第2章 主要地域の経済動向(第2節)
第2節 アメリカ経済
アメリカ経済は、世界金融危機を経て、09年6月を景気の谷として、約10年の長期にわたり景気回復が続いている。本節では、アメリカ経済の最近の動向を振り返り、今後の見通しとリスク要因について整理する。
アメリカ経済を概観すると、個人消費は、堅調な雇用・所得環境の下で増加が続いている。住宅着工は、住宅価格の上昇等を背景におおむね横ばいとなっている。設備投資は知的財産投資の高い伸びに支えられ、緩やかな増加基調を維持している。財輸出は足下では民間航空機を含む資本財の減少により弱含みとなっている。米中貿易摩擦の不確実性等を背景に企業マインドが低下しており、生産が特に製造業で弱い動きとなっている。労働市場では、雇用者数は増加しており、失業率も一段と低下して4%を下回る水準となっている。物価は、19年1月以降、FRBが目標とする2%を下回って推移している。
1.アメリカ経済の動向
18年の実質経済成長率は、18年1月から実施されている税制改革や歳出上限の引上げ1による拡張的な財政政策を背景として、堅調な個人消費や民間設備投資等に支えられ、前年比2.9%増と15年以来3年ぶりの高い伸びとなった(第2-2-1図)。アメリカ議会予算局(CBO)によると、18年の潜在成長率は1.9%と推計2されていたことから、18年の成長率は潜在成長率を大きく上回る結果となった。
19年1~3月期の実質経済成長率は、個人消費や民間設備投資の伸びが鈍化する一方で、純輸出や在庫投資による成長率の押上げにより、18年10~12月期の前期比年率2.2%増から同3.1%増と伸びが拡大した。純輸出は、18年後半の対中国追加関税措置に伴う駆け込み需要の反動により輸入の伸びがマイナスに転じたことに加え、輸出の伸びが拡大したことにより、GDPの増加に対して高い寄与となった。在庫投資は、18年7~9月期以降、3四半期連続でプラス寄与となっている。一方、GDPの約7割を占める個人消費は、自動車販売台数の弱含み等により耐久財消費がマイナス寄与となり、寄与度は大きく低下した。企業の設備投資はプラス寄与となったが、住宅投資は18年1~3月期以降、5四半期連続でマイナス寄与となった。
なお、政府機関の一部閉鎖3の影響について、商務省は19年1~3月期の実質経済成長率を0.3%押し下げたと試算している。また、19年1月に公表されたCBOの見通し4によれば、19年4~6月期は政府の歳出の反動増等により成長率が押し上げられ、19年通年の実質GDPへ与える影響は0.02%の押下げに止まるとしている5(第2-2-2図)。
アメリカ経済の景気回復の長さを確認すると、世界金融危機を経て、09年6月を景気の谷として、約10年の長期にわたり回復が続いている。今回の景気拡張局面は、19年7月で121か月間となり、過去最長となったとみられる6(第2-2-3表)。
(1)輸出は弱含んでいるが、内需は堅調
(個人消費は増加)
実質個人消費支出は、18年12月から19年2月にかけて、株価の下落、政府機関の一部閉鎖、寒波7等の影響もあって一時的に減少したが、その後は堅調な雇用・所得環境8や消費者マインドを背景に再び増加している。消費の伸びを四半期別にみると、19年1~3月期は18年の伸びと比較すれば鈍化しているが、引き続き堅調なサービス消費の伸びに支えられ、増加基調を維持している(第2-2-4図、第2-2-5図)。
19年1~3月期に財消費の伸びがマイナスとなった背景の一つとして、自動車販売台数が弱含んでいることがある。自動車販売台数は、ハリケーン9の復興需要等により17年及び18年は約1,700万台と好調であったが、19年入り後は自動車ローン金利の上昇も押下げ要因となり、年換算で1,600万台後半の水準で推移している(第2-2-6図、第2-2-7図)。
(住宅着工はおおむね横ばい、住宅価格はやや低下)
住宅着工件数は、住宅価格の上昇や建設労働者不足等の供給制約等を背景に、FRBによる利上げ停止を背景とした住宅ローン金利の低下にもかかわらず、19年に入ってからも年換算で120万件程度の水準でおおむね横ばいで推移している(第2-2-8図、第2-2-9図)。ただし、18年末頃から住宅価格の伸びに低下もみられている。アメリカ主要都市圏における中古一戸建て住宅の販売価格を示すケース・シラー住宅価格指数は、18年半ば頃までは前年同月比で6%程度の緩やかな上昇を続けていたが、18年末以降は3%程度まで低下している(第2-2-10図)。
