第3章 労働参加の促進を通じた成長底上げ(第3節)
第3節 グローバル人材の獲得
1.グローバル人材を惹きつける国
労働力の絶対的な減少は、国内の有効活用されていない資源を活用することで緩和することが可能であるが、加えて、外部から人材を獲得して、自国の成長に結び付ける手法も考えられる。
各国では、グローバル人材(ここでは「国境を越えて活躍する高スキル人材」と定義する)を活用することで、イノベーションの促進や産業構造の高度化を通じて経済成長を実現し得ることが指摘されている41。例えば、1990年から2000年にかけてのアメリカでのノーベル賞受賞者の26%が外国生まれであった42。また、国境を超えた協力体制が成果を高めることも考えられる。異なる知識を持つ人材が集まることで相乗効果が生まれると分析されている43。グローバル人材の一例である研究者は、国境を越えたつながりを通して研究を進めることで、研究インパクト(論文引用数)が高まる傾向もみられる(第3-3-1図)。
以下では、どのような国がグローバル人材を惹きつける力を持っているのかを確認した上で、グローバル人材がどのような条件の下に働く国を決定するかを分析する。最後にグローバル人材を獲得するために各国で採られている方策を紹介する。
人材を獲得・育成・維持する能力を計測している国際人材競争力指標(Global Talent Competitiveness Index)44では、15~16年には上位3位をスイス、シンガポール、ルクセンブルクと小国が占め、北欧4か国(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド)及び英語圏の3か国(アメリカ、英国、カナダ)が上位10位に入っている。一方、日本は19位にとどまっている。6つのサブインデックスそれぞれでの順位をみると、日本は「人材を惹きつける国の魅力」が45位、「人材開発のための方策」が26位と特に低くなっており、全体の順位で上位3位だった国々と比較すると「外部環境要因」のスコアは遜色ないかむしろ上回っているのに対し、「人材を惹きつける国の魅力」と「人材開発のための方策」が特に低いスコアとなっている(第3-3-2図)。
「人材を惹きつける国の魅力」の項目は、対外的な開放度と対内的な開放度で構成されており、ビジネスや人材を惹きつける力が強いほど、社会の多様性が高いほど、ジェンダーの平等度が高いほど、高得点となる。また、「人材開発のための方策」の項目は、高等教育や職業訓練への登録が高いほど、大学やビジネススクールの質が高いほど、ソーシャルメディアが職場やプライベートのコミュニケーションツールとして広く使われているほど、部下への権限移譲が進んでいるほど、高得点となる。
このうち、「人材を惹きつける国の魅力」の内訳項目別に、「人材を惹きつける国の魅力」で上位であったシンガポール、オーストラリア、ルクセンブルクと比較すると、日本は対外的開放度、対内的開放度のいずれでも順位が低いが、シンガポールやルクセンブルクでは対外的開放度での順位が高いのに対し対内的開放度での順位は低位であることがわかる。オーストラリアは相対的には対外的開放度より対内的開放度での順位が高い(第3-3-3表)。
2.グローバル人材を惹きつける条件
グローバル人材はどのようなインセンティブの下に自国以外の国で働くことを決定するのか。また、グローバル人材を惹きつけるための労働環境や雇用条件はどういうものなのか。
民間の調査によると、グローバル人材が外国で働く理由としては、第1位に「個人的な経験の広がり」、第2位に「職務経験の獲得」が挙げられている45(第3-3-4図)。
加えて、家族と同時に移住するグローバル人材においては、現地での医療サービス、学校教育、さらには安全面等の生活水準についても行き先決定のための重要な要因となっていると指摘されている46。
グローバル人材が希望の労働環境を見つけた上で、仕事のオファーを受けるかどうかについては、給与やより良いスキルを身に付けること、より良いワークライフバランスが大きな誘因となっている(第3-3-5図)。
3.グローバル人材を獲得するための方策
近年、グローバル人材を獲得するために各国は様々な政策を打ち出しており、経済のグローバル化が進展する中、グローバル人材の獲得をめぐる競争は一層厳しさを増している。以下では欧州における最近の取組を紹介する。
英国では08年にEU圏外からの移民を技能レベルによって5段階に階層化する制度を導入した47。上位第1層は成長と生産性に貢献する高度技能者が対象となっており、保証人が原則として不要であり、入国前に雇用先が決定している必要がない。また、他の層(第2~5層)と異なり、より短期間で定住許可を申請することができる。こうしたポイント制度は、高技能の移民を惹きつけるのに効果的であったと評価されている48。
また、EU全体の取組みとしては、高スキル労働者の受入を促進し、域内の魅力を高めることを目的として、09年にブルーカード指令が採択された(英国、アイルランド、デンマークは除く)。同指令は、特別の滞在・労働許可制度を設け、高スキル労働者に関する入国・滞在条件に係る域内規制の調和を図り、入国手続きを簡素化するものである。取得から時期更新までの最長2年間は、同一国内での就業が義務付けられるが、更新以降は任意の加盟国での就労が可能となる。
ブルーカードの取得者は年々増加しているものの、14年の取得者は13,612人と、絶対数は極めて小さい。また、その大半がドイツでの取得者である(全体の89%)49。
同指令はレビューの一環として、15年にパブリックコメントが実施された。調査結果からは、同指令は第三国から高スキル人材を惹きつけるための手段としての認知度は高くないことが示された。また、大半の回答者(80%)が、同指令の対象者を拡大させれば指令はより魅力的になると回答した。さらに、半数以上の回答者(53%)がEU全体のワンストップサービスを設けることでEU全体が高スキル人材を惹きつける魅力が増すとした50。高スキル人材に政策を浸透させていくこと、また有効性を高めるために制度を不断に見直すことが政策を成功させる鍵となる。
グローバル人材の獲得競争はゼロサムゲームに過ぎず、頭脳流出(brain drain)を招くだけとの見方もあるが、グローバル人材が母国と当該国をつなぐ知識のハブとしての役割を果たすことや、当該国で獲得した知識・スキルを母国に還元することを通じて、母国にもプラスの影響をもたらすと考えられる(brain circulation)ことから、その活性化は世界経済の成長にも寄与するものと考えられる。
新しい知識を創造するには、共通の知識基盤(言語、関心等)も同時に必要であるとも示唆している。