第1章 グローバル化と経済成長・雇用(第1節)
第1節 グローバル化の状況
本稿では、グローバル化を財や資本の国境を越えた移動の活発化によって世界各国間の経済的な結びつきが深まること、ととらえた上で考察を進める。具体的には、物の移動に関しては関税等の貿易障壁の削減・撤廃に伴う国際貿易取引の増加、資本の移動に関しては投資規制の緩和等による直接投資の増加や資本規制の緩和等による国際資本取引の増加といった例が挙げられる。これらを通じ、それぞれの国の各産業がグローバルバリューチェーン(GVC: Global Value Chain)の中に組み込まれ、一国内で完結していた各種の生産工程が自国を含む様々な国々に分散することで、多国間の経済的な紐帯が強化されていく。
以下では、グローバル化の進展の動向について、上述した財や資本の移動の観点から現状を整理する。
(財の移動)
まず、財の移動の活発さを測る観点から世界全体の貿易動向を確認する。
国際貿易に関するこれまでの動向を振り返ると、48年にGATT(関税と貿易に関する一般協定)が、95年にWTO(国際貿易機関)が設立され、その間に行われたラウンド(多角的交渉)などを通じて、関税等の貿易障壁の削減・撤廃が進められてきた(第1-1-1図)。また、90年代以降には、FTA(自由貿易協定)等のRTA(地域貿易協定)が活発に結ばれるようになった(第1-1-2図)。
こうした動きを受け、世界の貿易数量は、趨勢的な上昇を続けている。ただし、世界金融危機の前後で上昇トレンドには違いがあり、金融危機後の方が上昇のトレンドは緩やかなものとなっている(第1-1-3図)。
大山他(2016)は、世界金融危機後の貿易数量の伸び率鈍化の要因について、(1)世界の経済成長率の低下、(2)貿易の所得係数の低下(世界の需要構造の変化、中国での内製化進展、GVCの拡大一服などに伴い、所得の増加の割に世界の貿易量が伸びにくくなったこと)、(3)短期的な負のショックの影響、の3点に整理した上で、貿易数量の伸び率鈍化の7割が潜在成長率の低下や所得係数の低下といった構造要因に起因すると分析している。また、吾郷(2012)は、世界金融危機直後の08年末以降、自国産業の保護や雇用安定化を図るため、各国で貿易や投資の自由化に逆行する政策が頻発したと指摘している。DeLong(2017)は、貿易量の伸びが頭打ちになり得る要因として、技術革新や、新興国・途上国等での賃金上昇による先進国と新興国・途上国の間の貿易のメリットの喪失や、保護主義的な政治動向を挙げている。
以上に指摘されているように、構造要因・循環要因に加え、政策要因もあいまって、貿易数量の伸び率が鈍化したことから、財の移動の観点からはグローバル化の進展速度は以前よりも幾分緩やかになったと考えられる。
(資本の移動)
貿易の自由化とともに、資本移動の自由化も進められてきた。
直接投資については、後述するとおり、近年、企業は生産工程の最適化を図るため、その一部を海外に移管し、複数国にまたがり財やサービスの供給・調達を行うGVCの構築を進めてきた。直接投資の開放度をOECDの直接投資制限指標1でみると、97年以降、先進国、新興国・途上国ともに着実に自由化が進められてきている(第1-1-4図)。これに伴い、世界の直接投資は趨勢的な上昇を続けていることがわかる(第1-1-5図)。
また、証券投資については、国際的な資本規制の緩和に伴い、国をまたいだ金融取引も活発化している。各国の国債の外国人保有比率をみると、先進国・新興国ともに趨勢的な上昇トレンドにあり、国際的な金融取引が増加していることがうかがわれる(第1-1-6図)。
以上を総じてみると、財と資本の移動の観点から、グローバル化はほぼ一貫して進展を続けているものの、世界金融危機以降はその速度が幾分鈍化していると評価できる。