第1章 継続する米中貿易摩擦の影響(第1節)

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第1節 継続する米中貿易摩擦

本節では、継続する米中貿易摩擦に関し、19年前半までに表明された米中それぞれの立場と両国で実施された措置を概観し、次に、アメリカにおける追加関税負担に関して議論と現状を整理する。

1.米中両国の立場と対応

アメリカ政府は、中国との財貿易赤字の大きさ、中国の不公正な貿易慣行による技術移転の強要や知的財産権の侵害を問題視し、追加関税措置の実施のほか、WTOへの提訴、中国の大手通信機器会社ファーウェイとの取引制限等の規制強化を実施している。これに対し、中国政府もアメリカ政府による貿易制限的措置を非難し、対抗措置として追加関税措置やWTOへの提訴を実施した。世界のGDPに占める割合が第1位と第2位の経済大国であるアメリカと中国が互いに貿易制限的な措置を実施する事態は、経済活動の不確実性を高め、経済成長を阻害する要因となることから、両国の対応に世界中が注目している。

(貿易摩擦の始まりと一時鎮静化)

アメリカ政府の中国に対する貿易制限的措置は、17年8月にトランプ大統領が1974年通商法第301条(以下「通商法301条」という。)に基づき、中国の政策等がアメリカにとって不合理であるかどうかの調査を通商代表部(USTR:United States Trade Representative)に指示したことから始まった。USTRは、調査結果を18年3月22日に公表し、中国の法律、政策、慣行、行動が不合理、差別的であり、アメリカの知的財産権、イノベーション、技術開発に危害を加えていると指摘した。

USTRによる調査結果の公表後、アメリカ政府と中国政府の間では、18年5月から6月の間に計3回の貿易協議が実施されたものの、合意には至らず、アメリカ政府は18年7月以降、段階的に中国からの輸入品に対し追加関税措置を実施している。これに対し中国政府は、対抗措置の形でアメリカからの輸入品に対し追加関税措置を実施している(第1-1-1表)。

アメリカ政府は、18年6月15日、中国による「中国製造2025」の政策がアメリカの経済成長を阻害しているとみなし、通商法301条に基づき、「中国製造2025」に関連する品目を含む500億ドル相当の中国からの輸入品に25%の追加関税を賦課することを決定した。産業機械や電子部品等の340億ドル相当の輸入品に対する追加関税(以下「第1弾」という。)を18年7月6日から開始し、プラスチック製品や集積回路等の160億ドル相当の輸入品に対する追加関税(以下「第2弾」という。)を同年8月23日から開始している。これらに対し、中国政府も各々、同日同時刻に同規模の対抗措置(7月6日に大豆等の農産物、自動車等の340億ドル相当、8月23日に化学工業製品、医療設備、エネルギー製品等の160億ドル相当の輸入品に対し25%の追加関税を賦課)を実施した。

アメリカ政府は、中国政府が対抗措置を実施したことに加え、知的財産に関する慣行を改めないことを理由に、18年9月24日からは追加関税の対象を食料品や家具に拡大し、2,000億ドル相当の輸入品に対する追加関税(以下「第3弾」という。)を開始した(第3弾開始時の税率は10%)。第3弾に対しても中国は同日同時刻に液化天然ガス、食料品・飲料等の600億ドル相当に5~10%の追加関税を賦課する対抗措置を実施した。

第3弾について、アメリカ政府は当初、19年1月1日から追加関税の税率を10%から25%へ引き上げることとしていたが、18年12月1日に開催されたトランプ大統領と習国家主席の首脳会談を踏まえ、19年1月1日以降も税率が10%に据え置かれることとなった。ホワイトハウスの公表資料によれば、首脳会談では米中間の貿易収支の不均衡を是正するため、中国が農産品の購入の拡大を直ちに開始すること、エネルギー、工業製品等も購入を拡大すること、今後の協議を90日以内に妥結させるよう努力すること等1が合意された。アメリカ政府は、この協議が90日以内(19年3月1日まで)に合意に達しない場合に、第3弾の追加関税措置の税率を10%から25%に引き上げるとしていたが、その後の次官級協議及び閣僚級協議の進展状況を踏まえて更に追加関税の実施が延期された。

