第1章 急速な景気後退に陥った日本経済 第4節

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第4節 まとめ

本節では、第1章の分析で明らかとなったことを要約する。

●外需、企業部門中心の急速かつ厳しい景気後退

今回の景気後退は、2008年9月のリーマンショックの前後で2つの段階に区分できる。リーマンショック前は、アメリカを中心とする金融不安、景気の減速、原油価格等の高騰などから、我が国の景気も緩やかながら弱まりを示した。リーマンショック後は、世界的な金融不安が金融危機へと発展し、世界同時不況と呼ぶべき事態に陥り、日本経済は急速な悪化を示すようになった。
こうした景気後退の特徴を、「速さ」「長さ」「深さ」で評価すると次のようになる。まず、リーマンショック後に絞ってGDPや鉱工業生産の動きを見ると、過去にない速さの景気悪化であった。景気後退の長さは現時点で確たることはいえないが、すでに過去の平均的な後退期間である16か月を経過した可能性が高い。また、GDPギャップや稼働率で見る限り、急速な悪化が続いた結果として、深い景気後退となったといえよう。
一方、部門別の特徴を見ると、世界的な同時不況の影響は、貿易の縮小、日本からの輸出の減少の形で強く現れた。そのため、金融面と比べ実体面のダメージが目立ち、また、内需に対して外需の落ち込みが大きくなっている。さらに、外需減少の影響を直接受けた企業部門の状況が、家計部門と比べて急速に悪化した。しかし、実体面の悪化は不良債権の増加などを通じて金融面に影響を及ぼす33。また、企業部門の悪化は雇用調整などを通じて家計の状況を悪化させる。リーマンショック後には個人消費も緩やかながら減少に転じ、その意味でも日本経済は厳しい状況となったといえよう。

●日本の外需減少が特に大きかったのは、輸出の品目構成の違い等のため

世界的な景気後退の中で衝撃的だったのは、リーマンショックのあと、日本における外需の減少、結果としてGDPの減少が主要先進国中で最大となったことである。これは、輸出相手国の内需の落ち込み、輸出に占めるウエイトの高い自動車やIT製品への影響の集中、円高などが重なったためである。
外需が落ち込んだ結果、我が国の経常収支は減少し、貿易・サービス収支は赤字化した。そのかなりの部分はアメリカのGDPギャップのマイナス幅拡大など、世界の景気悪化で説明できる。したがって、世界経済が回復するにつれ、経常収支は均衡水準に近づくと考えられる。しかし、これまでのアメリカの景気拡大が多分にバブルの要素を含み、それが今後は剥落したままであるとすれば、我が国の収支改善もその分制約されるであろう。
また、今回は一時90円前後の円高となり、これが景気悪化に拍車を掛けた面もあるが、一時的な円高であったため、その影響も限定されたといえよう。一方、自国通貨高の景気へのマイナスの影響を国際的に比べると、日本は相対的にはそれほど大きくない。また、製品差別化等で非価格競争力をつければ円高に対する脆弱性をさらに緩和できる。国内の流通効率化等により円高の消費者物価への波及効果を高めることも重要である。一方、均衡レートを見ると、日本で賃金の上昇が抑制される形で輸出産業の競争力が高まり、円高方向に推移してきた面もある。もっとも、90円前後の円高は、このような均衡レートから見ても、日本の輸出企業にとって厳しいものだったと考えられる。

●外需回復の浮揚力を活かしながら、内需と合わせた双発エンジンでの回復を目指せ

我が国の過去の回復パターンを見ると、外需主導であったことは否めない。また、「二番底」「L字型回復」も、外需の腰折れや弱さによって生じてきた。一方、他の先進国を見ても、程度の差はあれ多くの国で外需主導型の回復が見られる。実際、BRICsなどの新興国が世界経済の成長センターとなっている現在では、自国の内需が弱い景気回復初期においては外需主導型の景気回復が見られるのは当然といえよう。もちろん、回復が軌道に乗りつつあるなかで、個人消費など内需が成長に大きく寄与する「双発エンジン」での回復が望ましい姿である。その場合、雇用者所得の増加が一つの鍵であるが、輸出は雇用者所得を大きく誘発する力があり、輸出を起点として個人消費に波及するという面もあることを忘れてはならない。
現在、景気には持ち直しの動きが見られる。この動きを支える、今後の回復へ向けた浮力として、政策効果、交易条件の改善効果、海外経済の回復が重要である。すでに政策効果は公共投資の増加などの形で顕在化しつつあり、消費者マインドにも好影響を与えている。2008年秋以降の交易条件の改善は、遅れを伴って仕入れ価格や消費者物価に影響が現れている。海外においては、各国における政策効果とあいまって在庫調整の進展が見られる。
一方で、景気回復を展望するに当たって、下振れリスクに注意が必要である。第一は、生産水準が極めて低くなったことから、引き続き雇用調整圧力が高くなっていることである。雇用対策の効果もあって企業は雇用保蔵を増やしてきた。しかし、需要の本格的回復が展望される時期が遅れ、あるいは期待成長率が大きく下振れる場合は、雇用保蔵も限界に達するおそれがある。第二は、デフレである。需給ギャップの拡大が続くか、縮小テンポが遅い場合、期待物価上昇率の引上げが容易ではなくむしろ低下する懸念もあることを踏まえると、デフレに逆戻りする懸念が払拭できない。第三は、海外経済である。米欧における金融危機と実体経済の悪循環が長期化する懸念があるなど、世界経済の回復シナリオが下方修正される可能性がある。

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