第2章 働き方の変化と経済・国民生活への影響 第2節

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第2節 働き方改革が生産活動に及ぼす影響

本節では、働き方改革が経済の生産活動面(供給サイド)に与え得る影響について考察する。働き方改革の中でも、とりわけ長時間労働の是正、同一労働同一賃金など非正規労働の処遇改善、柔軟な働き方がしやすい環境整備といった取組は、人的資本の強化や業務の効率化による労働生産性の向上、多様な人材の労働参加の促進に寄与し、我が国経済の供給面の強化に資すると考えられる。

以下では、働き方改革が、どのような経路で労働生産性や労働参加の拡大に寄与するかに焦点を当てて分析を行う。

1 働き方改革が生産活動に与え得る影響とその経路

働き方改革が生産活動面に与える影響については、大きく分けて、労働生産性の向上と労働参加の拡大の2つの効果があると考えられる。

人的資本の強化や効率的な働き方による生産性の向上

まず、働き方改革が生産性の向上に寄与する経路について、労働者側からみると、同一労働同一賃金等の非正規雇用の処遇の改善は、職務や能力が正当に評価されることを通じて、労働者の働くモチベーションを高め、能力開発のためのインセンティブをもたらすことが考えられる。また、長時間労働の是正によって、肉体的・精神的な負担が軽減されることが業務の効率性を高めるとともに、能力開発のために割く時間的な余裕をもたらすと考えられる。

企業側にとっては、非正社員の処遇の改善を進めた場合、その技能向上や企業への定着に対するインセンティブが高まり、企業の行う職業訓練など人的資本への投資が促進される可能性がある。また、長時間労働の是正や柔軟な働き方の導入等は企業が省力化投資や業務見直しを行うインセンティブを高め、また、優秀な人材の採用や離職率の低下等を通じて生産性を改善させることが期待される。

多様な人材の労働参加の拡大

働き方の変化が労働参加を拡大させる経路については、主に、働く意思はあるものの労働参加を躊躇してきた人に対して、労働参加の障壁を低めることにより実現されると考えられる。具体的には、長時間労働の是正や柔軟な働き方がしやすい環境整備は、育児や介護など個々人の直面する事情に応じて、働く時間や場所を選択できる働き方などを可能にし、働く意思を持つ多様な人材の労働参加を促すことにつながる。また、同一労働同一賃金などによる処遇改善も、短時間労働などでの就業を希望する人の働くインセンティブを高めると考えられる。

以下では、働き方の変化によってもたらされ得るこれらの効果について、労働市場の現状や国際比較を踏まえて、より詳細に考察する。

2 正社員と非正社員の理由なき格差の是正と能力開発

同一労働同一賃金等の取組が進み、非正社員の処遇を検討することの効果は大きく二つ考えられる。まず、非正社員と正社員が類似業務に従事しており、賃金等の面で処遇に格差がある場合、この処遇改善が行われれば、非正社員が感じている不満等が解消され、仕事を継続するモチベーションとなるだろう25。また、正社員と非正社員の処遇を客観的に判断するために人事評価の対象となる職務や技能等が明確になることは、労働者側には資格の取得を含めて人的資本投資への関心を高めることにつながると考えられる。職員の定着率が高まることは、企業側にとって能力開発を行うインセンティブを高めること等につながるだろう。こうしたことから能力開発への取組が強化され、労働生産性が向上していくことが期待される26

