第3章 主要地域の経済動向(第2節)
第2節 中国経済
本節では、中国経済の最近の動向を概観した上で、今後の見通しと主なリスク要因を整理する。
中国では、20年1月半ば以降、新型コロナウイルスの感染者数が急速に増加する中、春節休暇の延長や多くの省市において休業措置の更なる延長等の措置が採られ、これに伴う生産活動の停止は中国経済に大きな影響を与えた。2月半ば以降、中国政府は感染拡大を防ぎつつ経済の正常化を進めており、景気は、厳しい状況にあるものの、このところ持ち直している。
1.中国経済の動向
感染症の流行により、実質経済成長率は、19年10~12月期の前年比6.0%増から、20年1~3月期に同6.8%減と急減し、四半期統計が遡れる92年以来で初めてのマイナス成長となったが、経済活動の正常化が徐々に進む中、4~6月期には、同3.2%増とプラスに転じた(第3-2-1図)。需要項目別にみると、1~3月期は、最終消費、資本形成、純輸出ともにマイナス寄与となり、中でも、最終消費の寄与が4.4%減と最も大きく縮小した。4~6月期には、最終消費の寄与のマイナス幅が縮小するとともに、資本形成の寄与が大きくプラスに転じ、景気の持ち直しをけん引した。資本形成の増加の主因としては、中国国家統計局は、投資促進の政策効果に加え、工業における在庫増加を挙げている(詳細は後述)。
産業別にみると、1~3月期には、宿泊・飲食業が前年比35.3%減、次いで卸・小売業が同17.8%減と特に大幅な減少となり、財・サービスともに消費が大きく減少したことがうかがえるほか、人々の移動の減少を受けて運輸・保管・郵便業で14.0%減と大幅な減少となった(第3-2-2図)。また、休業措置が採られた影響により、製造業でも同10.2%減と大幅な減少となった。他方、オンライン会議・取引・教育等の増加を受け、情報通信・ソフトウェア・ITサービス業では引き続き高い伸びとなったほか、緩和的な金融政策の下、金融業も堅調な伸びとなった。4~6月期には、景気対策としてインフラ建設が推進される中、建設業が最も大きく回復し、その他の産業でも大半がプラスとなったが、宿泊・飲食業では依然二桁台のマイナスとなっており、回復が遅れている。
このように、感染症流行が経済に大きく影響を与える中、2月以降中国政府は、影響を緩和するため、医療物資や生活必需品の生産・輸送・販売を行う企業や、飲食、宿泊等影響を比較的大きく受けている業種及び中小・零細企業への支援を中心に、金融、財政両面で対応策を打ち出している。金融面では、金融市場への資金供給や再貸出等を通じた中小・零細企業への金融支援、財政面では、増値税の減税や社会保険料の企業負担分の減免等の措置が実施されている(第3-2-3表)。
さらに、5月には、感染症流行の影響により例年の3月から開催時期が延期されていた全国人民代表大会1(以下「全人代」という。)が開催され、経済の現状認識や、それを踏まえた20年の経済運営方針が示された。感染症の現状については、「感染症対策は大きな戦略的成果を収めている」としつつ、「感染症は今なお収束しておらず、発展の任務は極めて重い」との認識を示した。国内外の経済については、「感染症の打撃を受け、世界経済の衰退が深刻化し、産業チェーンとサプライチェーンにダメージが生じ、国際貿易・投資が委縮している」、「国内の消費、投資、輸出が減少し、雇用情勢の厳しさが顕著になり、中小・零細企業の経営難が顕在化している」など、厳しい状況にあるとの認識を示した。また、全人代では、通常、実質経済成長率の年間数値目標が示されるが、本年は示されず2、「雇用の安定・民生の保障に優先的に取り組み、貧困脱却堅塁攻略戦に断固勝利し、小康社会(ややゆとりのある社会)の全面的完成の目標・任務の達成に努める」という目標が掲げられた。数値目標を示さない理由については、感染症と経済・貿易情勢の不確実性が非常に高く、経済発展が予測困難な要因に直面していることを挙げた。
また、経済運営方針について、財政政策は「より積極的かつ効果的なものにする必要がある」との方針が示され、財政赤字の目標を対GDP比で19年の2.8%から3.6%以上と初めての3%台に引き上げ、目標とする赤字の規模を19年比で1兆元増加させるとともに、感染症特別国債3を1兆元発行(通常の財政赤字には計上せず、別枠扱い)することとされた(第3-2-4図、第3-2-5表)。この2兆元の増額分については、全て地方政府に移転支出するとし、また、地方特別債の発行枠も前年比1.6兆元増の3.75兆元と大幅に増額され、地方財政の支援を図っている。2兆元の資金は、主に減税・税外負担引下げ、賃貸料・金利引下げ、消費・投資の拡大等に振り向けるとされ、また、市・県の末端部門に直接支出する仕組みを作るとしており、速やかな効果の実現を図ることを目指している。また、増値税等の引下げの昨年からの継続に加え、感染症への対応策として打ち出された各種の減税・税外負担引下げ策を20年末まで延長することなどにより、企業の年間の負担が2.5兆元以上軽減される見込みとした。
金融政策については、「預金準備率と金利の引下げ、再貸出等の手段を総合的に活用し、M2・社会融資総量の伸び率が前年の水準を明らかに上回るように促す」と、昨年より一段と緩和的な方針が示された。また、企業の安定化に向け金融支援を強化するとし、中小・零細企業向けの融資の元利払いの猶予措置を21年3月まで延長することや、大型商業銀行の小・零細企業向けの融資(包摂融資4)の伸び率を前年比40%以上とすることなどが示された。
また、都市部新規就業者数の目標が19年の1,100万人以上から900万人以上に、都市部調査失業率の目標が5.5%前後から6%前後に下方修正されるなど、雇用情勢に対する厳しい認識の下、雇用政策を全面的に強化する必要があるとした。
(1)個人消費
(個人消費は大幅な減少からは持ち直し)
