第1章 継続する米中貿易摩擦の影響(第2節)
第2節 米中貿易摩擦の影響
19年6月末の米中首脳会談を踏まえ、米中間の協議の継続が確認されたところ、今後の協議の進展が期待されるが、本節では、19年6月半ば時点で確認できる米中貿易摩擦の影響を、アメリカ経済、中国・アジア経済、世界経済に分けてみていきたい。
1.アメリカ経済への影響
米中貿易摩擦の高まりは、アメリカ経済に様々な影響を及ぼしている。対中国財貿易は輸出入ともに減少しているが、輸出以上に輸入が減少していることから対中国の財貿易赤字は縮小している。アメリカの輸出入に占める国・地域別シェアにおいても、中国のシェアの低下がみられる。以下では、米中貿易摩擦がアメリカ経済に与える影響とその大きさについて確認する。
(米中貿易摩擦のアメリカ経済への影響)
アメリカの中国向け輸出は中国が追加関税措置を開始した18年7月以降、弱い動きとなり、19年1月以降も、18年12月1日の米中首脳会談を踏まえた措置24により大豆や自動車等の輸出が持ち直したものの、減少が続いている(第1-2-1図、第1-2-2図)。
18年後半から中国向け輸出で特に大きな押下げ要因となっていた大豆輸出は、19年前半に増加に転じているが、国別輸出のシェアをみると、追加関税措置の影響を受けた18年の中国のシェアは、17年の56.8%から18.2%へ縮小した(第1-2-3図)。
アメリカの中国からの輸入は、アメリカが追加関税措置を開始した18年7月以降も、ドルの増価傾向や堅調な個人消費25に加え、第3弾の追加関税の税率が19年1月に10%から25%に引き上げられる見込みであったことを背景とした駆け込み輸入の影響もあり、18年10月までは高い伸びを維持していた。しかしながらその後は、駆け込み輸入の反動減もあり、輸入額は総じて減少している(第1-2-4図)。
追加関税対象品目に限ってみると、関税措置開始以降、輸入額の減少がみられる。第1弾(340億ドル相当)、第2弾(160億ドル相当)、第3弾(2,000億ドル相当)の対象品目は、それぞれ追加関税措置が開始された後に輸入額の伸びに大幅な低下がみられる(第1-2-5図、第1-2-6図、第1-2-7図)。
アメリカの対中国財貿易赤字に目を転じると、18年時点の対GDP比でみた赤字幅は、2.0%とアメリカの貿易赤字全体の約半分を占めているが、19年1~3月期は、輸出の減少以上に輸入が減少していることにより、1.7%にまで縮小している(第1-2-8図)。トランプ政権は、財貿易での赤字を重要視しているが、サービス貿易に着目すると、アメリカのサービス収支の対GDP比は、18年の全体で1.3%の黒字、対中国でみても0.2%の黒字である。財貿易収支は貿易の一側面をとらえた指標である点には留意する必要がある(第1-2-9図)。
アメリカと中国の追加関税措置の応酬により、アメリカの輸出入に占める中国の割合も低下している。アメリカの輸出に占める国・地域別の割合をみると、18年1~3月期の中国の比率は8.2%であったものが、19年1~3月期には6.5%まで低下している。同様にアメリカの輸入に占める国・地域別の割合をみると、18年1~3月期の中国の比率は21.9%と高い割合であったものが、19年1~3月期には18.8%まで低下し、EUを下回っている(第1-2-10図、第1-2-11図)。
米中貿易摩擦の影響は、製造業を中心に表れているとみられる26。輸出は、サービス輸出がプラスの伸びを維持する一方で、製造業輸出の伸びは18年半ば以降急速に鈍化し、19年4月にはマイナスに転じた(第1-2-12図)。企業の景況感27をみても、非製造業が製造業と比較して良好な水準を維持しているのに対し、製造業は18年9月以降、非製造業と水準が逆転し、低下傾向にある(第1-2-13図)。特に製造業では、新規輸出受注指数と輸入指数が共に19年に入って一段と低下し、中立水準である50を下回る水準となった(第1-2-14図)。また、雇用者数の推移をみると、規模の違いには留意が必要であるが、非製造業では増加が続いている一方で、製造業では19年1月以降おおむね横ばいで推移している(第1-2-15図)。