企業の行う訓練は正社員に対するものが多い

企業が従業員に実施するOJT(職場内の業務を通じた訓練、On the Job Training)やOFF-JT(職場の外部で行われる訓練)は、対象が正社員であっても、また、非正社員であっても、その能力を高め、生産性への貢献度合いを高くすると考えられる。しかしながら、そうした計画的OJTやOFF-JTを実施する事業所は、2000年代初めに減少した。これは、バブル崩壊後の経済の低迷が続き過剰雇用が発生する中にあって、急激な人員整理を避けて若年採用を控え、賃金や福利厚生を含めた人件費抑制を行う中で教育・訓練費も抑制してきたことの影響が考えられる27。その後、2013年以降については、企業収益が回復する中で、計画的な職業訓練を実施する企業も増えてきている。しかしながら、企業の行う職業訓練については、正社員を対象に行っている事業所が多いという傾向に変化はない。厚生労働省「平成28年度能力開発基本調査」によれば計画的OJTを正社員に対して行っている事業所は約6割、非正社員に対して行っている事業所は約3割であり、OFF-JTを正社員に対して行っている事業所は7割であるのに対して、非正社員に行っているのは4割に留まっている。また、OFF-JTを受講した者の割合は正社員で5割弱、非正社員では2割程度となっている(第2-2-1図)。

他方で、企業を取り巻く環境の変化を考慮すると、企業の内外における職業訓練の必要性は一層高まっている。最近は、情報通信技術(ICT)等の技術の進歩やグローバル化に合わせて必要となる能力も多岐にわたるものとなっており、企業側としても、職業訓練の多くをOFF-JTに頼る必要が増している。また、費用対効果の観点から、事業所や企業が独自に職業訓練を実施することができないことも多い。特に中小企業では、労働者の数が少なく、自社のみで訓練プログラムを組むことが非効率的であることから、業界団体等が提供するプログラムの利用や、専門学校等の外部リソースを用いる場合が多くみられる(第2-2-2図)。こうしたニーズもあり、2014年には専門実践教育訓練にかかる教育訓練給付金28が創設されるなどの環境整備がなされてきている。

企業の能力開発投資が生産性に与える影響

企業の行う訓練が、正社員・非正社員を問わず個人の生産性向上をもたらす効果は過去の実証研究でも示されているが、こうした能力開発の取組が、企業レベルでも高い生産性をもたらしていることを確認できるだろうか。また、企業はどのような要因で能力開発費を決定しているだろうか。こうした影響を確認するため、企業レベルのデータである経済産業省「企業活動基本調査」を利用して、企業の能力開発費29と生産性との関係を分析した(第2-2-3表)。

まず、企業の能力開発費がどのような要因に影響を受けているかを調べると、前述の通り、正社員を対象としてOJTやOFF-JTを行っている企業が多いことから、正社員比率が高いと能力開発費が高くなる傾向にあるほか、企業は収益の一定割合を能力開発費に回すという傾向を反映して30、売上高が大きくなると能力開発費が高まることが確認された。また、採用等で従業員が増加することやソフトウェア投資の高い企業で能力開発費が高くなっていることから、新人等の研修やICT導入に対応した技能訓練が行われていると考えられる。

こうした能力開発費を増やす企業の特性のほか、各期の労働投入量やソフトウェアを含めた資本投資を考慮に取り入れつつ、全要素生産性(TFP)と能力開発費の増加が与える影響をみたところ、およそ1%の能力開発費増加に伴い、TFPが0.03%程度増加するという結果が得られた。このように、企業が社員の能力開発を行うことは、企業の生産性を高める効果を持つものと考えられる。

労働者の主体的な自己啓発が広がる

労働者は社内でのキャリアアップや、本人が希望する職業に就くために自己啓発に取り組む。特に近年、昇進の要件として資格の保有等を重視する企業も増えており、調査によれば、正社員も非正社員も「現在の仕事に必要な知識・能力を身に着けるため」や「将来の仕事やキャリアアップ」、「資格取得のため」といった理由で自己啓発を行っている割合が高い(第2-2-4図(1))。

自己啓発を妨げる理由としては特に、非正社員では、「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない」といった回答が正社員に比べて大きいことが特徴的である。今後、非正社員の職務の明確化や正社員への移行も含めた継続雇用への見通しが立つような取組が進めば、職場での職業訓練に加えて「自己啓発」という点での人材育成も進むことが期待される。

