第2章 第2節
ヨーロッパ経済-ユーロ圏は個人消費を中心に持ち直し
ヨーロッパ経済は、ユーロ圏では実質経済成長率が8四半期連続でプラスとなっており、2015年1~3月期にはこれまで低迷していたフランス、イタリアも堅調な伸びとなった。また、英国では実質経済成長率の伸びはやや鈍化しているものの、9四半期連続でプラス成長となるなど回復が続いている。
本節では、主にユーロ圏の経済情勢と持続的な成長実現に向けた取組について概観した後、ヨーロッパ経済の先行きに関する主な留意点について詳述する。
1.ユーロ圏の経済概況と成長実現に向けた取組
(1)経済概況
ユーロ圏全体の実質経済成長率は8四半期連続プラスとなり、景気は持ち直している(第2-2-1図)。15年1~3月期はスペインが前期比年率3.8%と一段と高い伸びとなったのに加え、これまで低迷していたフランスとイタリアもそれぞれ同2.2%、同1.2%と堅調な伸びを示した。他方、ドイツは同1.1%と伸びがやや鈍化した。
ユーロ圏の実質経済成長率の需要項目別内訳をみると、個人消費は13年4~6月期以降プラスに寄与しており、14年7~9月期以降は寄与度が拡大している(第2-2-2図)。輸出も13年1~3月期以降プラスに寄与しているが、内需の堅調さから輸入も増加していたため、14年10~12月期より以前は純輸出の寄与は比較的小さいものにとどまっていた。
消費の堅調さの背景には、物価下落による実質賃金の増加があるとみられる(第2-2-3図)。特に14年後半以降は原油価格下落により、物価下落が加速したことが実質賃金の伸びに寄与している。また、中低所得層向けの減税や雇用環境の改善も消費を下支えしていると考えられる。
フランスでは、14年1月から、課税所得額が法定最低賃金(月額1,457.52ユーロ)の1.1倍までの低所得者層について、独身者350ユーロ、夫婦世帯700ユーロの定額控除(総額12億ユーロ)を実施した。さらに、15年1月からは最低課税率(5.5%)を廃止するなどの税率改定(総額33億ユーロ)も実施している。イタリアでは、14年5月から、中低所得層(年収25,000ユーロ未満)の所得税減税(一人当たり1,000ユーロ分の手取り増加)を実施している。スペインでも、15年1月から、中低所得層を中心とする所得税減税(15年は全体平均前年比▲8.06%、所得18,000ユーロ未満は同▲26.58%)を実施している。
ユーロ圏全体の失業率は、15年3月には11.3%となり、依然高水準ではあるものの低下傾向にある。景気回復に加え、後述するように、これまで実施してきた若年者等への雇用対策の効果がようやく現れ始めていることも雇用改善の要因の一つとみられる。ただし、スペインは高水準ながら低下しており、ドイツでは引き続き低水準で推移している一方、フランスでは高止まりしているなど、国ごとにばらつきがみられる。
財輸出も増加しており、14年9月以降のECBの追加金融緩和によるユーロ安の効果が徐々に出始めているとみられる(第2-2-4図(1))。15年1月以降、更にユーロ安が進んでおり、輸出が増加することが期待される。ただし、ロシア経済の一段の悪化(ロシア中銀成長見通しは15年▲5.8%)やルーブルの対ユーロ為替レートの急落によるロシア向け輸出の減少が輸出全体を引き続き下押しするとみられるため、伸びは緩慢なものにとどまると見込まれる(第2-2-4図(2))。
なお、14年7月に決定した輸出入制限を含むロシアに対する経済制裁は、3月のEU首脳会議において、15年2月のミンスク停戦合意が完全に履行されるまで継続することで合意した。
ユーロ圏の固定投資は14年10~12月期に増加に転じたものの、依然として08年7~9月期の世界金融危機以前のレベルを大幅に下回っている(第2-2-5図)。内訳をみると機械設備投資、住宅投資のいずれも危機前のレベルを大幅に下回っている。機械設備投資は13年1~3月期を底に持ち直しの動きがみられるが、14年10~12月期は前期比年率▲0.1%となり、力強さに欠ける動きとなっている。
欧州委員会の分析によると、このように固定投資の回復が遅い背景には、需要の弱さや実質金利の高さに加えて、民間のバランスシート調整の影響が大きいとされている1。そこで、企業の債務残高の推移をみると、スペインは改善しているものの、ユーロ圏全体では高止まりしている(第2-2-6図)。
