第2章 働き方の変化と経済・国民生活への影響 第4節

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第4節 働き方改革を進めるために

これまでの本章の分析を要約すると、同一労働同一賃金の取組や長時間労働是正等の働き方改革を進めることは、<1>労働者の技能向上や企業の設備投資を促すことで生産性を高めることが期待されるほか、<2>労働参加率を高め、多様な労働者の参加が実現することにより、相対的に所得の低い層や子育て世帯等の所得の底上げにつながることが期待される。また、共働き世帯の増加や長時間労働の是正・柔軟な働き方に伴う余暇時間の拡大は、それぞれ家事を代替する消費やレジャー活動に伴う支出の増加に寄与する可能性も考えられる。このように働き方改革を推進することは、働く人の意思や能力に応じて多様で柔軟な働き方を選択できる社会の実現につながるとともに、経済面においても、我が国経済の成長力の抜本的な強化に資するものとなると考えられる。今後、働き方改革を進めるためには、企業、労働者、政府が協力して、それぞれが直面する課題を乗り越えながら推進していく必要がある。こうした観点からは、大きく4つの課題が存在している。

第一は、働き方の変化を生産性の向上の好循環に着実につなげるための取組である。効率性を高めるような物的・人的な投資の強化や、それを活用するためのマネジメントの見直しを行い、生産性の向上の成果を、WLBの改善や賃金の形で労働者に還元し、より生産性を高めていくという好循環を創っていくことが重要である。第二は、多様な人材の活用のための取組であり、多様な人材が適正に評価されるような体制の見直しや、様々な事情を抱えつつ労働参加する人々を支えるサポート体制を強化することが重要である。第三は、転職が不利にならない柔軟な労働市場の整備である。これにより、一国経済全体でみて生産性の高い部門への円滑な労働移動を促すことも期待される。第四は、労働法制や雇用ルールの順守を担保し、労働者の権利を保護するための取組である。

以下では、これらの課題について、具体的な対応のあり方を論じる。

1 生産性向上に向けた投資とそれに合わせたマネジメント

生産性向上に向けた投資の強化とマネジメントの見直し

長時間労働の是正や柔軟な働き方の導入は、第2節で述べたように、労働者の勤労意欲や定着率を高めるとともに、業務効率化のインセンティブを増加させ、生産性向上に寄与する。その際、公正な評価制度の策定、管理職による仕事量や進め方、柔軟な業務分担の見直し、フレックスタイム制度の併用、企業内における労働時間の専門委員会等の設置といったマネジメントの見直しを並行して行うことは、生産性向上の程度をさらに高めることが、これまでの研究で明らかになっている58

こうしたことに加えて、非正規雇用の処遇改善と並行した職業訓練の対象の拡大による技能の強化、省力化投資や柔軟な働き方のための環境整備といった取組を行うことも、働き方の変化による生産性向上の効果をさらに高めることにつながると考えられる。

テレワーク普及やフレックスタイム制等の導入を進めるには、ICT化投資を強化することが必要になるが、これまでのところ、あまり進展していない。特に、中小企業ではICT投資が進んでいないが、これは中小企業の財務状況が良好な場合にあっても、中小企業の業況感は大企業等に比べて低く、リスクに対する認識が高いことが示されていること等から資金を保有するインセンティブが高いと考えられる。また、企業規模が小さい場合、労働者数が少ない場合、個人のカバーする職務範囲が広く企業の業務フロー等が明確化していないことや、新しい技術を使うための人材を育成する時間を確保することができないといったこともICT投資を制約している可能性がある。

政府は、WLBの向上にもつながる省力化投資について、中小企業に対する助成や税制上の措置を講じており、今後、制度の活用等により、生産性向上や効率化に向けた投資が進むことが期待される。

新規技術の導入に向けた人材投資、再教育の在り方

近年、IoTの普及やスマートフォン等を通じた電子商取引等の拡大など、ICTを利用した業務が様々な分野で拡大しており、ICT等に精通した人材を求める動きがあるが、現時点においては十分な人材の確保が進んでいない状況となっている。こうした技術革新が急速に進む分野では、企業が自社だけで従業員の教育を進めることには限界がある。

