第3章 主要地域の経済動向(第3節)
第3節 ヨーロッパ経済
本節では、ヨーロッパ経済の最近の動向を振り返るとともに、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う封鎖措置に起因する製造業の生産減少など、ヨーロッパ経済とその先行きに影響を与えている事象を取り上げ、今後の見通しとリスク要因を整理する。
ユーロ圏経済は、19年末にかけて、良好な雇用・所得環境や緩和的な金融政策を背景として個人消費等の内需を中心に緩やかな回復基調で推移してきた。しかしながら、昨年から続く中国経済の減速に伴う外需の伸びの鈍化により輸出や生産が弱含んでいたことに加え、20年上旬に感染症が世界的に拡大した影響により、経済活動全体が停滞し景気は一時極めて厳しい状況に陥った。しかしながら、その後感染拡大の勢いが弱まったことから、5月以降、各国で経済活動の段階的再開が進んでおり、景気は持ち直しの動きがみられる。
英国では、20年1月末にEUを離脱し、英国のEU離脱そのものへの不確実性は解消されたものの、離脱後の英国・EU間の経済関係をめぐる不確実性が継続しており、また、20年初に大流行した感染症の影響も加わり、英国における不確実性は更に高まっている。
1.ユーロ圏と英国の経済動向
(1)ユーロ圏経済の動向
(景気は依然として厳しい状況にあるが、持ち直しの動きがみられる)
ユーロ圏の19年の実質経済成長率は前年比1.3%増と、18年の同1.8%増を下回る弱い回復となった。ユーロ圏経済は18年後半以降、良好な雇用・所得環境や緩和的な金融政策を背景に個人消費等の内需を中心とした緩やかな回復基調で推移してきたが、英国のEU離脱問題や米中貿易摩擦、中国経済の減速に伴う外需の伸びの鈍化が生産や輸出の下押し要因となり、19年末にかけて成長の鈍化が続いた。19年10~12月期の実質経済成長率は前期比年率0.2%増と、低水準ながら13年4~6月期以降27四半期連続のプラス成長を維持したものの、感染症拡大の影響により、20年1~3月期は同14.1%減、4~6月期は同39.5%減と28四半期ぶりかつ2期連続のマイナス成長に陥った(第3-3-1図1)。4~6月期の需要項目別内訳をみると、個人消費は、19年までの堅調な推移から一転して急減し、マイナス成長に対して最も大きく寄与した。政府消費も2期連続のマイナス寄与となった。総固定資本形成も19年10~12月期から反転して大きく減速しており、その構成項目のうち機械設備投資の落ち込みが特に激しく、大幅なマイナス寄与となった。外需については、輸入が減少したものの、輸出も大きく減少したことから前期に引き続きマイナス寄与となった。また、在庫投資は前期から減少し成長にほぼ中立となった。需要項目が在庫投資を除き総じて減速した要因は、感染症の拡大を防止するための各国の防疫措置により、企業活動や個人の消費行動が大幅に制限され、経済活動が停滞したことにある。これにより、ユーロ圏の景気は急速に悪化し、3~4月にかけて極めて厳しい状況に陥った。さらに、各国の制限措置が段階的に解除され始めたのが5月以降だったことから、ユーロ圏の20年4~6月期の成長率は1~3月期以上に落ち込むとともに、95年の統計開始以来最大の下落率を記録した。企業の景況感をみると、マインドはサービス業を中心に悪化しており、4月には製造業PMIはリーマンショック期(33.5、09年2月)と同水準となる33.4、サービス業PMIは統計開始以来の最低値となる12.0を記録した(第3-3-2図)。ただし、5月以降は各国の制限措置が段階的に解除されたことで、PMIは感染拡大前の水準に戻りつつあり、足下では持ち直しの動きがみられる。
(ドイツ、フランス、イタリア、スペインは依然として厳しい状況にあるが、持ち直しの動きがみられる)
ユーロ圏全体では、感染症の拡大の影響により、各国で度合いは異なるものの、主要国を中心に輸出や生産が落ち込んでおり、依然として厳しい状況にあるが、足下では持ち直しの動きがみられる。
ドイツの実質経済成長率は、19年10~12月期に前期比年率0.1%減とやや弱い動きとなった後、20年1~3月期に同7.8%減、4~6月期には同33.5%減と、2期連続で大幅なマイナス成長となった(第3-3-3図)。20年1~3月期は、内需については、個人消費、機械設備投資が大きく減少する一方、政府消費、建設投資、在庫がプラスとなった。外需については、輸出、輸入ともに減少したが、減少幅では輸出が輸入を大きく上回ったことから、純輸出としては成長に対してマイナスに寄与した。4~6月期も同様の傾向だが、前期よりも個人消費、総固定資本形成、外需ともに前期よりも大幅なマイナス寄与となった。
ドイツでは、感染症の影響により、市民の消費行動や企業活動が大幅に抑制され、経済活動に多大なマイナス影響がもたらされた。企業の景況感をみると、製造業PMI、サービス業PMIともに大幅に低下している(第3-3-4図)。特に飲食や宿泊を始めとするサービス業の落ち込みが大きく、20年4月のサービス業PMIはリーマンショック期(09年2月)の41.3を大幅に下回り、統計開始以来最低値となる16.2となった。ただし、5月以降は制限措置の段階的解除が始まった影響で持ち直しの動きをみせており、7月以降は中立水準を上回って推移している。
