第1章 グローバル化と経済成長・雇用(第2節)

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第2節 グローバル化と格差の理論

前節では、グローバル化が進展し続けている状況を確認した。こうしたグローバル化の進展の帰結については、活発な議論が行われてきているところである。その一例として、近年、世界の国々でみられる所得格差拡大は、貿易自由化などのグローバル化によるものだとの見方があるが、グローバル化が格差拡大をもたらしたと言えるのだろうか。本節では、グローバル化と所得格差の関係について、既存文献から得られる知見を中心にみていきたい。

(所得格差をもたらす要因)

世界主要国の国内における所得格差は、第二次世界大戦による物理的資産の喪失により資産所得が減少したことなどから、1940年代に急激に縮小し、その後も、社会保障制度の拡充などにより、70年代までは緩やかな縮小が続いてきたが、80年代以降拡大に転じている(所得格差の動向については章末の「参考1:世界における所得格差」参照)。この格差拡大の原因をそのころ同時に進んでいた貿易の自由化や直接投資の拡大等のグローバル化に求める見解がみられる。以下では、80年代以降の格差拡大の要因について検討していきたい。

所得格差をもたらす主な要因としては、(1)グローバル化の他にも、(2)技術進歩、(3)労働市場の制度・政策、(4)低い教育水準や訓練機会の不足等が指摘されている。後述するとおり、これらの複数の要因が格差の動向に寄与しているとみられることから、一概に格差拡大の原因をグローバル化にのみ求めることはできない。まず、これらの要因が所得格差をもたらすメカニズムとこれまでの動向を確認していく。

(1)グローバル化

貿易の基本モデル2によれば、貿易の自由化により、一国内において相対的に豊富な生産要素が利益を得る一方で、豊富でない生産要素は損失を被る3。高技能労働者と低技能労働者の二つの生産要素が存在すると考えた場合、先進国では高技能労働者が豊富であり、新興国・途上国では低技能労働者が豊富であるといえる。このため、先進国では、もともと所得が高い高技能労働者の所得が更に増加する一方で、所得の低い低技能労働者の所得は一層減少する。逆に、新興国・途上国では、高技能労働者の所得が減少し、低技能労働者の所得が増加する。つまり、このモデルにしたがえば、先進国では格差が拡大し、新興国・途上国では格差が縮小することになる。

こうした含意は実際のデータとは必ずしも整合的ではなく、特に、新興国・途上国で高技能労働者と低技能労働者の格差が拡大したことがどのように説明できるかが問題となった。このため、基本モデルの様々な拡張が行われるようになると同時に、基本モデルで前提とされていた、資本と労働の国家間の移動は存在しない、との考え方を見直し、海外への生産設備等の移転や、逆にこれらを国内へ受け入れる直接投資が賃金や雇用へ与える影響が議論されるようになった。

具体的には、近年のGVCの構築に伴い、組立などの低技能集約的工程を低技能労働者が豊富な新興国・途上国に移転させることで、企業はコストを削減することができる。こうした生産工程の移転は、先進国内で相対的に高技能な労働者への需要を高めることから、所得格差を拡大させる。他方、先進国では低技能であっても、新興国・途上国からみれば高技能な生産工程となり得ることから、新興国・途上国でも高技能労働者への需要が高まる。その結果、先進国と新興国・途上国のどちらにおいても所得格差は拡大するとの含意が得られる(直接投資の格差拡大効果)4

さらに先進国では、新興国・途上国から安価な消費財が輸入されることに伴い、相対的に所得の低い層ほどそうした財への消費支出の比率が高いと考えれば、低所得層が実質的に消費できる財が増え、支出ベースでの格差5の縮小に寄与すると考えられる(貿易の格差縮小効果)6

(2)技術進歩

高技能労働者の技能と密接に結びついた技術進歩(技能偏向的技術進歩)が生じた場合、それを用いる企業は、高技能労働者への需要を拡大させることになる。その結果、高技能労働者と低技能労働者との所得格差は拡大する。近年の情報通信技術(ICT)の急速な進展は、所得格差拡大の一因となった可能性がある。