個人消費の動向をみると、小売総額(名目値)は、19年後半から前年比で伸びが低下傾向にあったが、20年1~2月期には、感染症流行の影響により、前年比20.5%減と急減し、統計開始(94年)以来初のマイナスとなった。3月以降、マイナス幅は縮小が続いており、大幅な減少からは持ち直しているものの、7月時点でも同1.1%減とマイナスに留まっている。特に、飲食サービスでは、1~2月及び3月の同40%を超える減少からは改善がみられるものの、7月時点でも同11.0%減と大幅なマイナスが続いている(第3-2-6図)。
品目別の小売の動向をデータが公表されている一定規模以上の企業5における商品小売総額(名目値)でみると、1~2月は、前年比で、生活必需品である食品等は、食品価格の上昇もあってプラスを維持し、自動車を始めその他の主要品目では大幅なマイナスに転じた。食品等は、3月、4月には20%近い伸びとなったものの、その後低下傾向にある。その他の主要品目では、3月は引き続き二桁台のマイナスとなったが、その後はいずれも改善の動きがみられる。特に、シェアが最も大きい自動車は、他に先立ち4月にプラスに転じており、先送りされた需要が顕在化したことに加え、中央政府、地方政府が販売支援策を打ち出したことも回復を後押ししたとみられる(詳細は後述)。なお、6月に一旦マイナスに転じたが、前年同月の水準が排ガス基準の切替えの影響6により高かった影響もあるとみられ、7月には再び大幅なプラスに転じている。また、4月まで二桁台のマイナスが続いていた衣類等でも5月以降、マイナス幅が大きく縮小している。石油・関連製品についても、国際原油価格の持ち直しとともに、マイナス幅がやや縮小している(第3-2-7図)。
(インターネット小売は増加)
消費が全般的に落ち込む中、小売総額のうち、インターネット小売(財)は、在宅需要の高まりにより、年初来累計前年比で1~2月もプラスを維持し、その後も伸びを高めている。小売総額に占めるシェアも、19年の21%弱から20年7月に25%へと高まっている。中国国家統計局は、感染症が流行する中、企業が積極的にオンライン・インターネット販売を開拓したことや、特に食品(1~7月年初来累計前年比38.2%増)や消費財(同18.6%増)のインターネット購入が増加したことを指摘している(第3-2-8図)。
(中央・地方政府による消費促進策)
感染症流行が消費に打撃を与える中、中央及び地方政府は、2月以降、消費促進策を打ち出している。中国政府は、2月28日に、国産商品・サービスの競争力向上、観光やレジャー消費の質の向上等、6分野19項目からなる消費拡大策7を発表した。具体策の一つとして、消費の大きな部分を占める自動車について、自動車の購入が制限されている都市で自動車のナンバープレート数8を適切に増加させることなどが盛り込まれた。また、3月31日の国務院常務会議において、新エネルギー車の購入補助金9及び車両購入税免除の2年延長、京津冀地域等(北京市・天津市・河北省)における旧式ディーゼルトラックの廃車促進等の自動車販売促進策を実施する方針が決定し、4月28日に、これを含む自動車販売促進策10が各地方に通知された。上記のほか、最新の排ガス基準である「国611」の導入時期を当初予定の20年7月1日から21年1月1日に延長することや、中古車流通の円滑化、自動車ローンの利用促進といった内容が含まれている。こうした中央政府の動きを受けて、各地方政府において、20年3月以降、自動車販売促進策が実施されている。例えば、上海市では、3月から年末までにナンバープレートの発給を4万枚増加させることや、旧型ガソリン車の買換え補助金の給付等が実施されている。
乗用車販売を台数ベース(出荷ベース)でみると、18年7月以降、前年割れが続いていたが、19年半ば以降マイナス幅は縮小傾向にあった(第3-2-9図)。しかしながら、20年2月の企業の休業措置とその後の操業再開の遅れによる部品供給の滞りによって生産が低迷し、また需要も著しく落ち込んだことから、20年2月には前年比81.7%減と、かつてない大幅な減少となった。その後は、マイナス幅が縮小し、5月にはプラスに転じている。中国汽車工業協会は、国内の感染症の流行が落ち着いたことや、中央政府、地方政府が販売支援策を打ち出したことが市況の回復につながったと指摘している。ただし、20年通年では、自動車販売台数(商用車12含む)は、国内外における感染症流行が下半期に落ち着く場合でも前年比10%減、海外での感染症流行が引き続き拡大する場合は同20%減となる可能性もあるとの見込みを示している13。
また、複数の地方政府において、特定の消費活動に使用することができる消費券の配布による消費振興が実施されている14。例えば、浙江省杭州市では、市内の商業施設での消費40元ごとに使用できる10元の電子消費券の配布等、江蘇省南京市では、外食・スポーツ・図書・IT用の電子消費券(50元又は100元)の抽選制による配布等が実施されている。また、浙江省などでは、「週休2.5日制」を奨励するなど、観光等の余暇消費を回復させようとする動きもみられる。
(雇用・所得環境は急激に悪化)
雇用環境をみると、緩やかに景気が減速する中、19年からやや悪化がみられていたが、製造業の生産活動の停止や感染症流行によるサービス業への需要の落ち込み等の影響から、20年2月に急激に悪化した。その後、企業の操業再開が進み、需要も持ち直しつつある中、やや改善がみられるものの、引き続き厳しい状況となっている。都市部新規就業者数15は、19年の前年比0.7%減から20年1~2月期には年初来累計前年比37.9%減と大幅に減少し、その後も二桁台のマイナスが続いている(第3-2-10図)。また、都市部調査失業率16は、19年末の5.2%から20年2月に6.2%に上昇し、その後やや低下しているものの、7月時点でも5.7%と引き続き高水準となっている(第3-2-11図)。こうした中、中国政府は、2月以降、減税や社会保険料の減免等による企業の負担軽減や、解雇を軽微にとどめている企業に対し前年に納付した失業保険料の還付を最大100%まで引き上げるなどの措置を実施している。