フランスの19年10~12月期の実質経済成長率は、前期比年率0.8%減となった(第3-3-5図)。また、20年1~3月期は同21.5%減、4~6月期は同44.8%減と、1949年の統計開始以来最大の下落率を記録した上、3期連続のマイナス成長となった。20年1~3月期の内訳をみると、個人消費、政府支出、総固定資本形成が総じて大幅なマイナスに陥った。外需についても、輸出、輸入ともに減少したが、減少幅では輸出が輸入をわずかに上回ったことから、外需としては成長に対してマイナスに寄与した。一方、在庫はわずかに成長にプラス寄与となった。この傾向は4~6月期も同様だが、個人消費、政府支出、総固定資本形成、外需のいずれも前期よりも大幅なマイナス寄与となった。この背景には、各国と同様に感染症の拡大が強く影響している。特にフランスは観光産業が盛んであり、感染症拡大に伴う入国制限の導入は外国人観光客を大きく減少させたとみられ、非居住者家計の国内での直接購入(いわゆるインバウンド消費額等)は、20年1~3月期に前期比20.7%減、4~6月期に同67.3%減となり、外国人観光客や貿易の減少の影響を受けた旅客・貨物輸送サービスも20年1~3月期に3.2%減、4~6月期に30.3%減と大きく減少した(第3-3-6図)。企業の景況感をみると、製造業PMI、サービス業PMIとも大幅に低下した(第3-3-7図)。特に、前述したようにフランスは観光産業が盛んであることから、飲食や宿泊を始めとするサービス業の落ち込みが激しく、20年4月のサービス業PMIはリーマンショック期(09年2月)の40.2を大幅に下回り統計開始以来の最低値となる10.2を記録した。ただし、5月以降は制限措置の段階的解除が始まった影響で持ち直しの動きをみせており、6月は50.7、7月は57.3、8月は51.5と、3か月連続で中立水準を上回り改善圏内に復帰した。
イタリアの19年10~12月期の実質経済成長率は、前期比年率0.9%減、20年1~3月期は同20.1%減、4~6月期は同42.2%減と、現行方式の統計が始まった95年以来最大の減少率を記録し、3期連続のマイナス成長となった(第3-3-8図)。20年1~3月期については、個人消費、政府支出、総固定資本形成が総じてマイナスに陥った。外需についても、輸出、輸入ともに減少したが、減少幅では輸出が輸入を上回ったことから、外需としては成長に対してマイナスに寄与した。一方、在庫は成長にプラス寄与となった。4~6月期は、在庫がマイナス寄与に転じた以外は同様の傾向だが、個人消費、総固定資本形成、外需のいずれも前期よりも大幅なマイナス寄与となった。この背景としては、欧州の他国同様、感染症の拡大が強く影響している。企業の景況感をみると、製造業PMI、サービス業PMIとも封鎖措置が本格化した4月に最低値を更新した(第3-3-9図)。イタリアもフランス同様に観光産業が盛んであることから特にサービス業の落ち込みが大きく、20年4月のサービス業PMIはリーマンショック期(09年2月)の37.9を大幅に下回り統計開始以来の最低値となる10.8を記録した。5月以降は制限措置の段階的解除が始まった影響で持ち直しの動きをみせており、7月は51.6と中立水準に復帰したが、8月は47.1と再び中立水準を下回った。
スペインの19年10~12月期の実質経済成長率は前期比年率1.7%増、20年1~3月期は同19.3%減、4~6月期は同55.8%減となり、2期連続でマイナス成長となった(第3-3-10図)。20年1~3月期については、内需では個人消費と総固定資本形成が前期から大きく減少し、政府消費と在庫がプラスとなった。外需については、輸出が大きく減少したが、輸入も大きく減少したため、外需としてのマイナス寄与はわずかなものとなった。4~6月期も同様で、個人消費、総固定資本形成、外需のいずれも前期よりも更に大きく減少した。
スペインでも、感染症拡大によって経済活動に多大なマイナスの影響がもたらされた。企業の景況感をみると、製造業PMI、サービス業PMIともに大幅に低下している(第3-3-11図)。特に、スペインはフランスやイタリアと同様に観光産業が盛んであることから、飲食や宿泊をはじめとするサービス業の落ち込みが大きく、20年4月のサービス業PMIはリーマンショック期(09年2月)の31.7を大幅に下回り、統計開始以来の最低値となる7.1となった。ただし、5月以降は制限措置の段階的解除が始まった影響で持ち直しの動きをみせており、6月以降は中立水準を上回って推移している。
(個人消費は持ち直している)
ユーロ圏の個人消費は、19年まで緩やかな増加を続け、ユーロ圏の経済成長の原動力の役割を果たしてきたが、20年1~3月期、4~6月期に大幅に減少した(第3-3-12図)。この背景には、各国が感染症拡大の防止策として多くの店舗・施設を閉鎖するとともに、市民の不要不急の外出を厳しく制限したことがある。家計の可処分所得は19年10~12月期に著しく悪化したが、20年1~3月期は前年比の伸びがやや戻った(第3-3-13図)。また、貯蓄率をみると、感染症の拡大に伴う制限措置により個人消費が抑制されたことから、20年1~3月期は16.9%と、19年10~12月期の12.7%から大幅に上昇し、99年の統計開始以来の最高値を記録した。ドイツやフランスでは従業員操業短縮制度や一時帰休制度の活用により失業率の上昇の抑制が図られているが、イタリアでは労働市場からの退出者の増加、スペインでは解雇による失業者の増加により、雇用情勢が悪化した。ただし、20年5月以降は各国の制限措置が段階的に解除されたことで、足下の消費者信頼感は上向き始めるなど、マインドは持ち直している(第3-3-14図)。