住宅着工の先行きをみるため、先行指標である住宅許可件数及びNAHB住宅市場指数10を確認する。住宅許可件数は、18年8月から10月に比較的低水準の120万件台で推移していたものの、その後持ち直し、19年1月以降は130万件程度で推移している。また、住宅建設業者による住宅市場の景況感を表すNAHB指数も、18年末から19年初めにかけて一時的に低下したものの、19年2月以降は回復しており、先行きへの期待感がある(第2-2-11図)。
(設備投資は緩やかに増加)
19年1~3月期の民間設備投資は、前期比で2.3%増と18年と比較すると伸びが低下したものの、引き続き緩やかな増加基調を維持している。内訳をみると、機械・機器投資が16年1~3月期以来のマイナス寄与となったほか、構築物投資はわずかなプラス寄与と振るわなかったが、知的財産投資(ソフトウェア及びR&D投資等)は高い伸びを維持し、全体をけん引している(第2-2-12図)。鉱業関連の設備投資は、18年7~9月期以降、3四半期連続でマイナス寄与となっている(第2-2-13図)。これは鉱業関連の設備投資の採算性を判断するのに利用される原油価格(WTI)が、18年後半に大きく下落した後、19年に入りやや上昇したものの、18年半ば頃の水準と比較して低く、油井採掘リグ稼働数も18年半ば以降、横ばい圏内で推移していることが背景であると考えられる(第2-2-14図)。
民間設備投資の先行きをみるため、機械・機器投資の先行指標であるコア資本財受注(民間航空機を除いた非国防資本財)をみると、18年後半から前月比でマイナスが続いた後、19年2月及び3月には一時反転したが、4月には再びマイナスに転じている(第2-2-15図)。米中貿易摩擦に伴う不確実性の高まりによる企業の投資マインドの低下が、投資の見直しや延期をもたらす可能性もあり、今後の民間設備投資が増加基調を維持できるかについては注視する必要がある。
(財輸出は弱含み)
財輸出は、ドル高傾向や中国による追加関税措置を背景に18年後半に弱い動きとなった後、19年1~3月期に持ち直しの動きがみられたが、19年4月に再び弱含みへと転じた(第2-2-16図、第2-2-17図)。19年1~3月期の持ち直しの背景には、中国向け輸出の減少幅の縮小がある。18年12月1日の米中首脳会談を踏まえた措置により、中国向けの大豆輸出が19年3月に18年5月以来のプラス寄与となり、また、自動車・同部品もマイナス寄与が縮小した11。しかし、19年4月は、ボーイング社の新型機が3月の墜落事故後に出荷停止となった影響もあり、民間航空機12を含む資本財が大幅減となったことから、財輸出は全体として弱含んでいる(第2-2-18図)。19年6月末に米中首脳会談が実現し、米中貿易協議の継続が確認されたが、首脳会談前に米中両国が第3弾の追加関税措置の税率引上げを実施するなど、財輸出の動向は今後も楽観できない状況が続くと見込まれる。
(2)鉱工業生産は弱い動き
19年入り後の鉱工業生産は、引き続き鉱業関連の安定した生産に支えられているものの、製造業に下押しされ、19年4月以降、全体としても弱い動きとなっている(第2-2-19図、第2-2-20図)。
鉱工業生産が弱い動きとなる中で、企業マインドも低下している。企業による景況感をISMの製造業景況指数13でみると、18年末以降、政府機関の一部閉鎖や米中貿易摩擦による不確実性の高まり等を背景に、製造業の景況感は19年1~3月期に50台半ばまで低下し、19年4月以降に50台前半まで一段と低下している(第2-2-21図)。非製造業の景況指数は製造業ほどの低下はみられないが、19年3~5月は50台半ばまで低下している。地区連邦準備銀行の景況指数をみても、18年は高い水準で推移したが、19年半ばにかけて弱めの動きとなっている(第2-2-22図)。19年6月末に米中首脳会談が実現し、米中貿易協議の継続が確認されたが、首脳会談前に米中両国による第3弾の追加関税措置の税率引上げが実施されており、今後の企業マインドの動向を注視する必要がある。
なお、鉱工業生産の押上げ要因となっている鉱業生産の増加は、シェールオイルの増産による原油生産量の増加によってもたらされている14。アメリカエネルギー情報局によれば、18年にアメリカの原油生産量は、ロシア及びサウジアラビアを抜き、世界第一位となった(第2-2-23図)。
