第3節 不確実性、社会保障制度と家計行動 第4節

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第4節 まとめ

本節では、第3章の分析で明らかとなったことを要約する。

●非正規雇用者の直面する所得リスクは高い

近年の労働市場の構造変化は、非正規雇用の増加で特徴付けられる。非正規雇用は、女性や高齢者を中心に多様な就労ニーズの引き受け先となってきたが、一方で、正規雇用者と比べ平均的な賃金が低いのみならず、失業に陥りやすいなど大きな所得変動リスクを抱えている。また、非正規雇用者を巡るセーフティネットが不十分な点も指摘されている。
このような非正規化は日本だけでなく先進国共通の動きであるが、雇用保護規制が厳しい国ほど非正規雇用への依存が進む傾向にある。先進国の中では、日本は雇用保護規制の度合いが緩めであるが、にもかかわらず非正規化が進んでいる。雇用保護規制が厳しい国では、平均失業期間が長くなる傾向やリスクに対する備えから貯蓄率が高くなる傾向が示唆される。また、我が国におけるデータに基づくと、非正規雇用者が世帯主の場合、他の条件を一定とすれば、家計貯蓄率が高い傾向が見られる。
多くの国で、非正規雇用の増加や雇用保護規制の緩和により、経済にショックが生じたときの雇用調整が速まっている。ただし、日本の雇用調整速度は、国際比較の観点からは依然低いグループに属する。正規雇用における長期雇用慣行が根強く残り、不況でも当面は雇用保蔵が行われる状況を反映していると見られる。実際、今回の景気低迷を受けて、各国で雇用調整が進んでいるが、GDPの減少率との対比で失業率の動きを評価した場合、我が国はドイツ等より調整が速いが、アメリカ等と比べ遅いようである。

●景気回復こそが最大の格差対策

賃金、家計所得の格差の拡大傾向は続いている。賃金格差の拡大には非正規化が寄与したと見られるが、最近は緩やかとなっている。家計所得の格差拡大には、引き続き高齢化等の人口動態要因が寄与している。
景気後退が格差を拡大させるメカニズムとして、失業の増加が挙げられる。特に、相対的貧困率は失業率の動きに影響を受ける可能性がある。そこで、失業を加味した賃金格差を試算すると、2002~2007年の景気回復局面ではむしろ格差は縮小していたことが示唆される。長期にわたる失業は、キャリアの中断による人的資本の損耗をもたらす。したがって、その増加は中長期的な賃金格差の拡大にもつながりうる。以上から、景気回復こそが最大の格差対策である、と考えることができよう。
一方、こうしたなかで所得再分配が格差縮小に果たす役割が高まっている。税については再分配機能が低下しているが、高齢化の影響から社会保障による再分配効果が高まっている。これは、先進国共通の現象である。なお、「所得再分配調査」を用いた場合、我が国はOECD加盟国の中では再分配効果が相対的に低い。実は、我が国の再分配の様子をやや詳しく見ると、高齢者以外の年齢層では所得再分配後もほとんど格差が変化していない。また、社会保障を含め、これまでの制度改正の効果だけを取り出すと、再分配効果は低下している。このように、公的年金中心の現行の再分配制度は、現役世代の格差是正という観点からは限界があるといえよう。

●社会保障制度への信頼醸成が個人消費下支えに寄与

家計行動の前提となる「消費者マインド」は、株価や新規求人倍率などの影響を強く受ける性質を持つ。また、家計の貯蓄動機を尋ねると、「病気などの備え」「老後の生活資金」と答える者が多い。一方、我が国のマクロの貯蓄率はすう勢的に低下してきた。これは、高齢化の影響が大きく効いており、その要因を除くと2000年以降緩やかな上昇傾向となっている。実際、30歳代、40歳代に着目すると、貯蓄率が上昇傾向にある。家計は不確実性への備えとして貯蓄を行う面もあるため、雇用環境の不透明さが貯蓄率の押し上げに寄与している可能性がある。
国民経済に占める社会保障給付の割合は、高齢化等のため一貫して増大してきている。これは先進国共通であり、各国で給付と負担のバランスを確保しつつ制度の持続可能性を高めるための改革が進められている。その結果、多くの国で年金の所得代替率は低下している。また、医療、介護などの分野でも、制度改革が進んでいる。こうしたなかで、我が国の世論調査によれば、現在の社会保障制度に対する国民の満足度は必ずしも高くない。一方、欧州における年金への信頼に関する世論調査を見ると、北欧諸国など信頼感の高い国もあるが、ドイツ、フランスなどでは信頼していない者が非常に多くなっている。
一般に、年金に対する信頼感が低い国ほど、高齢化要因を調整した貯蓄率が高い傾向がある。一方、我が国のデータからは、老後の生活不安や年金に対する不安が、老後の必要貯蓄額を引上げるという関係が確認できる。また、医療費の負担増への不安が強い家計は、消費を抑制気味になるという結果も得られている。したがって、社会保障制度に対する国民の信頼感を高めていくことが、過剰な貯蓄を削減し、個人消費の下支えに資するものと期待される。

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