第4節 景気の将来展望

第1節でみたように、企業部門を中心に前向きの動きがみられるようになってきている。景気持ち直しの展望が開けてきつつある。

本節では、そのような現状を踏まえ、景気の先行きについてどのように展望できるのかを整理することにする(57)。まず、景気の先行きについて想定される基本的なシナリオを提示する。そこでは、企業部門から家計部門へ前向きな動きが広がっていくことによって、景気持ち直しが期待できることを示す。また、デフレの先行きについても展望する。次いで、この基本的なシナリオをめぐるリスクと、景気回復力の脆弱性について論じる。最後に、自律的な景気回復に向けた課題について整理する。

1 景気持ち直しの基本シナリオ

景気の現状をみると、企業部門を中心にして前向きの動きがみられる。こうした動きは、今後の景気持ち直しのための前提条件が整いつつあることを意味している。輸出が再び増加に転じ、生産も回復していけば、企業部門における前向きの動きを更に後押しし、景気は持ち直すことになろう。

(1)企業部門における前向きの動きの持続

企業部門における前向きの動きは、企業収益と設備投資の動向においてみられる。

第1に、企業収益面では、2002年度に高い伸びを示した後、2003年度にも増益が続いている。日銀短観9月調査によると、経常利益は、2002年度に全規模全産業で前年度に16.4%の増益となった後、2003年度も同じく10.4%の増益となることが見込まれている。増益見込みは製造業大企業に限らず、非製造業や中小企業においてもみられる。また、製造業大企業では、売上高経常利益率が90年代以降では最も高い水準にまで高まることが見込まれている。企業収益の改善がこのように持続することは、設備投資や雇用・賃金の動向に対して好ましい影響を及ぼすことになる。

第2に、設備投資面でも増加が続いている。設備投資は、2002年度に入って調整局面を脱し、増加局面に入ったが、2003年度も引き続き増加が続いている。日銀短観9月調査でも、全規模全産業で前年度比2.2%増となっているが、これは9月調査時点としては、過去の設備投資回復局面である1996年度や2000年度の伸びに匹敵するものである。特に大企業製造業で大きな伸びが期待されており、非製造業や中小企業の場合にも堅調に推移している。足元の機械受注などの指標も、このような増加の動きと整合的なものとなっている。

以上のような企業部門の持ち直しの動きは、景気が全体として持ち直していくための前提条件が整備されつつあることを意味している。今後、生産が増加していけば、企業部門の持ち直しもより強固なものになり、その影響が家計部門に波及していくことが期待できる。

(2)世界経済の回復と日本からの輸出の増加

生産の増加にとってかぎを握るのは、輸出の増加である。輸出の増加は、2002年初めの底入れ以後の持ち直しへの動きをけん引してきたが、世界の景気回復力の弱まりを主因として、2002年末から2003年半ばにかけて、伸びが止まった。しかし、このような状況にも変化の兆しがみてとれる。特にアメリカにおいては2003年4~6月期以降、景気回復力の強まりがみられており、2003年後半において実質成長率の高まりが見込まれる。

 アメリカにおける実質成長率の高まり

アメリカ経済においては実質成長率が2002年4~6月期に季節調整済前期比年率で3.3%となるなど成長率の高まりがみられるが、それは以下の特徴を持ったものである。

第1に、成長の中身をみると、個人消費が引き続き堅調な増加を示したのに加え、設備投資も増加を示したことである。日本とは逆に、家計部門に比べ遅れていた企業部門がようやく回復の動きを示している。

第2に、IT関連業種を中心に企業収益に引き続き改善がみられることである。これは、設備投資を増加させる要因になるとともに、家計の株式保有が多いため、株価の上昇を通じて、個人消費の増加を支える要因ともなる。

第3に、機動的なマクロ経済政策が景気回復力を支えていくことが期待できることである。これまでも金融政策は、機動的な利下げを通じて、景気を支えてきており、今後とも、デフレを回避しながら持続的な景気回復に向けた金融政策運営が期待できる。加えて、2003年5月に成立した減税パッケージ(58)のうち、例えば所得税減税に関するものは2003年1月より遡及適用され、7月末から実施されている。こうした財政金融面での政策努力は、景気の下支えに大きく寄与していくと見込まれる。

