第1章 AIで変わる労働市場
近年発展が著しいAI(Artificial Intelligence)は、広義には「予測装置」と定義付けられる1。また、AIは一般的な技術とは異なり、広い範囲で多様な用途に使用され得る基幹的な技術である「汎用技術」(General-Purpose Technologies:GPTs)と位置付ける見方が広がり、社会、経済、政策に大きな影響を与え得ることが指摘されている2(Eloundou et al. (2023)、Lipsey et al. (2005))(第1-1-1表)。Filippucci et al. (2024)は、AIを代表的な汎用技術と比較し、広範な作業への対応可能性があることを特徴として示している(第1-1-2表)。
AIの中でも特に、OpenAI社が2022年11月に公開したChat-GPT(Generative Pretrained Transformers)に代表される大規模言語モデル(Large Language Model)に基づく生成AI(Generative AI)は、特定の作業(タスク)に対して事前に設定された手法で解析を行う従来型のAIとは質的に異なる。生成AIは、対話形式で入力された指示文(Prompt)に対し、事前に学習した膨大な情報(インターネット上の文字情報、画像等)に基づく確率分布を用いた予測を行い、「尤(もっと)もらしい」単語を連続的に返すことで、人が書いたような自然な文章を作成できる(岡野原(2023))。これにより、専門性の高い分野を含め、広範な情報に基づく文章の生成を、短時間で大量に行うことができる。さらに、その他のアプリケーションやシステムと連携させることにより、画像や音楽の生成、ロボットの操作等の物理的なタスクも可能となる。こうしたAIの進歩と適用範囲の拡大の速度は、従来の専門家の予測を上回っていると指摘されている(今井(2024))。
人とおおむね同等、分野によっては人を上回る質のアウトプットを驚異的な速度で生成可能となったAIは、ビジネスや学術活動に幅広く活用され始めている。Filippucci et al. (2024) は、従来型AIの導入は企業レベルの生産性を0~11%向上させ、生成AIはタスクレベルの生産性を10~56%向上させたとしている。これは、AIの活用は、人の手間が省け便利になるという域にとどまらず、仕事において人の関与が必要な範囲が狭まり、人手(労働時間や雇用者数)を減らす、すなわち個人が遂行する作業(タスク)、ひいては人の職業を「代替」することが現実的な選択肢となり得ることを意味する。
各国のAI研究者に対するサーベイでは、従来人が行ってきた仕事の大部分は、将来的にはAIによって対応可能となり得るとの結果もある3。実際に、雇用・採用活動にAIの具体的な影響が生じている企業もある4。Frey and Osborne (2013, 2017)は、アメリカの労働者の約47%は、AIやロボットの影響を受けやすい職業に属しており、こうした職業は10~20年の内に自動化が進行してAIに「代替」される可能性があると指摘し、論争を引き起こした。
他方で、AIの活用は、翻訳や医療画像の解析、判例検索等において労働者の生産性を高め、人のタスクや職業を「補完」する機能もある。また、AIの活用により新たな需要が創出される産業では、雇用規模が拡大することも期待される。
こうした動向と議論を踏まえ、本章では、AIが労働者にもたらす影響を概観する。1節では、AIが持つ人のタスクを「代替」する機能と「補完」する機能の視点に立脚し、各職業への影響を確認する。2節では、労働者が従事する職業に応じたAIの影響の違いをより詳細に確認するとともに、労働者の属性(教育水準、性別、年齢)に応じて、AIによる職業の補完や代替の度合いがどの程度異なるのかについて確認する。3節では、以上の確認を踏まえ、各国で進められているAI活用に向けたリスキリングの取組や、AIに代替されない能力を身に付けるために必要な教育について整理する。
なお、AIは生産性を高めるなどのメリットも多くみられる一方で、AIに学習させるデータのサンプリングの偏りやアルゴリズムを通じてアウトプットの情報が歪曲されるなどのリスクも存在する。こうしたリスクに対応するため、欧州議会ではAI法が2024年3月に可決され、G7でも2023年に「広島AIプロセス」を立ち上げ、国際指針を公表している。このように、AIの利活用による基本的人権等の侵害を防ぎながら、安全にAIを普及させていくための法整備や国際的なルール整備の動向についてはコラム1で整理する。