第1章 AIで変わる労働市場(第1節)

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第1節 AIによる職業・タスクの補完と代替

AIを導入した企業のシェアは拡大途上)

まず現状では、企業におけるAIの導入はどの程度進んでいるだろうか。アメリカ企業を対象とした調査によると、2023年時点では5%未満にとどまる(第1-1-3図)。過去の汎用技術の電気、パソコンの導入実績をみると、新技術の扱いやすさ・操作性が飛躍的に向上したイノベーションの後、10年後頃までに導入シェアの上昇が加速し、20年後頃には5割を超えている5AIについても、今後導入する企業のシェアが高まっていく可能性がある。

第1-1-3図 新技術を導入した企業のシェア(アメリカ)

Box.コンピューター導入による労働生産性の向上

CEA (2024)は、コンピューター導入による生産性の向上は、一般向けのPCの発売から約20年後に生産性の向上として現れたと論じている。アメリカでは、1970年代に世界初となるPCが発売された後、1984年に初代MacMacintosh 128K)が発売された。さらに、1994年にWindows95が発売されると、一般向けでもインターネットの普及が進んだ。このように汎用技術の普及が幅広く進んだことにより、2000年代には労働生産性の大幅な向上がみられた(図1)。

図1 アメリカの労働生産性

AIは職場に肯定的な効果をもたらすとの意見が多い)

AIが職場にもたらす影響について、人々はどのような期待をしているだろうか。欧米6か国及び中国で、AI導入済の職場で働く労働者を対象に実施された調査では、おおむね6~7割が、AIは職場に肯定的な影響をもたらすと回答した(第1-1-4表)。

第1-1-4表 AIが職場にもたらす影響に対する期待

日本で実施された調査をみると、AI等の新しい情報技術の導入によって、反復的な作業(ルーティンタスク)は減少し、複雑な問題への対処(非ルーティンタスク)が増加するとの回答が示されている(第1-1-5図)。これにより、AIを導入済の職場においては、未導入の職場に比べ、仕事のやりがいが高まると回答する労働者の割合が高い一方、仕事のストレスが増加するとの否定的な見方も示されている。このように、AIの導入は、人が取り組む仕事の内容、やりがい、負担を変化させると考えられている。

第1-1-5図 AI等の導入による変化(職場の導入段階別)

AIは職業・タスクを「代替」するとともに「補完」する)

AIは、具体的にはどの程度の影響を職場にもたらすだろうか。Eloundou et al. (2023)は、ChatGPT-4のような大規模言語モデルがアメリカの労働市場に与え得る影響として、(1)約80%の労働者の10%のタスク(特定の作業)、約19%の労働者の50%以上のタスクがAIによる自動化の対象となり得る、(2)全労働者の約15%のタスクは、同じ質で顕著に短い時間で終えることが可能(大規模言語モデルを他のソフトウェアやツールと連携させれば同比率は47~56%に上昇する)としている。

ただし、AI等の技術の導入の影響を考える場合には、その技術が人の職業・タスクを完全に置き換え、人が介在する余地を無くしてしまうような「代替型」の技術なのか、人の労働を補助して楽にし、生産性を上げ、新たな仕事を生み出すきっかけになるような「補完型」の技術なのかを分けて考える必要がある(今井(2024))。

まず、(生成AIに代表される)AIの代替性(Substitution)について考える。従来、人が行ってきたタスクのうち、事務的タスクの多くは、コンピューターの性能の上昇に応じて労力の削減が可能となってきた。今後は、AIを適切に活用することで、事務的タスクは更なる効率化が可能となり、部分的にはほぼ完全な自動化まで実現され得る。人手がかからなくなったタスク、ひいては職業の労働需要が減少する場合、結果としてAIが労働者を代替した形となる。

次に補完性(Complementarity)について考える。AIは、翻訳や医療画像の解析、判例検索等において、労働者の生産性を高め、人のタスクや職業を「補完する」機能がある。こうしたタスクも将来的には自動化の範囲が広がる可能性はあるものの、例えば、医師や裁判官といった社会的な利害の大きい判断を伴う職業は、完全に自動化されることには社会的な抵抗があるため、人の関与が残り、AIは人の労働を補い生産性を高める(補完する)可能性が高い。Cazzaniga et al. (2024)は、こうした職業はAIの影響から社会的に保護されている(shielded)と表現している。ただし、補完性の高い職業においても、一部のタスクは効率化・自動化され人手がかからなくなるため、雇用は一定程度減少し得る。

このように、AIが導入される場合、労働者の一部(または相当程度)のタスクをAIが担うこととなり、労力が削減され得る。その点では労働の「代替」と「補完」には、実際には語感の差ほどの大きな違いはなく、「補完」される職業においても、一定の「代替」は発生し得ると考えられる。井上(2023)は、新たな技術により一部のタスクが代替されるケースについて、セルフレジの導入の雇用への影響を例に説明している(第1-1-6図)。また、従来は補完的であった分野の職業も、AIの性能の更なる向上や、社会の価値観の変化(AIへの理解の広がり)に応じて、将来的には代替可能な職業に移行する可能性がある。

