第2章 主要地域の経済動向(第1節)

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第1節 世界経済

1.世界経済の現状と見通し

(更に緩やかとなった回復)

2019年前半の世界経済は、中国やドイツ等、アジアやヨーロッパの中で弱い動きがみられるものの、全体としては引き続き緩やかに回復している。国際通貨基金(IMF)によると、17年に3.8%であった世界の実質経済成長率は、18年に3.6%と低下した後、19年には3.3%と、18年よりも更に低下することが見込まれている(第2-1-1図)。19年前半の世界経済についてIMFは、米中貿易摩擦や英国の合意なきEU離脱への懸念といった不確実性に加えて、中国における債務削減の取組や、ドイツにおける自動車産業の低迷1など、特定の国における一時的要因が、製造業や輸出を中心に経済を下押ししたとしている。四半期ごとの成長率(前年比)の動きをみても、18年半ば以降、成長率が急速に低下していることが確認できる(第2-1-2図)。ただし、19年後半には一時的要因の解消に加え、緩和的な金融環境の継続や中国での景気下支え策などにより緩やかに上向くことが期待されている。

第2-1-1図 世界の実質経済成長率(暦年)
第2-1-2図 世界の実質経済成長率(四半期)

(政策不確実性の高まり)

世界経済の動きを更に詳しくみるため、世界の鉱工業生産の伸び(前年比)をみると、18年に入って以降低下しており、18年11月以降は97年以降の長期平均(+3.1%)を下回る状況が続いている(第2-1-3図)。

世界の経済政策不確実性指数2の動きをみると、18年12月には、英国のEU離脱を問う国民投票が行われた16年6月や、アメリカ大統領選挙が行われた16年11月を上回り、同指数の公表が開始された97年1月以降、過去最高となった。19年に入って以降同指数は低下傾向にあったが、アメリカ政府が第3弾及び第4弾の追加関税措置(中国からの輸入品2,000億ドル相当の追加関税率の10%から25%引上げ、これまで追加関税の対象となっていない中国からの輸入品に対する最大25%の追加関税)3を表明・実施した5月と6月に大きく上昇し、過去最高であった18年12月に迫る水準となっている(第2-1-3図)。

長期的にみると、経済政策不確実性指数の高まる局面では、鉱工業生産の伸びが低下する傾向がみられ、特に18年後半は経済政策不確実性指数が大きく上昇し、鉱工業生産の伸びも大きく低下した。19年も経済政策不確実性指数は高水準にあり、今後の米中貿易摩擦や英国のEU離脱の動向によっては、今後も上昇を続け、鉱工業生産の伸びも引き続き低迷する可能性がある。

第2-1-3図 世界の鉱工業生産と経済政策不確実性指数

(企業の景況感の低下)

世界各国の企業(製造業とサービス業)の15年以降の景況感(購買担当者指数:PMI)と新規受注指数をみると、いずれも16年を底として上昇した後、18年2月をピークに低下しており、19年も引き続き低下傾向にある(第2-1-4図、第2-1-5図)。17年から18年にかけては企業の景況感、新規受注指数ともに、先進国が新興国を大きく上回っていたが、18年末にかけて急速にその差が縮小し、19年は先進国と新興国はほぼ同じ水準で推移している。前述の米中間での追加関税率引上げが行われた5月には先進国、新興国ともに低下した。

第2-1-4図 世界の企業の景況感
第2-1-5図 世界の企業の新規受注指数

(世界の失業率の低下)

米中貿易摩擦等で不確実性が高まる中、世界経済が全体としては緩やかな回復を続ける背景の1つとして、アメリカやドイツをはじめ主要国で労働市場が堅調であることが挙げられる。国際労働機関(ILO)は、世界全体の失業率は、世界金融危機の発生した翌年(09年)に5.6%まで高まった後低下し続け、18年には5.0%に達したとしている(第2-1-6図)。これは08年と同様の水準であり、2000年以降の平均である5.4%を大きく下回る。ただし、世界金融危機発生前後の08年から09年にかけては、わずか1年で世界の失業率が5.0%から5.6%へ0.6%ポイント上昇したのに対し、世界金融危機後、5.0%に戻るまでに9年を要したこととなり、世界金融危機後の労働市場の回復は緩やかに進んだといえる。