最後に、貿易政策がマーケット指標に与える影響を確認する。アメリカと中国の間の通商政策をめぐる応酬は株価の変動や市場不安の増大につながっている。株価の動向をみると、ニューヨーク・ダウ・ジョーンズ工業株30種平均(NYダウ)は18年後半に米中貿易摩擦への警戒感の高まり等から大幅下落したが、19年に入ってからは米中貿易協議の進展に対する期待から上昇した。しかし、19年5月のアメリカ政府による追加関税措置第3弾の税率引上げや第4弾の追加関税措置の対象項目の公表、中国政府による対抗措置の発表を背景に、NYダウは5月13日に617.38ドル下落した(第1-2-16図)。また、市場の不安心理を示すVIX指数をみても、株価の動向と同様に、18年後半は上昇傾向、19年に入ってからは低下傾向にあったが、5月以降は再び上昇傾向となり、不安心理の高まりの目安とされる20を超える日もみられた(第1-2-17図)。
2.中国・アジア経済への影響
アメリカによる累次の対中輸入品に対する追加関税の賦課とそれに対する中国の対抗措置の実施は、中国経済に対し、対米を中心とした輸出入の減少といった直接的な影響ばかりでなく、製造業の景況感の悪化や金融資本市場の不安定化といった間接的な経路からも影響を及ぼしている。また、中国の輸出の減少は、中国の輸出品の生産に用いられる中間財を輸出する周辺アジア諸国・地域に対して輸出の下押し圧力となる一方、一部の国では中国の対米輸出に代替する形で対米輸出が増加する現象もみられている。
以下では、米中間の貿易摩擦の高まりが中国経済、周辺アジア諸国・地域経済に与える影響を確認する。
(1)中国経済への影響
(輸出への影響)
中国の輸出額28は、18年7月以降、最大の輸出相手先であるアメリカが追加関税措置を実施する中にあっても、当初は増勢を維持していた。しかしながら、18年10~12月期に前年比3.9%増と大きく伸びが低下した後、19年1~3月期には1.3%増と一段と伸びが低下、その後も低い伸びが続いている29(第1-2-18図)。
相手先別にみると、主要相手先のいずれについても、18年10~12月期以降大きく伸びが低下しているが、特に、アメリカ向けは19年1~3月期に前年比マイナスに転じ、その後も減少が続いており、これが最大の下押し要因となっている。
アメリカ向けの輸出を品目別にみると、19年1~3月期には、主要品目でいずれも前年比マイナスとなった。中でも、アメリカが18年7月6日及び8月23日から追加関税を賦課している産業機械や電子部品、集積回路等が含まれる電気機器・一般機械が、最大の下押し要因となっている(第1-2-19図)。
(輸入への影響)
次に、輸入の動向をみると、18年10~12月期に前年比4.4%増と伸びが大きく低下し、19年1~3月期には同4.7%減とマイナスに転じ、その後も低調に推移している30(第1-2-20図)。
相手先別にみると、米中貿易摩擦を背景に、アメリカからの輸入の伸びは、19年1~3月期前年比31.6%減と、前期の同23.0%減からマイナス幅が拡大し、その後も二桁台でのマイナスが続いている。また、他の主要相手先からの輸入についても総じて弱い動きとなっている。貿易形態別にみると、18年11月に、内需の鈍化を受けて一般貿易用の輸入が前年比マイナスに転じている。また、18年12月以降は、輸出の鈍化から加工貿易用の輸入も前年比マイナスが続いている(第1-2-21図)。
アメリカからの輸入を品目別にみると、特に植物性製品(大豆・果物等)及び鉱物性製品(石油・石炭・天然ガス等)で大きく前年比マイナスとなっている(第1-2-22図)。大豆は18年7月6日から、液化天然ガスは同年9月24日から追加関税措置の対象31となっており、この影響を受けたものとみられる。なお、中国の植物性製品32の最大の輸入相手先であるブラジルの中国向け大豆輸出の動向をみると、18年は例年季節変動で減少となるはずの10月以降も高い水準で推移し、19年も2月までは例年より高めの水準となっていることから、ブラジルからの輸入でアメリカからの輸入の代替を行った可能性がある(第1-2-23図)。
(製造業の景況感及び製造業投資への影響)