第1-1-6図 新たな技術により一部のタスクが代替されるケースのイメージ

他方、AIを始めとした新技術は、新製品や新たな産業を生み出し、雇用を創出する可能性もある。Autor et al. (2022, 2024)は、1940~2018年のアメリカの長期データに基づき、2018年時点の雇用の60%は、1940年時点では存在しなかった職業における雇用と推計した(第1-1-7図)。この推計結果に基づき、Goldman Sachs (2023)は、アメリカの1940~2018年の雇用の増加分の85%以上は、技術革新に基づく新たな職業によって生み出されたものとしている。新たな汎用技術としてのAIについても、既存の雇用では効率化が進み得る一方で、新規分野の雇用を創出する効果が期待される。

第1-1-7図 技術革新を受けた職業別の雇用増加分(アメリカ、1940年→2018年)

以上みてきたように、AIが労働市場にもたらす影響については様々な側面があるものの、Cazzaniga et al. (2024) 等既存研究に基づいて、おおむね以下のように整理される(第1-1-8図)。

(1)職業の特徴:職業は、物理的タスクと事務的タスクのシェアに応じて、分類が可能である。

(2)AIの導入(タスクへの影響):AIは、人が取り組むタスクのうち、主に事務的タスクを一部ないしは相当程度自動化し、労力(作業時間)を減らすことができる(代替)。また、人が取り組むべきタスクについて、生産性の向上(より短い時間で同じ量のアウトプットを生み出す)、質の向上(付加価値の高い作業により多くの時間を割く)をもたらし得る(補完)。さらに、AIの導入以前には存在しなかった新たなタスクを創り出す可能性がある(創出)。

(3)自動化に対するサービスの受け手の抵抗(選好):サービスは、その種類に応じて、AIによって自動化されても構わないと受け手が感じるものと、AIによる自動化に受け手が抵抗を感じるものがある。このような抵抗には、意思決定の重要性に対する(制度面も踏まえた)共通認識も関係していると考えられる。

(4)AIの導入(職業への影響):

(ⅰ)物理的タスクのシェアが大きな職業は、AIの導入から受ける影響が小さい。

(ⅱ)AIによる自動化への抵抗が小さい職業は、AIの導入によって将来的に雇用が減少する(代替される)可能性がある。

(ⅲ)AIによる自動化への抵抗が大きい職業は、人の関与が残り、AIの導入によって生産性と質が高まる(補完される)可能性がある。

(ⅳ)AIの活用により、新たな職業(雇用)が創出される可能性がある。

第1-1-8図 AIの導入がタスク・職業にもたらす影響のイメージ

(意思決定の重要性が高い職業はAIにより補完される可能性)

このようにAIによる「代替」と「補完」の区分は、タスクごとに様々に分かれ、また時間を通じて変わる可能性もあるため、職業ごとに厳密に行うことは難しい。しかしながら、これらの区分はAIの影響の評価において重要であることから、一定の仮定の下で、職業レベルの分析が多くなされている。

まず、Felten et al. (2021)は、AIの影響を受ける程度(AI exposure)は、職業によって異なるという前提の下、AIの影響に関する指標を提案した。アメリカ労働省O*Netデータベースの各職業(約750)で必要なスキル(技能)52種類について、AIの10の主要機能6に近いスキルが、各職業で必要なスキル全体に占める比率を、AIの影響と定義した。

さらにPizzinelli et al. (2023)は、O*Netデータベースに登録されている各職業の社会的・物理的位置づけ(Context)における(1)コミュニケーション(対面、スピーチ)、(2)責任(結果責任、他者の健康や安全への責任)、(3)物理的状況(屋外環境への露出、他者との接近)、(4)役職の重要性(誤りの結果の深刻さ、意思決定の自由度、意思決定の頻度)、(5)ルーティン(自動化、業務の定型化)及び(6)職業領域(Job zone7)の6分野・12項目のスコア(0~1)の平均値が高い職業ほど、AIを活用しつつも人の果たすべき役割が大きい(AIの補完性が高い)8とする指標を提案した。

これらに基づき、Cazzaniga et al. (2024)は、アメリカの職業分類データを用いて、AIの影響と補完性の関係を整理している(第1-1-9図)。AIの影響(横軸)は、物理的タスクのシェアが大きい職業においては低く、事務的タスクのシェアが大きい職業においては高い。AIの補完性(縦軸)は、意思決定の重要性と、仮にAIに任せ失敗が発生した場合の社会的影響等が考慮され、医者、パイロット、法曹等において高い値が付与されている。

第1-1-9図 各職業に対するAIの影響と補完性(アメリカ)

