第2章 第3節
アジア経済-中国は景気の下振れ圧力に高まり
中国の経済成長率は2012年以降7%台で推移しており、15年1~3月期には前年比7.0%となるなど、景気の拡大テンポは一段と緩やかになっている(第2-3-1図)。
景気の拡大テンポが緩やかになっている主な背景としては、将来にわたって持続可能で健全な経済成長に向けた構造改革を推進するため、中国政府が安易に大型の景気刺激策をとらず景気の一定程度の減速を容認していることがある。中国政府はこのような経済の新局面を「新常態(ニューノーマル)1」とも表現し、これまでの高成長と異なる局面にあることを強調している。
本節では、現時点で示されている構造改革の方向性について概観するとともに、「新常態」と呼ばれる経済状況及びそれに対するマクロ経済運営方針等をみていきたい。
1.構造改革の方向性
(1)習近平政権における構造改革重視の経緯
13年3月に正式に発足した習近平政権は、経済の持続的で健全な発展を目指し、経済構造の転換等を重視している。13年11月の三中全会2 において、経済面については、「市場に資源配分の決定的な役割をゆだねる」といった主要な改革方針を決定した。
この方針の下、14、15年の全国人民代表大会3(以下、「全人代」という。)においては、高成長よりも成長の質を求める方針に改め、特に15年は経済成長率目標を3年ぶりに引き下げ7%前後と定めた(第2-3-2表)。
(2)構造改革の内容
現在の中国の経済政策の基本的な考え方は、7%程度の成長を維持して雇用の安定を図った上で、各分野の構造改革を推進し成長の質を高めようとするものであるが、構造改革を要する分野は多岐に及ぶ。
ここでは、重点とされる経済体制改革4のうち、(i)地方政府債務、(ii)金融制度改革、(iii)経済のサービス化、の三つの分野を取り上げて進捗状況を検証する。
(i)地方政府の債務問題
地方政府の債務問題が中国経済の不安定化につながるリスクを防止・管理する観点から、地方政府の財政健全化が大きな政策課題となっている。
94年の税制改革により、地方政府の税収が減少したことと、予算法により収支均衡原則や地方債発行の原則禁止が定められていたため、地方政府は地方政府融資平台5のような機関を設立し、これを通じて大量の資金を集め、大規模なインフラ投資や不動産開発を実施してきた。
しかし、このような手法での資金調達を続けてきたことで、地方政府の実際の債務状況が不明確になるといった問題が指摘されてきた。中国政府は、13年12月に地方政府債務の規模が合計で17兆8,909億元(GDP比30.4%)6と10年末時点7と比べて70%近く増加したことを公表し、地方政府の債務管理メカニズムの構築等を目的とし、様々な取組を実施している(第2-3-3表)。その内容は大きく分けて、地方政府の資金調達方法のルール化と債務管理強化の二つとなっている。
まず、地方政府の資金調達については、14年5月、地方政府による地域開発資金調達のための起債について明確なルールの下に行うことを目的として、地方債の直接発行を試行していたが、その対象が主要10省・市に拡大された8。その後、14年8月には地方政府に地方債による資金調達の権限9を正式に与える新たな予算法が制定された。
これらを受け、14年10月には、地方政府融資平台による新たな債務増を認めないことなども定められた。
その他の管理強化としては、地方政府債務の金利負担軽減のため、地方政府が償還責任を負う債務のうち15年に償還期限を迎える分10について、利率の低い地方債への借り換えを1兆元までの枠で認めている11。
これまでは地方融資平台等の機関が負っている債務と地方政府の債務の責任区分が曖昧なため、地方政府の債務規模がつかみにくいといった問題点があった。しかし、こうした一連の取組により、地方政府が責任を有する債務を明確にすることで、地方政府債務規模を透明化し、リスクを管理しやすくなることが期待される。
(ii)金融制度改革
これまでの中国経済の問題点として、投資を中心とする高成長を志向する政府の指導等を受けて、銀行等の金融機関が経済合理性を十分に勘案せずに企業の設備投資等に融資を行うことで、過剰投資、過剰生産といった経済の非効率がもたらされることが指摘されてきた。このような投資の拡大は足元の成長率を高めるが、長期にわたって持続可能なものではない。こうした問題の解決のためには、金融制度改革により、金融機関の企業への融資について、政府の影響を排して、金融機関自身がより市場原理に基づいて判断する体制作りを進め、経済全体での効率的な資源配分を実現させることが必要となっている。これまでも金融制度については、長期的かつ漸進的に改革が進められてきたが、現政権では13年の三中全会において市場メカニズムの働きを強化することを決定している。これを受けて、金融制度改革が一層進むことが期待される。
