第2章 インドの発展の特徴と課題(第2節)
第2節 インドの産業・通商政策
本節においては、現在のモディ政権(2014年~)発足以降の過去10年程度を振り返ってインドの産業・通商政策を確認する。インドは資本集約財等の輸入により経常赤字が定着するものの、国内の輸出競争力の低い中小企業の保護等のために市場開放は限定的となっている。そのような中でIT産業等の一部の産業を中心に直接投資が増加するとともに、新技術を積極的に活用してのサービス業を中心とした発展が続いている。
1.拡大する貿易赤字の是正を掲げるインド
(貿易収支は赤字幅が拡大傾向)
1節では、過去20年、インドは製造業の生産及び輸出が伸び悩む中で、中国からの資本集約財輸入を増やしてきたことを確認した。その影響は、エネルギー輸入の増加と併せて同期間の貿易赤字の拡大として顕著に表れている(第2-2-1図(1))。一方、サービス収支は大幅な黒字で推移しており、IT産業の強みを活かしたビジネス・アウトソーシングの発達によるサービス輸出の強さが表れている。また、第一次所得収支(対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等)は赤字である一方で、第二次所得収支(非居住インド人からの本国への送金等)はプラスとなっている。総合すると貿易赤字の規模が上回ることから、経常収支は赤字傾向で推移している。こうした点は、大幅な貿易黒字により経常収支黒字を維持する中国(第2-2-1図(2))とは対照的となっている。
(貿易赤字の改善に向けて製造業の強化を推進しているが、製造業シェアは横ばい)
このような拡大する貿易赤字を是正するために、インド政府は、モディ政権(2014年~)の重要政策として2014年に「メイク・イン・インディア」イニシアティブを打ち出した(第2-2-2表)。本イニシアティブは、対内直接投資(FDI)を梃子として193、(1)雇用創出(労働集約的部門の活用)、(2)インフラ整備(産業大動脈構想の活用)、(3)国内の製造業の振興(グローバル製造業ハブの形成)を図ることを主眼としている194。これらにより、2025年までに製造業のGDP構成比を当時の16%から25%まで引き上げるとしている。
政府が各種改革を進める中で、世界銀行のビジネス環境指数195におけるインドの順位は、2014年の142位から2019年には63位まで上昇した。そのような中、感染症拡大下の2020年には「自立したインド」構想が打ち出され、GDP10%相当の経済対策が実施されると共に、「メイク・イン・インディア」の強化やサプライチェーンの強靭化を図ることとした(第2-2-3表)。さらに、インド連邦政府は2020年、インド国内での生産活動を奨励するために、重点分野の対象製品を国内で製造した場合には、売上増加分の4~6%相当の補助金を、基準年(2020年以降)から5年間支給する「生産連動型インセンティブ(PLI)スキーム」の導入を発表した(第2-2-4表)。当局は、同スキームにより5年間で少なくとも5,000億ドル相当分、インド国内での製造が増加すると見込んでいる。PLIスキームは、企業にとって大きなインセンティブとなっており、実効性のある政策として期待されている。インド製造業の国内製造が増加し、「メイク・イン・インディア」、「自立したインド」の目標に合った成果を挙げられるかが注目されている。
しかしながら、製造業のGDP構成比については、2022年時点で15.8%にとどまっている。
(製造業に不可欠な電力供給は改善傾向だが、ピーク時には未だ電力不足が発生)
製造業の強化には電力供給は重要な前提である。しかし、インドでは、気象・人口等の条件から電力需要が旺盛な一方、地理的要因やインフラの未整備により、電力不足によって停電が頻繁に発生し、製造業の発展を阻害する要因の一つとなってきた。近年はインフラの整備が進められたことで、電力の需給ギャップは解消されつつあるが、ピーク時には2022年にも1.9%の電力供給不足が発生しており、引き続きその改善が求められる(第2-2-5図)。
2.自由貿易の推進と国内産業保護の継続
(自由貿易を推進するも市場開放は限定的)