ILOでは、世界経済をめぐる経済・金融及び地政学的リスクが高まっていることから、予測は極めて高い不確実性を伴うとしながらも、19年と20年の世界の失業率は更に低下し、両年とも4.9%になるとしている。

第2-1-6図 世界の失業率

(民間債務は企業債務を中心に高水準)

世界金融危機後、主要国の中央銀行による長期にわたる金融緩和を受け、民間債務(家計部門・企業部門)が積み上がり高水準となり、世界金融危機前の水準に達しているケースもある。仮に民間債務が過剰に積み上がった場合には金融安定性へのリスク、さらには経済成長へのリスクとなるおそれがある。

OECD4は、緩和的な金融政策が続く中で、企業の債務残高対GDP比が多くの先進国で上昇を続けており、また近年、社債市場がリスク選好的となっていることから、こうした企業債務の動向が、経済環境が悪化した場合に金融の安定性を脅かすリスクになっていると指摘している。

IMF5も、金融市場が緩和的な中で企業債務が積み上がり、金融上の脆弱性が蓄積されていると指摘している。想定以上に成長が鈍化した場合や、貿易摩擦の激化や英国の合意なきEU離脱等によるセンチメントの悪化により市場参加者が急速にリスク回避的になった場合には、金融市場が急激にタイト化するリスクがある。その場合、社債といったリスク資産の価格が急落し、企業部門の脆弱性が景気後退を増幅させる可能性があるとしている。

上述の通り、OECDやIMFでは主に企業債務の高まりに伴うリスクに着目しているが、以下では、民間債務の状況を総合的に確認するため、主要国・地域(アメリカ、ユーロ圏、日本、中国)の家計部門・企業部門の債務に関するいくつかの指標を確認していきたい。

主要国・地域の家計部門の債務残高対GDP比をみると、アメリカではもともと水準はユーロ圏や中国と比較して高いが、世界金融危機発生時に100%近くまで上昇した後、危機後に大きく低下し、18年10~12月期には76%まで低下している。ユーロ圏や日本でも10年以降緩やかに低下している。一方で、中国では上昇を続けており、18年にはユーロ圏に迫る水準となっている(第2-1-7図)。

企業部門の債務をみると、中国での拡大が顕著であり、アメリカ、ユーロ圏、日本よりも高い水準となっている。中国の企業債務は、世界金融危機後の4兆元の景気対策で実施された大規模インフラ投資等により急速に増加したが、その大半は、国有企業によるものである6。ユーロ圏では2000年以降ほぼ一貫して増加していたが、16年以降は緩やかに低下している。日本では16年以降緩やかに上昇しているが、18年末時点で世界金融危機発生時の水準に達していない。アメリカでは世界金融危機後に一度低下したものの、再び緩やかに上昇し、18年には世界金融危機発生時を上回る歴史的高水準となっている(第2-1-7図)。

第2-1-7図 家計部門・企業部門の債務残高対GDP比

先進国における世界金融危機後の企業部門の債務拡大の主な要因は、社債による資金調達が増加したことにある。先進国の年間の社債発行額は、07年には約9,000億ドルであったが、17年に約1.5兆ドルまで上昇し、18年も1.2兆ドルと高水準を維持している7。また、発行額が増加しているだけでなく、金融緩和が続く中で市場がリスク選好的となり、投資適格8でも下位の格付(BBB)の社債の割合は、07年は38%から18年には54%まで上昇している(第2-1-8図)。今後、仮に投資適格であっても下位の格付の企業の資金繰りに影響するような何らかのショックが発生し、他の多くの企業についても債務返済能力への懸念が広がるような事態に至った場合、金融システムの安定性を損なう可能性も考えられるため、社債市場のリスク選好の動向にも注視が必要である。

