%以上33.4%未満の係数は最も小さいマイナスで有意ではなく、33.4%以上100%未満の係数は中規模のマイナスで有意となった(第3-2-8図(2))。これに対して100%の係数は3つのうち最も大きい規模のマイナスではっきりと有意となった。
以上の結果をまとめると、外資系企業は、国内企業よりも雇用者数を少なくする傾向がみられるが、そうした傾向は主に外資100%の企業において顕著であることが確認された75。言い換えれば、外資比率が100%でなければ、外資系企業であっても、我が国の国内企業よりも、雇用スタンスが厳しいものではない可能性がある。
もっとも、世界金融危機や東日本大震災時など我が国経済が大きな負のショックを被った時には、外資系企業は我が国から撤退しやすいほか、雇用を削減しやすいのではないかとの指摘も考えられる。
これを検証するため、先の外資系企業ダミーと世界金融危機時(2009年度)ダミーないし東日本大震災ダミー(2011年度)の交差項を含めて、雇用者数の変化に対する影響を再推計したところ、両変数に対する係数は有意にならなかった76(第3-2-8図(2))。これは外資比率100%の場合でも同様であり、このことから大きな負のショックに直面した時に、外資系企業は国内企業よりも雇用を削減しやすいとは言えない。
このように対外直接投資や対内直接投資などによって国内雇用に与える影響は異なっており、実証的には「グローバル化が雇用に悪影響を与える」とは必ずしも言えない。
もっとも、グローバル化のメリットを一部の労働者や特定の業種・規模の企業だけでなく、幅広い経済主体で享受するためには、成長産業の振興と当該産業への人材移動を促していく必要がある。このためにも、職業教育訓練等のリカレント教育等の充実など人材への投資が求められる。