第3章 労働参加の促進を通じた成長底上げ(第2節)
第2節 少子高齢化・IT化時代の人材育成
少子高齢化により労働供給が減少する一方、第四次産業革命とも言われるIT化の更なる進展により、人工知能(AI)を搭載する機械が労働を代替し、労働供給の減少を緩和することも可能と考えられる。一方、IT化の進展は、ITを使って仕事をする労働者にとって必要なスキルの高度化を招き、低スキルと高スキルの労働者間の格差を助長するとの考え方もある。以下では、少子高齢化・IT化時代において、労働者はどのようなスキルを身に付けるべきか、また、企業の人材育成はどのように行われるべきかを考察する。
1.スキル構成の変化
IT化の進展に伴い、雇用の中身は年を追うごとに変化してきている。先進国の雇用者の推移を産業別にみると、賃金が中程度と考えられる製造業の雇用者は世界金融危機前の2008年の水準を回復していない一方で、賃金がやや高めに分布する専門・科学・技術サービスの雇用者が増加している(第3-2-1図)。
また、労働者をスキル別(職種別賃金水準で区分)にみると21、ヨーロッパでは高スキル及び低スキルの労働者の雇用が増加傾向にあるものの、中スキル(機械オペレーターや事務サポート業務に従事する労働者など)の雇用は減少傾向にあり、雇用の二極化が進んでいるとの解釈ができる(第3-2-2図)。アメリカにおいても、24年まで高スキルと低スキルの労働者のシェアが上昇する一方、中スキルの労働者シェアの低下が続くと見込まれている(第3-2-3図)。
前節で議論したアメリカの中間年齢層の労働参加率の低下は、中スキルの労働需要が減少トレンドにあり低スキルの労働需要に代替されていることが主な要因であるとの検証結果がある22。中スキル以下の労働需要減少の背景には、従来からスキル偏向的な技術進歩23 (Skill-biased technological change)ないしグローバル化があることが指摘されてきたが、これに加えて中スキルの仕事に就く男性労働者には大卒未満の学歴の人も多いことから、労働者全体での大卒比率の上昇に伴い中スキル労働者の転職が不利になり、職を失った場合、転職ではなく労働市場からの退出につながることが多いとの指摘もある24。
高スキルの労働者のシェアが上昇している状況を反映して、高等教育(高校教育修了後の教育)修了者と中等教育(中学・高校教育)修了者の賃金の差(大学プレミアム)も引き続き高い水準にあり、学位の取得によって高所得を得る可能性は高い(第3-2-4図)。高等教育修了者数が増加しているのに大学プレミアムが低下していないのは、高スキル人材へのニーズが高いことの表れと考えられる。
2.少子高齢化・IT化時代の雇用
従前より機械化は人間の仕事に影響を及ぼしてきたが、今後、AIやビッグデータ等の進化により、働き方がさらに変わっていくことが予想される。
製造現場では自動化やロボットの導入が進んでおり、世界ロボット連盟によると、産業用ロボットは中国がけん引する形で、14年から18年の間に75%増加する見込みとなっている25。サービス分野においても、古くはATMによって銀行員の仕事が変わり、最近では小売の現場でも機械化が進んでいる。セルフレジの出荷台数は14年に日本で前年比40%以上増、ヨーロッパで前年比19%増となった。消費者が自分でバーコードを読み取るのではなく、ベルトコンベアに乗せた商品のバーコードを自動的に読み取る技術も開発されている26。
今後もIT化やAIの一層の進化によって、サービス業においてもさらに機械化・コンピュータ化が進む見込みとなっている。例えば自動走行については、「日本再興戦略」等で20年代後半以降に加速・操舵・制動全てをドライバー以外が行い、ドライバーが全く関与しない完全自動走行を目指すとしている。また、法律分野では、AIが弁護士に対して助言を行う技術は既に開発されており27、技術の普及が進めば弁護士事務所は法律のリサーチにかける費用と時間を軽減できるものの、パラリーガル(弁護士補助員)への需要は減退していくことが予想される。
AIやロボットが将来の雇用に与える影響については人間の仕事が代替されてなくなるという悲観的な見方がある一方で、代替ではなく補完であり大きな負の影響はないとする見方等が混在している。機械の導入が労働需要を押し上げ人間にしかできない仕事の価値を高めた例として、ATMの導入により銀行の窓口係はリレーションシップ・バンキング業務に専念できるようになり、人数もむしろ増加を続けたことなどを例に挙げ、機械と人間の労働は代替にも補完にもなり得るとの指摘がある28。
