第1章 AI で変わる労働市場(第2節)
第2節 労働者の属性別にみたAIによる補完と代替
第1節では、(1)AIは職業を「代替」するとともに「補完」し得ること、(2)意思決定の重要性等が高い職業はAIの補完により便益を受ける可能性が高いこと、(3)先進国はAIの影響をより大きく受ける可能性が高いことを確認した。それでは、より具体的には、AIの影響を特に受けやすいのはどのような労働者だろうか。本節では、労働者が従事する職業に応じたAIの影響の違いをより詳細に確認するとともに、労働者の属性(教育水準、性別、年齢)に応じて、AIによる職業の補完や代替の度合いがどの程度異なるのかについて確認を行う。なお、Filippucci et al. (2024)で指摘されているとおり、AI技術は急速なペースで進化しており、AIが実行できるタスクの数が今後増えていく可能性が高く、既存の調査結果が変化する可能性が高いことには留意が必要である12。
(事務補助員の大半はAIに代替される可能性)
まずは、AIが与える影響を職業別に確認する。第1節では、事務的タスクのシェアが大きい職業はAIの影響を大きく受け、その中でも、意思決定の重要性等が高い職業はAIにより補完される可能性が高いことを確認した。ここでは、そうした職業別の影響の違いから、AIの影響が大きい職業における就業者の割合が大きく異なる3か国(英国、ブラジル、インド)ごとに、AIの影響の受け方がどのように変わるのか確認するとともに、どのようなスキルレベルの職業がAIの影響を受けやすいのか、確認する。
Cazzaniga et al. (2024)では、ILOが定める国際標準職業分類13に基づいて、英国、ブラジル、インドにおけるAIの影響別、更に補完・代替別の就業者の割合を職業別に示している(第1-2-1図)。
まずは、国ごとの違いをみると、英国では、AIの影響が大きくかつ補完性が高い専門職と管理職、AIの影響が大きくかつ代替性が高い事務補助員と技師等14の就業者の割合が高い。インドでは、ほとんどの労働者が技能工・関連職業の従事者、農林漁業従事者、単純作業の従事者15といった、AIの影響が小さい職業に従事している。ブラジルは、英国とインドのほぼ中間のケースである。これは、AI導入により先進国の労働需要が変化しやすく、新興国よりも短期間で、そうした変化が顕在化する可能性を示唆している。
さらに、国際標準職業分類ではスキルレベルに応じて職業が分類されている(Box参照)ことから、どのようなスキルレベルの職業がAIの影響を受けやすいのかについて確認することができる。
第1-2-1図をみると、必要とされるスキルレベルが高い専門職と管理職においては、AIの影響が大きくかつ補完性が高い。一方で、事務補助員についてはAIの影響が大きくかつ代替性が高い。また、技能工・関連職業の従事者、農林漁業従事者、単純作業の従事者については、AIの影響が小さい職業に当たることが分かる16。
以上より、専門職や管理職のような必要とされるスキルレベルが高い職業については、AIからより多くの便益を得る可能性がある一方で、事務補助員については多くの雇用がAIに代替されるリスクに直面していると考えられる。
Box.国際標準職業分類における職業の定義について
ここでは、国際標準職業分類における職業の定義について解説する17。
国際標準職業分類では、個人の遂行するタスク(Task)と任務(Duty)をまとめて職務(Job)と定義している(図1)。
その上で、主要なタスクと任務が類似している職務を束ねて一つの職業(Occupation)として分類している。職務間でタスクや任務が類似しているかどうかの判断は、スキルレベルに基づいて行われている18。
スキルレベルとは、タスクと任務がどの程度複雑なものか、どの範囲までのタスクと任務を含むのかといった、職務の困難さや範囲を示す概念であり、4段階で分類されている。ILO (2012)では、それぞれのスキルレベルに該当する職業について表2のとおり説明されている。
なお、スキルレベルを決定する際には、教育訓練の要件よりも従事する仕事の性質が重視される。したがって、教育訓練レベルの異なる人が同じ仕事に従事している場合、それぞれの教育訓練レベルに対応する分類項目に分類するのではなく、仕事の性質に着目して同じ項目に分類することになる。
国際標準職業分類の大分類とスキルレベルは、表3のとおり対応している。例えば、社長・専務理事は、組織の全体的な戦略と運用の方向、予算、職員の選任及び解雇について意思決定を行い、決定事項に責任を持つことから必要とされるスキルレベルが高く「管理職」という職業に分類される。一方で、所定の手順によって事務的職務を行う一般事務員は、必要とされるスキルレベルが相対的に低く「事務補助員」という職業に分類される。
(AIに代替される職業からの転職先もAIに代替される職業である可能性)
これまで、職業別にAIが与える影響が異なることについて、各国の現在の職業構成に基づき確認した。職業別にAIが与える影響が異なる場合、AIに代替される職業の労働需要が減少する一方で、AIの便益を受ける補完性の高い職業における労働需要が増加することから、労働者がAIと代替的な職業から補完性の高い職業に移行することが想定される。ただし、実際には、各職業において求められるスキルの違いなどから、職業間の移行ができる労働者もいれば、適応に苦慮する者も存在する可能性がある。
Cazzaniga et al. (2024)では、労働者がAIによる労働需要の変化に対応して職業間で移行できるかどうかを確認するために、英国とブラジルのミクロデータを分析し、AIの影響や補完・代替の度合いが異なる職業間における大卒労働者の移行の実態を検証している(第1-2-2図)。分析の結果、AIの補完性が高い職業から転職する人の3分の2程度は、引き続きAIの補完性が高い職業に転職している一方、AIの代替性が高い職業から転職する人の3分の2程度は、引き続きAIの代替性が高い職業に転職している。このことは、現状では、労働者がAIによる労働需要の変化に対して、柔軟に自らのスキルを向上・変化させて就業することの難しさを示唆している。