第2-1-8図 世界の社債発行の格付別構成

次に、国際決済銀行(BIS)が公表している債務返済比率(DSR: Debt Service Ratio9をみていく。DSRには、家計部門、企業部門とそれらを統合した民間非金融部門のデータが存在する。BISはこのうち、家計部門と民間非金融部門のDSRを金融危機に対する早期警戒指標10として位置付けている11。BISは同指標に関し、特定の国の中での平均からのかい離など時系列の変化をみることが重要であるとしており、DSRの値の大小そのもので評価をすることは困難と指摘している12

まず、家計部門と企業部門のDSR13について、データが入手可能な99年以降の長期平均からのかい離をみると、家計部門では、世界金融危機発生時に特にアメリカとスペインでDSRが大きく上昇したが、両国とも2010年代には大きく低下しており、18年末時点では長期平均を大きく下回っている。18年末時点では、ドイツや日本でも長期平均を下回っており、イタリアでは長期平均とほぼ同じ水準である。フランスでは18年末時点で長期平均を上回っているが、長期平均からのかい離幅は0.6%ポイントと1%ポイント以下にとどまっている(第2-1-9図)。

企業部門のDSRをみると、アメリカでは、世界金融危機後に低下したが、14年以降緩やかな上昇傾向にあり、18年末時点でわずかに長期平均を上回っている。2000年代に急激に上昇したスペインでは07年7~9月期をピークに低下を続け、18年末時点では長期平均を大きく下回っている。18年末には、日本では長期平均を大きく下回り、ドイツとイタリアでも長期平均をやや下回っている。フランスでは長期平均を上回るものの、長期平均からのかい離が拡大していく状況にはなっていない(第2-1-10図)。

第2-1-9図 家計部門の債務返済比率(長期平均からのかい離)
第2-1-10図 企業部門の債務返済比率(長期平均からのかい離)

これらを総合した民間非金融部門のDSRをみると、18年末時点でアメリカ、ドイツ、イタリア、スペイン、日本で、長期平均を下回っている(第2-1-11図)。ただし、アメリカでは上昇傾向にあり、長期平均に近付きつつある点には注意する必要がある。中国とフランスでは18年末時点でそれぞれ長期平均を4.0%ポイント、1.7%ポイント上回っているが、そのかい離幅はわずかながらではあるが低下傾向にある。

第2-1-11図 民間非金融部門の債務返済比率(長期平均からのかい離)

民間債務の状況を債務残高対GDP比やDSRでみると、特にアメリカ、中国で企業部門を中心とした債務の積み上がりが確認できる。アメリカでは、企業債務が増加傾向で歴史的高水準にあり、DSRも上昇傾向にある点に注視を要する。中国では債務残高の水準が高く、DSRも長期平均を上回っているが、企業の債務残高対GDP比や民間非金融部門のDSRが更に大きく上昇する状況とはなっていない。また、世界金融危機前と比較して社債の信用リスクが高まっていることから、積み上がった債務の負担が企業にとって過大なものとなり、わずかなショックでも金融資本市場が大きく変動し、世界経済の成長率の低下を加速させる可能性がある。世界経済のリスクバランスが米中貿易摩擦等により下方に偏る中、企業部門のぜい弱性に注視が必要である。

(世界経済の見通し)

19年6月までに公表された最新の国際機関による世界経済の見通しによると、世界全体の経済成長率は、19年には18年から低下するものの、20年には回復し、19年と比較して上昇すると見込まれている(第2-1-12表)。ただし、これらの見通しでは、18年に実施された米中間の追加関税措置の影響は反映されているものの、19年5月以降に公表・実施された追加関税措置の経済への影響は含まれていないことに留意が必要である。第1章でみたように、19年5月以降に公表・実施された追加関税措置は、貿易量の減少、企業マインドや金融市場を通じて、世界の実質GDPを押し下げると考えられるため、19年と20年の経済成長率は更に低いものとなる可能性がある。