アメリカの既存の702職種についてコンピュータに代替されることで職が失われる確率を調査した研究成果29によれば、創造性の高い仕事(例えばファッションデザイナー)や社会的知性(social intelligence)(例えば広報)が必要とされる仕事はコンピュータによって代替されにくい見込みである。他方この手法に基づいた分析によると、アメリカでは全体の47%、英国では35%の雇用が、コンピュータによって失われる確率が66%を超えると推計されている30。高い確率で失われる職には例えば、電話での販売員(テレマーケッター)、データ入力者、自動車運転手、銀行の窓口係等がある。世界経済フォーラムでも、ロボットの導入によって、20年までに全世界で500万人の雇用が失われる見込みと推計している31。
コンピュータによる代替と学歴との関係をみると、将来においても機械によって代替されない見込みである職種では大卒以上の学歴を要するものが多くなっている一方、機械によって代替される確率の高い職種では高卒以下の学歴比率が高くなっている(第3-2-5図)。
また、AI関連技術と学歴は補完的な関係にあるとの見方もある。日本企業へのアンケート調査結果によると、雇用者の学歴レベルが高くない企業ほど、AIやロボットの雇用への影響を否定的にみる傾向にあった32。
コラム3:AIに対する企業経営者の評価(各国の経営者へのサーベイ調査結果)
企業経営者へのサーベイ等では、AIの進化と普及の雇用への影響をより肯定的に評価するものも多い。
- 2016年にフランスで行われた世論調査によると、デジタル革命が雇用に与える影響については、約4割(41%)は創出が喪失を上回ると回答する一方、2割の回答者は喪失が創出を上回るとした(注1)。
- 15年に日本の企業を対象に行われた調査によると、AIやロボットが将来のビジネスに与える影響は7割強(71.3%)がポジティブでもネガティブでもないとする一方、3割弱(27.5%)が非常にポジティブまたはポジティブとした。また、雇用への影響は半数近く(45.8%)が分からないとする一方、影響なしが3割弱(28.6%)、減少が2割強(21.8%)であった(注2)。
- アメリカで企業経営者やデータ科学者等を対象とした調査(15年)によると、回答者の8割がAIは労働者のパフォーマンスを改善させ、雇用を創出するとした(注3)。
- 英国で企業経営者等を対象に行われた調査(15年)では、65%の回答者が半スキル事務員(semi-skilled clerical)、47%の回答者が半スキル肉体労働者(semi-skilled manual)をAIによって社内で失われる仕事に挙げたものの、6割弱の回答者(59%)がAIによって仕事が失われたとしても代わりに新しい仕事が創出されるとした(注4)。
(注1)Figaro (2016)
(注2)Morikawa (2016)
(注3)Narrative Science (2015)
(注4)Chapman-Pincher (2015)
過去にも産業革命、ロボットの発展等々、既存の雇用が失われる事態に陥ったことは何度もあるが、その都度新しい仕事が生まれてきた。こうした職業構成の変化に伴い、賃金分布が二極化するとの指摘がある。例えば職業を賃金水準に応じて3区分すると、EU諸国16か国のいずれででも93~10年の間、上位と下位はシェアが上昇した一方、中位のグループのみ10%ポイント前後シェアが低下し、二極化の裏付けとなるとの研究成果がある33。こうした中位グループの職に就く労働者34が技術革新の動向と補完する形で職を失わないようなスキル形成が行える人的資本投資が進むことが、長期的にみて望ましいと考えられる。
政策としては、このような人的資本投資を企業、教育機関及び労働者が行うインセンティブを高めるような方策を検討することが重要となろう。アメリカでは労働者の能力(employability)を高めるため、コミュニティーカレッジや訓練システムの改革、より柔軟な失業保険制度の運用等の方策が進められている35 。所得格差の拡大が世界的に問題となる中、教育や労働訓練のあり方を見直し、労働者の能力を時代に対応したものとしていくため、各国における先進的な取組やその成果を共有することが求められる。