なお、「時間がないこと」が自己啓発を妨げる要因だとしている割合については、正社員・非正社員を問わず最も高く、特に60時間以上働く者では、そのように考えている割合が8割を超えている。長時間労働に直面する社員の拘束時間を減らし、自由に使える時間を増やしていくことは、社員の自己啓発の機会を拡大する大きなチャンスとなり得ることも示唆される。長時間労働の是正については、省力化投資や効率的な働き方につながることから生産性を向上させることが期待され、その詳細は次項において述べるが、自己啓発の時間を確保するという観点からは、長時間労働の是正が社員の能力を向上させ、生産性につながる経路も想定される(第2-2-4図(2))。

3 長時間労働是正と柔軟な働き方の導入による生産性向上

長時間労働是正は雇用者の心身の健康を確保する点が最も重要であり31、柔軟な働き方を導入していくことは雇用者のWLBを改善するといった望ましい効果が期待されるが、ここでは生産面への影響に注目し、長時間労働の是正や多様な働き方が労働生産性の向上といった効果をもたらす経路について考察する。

国際的には労働時間が短いと生産性が高い傾向

国際的にみると、一人当たりの労働時間が短い国ほど、一人当たりの労働生産性も高いという相関関係がみられる。第2-2-5図によると、2015年時点のOECD諸国の中で最も一人当たり労働時間が短いドイツの総労働時間は1,300時間であり、我が国の総労働時間の約8割に相当する。他方、一人当たりで測った労働生産性は、ドイツは我が国の水準を50%近く上回っている。単純に、こうした国際的にみられる一人当たり労働時間と労働生産性の相関関係を当てはめれば、一人当たり労働時間が10%減少すると、一時間当たりの労働生産性は25%高まる計算になる。

長時間労働の是正や多様な働き方が労働生産性を高める経路

これまでの研究によれば、長時間労働の是正や柔軟な働き方の導入などWLBの取組を進めることは、大きく4つの経路を通じて企業の労働生産性の向上につながる可能性が示されている(姉崎, 201032)。第一は、労働者のモチベーションを高める効果である。具体的には、WLBの改善によって、士気の向上や欠勤等の減少といった効果が生じることが考えられる。第二は、企業がWLBの推進を社外にもアピールすることで、企業に優秀な人材が集まりやすくなることによるものである。第三は、WLBを推進することにより、従業員が継続して就業しやすくなり、採用コストや初任者に対する教育研修コストが低下することによるものである。第四は、企業がWLBの実現のために、業務の効率化への工夫や、業務分担の見直しを行うことによるものである。

内閣府経済社会総合研究所による研究等では、WLBの取組が生産性向上につながる上記の4つの経路について、実際のデータに基づいて定量的な効果が検証されている33。また、WLBの推進を労働生産性の向上につなげるために、並行して取り組むことが有効な方策として、公正な評価制度の策定、管理職による柔軟な業務分担の見直し、フレックスタイム制度との併用、仕事量・仕事の進め方の見直しが重要であり、また、労働時間監視を図る専門的な委員会34等を設置することも効果があることが指摘されている(第2-2-6表)。

長時間労働是正の取組と生産性の関係

労働時間の短縮を含む企業のWLBの取組は、実際に企業の生産性に影響を与えるのだろうか。ここでは、企業アンケート調査の結果と該当する企業の財務データをマッチングさせたデータ35により、WLBの取組と生産性の関係を分析する。

この調査の結果によるとWLBに取り組んでいると回答のあった企業のうち、その具体的な取組としては、長時間労働の是正が64%程度と最も多く、多様な働き方の推進が38%程度、教育訓練休暇制度が16%程度、テレワークが6%程度となっている(第2-2-7図(1))。WLB施策と生産性との関係については、WLB施策が生産性を高める側面と、業績が良く余裕のある企業がWLB施策を導入するという両方向が考えられるため、企業の属性でみて近いもの同士について36、WLB施策を実施した場合とそうでない場合の生産性の効果を推定している。結果、長時間労働是正策を講じる場合や長時間労働是正策とテレワークを併せて実施する場合について、生産性を引き上げるという効果がみられた。特に、会社の創立年や労働力の増減で企業を分類した分析の結果をみると、企業の創立年が新しい企業において、長時間労働是正策とテレワークとの組合せを実施することが生産性を向上させる効果が高い。これは、新しい企業では、仕事のやり方や組織の硬直性が少なく、WLB施策の導入が効果的に進んでいる可能性を示唆していると考えられる。また、企業を労働者の移動(転職や離職が多いか少ないか)で分類した場合についてみると、労働者の転職や離職が少ない企業の方が、長時間労働是正策を実施する効果が高い状況がうかがえる(第2-2-7図(2))。