次に、所得環境をみると、一人当たりの可処分所得(実質)は、19年後半以降伸びが低下し、19年通年では前年比5.8%増となっていたが、20年1~3月期には同年初来累計3.9%減とマイナスに転じ、1~6月期も引き続きマイナスとなっている(第3-2-12図)。なお、内訳を名目でみると、賃金収入は大きく伸びが低下し、自営収入はマイナスに転じている(第3-2-13図)。他方、移転収入は高めの伸びを維持しており、中国国家統計局は、特に年金や社会的救済・補助等が増加し、感染症流行下において基本的生活を確保する上で重要な役割を果たしているとしている。
以上のように、雇用環境、所得環境ともに大きく悪化していることも、消費を下押ししているとみられる。
(消費者マインドは急激に悪化)
消費者マインドをみると、消費者信頼感指数17は、19年後半から緩やかな上昇傾向にあり、第1段階の合意に達したことが発表され米中関係に進展のあった19年12月以降に更に高まったものの、感染症の流行の影響により、20年2月に大きく低下し、その後も低下傾向となっている(第3-2-14図)。
(2)輸出入
(輸出は持ち直し)
中国の財輸出額18は、米中貿易摩擦を背景に、19年は低調に推移していたが、感染症の流行の影響により、20年1~2月には前年比17.2%減と更に大幅な減少となった。企業の操業再開が進むに伴って延期されていた取引が再開されたこともあり、3月にはマイナス幅が一桁台に縮小、6月以降はプラスで推移し、伸びも高まっており、持ち直している(第3-2-15図)。なお、中国政府は、3月20日から1,464品目を対象に増値税の輸出還付率の引上げを実施するなど、感染症流行による輸出企業への影響の緩和を図っている。
また、財輸入の動向をみると、19年は輸出同様に減少基調で推移していたが、19年末には、前年が低水準であったこともあり前年比でプラスに転じた。20年入り後は再び減少に転じ、4、5月にはマイナス幅が二桁台に拡大したが、その後は伸びに下げ止まりがみられる。
財輸出を品目別にみると、20年1~2月には、主要品目全てで前年比寄与度がマイナスに転じた(第3-2-16図)。その後、いずれも改善傾向となり、6月には、卑金属類を除きプラスに転じている。特に、一般機械、紡績用繊維製品等では、4月からプラスが続いており、個別の品目をみると、前年比で、自動データ処理機械・ユニットが4、5月に約5割増、織物が5月に約8割増まで伸びが高まり、その後やや伸びは低下傾向にあるものの引き続き高水準となっており、これらが両者を押し上げているとみられる(第3-2-16図)。この背景としてリモートワーク等の増加でパソコンの需要が高まっているとみられること、織物に含まれる防疫物資(マスク、防護服等)の輸出が大幅に増加している19ことが考えられる。
財輸出を相手先別にみると、米中貿易摩擦を背景に、アメリカ向けは、前年比で、19年中大幅なマイナスで推移し、感染症流行の影響により、20年入り後も3月まで引き続き大幅なマイナスとなっていたが、前年の低い水準もあり、6月以降は前年比プラスで推移している(第3-2-17図)。アメリカ向け輸出を品目別にみると、4月以降、輸出全体と同様、一般機械や紡績用繊維製品等が増加に寄与している(第3-2-18図)。その他の主要輸出相手先では、EU向けが4月以降二桁台のプラスになっている。また、ASEAN向けは、19年後半以降伸びを高めており、20年1~2月もマイナス幅が比較的小さく、その後もプラス基調で推移している。
財輸入を品目別にみると、20年1~2月には、前年比寄与度で、鉱物性製品を除く主要品目でマイナスに転じた(第3-2-19図)。世界経済の悪化に伴う原油価格の低迷もあり、鉱物性製品も3月にマイナスに転じ、その後マイナス幅が拡大傾向となっている。他方、電気機器は3月以降、プラスを維持しており、個別の品目でみると、最大の輸入品目である集積回路が19年末頃から前年比プラスを維持し、堅調に推移している。
財輸入を相手先別にみると、世界的に感染症流行が拡大する中、台湾を除く主要国・地域では、いずれも20年5月にかけておおむねマイナス基調となったが、その後は改善がみられる(第3-2-20図)。アメリカからの輸入は、米中間で第1段階の合意に向けた動きが進む中、19年末にプラスに転じた後、20年3月から5月にかけて再びマイナスとなっていたが、6月以降はプラスに転じている。アメリカからの輸入を品目別にみると、19年4月以降、輸送用機器類は前年比でマイナス寄与が続いている(第3-2-21図)。輸送用機器類については、19年実績では航空機が約4割、自動車が約6割のシェアを占めており、ともに前年比で減少基調であるものの、特に、航空機・同部品の減少が大きく、追加関税が賦課されていることに加え20、19年3月の墜落事故後の米大手航空機メーカーのボーイング社の機体の出荷停止が影響している可能性もある。また、大豆を含む植物性製品21は、19年7月以降プラス寄与に転じ、秋頃からの米中通商協議の進展を受けて寄与が高まっていたが、20年4月から5月にかけてマイナスとなった後、6月に再びプラスに転じている。
先行きについては、PMIの関連指数である新規輸出受注指数をみると、19年12月には米中両国政府が第1段階の合意に達したことを発表したこともあり改善がみられたが、20年入り後は、感染症の影響により2月に大幅に悪化し、3月にはその反動もあって上昇したものの、4月には再び大きく低下した。その後は上昇が続いているものの、7月時点でも50ポイント割れとなっている(前掲第1-2-35図)。感染症の世界的な流行により世界的に経済活動が縮小しており、各国の経済再開の動きにより外需の改善が期待されるものの、今後の感染症流行の動向は依然不透明であり、本格的な回復には時間を要するとみられる。