米中貿易摩擦が高まる中、製造業の景況感指数(製造業購買担当者指数(PMI:Purchasing Managers’ Index))33は、18年後半から大きく低下し、改善・悪化の分岐点である50ポイントを下回った(第1-2-24図)。19年に入り中国政府による各種景気対策が発表されたことや米中貿易協議の進展への期待もあり、19年3月及び4月に一時50ポイントを上回ったが、5月には米中貿易摩擦の再燃を背景に再び悪化した。同様に輸出入に係るPMI関連指数も一時持ち直しがみられたものの、5月に再び大きく悪化しており、輸出入の先行きへの不透明感は引き続き強い(第1-2-25図)。
また、19年入り後、製造業投資の伸びが急速に低下している(後掲第2-3-13図)。業種別にみると、コンピュータ・通信その他電子機器等、輸出関連の業種で伸びが低下しており、米中貿易摩擦の影響により、設備投資の抑制につながっている可能性が考えられる(詳細は、第2章第3節1.中国経済の動向 を参照)。
(金融資本市場への影響)
株価の動向をみると、上海総合株式指数は、18年後半は米中貿易摩擦の高まりを背景に、低下傾向となっていたが、10月に金融当局による株式市場安定化に向けた取組の表明を受け34、下げ止まった(第1-2-26図)。19年入り後は、中国政府による景気対策の効果や米中貿易協議の進展が期待される中、上昇傾向で推移したが、5月に、アメリカが中国の輸入品2,000億ドル相当に賦課している追加関税の税率の引上げ方針を表明したことを受け、再び大幅に低下した。6月末のG20サミットでの米中首脳会談実現が見通されるようになった356月20日には反転し、その後はおおむね横ばい程度で推移している。
人民元の対ドルレートをみると、株価と同様に、18年半ば以降、減価傾向が加速したが、12月1日の米中首脳会談において2,000億ドル相当の追加関税引上げを90日間留保することが合意された後、増価傾向に転じた(第1-2-27図)。しかしながら、19年5月以降、米中貿易摩擦が再燃する中、再び減価傾向となっている。一時は1ドル=6.9元を超える水準となり、複数の金融当局幹部により人民元安をけん制する発言36もみられた。他方、6月10日には、易人民銀行総裁の人民元について特定の水準が重要とは思っていないとの発言が報じられ37、人民元安容認の姿勢との観測が広がったことから、1ドル=6.93元と、18年11月末以来の人民元安となった。ただし、6月20日38以降は、1ドル=6.8元台の水準に戻している。
(2)中国周辺のアジア諸国・地域への影響
(アジア諸国・地域の輸出への影響)
アジア諸国・地域では、中国経済の減速に伴い、18年末以降、中国向けを中心に輸出が低調となっている(第1-2-28図)。特に、中国の輸出品に使用される中間財として半導体や電子部品を中国向けに多く輸出している韓国や台湾等で対中国輸出の減少が顕著に表れていることから、背景には、米中貿易摩擦による中国の輸出の減少があると考えられる。実際、中国の輸出入を品目別にみると、7月及び8月からアメリカが追加関税を賦課した品目が含まれる電気機器・一般機械の輸出の寄与が18年10~12月期以降急低下する一方、同品目の輸入はマイナスに転じている(第1-2-29図)。
中国向け輸出が低調となる一方、特に、台湾やベトナムにおいて、アメリカ向け輸出が大幅に増加している。アメリカ向けで増加している品目をみると、台湾では、情報通信機器や電気機器が増加しており、ベトナムでは、電話機・同部品、機械・設備等、木材・木製品が増加している(第1-2-30図)。これらは、アメリカが18年に中国に追加関税を賦課した品目と重なっており、中国からの輸出が代替されている可能性も考えられる。台湾経済部は、「米中貿易摩擦が我が国産業に及ぼす影響」と題するレポートにおいて(18年11月公表)、情報通信機器の生産の増加について、アメリカの中国に対する追加関税リストの主要製品であるネットワーク設備の出荷が好調であり、事業者のグローバルサプライチェーンの調整により、受注先の切替えが次第に現れていることを指摘している。
ただし、米中貿易摩擦を避けるため、中国から第3国を経由した迂回輸出が行われている可能性も指摘されている39。ベトナムでは、19年に入り、アメリカ向け輸出が一段と増加しているが、同時に、中国からの輸入も増加していることから、迂回輸出がアメリカ向け輸出の増加の一因となっている可能性がある40(第1-2-31図)。
(直接投資への影響)