さらに、ロボットやコンピュータによって代替された雇用が新しく生まれた雇用に円滑に移行できるように、労働市場が流動的であることも重要である。活発な労働移動は資源の有効配分を通じて、経済成長に寄与すると考えられる。労働移動が活発であるかどうかの指標として労働移動率(労働移動者数と常用労働者数の比率)と、一般労働者の雇用保護指標をみると、両者の関係は明確ではない(第3-2-6図)。ただし、アメリカ・カナダ等、雇用保護指標が低くかつ労働移動率が高い国と、イタリア・フランス・ドイツ等、雇用保護指標が高くかつ労働移動率が低い国がみられる。労働者に対するセイフティーネットの提供と円滑な労働移動の促進とのバランスを考慮した政策形成が重要と考えられる。
3.IT化時代の人材育成
ITの世界は日進月歩である。スマートフォンは07年に発売されたが、日本における世帯当たり普及率は10年の9.7%から14年には64.2%と、急上昇した36。中国のスマートフォン普及率は15年の38.6%から19年までに49.8%まで上昇すると見込まれており37、デバイスの普及に関して先進国と新興国の差は小さい。このようにIT化の更なる進展が今後も確実視される中、ITを使いこなせる能力を超えて、ITやAIを開発できる能力を持った人材の育成や労働移動を円滑に行うことのできる環境の整備が重要になっている。
OECDによる国際成人力調査の結果から16~65歳についてITを活用した問題解決能力38の習熟度をみると、4段階評価のうち上位2段階の評価を受けた人の割合は北欧4か国とオランダで上位5位を占める(第3-2-7図(1))。同調査はコンピュータで回答することになっているが、日本はコンピュータ経験なし及びコンピュータ導入試験に不合格な者の割合が高くなっていることから(合わせて20.9%)、これら上位国との差がついている。一方、コンピュータ調査を受けた者の平均点では日本が際立って高くなっているが、上記北欧4か国とオランダの水準も高い(第3-2-7図(2))。
また、自分の意図を実現するための手順を論理的に考える「プログラミング的思考」を育成するため、コンピュータプログラミングを必修化する国が増えてきている。イスラエルでは既に2000年に高校においてプログラミングを必修化している。同国にはアメリカを中心に主要IT企業がR&D拠点を設置するなど、中東のシリコンバレーと呼ばれるまでになっている。英国では14年9月から始まる学期において、5~16歳のプログラミング教育を必修化した。日本でも、小学校、中学校、高等学校において発達段階に即したプログラミング教育を行うこととされている(日本再興戦略、16年6月)。
一方、上記でみたようなITリテラシーの高さと、IT人材の豊富さは必ずしも比例していない。IT人材を「ソフトウェア販売」、「IT及びその他情報サービス」に従事する人材と定義し、全雇用に占める割合をみると、ルクセンブルグ、アイルランド、フィンランド、英国、スイス、スウェーデン、アメリカの順に高くなっている(第3-2-8図)。
ITに特化するのではなく、いわゆるSTEM人材も注目を集めている。STEMとは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の4つの頭文字を取ったものである。例えば、アメリカではオバマ大統領のリーダーシップの下、09年11月にSTEM教育の改善を目的とした「Educate to Innovate」キャンペーンが開始された39。
EUにおいてもSTEM人材の不足が指摘され、人材育成の重要さが認識されている。EUで雇用のボトルネックが起こっている20の職種のうち、4つがSTEM関連である(7位の機械技師、8位の電気技師、12位のシステムアナリスト、15位のソフトウェア開発者)。EU28か国での全体の失業率は11%に対し、STEM人材の失業率は2%(ともに13年)であった。将来的にも、13年から25年の間にEU諸国ではSTEM関連で340万人の雇用創出が見込まれており、うち100万人が追加的な創出分と予測されている。アメリカでも、STEM人材は18年までに240万人が不足するとされている。一方、STEM関連学部の卒業者のシェアは、EU28か国で06年には22.3%から12年には22.8%へと上昇したが、上昇幅はわずかであった。なお、上記の4職種についてFrey and Osborne (2013)にしたがって、機械化によって代替される確率をみるといずれもかなり低くなっている(第3-2-9表)。
また、アメリカでもヨーロッパでもSTEM人材は男性に偏っているという事実がある。12年にはEUにおける新卒者のうちSTEM人材は、男性が37.5%だったのに対し、女性は12.6%にすぎなかった40。様々な教育プログラム等を通じて、需要増に対応した人材の育成が急がれる。