これまでの労働時間短縮の経験

次に、マクロ経済的な観点から、労働時間の短縮と生産性向上について欧州諸国や日本の過去の経験を振り返ってみよう(第2-2-8図)。

そもそも欧州諸国において労働時間の短縮が進められた背景には、80年代の雇用情勢の悪化に対して、労働時間を短縮して雇用を維持しようとするワークシェアリングの考え方があったとされている。また、女性の労働参加率の上昇や短時間労働者の増加もあって、労働時間は80年代から2000年代にかけて大きく短縮された37

ここでは、同じ基準でデータの国際比較が可能な95年以降について、一人当たり労働時間、雇用者数、時間当たりの労働生産性、時間当たりの賃金、資本装備率の推移を欧州の3か国とアメリカ・日本で比較を行った。まず、労働時間と労働生産性の関係をみると、いずれの国でも、一人当たり労働時間の減少に伴い、時間当たりの労働生産性が上昇している様子が見られる。日本では95年~2015年の20年間で1割ほどの労働時間削減が行われると同時に2割程度の労働生産性の上昇がみられた。また、ドイツやフランスでは、同時期に、1割程度の労働時間削減が進み、3割近い労働生産性上昇がみられた。スウェーデンやアメリカでは労働時間の短縮は日本より小幅であったが、労働生産性は4割近い伸びを示している。こうした労働生産性上昇の背景として、フランス以外の国では一人当たり資本装備率が上昇しており、労働時間の減少を資本装備率の増加で補ったと考えられる。ただし、日本では2005年まで資本装備率が上昇したものの、その後10年は低下傾向にある。

また、労働時間の短縮に対して、いずれの国でも雇用者数は増加しており、結果として、ある程度のワークシェアリングが実現している。ただし、ワークシェアリングのように、雇用の維持を目的として労働時間が削減されるならば、労働時間の削減の影響は雇用者数の増加を優先して賃金は抑制気味になるはずであるが、実際には、スウェーデンやフランスなどの欧州各国の時間当たり賃金は労働生産性の伸びを越えるほど上昇している。この結果、労働時間が短縮したものの、月収での賃金にほとんど変化がなかったため、時間当たりでの賃金が上昇したと考えられる38。他方、日本では上記の時期に一人当たり賃金の伸びは1割程度にとどまったが、これは、この期間の労働時間短縮が賃金水準の低い短時間労働者の増加によるところが大きかったためと考えられる。

さらに、短時間労働者の影響を除いてみるために、上記の比較よりも時代を少し遡って我が国の80年代以降の状況を詳しくみてみよう。日本では、87年の労働基準法の改正により、法定労働時間が1週48時間から40時間に短縮され、その後段階的に実施された。こうした法定労働時間の削減に伴い、この期間の一人当たり労働時間が減少したが、資本装備率は80年から95年の15年間で1.5倍に急激に上昇し、時間当たりの労働生産性は80年代から高まり続けた。結果として時間当たり賃金も生産性と離れることなく同等の伸びを見せ、80年対比で5割程度上昇した計算となる。

以上のように、欧州諸国や80年代の日本にみられる労働時間の短縮は、資本装備率の上昇もあって、時間当たりの労働生産性の上昇が実現し、結果として、時間当たり賃金も労働生産性に見合った上昇がみられた。