第2-1-12表 国際機関による経済見通し

2.世界経済の主なリスク要因

世界経済は、今後も全体としては緩やかな回復が続くと見込まれるが、留意すべき下方リスク要因が存在する。

(1)通商問題の動向

18年以降、米中間を始めとしてアメリカと多くの国・地域との間で貿易制限措置が採られている。米中両国は世界のGDPの約4割を占めており、第1章で見たように、米中貿易摩擦は世界の貿易量の伸びを鈍化させ、製造業を中心に景況感や生産を低下させるなど、中国やユーロ圏を始め、すでに世界経済にマイナスの影響を与えている。米中貿易摩擦は長期化している上、19年5月には米中間で追加関税率の引上げが実施され、アメリカがこれまで追加関税を賦課していない輸入品に対する追加関税措置を表明するなど、措置の内容に広がりもみられる。米中間の追加関税引上げ以外にも、18年3月に開始されたアメリカによる鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置や各国のそれに対する対抗措置も継続している。さらに、アメリカ通商拡大法第232条に基づくEUや日本等からのアメリカへの自動車輸入に対する貿易制限措置は、対応の決定が本年5月17日に最大180日間延期された状況となっている。今後、米中二国間以外の通商問題の動向にも注視が必要である14

こうした通商問題の世界経済全体に対する影響としては、貿易量の減少のみではなく、企業マインドの悪化やそれに伴う投資の抑制・金融資本市場の混乱等が懸念される。また、企業が複雑なグローバル・バリュー・チェーン(GVC)を構築する現在の世界経済にあっては、二国間の通商問題であっても、その影響が他国に波及、増幅されて世界経済全体に影響を与える可能性がある。

(2)中国経済の先行き

中国は世界第2位の経済規模を有しており、その減速は貿易等を通じて世界経済全体に大きな影響を与える可能性がある。

OECD15は、中国と世界各国との貿易や金融を通じたつながりにより、中国経済の急減速は世界の経済成長に多大な影響を与えるとしており、その世界及び主要国・地域への影響に関する試算を示している(第2-1-13図)。中国経済の内需の成長率が年2%ポイント、2年間低下するという急減速に陥った場合、世界的な貿易量の減少により、世界の実質GDP成長率は2年間で0.7%ポイント下押しされるとしている。また、中国経済の減速は、金融市場での投資リスクプレミアムの上昇や企業の資本コストの上昇をもたらし、投資が抑制される。さらに株価の下落につながった場合は、企業の資本コストの一層の上昇や消費の減速がもたらされる。また、すでに多くの国で緩和的な金融政策が採られ、政策金利の引下げ余地が限られる中、金融政策による適切な対応が採れなかった場合、特にアメリカや日本において成長率が大きく下押しされるとしている。こうした影響を合わせると、世界のGDP成長率は2年間で1.7%ポイント低下するとしている。中国経済の急減速の影響は、中国の主要な貿易相手国で大きく、特に中国への貿易依存度が高い日本や東アジアにおいて大きいものとなっている。なお、ここではGVCの進展による波及効果が考慮されていないため、それを含めれば更に影響は大きなものとなる可能性がある。

第2-1-13図 中国経済急減速による実質GDP成長率の押下げ効果(急減速2年目時点でのベースラインとの差)

中国経済は緩やかに減速しているが、今後、通商問題の動向や過剰債務問題への対応等によっては、景気が下振れするリスクもある。過剰債務問題については、17年頃より中国政府によるデレバレッジの取組が進められているが、18年にはその取組が当初想定されていた以上に景気を下押ししたとみられる。さらに、今般の通商問題に伴う景気下押し圧力が加わったことから、中国政府は企業の資金調達環境の緩和のための対応を進めるなど、景気安定に配慮する姿勢を強めているが、他方で、引き続き企業部門のデレバレッジを重要課題と位置付けている。過剰債務問題については、削減に向けた取組が進むことが期待されるものの、景気との関係もあり、実施のペースやタイミングについて難しい舵取りが求められている。仮に中国の景気が更に下振れた場合、中国との貿易上の結びつきが強い国を中心に世界経済全体の下押し圧力が一層高まることとなる。