中国への直接投資(製造業)の動向をみると、前年比伸び率は18年を通じて高まった後、19年1~3月期も、低下したもののプラスを維持しており、増加基調が続いている(第1-2-32図)。ただし、19年5月に実施された在中国アメリカ企業に対するアンケート調査をみると、中国外へ生産拠点を移転した・移転を検討していると回答した企業の割合が18年9月時点に比べやや増加しており、今後影響が生じてくる可能性も考えられる(第1-2-33図)。なお、同調査によると、移転先としては、東南アジアが最も多い。
他方、東南アジア諸国における対内直接投資の動向をみると、タイやベトナムでは、18年10~12月期以降、中国及び香港からの投資が増加し、シェアが高まる傾向がみられる(第1-2-34図)。こうした動きは、米中貿易摩擦を機に、外資企業のみならず、中国企業が生産拠点を移転する動きを反映している可能性がある。また、マレーシアでは、19年1~3月期に、四半期ベースで過去最高水準の直接投資額となっている41。
コラム1:付加価値貿易統計からみた米中間貿易
米中貿易摩擦が米中両国にとどまらず世界経済全体へも影響を与えている背景には、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)の進展がある。本コラムでは、米中間の貿易構造をGVCの観点から確認し、米中貿易摩擦への含意について考察する。
GVCの状況を確認するため、本コラムでは付加価値貿易統計を用いて分析を行う(注1)。ある国で生産された中間財が他国の輸出財に含まれる形で再輸出された場合、通常の貿易統計ではその中間財は、中間財を輸出した国と、その中間財を用いて製造した財を輸出した国の両方で「二重計上」されることとなる。付加価値貿易統計は、こうした二重計上分を取り除き、各国で創出された付加価値のみを捉えることでGVCの状況の分析を可能にしている。以下では、GVCの米中貿易摩擦への含意をアメリカと中国の二国間貿易を中心に分析する。
(1)アメリカから中国への輸出の付加価値構造
アメリカから中国への輸出の付加価値構造を、輸出全体(注2)と主要輸出品である輸送機器(対中国輸出に占めるシェア(注3)15.3%、15年)について確認する。各国からの総輸出は、輸出国が創出した付加価値(自国付加価値)と海外からの付加価値に分けることができる。
データが存在する最新の年である15年のアメリカから中国への輸出では、輸出全体ではその約9割を、輸送機器(航空機・自動車等)では約8割をアメリカの付加価値が占めている。その他の部分(輸出全体では約1割、輸送機器では約2割)が海外からの付加価値であるが、その中には幅広い国・地域が含まれている(図1)。
輸出に占める自国(アメリカ)の付加価値の割合を示すVAX比率(Ratio of Value-Added in Exports to Gross Exports)を用いて、アメリカの輸出における海外からの中間財・サービス輸入への依存度の時系列変化を確認する。VAX比率が高いほど、自国の輸出産業の海外からの中間財・サービス輸入への依存度は低いと解釈できる。
図2は、アメリカから中国への輸出全体と輸送機器輸出のVAX比率(注4)の推移を示している。データが確認可能な05年以降、輸出全体のVAX比率は87%から90%の間で、輸送機器輸出のVAX比率は80%から84%の間で、いずれもほぼ横ばいで推移している。輸出全体のVAX比率が輸送機器のVAX比率を上回っていることから、輸送機器は、その輸出において海外からの中間財・サービス輸入への依存度が高く、相対的にGVCに深く組み込まれ、そのメリットを活用している産業ということができる。
次に、アメリカから中国への輸出における海外からの付加価値における国・地域別シェアの変化を時系列でみると(図3)、EU、カナダ、日本といった主要先進国のシェアが低下する一方で、中国のシェアは、05年の8.7%から15年の20.1%へと2倍以上に拡大している。