非製造業において低迷する資本装備率

労働時間の短縮を進める中で、生産性を向上させるためには、業務の効率化と並んで、省力化のための資本装備率を高めることが重要である。この点は、既にみたような欧州や日本の過去の経験からも示唆される。我が国の80年代以降の一人当たり資本装備率と従業員数の関係性をみると、製造業においては労働投入の増加を抑制しつつ資本装備率を高めることで、その一人当たり生産性を高めていった。これと比較して、非製造業の労働投入は総じて増加し続けている(第2-2-9図)。

アメリカやドイツの製造業においては同様の傾向がみられ、非製造業においては建物等を除く機械設備等でみた資本装備率の上昇は緩やかながらも続いており、製造業の約半分程度で推移している。これに対して、我が国の非製造業の資本装備率については、2000年台後半から低下し、2015年時点で製造業の4割以下となっている(第2-2-10図)。同時期の我が国非製造業の付加価値上昇に寄与しているのは、専らマンアワー、特に雇用者数の増加によることが確認できる。

資本装備率の伸びが低い業種

非製造業の業種別に機械設備等の動向をより細かくみると39、運輸業は、非製造業の中で資本装備率は比較的高い水準にあり、2000年代後半から伸びがみられる。また、我が国では、卸売・小売や宿泊飲食業では緩やかながら増加の傾向がみられるが、福祉業については、労働者の増加割合に比べて資本の増加が少なかったことから、その資本装備率は徐々に低下している。アメリカやドイツでは福祉分野についても上昇または横ばいで推移しており、この点で日本と動向が異なっている。今後、労働時間の減少に伴って、生産性を高めるためには、効率的な働き方に向けた投資がこれらの分野で実施されることが期待される(第2-2-11図)。

我が国では、保健・福祉、卸・小売業、陸運業といった業種では人手不足が顕著となっており、今後雇用者の大幅な増加を見込むことはさらに難しくなることを考慮すると、新規技術の導入も含めた投資など生産性向上のための取組が求められる。例えば介護分野等では、パワースーツの導入等により要介護者のケアに対する負担を減らし、IoTシステムと連携した高性能カメラの導入等による見守り体制の充実といった対応が模索されている。陸運業等においても、荷役のロボット化や人口知能(AI)を用いた自動走行車両等より少ない人手でより多くの荷物を運べる仕組みの開発が進んでいる。こうした新しい技術の実装化においては規制改革等との連携が必要である。

人手不足の中で必要となる資本投資

日銀短観の雇用人員判断DIでみると、非製造業では、製造業と比べても人手不足が顕著になっているが、資本装備率はほぼ横ばいとなっており、人手不足に直面している業種の多くで、課題を認識しつつも投資が十分には行われていないのが現状である(第2-2-12図)。他方で、近年の企業収益の拡大により、企業の内部留保率は高まっている。企業規模別にみても、大企業だけでなく、中小、中堅企業においても内部留保率の水準は近年急速に高まっており、総じてみれば、企業の資金余力が充実する中にあって、省力化のための設備投資が今後増加していくことが期待される(第2-2-13図)。

4 非正社員の処遇改善とWLB施策がもたらす多様な労働参加

以下では、働き方改革が、労働参加の拡大や、マンアワーでみた総労働供給にもたらす影響等について考察する。

多様な労働時間の選択と労働参加率の高まり

長時間労働の是正や柔軟な働き方がしやすい環境整備は、働く時間や場所の選択の幅を広げ、育児や介護をはじめ、各人の状況に応じて、働き続けることを可能とする。こうした柔軟な働き方への動きと相まって、同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善は、現在は非労働力となっている人の労働参加意欲を高めるとともに、人事評価等の明確化により、離職等で寸断したキャリアを再開する際の処遇や今後のキャリア形成に関する見通しが利くようになることが期待される。育児や介護との両立を支援する取組の強化は、さらに幅広い層の労働参加を後押しすることになる。実際に、2001年の育児・介護休業法成立以降、育児短時間勤務等の普及への取組が進められてきている。2005年時点で3割程度の事業所のみが同制度を採用していたところ、2015年には約6割の事業所が同制度を導入するなど定着してきている(第2-2-14図)。また、こうした両立支援策を労働者が利用可能となる時期について、最近では、3歳までにとどまらず、子どもが小学校に入っても利用可能とする事業所が多くなってきた。こうした中で、女性の継続就業の割合も高まっている40