また、米中貿易摩擦については、20年1月に第1段階の合意に署名がなされるなど一定の進展もみられ、中国政府は、2月6日に豚肉など1,717品目について対米追加関税の税率引下げを発表し、2月18日、21日にはそれぞれ696品目(大豆、液化天然ガス等)、65品目(医療機器、木材等)について追加関税の適用除外とすることを発表した。しかしながら、19年11月にアメリカで「香港人権・民主主義法」が成立し、12月2日に中国政府が報復措置を発表するなど米中関係に新たな緊張も生じている。さらに、20年入り後も、5月の全人代において「香港国家安全法」の制定方針が採択されたことに対し、アメリカが中国に対する制裁措置等を表明、6月にはアメリカで「ウイグル人権法」が成立するなどの動きもある。また、感染症流行を受けて、米国からの輸入が落ち込んでおり、第1段階合意で設定された農産物等の対米輸入の数値目標の達成が困難な状況とみられることもあり、第2段階の通商協議の実施等、今後の動向については注視が必要である。
(3)生産
(生産は持ち直し)
20年2月は、感染症の拡大防止のため春節休暇が延長され、また、地方政府でも追加の休業措置が採られ22、さらに、操業再開後も各地の防疫措置による従業員の職場復帰の遅れ23等により稼働が制限されたこともあり、鉱工業生産は、19年12月の前年比6.9%増から、20年1~2月に同13.5%減と急減し、統計開始以来初のマイナスとなった。その後、操業再開が進むにつれ24、3月同1.1%減とマイナス幅が大きく縮小し、4月にはプラスに転じ、7月同4.8%増まで持ち直している。内訳をみると、1~2月は全ての部門で大きく落ち込んだが、鉱業や生活必需品でもあるエネルギー・水供給業では、比較的マイナス幅が小さかった一方、製造業は最も大幅な減少となった。ただし、製造業は落ち込みも大きかったが、その後は速いペースで持ち直している(第3-2-22図)。
製造業を業種別にみると、程度に差はあるものの、大半の業種で1~2月には前年比マイナスとなり、3月以降は回復傾向となっている。自動車は、感染症流行が最も深刻であり、移動制限や他の省市より長い休業措置など感染症対策が厳しく実施された湖北省に多くの生産拠点があったこともあり25、1~2月に同31.8%減と最も大幅な減少となり、3月もマイナス幅は縮小したものの引き続き二桁台のマイナスとなった(第3-2-23図)。その後は操業再開が進み、急減した需要の反動や乗用車販売を促進する施策の効果もあり販売が回復するとともに、4月にはプラスに転じ、その後も伸びを高めている。他方、医薬品や食品は1~2月のマイナス幅は比較的小さく、3月にはプラスに転じた。中国国家統計局は、4月にマスクの生産量は前年の12倍、医療機器、アルコールは50%増となったとしている。コンピュータ・通信その他電子機器も1~2月に同13.8%減となった後、3月同9.9%増、4月以降は二桁台の伸びと速やかに回復している。このうち主要品目の生産量をみると、前年比で、集積回路は19年半ば以降プラスを維持しているほか、輸出が大幅に増加しているコンピュータで3月以降大きく回復しており、弱い動きが続いていたスマートフォンも5月にプラスに転じている(第3-2-24図)。また、鉄鋼等の素材関連でも堅調となっており、この背景として、中国国家統計局は、インフラ建設が加速していることを指摘している。
ただし、生産の回復ほどには需要は回復しておらず、完成品在庫は前年比で増加している(第3-2-25図)。また、第1章で述べたように、感染症の世界的流行により新規輸出受注は低迷しており(前掲第1-2-35図)、今後の生産の回復に影響を及ぼすおそれがある。
(4)固定資産投資
(固定資産投資は持ち直し)
固定資産投資は、19年に年初来累計前年比5.4%増となった後、感染流行の影響により、20年1~2月期に同24.5%減と急減し、統計開始以来初めてのマイナスとなった。企業の操業再開に伴い、3月以降マイナス幅は縮小しており、7月には同1.6%減まで持ち直している(第3-2-26図)。内訳をみると、主要業種いずれも1~2月に大幅に減少したが、その後の回復のペースは業種により異なり、6月に不動産開発投資でプラスに転じ、7月にインフラ関連投資は同1.0%減までマイナス幅が縮小した一方、製造業投資では引き続き二桁台のマイナスと回復が鈍くなっている。
(製造業投資は低迷が続く)
製造業投資は、19年中、デレバレッジを背景とした内需の鈍化や米中貿易摩擦に伴う輸出の減少などを背景に低い伸びで推移していたが、20年1~2月期は、年初来累計前年比31.5%減となった。3月以降マイナス幅は縮小しているが、7月時点でも同10.2%減と大幅なマイナスとなっている(前掲第3-2-26図)。
業種別にみると、多くの業種で、1~2月に年初来累計前年比で30~40%台の減少となり、7月時点でも引き続き10%以上の減少と低迷している。例えば、自動車は、感染症流行が深刻であった湖北省に多くの生産拠点があったこともあり、20年1~2月期に同41.0%減となり、7月時点でも同19.9%減となっている(第3-2-27図)。また、国内の消費に加え、世界的な感染症流行により輸出が弱含む中、家具、繊維製品等の消費財関連でも回復が鈍くなっているほか、国内外の景気の先行きが不透明な中、汎用機械など設備関連でも同様となっている。他方で、コンピュータ・通信その他電子機器では、1~2月同8.3%減と比較的落ち込みが少なく、4月にはプラスに転じ、7月には同10.7%増となっている。この背景としては、足元では感染症流行に伴うテレワークやリモートビジネスの増加によりコンピュータ等への需要が増加していることが考えられるほか、近年、中国政府が「新型インフラ」への投資を強化する方針を示していることがある。「新型インフラ」に含まれる分野としては、国家発展改革委員会は、5G26、IoTの関連施設、AI、クラウドコンピューティング、ブロックチェーンなど新技術の関連施設、データセンター等を例示している。20年に入り、3月24日に中国工業情報化部が5G発展の加速に向けた措置を発表、20年4月28日の国務院常務会議において「新型インフラ」の建設を加速させる方針を決定、20年の全人代において、有効投資を拡大するための焦点の一つとして「新型インフラを強化し、次世代情報ネットワークを発展させ、5Gの応用を広げ、充電スタンドを整備し、新エネルギー自動車を普及させる」方針が示されるなど関連の動きが相次いでいる。5Gについては、5月25日、工業情報化部長は、現在基地局が1週間に一万か所以上のペースで増加していると述べている。このほか、感染症の予防・抑制に取り組む中、医薬品では5月にプラスに転じている。また、鉄金属加工で4月にプラスに転じており、政府がインフラ投資の推進を図っていることなども背景にあると考えられる。
