第3章 豊かさを支える成長力 第4節
第4節 まとめ
本章では、「需要面の拡大は供給面での対応があって初めて可能」との問題意識から、質の高い雇用と生産性の向上、環境問題への対応を通じた取組、新たな国際分業の下での競争力のあり方について検討した。
●人口が減少するなかで一層求められる生産性向上を通じた賃金上昇
我が国では、2000年代前半には建設業や製造業から医療・福祉を含めたサービス分野への継続的な雇用シフトが生じている。その結果、サービス分野での雇用は、マクロ的には、生活水準から想定される潜在需要にほぼ見合った水準にある。この間のサービス分野の雇用拡大は、女性や高齢者の労働力化で支えられた。ただし、需要シフトは恒常的であり、専門・技術職、サービス職を中心に求人倍率が高いなど、職業間のミスマッチは解消しない。ミスマッチの緩和には賃金の調整機能が発揮されることが重要である。
過去を振り返ると、一人当たりGDPの成長には労働生産性の上昇が最も寄与してきた。生産性の上昇は、しばしば「人減らし」と捉えられがちである。実際、個々の業種に着目すると、生産性上昇率の高い業種では就業者数の減少も大きい。しかし、マクロ的には、生産年齢人口が減少するなかで、一人当たり労働時間が短縮される一方、「就業率」が高まっている。一般に、マクロ的に生産性上昇率が高い国ほど賃金上昇率も高い傾向にある。ただし、2000年代の我が国では、輸入物価の高騰で生産性上昇による果実の過半が海外に流出した。
今後、潜在的な労働需要の拡大が見込まれる例として、IT分野や介護分野がある。ITの利活用は多くの業種で生産性向上の鍵ともなる。IT人材の不足感は景気低迷でやや沈静化したが、質の面での不足感は根強い。生産性への貢献度を報酬に適正に反映し、賃金による調整機能を発揮させることが課題である。介護分野も賃金を含めた待遇の改善によるミスマッチの緩和が課題である。保険制度による制約があるものの、この分野でもITの活用等を通じた生産性の向上が鍵となる。
●環境分野でのメリット確保のため持続可能な政策枠組みが重要
我が国は、すべての主要国による公平かつ実効性のある国際的枠組みの構築と意欲的な目標の合意を前提に、2020年までに温室効果ガス25%削減という野心的な目標を宣言した。我が国は以前から排出効率が高かったが、欧州主要国で改善が進んだ結果、現在はこれらの諸国と同程度である。我が国の課題として、石炭・石油依存の高さを背景とした産業部門の排出効率の低さがある。省エネ、石油依存度の引下げは、海外への所得流出が生じやすいというマクロ経済上の脆弱性を克服するためにも重要である。
温暖化対策を含め、環境規制を遵守するには追加的投資が必要であり、その限りでは企業にとってコストとなる。一方、環境対応のために研究開発が進み、イノベーションが生じれば、企業のみならずマクロ経済にもメリットになる。実際には、環境規制に伴う投資増は、少なくとも短期的には生産性にマイナスと考えられる。一方、中長期的には省エネ、環境関連製品の売上等を通じたプラスの効果の存在も指摘されている。生産性上昇につながるような研究開発を促すため、持続可能な政策枠組みの下で、十分なリスクマネーが供給されることが重要である。
環境規制は新たな市場、ひいては雇用を生み出すと期待される。もっとも、環境関連市場は政策依存というリスクを伴う。また、新興国を含め各国が一斉にしのぎを削る分野であり、我が国の比較優位にも一部で陰りが見られる。一方、「グリーン雇用」の実態はリサイクル流通、建設、修理といった非製造業が中心である。そこでの課題は質の高い雇用の創出であり、人材育成を含めた生産性の向上が前提となる。その際、雇用の安定が鍵となるが、そのためにも持続可能な政策枠組みの構築が求められているといえよう。
●国際環境の変化に対応した企業の収益力向上とビジネス環境の整備が課題
我が国の対外直接投資は、リーマンショック後は低水準となっているが、それ以前には新興国向けを中心に増加基調にあった。また、低いとされてきた投資収益率は、資源関連が好調だったこともあり上昇傾向にあった。我が国企業の海外進出の結果、企業収益に占める現地法人の存在感が増してきている。特に、リーマンショック後には欧米での利益率が大幅に低下する一方、アジアやその地域での利益率は高水準を維持している。
内需主導型への転換が叫ばれるが、外需が生産や設備投資の多くを誘発してきたのも事実であり、そこから生ずる所得を原資に内需を育てていく発想も重要である。一方、中国を初めとする新興国が台頭するなかで、最終財のみならず中間財の一部でも我が国の比較優位が失われつつある。中国に進出した我が国企業の現地法人は、調達、販売で現地自活型になりつつある。もっとも、その規模が急速に拡大しているため、我が国から見ると輸出先としても重要性はむしろ高まっている。
2000年代を振り返ると、欧米企業と比べたときの我が国企業の収益力の弱さは大きく変化していない。低い資本コストに守られながら、資源高や新興国の台頭といった環境変化のなかで防戦に回った様子が見て取れる。対内直接投資は幾分増加したが、他の先進国と比べ依然低水準にある。我が国はハード面ではビジネス環境が整備されている。今後は、税負担のあり方や高度人材の確保といったソフト面を含め、我が国を企業活動に相応しい国とするための取組が必要と考えられる。