ただし、ECBの銀行貸出調査によると、ユーロ圏の企業の投資関連資金需要は、14年10~12月期には11年半ば以降初めて増加に転じており、民間投資に回復の兆しがみられる(第2-2-7図)。さらに、後述するように、3月に開始された国債購入を含む量的緩和策を受け、銀行の貸出態度も緩和している(後掲第2-2-16図)。
こうした中、欧州委員会はユーロ圏経済の持続的な成長実現には投資の回復が重要とし、欧州投資プランを発表するなど投資喚起のための取組を進めており、その効果が注目されている。
(2)持続的な成長実現に向けた取組
欧州委員会は、15年の経済政策の指針となる「年次成長概観」において、経済的優先事項として投資促進、構造改革、財政責任の三つを挙げ、「成長と雇用の拡大」及び「財政規律の遵守」の両立を目指すとしている。以下では優先事項に挙げられている、投資促進、構造改革、財政責任に関する取組についてみていく。
(i)投資促進
「欧州投資プラン」は14年11月に欧州委員会から提案され、12月のEU首脳会議において合意された。同プランは、EU予算80億ユーロを裏付けとした160億ユーロの保証及び欧州投資銀行(EIB、European Investment Bank)2からの50億ユーロの拠出により「欧州戦略投資基金(EFSI、European Fund for Strategic Investment)」を設立し、主に民間投資を喚起することにより15倍の乗数効果(multiplier effect)を見込み、3年間で合計3,150億ユーロ(ユーロ圏GDP比約3%)以上の投資を実現する内容となっている(第2-2-8図)。1月に欧州委員会がEFSI設立規則案等の同プラン実施に係る4つの規則案を欧州理事会及び欧州議会に提出した。欧州理事会は15年6月までにEFSIを設立するための規則案に合意することを欧州議会に要請していたところ、5月末に欧州議会と暫定合意に至った。
なお、15倍という乗数効果は、これまでのEUプログラムやEIBの経験から堅実な想定の下に計算された平均値を参考にしており、EFSIが初期リスクの負担をすることにより、基金が保証する金額の3倍の公的融資が提供可能となり、さらにこの公的融資がその他の投資を呼び込み、その5倍の資金が集まるとしている。
同プランの対象となるプロジェクトの選定に関しては、欧州委員会・EIB合同タスクフォースが、透明性の高い資金供給のためのパイプライン・プロジェクトを構築する役割を担っている。同タスクフォースの12月の報告書によると、欧州全体で約2,000のプロジェクト(総額約1兆3,000億ユーロ)が同投資計画の候補として絞り込まれており、このうち5,000億ユーロ以上のプロジェクトが3年間で実施される可能性があるとしている。4月には、スペインの医療分野の研究投資、クロアチアの主要空港の拡張、アイルランドにおける14の医療センターの新規建設、イタリアの産業革新への支援の4件が最初のプロジェクトとして承認された。
加えて、「欧州投資プラン」に関連する中小企業プロジェクトに対する欧州投資基金(EIF、European Investment Fund)3を通じた資金供給について、EFSI創設前の4月下旬に可能とする方針を2月に決定した。
4月時点で、ドイツ、フランス、イタリア及びポーランドがそれぞれ80億ユーロ、スペインが15億ユーロ、ルクセンブルクが8,000万ユーロをEFSIへ拠出することを表明している。
また、欧州委員会は、資金調達環境を改善し、投資を促進するため、19年までの資本市場同盟(CMU、Capital Market Union)の創設も目指している。2月にCMUの創設に向けたグリーンペーパー(ウェブサイトを通じた意見募集用のペーパー)が公表され、意見募集の結果は15年夏に発表予定のCMUの創設に向けた行動計画に反映される見込みとなっている。
(ii)構造改革
イタリアでは、14年12月に雇用・解雇の容易化を目的とした労働市場改革法(Jobs Act)が成立し、15年2月に同法の実施に係る二つの政令(経済的理由による解雇に対する補償を金銭的補償のみとする新雇用契約及び新しい失業給付スキーム)が閣議決定された。今後6か月間で同法に係る全ての政令が閣議決定される予定となっている。