(貿易摩擦の再燃と米中首脳会談)

19年5月5日にトランプ大統領がツイッターで第3弾の税率を25%に引き上げることを表明し、アメリカ政府は19年5月10日に25%へ税率を引き上げた2ことで再度両国間の緊張が高まった3。中国政府もアメリカ政府による第3弾の税率引上げを受けて、6月1日より第3弾の税率を5~10%から5~25%に引き上げた。

また、第3弾の税率引上げに併せて、トランプ大統領は追加関税が賦課されていない3,250億ドル相当に25%の追加関税を賦課する旨を改めて表明4した。19年5月13日にUSTRが公表した案では、携帯電話(18年輸入額:432億ドル)やパソコン(18年輸入額:375億ドル)等が含まれ、医薬品やレアアース(セリウム、ランタン等)等を除外した3,805項目(第1弾から第3弾までで対象となっていないほぼ全ての項目)、3,000億ドル相当を対象とし(以下「第4弾」という)、最大25%の追加関税を賦課する内容となっていた。第4弾の対象項目は、書面による意見公募が6月17日まで、それを踏まえた意見聴取が6月17日から25日まで実施され、意見聴取の最終日から7日以内(7月2日まで)が再意見の提出期限とされた。過去に実施された追加関税措置の例では、対象項目リスト案の公表後、2~3か月程度で関税の賦課が開始されている。19年6月28日から29日に日本で開催されたG20サミット(金融・世界経済に関する首脳会合)で実現した米中首脳会談では、米中貿易協議の継続が確認され、トランプ大統領は当面の間、第4弾を実施しない方針を表明した。今後も、引き続き、米中間の協議の行方が注目される。

(追加関税措置の対象品目と規模)

アメリカによる追加関税措置の対象項目の構成をみると、第1弾及び第2弾は、「中国製造2025」を念頭に置いた制裁措置であったことから、資本財や中間財がそのほとんどを占めていた。一方、第3弾及び第4弾は、「中国製造2025」に関連する品目のみならず、中国がアメリカへ輸出する幅広い品目に対象が拡大した。特に第4弾では、消費財が約4割を、携帯電話やノートパソコン(資本財の内数)が約3割を占めている(第1-1-2図)。また、アメリカの追加関税対象品目の輸入のうち、中国からの輸入が占める割合をみると、第1弾から第4弾にかけて徐々にその割合が増加しており、第4弾では4割を超えている。第1弾から第3弾までは中国以外の国からも輸入できていた財が多いが、第4弾では中国以外の国から輸入することが困難な財、すなわち、輸入を中国へ依存している財が多くを占めているといえる。

アメリカ、中国の追加関税措置のGDPに対する相対規模を確認すると、アメリカの対中国輸入はGDP比で2.6%に上り、中国の対アメリカ輸入のGDP比1.2%よりも大きいものとなっている(第1-1-3図)。一方、輸出面では、アメリカの対中国輸出はGDP比で0.6%に過ぎないのに対し、中国の対アメリカ輸出はGDP比3.6%と中国の方が大きくなっている(第1-1-4図)。以上より、アメリカは輸入を通じて、中国は輸出を通じて、経済への影響が表れやすいと考えられる。

第1-1-1表 アメリカと中国の追加関税措置
第1-1-2図 アメリカによる追加関税措置の対象項目の構成
第1-1-3図 アメリカ・中国の輸入及び追加関税措置の対GDP比(2018年)
第1-1-4図 アメリカ・中国の輸出及び追加関税措置の対GDP比(2018年)

(追加関税措置の適用除外制度)