(3)アメリカの財政金融政策動向

アメリカの金融政策や財政政策の動向は、アメリカにとどまらず、世界経済全体に影響を与える可能性がある。

アメリカでは、債務残高の上限額が法律によって規定されており、現在19年3月2日時点の残高が債務上限となっている。債務上限が新たな法律により引き上げられるか、適用の停止がなされなければ、国債の新規発行が行えず、国債の元利払いを含めて予算執行に支障が出ることとなる。また、歳出上限については、19年度予算では引上げが決定されたが、20年度以降については引上げが決まっていない。このため、20年度予算で歳出上限が引き上げられない場合には、アメリカ政府の歳出が急速に抑えられ、経済の押下げ要因となる可能性がある。アメリカ政府の債務残高はトランプ政権の下、増加傾向を強めており、過剰な財政支出が長期金利の上昇をもたらす可能性にも留意が必要である。

アメリカの金融政策に関しては、15年12月以降進められてきた政策金利の引上げが停止されている。また、バランスシートの正常化に向けた連邦準備制度理事会(FRB)の保有資産の縮小もそのペースを5月以降減速させた後、9月末で停止することが3月に決定されている。世界経済の成長率が低下する中、連邦公開市場委員会(FOMC)による利下げの時期や回数、幅が注目されており、市場ではFOMCによる利下げへの期待が高まっている。FRBは市場との対話を着実に行うことが求められているが、対話が十分でなく、FRBの政策運営方針と市場の期待との間に大きなかい離が生じた場合、アメリカのみならず世界各国・地域の金融資本市場、更には実体経済に影響を与えるリスクに留意する必要がある。

(4)英国のEU離脱を始めとするヨーロッパにおける政策に関する不確実性

英国のEU離脱期日は、当初の19年3月29日から2度延期され、19年10月31日となっている。18年11月に英国とEUが合意した離脱協定や将来関係に関する政治宣言について英国議会の承認を得られる見込みが立っていない。また、6月に英国のメイ首相が保守党党首を辞任したが、その後任の党首(次期首相)には強硬離脱派の候補が就任する可能性が高いとされ、その場合、英国のEU離脱の先行きの不透明感は更に高まることになる。英国は金融サービスをはじめ、EU内外の国にとってヨーロッパにおける拠点的な役割を担っている面もあり、将来の英国とEUの経済関係に関する不透明感が続くことは、ヨーロッパのみならず、金融資本市場等を通じより広い国・地域において企業及び消費者マインドの悪化をもたらし、設備投資を始め、経済活動を抑制するおそれがある。

ユーロ圏では財政政策の動向にも留意する必要がある。イタリアでは、18年6月に発足したEUに懐疑的な政党による連立政権の下で、財政拡張的な政策が採られている。これに対し欧州委員会は19年6月、安定成長協定で定められた財政規律の遵守のため、イタリアに対し過剰財政赤字是正手続(Excessive Deficit Procedure、以下「EDP」)適用が正当化できるとの報告書を示した。イタリア政府が7月に新たに財政赤字抑制策を欧州委員会に提示し、19年の財政見通しの修正を行ったことを受け、今夏のEDP適用は見送られた。しかし、年後半に行われる欧州委員会による来年度の各国予算の審査過程等において、イタリアの財政をめぐりイタリア政府と欧州委員会の対立が再度激化する可能性がある。こうしたユーロ圏における財政の先行きへの懸念は、同様に財政のぜい弱性を抱える国の国債金利の上昇やユーロの信認低下等を通じ、金融資本市場に波及するおそれもある。