このことは、中国向け輸出を行うアメリカの輸出産業が、中国から輸入する中間財・サービスへの依存度を高めていることを示している。このため、アメリカの中国に対する追加関税措置は、中国から輸入する中間財・サービスのコスト増を通じて、アメリカの輸出産業にもマイナスの影響を与える可能性があり、その影響の大きさは年々大きくなっていると考えられる。また、追加関税の引上げにより中国からの輸入が減るような場合に、アメリカの中国向け輸出が減る可能性も高まっている。逆に、中国のアメリカに対する追加関税措置により、アメリカからの輸入が減少した場合、中国からアメリカへの中間財・サービスの輸出減少を通じて中国の輸出産業にマイナスの影響を与えることも考えられる。
相対的により多くGVCのメリットを活用している輸送機器では、中国のシェアは05年の9.2%から15年の23.3%へと、輸出全体に比べ中国からの輸入への依存度がより大きくなっている(図3)。15年時点で中国はEUとほぼ同じ割合となっており、中国とEUで海外からの付加価値の約半分(46.4%)を占める。一方、北米自由貿易協定(NAFTA、94年発効)の下でアメリカとの結びつきが強いカナダとメキシコのシェアは低下傾向にあり、15年は両国で17.5%と中国を下回る水準になっている。
(2)中国からアメリカへの輸出の付加価値構造
中国からアメリカへの輸出の付加価値構造を、輸出全体と主要輸出品であるコンピュータ及び電気・電子機器(以下、コンピュータ等)(対アメリカ輸出に占めるシェア(注3)34.2%、15年)について確認する。
15年の中国からアメリカへの輸出のうち、輸出全体では約8割、主要輸出品であるコンピュータ等では約7割が中国の付加価値となっている。その他の部分は海外からの付加価値であるが、コンピュータ等ではその割合は4分の1以上に及び、その中にはアジアを中心として幅広い国・地域が含まれている(図4)。
次に、中国の輸出における海外からの中間財・サービス輸入への依存度の時系列変化をみると、輸出全体・コンピュータ等のVAX比率はともに緩やかな上昇傾向にある。このことは、中国の輸出産業がアメリカへの輸出に必要な中間財・サービスを、海外からの輸入に依存するのではなく、自国で生産する方向に構造転換しつつあることを示唆している。ただし、15年の中国からアメリカへの輸出全体のVAX比率は82%であり、アメリカから中国の輸出全体のVAX比率(90%)よりも低く、中国の輸出産業の方が中間財・サービスの海外への依存度は依然高い水準にあると言える。また、アメリカ向け輸出全体のVAX比率がコンピュータ等の輸出のVAX比率を上回っていることから、コンピュータ等は、その輸出において海外からの中間財・サービス輸入への依存度が高く、相対的にGVCに深く組み込まれ、そのメリットを活用している産業ということができる。
15年時点で中国からアメリカへの輸出に占める海外からの付加価値の国・地域別シェアの変化を時系列でみると(図6)、05年以降、アメリカ・EU・日本の割合が低下傾向にある。一方で、韓国・台湾・ASEANといった日本以外のアジア主要国・地域の割合はわずかに上昇しており、15年時点では、アメリカ・EU・日本と韓国・台湾・ASEANは、ほぼ同じシェア(35%弱)を占めている。
海外からの付加価値が全体の4分の1以上を占めるコンピュータ等でも、アメリカ・EU・日本の割合は低下している(図6)。特に、輸出全体でみた場合と比較して高いシェアを占める韓国・台湾・ASEANといった日本以外のアジア主要国・地域のシェアは、05年と比べて高まっており、15年には45%と半分近くを占めている。15年時点のシェアは、アジア主要国・地域(日本除く)がアメリカ・EU・日本を10%ポイント以上上回るなど、アジア主要国・地域が海外からの付加価値の中心となっている。中でも、高いシェアを占める韓国(16.6%)、台湾(14.4%)については、経済規模(GDP)がアメリカやEUと比較して小さいことを考慮すると、仮に今後、米中間の追加関税措置の対象がほぼ全ての貿易財に広がり、コンピュータ等の中国からアメリカへの輸出が更に減少することになった場合、これらの国の経済への影響は大きいものとなることが考えられる。