(3)改善が続く雇用情勢
雇用情勢は改善が続いている。非農業部門雇用者数の前月差をみると、19年1~5月の平均は16.4万人と18年の月平均22.3万人と比較すれば増加幅が縮小したものの、全体としては引き続き堅調に増加している。雇用者数の前月差を部門別にみると、財生産部門とサービス部門で差がみられる。財生産部門は19年2月に寒波の影響もあり、前月差がマイナスとなったことなどから、19年1~5月の平均が2.3万人と増加幅が縮小しているが、サービス部門は19年1~5月の平均が14.1万人となるなど、堅調に増加している(第2-2-24図)。業種別にみると、財生産部門では通商問題の動向の不透明感もあって、特に製造業が伸び悩んでいる。一方、サービス部門では専門サービス業(人材派遣サービス等)やレジャー・接客業を中心に増加が続いている(第2-2-25図、第2-2-26図)。
失業率(U315)は、世界金融危機後では、09年10月の10.0%をピークに徐々に低下し、19年4月及び5月には3.6%と1969年12月の3.5%以来、49年4か月ぶりの低水準を記録するなど、FOMC参加者が予測する長期失業率の4.2%(中央値)を下回る水準で推移している。また、広義の失業率(U616)をみると、19年5月で7.1%となり、過去最低である2000年10月の6.8%までは低下していないものの、引き続き世界金融危機前の最低水準(06年12月の7.9%)を下回る水準で推移している(第2-2-27図)。
時間当たり名目賃金の伸びは、世界金融危機後の最低水準である12年10月の前年比1.5%から徐々に高まり、18年後半から同3%を超えているが、19年1月以降、おおむね横ばいで推移している(第2-2-28図)。これは、時間当たり実質賃金の伸びでみても同様である(第2-2-29図)。19年4月30日から5月1日に開催されたFOMCの議事録でも数人の参加者から、「広範囲にわたる賃金の伸びの報告はほとんど見られなかった」と指摘されており、6月に公表されたアメリカ地区連銀経済報告(ベージュブック)においても、「全般的に賃金上昇圧力は、低い失業率を考慮すると比較的抑制されたまま」であることが報告されている。
失業率が低水準で推移しているにもかかわらず、賃金の伸びが抑制されている背景には、労働市場における構成変化が影響している可能性がある。19年に入って以降、フルタイムの労働者が減少しているのに対し、比較的賃金が伸びにくいと考えられるパートタイムの労働者は増加に転じている(第2-2-30図)。労働市場における構成変化の影響を除外した賃金指標である賃金上昇追跡調査(Wage Growth Tracker)17をみると、賃金の伸びは19年1月以降も引き続き高まっていることが確認できる(第2-2-31図)。
一方、賃金の伸びの鍵となる時間当たり労働生産性上昇率をみると、18年10~12月期から19年1~3月期にかけて高い伸びを示している(第2-2-32図)。失業率が記録的な低水準を続ける中、今後の賃金の伸びの動向が注目される。
2.財政・金融政策の動向
(1)財政政策の動向
アメリカでは、連邦政府の債務残高に上限を設ける債務上限や各年度の裁量的経費に上限を設ける歳出上限の制度が存在する。これらは時々の立法によって、上限額の引上げ等が行われてきたが、18年2月に成立した2018年超党派予算法(Bipartisan Budget Act of 2018)後の扱いについては現時点で決まっていない。以下では、20年の大統領選を控えた、19年前半におけるアメリカの財政の動向を債務上限と歳出上限に分けて概観する。
(債務上限の動向)
アメリカでは、連邦政府の債務残高の上限額が法律によって規定されている18。実際の債務残高が法定上限を超えた場合、国債の新規発行を行うことができず、国債の元利払いを含め予算執行に支障が生じることとなる19。
直近では、18年2月9日に成立した2018年超党派予算法により、19年3月1日まで債務上限の適用が一時停止されていたが、期日を迎えたことにより、3月2日から同日の債務残高が新たな法定上限となった(第2-2-33図)。