また、製造業企業の利益をみると、19年は前年比5.2%減となり、製造業投資の低迷の一因となったとみられる。さらに20年1~2月期には年初来累計前年比42.7%減と大幅に減少し、その後マイナス幅は縮小しているものの、6月時点でも同9.8%減となっている(第3-2-28図)。こうした企業の経営環境の悪化は、引き続き製造業投資を下押しするおそれがある。
(インフラ関連投資は持ち直し)
インフラ関連投資は、19年は前年比3.8%と低めの伸びとなった後、20年1~2月期には、年初来累計前年比30.3%減と大幅に低下した。3月以降はマイナス幅が縮小しており、7月には同1.0%減まで持ち直している。
中国政府は、18年以降、地方特別債27の発行を加速することなどにより、インフラプロジェクトの進捗を促してきたが、米中貿易摩擦による景気の緩やかな減速及び感染症流行による景気の急激な悪化に際し、景気対策の一環として一層の拡大を図っている。地方特別債の発行枠は、19年は前年から8,000億元増の2.15兆元とされ、20年は前年から1.6兆元増の3.75兆元に拡大された。なお、20年の発行枠の規模は5月の全人代で正式に発表されたが、通常であれば必要な全人代(例年は3月)における予算承認に先立ち、20年分の起債枠については地方政府に前倒しで配分され、発行の加速化が図られている。中国財政部は、19年11月27日に20年分の起債枠のうち1兆元を前倒しで起債するよう各地方政府に通知し、併せて、調達した資金を早急に具体的なプロジェクトに投じ、早期に経済に対して有効な刺激効果を出すよう求め、また、20年2月11日には2,900億元の追加配分を発表した。5月6日の国務院常務会議では、更に前倒しで1兆元を配分する方針が示され、各地方政府は5月末までに発行完了を目指すよう求められた。実際の発行状況をみると、5月までに前倒し発行枠の約94%が発行済みとなっている。さらに、7月27日、中国財政部は、20年の起債枠全体も10月末までに発行を終了するよう求め、同時に、資金の用途について既存債務の借換えや、有益性に欠けるイメージ的なプロジェクトに使用してはならないことなども明示した。なお、非製造業PMIのうち建設業は、2月に大きく低下した後に速いペースで回復しており(前掲第1-2-36図)、インフラ建設の加速もこの背景にあるとみられ、今後、インフラ関連投資が引き続き順調に持ち直していくことが期待される。
(不動産開発投資は持ち直し)
不動産開発投資は、19年は前年比9.9%と比較的高めの伸びとなっていたが、20年1~2月期は年初来累計前年比16.3%減と大幅に低下した。3月以降、マイナス幅は縮小しており、6月には同1.9%増とプラスに転じた(前掲第3-2-26図)。
関連指標である不動産販売面積をみると、中国政府による不動産市場安定化策に伴い、16年初旬をピークに伸びは低下を続け、19年も前年比0.1%減と低調であったが、20年1~2月期は年初来累計前年比39.9%減と大幅に低下した。その後、7月には同5.8%減までマイナス幅が縮小しており、感染症流行によって抑制されていた需要が戻りつつあるとみられる(第3-2-29図)。
不動産販売が低迷する中、不動産販売価格も一時低下がみられたが、その後は再び感染症流行以前の動きに戻っている。不動産販売価格が前月比で上昇した都市をみると、2月に大きく減少したが、3月には再び増加し、4月以降は1月以前の上昇都市数を超えている(第3-2-30図)。また、不動産販売価格の前月比も、2月は1、2、3級都市ともにゼロ近傍となったが、その後、再び上昇し、4月には2、3級都市で、5月には1級都市も1月以上の伸びに戻っている。こうした不動産価格の回復もあり、不動産開発投資の持ち直しにつながっているとみられる。なお、このところの不動産価格の上昇は、感染症流行後の景気対策の一環で金融環境が緩和的になる中、不動産市場に資金が流入したことも一因となっている可能性もある28。ただし、20年の全人代でも、引き続き「住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない」との位置づけを堅持するとされ、不動産市場の安定化を維持する方針が示されており、また、7月に入り、杭州市や深セン市において不動産取引規制を強化する動きなどもあり、今後少なくとも持続的に加速していく方向にはないとみられる。他方で、7月20日、中国政府は、今年末までに700万戸の老朽化した集合住宅の改造を全面的に進める方針を示しており、こうした動きは引き続き不動産開発投資を下支えするものとみられる。
(5)物価
(消費者物価上昇率は低下傾向)
消費者物価上昇率(総合)は、19年半ばから上昇傾向が強まり、10月以降は19年の全人代で目標とされた3%前後を大きく上回って推移し、20年1月には前年比5.4%まで高まったが、2月に低下に転じ、5月には同2.4%となった。6月以降、再びやや高まっているが、7月時点で同2.7%と、20年の全人代で設定された3.5%前後の目標は大きく下回っている(第3-2-32図)。
この背景としては、主に食品価格の変動の影響がある。食品価格は、19年春頃から、主にASF29の影響による豚肉価格の高騰により、20年2月まで上昇傾向が続いたが、3月に低下に転じた(第3-2-33図)。なお、中国国家統計局は、2月は、感染症流行により一部の地域で物流が阻害されたことや買いだめの動きがあったことなども食品価格を押し上げたと指摘したが、その後そうした影響が薄れ、需給が正常化してきたことも低下に寄与したと考えられる。6月以降、上昇率は再びやや高まっており、内訳をみると、特に豚肉価格や生鮮野菜価格に上昇がみられる。中国国家統計局は、飲食サービスの回復に伴い豚肉の需要が増加していることや、6月以降の豪雨災害などの悪天候が豚肉の出荷や生鮮野菜価格に影響を与えていることを指摘している。また、交通・通信についても、国際原油価格の変動の影響を受けたガソリン価格の低下などにより、20年に入りマイナス幅が拡大していたが、6月以降は、マイナス幅がやや縮小している。
