第1章 着実に持ち直す日本経済 第4節

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第4節 まとめ

本章では、「景気悪化の結果として重荷を背負った日本経済だが、これらをどう克服するか」との問題意識から、実体経済から見た景気の動向、物価の動向と金融資本市場、財政を巡る論点について検討した。

●公共投資の減少が見込まれるが、民需が安定的に伸びれば景気腰折れに至らず

日本経済は、リーマンショック後の厳しく深い景気後退を経て、持ち直し局面にある。ただしこれは輸出や経済対策の効果にけん引された面が強く、国内民需を中心とする自律的な回復には今一歩の状況にある。今後はいかに持続的な回復軌道に乗せていくかが課題である。対外経済環境を点検すると、輸出は海外景気の改善に見合った「巡航速度」で増加し、実質実効為替レートは比較的安定しているが、原油価格の上昇が懸念材料である。公共投資の減少が見込まれるが、過去の経験によれば、民需が安定的な伸びを示せば景気の腰を折る可能性は低い。
企業部門では、輸出の増加などに支えられ、生産が持ち直している。今後の焦点は設備投資が回復に向かうかどうかである。企業収益は改善しており、稼働率も持ち直しているなど、設備投資回復に向けた環境は整ってきた。その一方で、稼働率の水準は依然として低く、過去の設備投資底打ちの時期の水準にようやく近付いてきた程度である。また、ストック調整の観点からも、期待成長率の低さを踏まえると、先行きに楽観はできない。内外の需要構造が大きく変化し、既存の資本ストックの陳腐化のテンポが通常より速まっている可能性もあるが、見極めが必要である。
家計部門では、雇用情勢には依然厳しさが残るものの、所得面では底堅い動きが出てきている。さらに、最近の個人消費の持ち直しの背景を振り返ると、経済対策の効果が大きいことはもちろんだが、同時に、マインドの持ち直しや対策の対象外の耐久財が売れている点も指摘できる。対策が当初の予想以上の効果を示したのも、こうした自律的要素に支えられた面があると考えられる。一方、出遅れていた住宅も着工ベースでは持ち直してきており、住宅取得能力の改善やマンションの在庫調整の進展が見られる。

●デフレ状況の改善には需要喚起とともにデフレ予想の払拭が重要

現在のデフレを2000年代前半の状況と比べると、日用品などで価格が下落した品目に広がりが見られ、消費者の低価格志向が定着したことがうかがわれる。こうした物価下落の直接の原因は、原油価格等の輸入要因を別とすれば、リーマンショック後の景気悪化を受けた大幅な需給ギャップの拡大と期待物価上昇率の低下である。また、サービス物価の動向には賃金が重要である。デフレは実体経済に様々な影響を及ぼすが、需要との関係では、実質金利の上昇等を通じた設備投資の抑制効果や耐久財消費の先延ばし効果が確認できる。
リーマンショック後は各国とも需給ギャップが拡大したが、デフレに陥ったのは我が国だけである。その背景として、我が国ではバブル崩壊後の調整が長引いた結果、過去20年程度にわたって慢性的な需要不足状態が続いたことが指摘できる。こうしたなかで、低い期待物価上昇率が定着し、デフレ脱却が困難になったと考えられる。また、この間の景気回復期には輸出の寄与率が高く、我が国製造業は新興国等との価格競争を余儀なくされた。この過程で生じた労働コストの低下圧力がサービス業にも影響し、物価の基調を弱めた面もあろう。
金融資本市場は、株価が持ち直すなど全体として正常化しつつある。ただし、我が国の株価は、円高などを背景に相対的に回復が遅れている。この間、企業の公募増資が盛んとなり、財務基盤の強化が進められている。金融機関の自己資本比率も上昇している。金融政策は、デフレ脱却を目指す方針を明確化した上で機動的な対応をとってきている。引き続き、政府と日本銀行が一体となって、物価安定の下での持続的な経済成長を実現するために政策努力を重ねていくことが重要である。

●金利動向について楽観は禁物、緩やかでも持続的な財政再建への取組みが必要

リーマンショック後の厳しい景気後退を受け、各国とも財政が悪化しているが、我が国では構造要因も加わって財政赤字が拡大した。今後、債務残高のGDP比を押さえ込むには基礎的財政収支の改善が必要だが、歳入が不安定なことなどから容易ではない。過去20年にわたり、我が国は財政の持続可能性を失っている。経済成長率が金利を恒常的に上回る状況に期待するのではなく、堅実な財政収支改善努力が求められる。
一般に、財政赤字の拡大は長期金利を上昇させる傾向がある。我が国の長期金利は低い成長率と物価上昇率を反映して低めであり、財政の悪化が押上げに働いているがその寄与は小さい。我が国を含め経常収支黒字国では財政要因の長期金利への寄与が小さいが、今後の高齢化の進展を踏まえると楽観はできない。先進諸国の財政再建の経験を踏まえると、財政再建成功の鍵は緩やかであっても持続させることである。また歳出削減が重要だが、我が国の場合は歳入構造の脆弱性を克服する必要もあり、両面での努力が求められる。ただし、具体的な財政再建の進め方については、景気動向を踏まえつつ検討すべきであることはいうまでもない。
国際的な財政構造変化の潮流として、グローバル化を反映した法人税収比率の収れん、高齢化を反映した社会保障支出の増加と民間部門の役割増大などが指摘できる。我が国の財政構造についても、間接税収比率の上昇や、歳出面における公共投資から社会保障支出へのシフトなどを通じ、先進国の平均的な姿に近づく傾向が見られる。こうしたなかで、社会資本の生産力効果は長期的に低下してきたが、近年では低下テンポが緩やかになっている。また地域経済においても、公共投資の削減を社会保障給付がある程度補う形となっている。

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