第2章 新たな「開国」とイノベーション 第4節
第4節 まとめ
本章では、日本経済が海外に対して開かれている度合い、過去のグローバル化、あるいは今後のさらなる「開国」のメリットとリスク、グローバルな知識経済化に対応したイノベーションの在り方について分析した。要点をまとめると以下のようになる。
(我が国は貿易投資面で世界経済の成長取り込みが不十分)
最初に、世界経済のメガトレンドを整理した。2000年代後半以降、世界経済における新興国の存在感が急速に高まったことはいうまでもない。同時に、その過程で、新興国、途上国を巻き込んだ自由貿易協定の拡散、世界的な知識経済化が進み、各国間の競争と連携が活発化している。一方で、構造的なリスク要因の存在が浮かび上がっている。新興国の旺盛な需要を背景とした資源・エネルギー制約の強まりや、世界的な流動性の積み上がりとインバランスの拡大などは、すでに資源価格の高騰や金融危機の形で顕在化したが、依然として新たな火種となりうる。また、新興国の中でも中国やNIES諸国では早晩、生産年齢人口の減少が見込まれ、政策運営いかんでは過剰設備の顕在化などのリスクを抱えている。
こうしたなかで、日本経済のグローバル化は着実に進んできたが、国際比較の観点では必ずしも十分とはいえない面がある。貿易面では、確かに、2000年代において我が国の実質輸出は比較的堅調に伸びたが、名目ドルベースの伸びは緩やかで国際的に見劣りがする。また、その結果、世界貿易に占めるシェアは大幅に低下した。一方、自国経済の規模と対比した貿易額(貿易開放度)は高まったが、国際的に見ると低い。貿易開放度は経済規模が大きい国では低いのが通例であるが、その要因を勘案しても我が国の水準は低い。その背景の一つに、FTA等への参加の遅れが指摘できる。
直接投資についても、対外、対内ともに残高は増加してきた。しかし、経済規模を勘案した上で、投資開放度の大きさを評価すると、対内投資が著しく低水準であることが分かる。一方、我が国がかつて不得手としていた人的交流では、誘致努力がある程度成果を生んでいる。訪日外国人数は、人口規模を勘案すると他の先進国とそん色のない水準に達している。高度人材の受入は低水準ながら着実に増加してきた。留学生の受入も国際的にはまだ少ないが、言語面でのハンディを勘案するとそれほど低水準ではないとの評価も可能である。ただし、今回の震災を受けて、訪日外国人の減少が目立っており、態勢の立て直しが急務となっている。
(「開国」を進める本質的なメリットは生産性の向上)
国内需要の成長に大きな期待ができない我が国企業にとって、海外の成長の取り込みは重要な課題である。実際、海外売上高比率の高い企業は、その企業が直面する需要の見通しが高めである。企業活動のグローバル化は従業員への利益配分を抑制し、労働分配率の押下げに寄与した局面もあったが、一方で分配の原資を拡大して賃金の改善をもたらすという効果も見られた。また、直接投資収益からの配当金の形での国内還流は着実に増加しており、他の主要先進国との対比でも、配当性向が低いとはいえない。
貿易や投資を通じたグローバル化は、海外需要の取り込みだけでなく、様々なルートを通じて国内における生産性上昇という効果をもたらす。したがって、FTA等の効果にも、輸出促進に加え、消費者メリットの拡大や企業間・産業間の資源の再配置による効率化などが含まれる。なお、特に農業については、その基盤が脆弱化してきたことを踏まえ、貿易自由化の有無にかかわらず、生産性向上、高付加価値化等を通じた再生が急務である。外資系企業の受入は、国内企業へのスピルオーバー効果も期待できる。サービスの貿易が少ない我が国にとって、非製造業の生産性向上に対する対内直接投資の潜在的役割は大きい。
資源の輸入依存度が高い我が国は、資源価格高騰による交易条件の悪化リスクに常に晒されている。同時に、価格が下落しやすい電気機械等の輸出比率の高さも、交易条件の悪化傾向をもたらしている。資源価格高騰による交易条件悪化は実質消費にマイナス、電気機械等の価格下落による需要増加は実質輸出にプラスであり、内需不振、外需主導の体質の背景となっている。資源効率の改善や非価格競争力の向上が課題である。また、企業の海外展開が進むと、為替レート変動の国内の雇用見通しへの影響が高まる点に注意が必要である。金融面のリスクのグローバルな伝播に対し、国内金融機関の自己資本増強等を通じた対応も重要となっている。
(グローバルな知識経済化の下で高まる「無形資産」の重要性)
さらなる「開国」が生産性を上昇させるとしても、それが雇用の削減による労働生産性の上昇に終わるのでは縮小均衡となる。新しい技術や考え方を取り入れ、イノベーションを通じた生産性向上が必要である。いまや新興国も機械類の輸出が増えるなど、大括りの産業分類では高所得型の貿易構造になっている。我が国は研究開発集約型やマーケティング主導型の財、あるいは創造的サービスといった分野の輸出競争力が高いとはいえず、貿易構造の一層の知識集約化が課題である。
我が国の民間企業は研究開発費を多く支出しているが、それが必ずしも高収益に結びつかず、研究開発効率の向上が必要である。そのためには、技術でも独自開発は得意分野に集中し、不得意分野は海外との提携を進めることが重要になる。一般に、我が国企業は伝統的に技術の「自前主義」が強く、オープンイノベーションへの取組が遅れているとされる。実際、海外との関係でも、特許保有、技術提携、科学論文など様々なレベルで国際連携が相対的に弱い。外資系企業との共同研究や海外拠点での研究開発を重視する企業は増えており、今後の展開が期待される。
研究開発に注力するだけでは収益向上に効率的に結び付かない可能性がある。ブランドの構築、経営組織の改善、教育訓練による人材の質向上を含めた「無形資産」が蓄積され、適切に組み合わされることが重要である。先行研究を踏まえて我が国民間企業の無形資産投資を推計したところ、付加価値の1割強に達することが分かった。しかし、我が国の無形資産投資は、アメリカと違って有形資産投資を依然下回っている。また、研究開発のウエイトが高い反面、組織改革への投資が少ないのが我が国の特徴である。海外売上高比率の高い企業ほど無形資産投資の多寡が評価に影響しやすいことからも、グローバル化に伴う無形資産の重要性の高まりが示唆される。