以上のとおり、米中間の貿易では、幅広い国・地域の付加価値を含んでいることから、米中貿易摩擦の影響はそれらの国・地域にも広く及ぶと考えられる。GVC上では、自国が輸出した中間財・サービスが海外で最終財となり、それを自国が輸入することもある。したがって、米中間での追加関税引上げは、相手国の自国への輸出減少(相手国輸出産業にマイナスの影響を与える)という一方向の影響にとどまらず、関税を引き上げた自国輸出産業にも影響を与える側面があるといえる。実際、米中間貿易の付加価値の構成をみると、アメリカから中国への輸出には中国の付加価値が、中国からアメリカへの輸出にはアメリカの付加価値が含まれている。特に、アメリカの輸出では中国から輸入した財・サービスに依存する割合が年々高まっており、アメリカの中国に対する追加関税措置がアメリカの輸出産業にマイナスの影響を与える可能性も高まっている。また、中国からアメリカへの輸出では、韓国や台湾といったアジアの主要国・地域が海外からの付加価値の中で比較的高い割合を占めている。アジアの主要国・地域では、すでに米中貿易摩擦の影響も受け輸出が弱い動きとなっているが、追加関税措置がアメリカの中国からのほぼ全ての輸入品に及べば、こうした国・地域の輸出産業への更なる影響が懸念される。
(注1) 付加価値貿易統計については、世界経済の潮流 2018年II 第1章第3節(中国輸出の高付加価値化)を参照。付加価値貿易統計は複数の国際機関から提供されているが、本コラムでは、2005年から15年のデータを確認することができる、OECD-WTO Trade in Value Added (TiVA) Database を用いている。
(注2)付加価値貿易統計では、財貿易とサービス貿易の両方が含まれている。そのため「輸出全体」は財輸出とサービス輸出の両方を含む。
(注3)サービス輸出を含めた輸出全体に対するシェア。
(注4)各製品(輸送機器、コンピュータ等)のVAX比率は、それぞれの製品の互いの国への輸出のうち、自国が創出した付加価値の割合。
3.世界経済への影響
米中貿易摩擦は、世界の貿易量を低下させるだけではなく、経済の先行きに対する不確実性の高まりを通じて、世界経済全体にマイナスの影響を与えている。以下では、初めに世界貿易の状況を概観し、その後、製造業の景況感や国際機関による経済見通しに与えた影響をみていく。最後に、米中貿易摩擦の世界経済への影響に関する試算を紹介する。
(世界貿易の動向と見通し)
18年後半には、米中貿易摩擦や中国経済の減速などにより世界貿易の伸びが鈍化した。世界の輸出をみると、17年から18年初にかけては高い伸びを維持していたが、18年半ば以降伸びが大きく低下した。輸出の伸びは、米中貿易摩擦の当事国であるアメリカと中国にとどまらず、ユーロ圏や中国以外の新興アジアも含め世界的に低下している(第1-2-35図)
18年の世界全体の貿易量の伸びは、WTOによると3.0%となり、17年の4.6%から大幅に低下した(第1-2-36図)。18年9月時点の見通しでは18年の伸びは3.9%とされていたことを考えると、実際の貿易量が見通しを大幅に下回ったこととなる。WTOは、18年の貿易量の伸びの低下は、米中間を始めとする広範な財に渡る関税率の引上げやそれに対する対抗措置、金融市場のボラティリティや先進国での金融環境のタイト化といった複数の要因によるものであると指摘している。
19年4月に公表されたWTOによる世界貿易の見通しでは、19年の貿易量の伸びは18年から更に低下し2.6%となるが、20年には3.0%まで回復するとしている(第1-2-36図)。ただし、見通しにおけるリスクは下方に偏っており、中でも最大のリスク要因は貿易摩擦であるとしている。一方、貿易摩擦が緩和される方向に進んだ場合には貿易量は見通しよりも高い伸びを示す可能性もあるとしている。
(製造業の景況感の低下)
19年の世界全体の製造業の景況感や新規輸出受注は、米中貿易摩擦の継続及びそれに伴う貿易の伸びの鈍化や中国経済の減速等を背景に、18年後半より更に低い水準で推移している。
製造業の景況感(購買担当者指数:PMI)をみると、世界全体では18年初め頃をピークとして低下していたところ、19年入り後も引き続き低下している。19年5月には、49.8となり、改善・悪化の分岐点である50ポイントを下回った。18年は先進国の製造業の景況感は新興国よりも高い水準にあったが、18年後半に先進国で急速に低下した結果、新興国との差が縮小し、19年2月以降は、先進国が新興国をわずかに下回っている(第1-2-37図)。