 アジアやヨーロッパの景気への波及

このようなアメリカ経済の成長率の高まりは、アジア経済やヨーロッパ経済における回復にも好影響を及ぼしていくであろう。アジア経済は、アメリカ向け輸出の減少に加え、SARSの影響もあって成長が鈍化したが、アメリカ向け輸出が回復してきており、SARSの影響の終息と合わせ、成長が再び高まることが期待できる。ヨーロッパ経済は、ユーロ高の影響もあって景気は減速しており、厳しい状況にあるが、アメリカ向け輸出の回復は景気を下支えする効果を有することになろう。

 輸出の増加と生産の持ち直し

アメリカにおける成長率の高まりと、アジア等への波及は、我が国の輸出の増加をもたらすことになる。鉱工業生産は、国内向け出荷の大幅な増加がみられないなかで、輸出の伸びが止まったため、2003年4~6月期にかけて増勢が止まった。在庫が低水準にあり、在庫調整圧力がないので、輸出が増加してくれば、それに見合って生産の増加がみられることになろう。

生産の増加は、既にみられる企業部門における前向きの動きを更に後押しすることになる。

(3)家計部門への波及

 雇用・賃金の回復

企業部門における前向きの動きは、徐々に雇用・賃金に及びつつある。

雇用者数は、2002年初からの求人の増加に先導されて、2002年末から増加を示すようになっている。この背景には、これまで大幅に行われてきたリストラが一服していることがある。企業部門の前向きの動きは、雇用者数の増加傾向をより確かなものにするであろう。

また、賃金も、生産が持ち直してくれば、それに伴って残業手当が増加を続ける。加えて、企業収益の改善は、ボーナスの改善をもたらす。2003年夏のボーナスも、ほぼ前年並みとなり下げ止まっている。基本給には、年功序例型の賃金体系の見直し等に伴って、引き続き下押し圧力が加わるが、全体としては、横ばいから徐々に回復の動きを示していくものと考えられる。

 個人消費の回復

個人消費は、これまで所得環境が厳しいにもかかわらず、GDPベースでは緩やかな増加を示してきた。この背景には、高齢化に伴って、高齢者世帯の消費への寄与が大きくなってきていること、デフレに伴って金融資産残高の購買力が増加し、一部を取り崩して個人消費に充てることが可能となっていることがあったと考えられる。

今後、雇用・賃金が回復していくことは、家計の所得環境が改善していくことを意味する。これに伴い、消費者マインドも改善し、徐々に個人消費も持ち直しの動きが出てくるものと期待される。

このように、これまでみられてきた企業部門の前向きの動きを基礎にして、輸出が増加し、生産も再び増加していけば、企業部門の前向きの動きは更に確実なものとなり、雇用・賃金の増加を通じて、個人消費の持ち直しに好影響を及ぼしていくものと見込まれる。景気全体も緩やかに持ち直していくものと考えられる。

(4)デフレ克服の展望

景気が持ち直していく一方で、緩やかなデフレの状況は当面続くものと考えられる。消費者物価は、生鮮食品を除く総合でみると2002年秋から前月比ベースで横ばいとなっており、また、国内企業物価も、2003年に入ると一時期を除き横ばいで推移したが、いずれも原油価格の上昇等の一時的な要因によってもたらされたもので、基本的にはデフレの状況が続いている。

しかし、デフレの面でも変化の兆しがみられる。特に、国内企業物価においては、堅調な商品市況を反映して、鉄鋼、石油・石炭製品等の素材型製品において価格の上昇傾向がみられる。景気の持ち直しが確実なものになるにつれ、デフレ脱却の展望も次第に具体的なものになってくるものと考えられる。

株価や地価等の資産価格デフレにも変化の兆しがみられる。株価は、4月末にバブル崩壊後の最安値を記録した後、回復を示している。これは、一方では、企業収益の改善と、金融システム不安の後退に伴う上昇であり、今後の日本経済の持ち直しの動きを期待してのものである。他方で、このような株価の上昇は、1個人消費への資産効果、2企業の資金調達環境の改善、3企業や家計の景況感の改善、4企業や金融機関のバランスシートの改善といった効果をもたらし、日本経済の持ち直しを支えることにもなるだろう。