アメリカでは、中国からの輸入品に対する追加関税措置の第1弾から第3弾について、企業等からの申請に基づき、USTRが個別に適用除外を認める制度が存在している。

18年7月6日から開始されている第1弾については、適用除外申請の締切日である18年10月9日までに約1万件が申請されており、USTRは18年12月28日から順次適用除外項目を公表し、19年6月時点で申請のうち約20%を適用除外項目として認めている5。第2弾については、適用除外申請の締切日である18年12月18日までに約3,000件が申請されているが、19年6月時点では適用除外として認可された項目はなく、約40%が否認されている。第3弾については、19年6月30日頃から適用除外の申請受付が開始される予定となっている6(第1-1-5表)。

第1弾及び第2弾では、申請者は適用除外の申請に当たり、(1)製品が中国からの輸入のみに依存しているか、(2)製品への追加関税が申請者またはアメリカの利害関係者に深刻な経済的損失を与えるか、(3)「中国製造2025」や他の中国の産業プログラムにおいて製品が戦略的に重要な位置づけにあるか、を明らかにする必要がある。製品が適用除外として認可されると、追加関税措置が開始された日まで遡及した上で支払った関税が還付される。

なお、中国からの輸入品340億ドル相当に追加関税を賦課する第1弾において、適用除外が認められた項目をみると、製品の詳細により指定された品目は貿易統計上、輸入額を把握することができないが、HTS(Harmonized Tariff Schedule)コード7により指定された適用除外項目の中国からの輸入額は18年で合計10億ドル程度であることから、適用除外制度が追加関税収入に与える影響は限定的であると考えられる(第1-1-6表)。

第1-1-5表 第1弾から第3弾の申請件数等
第1-1-6表 第1弾に対する適用除外項目

一方、中国政府も、第3弾(600億ドル相当)に対する追加関税措置8について最大25%へ税率を引き上げることとした際、第1弾から第3弾の対象項目について、企業等からの申請に基づき、個別に適用除外を認める制度の試行を決定した。申請の受付期間は、アメリカからの輸入品に対する追加関税措置の第1弾及び第2弾については6月3日~7月5日、第3弾については9月2日~10月18日となっている。申請にあたっては、(1)代替品の供給先を見つけることが困難である、(2)追加関税が申請者に重大な経済的損害をもたらしている、(3)追加関税が関連産業に重大なマイナスの構造的影響や深刻な社会的結果をもたらしている、の3点の理由を説明することとされている。

(アメリカによる華為技術(ファーウェイ)との取引制限措置)

19年5月15日、アメリカ商務省は、ファーウェイが禁止されているイランへの金融サービスの提供等を行ったとして、掲載された企業への輸出を制限するエンティティー(法人等)・リストにファーウェイ本社及び関連会社(68社)を追加することを発表した9。エンティティー・リストに追加された事業者に対して製品等を輸出する際は事前に許可が必要となるが、審査で許可を得ることは事実上極めて困難とみられている。つまり、本措置により、アメリカ企業からファーウェイへの製品等の輸出が実質的に制限されることとなった。なお、米国製品等が25%以上(価格ベース)含まれていれば、日本等の海外からの輸出も規制の対象となる。本措置に違反すると、罰則として行政罰や刑事罰(罰金・アメリカ企業との取引禁止等)が課される。ファーウェイのエンティティー・リストへの追加は、19年5月16日より実施されているが、90日間(19年5月20日~8月19日)に限り、既存のネットワーク及び機器の継続的運用等に必要な取引が許可されている。

また、アメリカ商務省がファーウェイのエンティティー・リストへの追加を発表した同日にトランプ大統領は、情報通信技術等に対する脅威に関する国家非常事態を宣言し、国家安全保障等に対する容認できないリスク等をもたらす取引を禁止する権限を商務長官に委任する大統領令に署名した10。大統領令には、特定の国や企業は明示されておらず、商務長官が150日以内に関係機関の長と協議の上、詳細な規則を公表することとなっているが、将来的に、ファーウェイからアメリカ企業への製品等の供給が制限されることが見込まれる。なお、政府機関については、18年8月に成立した国防権限法により、ファーウェイからの通信機器の購入を禁止する規定が追加されている。