(輸出は持ち直しの動きがみられる)
ユーロ圏の輸出は、主に米中貿易摩擦や中国経済の減速に伴う外需の伸びの鈍化に加え、自動車に対する世界的な需要の低迷や英国のEU離脱に係る不確実性により、19年半ばから20年2月にかけて弱含みで推移してきた。20年3月の輸出額は前月比8.1%減、4月は同25.0%減と大幅に減少、国別では、アメリカや英国を始めとする多くの輸出相手国がマイナスに寄与した(第3-3-15図)。これは主に、感染症対策として各国で実施された移動制限等の措置が需要を低下させるとともに、製造業の生産を大幅に抑制し、サプライチェーンの断絶を引き起こしたことによると考えられる。輸出先でみると、欧州以外ではアメリカに次ぐ輸出相手国である中国において、19年末~20年初にかけて新型コロナウイルスの集団感染が確認され、武漢市を始めとする複数都市及び工場の封鎖に伴い経済活動が停滞したことにより、ユーロ圏から中国への財輸出は20年1月から、アメリカへの財輸出は2月から3か月連続で減少した(第3-3-16図)。貿易収支については、主に中国、英国及びユーロ圏を除くEUからの輸入が20年2月以降大幅に減少したことから貿易黒字は拡大し、3月に260億ユーロの黒字となったが、その後、輸出も大幅に減少したことから黒字は縮小し、4月は9億ユーロ、5月は86億ユーロにとどまった。その後、各国の経済活動の再開を反映し、中国への輸出は4月から、アメリカや英国等への輸出は5月から前月比でプラスに転じており、貿易黒字も6月は171億ユーロに拡大した。
また、先行きについて輸出受注に対する企業の景況感(製造業PMI)をみると、19年中、おおむね45前後で推移していた景況感は、20年1月に中立水準に近い49.5まで回復したものの、感染症拡大の影響を受けて同月をピークとして急落し、4月に統計開始以来の最低値となる18.9を記録した(第3-3-17図)。ただし、5月以降は各国の段階的な制限措置の緩和に伴い持ち直しの動きがみられており、7月以降は中立水準に戻っている。
(鉱工業生産は持ち直している)
ユーロ圏の鉱工業生産は、19年半ば以降、世界的な自動車の需要減少に伴いドイツの主力産業である自動車の生産が停滞し、グローバル・バリュー・チェーンを通じてユーロ圏の製造業全体に波及したことから弱い動きで推移してきたが、20年に入ると回復の兆しを見せていた(第3-3-18図)。しかしながら、20年2月以降は感染症の拡大を受け各国が厳しい制限措置を講じ、工場の停止やサプライチェーンの断絶が発生した結果、3月の生産は前月比11.8%減と大幅に落ち込んだ。特にイタリアでは、生活に必要不可欠でない業種の生産活動が一斉に禁止されたこともあり、同国の生産は同28.4%減と著しく減少した。また、イタリア以外の主要国については、4月が減少のピークとなった。その後、5月以降は各国の段階的な制限措置の緩和に伴い持ち直しており、5月は多くの国の生産が前月比でプラスに転じた。
製造業PMIをみると、4月の新規受注は18.8、新規輸出受注は18.9と、統計開始以来の最低値を記録したが、その後、5月以降は欧州各国での制限措置の段階的解除を反映し、8月の新規受注は55.4、新規輸出受注は51.9まで戻しており、受注は改善圏内に復帰した。
(機械設備投資は下げ止まりの兆しがみられる)
ユーロ圏の機械設備投資は、緩和的な金融政策の継続にもかかわらず、世界的な製造業の不振の影響により、17年10~12月期をピークに減速傾向にある。特に、19年4~6月期はフランス、7~9月期はドイツと、主要国での投資が縮小し前期比でマイナスに落ち込んだ。10~12月期はドイツ、フランス、イタリア、スペインといった主要国が落ち込む一方、その他の国での投資増加によりプラスへと回復したが、感染症の拡大とそれに対応した各国の制限措置の影響で、20年1~3月期は前期比年率33.9%減、4~6月期は同58.2%減と大幅な減少を記録した(第3-3-19図)。ただし、資本財生産・受注をみると、足下で増加傾向にあることから、下げ止まりの兆しがみられる。
また、ユーロ圏の設備稼働率をみても、19年以降、米中貿易摩擦や英国のEU離脱問題等、ヨーロッパ内外の政治的・政策的不確実性を反映して低下傾向にあり、20年4~6月期は感染症拡大に伴う制限措置により、09年のリーマンショック期と同水準まで急落した(第3-3-20図)。
一方、建設投資(非住宅及び住宅)2については、緩和的な金融政策に支えられ、18年4~6月期から19年1~3月期にかけて比較的堅調に推移してきた(第3-3-21図)。4~6月期には主にドイツ、フランス、スペインが伸び悩んだことからユーロ圏全体の建設投資はマイナスに陥ったが、7~9月期及び10~12月期にかけては、フランスを除く主要国で再び投資が増加したことからユーロ圏全体もプラスへと回復した。しかしながら、感染症の拡大に伴う企業・施設の閉鎖等の制限措置を反映し、20年1~3月期は前期比9.0%減、4~6月期は41.5%減と、リーマンショック期の最低値13.4%減を大幅に下回る結果となった。部門別では、4~6月期の住宅投資は40.1%減、非住宅投資は43.0%減といずれも同程度の落ち込みがみられた。なお、建設業景況感における今後の見通しについても、18年以降中立水準である50を上回って推移していたが、19年以降は低下傾向にあり、20年4月を境に急落した。今後の先行きは当面厳しい状況が継続するとみられるが、足下では持ち直しの兆しがみられる(第3-3-22図)。