フランスでは、15年1月に小売業の日曜営業の規制緩和等を盛り込んだ経済改革法案(いわゆるマクロン法案)が議会に提出され、現在審議中となっている。さらに3月にマクロン経済大臣は、3つの柱((1)中小企業の支援、(2)投資の拡大、(3)デジタル技術の導入推進)で経済成長促進を目指す「マクロン法II」を夏頃までに策定すると発表した。
このように、少しずつではあるが、構造改革が遅れていたフランスやイタリアでも改革への取組が進められているが、その効果が発現するまでには時間がかかることが見込まれる。
なお、ユーロ圏では特に若年失業率の高さが以前から問題となっており、これまでEU全体として様々な若年者雇用対策が打ち出されてきた(第2-2-9表)。13年4月に決定された若年者保障(Youth Guarantee)では、加盟各国が実施計画を策定することが勧告され、ヨーロピアン・セメスター4を通じて実施状況が監視、見直しされることになっている。
ユーロ圏の若年失業率は、15年3月には22.7%と1年前の24.2%から低下しており、取組の効果が徐々に表れ始めているとみられる(第2-2-10図)。若年失業者の問題は引き続きユーロ圏の最優先課題の一つとなっており、60億ユーロを投入して、若年雇用イニシアチブを14、15年に集中的に実施することとしている。
(iii)財政責任
欧州委員会は15年1月に「安定・成長協定(SGP、Stability and Growth Pact)の既存のルール内における柔軟性の活用に関するコミュニケーション」を公表した。これにより、EFSIへの拠出によって財政目標(GDP比3%)が遵守されなかった場合には、その違反が小規模かつ一時的であることを条件に過剰財政赤字手続を開始しないことなど、既存の財政規律の柔軟性の活用に関するガイドラインを示した。また、同コミュニケーションでは、構造改革プランが存在することを条件に、過剰財政赤字の是正期限の延長を勧告することができるとしている。
なお、フランス及びイタリアは15年予算について、14年11月に欧州委員会から財政規律違反の懸念が指摘されていたが、前述のコミュニケーションで示した指針に基づき、欧州委員会は、フランスの財政目標達成期限を2年延長し17年に先送りすることを認め、イタリアについても経済情勢の悪さや構造改革の推進が見込まれることを考慮して過剰財政赤字是正手続きを適用しないことを2月27日に発表した。
このように「成長と雇用の拡大」及び「財政規律の遵守」の両立を目指した取組が進められているところであるが、次に述べるデフレ懸念の高まりとギリシャ情勢がユーロ圏経済の先行きに関する留意点となっている。
2.ヨーロッパ経済の先行きに関する主な留意点
(1)デフレ懸念の高まりへのECBの対応とその効果
(i)ECBによる量的緩和の実施と政策金利の動向
ユーロ圏の消費者物価上昇率は、13年10月に前年比0.7%となって以降、1年以上前年比1%を下回って推移していたが、エネルギー価格の大幅下落により15年1月には前年比▲0.6%と09年の金融危機以来の約5年ぶりのマイナスとなった。その後、エネルギー価格の動きに連動してマイナス幅は徐々に縮小し、4月には同0.0%まで戻ったが、依然低水準で推移している(第2-2-11図)。欧州中央銀行(ECB、European Central Bank)は、中期的な物価安定目標を2%に近い水準としていることから、14年9月に政策金利を過去最低水準の0.05%に引き下げ、その後も同水準で維持している。
また、ECBは15年1月22日の金融政策決定会合で新たに国債購入を含む量的緩和策(PSPP、Public Sector purchase programme)を決定し、3月9日より開始した。購入対象資産はインフレ連動債を含む国債、EU機関債、政府機関債とし、債券の下限金利は▲0.2%とすることを表明している(第2-2-12表)。14年10月から購入プログラムを実施している資産担保証券(ABS、Asset-backed securities)とカバードボンドも含め月額600億ユーロの資産購入を実施するとしている。