このように国内製造業の強化は進められているが、貿易振興は図られているのであろうか。インドは、アジア諸国を中心に多くの貿易協定を締結・発効している(第2-2-6表)。この他にもEUや英国を始め、交渉中の協定は多いが、一方で関税障壁撤廃等に伴う国内産業圧迫への警戒感が産業界に根強く、交渉が難航するケースは少なくない。東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)については、インドは2019年に交渉から離脱した。「メイク・イン・インディア」や「自立したインド」政策の下、国内製造業や輸出力の強化を目指している中で、広範囲の関税撤廃により安価な輸入品が流入し国内産業に打撃となることが懸念されたとされている196。
また、アメリカは、2019年にインドを一般特恵関税制度(GSP)197の適用除外としており、アメリカ通商代表部(USTR)はその背景について、インドの複数の産業分野において、アメリカの公正かつ合理的な市場アクセスが損なわれているためとした。これを受けてインドはアメリカからの輸入品28品目198に報復関税を課す事態となった。インドの国内産業保護の方針は、同国の開放を限定的なものとしている。
(小規模事業者の保護政策と輸出強化の同時実施)
インドでは中小零細企業(MSMEs)が登録ベースで801.6万社、非登録ベースを含めると推定6,300万社存在し、企業全体の約99%を占めると推計されている199。中小企業は、2021年度の輸出全体の50%、GVA全体の27%、製造業GVAの36%を占め、1.1億人の雇用を創出しており、インド経済の重要な構成部分である。しかしながら、これらの小規模企業の統廃合が進まず競争力が低いままで保護政策が続けられていることが、インドの製造業の生産性と競争力の停滞を生む要因となっている200。
こうした国内産業、中小企業保護の方針が根強い中、具体的な貿易振興策の実施権限を有する州や県との連携等による輸出促進を図るために、インド政府は2023年3月に「貿易政策2023」を発表した(第2-2-7表)。それまでの貿易政策の指針であった「貿易政策2015-2020」を拡充・強化し、終期を定めずに実施していくこととしている。従来は、中央政府が輸出振興の号令をかけても、各地方が地場産業・中小零細企業の保護を優先する結果、具体的な成果があがりづらいという問題が指摘されてきた。本政策では、地方政府(州の下の県レベル)との連携を重視し、各地で輸出すべき財の特定を進めるとともに、各地での輸出ルート開通のために真に必要な物流・インフラ整備を進めることで、輸出振興の実効性を高めることが期待されている。ゴヤル商工大臣は、2022年度に約7,600億ドルであった輸出額は、同政策の実施により2030年度までに2兆ドル規模に到達し得るとした。
3.外資主導によるIT産業の振興
(対内直接投資はIT産業を中心に増加傾向)
貿易赤字を政策目標として、国内産業保護と輸出振興をすることは理論的には可能な組合せかもしれないが、費用対効果の面やダイナミックな成長機会への影響という点では課題があると考えられる201。
こうした貿易面での対応とは別に、インドは外国企業の誘致には積極的である。インドの対内直接投資は、モディ政権が発足した2014年以降、「メイク・イン・インディア」による投資奨励政策の効果もあり、伸び率が高まっている(第2-2-8図)。米中貿易摩擦や感染症拡大を受けたサプライチェーンの見直しの動きも進む中で、2020年には過去最大の直接投資を受け入れており、国別ではアメリカからの投資が増えている。
業種別では、サービス(金融、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)関連等)は一貫して主要な投資受入れ業種となっているが、2014年以降は「コンピュータ(ソフトウェア、ハードウェア)関連等」の伸びが顕著である。特に2020年には全体の過半数を占める程のシェアとなり、IT産業におけるインドの強みを活かす動きが改めて活発化していることがうかがえる。対中直接投資は、従来製造業の比率が高く、対インド直接投資と対照的な構成であったが、近年は情報通信関連の投資も増加傾向となっている202。
なお、ストックベースでみると、インド向けの直接投資額は中国と比べて2021年末時点では4分の1程度と規模の差が依然として大きく、外資の導入による国内産業の活性化に向けては、引き続いての直接投資の奨励が求められる。
