第6節 景気の将来展望

これまでみてきたように、今回の景気回復は、不良債権処理とともに、企業部門で過剰な債務や人件費の圧縮がある程度進み、企業部門の体質が強化されたことに裏付けられている。今後、雇用の改善が徐々に進み、消費の改善が続いていけば、海外経済の景気後退や地政学リスクの顕在化など大きな外的ショックがない限り、回復が続くものと見込まれる。ただし、アメリカや中国など海外経済の回復が今後減速した場合には、回復のペースはやや緩やかなものとなる可能性があるほか、そのほかにも先行きに関する下方リスクも依然存在している。この節では、今後の景気の動向をみる上で注意が必要な点について論じる(41)

 外需の影響

今回の景気回復は、設備投資の増加によって民需主導に移行しつつあるものの、依然として外需の寄与度は2003年度で0.8%あり、仮に世界経済が減速した場合や急激な円高が進んだ場合には、我が国への影響はそれなりにあると考えられる。例えば、設備投資の業種別寄与度をみると、かなりの割合(2003年度平均で約6割)が輸出関連製造業であり、海外経済の動向に影響される側面もある(付図1-29)。実際に、輸出と設備投資、生産の相関係数の時系列的な推移をみても、傾向的に高い相関をもっている(付図1-30)。他方、為替レートの影響については、第3章で論じているように、日本企業の海外拠点の増加にともなって、為替レートの変化に対する輸出数量の感応度は高くなっているものの、企業収益等に与える影響は以前と比べて小さくなっている。

日本経済への影響という観点から海外経済を地域別にみると、最近では、アメリカに加えて、中国への輸出依存度がかなり高まってきており、これらの地域の経済の先行きには十分注意が必要である。ただし、現在のところ、世界経済は着実な回復を続けており、世界経済が大きく減速するリスクは大きくはないと考えられる。アメリカは、景気は力強く回復しており、やや出遅れていた雇用情勢についても、改善がみられる。また、中国については、消費、投資、輸出がともに景気拡大を牽引しており、一部で景気過熱もみられる。ただし、アメリカや中国で引締め政策が今後も続いていくと、これらの経済の拡大ペースがやや低下することが考えられる。その場合、日本経済の成長ペースも若干緩やかなものとなる可能性がある。

また、アメリカの金利から日本の金利への影響を調べるためにインパレス・レスポンス分析を行ったところ、短期金利(3ヶ月物)については、日銀の量的緩和政策の継続もあって影響はほとんどみられない。長期金利に関しては、アメリカの金利が日本の金利に影響を与えているようにみえるものの、その影響は統計的に有意ではなかった。(第1-6-1図及び付注1-7)。ただし、今後、アメリカの金利動向等には注意する必要がある。

なお、2004年の春以降、アメリカや中国の需要増大等を反映して原油価格の上昇がみられるが、日本経済への影響については、エネルギー消費の効率化が進んでおり、経済全体に占める原油輸入の割合が低下していることから、影響は以前と比べて小さなものにとどまると考えられる。

 内需における改善の広がり

仮に外需が弱含んだとしても、民間部門の需要がしっかりと成長していれば、景気回復がそれによって腰を折られることはない。また、消費や投資の高い伸びに支えられた民需主導の回復が実現すれば、現在、景気にばらつきがみられる地域経済や、回復が遅れている中小企業にも、改善の動きが浸透し、景気回復の持続性はずっと高まることになる。こうした民需主導の持続可能な成長のためには、企業部門の改善の動きが、雇用の増加、賃金の増加という形で家計に波及していくことが必須条件となる。この点に関しては、既にみたように、景気回復に伴って、残業代やボーナスといった形である程度一般労働者の賃金が上昇していくと見込まれるものの、相対的に賃金の低いパート労働者や派遣労働者の比率が上昇するために、マクロでみた雇用者所得の伸びは、過去の回復局面と比べて緩やかなものとなる可能性が高い。他方、家計の貯蓄率は高齢化の進展や雇用情勢の改善によるマインドの回復等により緩やかな低下傾向を今後もたどると考えられる。以上を総合すると、消費は、今後も、所得・雇用環境が徐々に改善していくことが予想されること等から、底堅く推移していくと考えられる。消費の持続性を高めるためには、雇用情勢の改善に加え、高齢化社会が必要とする財・サービスの供給を幅広いものとし、潜在的な需要を発掘していくことも重要である。

 在庫・資本ストックの水準は低い

現在の景気回復の持続性をみる上で、過去と大きな違いがみられる点は、生産や設備投資の増加が続いても、在庫や資本ストックの積み増しがこれまでほとんどみられないことである(第1-6-2図)。このため、景気回復の途中で、若干需要が減退したとしても、それが直ちに大幅なストック調整を引き起こし、景気後退に入っていくというリスクは小さいと考えられる。