従業員の少ない企業においては、自身でOFF-JTに関するプログラムを立ち上げることも難しく、例えば専門学校等の外部機関を活用することが効率的であろう。2014年10月以降、厚生労働省の認定するコースや計画に対して労働者側に給付される「専門実践教育訓練給付金」や事業者側に訓練経費や訓練中の賃金を助成する「人材開発支援助成金59)」等の整備が進められている。我が国の25歳以上の有業者のうち大学等に通うなどして再度教育を受けたいとする需要はあるものの、実現している割合は低く、各国との比較においても就業後に大学に通う割合は低い水準にある60。職場側が明確なスキルニーズを示し、こうした助成金の利用を進めることにより、外部機関も活用した労働者の能力向上と長期的な労働参加への期待は高まる。

生産性向上の成果の分配

長時間労働の是正によって、一人当たりの労働時間を短縮すると、給与支給体系が時間給である人や残業が恒常的に多い人については、月収ベースでの賃金が減少することになりかねないとの懸念もある。これは、労働時間の長短によって給与が判断され、結果として労働時間の減少に伴い得られる収入が減少するということを示す。こうした懸念があると労働者の勤労意欲が減退し、働き方の見直しによる生産性を向上させるインセンティブが損なわれる可能性に留意する必要がある。しかし、過去の欧州諸国等で労働時間短縮が進んだ経験からは、一人当たりの労働生産性が高まり、その成果が時間当たり賃金の上昇という形で労働者に還元されていた。80年代後半から90年代にかけた我が国の動きについて振り返ってみても、労働生産性に見合う一人当たり雇用者報酬の伸びがみられている(前掲第2-2-8図)。

今後、人手不足が進行することが見込まれる中で、月収ベースでの賃金が低下することは、良い人材の確保という面からも不利になる可能性がある。こうした点を考慮すると、生産性向上の成果を処遇の改善という形で労働者にも還元していくことが期待され、勤労意欲の向上や定着率の上昇を通じて、さらに生産性を高めるといった好循環の実現が望まれる。

2 多様な人材を活用するための取組

多様な人材活用のためのマネジメントや職務区分の在り方

働き方改革の進展により、今後、多様な雇用形態下で働く者やテレワーク等の柔軟な働き方を選択している社員、育児や介護等との両立を図る社員、転職者など多様な働き方を選ぶ社員が増加することが見込まれる。こうした多様な働き方をしている人材が活躍できるような労働環境を整備するためには、職務区分の定め方、多様な人材の個々の事情を考慮した上でのマネジメントのあり方が重要である。例えば、女性の職員比率や管理職割合の高い企業は、生産性が高いという実証結果があるが、実際に資産価値等の評価についてみると、女性の役員比率が産業平均よりも低い企業は総資本利益率(Return on Assets,ROA)が低い状況となっている(第2-4-1図)。しかし、こうした研究の示唆する点としては、女性の数が増えたことそのものではなく、WLB施策等をはじめとして多様な人材が効率的に働ける仕組みを取り込むことで、パフォーマンスを高めるということである61

男女共同参画の観点からも、管理職や技術職への女性の積極的な登用が求められているが、これまでのところ、その増加は限定的なものとなっている。その背景としては、これまでの我が国企業の慣行として、生え抜きで管理職を養成してきたことから、管理職を登用する基準として勤続年数等を評価することも多く、マネジメントに関する専門的な教育の機会が少なかったことがあげられる。そのため、管理職として据えられる適当な女性の候補がいないことや、技術者については、育児等で離職した女性の技術者のキャリアが途絶えてしまう等の問題が指摘されている62。管理職として必要なマネジメントに関する技能の蓄積や、一度離職した女性のリカレント教育など個人の学び直しを支援する取組を進めることが重要である(第2-4-2図)。

多様な働き方と労働者の裁量に配慮した勤務体制整備

多様な働き方が求められる中、企業でも、フレックスタイム等の労働時間制度やテレワークといった柔軟な働き方を導入する取組が進められている。こうした取組に向けた企業側の体制整備は、障害者や高齢者、子育てや介護等に係る者などが、個々の生活を重視した形での労働参加を進めるにあたって重要であると考えられる。