他方、地価は、再び下落幅を拡大させており、特に地方圏においてその傾向が著しい。まだしばらくは下落傾向が続くであろう。

(5)経済財政政策のスタンス

日本経済の体質を強化して、民需主導の景気回復を実現するためには、経済活性化に向けた構造改革に対する取組が不可欠である。

2003年1月に取りまとめられた「改革と展望―2002年度改定」では、2004年度までの集中調整期間に、最も重要な課題は資産デフレを含めデフレの克服であるとの認識のもと、民間需要、雇用の拡大に力点をおいた構造改革を中心に改革を加速するとともに、金融面など総合的な対応が重要であるとしている。政府は、同改定の考え方に立って、日本銀行と一体となって、デフレ克服に向け強力かつ総合的な取組を実施する。経済情勢によっては、大胆かつ柔軟な政策対応を行う。

政府は、こうした考え方に立って、6月に取りまとめられた「基本方針2003」に基づき、引き続き、規制、金融、税制及び歳出の四つの柱の構造改革を一体的かつ整合的に実行することにより、民間需要が持続的に創出される環境を整備していく。すなわち、(i)規制面においては、構造改革特区を突破口としながら、国民生活に直結した分野での改革を徹底し、成長分野における潜在需要を喚起する。(ii)金融面においては、2004年度における不良債権問題の終結を目指し、「金融再生プログラム」に基づく諸施策を着実に実施することにより、金融仲介機能の回復を図り、資源の新たな成長分野への円滑な移行を可能にする。また、今後とも、金融システム不安を起こさせない。(iii)税制面においては、引き続き、持続的な経済社会の活性化を目指し、将来にわたる国民の安心を確保する税制への改革を進める。(iv)歳出面においては、民間需要創出に力点を置いた大胆な重点化を行うとともに、社会保障制度改革等と併せ、持続可能な財政構造を構築することを通じて、国民の将来不安を払拭し消費や投資を喚起する。

金融政策については、「改革と展望―2002年度改定」に沿って、できる限り早期のデフレ克服を目指し、引き続き量的緩和を継続するとともに、更に実効性ある金融緩和策を検討し、実施することが期待される。デフレについては、前述のように、次第に脱却への展望が拓けてくるものと期待されるが、量的緩和政策については、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することとされている。

2 基本シナリオをめぐるリスクと景気回復力の脆弱性

以上でみてきたように、輸出が再び増加に転じ、生産も回復していけば、現在企業部門を中心にみられる前向きの動きは更に強まり、景気が持ち直すというのが、景気の先行きに関する基本シナリオであり、その蓋然性は高まっているものと考えられる。しかし、同時に、依然として、このシナリオにはリスクが伴うことを認識することも重要である。また、基本シナリオが実現したとしても、当面は景気回復力には脆弱性が伴うことを確認しておく必要がある。

(1)基本シナリオをめぐるリスク

基本シナリオのリスクとしては、外的な要因に関するリスクと国内的な要因に関するリスクとがそれぞれ挙げられる。

第1に、外的な要因に関するリスクとしては、アメリカ経済が抱えるリスクが挙げられる。アメリカ経済は、先述のように、個人消費と設備投資の両輪がそろいつつあり、景気回復力は強まっており、実質成長率も次第に高まる可能性が高い。しかし、このような状況の中で、(i)雇用情勢には依然として改善がみられず、雇用者数は減少を続けている。このため、消費者マインドの改善も力強さに欠けており、個人消費の伸びが鈍化する可能性がある。また、(ii)期待通り景気が回復に向かわない場合には、デフレ懸念が再び強まり、それが顕在化する場合には、景気に対して下押し圧力になる。このような状況の中で、(iii)財政赤字の拡大もあって、経常収支の赤字が大幅なものになっている。今後、景気が持続的な回復をするなかで、更に経常収支赤字が拡大することに伴うリスクについても看過できない。

また、円高の進行がみられた為替レートの動向も留意すべきリスクとして挙げられる。

第2に、国内的な要因としては、株価と長期金利に伴うリスクが挙げられる。株価は回復を示しているが、これが引き続き回復傾向を続けることが重要である。また、これと並行してみられる長期金利の上昇は、景気の実態に見合ったものであれば影響は小さい。しかし、景気の実態に見合わずに上昇する場合には、貸出金利や住宅ローン金利への影響や、金融機関等のバランスシートへの影響を通じて、日本経済に対して悪影響を及ぼすおそれもある。

