第1章 世界金融危機後の成長鈍化(第2節)
第2節 中国を始めとする新興国の成長率低下
本節では、中国経済の減速の要因と、中国経済減速や資源価格下落の中国以外の新興国経済への影響を分析する。
1.中国経済の減速
中国の実質経済成長率は、世界金融危機後に急回復し、2010年に10.6%を記録した後、緩やかな低下を続けている。15年の成長率は6.9%(政府目標は7%程度)に低下し、16年の目標は6.5~7.0%とされている(第1-2-1図)。
企業部門では、生産の伸びの鈍化が続いており、過剰生産能力の問題を抱えた鉄鋼やアルミニウム、石炭等の動きが弱くなっている。これが輸入や設備投資にも波及している(第1-2-2図、第1-2-3図)。
中国政府は世界金融危機後の08年11月に4兆元(当時の為替レートで約53兆円、GDP比13%)の景気対策を決定した。その内容は、鉄道・道路・空港・電力等のインフラ整備(1兆5,000億元)や地震被災地域の復興支援(1兆元)等からなる大型の投資計画のほか、貸出総量規制撤廃等の金融面の措置を含むものであった。この対策を通じ、中国の経済成長率は押し上げられ、世界経済の回復にも寄与した。
他方、インフラ整備等が進み投資効率の良いプロジェクトが減少する中、過剰生産能力を抱えた業種では追加的な設備投資の増加が経済成長率を押し上げる効果は小さくなってきている。4兆元の景気対策以前から過剰生産能力の問題を抱えてきた鉄鋼、石炭、鉄道・船舶・航空機製造等の産業では、過度な投資により過剰生産能力が一層拡大し、足下では製造業の設備投資の伸びも大きく鈍化している(第1-2-2図)。持続可能な成長の実現に向け、中国は、投資主導型から消費主導型の経済への移行を一層進めていくことが重要となっている(コラム1-2、第2章)。
コラム1-2:急速に進む中国の消費の構造変化
中国の消費は、実質の前年比でみて10%程度と堅調な伸びが続いている。そのうち、成長が特に顕著な自動車市場、電子商取引及び国内観光に注目して、昨今の動きを紹介する。
1. 自動車市場
中国の2015年の自動車(乗用車及び商用車)の販売台数(出荷ベース)は前年比4.7%増の2,460万台となり、7年連続の世界第1位となった。15年10月1日から実施されている小型車減税(排気量1.6L以下のエンジン搭載車に対する車両購入税率を10%から5%に引下げ)の効果で販売台数が伸びる中、最近人気の高いSUV(スポーツ用多目的車)において減税対象となる小排気量タイプを数多くラインナップしている中国自主ブランドの伸びが大きくなっている(図1)。中国の自動車業界団体は16年の自動車販売台数を前年比6.0%増と予測している。
16年末の減税終了後は販売台数が一時的に減少することも予想されるが、中国の自動車普及率を先進国と比較すると低水準にとどまっており(図2)、引き続き成長の余地は大きいと考えられる。
2.電子商取引の成長
中国では投資から消費の動きが進む中で、消費の中でも電子商取引が著しく成長している。電子商取引が小売に占める割合は15年に12.7%と、主要先進国を上回っている(図3)。電子商取引の規模は14年に既にアメリカを上回ったと推計されており、成長率も高くなっている。
また、中国の日本、アメリカからの越境電子商取引の規模は14年で1兆2,354億円(うち日本からの購入額は6,064億円、アメリカからの購入額は6,290億円)と推計されており、18年までには2倍以上(2兆8,408億円)に拡大する見込みである(注1)。
電子商取引の急速な成長の背景にはインターネットの普及やインフラの整備がある。インターネット普及率は、都市部では07年の26.0%から14年には62.8%に、農村部でも7.4%から28.8%に上昇した(注2)。また、従来中国では道路など流通インフラの整備が遅れ、電子商取引で購入した商品の配送に制約があったが、近年道路や鉄道、航空インフラの質が大幅に改善した(注3)。こうしたインフラ整備の進展に伴い、小売店舗の進出が本格化していない農村部で電子商取引が普及したとの見方もある。
3.国内観光の伸び
中国では、10年ごろから国内観光の伸びが小売の伸びを上回って推移するなど、観光が好調である。鉄道貨物輸送が14年に入ってから前年を下回って推移しているのに対し、鉄道旅客輸送は同期間で前年比10%前後の伸びで推移している(図4)。中間層が増加し国内旅行に行く余裕のある世帯が増えていることが第一の要因と考えられるが、物理的に鉄道等のインフラが整ってきていることも観光を後押ししていると考えられる。
(注1)経済産業省(2015)
(注2)China Internet Network Information Center (2015)