先進国におけるICT化の進展をICT資本ストック7・名目GDP比でみると、70年から2000年ごろにかけて急拡大している様子がうかがえる(第1-2-1図)。このICT資本ストックの増加に伴い、労働1時間当たりに利用されるICT資本サービス量(ICT資本集約度)は、国により程度に違いはあるものの、85年から15年の間に15~27倍となり、著しい増加を示している(第1-2-2図)。

第1-2-1図 ICT資本ストック(名目GDP比)
第1-2-1図 ICT資本ストック(名目GDP比)
第1-2-2図 ICT資本集約度
第1-2-2図 ICT資本集約度

(3)労働市場の制度・政策

労働市場における制度・政策の動向は、賃金や雇用に大きな影響を与え得る。例えば、労働組合の組織率の低下は、労働者の賃金交渉力を弱めるなど、雇用者間の所得格差拡大につながる可能性がある。仮に低技能労働者への需要が減少した場合、労働組合の交渉力が強ければ、低技能労働者の賃金は据え置かれるが、交渉力が弱ければ、賃金は引き下げられ、所得格差は拡大することになる。また、過度な雇用規制の柔軟化は、非正規雇用の増加などを通じて、所得格差を拡大させる可能性がある。その一方で、労働組合の組織率の低下や雇用規制の柔軟化は、企業の新規雇用を容易にすることで失業者を減らし、労働者に失業者も加えた全体としての所得格差を縮小させる可能性もある。したがって、これらが格差に与える影響は一義的には決まらない。

労働市場の制度・政策についても、近年、様々な変化がみられた。先進国における労働組合の組織率をみると、おおむね70年代以降、低下傾向が続いている(第1-2-3図)。また、OECD雇用保護指標8により、臨時雇用に対する雇用保護の程度をみると、国により水準に幅があるが、おおむね柔軟化の方向に推移している(第1-2-4図)。

第1-2-3図 労働組合組織率
第1-2-3図 労働組合組織率
第1-2-4図 雇用保護指標(臨時雇用)
第1-2-4図 雇用保護指標(臨時雇用)

(4)低い教育水準や訓練機会の不足

教育水準及び訓練機会と労働者の技能との間には密接な関係がある。教育水準が低く訓練機会に乏しいままだと、高技能労働者の供給量が拡大せず、高技能労働者の賃金上昇が抑えられないことから、低技能労働者との間の所得格差が拡大していくものと考えられる。したがって、近年の高等教育修了者の増加は、高技能労働者の供給量を拡大させ、所得格差縮小に寄与してきた可能性がある。

高等教育修了者の15歳以上人口に占める比率をみると、先進国、新興国・途上国ともに、国により水準に違いはあるものの、着実にその比率を高めている(第1-2-5図、第1-2-6図)。

第1-2-5図 先進国の高等教育修了者比率
第1-2-5図 先進国の高等教育修了者比率
第1-2-6図 新興国・途上国の高等教育修了者比率
第1-2-6図 新興国・途上国の高等教育修了者比率

(所得格差拡大をもたらした主因)

これまで、所得格差に影響を与えると考えられる要因とその動向を確認してきた。それでは、これらの要因がどの程度、格差拡大に影響を与えてきたのか。ここでは、国際機関が行った実証分析によりその影響の程度をみていきたい。