生産者物価上昇率は、19年7月から前年比マイナスが続いた後、20年1月にプラスに転じた。しかしながら、感染症の流行による需要減を受けて、2月に再びマイナスに転じ、その後マイナス幅が拡大したが、6月以降はマイナス幅が縮小している(第3-2-34図)。財別にみると、消費財は、耐久消費財では19年後半以降前年比マイナスが続いているが、食品は引き続きプラスで推移しており、全体としてもプラスとなっている。一方で、生産財は、感染症の世界的流行による国際商品価格の低下等の影響を受けて、採掘財や原材料を中心に、2月から5月にかけてマイナス幅が拡大したが、6月以降はマイナス幅が縮小している。
(6)金融政策の動向
先に述べたように、中国では、感染症への対応として、早期から金融政策による対応が進められた。2月1日に中国人民銀行等の5官庁が連名で30項目からなる金融支援の強化策を発表30し、同日、中国人民銀行は、重点物資関連企業31を対象とした3,000億元の中銀特別再貸出32の実施を発表した。なお、再貸出を受けた金融機関が企業に貸し出す際は3.15%の優遇金利を適用することとし、併せて中央政府予算から50%の利子補給を行い、実質金利は1.6%以下とすることとした。その後も、2月25日に5,000億元の再貸出・再割引枠の追加、3月31日に1兆元の再貸出・再割引枠の追加が発表された。ただし、3,000億元は感染症の抑制を目的とするものであったが、5,000億元は主に業務・生産再開の支援、1兆元は中小零細企業に加え輸出関連やその他感染症の影響が深刻な産業等にも範囲を広げて経済の回復を支援するものと目的は変化している。
このほか、中国人民銀行は、公開市場操作を通じた資金供給、各種金利の引下げ、預金準備率の引下げも実施している。春節明けの2月3日にリバースレポ・オペ金利(7、14日物)を0.1%ポイント引き下げるとともに、公開市場操作(リバースレポ取引)を通じて1.2兆元の大規模な資金供給を実施し、翌4日にも5,000億元の資金供給を実施し、3月30日にリバースレポ・オペ金利(7日物)を0.2%ポイント引き下げた。また、2月17日及び4月15日に、MLF(Medium-term Lending Facility(中期貸出ファシリティ))金利をそれぞれ0.1%ポイント、0.2%ポイント引き下げ、銀行の貸出金利の指標とされるローンプライムレート(1年物)も2月及び4月に、それぞれ0.1%ポイント、0.2%ポイント低下した(第3-2-35図)。貸出金利(加重平均)をみると、19年12月の5.44%から20年3月には5.08%に低下している。また、預金準備率について、3月13日に小規模・零細企業等への貸出が一定割合以上の金融機関を対象に、4月3日に中小金融機関(農村金融機関等)を対象に引下げ(実施は4月及び5月に0.5%ポイントずつ)を発表した(第3-2-36図)。4月3日には、併せて08年以来となる超過準備付利金利の引下げ(0.72%から0.35%に)も発表された。
また、中国人民銀行は、中小企業向け融資を促すため、6月1日、特別目的機関(SPV)経由で、地方金融機関33の小規模・零細企業向け包摂融資の買取りを実施することを発表した。3月から12月までに新規に貸し出した期間6か月以上の融資が対象となり、総額1兆元の新規融資の増加が想定されている。ただし、金融機関は1年後に全額買い戻す、また買取資産の金利収入を得るとともに不良債権の処理責任を負うこととされている。
金融政策の運営状況を金融政策スタンスに対する市中銀行の評価でみると、18年7~9月調査以降、中立水準である50を上回って推移していたが、20年1~3月調査では72.7%に急上昇しており、スタンスが大きく緩和的となっていると受け止められていることが確認できる(第3-2-37図)。実際、社会融資総量(フロー)をみると、20年1~3月期に大きく増加し、4~6月期も高水準を維持している(第3-2-38図)。また、M2の伸びも、19年の8%台から20年4月には11%超へと高まった。社会融資総量の内訳をみると、銀行貸出や政府債のほかに社債も大きく増加している。これは、感染症対応策の一環として調達資金が主に感染症予防・抑制に使用されることを条件に起債手続きを簡素化するなど、社債発行を支援する措置が実施されていることも一因と考えられる。
2.中国経済の見通しと主なリスク要因
(1)中国経済の見通し
中国経済は、景気は厳しい状況にあるものの、このところ持ち直している。先行きについては、持ち直しが続くことが期待される。ただし、国内外の感染症の動向や金融資本市場の変動等の影響を注視する必要がある。
国際機関の見通しをみると、いずれの機関においても、20年の実質経済成長率は、19年の6.1%増から大きく低下することが見込まれている。ただし、21年にはその反動もあり、大きく回復することが見込まれている(第3-2-39表)。
(2)中国経済の主なリスク要因
(国内外における感染症流行の状況)
中国では、5月から6月初旬まで新規感染者数がおおむね一桁台で推移するなど、感染症流行は収束に向かい、経済・社会の正常化に向けた動きが進展している。しかしながら、その後、6月に北京市、7月に新疆ウイグル自治区及び遼寧省大連市と、集団感染が散発的に発生し、その都度、当該地域において防疫措置が再び強化されている。7月末には、3か月半ぶりに新規感染者が100人を超え、こうした再流行の動向によっては景気の持ち直しが停滞するおそれがある。また、世界各国でも経済再開の動きが始まり、世界経済は依然として厳しい状況ながら持ち直しの動きがみられるが、経済再開に伴い感染症の流行が再拡大する可能性もあり、外需の動向も引き続き不透明となっている。