ECBは中銀預金金利を▲0.2%としていることから、ECBに対し商業銀行が保有する債券を売却するインセンティブが低下し、量的緩和がスムーズに運用できない可能性も懸念されたが、15年5月現在、ECBによる量的緩和は順調に進んでおり、総資産は既に13年末の水準を超えている(第2-2-13図)。このペースで資産購入が進めば、量的緩和終了期限のめどとしている16年9月より前にECBが目安としているバランスシートの資産残高3兆ユーロに達する見込みであるため、量的緩和が期限前に終了するとの観測もある。これに対し、4月15日のECB理事会でドラギ総裁は、量的緩和の縮小や早期終了の見方は時期尚早であるとして、物価上昇率が2%近い水準で持続的に安定することが確認できるまで量的緩和を継続することを強調している。
政策金利の動向をみると、14年9月以降、政策金利(主要リファイナンス金利)0.05%、限界貸出金利0.3%、中銀預金金利▲0.2%に据え置いている(第2-2-14図)。前述のとおり中銀預金金利のマイナスは量的緩和の阻害要因になり得るとの議論がある中、1月22日のECB理事会の会見でドラギ総裁は、「中銀預金金利がマイナスの場合、銀行がECBに国債を売って得た資金を預金ファシリティに置かず、民間部門への貸出に振り向けるインセンティブになる」としており、ECBは取り得る政策をすべて行うとの姿勢をみせることで民間金融機関からの実体経済への信用供与拡大を期待していることがうかがえる。
(ii)ECBの金融政策の効果
(ア)企業向け貸出残高の動向
ECBは域内の民間金融機関を通じた企業の設備投資等への貸出拡大を目指して、14年6月に個人向け住宅ローンを除く、非金融民間部門への貸出を促進する目的でTLTRO(目的型資金供給オペ)の導入を決定するなどの措置を行った。ユーロ圏内民間金融機関の企業向け貸出残高の推移をみると、ドイツ、フランス、イタリアでは前年比プラスとなり、スペインでもマイナス幅が縮小するなど、増加傾向にある(第2-2-15図)。14年9月及び12月に域内民間金融機関に対して行われたTLTRO利用の入札での利用状況は芳しくなかったが、15年3月19日に公表された第3回TLTRO利用の入札結果は市場予想の約400億ユーロを大きく上回る978億ユーロの供給となった。15年1月22日のECB理事会においてTLTROの適用金利を従来の主要金利オペ金利+10bpsから上乗せ金利分を廃止したことに加えて、中銀預金金利がマイナスとなっていることが企業向け貸出のインセンティブになったとみられる(第2-2-16図)。
今後、量的緩和等の措置が、ユーロ圏全体の銀行貸出の増加や物価の安定的な上昇に着実につながっていくか注視する必要がある。
なお、15年3月にECBが発表したユーロ圏の経済見通しでは、エネルギー価格下落による影響により15年の物価見通しを大幅に下方修正されているが、17年は1.8%とされており、ECBが中期的物価目標としている2%に近づくと見込まれている(第2-2-17表)。
(イ)ユーロの為替動向
為替動向をみると、14年半ば以降、ドラギ総裁によるアナウンスメント効果で量的緩和期待が市場で高まる一方で、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)による金融政策正常化に向けた利上げ観測が高まったことから、ユーロはドルに対して大幅に減価していた。その後、量的緩和を開始した15年3月9日以降、ユーロ安が加速したが、4月以降、アメリカの早期利上げ観測が後退したことでユーロ安は一服している(第2-2-18図)。ECBのドラギ総裁は為替動向を政策目標とはしていないものの、ユーロ安による輸出の価格競争力の改善が景気回復につながるとしており、ユーロ圏経済をみる上で今後の為替動向を注視する必要がある。
(2)ギリシャ等政治情勢の影響
(i)ギリシャの政治情勢とデフォルト懸念
ギリシャでは、大統領の任期が15年3月に満了となることから、次期大統領の選出が14年12月に前倒しで行われたが、3回の議会投票で新大統領の選出ができなかったため、議会が解散され、15年1月に議会総選挙が行われた。
これまでの緊縮政策による失業増加等で国民の不満が増大しており、総選挙の結果、反緊縮を掲げる急進左派連合(SYRIZA)が300議席中149議席を獲得した。
新政権は、2月末まで期限が延長された現行支援プログラム(2次支援)の再延長はせず、債務再編や15年の基礎的財政収支黒字目標引下げ(GDP比3.0%→1.5%)をEU等に要求し、過去の政権が支援の条件として約束した国有企業民営化や公務員削減等の撤回を表明した(第2-2-19表)。