(日系企業はインドを内需成長の見込める進出・事業拡大先として評価)
ここで日系企業の動向を日本貿易振興機構(JETRO)が実施したアンケート調査からみると、日系企業が海外で事業拡大を図る国・地域の中で、インドは2022年度調査では7位と、前年度の11位から順位を上げている(第2-2-9表)。インドで事業拡大を図る理由(複数回答)としては「市場規模・成長性」を選択する企業数が最も多く(95.5%)、「顧客企業の集積(42.9%)」「すでに自社の拠点がある(39.7%)」「人件費の安さ、豊富な労働力(24.4%)」が続いた。「インフラ(電力、運輸、通信等)の充実」を選択した企業は14.1%(選択理由11項目のうち9位)にとどまった。
事業拡大理由の選択企業比率の高低については、当該国内での比較が可能であるが、ここでは、インドのビジネス環境の優位性と課題をみるため、2022年度の上位10か国について、事業拡大の理由(1)~(11)ごとに国をまたがる比較を行い、選択企業比率の高かった順に順位付けを行う。「市場規模・成長性」においてはインドが1位となる一方で、「インフラ(電力、運輸、通信等)の充実」「税制面での優位性」においてはインドは9位にとどまっており、市場規模や成長への期待がみられる一方で、制度面・インフラ面で懸念があること等が示唆される(第2-2-10表)203。
このように、外国企業がインドを進出・事業拡大先として選ぶ理由としては、その市場規模・成長性が重視されているとみられる。こうした期待を踏まえ、インドは自国での製造力の強化、輸入した資本集約財を活用した輸出力の強化によるGVCの引寄せが重要と考えられる。
4.インドの発展を広げるサービス産業や新技術の活用
(IT産業を中心にサービス輸出が拡大)
インドでは、1990年代半ばから、IT産業をはじめとするサービス業のシェアが急速に高まった204。インドのサービス輸出は、2000年代に入りほぼ一貫して増加を続けている205(第2-2-11図)。国際金融危機や感染症拡大の影響のある年においても減少幅はわずかにとどまっており、各国からの旺盛な需要とインドの競争力が背景となっている。業種別にみると、「通信・コンピューター・情報サービス」は一貫して多く(2021年のシェアは34.1%)、「その他ビジネス(研究開発、専門技術関連)サービス」は近年増勢を強めている(同38.6%)。サービス輸出、中でも情報通信・コンピューター・情報関連サービスにおいては、アメリカの寄与が大きい(第2-2-12図)。
このように旺盛なサービス輸出の下で、インドのサービス収支は黒字で推移しており、大幅な貿易収支赤字を部分的に相殺している。こうした中で、近年は貿易統計における純輸出(財)は大幅なマイナスとなっても、GDP統計における純輸出(財・サービス)はプラスに寄与するという状況がみられている。サービス輸出は、財輸出に比べ、世界の景気変動から受ける影響が小さい傾向がみられる206ことから、インドの景気の安定化にも寄与していると考えられる(第2-2-13図)。
なお、2020年からの感染症拡大下では、世界的にDX化、バリュー・チェーンのデジタル化が急速に進んだことで、インドのIT、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)は極めて堅調に推移した。インドのIT企業団体207の調査によると、主要企業のIT-BPOの輸出は欧米向けの比率が顕著に高く、アメリカ向け(62%)、イギリス向け(17%)、欧州(除くイギリス)(11%)で9割となる(第2-2-14図(1))。分野別にみると、ITサービス(51%)、ビジネス・プロセス・マネジメント(BPM)(19%)、R&D(16%)、ソフトウェア製品(6%)となっている(第2-2-14図(2))。欧米市場を中心とした輸出は、インドのITサービス業における高い技術力と競争力を示している。
以上のように、インドの貿易は、サービスで(欧米から)稼ぎ、資本集約財を(中国等から)購入するという構図となっている。経常収支赤字が続く中で、政策対応としては、サービス輸出を更に強化すること、資本集約財の自国生産を増やすこと、に重点が置かれている。
(新技術の活用による蛙跳び型の発展を志向)