19年6月末の米中首脳会談後、トランプ大統領は、ファーウェイをエンティティー・リストから外すか否かは今後の協議次第としたものの、安全保障への懸念を最優先とした上でアメリカ企業からファーウェイへの製品等の輸出を認める方針を表明した11。アメリカのトランプ大統領は、過去にも「何らかの形でファーウェイを貿易協議の取引材料に含む可能性がある」と発言していたことから、アメリカ政府のファーウェイに対する規制は、今後の米中間の追加関税措置の行方とともに注目される。

(米中貿易摩擦に関する中国政府の主張等)

中国政府は、19年6月2日、「中米経済貿易協議に関する中国の立場」と題する、米中貿易摩擦についての新たな白書を公表した。白書では、前文において、協力こそ米中双方にとって唯一の正しい選択であるとしつつも、協議には譲れない一線があり、重大な原則問題で中国は決して譲歩しないとの立場を明らかにしている。また、(1)米中貿易摩擦は、両国の経済のみならず、世界経済にも悪影響を及ぼしていること、(2)19年4月末までに米中は大部分の問題で合意していたが、アメリカ政府が不当に要求を吊り上げ、追加関税の撤廃を拒否し、合意文書の中に中国の主権にかかわる無理な要求を明記することを主張したことから交渉が進まなくなったにもかかわらず、追加関税の税率引上げを断行して協議を頓挫させた旨等を述べている。

上記のほかにも、19年5月以降、米中貿易摩擦が高まる中で、米中貿易摩擦を意識していると思われる動きとして、次のようなものがある。中国国家発展改革委員会は、5月28日に公表したプレスリリースにおいて、中国はレアアースの世界一の生産国であることを指摘した上で、レアアースがアメリカによる圧力に対抗する武器になるかについて、「誰かが我々の輸出するレアアースで製造した製品を利用して、中国の発展を押さえつけ、圧力をかけるのに使おうと考えるなら、中国人民は喜ばないだろう」と述べるなど、レアアースを対抗手段として用いる可能性を示唆している。また、中国商務部は、5月31日の記者会見において、「信頼できないエンティティー(法人等)・リスト」制度を設け、中国企業の正当な利益を重大に損なう外国の企業、組織、個人を同リストに掲載する方針を明らかにし、具体的な措置を近く発表するとしている。

2.アメリカにおける追加関税負担

トランプ大統領は、中国に対する追加関税措置について、関税収入が増加していることを成果として強調するとともに、追加関税は専ら中国企業が負担しており、アメリカの企業や消費者への負担はほとんど生じていないと主張している12

アメリカの関税収入については、18年3月から開始している鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置、7月以降段階的に開始している対中国追加関税措置によって、関税収入が増加しているが(第1-1-7図)、その負担者は必ずしも明らかでない。アメリカでは追加関税の負担をめぐり、アメリカの企業や消費者に負担が生じており、その負担は追加関税の対象品目拡大により大規模なものとなるとの意見も多くみられる。企業・業界団体は、19年5月のトランプ大統領による対中国への更なる追加関税措置(第3弾(税率25%)及び第4弾)の表明以降、関税負担への懸念を表明し、消費者も複数の調査において、関税による負担を織り込み始めているという調査結果が出ている。このほか、最新の研究では、18年の追加関税はアメリカの消費者が負担していると結論付けている。

以下ではアメリカにおける追加関税負担をめぐる議論を概観した上で、物価指数への影響を確認する。

第1-1-7図 アメリカの関税収入

(更なる追加関税措置に対する企業・業界団体の主張)