ただし、2016年時点でフレックスタイムの利用率は7.8%、テレワーカーの割合は7.7%程度にとどまる63。フレックスタイムを導入している企業については、90年以降、徐々に増加したが、2000年代半ば以降は徐々に減少し、2016年時点で4.6 %にとどまっている(第2-4-3図)。テレワークの利用人口は今後増加が期待されるが、まだ啓発段階にあるといえる。テレワークを利用することの利便性として、自由な時間が増えることや通勤時間を短縮できること、とっさの事態に対応できることがあり、特に通勤を含めた拘束時間を短縮することのメリットが主として掲げられている64。テレワークで仕事をする際のICTツールの利用は、コミュニケーションの空間的時間的な制約を緩めることが特徴であり、こうした特徴を生かすことで、これまで労働参加がみられなかった主体の労働参加をもたらし、継続して就業する割合を増やすことができると考えられる。中でも、テレワークやその他のICTの整備は、障害者の就業促進の側面もある。何らかの障害を抱えている人も活躍できるような設備の導入が図られれば、多くの就業の機会が広がることも期待される65

ただし、テレワークの実施については、そのセキュリティ環境の確保の問題のほか、労働者の仕事と家庭生活との境界をあいまいにし、かえって負荷を高めてしまう懸念があることも指摘されており66、ICTの活用が生産性を高めることに対する副作用ともいえる。テレワークが浸透している各国の研究において、高度化するICTの利用により、仕事が密になりスピードを求められることにより、ストレスを増大させるとともに、仕事と家庭生活の境界をあいまいにする作用が示されている。場合によっては就業者の家庭生活との葛藤(ワーク・ファミリー・コンフリクト、WFC)を増してしまい、就業者の心身の健康を損なう可能性も指摘されている。また、フレックスタイム制度の活用についても、労働者の裁量が少なく、企業主導で導入された場合には、生産性の向上の効果が小さくなるという事例もあり67、ただ導入すればいいというだけではない。

こうしたテレワークやフレックスタイム制度の実施等を進めるには、職務範囲の設定や労働者の裁量の確保も含め、より難しいマネジメントが求められることになる。一方で、こうしたマネジメントにより、長時間労働を是正し多様な働き方を同時に取り入れることができれば、労働生産性を上昇させることが可能となるだろう68

3 転職しても不利にならない柔軟な労働市場

柔軟な労働市場に対応した人材評価制度

終身雇用制とも称された線型の日本的なキャリアパスを変えるには、転職や再就職など新卒以外の多様な採用機会を拡大し、転職が不利にならない柔軟な労働市場を確立することが重要となる。高い付加価値を創出する企業に円滑に労働が移動していくことにより、国全体としても生産性が高まることが期待される69

転職市場の現状をみると、転職後賃金が低下し、それを挽回できないとする労働者の割合が高く、転職後に離職をする確率は同じ職場に働き続ける場合よりも高い(第1章コラム)。転職後の賃金や処遇の決定については、転職先の企業が、それまでの労働者側の経験をどう評価するかということが大きい70。実際に、アンケートによれば、転職者の受入れを行う企業側は転職後の賃金の処遇を決める際に、転職者の能力を評価する仕組みがないことなどが挙げられている。こうした課題については、転職・再就職の拡大に向けて職業能力・職場情報の見える化を図ることが重要である。転職前の職場のキャリアを継続的な人材評価につなげようとする取組としてはジョブカード等があり、この取組は転職後のキャリア形成に有用であったとの結果も示されている71。2016年度末段階で約175万人が取得している。今後の制度普及・活用促進に向けた検討が進められている。さらに、2017年3月末に決定された働き方実行計画では、年功ではなく能力で評価を行う人事システムの導入支援、職業に関する情報等を総合的に提供するサイト(日本版O-NET)の創設などの対応が示されている。

業種を超えて活躍できる人材の育成と活用

産業構造が大きく変化する中で、業種を超えた転職・再就職を目指す人も増えてくることが想定される。1995年から2015年の産業別の総労働時間と付加価値の変化の推移を見ると、産業によっては総労働時間が増加する一方で、労働時間当たり付加価値が減少している(第2-4-4図)。今後、業種を越えた労働移動を支援し、各分野での付加価値を高めていくためには、学び直しの機会の拡充を含めて人材育成を強化することが重要である。たとえば、学校教育においても、産業構造の転換に合わせて、将来的な産業界のニーズの取込みを図ることが重要であり、産学と政府が連携した取組が求められている。具体的には学校教育のカリキュラムに基礎的な教養課程や専門的な課程を充実するだけではなく、特定の専門分野の学習を端緒として、これに隣接する分野や関連する分野に応用し発展させる訓練の課程を広げていくことで、学んだ内容を生産活動等の現場に応用していくことが掲げられる。また、教育機関における専門的教育を積んだ学生(例えば博士学位取得者)がインターンシップ等により企業で働く機会を持つなど、産学交流の場を設けるといった支援も考えられており、こうした双方向の取組が重要な役割を果たすと考えられている。