(5)金融資本市場等における変動

これまで述べた様々なリスクが顕在化し、金融資本市場が短期間に大きく変動した場合、その影響は世界各国の実体経済に波及し、相互に増幅し合う可能性がある。例えば、19年は4月までは米中貿易協議進展への期待もあり、主要国の株式市場は上昇基調にあった。しかし、前述の5月の米中間での追加関税率の引上げを契機に、再び米中間の通商問題に関する不透明感が高まり、主要国で株価が下落した。その後は、市場ではアメリカでの利下げ観測の高まりもあり、株価は持ち直したが、市場は引き続き米中貿易摩擦を始め、世界経済へのリスクが高まっていることをますます強く意識しており、19年後半も金融資本市場の動向を注視していく必要がある。

原油市場16では、18年後半の大幅な原油価格の下落の後、OPEC加盟国・非加盟国による協調減産もあり、原油価格は上昇したが、19年5月には米中貿易摩擦の高まり等による世界経済の減速が意識され、原油価格は低下した。一方で5月半ば以降、イランを始め中東における地政学的リスクが急速に高まっており、今後、原油価格が大きく変動するリスクに留意が必要である。

コラム2:2019年前半の原油市場

(1)原油価格の動向

19年前半の原油価格は、年初から4月までは上昇傾向にあったが、5月に入り世界経済の減速懸念などから下落した。6月中旬以降は中東情勢の緊迫化などから再び上昇している(図1)。

図1 原油先物市場の推移(2018年以降)

18年10月以降の原油価格は、米中貿易摩擦による世界経済への減速懸念や、11月にアメリカ政府の対イラン制裁が全面再開されたものの、イラン企業からの原油輸入に関する制裁については8か国・地域が最大180日間の適用除外とされたことなどから、大幅に下落した。

19年に入ってからは、1月に開始されたOPEC加盟国及び協調減産に参加する非加盟国(OPECプラス)(注1)による日量120万バレルの協調減産(本コラム後述)を受け、原油価格は急速に上昇、3月末には60ドル台まで値を戻した。米中貿易協議の進展に対する期待や主要国の経済指標の改善などによる世界経済の減速懸念の緩和も、この時期の原油価格上昇に寄与したと考えられる。さらに、4月22日にアメリカ政府がイラン企業からの原油の禁輸にかかる適用除外を5月2日から完全撤廃すると表明したことで、原油価格は一段と高くなり、一時65ドルまで上昇した。しかしながら、5月初めにアメリカ政府が中国からの輸入品に対する追加関税の引上げを表明したことなどをきっかけに世界経済の減速懸念が改めて意識され、原油価格は下落基調となった。ただし、中東の地政学的リスクが5月中旬以降高まっており(本コラム後述)、6月中旬以降の原油価格は上昇基調にある。

(2)主要国・地域別の原油生産の動向

世界全体の原油生産量は、18年10月以降は減少していたが、19年4月以降は下げ止まりがみられる。OPECの生産量をみると、OPECプラスで日量120万バレルの協調減産が開始された19年1月以降、減少が続いている。ただし国別にみると、OPEC加盟国であるサウジアラビアやイランでは減少しているが、協調減産に参加はしているがOPEC非加盟であるロシアは微減にとどまっている(図2)。

一方、協調減産に参加していないアメリカの原油生産量は増加基調にある(図2)。国際エネルギー機関(IEA)によると、17年1月に開始されたOPECプラスの協調減産による原油価格の上昇、技術進歩がもたらしたシェール産業の開発コストの大幅な低減、資源の推定埋蔵量の増加などを受け、17年のアメリカにおけるシェール産業の投資額は60%増加したとされ、そうした投資の拡大が18年以降のアメリカの原油生産量の増加に寄与しているものと考えられる(注2)。アメリカの原油在庫を見ると、18年9月頃を底に増加を続けており、原油価格の押下げ圧力として一定の影響を与えているものと考えられる(図3)。