IMF(2007)は、81年から03年までの51か国のデータを用い、グローバル化(貿易、直接投資等)、技術進歩、教育等がジニ係数9に与えた影響についてパネル分析を行っている10。これによれば、世界全体でみた格差拡大の主因は技術進歩であり、グローバル化による影響は小さい(第1-2-7図)。先進国と新興国・途上国別にみると、先進国では、グローバル化が技術進歩11とほぼ同程度に格差拡大に寄与している(第1-2-8図)。他方、新興国・途上国では、技術進歩の寄与が大きく、グローバル化はむしろ格差縮小に寄与している(第1-2-9図)。このグローバル化の寄与の違いは、先進国では対外及び対内直接投資の格差拡大効果が貿易などの格差縮小効果を上回る一方で(第1-2-10図)、新興国・途上国では逆に貿易の格差縮小効果が対内直接投資の格差拡大効果を上回るためである12(第1-2-11図)。世界全体では、新興国・途上国におけるグローバル化の格差縮小効果が、先進国の格差拡大効果を減殺するため、グローバル化の影響は小さなものにとどまっている。

第1-2-7図 所得格差拡大の要因分解(世界全体)
第1-2-7図 所得格差拡大の要因分解(世界全体)
第1-2-8図 所得格差拡大の要因分解(先進国)
第1-2-8図 所得格差拡大の要因分解(先進国)
第1-2-9図 所得格差拡大の要因分解(新興国・途上国)
第1-2-9図 所得格差拡大の要因分解(新興国・途上国)
第1-2-10図 グローバル化の要因分解(先進国)
第1-2-10図 グローバル化の要因分解(先進国)
第1-2-11図 グローバル化の要因分解(新興国・途上国)
第1-2-11図 グローバル化の要因分解(新興国・途上国)

また、OECD(2011)は、80年代から2000年代後半までのOECD加盟22か国のパネルデータを用いて、グローバル化(貿易、直接投資)や技術進歩に労働市場の制度・政策、教育等の要因を加えて、それらが賃金格差と就業率に与えた影響を推計している13

まず、賃金格差を拡大させた要因をみると、労働市場等の制度・政策と技術進歩の寄与が大きい(第1-2-12図)。係数は有意ではないがグローバル化の影響は限定的なものにとどまっている。さらに注目すべきは、教育が格差縮小に大きく寄与している点である。

次に、就業率への影響をみると、労働市場等の制度・政策と教育が就業率の上昇に寄与している。グローバル化と技術進歩については、有意な結果となっていない(第1-2-13表(2))。

この賃金格差と就業率の推計結果等を統合して、全体的な所得格差の要因を整理すると(第1-2-13表(1)、(2))、グローバル化の寄与は有意ではなく、技術進歩については、格差を拡大させる方向に寄与するとみられる。また、労働市場の制度・政策については、賃金格差を拡大させる一方で、就業も拡大させることから、全体としての効果は明確ではない。教育については、賃金格差を縮小させるとともに就業も拡大させることから、格差縮小に効果を有すると考えられる。

第1-2-12図 賃金格差拡大の要因分解(先進国)
第1-2-12図 賃金格差拡大の要因分解(先進国)
第1-2-13表 賃金格差及び就業率への影響(先進国)
第1-2-13表 賃金格差及び就業率への影響(先進国)

以上、国際機関による実証分析の結果をみてきたが、格差の拡大においては技術進歩が中心的な役割を担っており、総じてみれば、グローバル化(貿易及び直接投資等の自由化)の進展はその主因ではないと考えられる14。また、IMFによる推計では、貿易は先進国と新興国・途上国の双方において格差縮小に寄与している15