多岐にわたる金融改革のうち焦点となっているのは、まず、国内の金融システム改革としての金利自由化及び預金保険制度の構築があり、次いで、国際貿易・金融取引の拡大に対応した人民元改革といえる(第2-3-4表)。
金利自由化については、市中金利12の変動範囲を廃止または順次拡大してきている13。現在では預金金利の上限についてのみ規制されており、この上限についても預金基準金利の1.5倍にまで拡大するなど14、規制緩和が進められている15。
一方、金利自由化が進めば、銀行間の競争が促進され、より効率的な資金配分が進むことが期待されるが、その反面、経営が健全でない銀行の淘汰も想定される。その際の取付け騒ぎ等による金融システム全体の不安定化を防止するため、預金保険制度の創設が進められた。預金保険制度は、中国人民銀行(中央銀行)が14年12月に草案を公開し具体的な制度設計について意見を募集した後、15年5月から導入されることとなった。
次に、人民元については、中国経済が世界経済の大きな一角を占めるようになった現在、為替レートの柔軟化や国際化の推進が更に重要な課題になっている。
人民元の為替レートの柔軟化については、中国人民銀行が定める基準値からの1日の変動幅を徐々に拡大する方向にあり、14年3月にドルに対する変動幅は±1%から±2%に拡大された。今後についても、更に「柔軟性を高める」ことが15年の政府活動報告に盛り込まれている。
国際取引通貨として人民元の国際化を目指した動きとしては、貿易取引における人民元建ての決済、人民元とドル以外の各国通貨との直接取引、通貨スワップ協定締結等といった人民元の国際的な利用を拡大する政策が採られつつある。
(iii)経済のサービス化
経済のサービス化の推進も構造改革の重点分野となっている。サービス業は雇用吸収力が大きいため、雇用創出を重視する政府にとって改革を進めるインセンティブとなっている16。また、これまでの経済成長の結果として、家庭における白物家電等の耐久消費財の普及が大きく進んだ中、今後とも消費を経済成長のけん引役とするためには、経済のサービス化を推進して、所得水準の向上により多様化する消費者のニーズに応じた新たなサービスの提供が行われることで、消費の対象を多様化・拡大していくことが必要になる。ここでは、経済のサービス化の現状を概観するとともに、サービス部門で発展するインターネットを通じた消費拡大について取り上げる。
まず、経済のサービス化の現状についてみると、中国では既に卸売・小売業や銀行・保険業、不動産業等各種サービス業が発展し、第三次産業の経済成長への寄与率は10年以降高まっている(第2-3-5図)。
次に、新たな消費の形態として注目されているインターネットを利用した消費の動向をみると、インターネット小売額は社会消費品小売総額に比べ高い伸びで推移している(第2-3-6図)。
インターネットの利用自体もサービス消費の一部となるが、インターネットを利用した消費(財の購入)は配送サービスの利用も伴うという点で、物流といった新たなサービス需要を生み出し、経済のサービス化に寄与している。物流の動きをみると、事業所及び住民物品物流総額18は高い伸びを示している(第2-3-7図(1))。また、GDP(生産面)の内訳でみても、輸送・保管・郵便業は、全体に占める規模は4%程度と小さいものの(14年)、著しい成長を示している(第2-3-7図(2))。
こうした点からもインターネットを利用した消費の拡大、ひいては経済のサービス化の進展が裏付けられ、政府が重視する雇用創出にもつながっていると考えられる。
政府も、更なる物流・宅配業の発展やインターネットを利用した消費の振興等により、経済成長のけん引力としての消費の拡大を目指している19。
2.下振れ圧力の高まるマクロ経済状況
中国政府は、生産性の低い分野への野放図な投資・融資拡大による過剰設備、過剰債務の積み上がりといった構造問題の解決に向けて、財政・金融システムの改革に加え、経済のサービス化を図り、雇用の創出に加えて、それまでの投資依存型から消費主導型経済への移行を進めるなど、バランスの取れた経済成長を実現しようとしている。構造改革は経済成長の鈍化や失業等の痛みを伴うものの、その着実な進展を図るためには一定の経済成長を維持する必要がある。
加えて、過剰生産、過剰債務の積み上がり、不動産市況の不振、実質金利の高まり、世界貿易の伸びの低下といった様々な要因により、国内外には景気の下振れ圧力が存在し、15年以降はこれらの下振れ圧力が強まっている様子もうかがえる。
そのため中国政府は、15年の目標である7%前後の成長を維持するために、下振れ圧力の高まりに対して、小刻みで対象を絞った政策対応を実施して景気を下支えしている。