19年3月4日、ムニューシン財務長官は議会に向けて、法定された債務残高を一定に保ちながら、必要な国債の発行を継続するために、特別の措置(Extraordinary measures)を講じることを表明した。特別の措置とは、例えば、連邦政府職員退職・障害者基金等が保有する非市場性国債20の償還を進めると同時に、同非市場性国債の発行を停止することで、一時的に国債の発行余地を広げることを内容とする措置である。財務省が特別の措置を講じることは今回が初めてではなく、過去にも同様の措置が実施されている。CBOは財務省による特別の措置を前提に19年9月または10月頃に財務省の資金繰りが難しくなると試算しているが21、ムニューシン財務長官は、特別の措置が夏の終わり(late summer)までしか続けられない可能性があると警鐘を鳴らしている。
(歳出上限の動向)
11年の予算管理法(Budget Control Act of 2011)は、翌12年度(11年10月~12年9月)の債務上限の引上げを認める一方、12年度から21年度にかけての裁量的経費に歳出上限22を設けた23。19年度までは別途法律を定めることにより、裁量的経費の歳出上限が引き上げられてきたが24、20年度以降については、そのような立法がないことから、20年度の裁量的経費の歳出上限は、19年の1.2兆ドルから1.1兆ドルへと約1,000億ドル減少する見込みである(第2-2-34図)。
特に、18年度及び19年度は、超党派による立法により歳出上限が大幅に引き上げられ、拡張的な財政が景気を下支えする役割を果たした。仮に20年度予算において歳出上限が引き上げられない場合は、19年度に比べ20年度の経済成長率を鈍化させる要因となり得る。なお、トランプ政権は、20年度予算教書において、メキシコとの国境の壁建設のための86億ドルを始め、国土安全保障省等の予算を増額する一方で環境保護局等の非国防費の予算を削減することにより、20年度の裁量的経費を歳出上限の枠内に収めた。一方、海外緊急活動費25と呼ばれる歳出上限の制約を受けない裁量的経費を約1,000億ドル増額したことから、これを含めた20年度の裁量的経費は19年度からほぼ変わらないこととなっている。
中長期的には、アメリカの債務残高対GDP比が人口高齢化等により年々悪化することが見込まれていることにも留意が必要である(第2-2-35図)。20年度の予算は19年10月から始まることから、債務上限の問題とあわせて今後議論が本格化することが予想される26。
(2)金融政策の動向
FRBでは、15年12月以降、緩やかな利上げを実施するとともに、17年10月からはバランスシートの縮小も進めるなど、金融政策の正常化を徐々に進めてきたが、19年1月以降は政策金利の据置きやバランスシート縮小ペースの減速など、金融政策運営の局面に変化がみられている。
FRBは、雇用の最大化と物価の安定化という2つの目標に照らして金融政策運営を行っている。まず、雇用情勢をみると、前述のとおり、アメリカでは雇用者数の増加が続き、失業率は低下傾向となっている。一方、物価情勢については、PCE総合及びPCEコアデフレーターがともに19年1月以降低下し、FRBが目標とする2%を下回って推移している(第2-2-36図)。
パウエル議長は19年5月のFOMC会合後の記者会見において、物価上昇率の低下については、ダラス連銀が公表している刈込平均(trimmed mean)物価上昇率が2%程度となっている(第2-2-37図)ことなどを理由に「一時的な要因が働いている」と指摘27し、堅調な労働市場や今後も続く経済成長により、物価上昇率はいずれ2%に回帰すると発言した。
しかし、19年に入り、PCEコアデフレーターがFRBの目標とする2%を更に下回る状況が続いており、これがFRBの金融政策運営を転換させる一つの要因となる可能性がある。19年6月会合におけるFOMC参加者による経済指標の見通し(中央値)を確認すると、3月会合(前回の見通し)と比べ、実質経済成長率はほぼ変わらず、失業率はやや低下しているにもかかわらず、物価上昇率の見通しは全体として下方修正された(第2-2-38表)。
(政策金利は引上げから据置きへ)
FRBは15年12月以降、政策金利であるFFレート(フェデラル・ファンド・レート)の誘導目標範囲を引き上げてきた。15年12月に0.00~0.25%から0.25~0.50%に引き上げて以降、16年に1回、17年に3回、18年に4回、それぞれ0.25%ずつ政策金利を引き上げ、また、19年1月FOMC会合以降は政策金利を据え置き、政策金利の誘導目標範囲を2.25%から2.50%の範囲としている(第2-2-39図)。