(失業率は上昇している)
ユーロ圏全体の失業率は、08年5月から20年3月にかけて低水準で推移してきたが、3月7.2%から、4月7.5%、5月7.7%、6月7.8%と3か月連続で上昇した(第3-3-23図(1))。欧州では3月以降、感染症の拡大を受け、イタリアやフランスを始めとする多くの国で店舗や企業が政府主導による閉鎖・休業を余儀なくされたことから、労働市場は陰りを見せ始めた。国別にみると、製造業の割合が高いドイツと、観光等のサービス業への依存度が高く外出制限や店舗閉鎖が長期化したフランスやイタリア、スペイン等との間で、雇用情勢の変化に違いがみられる。操業短縮手当の制度を整備しているドイツでは、従業員の労働時間を一時的に削減することで企業が従業員の雇用を維持しやすく、失業率の上昇が抑えられる傾向にある。一方で、フランスでは同様の制度があるものの、4月の失業率は8.7%と3月の7.6%から急上昇した。失業者が増加した背景について、フランス労働省は、大量解雇の発生ではなく短期雇用契約満了後の雇い止めや新規雇用の減少が主因であると説明している。ただし、5月は経済活動の再開に伴い建設、公共事業、運輸等の部門で新規雇用が増加したことから、失業率は8.1%と4月から改善した。また、イタリアでも従業員や自営業者への手当の給付が行われているが、同国では反対に、4月の失業率は6.6%と3月の8.2%からの急速な低下がみられた。これは、制限措置の影響により求職活動を一時的に中断して労働市場から退出し、失業者としてカウントされなかった者が多くいたためであると考えられる。ただし、5月の失業率は7.8%と上昇し、非労働力人口は前月比1.6%減と減少したことから、4月の一時的な退出者が労働市場へ復帰し求職活動を始めたことで、失業者としてカウントされるようになったと考えられる。
ユーロ圏の将来的な雇用見通しをみると、改善と答える企業の割合が継続的に低下しており、19年6月に中立水準であるゼロを割り込んだ後、感染症拡大の影響を受けて4月には-27.3まで落ち込んだ(第3-3-23図(2))。また、5月以降は回復の兆しをみせているが引き続きゼロを下回っており、水準は低い。
(物価は低下している)
ユーロ圏の消費者物価上昇率(総合)は、18年11月以降、エネルギーや食料価格の下落を反映して、ECBのインフレ参照値である2%(前年比)を大きく下回り、1%前後で推移していた(第3-3-24図)。19年後半には、エネルギー価格の上昇により、12月から2か月連続で上昇し、物価が上向く兆候がみられていた。3月になると、封鎖措置に起因する買い溜めや物流の停滞で食料品価格に上昇圧力がかかったが、感染症による景気後退懸念や国際的な移動制限に加え、OPECプラス会合における原油の協調減産継続の協議が整わなかったことにより原油価格が大幅に低下した影響で、エネルギー価格が急落した。また、感染症の拡大により飲食業や観光業を中心に経済が大きな打撃を受けたことから、サービス価格にも下押し圧力がかかった。その結果、物価上昇率は、3月は前年同月比0.7%、4月は同0.3%、5月は同0.1%と低下が続いた。また、エネルギーや食料品を除いたコア物価上昇率についても、19年末の前年同月比1.4%をピークに低下傾向にあり、5月は同1.2%となった。6月の物価上昇率(総合)は同0.3%と持ち直したものの、コア物価上昇率は同1.1%と再び低下した。5月以降、各国では封鎖措置の解除と経済活動の再開が段階的に進められており、原油価格も持ち直しの動きがみられるが、雇用・所得に対する先行きの不透明感があり、需要が減退する中で企業が商品・サービスの価格を上げづらい環境にあるとみられる。なお、7月は物価上昇率(総合)、コア物価上昇率ともそれぞれ同0.4%、同1.3%と上昇したが、これは、フランスやイタリアなど一部の国での夏のセールが前年に比べて後ろ倒しで実施されたことによる影響が指摘されており、一時的な動きとみられる。
(財政政策の動向)
ユーロ圏の一般政府財政収支対GDP比は、赤字が11~15年平均の-3.1%から18年には-0.5%にまで縮小した。欧州委員会の春季見通し(20年5月)によると、ユーロ圏の財政赤字は、19年は-0.6%にとどまったが、20年の見通しは-8.5%と、感染症の拡大によって大きく影響を受けた家計への直接給付や企業支援が実施されたことから、大幅に拡大することが見込まれている(第3-3-25表)。