以下では、需要項目別における下振れ圧力の高まりを確認するほか、それに対する政策対応等を検証する。
(1)投資
需要項目別に経済成長率の鈍化の背景をみると、まず投資の鈍化の影響が大きいことが挙げられる。
固定資産投資の伸びは13年10~12月期に前年比20%を割り込み、15年1~3月期には13.5%と伸びは一段と鈍化している(第2-3-8図)。伸びの鈍化の要因は、不動産投資の伸びの低迷と、製造業投資の伸び悩みにある。
不動産投資については、固定資産投資の伸び全体の寄与度が14年1~3月期の4.6%ポイントから15年1~3月期の2.5%ポイントへと大幅に低下している。14年以降の不動産市況の低迷と、それによる不動産会社の資金繰りの悪化が続いており、不動産投資が抑制されているとみられる。
製造業の固定資産投資の寄与度も、14年1~3月期の5.4%ポイントから15年1~3月期の3.6%ポイントへ低下している。この背景には、鉄鋼や非鉄金属を中心とする過剰生産業種20の投資の伸び悩みが挙げられる(第2-3-9図)。
生産・在庫バランスを業種別にみても、生産過剰業種の鉄金属加工や非金属鉱物では在庫調整圧力の高い状態が続いている(第2-3-10図)。そのほか、自動車の在庫調整圧力は14年以降、国内販売の不振等により急速に高まっている。
このため企業収益21の伸びをみても、14年は前年比3.3%増と2000年以降では最も低いものとなり、15年1~3月期においては同▲2.7%と、四半期としては12年7~9月期以来の減少となっている(第2-3-11図)。
業種別にみても、生産調整圧力の高まりと同様に、生産過剰の資源・素材系の業種の収益が低迷している(第2-3-12表)。また、過剰業種以外をみても、自動車も15年1~3月期には前年比▲1.0%と減少に転じたほか、一般機械等でも伸びが鈍化しており、その動向が懸念される。
(2)消費・輸出
投資のほか、消費や輸出も以前ほどの力強さがみられない。
まず消費をみると、堅調に増加しているが、その伸びはやや低下している22(第2-3-13図)。
また品目別にみても一部に弱さがみられる。まず、不動産市況の低迷等により自動車の伸びが低下傾向にある(第2-3-14図)23。また、綱紀粛正を目的としたいわゆる倹約令のため、高級店等を中心に飲食サービスの伸びも統計公表以来の低い水準となっており、倹約令以前の伸びを回復するには至っていない。
なお、小売が弱まる背景の一つとして、海外での活発な消費行動が挙げられる。10年以降、中国人の海外旅行者数の伸びは20%前後を維持し、14年の海外旅行者数はのべ1.1億人となっている。海外での消費は、従来国内で行われていた消費を減少させている可能性がある24。
次に貿易動向をみても、11年頃までにみられた力強さに欠けている。輸出は携帯電話の新製品や過剰生産が問題となっている鉄鋼製品25の輸出増もあり、14年半ばから持ち直していたものの、年末商戦等に向けたIT製品の需要が15年年初以降は落ち込んだ影響等もあり、伸びはおおむね横ばいとなっている(第2-3-15図(1))。
一方、輸入は資源価格の下落により単価が低下したほか、内需の鈍化により数量でみても伸び悩んでいる(第2-3-15図(2))。ただし、純輸出でみれば輸入の減少により、成長に対してプラスの寄与となっている。
(3)雇用と物価
政府が目指す経済の安定成長の2大目標とされる雇用と物価をみても、弱い動きがみられる。
雇用26についてみると、求人倍率27が高水準で推移し、失業率が安定して推移する一方、一部の指標に弱い動きもみられる。
まず、新規就業者数は景気の拡大テンポの鈍化を反映し、14年10~12月期に前年比でマイナスに転じ、15年1~3月期も324万人と前年比で▲7.0%減少している(第2-3-16図)。
また、景況感統計における雇用の項目をみても、製造業では12年7~9月期以降50を下回り悪化と判断される状態が続いており、14年7~9月期以降は非製造業においても同様に悪化に転じている(第2-3-17図)。
こうした中、15年全人代の政府活動報告の重点施策では雇用への対応の優先度も上がっており28、政府における雇用維持への配慮が増していると考えられる。また、4月には雇用に対する下振れ圧力の高まりにより、国務院は一段の雇用対策29を打ち出した。
消費者物価上昇率(総合)は低位で安定的に推移しており、14年は前年比2.0%と政府目標の同3.5%を大きく下回り、15年1~3月期には同1.1%と更に低下している(第2-3-18図(1))。食品価格が落ち着いていたことや原油価格の下落が消費者物価上昇率の低下要因となっている中、コアも低下傾向にある。また生産者物価は資源価格の下落等全体が低下する中で、特に生産過剰業種の鉄金属加工業が低迷している(第2-3-18図(2))。こうした物価の動向は、景気が下振れする中で需給の緩みを反映していると考えられる。