一人当たり労働時間とマンアワーでみた総労働供給に与える影響

働き方改革によって、長時間労働の是正が進むことで、特に正社員の一人当たり労働時間は短くなることが期待されるが、他方で、働く時間や場所を選択できる柔軟な働き方が普及し、また、非正規雇用の処遇の改善が行われることにより、これまで労働時間を抑制していた主体、特に、女性や高齢者は労働時間を長くする可能性も考えられる。

実際、短時間労働者ではより長い時間働きたいと考えている主体が多く、最近65歳以上の層で追加的に就業を希望する割合に増加傾向がみられる。こうした主体が現状よりも長い時間を継続的に働けるような環境が整えば、人手不足解消にも貢献する可能性があると考えられる(第2-2-15図)。

働き方改革が、我が国経済全体としてのマンアワーでみた総労働供給に対して与える影響は以下の両面が考えられる。一つには、長時間労働の是正によって正社員の一人当たりの労働時間が短縮され、マンアワーが減少する可能性であり、もう一方は、既に述べたように非正規の処遇の改善や柔軟な働き方の導入によって、これまで労働時間を抑えてきた女性や高齢者が労働時間を延長させ、これまで働いていなかった人材の労働参加が進み、マンアワーが増加する可能性である。どちらの効果が強く生じるかは一概には言えないが、個人のライフステージや家庭の事情等に応じて自由に働き方を選択できることは、生活の質を高めるとともに、有効な人材活用につながり、成長の原動力となりえると考えられる。

コラム2-2 労働時間と拘束時間

勤務時間のうちには休憩の時間帯も含まれる。休憩時間については、我が国の場合労働基準法(第34条)により、6時間超8時間以下の就業においては45分の、8時間超の就業については少なくとも1時間以上の休憩をとることが義務付けられている。実際、勤め人の一日の時間の使い方をみると、男女とも、6割程度が12~13時の時間帯に食事、休息あるいは静養の時間を取得している。仮に、休憩を要しない(あるいは休憩時間が通常より短い)短時間の労働時間を設定すれば、休憩時間を省略できる分だけ拘束時間も短くなり、育児や介護等の理由で短時間労働を希望する労働者にとっては利便性が高まるとの意見もある。