ヨーロッパ経済の回復に向けては、EUが包括的なパッケージを検討・立案している。6月までに公表された主な財政政策を挙げると、まず4月に、加盟国政府が減額された労働者の賃金を補てんするための原資をEUが当該国政府に低金利で貸し出す「Support to mitigate Unemployment Risks in an Emergency(SURE)」を含む総額5,400億ユーロ規模の景気刺激策が公表された。次いで5月に、加盟国に対し返済不要の補助金交付と要返済の融資を可能にする総額7,500億ユーロ規模の経済復興基金案「Next Generation EU」が欧州委員会により公表された。なお同基金は、EUの次期中期予算である21~27年の「多年次財政枠組み(MFF)」に組み込まれており、復興計画向けの強化分も加えるとMFFは総額1兆8,500億ユーロ規模となる。加えて、欧州委員会は14~20年の現行MFFを修正し、年内に115億ユーロを追加支出する意向を表明している。しかしながら、加盟国全体での債務の共通化は、財政状況が健全で規律を重視するオランダ等の国々の反発を招いている。ドイツも基本的に規律重視国であるが、上述の経済復興基金については、欧州委員会の立案に先んじて、ドイツ・フランス両首脳がEUの予算枠内で5,000億ユーロ規模の互助的な支援措置を講じるべきとする共同提案を行った。EUはこれを歓迎し基金案を作成したものの、上乗せ分の2,500億ユーロについては、規律重視国に配慮して要返済の融資にしたとみられている。しかしながら、規律重視国はこの配分についても反対していたことから、6月19日、7月17~21日に欧州理事会が開催され、長時間の議論の結果、総額を7,500億ユーロで維持しつつ、補助金を3,900億ユーロ、融資を3,600億ユーロとして、補助金の比率を減らすことで合意に至った。また、MFFの規模は、調整の過程で復興基金の規模や加盟国の分担拠出金とのバランスを鑑み、1兆743億ユーロに減額された。今後は、欧州議会での承認及び各国での批准手続きが進められることになる。
(財政ルールをめぐる動向)
感染症及び各種制限措置の影響を緩和するべく、EU各国は大規模な財政支援を実施したが、それに伴い、各国の20年の財政状況は大幅に悪化する見通しとなっている(第3-3-26図、第3-3-27図)。EU加盟国は安定成長協定により、一般政府財政赤字が対GDP比3%を上回らず、公的債務残高の対GDP比が60%を下回ることが求められており、この基準を大きく逸脱する加盟国に対しては、是正措置として過剰財政赤字是正手続(EDP:Excessive Deficit Procedure)を適用して、財政規律を遵守することが求められている3。感染症の影響により欧州の景気は極めて厳しい状況にあることから、20年3月に過剰財政赤字是正手続の一般免責条項の適用が認められ、一時的に財政ルールからの逸脱が可能になった。
(2)英国経済の動向
(景気は依然として厳しい状況にあるが、このところ持ち直しの動きがみられる)
3度にわたり英国のEU離脱の延期が行われた後、英国は20年1月31日に離脱したものの、離脱後の英国・EU間の経済関係をめぐる不確実性が継続している。さらに、感染症拡大による休業要請や外出制限などの都市封鎖が、英国の経済活動に様々な影響を与えているが、このところ持ち直しの動きがみられる。
20年1~3月期、4~6月期の実質経済成長率は、それぞれ前期比年率9.7%減、同58.7%減となり、4~6月期は統計開始以来最大の減少幅となった(第3-3-28図)。この背景には、英国が他の欧州諸国に比べてやや遅く移動制限等の制限措置を行ったこともあり、感染者が増加し、経済活動再開が遅れたことが起因しているとみられる。堅調であった雇用・所得環境も悪化の兆しがみられるほか、感染症拡大による外出制限が影響し、個人消費は、大幅に減少した。民間設備投資は、大幅に減少している。外需については、財輸出は感染症拡大に伴う世界的な経済活動停滞により大幅に減少したものの、財輸入も大幅に減少したことで、全体としてはプラスに寄与した。
(消費は持ち直している)
個人消費は、感染症拡大に伴う3月23日からの休業及び外出制限により、大幅に減少した(前掲第3-3-28図)。減少の背景には、実質賃金の伸びが19年半ば以降鈍化しており、もともと所得環境に弱さがみられていたことも影響したと考えられる(第3-3-29図)。ただし、後述するように、小売売上や新規乗用車登録台数の足下の動きをみると、英国の消費は、持ち直している。
小売売上は、感染症拡大に伴う3月23日からの休業措置により、3月に減少し、4月には96年1月の統計開始以来最大の減少幅となったものの、20年7月には持ち直している(第3-3-30図)。
耐久財消費について新規乗用車登録台数をみると、18年末以降弱含んで推移していたが、感染症拡大に伴う外出制限や自動車ショールームの閉鎖4により、20年3月に減少した後、4月は1946年2月以来、74年ぶりの低水準になった。20年5、6月は、引き続き低い水準となっているものの前年比でみた減少幅が縮小し、7月には増加に転じ、持ち直しの動きがみられた(第3-3-31図)。しかし、消費者信頼感の内訳項目である高額商品購買意欲をみると、4月に大幅に低下した後、5月は更に低下した。6、7月にやや改善したものの、水準は低く、耐久財消費の先行きは引き続き厳しいとみられる(第3-3-32図)。
感染症拡大に伴う外出制限や休業措置は、段階的に緩和されつつあるものの、感染拡大に伴う経済活動の抑制を背景に、消費者信頼感(総合)は20年4月に大幅に低下し、5月に更に低下した後、やや改善したものの、引き続きマイナス圏内で推移している(第3-3-32図)。また、離脱後の英国・EU間の経済関係をめぐる不確実性も継続していることから、消費の先行きには留意が必要である。
(財輸出は持ち直しの動きがみられる)