支援継続の見通しが立たないことから、ECBは2月4日、ギリシャに対する適格担保規定の特例措置5を撤廃した。これにより、適格担保を有しないギリシャ国内の銀行はギリシャ中銀による緊急流動性支援(ELA)によって流動性を確保することになった。なお、緊急流動性支援の上限額は2週間ごとにECB理事会によって判断され、5月20日時点で802億ユーロまで引き上げられたとみられる。
ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)等はあくまでも二次支援プログラムの条件の順守をギリシャに要請したため、結局ギリシャは支援プログラムの延長を要請し、2月下旬には、支援プログラムの6月30日までの延長が正式決定された。
2月の合意では、支援の条件となる改革の詳細を4月末までに具体化し、ユーログループの承認を受けることとされたものの、その後、改革案に関する専門家レベルの協議が進展せず、ギリシャ政府の資金枯渇懸念が市場で浮上した。
これまでの緊縮政策の成果もあり、ギリシャの基礎的財政収支は目標を上回るペースで改善していたが、選挙による先行き不透明感から税金の滞納が増加し、足下では歳入が減少しているといわれている(第2-2-20図)。支援プログラムによる融資が実施されなければ、7、8月に集中している国債償還ができずにデフォルトすることが市場では懸念されている(第2-2-21図)
こうした情勢を受け、ギリシャ国債利回りは14年末以降急上昇している。ただし、3月に開始されたECBの国債購入策の効果もあり、その他の南欧諸国等の利回りは低下しており、15年5月現在、影響の波及はみられない6(第2-2-22図)。
3月20日に行われたギリシャ当局、独仏首脳及びEU当局との非公式会合の結果、ギリシャは数日中に具体的な改革案の完全なリストを提出することとされ、ギリシャはその後数回にわたりEU等に対し改革案を提出したが、内容が不十分だったことから、5月11日のユーロ圏財務相会合後も合意には至っていない。
ただし、合意に至った場合も、公約違反となる改革関連法案の採択に際して仮に連立政権内での合意が得られず、再選挙や国民投票を実施することになれば、その間、支援融資は実施されずに資金繰り難が続くこととなる。
協議がこう着したまま、デフォルトという事態に陥った場合には、ユーロ建てとなっている支援プログラムによる融資やECBが保有するギリシャ国債等の償還が困難となり、ユーロ圏の金融市場の混乱やユーロ圏諸国の財政悪化のリスクがある。他方、ギリシャにとっても、デフォルトは状況をさらに悪化させる。ELAが停止されるため、ギリシャの市中銀行は流動性危機に陥り、預金封鎖や資本規制を導入せざるを得なくなる可能性が指摘されている。また、ギリシャのユーロ圏離脱の可能性も指摘されているが、仮に離脱してギリシャ独自の通貨を採用した場合、独自通貨は対ユーロで大幅な減価となることが想定され、ハイパー・インフレを引き起こす可能性もある。独自通貨の減価によって価格競争力が高まったとしても、ギリシャはほかの南欧諸国等と比較しても製造業の比率が低いため、輸出増による経済再建は困難と考えられる(第2-2-23図)。
なお、ポルトガルやスペインでも、15年中に選挙が行われる予定であり、ギリシャ同様反緊縮を掲げる政党が躍進することによる政治リスクが指摘されている。しかし、両国とも既に支援プログラムを卒業し、財政緊縮ペースが緩やかになっていることに加え、マクロ経済情勢はギリシャよりも良好であるため、ギリシャのような事態に陥る可能性は低いと指摘されている(第2-2-24図)。
(ii)英国の5月総選挙の結果と将来の政治的リスク
英国では、移民の急増による社会的な摩擦の増大や欧州政府債務危機後のEU統合深化により、数年前から反EUの機運が高まっていた。こうした世論を受け、保守党の劣勢を挽回する意図等から、キャメロン首相は13年1月に、15年5月の下院総選挙で政権を維持すれば、EUとの関係見直し協議を行った上で、17年末までにEU離脱の是非を問う国民投票を実施することを表明していた。
その後、14年に行われた欧州議会議員選挙で、移民数の制限や移民への社会保障給付の制限を主張し、EU離脱を掲げる英国独立党(UKIP)が、英国議席の第一党(73議席中24議席)を獲得したことから、英国のEU離脱の可能性が更に注目されるようになった。