AIの影響・補完別にみると、職業は以下のような3つの区分9に分けられる(第1-1-10表)。

(1)AIの影響が大きく、代替性が高い職業:事務的タスクのシェアが大きい職業。

(2)AIの影響が大きく、補完性が高い職業:事務的タスクのシェアが大きいものの、意思決定の重要性が高く、AI任せとすることが社会的に望ましくない職業。

(3)AIの影響の小さい職業:物理的タスクのシェアが大きい職業。

第1-1-10表 AIの影響・補完別の職業(主な例)

(先進国はAIの影響をより大きく受ける可能性)

AIの影響別、更に補完・代替別にみた就業者の割合はどの程度だろうか。Cazzaniga et al. (2024)によれば、(1)世界全体(142か国)では、代替性の高い職業は21%、補完性の高い職業は16%、影響の小さい職業は63%、(2)先進国では、代替性の高い職業は32%、補完性の高い職業は26%、影響の小さい職業は42%、(3)新興国、低所得国では影響の小さい職業の比率が高い結果となっている10。先進国は、代替性が高い職業に従事する就業者、補完性が高い職業に従事する就業者の割合が、ともに途上国よりも高く、AIの影響をより強く受けることが示唆されている(第1-1-11図)。こうした国・地域ごとの差異は、経済発展と産業構造の変化に応じ、事務的タスクのウェイトが高い職業に従事する就業者の割合が先進国において高まることから生じていると考えられる。

第1-1-11図 AIの影響、補完・代替別の就業者の割合

また、今後の動向についても、先進国においてAIの導入がより速く進み、労働市場の変化もより速く進行する可能性がある。Kellar (2004)、Nicoletti et al. (2020)等に基づき、Cazzaniga et al. (2024)が整理した、AIの活用に関係する構造指標から構成されるAI対応度指標(AI Preparedness Index)は、(1)デジタルインフラ、 (2)人的資本・労働市場政策、(3)イノベーション・経済統合、(4)規則・倫理の4つの要素から成る11。総じて、デジタルインフラの整備等が進んでいる先進国においてAI対応度が高く、AIの発展の影響をより多く享受する可能性が示されている(第1-1-12図)。

第1-1-12図 AI対応度指標の国際比較

各国のAI対応度指標と、AIの影響の大きい職業に従事する就業者のシェアを散布図にすると、先進国は双方の数値が高く、右上側に位置する傾向が顕著に示されている(第1-1-13図)。これは、先進国においては、AI技術の活用の拡大と、労働市場への影響が相対的により速く広がる可能性を示唆しており、労働者、企業、政府の各層において、AIがもたらし得るメリット(生産性の上昇等)をより多く享受し、一方でデメリット(一部分野の雇用減少等)に効果的に手当をしていくための対応を急ぐ必要性を示していると言える。

第1-1-13図 AI対応度指標と高影響職業のシェア

5 新技術を導入した企業のシェアが50%を上回ると、新技術の導入による生産性上昇が、マクロ経済指標にも顕著に表れるとされる(Filippucci et al. (2024))。
6 抽象パズル、ビデオゲーム、画像認識、画像クイズ、画像生成、文章理解、言語モデル予測、翻訳、会話認識、音楽認識。
7 各職業への就業にあたり必要となる教育、経験及び訓練の水準に応じて以下の5段階に区分される。ゾーン1:準備がほぼ不要(皿洗い等)、ゾーン2:一定の準備が必要(カスタマーサービス等)、ゾーン3:中程度の準備が必要(電気技師等)、ゾーン4:相応の準備が必要(データベース管理者等)、ゾーン5:高度な準備が必要(弁護士等)。
8 (5)ルーティンのスコアは逆評価、すなわち自動化の度合いが高いほど低いスコアを割り当て、補完性が低いと評価する。
9 以降の図表の凡例等においては、(1)を「高影響・代替」、(2)を「高影響・補完」、(3)を「低影響」と端的に記載する場合がある。
10 本項の先進国、新興国、低所得国の分類は、Cazzaniga et al. (2024)に基づく。詳細はCazzaniga et al. (2024)Annex I.2参照。
11 主な指標は以下のとおり。
(1)デジタルインフラ:携帯電話・ブロードバンド契約数(100人当たり)、インターネット接続コスト(対GNI比)、民間Eコマース環境、公共オンラインサービス環境、等。
(2)人的資本・労働市場政策:就学年数の中央値、公共教育支出(対GDP比)、デジタルスキル、科学技術(STEM)卒業生比率、労働市場の柔軟さ(賃金決定、労働移動)、社会保障対象人口比率、等。
(3)イノベーション・経済統合:研究開発支出(対GDP比)、科学技術論文数、先端技術特許数、平均関税率、金融開放度・資本移動度・外国人訪問自由度の平均値、等。
(4)規則・倫理:デジタルビジネスに対する法的枠組の適合性、政府ガバナンスの有効性(行政サービスの質、政策実施への信頼性)等。

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