第2節 日本企業のリスクヘッジ能力
以上でみたように、国際的にみて日本企業はリスクを取っておらず、そのため収益力が弱い。このことはマクロの成長力の弱さにもつながっている。では、なぜ日本企業はリスクを取らないのだろうか。リスクを取りたくても取れないのだろうか。それとも、リスクを取るメリットがないのだろうか。
ここでは前者の問いに関連して、リスクを取る必要のない分野での「リスクヘッジ能力」について考える。事業会社は一般に、コアとなる事業活動では積極的にリスクを取って高収益を狙う。新たな製品やサービスを開発し、新たな市場を開拓して成長を目指す。それが企業の存在意義でもある。逆に、それ以外の部分ではリスクを最小限に抑えようとする。典型的には為替レートや原材料価格の変動のリスクである。こうしたリスクを回避することで、コアとなる事業活動でのリスクテイクに集中することができる5。
そこで、以下では為替レートと原材料価格の変動に着目し、日本企業のリスクヘッジ能力が高まっているのかを調べよう6。
● 日本の加工型製造業は為替レート変動の影響を受けやすい環境に置かれている
日本は主要先進国の中でも輸出総額に占める外貨建輸出の比率が高い。こうしたことから、為替リスクに対する抵抗力の弱さがしばしば指摘される(第2-2-1図)。
以下では、日本企業の為替リスクに対する抵抗力の最近の動向について、加工型製造業に着目して仔細に検討する。まず、売上高に占める輸出の比率は確かに上昇が続いている(第2-2-2図)。これを反映して、売上高に占める外貨建輸出比率も同様に上昇しており、他の条件が一定ならば、為替リスクへの抵抗力は弱まっていると考えられる。なお、このことは、輸出額に占める外貨建輸出の比率が大きく変化していないことを意味している。
一方、採算円レートの推移をみると、2000年代に入ってからはおおむね横ばいとなっている。売上高に占める輸出の比率、あるいは外貨建輸出の比率の高まりにもかかわらず、採算円レートがおおむね横ばいということからは、加工型製造業が全体としてリスクヘッジ能力を高めようと努力してきたことがうかがえる7。
次に、加工型製造業のうちシェアの大きい電気機器、輸送用機器、一般機械について、為替レートの変動が企業収益にどの程度影響するかを直接的に調べてみよう。結果は、2000年代において、いずれの業種でも企業収益への影響はおおむね横ばいか、やや悪化傾向となっている(第2-2-3図、付表2―1)。これは、採算円レートが改善していないことと整合的である。
● 現地生産の進展が為替変動リスクをヘッジ
第1章でみたように、日本の製造業は現地生産比率を高めている。上記3業種の現地生産比率の推移をみても、総じて上昇傾向にある(第2-2-4図)。現地生産比率の上昇は、売上高に占める外貨建輸出売上高が高まる中、為替変動の収益への影響を一定程度に抑えていると考えられる。
現地生産を進めるという対応については、企業が海外に工場を建設することや、海外の企業を買収することなどを通じ、海外企業からの部品等の調達や現地販売の拡大による輸出依存度の低下によって、為替変動の収益への影響を緩和しているものと考えられる。
第1章で指摘したが、日本企業が海外に生産拠点を置く理由としては、「現地の製品需要が旺盛又は今後の拡大が見込まれるから」「良質で安価な労働力が確保できるから」というものが多い。今後、新興諸国の台頭などにより海外市場が拡大していく中で、収益を不安定化させる為替リスクをいかにヘッジしていくかは多くの企業にとって課題であり、その鍵を握るのが現地生産比率の引上げにあるといえよう。
次に、日米独の加工型製造業について、為替変動の収益への影響を比べてみよう。ただし、データの制約から企業収益の代わりに株価を用い、自国通貨の変動が自社の株価を変動させる、という明確な関係のある企業が全体に占める割合を調べる。結果をみると、日本とドイツには、アメリカと比べて為替レート変動の影響を受けやすい企業が多いことが分かる(第2-2-5図)。その背景には、日独ではおそらく売上高に占める外貨建輸出比率が高いことが考えられる。ドイツ企業は為替リスクを負わないユーロ圏への輸出が多いが、同時に全体として輸出依存度が高いとみられる。他方、アメリカは自国通貨建取引が9割以上を占め、為替レート変動の影響を受けにくいとみられる。
なお、為替変動リスクをヘッジする手段の一つとして、為替予約がある。日本企業における為替予約の実施状況をみると、全体の約3割の企業が為替予約をしており、その期間は5年前と比べ長期化している。また、輸出関連企業においては約半数の企業が為替予約をしている8(第2-2-6図)。ただ、為替予約については、輸出計画時点と、実際の契約時点にはラグがある以上、輸出計画時点における不確実性が残ることから、その効力は限定的との指摘がある9。
● 交易条件悪化は素材型製造業の収益圧迫要因であるが、影響が緩和した業種もある
原油をはじめとした原材料輸入価格の高騰は、交易条件の悪化につながっている。中でも、鉄鋼、化学、紙・パルプといった素材型製造業における交易条件の悪化は、急速に進んでおり、それが収益を圧迫しているものと考えられる。
素材型製造業について、業種別に交易条件の収益への影響をみると、鉄鋼において影響が緩やかな軽減傾向にある。一方、化学製品においては、ほぼその影響は変わっていない(第2-2-7図)。その背景を探るため、これらの業種における石油・石炭の原単位(産業別国内総生産に占める投入の割合)についてみると、2005年以降、影響が軽減傾向にある鉄鋼については、原単位が低下していることが分かる。一方、化学製品や製紙・パルプでは原単位がやや上昇傾向にある(第2-2-8図)。
このように、素材型製造業においては、交易条件の変動が収益に及ぼす影響は大きいものの、エネルギーの投入原単位を抑えた上で製品の付加価値を高めている鉄鋼のような業種においては、若干ではあるが緩和傾向がみられる。