時系列的に、在庫率、生産能力、稼働率の推移をみると、ITバブル崩壊後の2001年に大きく上昇した在庫を調整するため、企業は稼働率を低下させるとともに、生産能力も大幅に縮小させた。こうした生産能力を削減する動きは、生産が増加に転じた後も続いたため、需要の増加に対し、企業は稼働率の上昇と在庫の取り崩しによって対応している状況にある(第1-6-3図)。このように、在庫を抑える動きの背景には、技術的な要因として、製品の流れを総合的に管理する手法の導入(サプライ・チェーン・マネジメント)といった影響もあるが、基本的には、企業が需要の先行きに対して慎重な姿勢を崩していないことがある。これは設備投資も同様であり、既にみたように、企業は設備投資をする一方で既存の設備の廃棄を進めているため、全体として生産能力がむしろ抑制されている。

 年金保険料引上げの影響

景気への影響という観点から、2004年10月からの厚生年金の保険料引上げ(国民年金は2005年4月から引上げ)の影響について考察してみよう。今回の年金保険料の毎年の引上げ幅は、厚生年金で総報酬の0.354%(労使折半、月収36万円の平均的勤労者の本人負担分は月650円、ボーナス年2回各1150円)、国民年金で月額280円(2004年度価格)と小さいが、国民年金に加え、厚生年金についても小刻みに引き上げられるという点がこれまでと異なる。

内閣府のアンケート調査によると、今回の年金保険料引上げについて、程度の差はあれ、知っていると答えたのは、1200人の回答者の8割強にのぼる(第1-6-4図)。このうち、保険料引上げによって消費を減らす可能性があると答えたのは、回答者の5割程度、残りの5割は消費に影響はないと答えている。ただし、消費を減らす可能性があると答えた人でも、消費をいつから減らすかについては、保険料引上げ後家計の具合をみてからとの答えが4割以上を占めることから、年金保険料引上げの影響があったとしても実際に消費がどの程度抑制されるかはその時の所得の伸び具合に影響されると考えられる。また、消費を減らすと答えた人は、年齢が若いほど、所得が低いほど多い。アンケート調査に答えた1200のサンプルを使って、景気動向、所得動向、雇用動向、物価動向、年金保険料がそれぞれどの程度先行きの消費動向に影響しているかをプロビット・モデルで推計したところ、最も影響が大きいのは所得動向で、次に年金の影響と景気動向がほぼ同程度で消費に影響しているとの結果になった(付表1-31)。以上を総合して勘案すると、年金保険料引上げの影響がどの程度出るかは今後の所得・雇用動向によるが、この程度の保険料引上げでも半数程度が消費を減少させると回答している点には十分留意が必要である。

ちなみに、年金保険料が引き上げられた1997年には、アジア金融危機や我が国の大手金融機関の破綻などが、消費者心理に大きな影響を与えるなど、マクロの経済環境が現在とは大きく異なる。

 今後の回復の姿

以上をまとめると、海外経済や為替の動向など外的なリスク要因はあるものの、それらが顕在化しなかった場合、日本経済は、今後も引き続き民間需要を中心に回復を続けていく基盤が整いつつあると考えられる。

第一に、企業部門の過剰債務、過剰雇用といった脆弱性がかなりの程度解消されつつあるため、多少のショックにも耐えられるような経済の体質強化が進んでいる。また、景気回復がこれだけ持続してきたにもかかわらず、在庫率が過去と比べて極めて低い水準に保たれていることや、資本ストックの積み上りがみられないことなど、企業の慎重な姿勢が、ショックへの抵抗力をさらに強めている。

第二に、これまでの厳しい企業リストラの動きが一服しつつあることで、雇用情勢にも改善がみられ、消費者マインドも回復を続けていることである。バブル崩壊後の景気回復期では、景気が改善しても、それが失業率の低下という形で雇用情勢の改善に結びつかなかったが、今回は、非自発的失業が減る中で、失業率は低下を続けており、家計も、雇用の先行きに安心感を持ちつつある。そうしたことを背景に、所得の緩やかな伸びの割に、消費は持ち直している。

第三に、デジタル家電などに見られる技術革新の影響は一過性のものではなく、今後も従来製品の置き換えという形で、さらに需要の拡大が見込まれる。これらの製品は、部品についても日本企業がかなりのシェアを持っている上、付加価値の高い製品は国内で生産される傾向にあることから、国内経済の好循環をもたらしている。

他方で、外需の伸びが一時と比べて緩やかなものになるに連れて、回復のペース自体は若干緩やかなものとなる可能性がある。これは、アメリカや中国などで、これまでの急速な回復ペースが、引締め政策によって若干抑制がかかることが見込まれるためである。こうしたことによって、輸出の伸びが低下すれば、設備投資に影響を与える可能性がある。

デフレ脱却の展望ということについては、このまま景気回復が継続していけば、消費者物価は、やがて横ばいから若干の上昇に転じる可能性が高い。ただし、デフレに再び戻る可能性が小さくなるという意味で、完全なデフレからの脱却に至るまでには、まだ解決すべき課題も多い。特に、金融部門については、地方銀行も含めて不良債権処理をさらに促進するとともに、収益力の改善を図り、その健全性を高めていく必要がある。また、金融政策についても、デフレからの脱却を確実なものとするよう、更に実効性ある政策運営が必要である。