(金融資本市場の変動の影響)
米中貿易摩擦を背景に、18年以降、株価や為替にはたびたび大きな変動が生じてきたが、感染症流行により、中国を含め世界的に金融資本市場に変動がみられる中、金融資本市場の変動の影響には留意する必要がある。また、米中関係についても、20年半ば以降再び緊張が増しており、金融資本市場への影響する場面も生じている。
人民元の対ドルレートをみると、19年は8月に08年以来初めて1ドル=7元を突破し、アメリカによる為替操作国認定を招く要因ともなったが、その後は、米中貿易協議の進展もあり上昇傾向に転じ、1ドル=6元台まで戻していた。しかしながら、感染症の流行拡大が明らかになった20年1月半ば以降は再び低下傾向に転じ、3月半ば以降は1ドル=7元台を超えて推移し、また、5月には香港をめぐる米中の緊張の高まりもあり、一段と下落した(第3-2-40図)。その後は上昇傾向となっているが、引き続き、感染症の流行の動向や米中関係に係る不確実性は高く、今後の動向によっては、人民元安や資金流出圧力が強まり、景気下押し要因となるリスクも考えられる。
また、株価(上海総合株価指数)については、20年に入り、3月にかけて一時やや大きい下落もみられたが、3月下旬以降は上昇傾向で推移しており、比較的堅調となっている(第3-2-41図)。ただし、7月初旬に急上昇し、11日に、中国証券監督管理委員会が、現在、銀行・保険業が直面している際立ったリスクや課題の一つとして、厳しく規制されてきたハイリスクなシャドーバンキングのよみがえりがみられ、一部の資金がルールに反する形で住宅市場や株式市場に流入し、資産バブルを引き起こしていることなどを指摘しており、こうした点にも留意が必要である。
(過剰債務問題)
過剰債務問題もリスクとして挙げられる。中国政府は、過剰債務問題をリスクと認識し、近年債務削減の取組を進めてきたが、債務残高は高止まりしている(第3-2-42図)。感染症の流行により経済が厳しい状況となる中、緩和的な金融政策が採られており、景気を下支えすることが期待される一方で、緩和的な金融環境の中で過剰債務問題が再び悪化するリスクもある。商業銀行の不良債権比率をみると、米中貿易摩擦により景気が緩やかに減速する中、19年以降、中小企業向けの貸出が比較的多いとみられる都市商業銀行を中心に上昇基調となっている(第3-2-43図)。さらに、中国人民銀行総裁は、20年5月26日付のインタビュー記事において、「感染症流行は経済・社会にかつてない衝撃をもたらし、銀行の貸出資産の質に一定の下方圧力を与えており、特に、一部の中小金融機関のリスクに注意を払う必要がある」、また、「商業銀行は、20年第1四半期に主に資産規模の拡大と収入比で経営コストが低下したことにより6,000億元の純利益を得ているが、不良貸出のリスクの顕在化にはラグがあり、また、企業に対し融資の元利払い期限延長の措置等の政策が採られており、今後、銀行は不良債権比率の上昇や不良資産の増加とその処理により大きな圧力に直面する可能性がある」と述べている。今後の動向には注視が必要である。
(米中貿易摩擦の動向)
米中貿易摩擦については、20年1月に、米中間で「第1段階の合意」の署名に至ったが、その後、中国政府が全人代において国家安全法の香港への導入方針を示したことに対するアメリカ政府の制裁の表明、アメリカにおける6月17日のウイグル人権法成立、7月の米中双方の総領事館閉鎖の動きなど、再び緊張が増している。また、中国企業への禁輸措置の発効といった動きもあり、今後の影響や動向を注視する必要がある。
また、香港をめぐっては、アメリカ以外の諸外国も国家安全法施行に対する懸念を示している。進出する外国企業からビジネス環境への影響を懸念する見方もみられ、将来的に外国金融機関撤退などの動きが生じる可能性もあり、そうした影響にも留意が必要である。
コラム3:感染症流行とアジア各国・地域の経済動向
アジア各国・地域では、世界的な感染症流行による外需の悪化に加え、それぞれ程度は異なるものの、感染症拡大防止のために採られた防疫措置により経済活動が制限あるいは自粛が要請されたことにより、景気は大きく悪化した。5、6月以降は、経済活動の再開・正常化に向けた動きが開始されている。以下では、アジア各国・地域における感染症流行の経済への影響をみていく。
(1)韓国
韓国では、世界的な感染症流行の影響による外需の減少に加え、感染拡大に伴い外出自粛等の措置が採られたことの影響から、景気は厳しい状況となった。韓国銀行は、5月28日、20年の経済成長率が0.2%減となるとの見通しを示しており、マイナス成長が現実となれば98年以来であり、今回の感染症の流行の影響の大きさがうかがえる。
実質経済成長率をみると、1~3月期に前期比年率5.0%減とマイナスに転じた後、4~6月期には同12.0%減とマイナス幅が拡大し、二期連続のマイナスとなった(図1)。ただし、需要項目別寄与度をみると、4~6月期には、輸出や投資でマイナスとなる一方、民間消費はプラスに転じており、景気は厳しい状況にあるものの、下げ止まりつつある。実質小売販売指数をみると、3月から乗用車の個別消費税の引下げ(注1)、5月に全国民を対象とした給付金(「緊急災難支援金」(注2))の支給を実施するなどの政策による効果もあり、自動車や家電製品等の耐久財で増加し、4月以降プラスで推移している(図2)。ただし、雇用情勢をみると、就業者数は3月以降前年比で減少が続いている(図3)。消費者マインドも、20年2月から4月にかけて大きく悪化し、09年3月以来の低水準となった。「生活防疫」に移行した5月以降は上昇がみられるものの引き続き低水準にあり、加えて8月の感染症再拡大の影響も懸念される(図4)。経済の正常化に向けて舵を切っているものの、国内外において感染症流行が収束しない状況下において、先行きには依然不透明さが残っている。
(2)台湾