新規輸出受注指数をみると、世界全体では18年初以来、19年に入っても継続して低下しており、18年9月以降は50を下回る状況が続いている。新興国では19年に入って50を上回った月もあり、18年後半と比較すると上昇基調にあるが、先進国では19年に更に低下しており、19年の世界の新規輸出受注指数は、主に先進国により下押しされているといえる(第1-2-38図)。
世界全体の製造業とサービス業の景況感を比較すると、18年半ば以降、製造業がサービス業よりも大きく低下し、その差が19年に入り広がっている(第1-2-39図)。これは、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)の進展を背景に、財貿易を対象とする追加関税措置等の通商問題の動向が世界全体の製造業の景況感を大幅に押し下げたためと考えられる。ただし、こうした急速な製造業の景況感の低下は、中長期的にはサービス業にも影響を及ぼす可能性があり、留意が必要である。
(国際機関の世界経済見通しの引下げ)
18年半ば以降に公表された国際機関による経済見通しでは、世界経済の成長率見通しが相次いで引き下げられており、その傾向は19年も続いている。例えば、IMFによる世界経済見通し42では、18年10月時点の見通しと比較して、19年4月時点の19年の世界の経済成長率の見通しは0.4%ポイント、20年の見通しは0.1%ポイント引き下げられている。OECDによる世界経済見通し43でも、18年11月時点の見通しと比較して、19年5月時点の19年の見通しは0.3%ポイント、20年の見通しは0.1%ポイント引き下げられている(第1-2-40図)。
いずれの国際機関も、世界経済のリスクのバランスは下方に偏っているとしているが、その中でも米中間をはじめとする貿易摩擦は、主要な下方リスクの一つとして挙げられている。関税の引上げといった貿易制限措置は、貿易量の減少、企業の輸入コストや消費者物価の上昇といった直接的な影響のみならず、不確実性の高まりを背景とした企業の投資の減少やGVCの毀損等を通じても世界経済を下押しすると考えられており、世界経済の見通しは、米中貿易摩擦の展開によって、大きく変化する可能性があるといえる。
(米中貿易摩擦の影響に関する試算)
19年5月にアメリカ政府が第3弾の追加関税の関税率の引上げや、それまで追加関税の対象となっていないほぼ全ての品目に対する最大25%の追加関税措置を実施することを表明し、米中貿易摩擦が悪化したことを受け、IMFやOECDでは新たな試算を示している。
IMFは、19年6月に開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議のためのG20 Surveillance Noteの中で、米中間の追加関税措置が世界の実質GDPに与える影響についてモデル44を用いて分析している。この試算では、世界の実質GDPの水準の押下げ効果を、18年に実施された米中間の追加関税措置(第1弾、第2弾、第3弾(追加関税率は10%))と19年5月に実施・公表された米中間の追加関税措置(第3弾(追加関税率を10%から25%へ引上げ)、第4弾)の2つに分けて示している(第1-2-41図)。20年の実質GDPに対する押下げ効果が最も大きく、18年に実施された措置で0.2%程度、19年5月に実施・公表された措置で0.3%程度となり、合計すると実質GDPの水準が0.5%押し下げられるとされる。IMFは、世界経済への影響の半分以上は貿易量の減少による直接的な効果ではなく、企業マインドや金融市場への影響によるものであるとしている。
同じIMFの試算の中で、19年5月に実施・公表された米中間の追加関税措置のアメリカ及び中国の実質GDPの水準に対する影響も示されている(第1-2-42図)。この試算では押下げ効果を、貿易量の減少を通じた直接的影響、企業マインドを通じた設備投資減少による影響、金融市場での企業の調達金利上昇による影響に分けている。それらを合計した押下げ効果は、いずれの年においてもアメリカよりも中国で大きいものとなっている。特に19年、20年は、米中間で押下げ効果に大きな差があり、これは主に貿易量の減少による直接的影響の大きさの差によるものである。中国では、この直接的影響のみで20年の実質GDPを0.8%程度押し下げるとされている。ただし、中国における実質GDPの押し下げ幅は20年に-1.0%まで拡大した後、23年には-0.3%程度まで縮小していくことが見込まれている。