インドにおいても他の新興国と同様、最先端の技術やサービス等を一気に導入して、先進国が経験してきた技術やサービスの発展段階を省略して発展を遂げる、いわゆる蛙跳び(リープフロッグ)型の発展がみられている。ここではその代表例として電気自動車(EV)と電子決済の発展状況を確認する。
(i)EV
インドでは、電気自動車の導入が進行している。2013年に「国家電動モビリティ・ミッション・プラン208」を策定し、2015年にEV生産早期普及策(FAME209)、2019年にFAME IIを導入し、生産者と消費者双方にEV導入へのインセンティブを付与した。こうした中で、インドではEV登録台数が増加しており、2022年には100万台を突破し、全体に占める比率は4.7%まで上昇した(第2-2-15図(1))210。2023年1-3月のEV比率は6.1%に上昇している。インド政府は、2030年までに乗用車の30%、商用車の70%、二輪車・三輪車の80%まで、EV比率を高めることを政府目標としている。なお、中国においては、2022年時点で新エネルギー車211の販売台数は687.2万台、全体に占める比率は25.6%に達している(第2-1-15図(2))。
(ii)電子決済
インドでは、2016年にインド決済公社(NPCI)が統合決済インターフェース(UPI)212を開発して以降、多くの民間事業者が同システムを活用した電子決済サービスを提供し213、キャッシュレス化が急速に進行した(第2-2-16図)。UPIは、スマートフォンで銀行口座間の即時送金を可能とする電子送金システムであり、預金通貨をデジタル通貨のように活用できる、世界的にも先進的なシステムとなっている。Eコマースに加え、QRコードを用いて実店舗での支払にも利用可能であり、手数料は無料である。小売電子決済の件数ベースでは、2019年度にクレジット・デビットカード、プリペイド決済(電子マネー等)等を上回り、2022年度には837万件(全体の73.5%)に達している。
さらに、2022年には、スマートフォンを所有していない人々214向けの、フィーチャーフォンで利用できるサービス(UPI123Pay)、インターネット未接続でのオフライン決済サービス(UPI Lite)も導入された。IT技術の強みを活用し、先進的な取組に加えて、デジタル化の環境が整っていない人々にも利便性を提供する金融包摂も進められている。
(インドではICT産業育成策を推進)
このようなUPI等のICT産業育成のための指針として、インド政府は、モディ政権(2014年~)の重要政策として2014年から「デジタル・インディア」イニシアティブを打ち出し、インド経済のデジタル化、それに伴う経済活動のインフォーマル部門の是正が推進されている(第2-2-17表)。
当該枠組みの主要な実績の一つとしては、政府・企業・国民が様々なデータを保管・共有・活用できるオープンシステム・プラットフォーム「インディア・スタック(India Stack)」の整備が挙げられ、これを活用したキャッスレス決済サービスの提供等が活発化している。主要なオープンシステムとしては、(1)Aadhaar(全国民にデジタルIDの付与)、(2)eKYC(本人確認のオンライン・ペーパレス化)、(3)Digilocker(各種記録・書類のデジタル化・保存)、(4)eSign(電子書類への署名)、(5)前述のUPI(銀行間送金のリアルタイム化)等が挙げられる。
また、複雑な税制を簡素化するため、2017年7月に物品・サービス税(GST)が導入された際には、行政事務手続の効率化の観点から、仕入品の税還付を受けるためのインボイスと申告書の手続は、上記システムを活用してオンラインで行われることとなった。こうした手続は課税逃れ等の防止にも資することから215、インド政府はオンライン納税への移行を推進した結果、GSTの納税企業数は2022年度には2017年度比で倍増した。税収面でも、感染症拡大期の2020年度を除き、顕著な増加傾向が続いている216(第2-2-18図)。
(1)世界財輸出伸び率 = -3.91+2.15×世界GDP成長率
(2)世界サ輸出伸び率 = -1.19+1.48×世界GDP成長率
(3)インド財輸出伸び率 = -3.22+3.05×世界GDP成長率
(4)インドサ輸出伸び率 = 2.19+1.83×世界GDP成長率