台湾では、強力な防疫措置は採られなかったものの、20年1~3月期の実質経済成長率は前年比2.2%増と、前期の同3.3%増から減速し、4~6月期には前年比0.6%減とマイナスに転じた(図5)。需要項目別寄与度をみると、投資はプラスを維持した一方で、輸出、民間消費は1~3月期にマイナスに転じた。輸出を国際収支ベースでみると、外国人観光客の減少により、財に加え、サービス輸出も大きく減少している(図6)。ただし、感染症流行が抑制され、防疫措置も緩和される中、小売販売額は、4月の前年比10.2%減を底にマイナス幅が縮小し、7月には同+2.5%とプラスに転じるなど、足下で景気は下げ止まりがみられる(図7)。また、政府は、7月15日から年末まで、全国民が使用でき、一人1,000台湾元(注3)を負担すれば3,000台湾元の消費ができる「振興三倍券」の発行を行う消費促進策を開始しており、消費を後押しすることが期待される。また、消費者マインドをみると、感染症流行が拡大し、イベント自粛や外国人の入境の全面的な禁止等の措置が採られた3月以降、消費者信頼感指数の低下がみられ、7月時点でもそれ以前の水準に戻ってはいないものの、低下幅は、歴史的な低水準となっている韓国、インドネシア、タイに比べて小幅に収まっている(図8)。感染症の流行が大きく拡大せず、経済活動を大幅に制限する措置が実施されなかったこともあり、景気は著しい悪化までには至らず、減速するにとどまったと言える。外需依存度が高いため、世界的な感染症の流行の動向には引き続き大きく左右されるものの、生活及び経済活動の正常化をいち早く遂げたことにより、内需により景気が下支えされることが期待される。
(3)インドネシア
インドネシアでは、首都圏などGDPに占める割合が高い地域でも「大規模な社会制限(PSBB)」が実施され、経済への影響は大きなものとなった。実質経済成長率は、20年1~3月期に前年比2.97%増と、前期の同4.97%増から伸びが大きく低下した後、4~6月期には同5.32%減と99年1~3月期以来のマイナス成長となった(図9)。需要項目別寄与度をみると4~6月期には民間消費、総固定資本形成、輸出のいずれもマイナスに転じた。なお、政府は、8月に提出された21年予算案において、20年通年でも、経済成長率は0.2%減~1.1%減となるとの見通しを示している。また、月次の指標でみると、PSBBが開始された4月にPMIや消費者マインドは大きく低下し、統計開始以来の最低水準を記録した(図10、11)。6月以降は、ジャカルタ首都特別州を始めとして経済活動の再開が段階的に進められる中、PMIや消費者マインドは、依然低水準ながら改善がみられるものの、他方で、感染症の流行は拡大傾向が続いており、感染症拡大抑制と経済の更なる悪化の回避を両立させるため、難しい舵取りが求められる状況となっている。
(4)タイ
タイでは、国内外における経済活動の制限に伴い、これ以前から弱い動きとなっていた景気は一段と悪化し、景気は極めて厳しい状況となった。実質経済成長率をみると、20年1~3月期前年比2.0%減と、前期の同1.5%増からマイナスに転じた後、4~6月期には12.2%減とマイナス幅が拡大し、二期連続のマイナスとなった(図12)。需要項目別寄与度では、4~6月期には、民間消費がマイナスに転じ、投資、輸出のマイナス幅が拡大した。中でも、輸出は、感染症の世界的流行による外需の悪化及び入国禁止措置による外国人観光客の急減に伴い、財、サービスともに大きく減少し、20.0%減と大幅なマイナスとなった。
ただし、月次の指標をみると、5月以降、感染拡大を抑制しつつ、国内の経済活動の再開を順調に進める中で、民間消費は7月には前年比でゼロ近傍となり、6月以降、製造業生産は前年比二桁台のマイナスながらも減少幅の縮小が続くなど、景気は厳しい状況ながらも、下げ止まりつつある(図13、14)。しかしながら、タイのインバウンド観光収入の対GDP比は18年時点で12.9%と、アジアの中でも観光業への依存が比較的高いが(注4)、観光客の受入れの全面的な再開には時間を要するとみられることに加え、財輸出の落ち込みも続いており(図15)、当面、景気の改善は限定的とみられる。こうした中、消費者マインドも、4月に調査開始(98年)以来の最低水準となった後、やや上昇したものの、依然低水準となっている(図16)。景気は、内外需ともに世界的な感染症流行の動向に左右される状況が続くとみられる。
(5)インド
インドでは、3月25日から5月末まで全土における都市封鎖が実施され、経済活動が広範に制限されたため、経済への打撃は非常に大きなものとなり、これ以前から弱い動きであった景気は極めて厳しい状況となった。実質経済成長率をみると、1~3月前年比3.1%増と、前期の同4.1%増から一段と伸びが低下し、4~6月期には同23.9%減と著しいマイナスとなった(図17)。月次の指標をみると、鉱工業生産は、3月以降急落し、4月は前年比57.3%減と大幅な減少となった(図18)。また、PMIをみると、製造業に加え、サービス業が更に大幅な落ち込みとなっており、より大きな影響を受けている(図19)。このように経済が急激に悪化する中、インド政府は、4月20日以降、経済活動の再開を徐々に進め、6月からは都市封鎖解除期に移行している。これに伴い、5月以降、鉱工業生産は前年比二桁台のマイナスながらも減少幅の縮小が続き、PMIもサービス業では低水準にとどまる一方、製造業で8月に50を超えるなど、景気は依然として極めて厳しい状況にあるが、下げ止まりつつある。しかしながら、同時に、新規感染者の増加ペースは加速しており、感染症拡大抑制と経済の正常化を両立させるため、難しい舵取りが求められる状況となっている。
(注1)乗用車を購入する際に、100万ウォン(約9万円)を上限として、個別消費税を5%から1.5%に引下げ。7月以降は、上限をなくし3.5%に引き上げて年末まで実施。
(注2)世帯人数に応じて一律給付(最大100万ウォン)。
(注3)1台湾元=約3.5円(2019年)
(注4)中国では同0.3%、韓国では同1.2%、インドネシアでは同1.5%、インドでは同1.1%となっている(世界銀行のデータによる)。なお、台湾では、国際収支における旅行収入は同3.2%。