OECDでも、19年5月に実施・公表された追加関税措置の世界経済や貿易に与える影響について、モデル45を用いた分析を行っている46。OECDは、19年5月中旬からアメリカが2,000億ドル相当の中国からの輸入品への追加関税率を10%から25%に引き上げ、それに対して中国も対抗措置を採った場合(シナリオ1)、19年7月から米中間の全ての貿易財で25%の追加関税措置を採った場合(シナリオ2)、世界的に投資リスクプレミアムが上昇し、投資が減少した場合(シナリオ3)の3段階のシナリオに基づき試算を行っている(第1-2-43図)。
米中間の全ての貿易財で25%の追加関税措置を実施した場合、貿易量の減少と投資の減少を通じて、2022年央までに、アメリカのGDPは0.9%、中国のGDPは1.1%、世界全体のGDPは0.7%程度押し下げられ、追加関税措置のGDPへの影響は、全てのシナリオにおいて、アメリカよりも中国の方が大きくなるとしている。また、アメリカと中国のGDPへの影響は米中間の全ての貿易財に対し25%の追加関税が賦課された場合のシナリオ2が最も大きい。一方、世界全体でみると、GDPの押下げ効果の約半分(-0.34%)は、投資リスクプレミアムの上昇がもたらす投資の減少を通じたシナリオ3の影響によるものとなっている。
これらの試算は、米中貿易摩擦が更に激化し、米中間のほぼ全ての貿易財に25%の関税が課された場合、経済成長率の見通しはこれまで国際機関が示している見通しから下振れる可能性があることを示している。
(米中貿易協議進展への期待)
2018年から続いている米中貿易摩擦は当初、19年春の解決が期待されていたが、米中間の貿易協議が難航し、5月にアメリカ政府による追加関税措置第3弾の税率引上げ実施及び第4弾対象項目案の公表、並びにこれに対する中国政府の対抗措置が行われたことから、一時再燃する様相を呈した。6月末に米中首脳会談が実現し、米中貿易協議の継続と第4弾の実施見送りに至ったことで、貿易摩擦の更なる高まりは回避されたものの、引き続き予断を許さない状況にある。
本節では、18年から実施されている米中間の追加関税措置が、米中間貿易を縮小させているばかりでなく、中国周辺のアジア諸国・地域の輸出や、世界全体の貿易量や景況感等にも広く影響していることを確認した。また、世界の経済政策をめぐる不確実性はかつてないほど高まっているが(第2章第1節を参照)、本節で紹介した国際機関の分析にみられるように、世界GDPの約4割を占める米中間の貿易摩擦という不確実性は、企業マインドや金融資本市場といった経路も通じて、世界経済全体を大きく下押しする要因になると考えられている。
5月に実施された第3弾の税率の25%への引上げは、これまでの追加関税措置の合計(第1弾~第3弾(10%))と同規模の税負担をもたらすものと見込まれることから、既に発現している世界経済への影響と同程度の下押し効果が追加的にもたらされる可能性がある。前節では、アメリカの追加関税措置が国内物価に与える影響はこれまでのところ限定的なものにとどまっていることを確認したが、第3弾の税率引上げを機に、国内物価全体への影響が顕在化する可能性もある。また、当面見送られることとなった第4弾の追加関税措置は、第1弾~第3弾に比べアメリカの企業や消費者への負担が大きいとみられており、同措置が実施されるような場合にはアメリカ経済に対する影響にも注意が必要である。
本章コラムでも指摘したように、GVCの進展により、アメリカの中国に対する追加関税措置は、中国の対米輸出のみならず、アメリカやアジア主要国・地域の対中輸出にも影響を与えるようになっているとみられる。米中貿易摩擦が世界経済に与える影響については、マクロ経済モデルを用いた国際機関の分析でも相当程度の影響が見込まれることが示唆されるが、モデルでは把握されないGVCを通じた経路により、追加関税措置の影響が当事国間や第三国との間で増幅され、世界経済全体に対して更なる下押し効果をもたらす可能性もある。
米中双方における追加関税措置のエスカレーションは、米中両国のみならず、世界経済全体にとっても決して望ましいことではない。今後の米中間の貿易協議の進展が期待される。