18年12月のFOMC会合におけるFOMC参加者の政策金利見通しの中央値をみると、各年の利上げ回数は、19年に2回、20年に1回が見込まれていた。しかし、その後に政策金利が引き上げられることはなく、19年1月のFOMC会合の声明文において、緩やかな政策金利の引上げへ言及した表現が削除されるとともに、「世界経済と金融の動向、落ち着いた物価上昇圧力(muted inflation pressures)を踏まえ、委員会は将来の政策金利の調整に忍耐強くなる(will be patient)28」との文言が声明に追加され、19年3月のFOMC会合におけるFOMC参加者の政策金利見通し(中央値)から算出される19年の利上げ見込み回数は0回に減少した(20年は1回から変わらず)。パウエル議長は19年3月のFOMC会合後の記者会見において、19年のアメリカ経済は18年の非常に高いペースと比較すると伸びが鈍化するものの堅調なペースで成長すると総括した一方、成長鈍化の背景としてヨーロッパ及び中国経済の減速を指摘し、先行きのリスクとして英国のEU離脱や通商問題を指摘した。5月のFOMC会合においても、「(利上げ、利下げの)どちらの方向にも動かす強い証拠はないとみている」として、引き続き、将来の政策金利の調整については、「忍耐強く」なる旨を強調した。
しかし、6月のFOMC会合では、声明文から「忍耐強く」の文言が削除され、新たに「先行きの不確実性が増している」とした上で29、「成長を持続させるために適切に行動する(will act as appropriate)」との文章が追加された。6月会合でのFOMC参加者の政策金利見通し(中央値)から算出される利上げ見込み回数をみると、19年は0回と変わらなかったが、20年は1回の利下げが見込まれることとなった。
ただし、市場では、19年6月のFOMC会合におけるFOMC参加者の政策金利見通しにおいて、参加者17名のうち8名30が19年内の利下げを見込んでいることが判明したことなど31から、19年内の利下げが予想されている32。19年後半は、市場の強い利下げ期待が存在する中、FRBの金融政策運営が一層注目される。
(バランスシート縮小ペースの減速と停止)
バランスシート正常化に向けたFRBの保有資産の縮小については、17年9月の会合において、再投資政策の見直しを17年10月から開始することが決定33されて以降、漸進的な縮小が続けられている34。再投資政策見直し前の17年9月末時点で約4.5兆ドルとなっていた資産規模は、19年6月末時点で約3.9兆ドルとなっており、満期を迎えた保有債券の再投資額を徐々に削減する形で極めて緩やかなペースで資産規模の縮小が進められている(第2-2-40図)。
19年3月のFOMC会合では、「バランスシート正常化の原理と計画35」を別途公表し、19年5月以降は縮小ペースを減速、米国債については19年9月末で縮小を停止するとした。FRBでは、17年10月より米国債及びMBS等の毎月の償還受取額のうち、再投資せずに回収する額の上限(=バランスシート削減額上限)をそれぞれ月300億ドル、月200億ドルとしていたが、今回の決定により、(1)米国債についてはこの上限を19年5月以降月150億ドル、同年10月以降ゼロとし、(2)MBS等については毎月の償還受取額を19年10月以降月200億ドルを上限に米国債へ再投資することとされた。また、バランスシートの最終的な規模については、パウエル議長は19年3月のFOMC会合後の記者会見において、「3.5兆ドル強」と言及している363738。なお、バランスシート正常化に関する声明においては、「委員会は引き続き、金融政策のスタンスを調整する第一の手段は、FFレートの誘導目標範囲を調整することと認識している」としている。
(金融政策の戦略・手段・コミュニケーションの見直し)
18年11月にFRBは、アメリカ経済の構造変化を踏まえ、金融政策の戦略、手段、コミュニケーションについての幅広い見直しを行う、と発表した。19年2月以降、全国の地区連銀で「Fed Listens」と呼ばれるイベントが開催され、学術界のみならず、産業界や労働者の代表等からも意見が聴取されている。この取組の一環として、FRBは19年6月4日から5日に、シカゴ連銀において、外部の学術経験者や実務経験者らを紹介し、初めての公開レビューとなる金融政策運営に関するコンファレンス39を主催した。