(注3)世界経済フォーラムの「世界競争力指数」の構成要素の1つであるインフラの整備状況でも、中国は06~07年の第52位から、15~16年には第39位になった。
2.新興国の成長率低下の要因
多くの新興国経済では、中国経済の高成長と原油を始めとする資源価格の上昇局面で中国向け輸出や資源輸出への依存度が高まった。
主要新興国の中国向け輸出の割合を2001年と15年で比較すると、多くの国で上昇しており、特にブラジル、マレーシア、南アフリカ等で大幅な伸びとなっている。また、輸出に占める一次産品の割合についてもブラジル、ロシア、南アフリカ、マレーシアで上昇した(第1-2-4図)。
中国経済の減速と資源価格の下落はこれらの国の経済にマイナスの影響を与えている。新興国のうち主な資源国の実質経済成長率の動向をみると、原油やその他資源の価格低迷を受け、ロシア、ブラジル、ベネズエラでは13年以降相次いで実質経済成長率がマイナスに転じ低迷を続けている(第1-2-5図)。また、各国の財政にも影響が及んでいる。ロシアとサウジアラビアでは世界金融危機時に悪化したプライマリーバランスが危機後いったん回復したものの再び悪化傾向にある。ブラジルとベネズエラでは2000年以降ほぼ一貫して改善することがなく、特にここ数年悪化傾向が顕著になっている(第1-2-6図)。財政状況の悪化に伴い、一部の資源国では燃料補助金の削減などの歳出削減策が行われている。
資源国では、過度に資源に依存した経済構造からの脱却が長年の課題となってきた。しかしながら、主な資源国における07年と14年の産業構成を比較すると、経済制裁措置2が講じられていたイランを除き、鉱業部門がGDPに占める割合はおおむね横ばいとなっているなど、産業構造は大きく変化していない(第1-2-7表)。
資源国の中には、金融や農業部門の改革、労働市場改革、貿易自由化等を通じて資源依存経済からの脱却に向けた取組を進めている国もみられる。資源国の成長モデルを抜本的に改革するためには、資源関係の国有企業の改革や資源関連の収益に依存した税財政制度の見直し等も重要な課題になると考えられる(コラム1-3)。
コラム1-3:サウジアラビアの構造改革への取組
1.ビジョン2030
サウジアラビアは、GDPの約42%、輸出の約76%、国家歳入の約77%を石油に依存している。原油価格の低迷により、名目経済成長率の大幅な低下(15年:▲13.3%、16年:▲5.3%)が続く見込みとなっている(注1)。
こうした中、政府は、16年4月、今後15年間で同国が目指す姿を示す経済構造改革構想「ビジョン2030」を発表した。同ビジョンは、「活力ある社会」、「繁栄する経済」、「野心的な国家」という3つのテーマの下、2030年までの国家の運営方針と具体的な達成目標を示している(表)。
同ビジョンは、石油依存型経済から脱却し、産業の多様化と雇用の創出を図ることを目標としている。そのため、石油以外の歳入の増加(1,630億リヤル→1兆リヤル(約2,700億ドル))、非石油輸出品の輸出割合の向上(16%→50%)、民間部門のGDPに占める割合の上昇(40%→65%)、中小企業のGDPに占める割合の上昇(20%→35%)、失業率の低下(11.6%→7.0%)等の具体的な目標を掲げている。また、国営石油会社アラムコを新規上場させ、この資金をヘルスケア、再生可能エネルギー、観光・レジャーといった将来性のある分野へ投資することも検討されている。
2.ビジョンの実効性
16年6月、政府は、20年までに達成すべき178の戦略的な目標、目標の達成度を測定するための371の指標及び数値目標を定めた「国家変革プログラム2020」(注2)を発表した。具体的には、非石油収入を1,635億リヤル(約440億ドル)から5,300億リヤル(約1,400億ドル)に増やす、民間部門で45万人の雇用を創出するなどが掲げられている。これらの目標等の実現に向け、今後具体的な施策の立案と実行が求められる。
(注1)IMF (2016)
(注2)“The National Transformation Program 2020”
一方、人口動態の変化は、先進国のみならず、新興国の成長制約要因にもなりつつある。例えば、東アジアの新興国の経済成長率を寄与度分解すると、80年代後半の労働投入の寄与度と比べて、90年代以降は労働投入の寄与度が低下傾向にある(86年:1.0%、95年:0.5%、05年:0.2%)(第1-2-8図)。IMF (2015)は、高齢化の進展に伴う労働参加率の低下が雇用の伸びに与えるマイナス寄与が、新興国でも15年以降顕著になると指摘している3。