19年5月にトランプ大統領が対中国への更なる追加関税措置を表明して以降、アメリカの企業・業界団体からは追加関税措置の負担に関して強い懸念が表明されている。

まず、アメリカ衣服・履物協会は、トランプ大統領がツイッターで中国への更なる追加関税措置を表明した5月5日に、関税は外国によって支払われているのではなく、いかなるコストの上昇も直接アメリカの消費者に転嫁され、アメリカ経済全体の利益も損なう、として更なる追加関税の実施を批判した13。その後、大手履物ブランド・小売の約170社が連名で、第4弾の追加関税措置の対象項目リスト案が公表された後の5月20日に、輸入製品への関税を支払うのはアメリカの消費者であることに意見の相違はない、として、対象項目から履物を除くよう意見を表明した。また、6月21日には全米小売業協会が、(第4弾の)追加関税対象項目リスト案に掲載されているほとんどの消費財は代替する供給先がほとんどなく、輸入先を他国に切り替えることは不可能であり、短期的には小売業者は中国の業者を供給先として消費者に高いコストを転嫁せざるを得ない、との意見を表明している14

(更なる追加関税措置に対する消費者の反応)

消費者の側でも、5月にトランプ大統領が更なる追加関税措置を表明して以降、その負担を織り込み始めていることが複数の調査結果において示されている。消費者を対象としたミシガン大学の消費者信頼感調査において、信頼感の悪化要因等として関税に言及した者の割合は、対中国の追加関税措置が実施された18年7月に35%へ上昇した後、徐々に低下していたが、トランプ大統領が更なる追加関税措置を表明した19年5月に再度上昇に転じ、19年6月には40%に達した(第1-1-8図)。また、価格を理由として耐久消費財を早期購入すると回答した者の割合も19年5月以降に急上昇し、約20%近くとなっている(第1-1-9図)。このほか、全米小売業協会では「進行中の貿易摩擦が、購入する財の価格の上昇を引き起こすことを懸念している」とする消費者の割合が18年11月の69%から19年6月に81%まで高まったとする調査結果を公表している15

第1-1-8図 信頼感の悪化要因として関税に言及した者の割合
第1-1-9図 価格を理由として耐久消費財を早期購入すると回答した者の割合

(追加関税負担に関する研究)

経済学的には、輸入関税の賦課は、自国の消費者や輸入企業、他国の輸出企業に(1)関税負担と、(2)死荷重(Dead Weight Loss16の2種類の負担をもたらすと考えられる。輸入関税は、直接には自国の輸入企業が負担するものであるが、関税賦課に対して、国内価格への上乗せや他国の輸出価格の引下げ等が行われる場合は、自国の消費者や他国の輸出企業にその負担が転嫁されることになる。関税負担は、自国政府にとっては関税収入であり、負担した消費者や企業に再配分して事後的に相殺することが可能であるが、そのような相殺ができない、経済全体としての損失が死荷重と呼ばれる。具体的には、輸入関税の賦課で生じる価格変化により満たされなくなった需要や、より非効率な自国・第3国製品による代替で増加した供給の価額が、輸入関税賦課の死荷重にあたる。

アメリカの追加関税措置による関税負担や死荷重を、トランプ大統領が主張するように中国の輸出企業が負うのか、あるいはアメリカの企業・業界団体が主張するようにアメリカの消費者や輸入企業が負うのかは、追加関税が中国の輸出価格やアメリカの国内価格にどれほど影響しているかをみることによって確認できる。アメリカが18年に導入した追加関税措置17については、世界銀行のゴールドバーグチーフエコノミスト等による研究18や、米コロンビア大学のワインスタイン教授等による研究19があるが、いずれも、輸入関税の賦課はアメリカの国内価格にほぼ完全に転嫁されており、消費者がその負担を負っているとの結果を報告している。