図2 各国の原油生産量
図3 アメリカの原油在庫

(3)OPECプラスによる協調減産

OPECプラスは、17年1月より協調減産を実施している。18年12月に開催されたOPEC総会及びOPECプラス閣僚会合では、18年末までとされていた協調減産の延長が議論され、19年1月から6か月間、OPEC加盟国は18年10月時点の産油量から日量80万バレル、ロシア等協調減産に参加する非加盟国全体は日量40万バレルの合計日量120万バレルの減産を目標とした協調減産を行うことで合意した。さらに、7月1日のOPEC総会及び翌2日のOPECプラス閣僚会合では、19年6月末までとされていた協調減産を20年3月末まで延長することが合意された。

協調減産の遵守率(注3)をみると、新たな目標を設定した直後の19年1月及び2月は、減産目標の遵守率が100%を下回っていたものの、3月以降は100%を連続して超える状況が続いており、1~4月までの平均遵守率は120%と高水準を維持している(図4)。こうした高い減産目標遵守率が、年初以降の原油高をけん引したと考えられる。

図4 OPEC加盟国・非加盟国全体の減産目標遵守率

(4)アメリカの対イランの経済制裁と地政学リスクの更なる高まり

18年及び19年の原油価格の動向全般に影響を与えている要因として、アメリカによる対イラン経済制裁がある。トランプ大統領は、18年5月8日にオバマ政権下の15年に締結したイラン核合意からの離脱を表明した後、8月6日にイランへの特定の経済制裁の再発動を命じる大統領令に署名した。翌7日には同大統領令が発動されるとともに、イラン政府によるドルの取得に対する制裁等、対イラン制裁の一部が再開された。さらに11月5日には、イラン企業との石油関連の取引やイラン中央銀行・イランの金融機関との取引等に対する制裁を発動し、経済制裁が全面再開されるに至った(注4)

ただし、アメリカ政府は原油価格の高騰を避けるため、イラン企業との石油関連の取引に関する制裁について、8か国・地域(日本、イタリア、インド、韓国、ギリシャ、台湾、中国、トルコ)を最長180日間の適用除外としていた。この8か国・地域でイランの鉱物性燃料等の輸出先の88%を占めており(図5)、イラン産原油の供給の減少は早急には進まないとの観測が広がったことで、原油価格は下落した。19年5月1日の適用除外期限については、新たな延期は行われず、翌2日には制裁が完全実施された。ただし、各国ともに事前にイランからの原油の輸入を減少させていたことから、5月以降の当該制裁による原油価格への影響は限定的であった。

図5 イランの鉱物性燃料等の輸出先(2018年)

こうした経済制裁に関連してイランは19年5月8日に、核合意のアメリカを除いた当事国である5か国(英国、フランス、ドイツ、ロシア、中国)に対し、制裁による経済的損失に対する救済措置についての交渉が60日以内に成立しない場合、核開発を本格化する方針を示した。7月8日には国際原子力機関(IAEA)が、イランが核合意で定められた上限値を超える濃度でのウランの濃縮作業を再開したことを確認しており、今後これら5か国とイランとの関係も注視していく必要がある。

また、5月12日にアラブ首長国連邦沖合でサウジアラビア等の石油タンカーが、6月13日にホルムズ海峡で日本及びノルウェーの石油タンカーが攻撃された。この攻撃についてアメリカ政府は、イランの革命防衛隊によるものとの見解を示しているが、イラン政府は関与を否定している。このように米・イラン関係が更に悪化する中、トランプ大統領は6月24日にイランの最高指導者であるハメネイ師及びその事務所等に対する制裁(注5)を科す大統領令に署名した。本年5月以降のこうした中東情勢は原油市場に影響を与えており、5月以降下落基調にあった原油価格は、6月中旬以降上昇基調にある。

アメリカは、産油国ではイラン以外にベネズエラに対しても経済制裁を実施しており、ベネズエラの原油の生産や輸出が滞る事態となっている(注6)。また、リビアでは4月に反政府武装組織と暫定政府の軍事衝突が発生し、原油価格の押上げ要因となった。このようにイランを始め複数の産油国で地政学的リスクが高まっており、今後、事態が緊迫化すれば、原油価格が大きく上昇する可能性もある。