(4)財政・金融政策
政府当局は、インフレを昂進させない成長率を上限、都市部における年間1,000万人の新規雇用創出が実現可能な成長率を下限とした「合理的区間」で経済が安定成長するよう、小刻みかつ対象を絞った政策対応を実施している。14年以降、農業部門や零細企業の支援のほか、鉄道や保障性住宅30のインフラ投資の拡大等といった景気の下支えを行ってきた。
また、14年後半以降景気を表す指標が悪化したこともあり、全金融機関を対象とした基準金利や預金準備率の引下げを行った(第2-3-19図)。金融政策は穏健(中立)ながらも、やや緩和スタンス寄りで景気を下支えしているとみられる31。
15年の特徴としては、財政政策にも力点を置き、財政赤字を拡大させても、景気を下支えする方針が示されている。例えば、税制面では、15年2月に法人税の減税対象を、これまでの年間課税所得10万元以下から20万元以下へと拡大33するなど、企業の税負担を軽減する措置が採られた。
一方、世界貿易の伸びが低下し過剰生産を抱える中で、中国国内の企業の投資や銀行の融資が収縮しており、どこまで政府の景気下支え策が実効性を発揮できるか不確実性も高い。また、過剰投資・過剰債務という構造問題の解決を進める過程において、信用収縮等の金融面での混乱が生じた場合には、景気下支え策の効果を低減させるリスクがある。前述したように、地方政府財政の健全化推進や金融システムにおける預金保険制度の創設等、経済におけるリスクが顕在化するのを未然に防止するための構造改革を推進する一方で、財政・金融政策の活用による景気の安定化に努めているが、引き続きその対応状況を注視していく必要がある。
3.アジア貿易への影響34
前述したように、中国の輸入は14年以降、弱い動きとなっている。中国の輸入は従来加工貿易を通じて輸出の伸びと密接に連関して推移してきたが、14年以降かい離している(前掲第2-3-15図)。
中国の輸入を欧米等の最終需要地に向けた加工貿易と中国の国内需要に向けた一般貿易とに分けてみると、特に14年後半から、資源価格の下落や中国の内需の伸びの鈍化を受けて、一般貿易の伸び(金額ベース)が大幅に減少している(第2-3-20図)。
このためアジア主要国の中国向け輸出は減少傾向にある(第2-3-21図)。
一方、この減速の背景は、各国の中国向けの貿易構造によって違いが生じている。アジア主要国の中国向け輸出の主要品目をみると、韓国、台湾以外は原材料等の素材のシェアが大きい(第2-3-22表)。
そのため、インドネシア、タイ、マレーシア等の原材料輸出のシェアが高い国では、中国の内需向けの一般貿易輸入の減少に伴って、輸出が大幅な減少に転じている(第2-3-23図(1))。また韓国、台湾についても、輸出において化学製品やプラスチック・ゴム等のシェアが一定規模あることから、原材料と同様に、中国の一般貿易輸入の減少に伴って、これらの財輸出は減少に転じている。
一方、部品のような中間財等の中国向け輸出は、台湾を始めとして中国の加工貿易輸入の動きと相関関係がみられ、伸びが鈍化している35(第2-3-23図(2))。
以上のように、中国の固定資産投資等の内需の伸びの鈍化が輸入減につながっており、その他のアジアの国々の輸出に影響を与えていることが分かる36。また、アジア以外の世界各国の中国向け輸出にも影響を与え、世界経済の成長の下押し要因になることが懸念される。そのため、今後の中国の景気動向を注視していく必要がある。
4.まとめ
現在の中国経済は、これまでの投資依存型の高成長により、長年にわたって積み重なってきた構造問題に対応しつつ、安定成長に移行していかなければならないという難しい課題を抱えている。
構造調整と成長安定のバランスをとるために、中国政府は前述のとおり、地方政府財政や金融制度の改革により、過剰投資や過剰債務といった構造問題への解決に取り組むと同時に、対象を絞った小刻みな政策対応を行い、15年については7%前後の経済成長率を維持しようとしている。
一方、世界経済の景気回復が緩やかなものにとどまるとの見通しの下、外需主導の景気回復を期待することは困難であり、中国経済の安定的な成長を継続していくためには、政府の景気下支え策がどこまで実効性を発揮できるかが課題になる。
中国政府も認めるとおり、マクロ経済運営は困難や試練に直面し、引き続き難しい舵取りを迫られているが、中国経済の安定成長は、中国自身だけでなく世界経済にも極めて重要であるため、適切な政策運営が期待される。