4 労働法制やルール等の順守

労働市場における監督監視や企業評価

働き方の改革が実効性を持つためには、まず大前提として、策定された労働法制や労働ルールが順守される必要があることは言うまでもない。

労働基準監督機関は事業場の監督等を通じてその実効性を確保する役を担っている。我が国の労働基準監督官の人数は2016年度で3,241名と雇用者1万人に対して0.62人となっている。同様に各国の状況をみると、雇用者1万人あたりで英国の0.93人、フランスの0.74人、ドイツ1.89人となっており、我が国の割合は諸外国に比して低い水準にある。2015年から月100時間超の残業が行われているすべての事業場等に監督指導を行っていたところ、2016年度からは監督対象を月80時間超に拡大している。こうした監督対象の拡大のほか、インターネット等を用いたより多くの情報提供に対応するためには、体制の充実が重要になってくる。さらに、たとえば自動車の運転者は地方運輸局からの通報情報提供体制等があるが、労働基準監督機関と関係行政機関との連携も重要である。

女性や若者等が活躍しやすい環境整備のため、様々な取組が行われている。たとえば、女性の活躍推進の観点から政府のウェブサイトで、労働時間や男性の育児休業の取得状況、女性の管理職比率など女性が活躍するために必要な企業の情報が公表されるよう、必要な制度改正を検討することとされている。また、女性活躍促進法と若者雇用促進法に基づき提供する職場情報等を集約するなどの一体的な取組が進められることとなっている。


(58)Bloom et al.(2012)等
(59)旧キャリア形成促進助成金。平成29年度より、生産性向上に資する訓練に重点化する観点から制度改正を行うとともに、企業が雇用する労働者の職業能力の開発のために行う職業訓練に対して支援するという趣旨を明確化するため名称の変更が行った。
(60)東京大学 大学経営・政策研究センター「大学教育についての職業人調査」(2009年)によれば、大学卒業者の社会人に対して修士課程への修学希望を尋ねたところ、15%が「機会があれば修学したい」、34%は「関心はある」としており、およそ半数程度が該当する。一方で、OECD教育データベースによれば、大学院修士課程入学者のうち30歳以上の割合について、各国平均で3割となっているのに対して、日本は13%程度とかなり低い水準となっており、社会人学生の学びの機会が少ない状況であることがうかがえる。
(61)高村(2014)によれば、女性の職員比率が高いことが企業の生産性を高めていることを, 山本(2014)によれば、女性の職員比率が高いことについては、企業がWLB施策等を取り入れているかどうかによって生産性に差が出ることを示している。
(62)理系人材について、企業側が求めるニーズがうまく転職対象者に受け取られていないという議論も提示されている。平成28年8月に示された「理工系人材育成に関する産学官行動計画」によれば、産業界における能力と意欲に応じた適材適所での理工系人材の活躍促進が課題となっていることについては人材の流動化が進んでいないことを挙げている。
(63)厚生労働省「就労条件総合調査(平成28年)」、国土交通省「平成28年度テレワーク人口実態調査」による。テレワーカーについては、テレワーク制度等に基づく雇用型テレワーカーの割合。
(64)国土交通省「テレワーク人口実態調査」による。
(65)労働政策研究・研修機構「情報通信機器を利用した多様な働き方の実態に関する調査」(2015年)によれば、テレワーク対象者の範囲として、障害などがある社員に対して終日あるいは1日の一部を在宅勤務とするとしている企業が2割以上存在する回答を得ている。
(66)坂本(2015)
(67)Golden(2011)
(68)前掲の労働政策研究・研修機構による調査では、実際に企業側にとりテレワークを実施する目的として「生産性の向上」が上位に掲げられており、従業員側に対するアンケートにおいても、「業務の効率が上がった」とする回答が多い。
(69)山本・黒田(2016)では、企業と従業員のマッチパネルデータを作成した分析を行っている。社員の勤続年数の長い企業においては、中途採用等を高めて雇用の流動性が高まることで生産性が上がるが、すぐに社員が離職している企業では生産性が低まることを検証しており、流動性には逆U字カーブが存在することを指摘している。
(70)厚生労働省「転職者実態調査(平成27年)」を参照。
(71)労働政策研究・研修機構(2013)を参照。
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