財輸出は、19年半ば以降、非貨幣用金の輸出が増えていることも寄与し増加していたが、20年初以降、感染症拡大に伴う世界的な経済活動停滞やサプライチェーンの混乱も影響し、EU域外向けを中心に大幅に減少した後、20年5月以降は持ち直しの動きがみられる(第3-3-33図、第3-3-34図)。
先行きについて、製造業PMIの新規輸出受注指数をみると、19年は、EU離脱に係る不確実性が継続していたことや、EUに立地する企業が英国企業をサプライチェーンから外す動きを背景に、おおむね中立水準とされる50を下回って推移していた。20年4月には、感染症拡大に伴う世界的な経済活動の停滞により大幅に悪化し、5月以降は改善を続け、8月には50を上回った。ただし、EU離脱後の英国・EU間の経済関係をめぐる不確実性が継続していることから、本格的な回復には時間がかかる可能性がある(第3-3-35図)。
(生産は持ち直している)
鉱工業生産は、19年後半は英国のEU離脱に伴う不確実性の影響で弱含んでいたものの、19年12月に総選挙で英国の保守党が勝利し、EU離脱が確実となったことで20年初は前月比でプラスになった。しかしながら、感染症拡大による自動車メーカーの工場閉鎖やサプライチェーンの混乱により20年3、4月に大きく減少した。5月以降は、経済活動が段階的に再開される中で抑制されていた需要が顕在化し、持ち直している(第3-3-36図)。
企業による景況感をみると、製造業PMI、サービス業PMIともに、20年4月にはそれぞれ、92年1月、96年7月の統計開始以来の最低値を記録した。しかし、製造業PMIは20年6月に、サービス業PMIは7月に、それぞれ中立水準を上回り、8月のサービス業PMIは14年8月以来の高水準となった(第3-3-37図)。
先行きに関して、製造業PMIの新規受注指数、新規輸出受注指数をみると、20年1月末に英国・EU双方による離脱協定の批准を経てEUを離脱したことから、英国のEU離脱そのものへの不確実性が解消され、新規受注指数は1、2月にかけて改善の動きがみられた。3、4月に感染症拡大に伴い悪化した後、5~7月には持ち直しの動きがみられ、8月には中立水準を大きく上回り、需要は回復しつつある。新規輸出受注指数については、3、4月に大幅に悪化し、5月以降は持ち直しの動きがみられるものの、8月には中立水準をわずかに上回るに止まっており、外需よりも内需の方が堅調とみられる。離脱後の英国・EU間のFTA交渉は難航しており、引き続き離脱後の経済関係に不確実性があることから、本格的な回復には時間がかかる可能性がある(前掲第3-3-35図)。
ただし、製造業PMIの在庫指数をみると、延期された新たな離脱期日である19年10月末に備え、19年10月にやや上昇したものの、その後はおおむね中立水準である50を下回って推移していた。さらに、20年5、6月には一段と低下した後、7月に上昇したものの、8月には再び低下している(第3-3-38図)。在庫が減少圏内にあることから、今後、在庫の積み増しを通じて、生産が下支えされる可能性がある。
(民間設備投資は下げ止まりの兆しがみられる)
民間設備投資は、19年1~3月期以降は3四半期連続でプラスに転じたものの、10~12月期、20年1~3月期に再び減少した後、4~6月期には大幅に減少している(第3-3-39図)。離脱後の英国・EU間の経済関係をめぐる不確実性や感染症拡大が、設備投資を押し下げているとみられる。ただし、資本財生産は足下で増加傾向に転じるなど、民間設備投資は下げ止まりの兆しがみられる。
一方、イングランド銀行(BOE)が企業を対象に実施した調査5によると、企業の設備投資意欲は、20年1月末に英国・EU双方による離脱協定の批准を経た上でEUを離脱したことから、1月の調査では改善がみられたものの、4月以降、大幅に低下した(第3-3-40図)。8月になっても、不確実性を理由に設備投資の見送りやキャンセルが報告されており、設備投資意欲は低い水準となっている。企業の設備投資意欲は、感染症に伴う不確実性に加え、後述するように、英国・EU間の経済関係をめぐる不確実性の高止まりを背景に、低迷を続ける可能性がある。
(雇用情勢は悪化の兆しがみられる)
失業率(ILO基準)は、熟練労働者不足を背景に改善を続け、20年4月までは、75年以来の低水準となる3.9%前後でおおむね横ばいで推移していたが、7、8月にはそれぞれ4.3%、4.5%と徐々に高まっている(第3-3-41図)。感染症拡大後も、しばらく失業率が横ばいを続けていた背景には、景気には大きな下押し圧力がかかっているものの、職を失った人の多くが、都市封鎖を背景に積極的な職探しができず、失業としてではなく、非労働力人口として計上されていた可能性がある(前掲第2-4-28図)。また、第2章で述べたように、政府の雇用支援策により、失業が抑制されているとみられる。しかし、経済活動が段階的に再開され、職を失った人が求職活動を始め、労働市場に参入し、その中で職を得られない人が失業者として計上されて7、8月の失業率の上昇につながったと考えられる。名目賃金(週平均、ボーナス除く)上昇率については、前年比で19年半ば以降鈍化しており、20年4月以降一段と鈍化していた6が、8月には0.8%と上昇している。これは、小売業、ホテル・レストラン、建設業といった業種を中心に、一時帰休から復帰した人が多かったことによると考えられる。実質賃金(週平均、ボーナス除く)上昇率は、20年に入り、原油価格の一段の下落に伴い消費者物価上昇率が低下しているものの(後掲第3-3-46図)、名目賃金の伸びの鈍化を受けて低下している。ただし、名目賃金が上昇に転じた8月は前年比0.1%と上昇している(第3-3-42図)。