英国への長期移民(常住国から少なくとも12か月以上離れている者。以下、「移民」という。)の動向をみると、特に04年のEU拡大後にEU圏内からの移民が増加している(第2-2-25図)。英国政府は、14年5月に入国管理法を改正するなど、移民制限等のために入国管理制度の改革を進めている。しかし、制限の対象となるのはEU圏外からの移民のみであり、EU圏内からの移民制限はEUの法体系では難しくなっている。
15年5月7日の英国下院総選挙の結果、与党・保守党が単独過半数(定数650議席中331議席)を獲得し、短期的には政治上の大きな変動は見込まれない結果となった。しかし、EU離脱の是非を問う国民投票が実施される可能性が高まったことは、中長期的には英国及びユーロ圏経済にとってリスク要因となる。また、スコットランド国民党が議席を大幅に伸ばしたこと(6議席→56議席)から、14年9月に住民投票で否決されたスコットランド独立問題が再燃する可能性にも留意する必要がある。
なお、英国がEUを離脱した場合は、EU加盟国への輸出に関税が新たに課せられることによる輸出減等により英国経済に与える影響は大きいものの、ドイツやその他のEU加盟国に対する影響は英国ほど大きくないとの試算がある7。
コラム2-2:長期停滞論(Secular Stagnation)に関する欧州委員会の分析
長期停滞論とは元々1930年代にアメリカの経済学者ハンセンが大恐慌からの回復が緩やかにとどまっている状況を指して唱えたものである。一般には、長期にわたる経済の低迷が労働の履歴効果や投資減退を通じて潜在成長率を低下させ、自然利子率が低いかあるいはマイナスの状態であるため、ゼロ金利政策によっても需要を喚起することができない状態と定義される(注1)。2013年11月のIMF総会において、アメリカのサマーズ元財務長官が講演でこの議論を取り上げたことを契機として、金融危機からの回復が緩慢な先進国経済が直面する問題として長期停滞論が再び注目されている。
欧州委員会(2014)は、2024年までのユーロ圏の中期的な潜在成長率の見通しを試算し、このような議論も受けて長期停滞の可能性について以下のような分析(注2)を行っている。
1.近年の成長のトレンド
金融危機後の成長トレンドは大幅に下方屈折しており、平均成長率は1999~08年に2.1%であったのが、09~14年は▲0.4%に低下している。この3分の2は潜在成長率の落ち込みによる影響と考えられ、また、金融危機による実質GDPの損失は約9%程度とみられる。
2.低迷の要因と見通し
ユーロ圏の実質GDPの水準は14年においても金融危機前の水準に回復しておらず、潜在成長率が低下している可能性を示唆している。潜在成長率を要因分解すると、低下の背景として以下の4つが考えられる。
- (1)労働力人口増加率の減速
- (2)自然失業率(NAWRU)の上昇
- (3)全要素生産性(TFP)増加率の減速
- (4)資本増加率の減速
このうち、(4)が最大の要因である。資本増加率すなわち設備投資等の減速の背景としては、(i)需要の減退に連動している可能性、(ii)ゼロ金利の制約下で(自然利子率がマイナスのため)資本コストが高すぎる可能性がある。特に、南欧等の域内周辺国においては、金融危機前にレバレッジを効かせた過剰な投資が行われたため、銀行が不良債権償却といった形で資産を圧縮(デレバレッジ)する必要に迫られており、その影響で投資が減退している可能性がある(図)。
3.見通しとリスク
推計では15~24年の期間には潜在成長率は上向くと予測しているが、この前提は(1)高い失業率が長期間にわたる履歴効果をもたらさないこと、(2)危機前と比べて低下したTFPの伸び率の約半分が回復すること、(3)企業や家計が投資機会を活用することである。こうした前提の下で、15~24年の平均成長率は1.4%に回復し、GDPギャップはゼロになり、ユーロ圏経済は長期停滞を回避することができると予測されている。また、この期間の経済見通しの基本的なシナリオは、デレバレッジによる影響で住宅投資や設備投資が減少するため、経済成長率は今後3~4年程度低迷するものの、その後中期的には回復するというものである。ただし、見通しのリスクとして、いくつかの国における過剰債務のデレバレッジが成長へのさらなる下方圧力となる可能性に留意する必要がある。