(同一職業であっても熟練度の低い労働者がAIの便益を多く受ける可能性)
これまで、職業別にAIが与える影響について確認してきたが、同一職業であったとしても、労働者個人の熟練度に応じてAIが与える影響が異なる可能性がある。Brynjolfsson et al. (2023)では、顧客サポート業務において、生成AIを用いた会話ツールを用いることによる生産性の影響について分析を行っている。分析の結果、AIの支援は、熟練度の低い労働者のパフォーマンスをより大きく向上させることが示されている。
ここでは例示的に、同じ職業の労働者を熟練度ごとに五分位群に分けた19上で、AIが1時間当たりの顧客サポートの解決件数に与える影響をみてみる(第1-2-3図)。AI導入による生産性への影響は、最も熟練度の低い労働者(第1群)において最も顕著であり、1時間当たりの解決件数が35%増加することを示している。一方、最も熟練度の高い労働者(第5群)に対しては、AIによる支援は生産性の向上にはつながらないことが示されている。
(女性の方がAIの影響を大きく受ける可能性が高い職業に就いている)
次に、労働者の属性に応じて、AIによる職業の補完や代替の度合いがどの程度異なるのか確認を行う。Cazzaniga et al. (2024)の分析では、AIの影響は、主に職業構成の違いによって先進国、新興国で大きく異なるが、同一国内の個人レベルでの影響のパターンは、ミクロデータ分析の対象国である先進国2か国と新興国4か国20の間で、非常に類似していることが示されている。
まずは、AIが与える影響を男女別に確認する(第1-2-4図)。AIの影響が大きい職業における就業者の割合を男女別にみると、英国、アメリカ、ブラジルでは、女性の方が男性よりもAIの影響が大きい職業に就いており、また、代替性が高い職業(事務補助員等)、補完性が高い職業(専門職等)ともに女性が多く就いていることが観察される21。この結果は、女性労働者がAIに代替されるリスクにより多く直面するとともに、AIから便益を得る女性も多いことを示唆している。
また、Gmyrek et al. (2023)では、生成AI技術で潜在的に代替可能な仕事に就いている世界の就業者の割合について、女性は3.7%と男性の1.4%よりも高いという結果を示している(第1-2-5図)22。加えて、所得水準を問わず全ての国で、女性の方が男性よりも代替可能性が高い職業に就く割合が高く、また、補完可能性が高い職業に就く割合も高いことが示されている。
Gmyrek et al. (2023)は、秘書、経理事務員、銀行窓口といったAIの影響が大きい職業に就く割合が、女性の方が男性より高いことを示している。また、CEA (2024)は、女性の方が男性よりもAIの影響が大きくかつ求められる成果が小さい業務(High-AI-Exposure with low performance requirements)に就く割合が高いため、女性労働者の方がAIに代替されるリスクにより多く直面していることを指摘している。
なお、UNESCO et al. (2022)では、定型的な作業の割合が高く、AIにより代替される可能性が高い事務補助員やサービス従事者等の職業従事者は、男性よりも女性の方が多いことから、女性の仕事はAI技術に代替される可能性が高くなるという分析が紹介される一方で、AIが女性の雇用に及ぼす影響は国や地域によって異なることから、将来の影響を一概に予測することは難しいと指摘している。
(AIの便益は教育水準の高い労働者に偏る可能性)
次に、教育水準について確認する(第1-2-6図)。AIの影響が大きい職業における就業者の割合を教育水準別にみると、調査対象の全ての国において、教育水準が高いほどAIの影響が大きい職業に就く割合が高くなっている。更に補完・代替別でみると、アメリカやインドでは、教育水準が高いほど代替性の高い職業に就く割合が高くなっているものの、国によってばらつきがある。一方で、補完性の高い職業に就く割合は全ての国において教育水準が高いほど高くなっていることが分かる。このことから、AIは教育水準の高い労働者により大きな影響を与える可能性があること、それと同時に、補完性の高さから、教育水準の高い労働者がAIの便益を受けやすいことが示唆される。
これまでの自動化では、主に定型的な業務の代替が行われてきた。しかし、AIの能力は認知機能にまで及び、膨大な量のデータを処理し、パターンを認識し、意思決定を行うことを可能にする。微妙な判断、創造的な問題解決、複雑なデータ解釈を必要とする仕事は、従来は教育水準の高い専門家の領域であったが、今後、AIの影響は高度な専門知識を必要とする業務にまで及ぶ可能性がある。ただし、その影響については、AIに代替される可能性のみならず、AIの補完により便益を受ける可能性もあると考えられる。
(年齢別ではAIの影響には各国共通のパターンはみられない)
最後に、AIが与える影響を年齢別に確認する(第1-2-7図)。AIの影響が大きい職業における就業者の割合を年齢別にみると、性別や教育水準と異なり、各国間で共通のパターンはみられない25。これは、国によって、各年齢集団の教育水準や性別の構成が異なるためと考えられる。Cazzaniga et al. (2024)は国ごとの特徴として、英国では、過去30年間に大学への進学率が高まったことから、45歳未満の大卒者比率が高い一方、ブラジルでは、女性の労働参加率の上昇により、若年層には相対的に女性が多いことを指摘している。