また、雇用のマインドについてみると、製造業、サービス業におけるPMIの雇用指数は、20年4月に大幅に悪化し、5月以降改善しているものの、依然として中立水準を大幅に割り込んでいることには留意が必要である(第3-3-43図)。20年9月に公表されたBOEの調査結果7をみても、19年5月以降、雇用意欲が中立水準を割り込んでいたが、20年4月以降更に低い水準で推移している(第3-3-44図)。実際、求人数も5、6月に大幅に減少した後、7月にやや増加したものの低い水準となっており(第3-3-45図)、感染症拡大が雇用にも負の影響を与えていると考えられる。こうした状況を踏まえ、BOEは、失業率が20年第4四半期に7.5%程度に上昇すると予測8している。
(コア消費者物価上昇率はおおむね横ばい)
コア消費者物価上昇率は、19年半ば以降、2%を幾分下回っていたものの、20年7月には、19年と比較して、おおむね横ばいとなっている(第3-3-46図)。これは、20年1月以降の原油価格の下落が一服し、生産者投入価格といった川上の物価上昇率の前年比の減少幅が縮小していることに加え(第3-3-47図)、感染症で停滞していた経済活動の再開による長距離バスや船等の輸送サービス料金の上昇などが寄与していると考えられる。消費者物価上昇率(総合)は、19年8月以降、BOEの物価目標である前年比2%をやや下回るにとどまっていたが、感染症拡大や協調減産交渉の不調により原油価格が更に低下したこと、エネルギー小売価格の上限が引き下げられたことや水道料金の引下げにより、20年4月以降、2%を大きく下回って推移している(第3-3-46図、第3-3-48図)。
今後、英国政府による感染症に対する財政政策である飲食・宿泊等への付加価値税(VAT)率引下げ9や、外食支援10が、消費者物価上昇率を更に下押しする可能性がある。
(英国のEU離脱をめぐる動向11)
16年6月の国民投票から3度の離脱期日延期を経て、20年1月末にEUを離脱した英国は、年末までの移行期間中、離脱前と同様にEUの法令が適用され、EUの単一市場、関税同盟にとどまっている(第3-3-49表)。20年2月27日に公表されたEUとの将来関係に係る英国の交渉方針において、移行期間中に包括的な自由貿易協定(FTA)12での合意を目指すとしており、20年6月に大枠がまとまらなければ、その時点でWTOルールでの対EU貿易の準備に取り掛かることを示唆していた。英国政府は、20年5月19日、移行期間終了後の21年1月1日から、FTAを締結していない国との貿易で採用される新たな関税率を公表した。関税率の端数を切り下げた関税率の簡素化、約60%の品目をゼロ関税とすること、英国内産業を保護するために自動車や農業、漁業は現在の関税率を維持することなどが記載されており、FTAを締結していない場合のEUからの物品も適用対象となるため、関税障壁及び非関税障壁の高まりが懸念される。
20年3月2~5日、新たなパートナーシップ関係構築のための英国・EU間における初回交渉会合が行われた。英国とEUは、20年12月末とされている移行期間13終了後、関税や数量割当のない自由貿易の継続を求めている点で一致しているが、主に公正な競争条件(level playing field)14、漁業15等において対立している。4月18~20日に予定されていた2回目の交渉会合は、感染症拡大を受け、対面での交渉が困難になったこともあり、4月20~24日にビデオ会議での協議が行われ、5月11~15日に3回目の交渉会合が行われたが、明確な進展はみられなかった。6月2~5日には4回目の交渉会合を終え、EUは1年ないし2年の移行期間延長の可能性を否定していないが、移行期間を延長しない場合には、批准手続きにかかる時間を考慮すると、10月31日までに最終合意に達しなければならない、とした。一方、英国は、6月12日、移行期間を延長しない旨をEUに通達した。
6月15日、英国・EU首脳会議が行われ、共同声明で移行期間延長を要請しないとの英国の決定に留意し、移行期間は20年末で終了すること、さらに7月に集中協議を行う意思を示した。その結果、6月29日の週から7月27日の週まで、毎週会議を行うこととしたものの、大きな進展はなかった。
6月12日、英国政府は、21年1月からEUからの輸入品に対して、感染症拡大の影響を考慮し、企業に十分な準備期間を与えるため、厳格な通関検査を即座に導入するのではなく、3段階に分けて段階的に管理体制を整えていく、緩和措置である新たな通関制度を導入する方針を明らかにした16。21年1月から、税関申告は最長6か月間の猶予が与えられるほか、税関申告が完了するまで関税支払いの猶予期間が設けられる。21年4月からは、肉や牛乳、卵、蜂蜜等動植物由来の製品と植物は、事前通知と衛生関連書類の提出が必要となり、20年7月から、全物品で、輸入申告や関税支払い等が必要になる。
7回目の交渉会合が8月18日に行われ、エネルギー協力やマネーロンダリングといった分野では前進がみられたが、依然として公正な競争条件、漁業等での進展がないまま終えた。続いて行われた9月8日からの8回目の交渉会合でも、大きな進展はみられず、EUは同会合の協議を終えて、21年1月1日からのあらゆるシナリオに備えて準備を強化している、と声明を発表した。