ワインスタイン教授等はさらに、19年5月に実施された第3弾の追加関税税率の10%から25%への引上げについて、消費者が負う関税負担、死荷重、及びその合計を試算し、18年に導入された追加関税措置の消費者負担と比較する形で米ニューヨーク連銀のホームページ20上に公表している(第1-1-10表)。18年については、年額で関税負担が360億ドル、死荷重が168億ドル、消費者負担合計が528億ドル(対GDP比0.26%)であるのに対し、第3弾の税率引上げ後は、関税負担が269.42億ドルと減少する一方、死荷重については791.32億ドルと大幅に増加、消費者負担合計は1,060.74億ドル(対GDP比0.52%)と、ほぼ倍増する結果となっている21。これは、25%の追加関税は、10%の追加関税と異なり、中国製品の価格競争力を失わせ、第3国からの輸入品への代替を促進する効果があると考えられるためであり、死荷重も含めて消費者負担を測ることの重要性を示したものといえる。

第1-1-10表 対中国追加関税措置の米消費者負担

(物価指数にみる追加関税負担)

18年に対中国追加関税措置が実施されて以降、アメリカの追加関税対象の財の一部には消費者物価の大幅な上昇がみられるものがある22(第1-1-11図)。一方、こうした品目の中国からの輸入価格については特に下落傾向はみられない(第1-1-12図)。したがって、上述の研究結果と同様、追加関税措置は中国よりもアメリカ側で多く負担されているものと考えられるが、消費者物価全体としてみると、これまでのところ追加関税措置の影響はみられない(第1-1-11図)。この要因としてはまず、アメリカ経済が追加関税措置に比して大規模であることが挙げられる。18年に実施された追加関税措置による課税規模はアメリカの対GDP比で0.16%であり(第1-1-13図)、2019年度に見込まれる減税規模(対GDP比1.3%)の8分の1程度に過ぎない。

また、これまでの追加関税措置の対象品目は、輸入の価格弾性値が大きく、関税率引上げ分を消費者に価格転嫁することが難しいものが多いことから(第1-1-14図)、他国からの代替輸入に切り替えて対応していた企業もあるとみられる。アメリカの輸入の伸びを国別にみると、18年の対中国追加関税措置以降、中国からの輸入が減少する一方、ベトナム、台湾からの輸入は増加傾向にある(第1-1-15図)23

なお、当面実施しないこととされた第4弾では、先に見たように中国からの輸入に依存している品目の割合も高いものとなっている(前掲第1-1-2図)。このため、中国に代わる新たな輸入先を見つけるとしても、その切り替えには時間を要すると考えられることから、実施されていればアメリカの企業や消費者の負担が大きいものとなっていた可能性がある。また、第4弾では輸入の価格弾性値が大きい品目の割合が更に高いものとなっており(第1-1-14図)、消費者への価格転嫁が企業の売上げ減少に直結しやすいことも、上述のような企業・業界団体の追加関税措置に対する強い懸念の表明の背景にあると考えられる。

第1-1-11図 追加関税と消費者物価
第1-1-12図 追加関税と中国からの輸入物価
第1-1-13図 アメリカの追加関税収入の規模
第1-1-14図 追加関税対象項目のうち、輸入需要の価格弾性値が1を超える財の割合
第1-1-15図 アメリカ国別輸入の伸び