4.結語
金融危機前の高成長時には、家計と企業が債務を増加させることによって住宅や設備への投資を拡大させたが、こうした投資は持続不可能なものであった。金融危機後の成長の停滞は、主に南欧等の域内周辺国によるデレバレッジ圧力により説明できるが、ユーロ圏では通貨統合の制度設計上の問題(銀行の単一監督や破たん処理メカニズムの欠如等)によって10年の欧州政府債務危機の影響が域内各国に波及し、停滞が長期化したと考えられる。しかしながら、現在ではESM(欧州安定メカニズム)による国境を越えた金融支援が可能である。また、銀行同盟によってより効果的なリスク管理も可能になっている。さらに、(3年間で総額3,150億ユーロの投資実現を目指す)欧州投資プランや各国の構造改革への取り組みが長期停滞を回避するために不可欠である。
(注1)Rawdanowicz, L. et al. (2014)
(注2)European Commission (2014)
コラム2-3:スウェーデンの労働市場改革
北欧諸国やオランダでは、柔軟な労働市場(flexibility)と手厚い社会保障(security)を組み合わせた「フレキシキュリティ(flexicurity)」とよばれる労働市場政策を採っている。これは労働市場の柔軟性(流動的な労働力の移動)と労働者の雇用や生活の保障は対立するものではなく、むしろ相互補完的であるという考えに基づく政策であり、2007年には欧州委員会が「共通フレキシキュリティ原則(common flexicurity principle)」をEUの雇用戦略として採用した。これは、(1)柔軟で信頼性のある労働契約、(2)包括的な生涯教育戦略、(3)効果的かつ積極的労働市場政策(ALMP)、(4)現代的な社会保障制度の4つの要素から構成されている。この戦略により、失業率を減らすと同時に仕事の質の向上を図ることで雇用主と被用者の双方のニーズに応えようとするものである。
このような労働市場政策を1990年代から取り入れているスウェーデンでは、08年秋の世界金融危機及び10年のギリシャ問題を契機とする欧州政府債務危機後にも素早い立ち直りをみせるなど、その他の欧州諸国に比べ底堅いパフォーマンスをみせている。これを支えた一因と考えられるのが、06年に登場した中道右派政権による労働市場改革である。
スウェーデンでは長期にわたり政権を担ってきた社会民主党政権においても90年代から労働訓練の提供、失業者を雇用した事業者に対する助成、手厚い失業給付からなる労働市場改革が実施されてきた。しかし、90年代には有効であったこれら労働市場政策も2000年代に入ると有効性が低下し失業率が高止まりした。そのため06年に社会民主党に代わり新たに発足した中道右派政権では、従来の福祉国家路線を維持しつつも、離職者の労働市場への復帰を促進する「就労第一の原則(ワーク・ファースト原則)」を打ち出して就労を重視する姿勢を強調し、職業訓練を縮小する一方、雇用助成の拡充(ニュー・スタート・ジョブ制度)や労働市場の求める人材と失業者の特性を踏まえた能力開発プログラムの実施(ジョブ・マッチング)により、雇用機会の創出を行った。また、失業保険についても給付要件の厳格化、保険料の引上げ等の改革を実施、これに加えて、中低所得者を対象とする勤労所得減税や家事サービス、家屋補修サービス利用の税控除、外食に係る消費税等の各種減税で雇用機会の創出と需要の喚起により、就労インセンティブを高める政策を実施した。
スウェーデンでこのような改革を可能にした労働市場の特徴として下記の三点が挙げられる。一つは就労を促す社会規範「就労原則(arbetslinjen)」が存在し、女性を含め就労率が高いこと(14年66.2%)である。第二に、労働組合の組織率が高く(13年67.7%)、協調的な労使関係があることである。第三に、労働移動を促進する仕組みがあり、労働移動が活発なことである。スウェーデンでは、労働組合は余剰人員の整理解雇を受け入れる代わりに、政府や企業が職業訓練や再就職を支援するとの役割分担が行われている。そのため雇用調整スピードが速く、産業間の労働移動が活発で、低生産性部門から高生産性部門に労働力を移動させることにより産業構造の転換を図ることが可能になる。これがスウェーデンの底堅い経済成長を支えていると指摘されている。