その会議の冒頭挨拶の中で、パウエル議長は、(1)現在の金融政策の戦略は雇用の最大化及び物価の安定化という法定された目標を達成するために十分であるのか、また、政策手段を拡大すべきなのか、(2)FOMCの政策フレームワークや実施に関する市場とのコミュニケーションをどのように改善できるか、といった論点を挙げた。具体的には、(1)については、アメリカのみならず、世界的に中立的な政策金利が低下し、実効下限制約(ELB: Effective Lower Bound)40に直面するリスクが高まっていることから、FRBが有する現行の政策手段が将来の景気後退期に十分に対応できるか、また、(2)については、FOMC会合後に参加者の政策金利見通し(中央値)として公表されるドット・プロット(dot plot)を見直すべきか41、といった問題意識が示された。
今後については、2019年の中頃からFOMCにおいて「Fed Listens」で得られた視点等についての議論を開始し、2020年前半に議論の結果を公表する予定とされる。パウエル議長は、こうした見直しを通じて、FOMCの政策枠組みの改善を図るとしている。
3.通商政策の動向
19年前半には、米中貿易摩擦の他にもアメリカの通商政策でいくつか大きな動きがみられた42。18年5月にトランプ大統領が調査を命じた自動車に対する追加関税措置は、19年2月に調査結果が商務省から大統領に提出されたものの、具体的な対応の決定を最大180日間延期することとなった。19年6月にはメキシコからの全輸入品に対する追加関税措置が表明され、また、インドの一般特恵関税制度からの除外も発表された。メキシコへの追加関税措置は無期限延期となったが、インドに対する措置は実行に移され、インドからの対抗措置を招く結果となった。一方、北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる新協定であるUSMCA(United States-Mexico-Canada Agreement)の批准に向けた動きもみられた。以下では、19年前半に動きのあった主なアメリカの通商政策について整理し、その影響等を概観する。
(自動車に対する追加関税)
トランプ大統領は、18年5月23日、安全保障を理由にした貿易制裁を認める規定を有する通商拡大法第232条に基づき、輸入自動車(トラックや部品を含む)がアメリカの安全保障に与える影響を商務省に調査するよう命じ、商務省は、19年2月17日、自動車及び同部品の輸入が国家安全保障に与える影響についての調査結果をトランプ大統領に提出したことを明らかにした43。通商拡大法の規定では、大統領は調査結果を受領後、90日以内(5月18日まで)に内容を確認の上、勧告されている措置について対応を決定することとされていたが、トランプ大統領は5月17日に最大180日間(11月半ばまで)の延期を決定した(第2-2-41表)。この決定は、まさに通商交渉が行われている途中である日本やEUを念頭においたものであると考えられている。
このほか、アメリカはEUに対し、通商法301条に基づき、エアバス社への補助金を理由として、19年4月8日にEUからの輸入品210億ドル相当(航空機・乳製品(チェダーチーズ等)・ワイン等)を追加関税の対象とするリスト案を公表し、7月1日には40億ドル相当(乳製品(ゴーダチーズ等)、パスタ、ウイスキー等)分をリスト案に追加した。これに対し、EUもボーイング社への補助金を理由として、19年4月17日にアメリカからの輸入品200億ドル相当(航空機、食料品等)を追加関税の対象とするリスト案を公表した。アメリカ及びEUは、最終版のリストをWTOによる裁定後に公表するとしているが、EUはアメリカにとって、自動車・同部品の輸出入シェアがメキシコ・カナダに次いで高い地域であることから(第2-2-42図)、これらは今後、自動車に対する追加関税措置と併せて議論されることが見込まれる。
(メキシコからの全輸入品に対する追加関税措置の表明)
