はじめに
日本経済は2007年末頃から景気後退局面に入ったが、2008年秋以降、世界的な金融危機の深刻化、世界同時不況という環境の下で、急速な景気の悪化へと転じた。2009年の春になって、持ち直しの動きが見られるようになったが、経済活動の水準はなお極めて低く、雇用調整圧力は依然高い。米欧を中心とした金融危機は小康状態にはあるものの、終息に向かったと断定できる状況にはない。
一方、今回の世界的な金融危機と我が国の急速な景気悪化を契機に、様々な構造的課題が浮かび上がってきた。危機の背景にグローバルな不均衡の拡大があり、借金による消費拡大というアメリカの成長モデルの限界が明らかとなった。我が国では貿易収支が赤字となり、自動車や電子部品などの輸出が激減したことから、日本企業の競争力に対する懸念、輸出主導型の成長の持続性に対する疑念が生じている。金融規制のあり方も、国際的な協調の下に、抜本的な見直しが求められるようになった。また、日本国内では、派遣労働者等の解雇、雇止めの急増など雇用調整の形に変化も見られ、格差問題への関心の高まりやセーフティネットのあり方を巡る議論が巻き起こっている。
こうしたなかで、日本経済はこの危機をいかに乗り越えて、どのような姿の成長を見出していくべきかが問われている。本報告は、このような問題意識に沿って以下の3章立てとし、多面的な分析や論点整理を行う。
第1章「急速な景気後退に陥った日本経済」では、外需の異例の落ち込みなどから景気が急速に悪化し、厳しい状況となった日本経済の現状について、実体経済面を中心に分析する。具体的には、「過去の後退局面と比べた特徴は何か」「先進国の中で日本経済の落ち込みが特に大きかったのはなぜか」「景気回復へ向けた展望はどうか」といった点を明らかにする。
第2章「金融危機と日本経済」では、内外における過去の金融危機の経験を踏まえ、「今回の金融危機により、我が国の金融システムはどのような影響を受けたのか」「金融危機の国際的な波及に関して、今回の特徴は何か」「危機後の中期的な日本経済の姿を考えるに当たって、何が重要なポイントか」といった問題を考える。
第3章「雇用・社会保障と家計行動」では、今回の景気悪化の過程で生じた雇用不安や格差問題に対する懸念を念頭に置きつつ、「非正規雇用の増加が、家計や雇用調整の速さにどう影響したのか」「景気の悪化は所得格差を拡大させるのか、所得再分配は十分機能しているのか」「家計を取り巻く不確実性や社会保障制度への信頼は個人消費にどう影響するのか」といった論点を検討する。