(2)景気回復力の脆弱性

基本シナリオでは、世界経済の回復によってもたらされる輸出の増加が大きな役割を果たすことになっている。このように、外需主導の景気持ち直しを基本シナリオとして想定するのは、景気の自律回復力が依然として脆弱だからである。脆弱性は、具体的に次のような側面においてみられる。

第1に、企業収益の改善は、大企業を中心とするリストラによってもたらされた面が強く、これは中小企業等にとっては売上高の抑制要因となる。輸出の増加等によって相殺されない限り、リストラの進展は、企業収益面でも制約になることを意味する。

第2に、設備投資は増加局面にあるが、その増加幅は企業が需要の先行きについてどのように見通しているかに左右されるところが大きい。企業は先行きについて依然として慎重にみているものと考えられ、そのため、設備投資の回復も限定的になる可能性がある。また、過剰債務を抱えている企業は、積極的に設備投資を行う状況にはまだ至っていない。

第3に、雇用・賃金の増加についても、企業は依然として人件費の増加につながるのには慎重である。そうであれば、家計の所得環境の改善も限定的なものとなるであろう。また、求人があっても、「雇用のミスマッチ」のために実際の雇用につながらない可能性もあり、その面で所得環境が制約されることも考えられる。

第4に、個人消費は、基本的には将来稼ぐことになるであろう所得の動向やそれをめぐる不確実性に影響されるところが大きい。現在は、雇用情勢や社会保障制度について慎重な見方をし、また不安も抱えており、個人消費が増加する余地はそれほど大きくないものと考えられる。

第5に、デフレが継続しているために、それが景気の下押し圧力となっていることである。特に地価の下落は、バランスシートにとって引き続き大きな悪化要因となるであろう。

このような脆弱性のために、景気の自律的な回復がなかなか実現できないでいる。また、そのために、景気に対する外需の寄与は大きくなり、また、それに伴うリスクにもさらされることになる。

3 自律的景気回復への課題

景気は、輸出が増加してくれば基本シナリオに沿って次第に持ち直していくことが見込まれる。しかし、更に自律的な景気回復へと進んでいくためにはいくつか課題がある。

第1に、金融機関が不良債権を抱えているために、金融機関のリスク許容力が低下しており、貸出をはじめとするリスク資産の増加に消極的であることである。このために、金融政策においても、金融機関を起点とした効果を期待する量的金融緩和の本来の効果がみられていない。また、金融機関の不良債権と表裏一体の関係にある過剰債務の削減のために、企業はキャッシュフローの充当やリストラを行っているが、これは設備投資や雇用・賃金にとって抑制要因となっている。こうした問題の処理が進展しないと、生産性の低い部門に資源が滞留することになるので、企業は日本経済の先行きに対する確信も持てず、期待成長率も低水準にとどまることになる。

第2に、我が国の生産性上昇率が90年代以降低下したことである。この背景には、基本的な生産要素である資本や労働力の配分が効率的に行われていないことや、技術進歩により生産性を引き上げる力が落ちていることがある。経済の停滞感は、企業や家計の先行きの見方にも影響を及ぼしている。企業や家計が予想する将来の中期的な成長率は1%を下回るところまで低下している。このようななかでは、企業や家計は、設備投資や個人消費の面における積極的な支出行動には慎重な姿勢をとることになる。

第3に、経済社会システムが現在の経済社会の環境の変化に十分に対応し切れていないために、将来に対する不安があることである。特に財政及び社会保障制度は、少子・高齢化が進行し、人口が減少に向かうなかで、現在の制度を維持した場合には持続可能性の問題を生じさせることとなるが、その改革は途半ばとなっている。そのため、財政赤字が今後どのように削減されていくのか、年金等はきちんと支給されるのかといった不安が醸成されており、家計や企業の慎重な支出行動につながっている可能性がある。

景気の自律的な回復がなかなか進まない理由をこのように整理することができるとすれば、景気の自律的な回復を実現するためにすべきことは、こうした要因を取り除くことである。現在進めつつある構造改革は、まさにそのような課題に応えようとするものである。以下に続く第2章及び第3章においては、このような課題を取り上げていくことにする。第2章では、金融・企業の再構築という課題について検討する。また、第3章では、高齢化・人口減少の下における財政・社会保障制度改革の課題について分析する(59)