19年5月30日、トランプ大統領は、メキシコからの不法移民の流入に関し、メキシコ政府が十分な対策を行っていないとして、(1)メキシコからの全輸入品に対し、6月10日から5%の追加関税を賦課すること、(2)メキシコ政府により効果的な対策が採られない限り、順次関税率を引き上げ(7月1日に10%、8月1日に15%、9月1日に20%)、10月1日には25%の追加関税を賦課し、恒久的に据え置くこと、を表明した44。しかし、6月7日に、トランプ大統領がメキシコとの間で移民流入を防ぎ止める強力な措置に合意したとして、メキシコへの追加関税措置の無期限延期を表明したことにより、実際の追加関税措置の実施は回避された。ただし、トランプ大統領はあくまで「無期限延期」としており、合意文書では、期待される結果がみられない場合は両国が更なる措置を行うと明記した上で、必要があれば90日以内に両国の議論の内容を公表するとされている。以下では、仮にアメリカが表明したメキシコからの全輸入品への追加関税措置が実施された場合の影響の大きさについて簡単に考察する。
アメリカによるメキシコへの追加関税措置は、メキシコの輸出がメキシコのGDPに占める割合が36.8%、アメリカ向けの輸出がメキシコのGDPに占める割合が28.2%と高いことから、メキシコの輸出に大きな影響を与えると考えられる(第2-2-43図)。ただし、メキシコの製造業におけるアメリカ向け輸出に占める各国の付加価値比率をみると、アメリカは18%とメキシコに次いで高い国となっていることから(第2-2-44図)、アメリカによるメキシコへの追加関税措置は、間接的にアメリカ企業へも負の影響を与えると考えられる。
一方、アメリカの輸入がGDPに占める割合は12.4%であるが、そのうち、メキシコからの輸入が占める割合は1.7%と小さい(第2-2-45図)。ただし、アメリカの対メキシコ輸入の追加関税規模を対中国輸入の追加関税規模を比較すると、メキシコからの全輸入品へ10%の関税を賦課したケースでは、対中国追加関税措置の第1弾及び第2弾に加え、第3弾に10%の追加関税を賦課した場合の規模を超える。また、メキシコからの全輸入品へ20%の関税を賦課したケースでは、対中国追加関税措置の第1弾及び第2弾に加え、第3弾に25%の追加関税を賦課した場合の規模を超える(第2-2-46図)。アメリカの対メキシコ輸入の規模は小さいものの、メキシコからの全輸入品への追加関税措置が実施された場合、その税率によっては19年6月時点で実施されている対中国追加関税措置よりも大きなインパクトを有することになる可能性があることに注意が必要である。
(インドの一般特恵関税制度からの除外)
19年3月4日、アメリカ政府は、公平で合理的な市場へのアクセスが提供されていないとして45、インドの一般特恵関税制度(GSP:Generalized System of Preferences)46からの除外を公表し、5月31日の大統領布告において、6月6日以降、実施することとした。これに対し、6月16日、インド政府は、アメリカからの輸入品28品目(アーモンド、りんご等)に対し、関税の引上げ47を開始した。
アメリカ及びインドの輸出がそれぞれのGDPに占める割合をみると、アメリカのインド向け輸出の対GDP比に比べ、インドのアメリカ向け輸出の対GDP比の方が大きいものの、その規模は両国とも小さいことから、両国の貿易制限的な措置が両国経済全体に与える影響は限定的であると考えられる(第2-2-47図)。
(USMCA批准の動向)
18年11月30日にアメリカ・メキシコ・カナダ間で署名された、NAFTAに代わる新協定であるUSMCA48は、19年前半に3か国の間でそれぞれ批准に向けた動きが一部みられた。アメリカでは、USMCAの批准を進めるため、19年5月30日にメキシコ・カナダに対し、18年6月から賦課していた鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置を適用除外とした。その後、メキシコでは、19年6月19日に、3か国で初めて議会において批准された。USMCAでは、一部の規定49で施行日が「2020年1月」若しくは「協定発効日」のどちらか遅い方とされているところ、今後、アメリカとカナダにおける批准プロセスの進捗状況が注目される。
4.アメリカ経済の見通しと主なリスク要因
(1)アメリカ経済の見通し