2 ヘクシャー・オリーン・モデル。
3 ストルパー・サミュエルソンの定理。
4 Feenstra and Hanson(1996)
5 ジニ係数には支出ベースと所得ベースの二つの計測方法があるが、貿易の格差縮小効果により所得ベースで計測された格差が縮小するか否かは、所得階層によって異なる消費財バスケットを用いたデフレータで実質化された所得に基づき、格差が計測されていることに依存すると考えられる。
6 Broda and Romalis(2008)等。
7 ICT資本ストックは、情報通信機器とコンピュータソフトウェアの合計。
8 OECD雇用保護指標(EPL: Indicators of Employment Protection Legislation)は、0から6の値をとり、6に近づくほど法令による雇用保護の規制が厳しいことを表す。臨時雇用の雇用保護指標は、有期契約と派遣事業の契約に関し、それらが締結できる職種の範囲や期間などを指数化し、統合したものである。
9 ジニ係数は0から100(又は0から1)までの値をとり、100(又は1)に近づくほど所得分布が不平等なことを表す。
10 IMF(2007)は、81~03年の51か国(先進国20か国、途上国31か国)のパネルデータを用いて、固定効果モデルにより、所得格差に寄与した要因を分析している。基本となる推計には、被説明変数にジニ係数を、説明変数に輸出額対GDP比、100-平均関税率、対内直接投資残高対GDP比、ICT資本ストック対総資本ストック比、民間信用残高対GDP比、中等教育以上修了者数対15歳以上人口比、平均就学年数、農業部門就業者比、工業部門就業者比等を用いている。
なお、推計対象となった51か国は次の通り。先進国:オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イスラエル、イタリア、日本、韓国、オランダ、ノルウェー、シンガポール、スペイン、スウェーデン、英国、アメリカ(20か国)。新興国・途上国:アルゼンチン、バングラデシュ、ボリビア、ブラジル、チリ、中国、コスタリカ、エクアドル、エジプト、エルサルバドル、ガーナ、グアテマラ、ホンジュラス、インド、インドネシア、イラン、ケニア、マレーシア、メキシコ、パキスタン、パナマ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、スリランカ、タイ、トルコ、ウガンダ、ウルグアイ、ベネズエラ、ザンビア(31か国)。第1-2-8~第1-2-11図まで同様。
11 近年の技術進歩は、中間層に大きな影響を与えたと指摘されている。例えば、Michaels et al.(2014)は、OECD加盟国を分析し、ICTが、高技能と低技能の労働者への需要に比べて、中技能労働者への需要を減少させたとの結果を得ている。
12 IMF(2007)では、新興国・途上国で貿易が所得格差を縮小させる理由として、農産物の輸出拡大が所得格差縮小に寄与する点などを指摘している。
13 OECD(2011)は、80年代から2000年代後半までのOECD加盟22か国のパネルデータを用いて、固定効果モデルにより、賃金格差及び就業率(就業者数対生産年齢人口比率)に寄与した要因を分析している。基本となる推計には、被説明変数に常勤労働者の週当たり賃金の格差(D9/D1比率)または就業率を、説明変数に輸出集約度と輸入浸透度の加重平均値、直接投資制限指標、民間部門R&D支出額対GDP比、賃金協約による雇用者のカバー率、雇用保護指標(EPL)、税・社会保険料のくさび(tax wedge)、製品市場規制指標(PMR: Indicators of Product Market Regulation)、高等教育修了者対人口比、農業部門就業者比、工業部門就業者比、サービス部門就業者比等を用いている。なお、D9/D1比率は、賃金分布の最上位10%層が得ている賃金の下限(D9)と最下位10%層が得ている賃金の上限(D1)の比率をいう。
14 これまでの議論や推計では、格差に影響を及ぼす要因として、グローバル化と技術進歩を互いに独立したものとして扱ってきた。しかし、グローバル化の進展を技術革新が推し進めてきた面と、グローバル化の進展の結果技術革新が促された面の両面が考えられ、両者はお互いに切り分けることが難しい関係にあると考えられる。そうした観点からは、グローバル化が主なけん引役となって格差が拡大したとは言えないにせよ、結果的に格差拡大に寄与した可能性もある。
15 IMFの手法を参考にした、経済産業省(2017)の推計でも、貿易は格差縮小に寄与したとの結果が得られている。同推計は、01~14年の先進22か国のパネルデータを用いて、変量効果モデルにより、ジニ係数に寄与した要因を分析している。推計には、被説明変数にジニ係数を、説明変数にICT投資対GDP比、民間部門R&D支出額対GDP比、家計部門金融資産対国内金融総資産比、積極的労働政策費対GDP比、高等教育修了者対人口比、貿易額対GDP比を用いている。

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