1 この外、両国政府は、(1)強制的な技術移転、(2)知的財産保護、(3)非関税障壁、(4)サイバー攻撃、(5)サービス及び農業を対象とする構造改革に関し協議を直ちに開始することを合意した。
2 5月10日以降に中国から輸出される財に25%の追加関税が賦課される(5月10日より前に中国から輸出された財は10%の税率を適用)。ただし、5月10日より前に中国から輸出された財であっても、6月15日以降にアメリカに輸入される財は全て25%の税率が賦課される。当初は19年6月1日以降にアメリカに輸入される財は全て25%の税率が賦課されることとなっていたが、5月31日に通関手続きや輸送にかかる期間を配慮して期日が6月15日に延期された。
3 アメリカ政府は税率引上げの理由として、中国側が当初の合意案を翻したと主張している。
4 18年9月18日にトランプ大統領が、中国が対抗措置を講じた場合に2,570億ドル相当に25%の追加関税を賦課する旨言及していたもの。
5 全ての申請が審査済とはなっていないことから、今後も定期的に追加の公表が行われる見込み。
6 第3弾の対象項目に対して適用除外を認める制度は、第3弾の税率が10%から25%へ引き上げられた際に新設された。
7 HSコード(Harmonized Commodity Description and Coding System)と呼ばれる国際的な財の品目表に基づき、アメリカ議会により定められたコード。アメリカでは、HSコードとして定められている4桁及び6桁のコードを更に8桁及び10桁に細分化している。
8 以下、中国の追加関税措置について、それぞれ340億ドル相当を「第1弾」、160億ドル相当を「第2弾」、600億ドル相当を「第3弾」という。
9 商務省輸出管理規則(Export Administration Regulation)を根拠とする。
10 国際緊急経済権限法(International Emergency Economic Powers Act)等を根拠とする。
11 商務省のロス長官は、トランプ大統領の発言を踏まえ、ファーウェイを引き続きエンティティー・リストに残し、商務省の許可が必要な品目や不許可を前提として審査を行うことは変えないものの、安全保障に対する脅威がない場合には輸出の許可を与える方針である旨発言した。
12 具体的には、25%の追加関税のうち4%をアメリカが、21%を中国が負担していると主張(19年5月13日付ツイッター)。追加関税がアメリカの消費者物価に与える影響について、4.5%と試算したZoller-Rydzek and Felbermayr (2018)を根拠にしたものと言われている。なお、Zoller-Rydzek and Felbermayr (2018)の試算は18年の米中間の追加関税措置の経験に基づくものではなく、Kee, Nicita, and Olarreaga (2008) 及びBroda, Limao, and Weinstein (2008) における輸出入の価格弾性値の推計値を用いたものであることに留意が必要である。
13 アメリカ衣服・履物協会(2019)を参照。
14 全米小売業協会(2019)を参照。全米小売業協会に対し、Trade Partnership Worldwide(2019)が「アメリカの小売業が中国から他の供給者へ切り替える能力には限界があり、かつ、切り替えには数年がかかり得る」とし、「25%の追加関税はアメリカの小売業にとって吸収するには大き過ぎて消費者に転嫁せざるを得ず、しかもそれは多くの消費者にとって高過ぎるものとなる」とする報告書を提出している。
15 全米小売業協会(2019)を参照。
16 理論上、死荷重は、関税の引上げに伴い、輸入業者がよりコストのかかる輸入先に切り替えることによって、関税の引上げ以上に損失が大きくなる傾向にある。すなわち、高関税は、関税が賦課された国からの輸入減による関税収入の減少と他国のより非効率的な生産者への輸入先の切り替えをもたらす。
17 太陽光パネル及び家庭用大型洗濯機へのセーフガード、鉄鋼・アルミニウムへの追加関税措置、対中国追加関税措置の第1弾(税率25%)、第2弾(税率25%)、第3弾(税率10%)を対象。
18 Fajgelbaum et.al(2019)を参照。
19 Amiti, Redding and Weinstein(2019a)を参照。
20 Amiti, Redding and Weinstein(2019b)を参照。
21 対GDP比は内閣府による試算。
22 Goldman Sachs(2019)は、洗濯機、家具、寝具、床面カバー、自動車部品、二輪車、スポーツ車、家事用品、裁縫機器の9つを追加関税措置の実施による物価上昇の影響を受けた財としている。
23 ベトナムからの輸入については、中国からの迂回である可能性も指摘されている。第1章第2節 2.中国・アジア経済への影響 も参照。

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