(注1)19年6月現在、OPEC14か国、非OPEC10か国の合計24か国。

(注2)IEA(2018)

(注3)減産目標遵守率=(各月の減産量)/(合意された減産量=約120万バレル/日)

(注4)制裁の対象には、イランと取引を行う第三国の企業や個人も含まれる。

(注5)ハメネイ師及びその事務所等にアメリカの金融システムの利用やアメリカ国内に保有している金融資産へのアクセスを禁じるもの。また、制裁の対象となっている者と取引を行った者にも制裁が及ぶ可能性も示されている。

(注6)原油が主要な輸出品目であるベネズエラでは、外貨準備の不足やハイパーインフレが進み景気後退が深刻化する中、18年5月に大統領選挙が実施され、マドゥロ氏が大統領に再選されたが、G7はこの選挙について正当性及び信頼性を欠いているとする声明を発表した。マドゥロ政権は、アメリカ批判を展開しており、アメリカはベネズエラへの投融資の制限等の経済制裁を実施している。こうした政治経済状況を背景に、原油生産のための資材の調達等が困難となり、原油の生産や輸出が滞っている。19年1月にはマドゥロ大統領が2期目の就任宣誓を行い、これに対抗して同月、反政権派のグアイド国民議会議長が自らを暫定大統領として宣誓を行った。アメリカのトランプ大統領は、グアイド氏を暫定大統領として正式に認めるとの声明を発表しており、アメリカとベネズエラの対立は深刻化している。


1 乗用車等の国際調和排出ガス・燃費試験法(WLTP :World harmonized Light vehicles Test Procedure)導入への対応の遅れによるもの。WLTPの影響については内閣府(2019)を参照。
2 経済政策不確実性指数(Economic Policy Uncertainty Index)は、新聞記事において経済政策の不確実性について言及された頻度等に基づき、経済政策の不確実性を数値化したもの。数値が高いほど不確実性が高いことを示す。Economic Policy Uncertaintyホームページ(http://www.policyuncertainty.com)を参照。
3 米中間の追加関税措置の詳細については、第1章第1節1 米中両国の立場と対応 を参照。
4 OECD(2019)を参照。
5 IMF(2019a)を参照。
6 中国の過剰債務問題については、第2章第3節 中国経済 も参照。
7 Demirtaş and Isaksson(2019)を参照。
8 投資適格債は、BBB-以上をいう。
9 家計及び企業の収入に対する債務返済額(利子と元本)の割合。借入額のみならず、利子も考慮に入れた指標であることから、包括的に家計や企業の債務負担をみることのできる指標とされる。
10 早期警戒指標には幾つかの留意点がある。BISは、金融危機発生の警鐘を鳴らす閾値を超えている場合でも、その後3年以内に危機が実際には発生しなかった場合も多くあること、また、早期警戒指標は、過去の経験に基づくものであり、その後の構造変化(例えば、マクロ・プルーデンス政策の発展)は考慮されていないこと、閾値は各国共通であり、各国固有の事情を考慮していないこと、金融危機の警鐘を鳴らす閾値は過度に重視すべきではなく、早期警戒指標を単独で分析に用いるべきではないことなどを指摘している。(Aldasoro et al.(2018)を参照。)
11 Aldasoro et al.(2018)を参照。
12 BIS(2019)を参照。
13 ユーロ圏全体のデータが公表されていないため、ユーロ圏の主要国である、ドイツ、フランス、イタリア、スペインの数値を示している。中国の家計部門・企業部門別のデータは公表されていない。
14 米中貿易摩擦以外のアメリカの通商政策については、第2章第2節 アメリカ経済 を参照。
15 OECD(2019)を参照。
16 19年前半の原油価格の動向については、第2章コラム2 2019年前半の原油市場 を参照。

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