また、通勤時間は男性の勤め人の平均が65分となっており、テレワーク等の推進はこうした労働に付随する拘束時間の軽減に資することが期待される。

コラム2-2図


(25)厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査(平成26年)」によれば、仕事内容、賃金、労働時間等の観点からの満足度を尋ねているが、仕事内容、やりがいの面では正社員と非正社員で満足度に大きな違いはないが、賃金の面においては不満あるいはやや不満としている割合が、正社員では29.6%であるのに対して、非正社員は34.2%とやや高くなっている。
(26)実際、原(2014)では、計画的なOJTやOFF-JTの受講によって正社員についても非正社員についても仕事遂行能力やスキルレベルが上昇していることや、正社員についてはOJTとOFF-JTを組み合わせて訓練を受けている場合に賃金の上昇があることを示している。また、労働政策研究・研修機構(2011b)によれば、非正規から正規社員への移行にプラスに働く要因の一つとしてとして、直前職でのOFF-JTの受講経験があることなどがあげられており、非正規社員は企業内訓練を受けられる人の割合は小さいものの訓練を受けた非正規社員の仕事能力や生産性は高くなることを示している。一方で、その賃金上昇が観察されていなく、労働生産性の計測には留意が必要であるといえる。
(27)内閣府(2013)では、84~2001年までの労働省「賃金労働時間制度等総合調査(現就労条件総合調査)」における教育費の総労働費用に占める割合について調べ、88年に38%であったが90年代に入ってから低下し、2001年には25%にまで下がったことを示している。
(28)教育訓練給付金は、厚生労働大臣が指定する教育訓練講座を受講する場合に支払われる給付金。給付要件としては、「受講開始日現在に、在職者であって、雇用保険の被保険者期間が10年以上(初めて支給を受けようとする場合は2年以上)あること等を要件とし、厚生労働大臣の指定する教育訓練を受講し修了した場合に支給するものとなっている。平成26年10月から制度が拡充され、新たに中長期的なキャリア形成を支援するため、最大で受講費用の60%(年間上限48万円)を給付する「専門実践教育訓練の教育訓練給付金」が始まっており、平成27年度における受給者は約1万人となっている。
(29)この調査では、能力開発費については、「講師・指導員経費、教材費、外部施設使用料、研修参加費及び研修委託費、大学への派遣・留学関連費用、大学・大学院等への自費留学に当たっての授業料の助成等」が含まれている。
(30)内閣府(2013)においては、年齢の影響を除いて、総労働費用に占める教育費の割合を調べたところ、その割合はほぼ一定であるとの試算を示している。
(31)長時間労働の心身への影響については、岩崎(2008)、Kuroda and Yamamoto(2016)等を参照。
(32)各経路を通じた生産性への影響についての先行研究結果については付表2-4を参照。
(33)内閣府経済社会総合研究所の当該研究では、仕事と生活の両立支援策について、従業員一人当たりの売上高に与える効果計測を試みている。この研究によると、法定を超える育児休業制度の導入が売上高にプラスの影響がみられるほか、社外からのサーバアクセスが可能な仕組みを取り入れる等のICT技術を導入している企業においてその効果が高いことが示されている。また、従業員への意識調査からは、施策の導入が従業員の仕事への意欲を高めること、また、育児休業制度等により女性が出産・育児にかかわらず継続的に就業することから、賃金プロファイルを高める動きがあることを確認している。アンケートの概要と主な結果については山田・吉田(2009)を参照。
(34)労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(平成4年法律第90号)によれば、事業主は、労働時間の設定改善を図るため必要な措置を講ずることとされており、労使の話合いの機会を整備するための労働時間等設定改善委員会の設置することが重要な取組として示されている。
(35)内閣府の「生産性向上に向けた企業の新規技術・人材活用等に関する意識調査」による。この調査は企業の第4次産業革命における新規技術の活用実績及び予定やそれに伴う経営戦略・組織構造・人材育成等の見直しについて調査したものであるが、調査項目の一つとして「従業員満足度を向上させるために実施している取組」としてWLB施策の取組状況を尋ねている。調査の概要は付注3-4を参照。
(36)ここでは、企業の属性によってWLB施策を実施しやすい確率(傾向スコア)を計測し、その近しい企業を比較することとした。詳細は付注2-3
(37)欧州でも、国によって労働時間が短縮された経緯は異なっている。ドイツでは、労働組合をベースにした労働協約で労働時間を定めており、85年から90年代半ばにかけて労働協約上の労働時間は週40時間から35時間に短縮され、その後短時間労働者比率の高まりもあって労働時間の短縮が進んだ。スウェーデンにおいても、83年から88年にかけて労使協約によって週40時間から38時間に引き下げられたが、その後も、女性の労働参加率が高まるにつれて労働時間の短縮が進んだ。フランスでは、82年に法定労働時間を週40時間から39時間に引き下げた後、2000年にはさらに35時間に引き下げた結果、労働時間の短縮が進んだ。
(38)欧州では、労使間での交渉や、最低賃金労働者の月当たり賃金改変が違法とされたこと等から、労働時間減少による賃金低下を十分補うほどに時間当たり賃金が上昇したケースが多かった。この結果、総労働コストの上昇もあって、法定労働時間等の変更が雇用創出に貢献することはなかったという研究も存在する。(川口・鶴(2010))
(39)ここでは、各国共通で資本装備率が高い電力・ガス等の都市インフラに関連する業種を除いている。
(40)国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」によれば、第1子出産後の就業継続率(出産前に就業していた人が出産後も就業する割合)は、2005~09年には40.4%であったのに対して、2010~14年には53.1%と上昇している。
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