19年のアメリカ経済は、18年1月から実施されている税制改革等により約3%の成長率を実現した18年と比較すると成長が鈍化するものの、引き続き堅調な雇用・所得環境に支えられた個人消費の増加等から、着実に回復が続くことが見込まれる。各種機関による経済見通しにおいても、ばらつきがあるものの、約2%の潜在成長率を上回る成長が続くことが見込まれている(第2-2-48表)。
着実に回復が続いているアメリカ経済であるが、企業債務の増加には注意が必要である。企業部門の債務残高対GDP比をみると、08年9月のリーマン・ショックに端を発する世界金融危機後、家計部門が低下傾向にあるのに対し、企業部門は世界金融危機時の水準を超え、増加傾向となっている(第2-2-49図)。FRBのパウエル議長は19年5月の講演において、「現時点で企業債務は、家計及び企業に広く被害をもたらすような金融システムの安定性に対する高いリスクを示していないが、高水準の企業債務が景気後退局面で借り手に与える圧力を増大させないか引き続き注視する」と述べている。18年12月以来、利上げの動きが止まっている中、企業部門の債務の増加は、経済に予期せぬ負のショックが生じた場合の脆弱性を高めるため、その動向を注視する必要がある。
(2)アメリカ経済の主なリスク要因
アメリカ経済は、改善が続く雇用情勢の中で内需が堅調であり、19年も約2%の潜在成長率を上回る成長が見込まれることから、先行きのアメリカ経済のリスクとなり得るのは主に政策に関するリスクである。
アメリカの経済政策不確実性指数(Economic Policy Uncertainty Index)の動向を確認すると、総合指数は、トランプ大統領の就任が決まった16年11月に大きく上昇し、その後は振れを伴いつつも低下傾向を示してきたが、依然として過去の景気拡張局面に比べ高い水準となっている(第2-2-50(1)図)。指数を政策別に分けてみると、財政政策及び金融政策は19年1月に上昇したものの50、それ以降は落ち着いて推移している。一方、貿易政策については、18年を通じて上振れしていたものが19年初に一時低下したものの、トランプ大統領が中国に対して更なる追加関税措置を表明した19年5月に再び上昇した(第2-2-50(2)図、第2-2-50(3)図、第2-2-50(4)図)。
(トランプ政権による通商政策の動向)
世界的なサプライチェーンが構築され、企業活動のグローバル化が進む中で、トランプ政権が進める貿易制限的な通商政策が、どのように展開していくかについて不確実性が極めて高いと考えられる。貿易制限的な通商政策が推し進められた場合には、相手国による報復措置も加わり、世界的な貿易・投資の急速な縮小をもたらす可能性がある。
(財政政策の動向)
アメリカでは、財政政策に関する不確実性も存在する。連邦政府の債務残高の上限額が法律によって規定されている債務上限の問題では、新たな法律により上限額の引上げまたは適用の停止がなされない場合に予算執行に支障が生じる可能性がある(前掲第2-2-33図)。現時点においては、財務省が特別の措置を講じることにより問題が先送りされているが、19年秋頃には財務省の資金繰りが困難になるとみられている。また、法律によって連邦政府の裁量的経費に上限が設定されている歳出上限の問題では、先述のとおり、20年度以降についてその扱いが決まっておらず、今後歳出上限が引き上げられなければ、20年度以降の歳出上限は2011年予算管理法によって定められている歳出上限まで引き下げられることとなる(前掲第2-2-34図)。20年度予算で歳出上限が引き上げられない場合には、アメリカ政府の歳出が抑えられ、経済の下押し要因となる可能性がある。他方、アメリカの連邦政府の債務残高は増加傾向にあるため、過剰な財政支出が長期金利の上昇をもたらす可能性にも留意が必要である。
(金融政策の動向)
FRBは、19年前半のFOMCにおいて、15年12月以降続いていた政策金利の引上げを停止し、17年10月から進めてきた漸進的なバランスシートの縮小ペースを減速した後、19年9月末で停止することを決定した。今後は、FOMCによる利下げの時期や回数、幅が注目されており、市場ではFOMCによる利下げへの期待が高まっている。FRBは市場との対話を着実に行うことが求められているが、対話が十分でなく、FRBの政策運営方針と市場の期待との間に大きなかい離が生じた場合、アメリカの金融資本市場、更には実体経済に影響を与えるリスクに留意する必要がある。