一方、ジョンソン英首相は、9月7日、英国とEUの将来関係に関する協議の合意期限を10月15日とすることを表明した。さらに9月9日、英国政府は発効済みのEU離脱協定の一部修正を含む英国国内市場法案(United Kingdom Internal Market Bill 2019-21)を議会下院に提出し、9月29日に下院で可決した17。これに対し、EUは、英国が9月末までに同法案の取下げを行わなかったため、10月1日、英国に対する司法手続きを始めるとする正式な通告書を送付した。
9月29日~10月2日、英国・EU双方が合意期限としている10月15、16日の欧州理事会前の最後の交渉会合が行われたが、妥結に至ることはなかった。ジョンソン英首相とフォン・デア・ライエン欧州委員長は、10月3日、欧州理事会に向けて、更なる集中協議を続けることで合意したものの、15日までに妥結されることはなく、16日の欧州理事会を終えたEUは、19日の週から集中協議に取り組むと表明した。
2.ユーロ圏及び英国経済の見通しと主なリスク要因
(1)ユーロ圏及び英国経済の見通し
ユーロ圏の景気は、感染症の拡大に伴う世界的な行動制限・都市封鎖により、消費・生産・輸出が大幅に減少し、雇用・所得環境にも深刻な影響を与えている。一方で、経済活動の再開や渡航制限の解除が段階的に進められていることに加え、EU及び欧州各国で景気回復に向けた拡張的な財政政策が採られていることから、足下では持ち直しの動きがみられており、20年後半にかけてこの動きが続くことが期待される。また、英国においても、経済活動の再開が段階的に進められる中で、持ち直しの動きが続くことが期待される(第3-3-50図)。
20年と21年の経済成長率について、国際機関ではおおむねユーロ圏で-8.7~-7.9%、5.1~6.1%、英国で-10.1~-9.7%、5.9~7.6%をそれぞれ見込んでいる(第3-3-51表)。
(2)ユーロ圏及び英国経済の主なリスク要因
(新型コロナウイルスの影響による景気後退からの脱却と財政問題)
ユーロ圏及び英国の経済は、感染症の拡大に対抗した各種制限措置により深刻な打撃を受け、景気後退に陥った。各国での段階的な経済活動の再開や渡航制限の解除により経済は徐々に持ち直しているが、感染症拡大の第3波の可能性が残る中で、着実な回復に向けては慎重なかじ取りが必要である。また、EU及び加盟各国は感染症の封じ込めと経済の立て直しのために大規模な財政出動を実施していることから、景気回復と同時に財政の健全性の確保も重要な課題となっている。特に南欧諸国を中心とした財政状況が悪いギリシャや、感染者数の多いイタリアやスペイン等について、財政の健全性に対する信認が揺らげば、金融市場を通じて他国に影響が伝播し、欧州全体の景気を下押しするリスクがあり、留意が必要である。
(米欧の通商問題の動向)
EU・アメリカ間の通商問題については、19年10月にWTOが、EUのエアバス社(フランス)への補助金給付を理由として、アメリカのEUに対する対抗措置を承認する決定を行い、アメリカがこれを受けて追加関税措置を実施した。さらに、アメリカは20年6月、これまでに検討された品目群に加工食品や酒類、工業製品等31億ドルの品目を追加し、最大100%の追加関税も視野に、産業界からの意見を募った上で対象品目や税率の見直しを行うと発表した。加えて、欧州諸国によるデジタルサービス税導入の動きに対抗し、アメリカは、自国のIT企業を狙い撃ちにした措置であるとみなして強固に対抗する姿勢を示しており、7月に、化粧品やハンドバッグ等を対象とする13億ドル相当のフランス製品に対し、25%の追加関税を21年1月までに課すると発表した。一方で、アメリカ政府によるボーイング社への補助金給付を巡り、WTOは10月、EUが報復措置としてアメリカ製品に40億ドルの関税を課すことを承認した。航空機製造会社に対する補助金給付やデジタル課税に関する欧米の意見の隔たりが埋まらず、EU・アメリカ間の緊張が一層高まれば、貿易に対する制限的な措置がEU・アメリカの両者で強化されることにより、欧州の貿易が下押しされかねないことに留意が必要である。
(英国のEU離脱後の通商交渉)
英国は、6月30日の期限までに移行期間の延長申請を実施しなかったことから、英国の「合意なき離脱」を避けるには、20年12月末までにEUとのFTA締結に至る必要がある。しかしながら、公正な競争条件といった主な論点について、20年後半に入っても合意に至っていない。21年以降の英・EU間の経済関係に関する交渉期限について、EUは各種手続きを踏まえれば10月末までに合意に達する必要があるとしている。仮に10月末までに合意に至らない場合は、英・EU間のFTA交渉が打ち切られ、「合意なき離脱」に近い状態に至り、両国・地域間の関税障壁及び非関税障壁の高まりによる英国経済へのマイナスの影響が拡大する可能性に注意が必要である。また、交渉を継続する場合も、21年1月以降、一時的に関税障壁・非関税障壁が高まることによるマイナスの影響を受けるとともに、英国・EU間の経済関係をめぐる不確実性が継続するため、英国の生産、雇用、投資等を引き続き下押しする可能性に留意する必要がある。