第1章 第4節
産油国への影響
原油価格の下落は、原油の純輸入国では実質所得の上昇等のメリットをもたらす一方、原油に依存する産油国の経済や財政にデメリットをもたらしている。最新のIMFの経済見通し(2015年4月)では、主な産油国の15年の成長率見通しが下方改訂されている(後掲第1-4-10表)。以下では、まず産油国がどの程度原油に依存した経済・財政構造になっているかを確認し、次に原油価格の下落がこれらの産油国経済に与える影響を考察する。最後に一部の国において原油依存から脱却しようとする動きがみられることを紹介する。なお、分析対象としては、原油の主な純輸出国であるOPEC加盟国1及びロシアを取り上げる。
1.産油国の経済構造
産油国の経済は原油輸出に大きく依存しており、原油価格の変動が経済に与える影響は大きいと考えられる。産油国の原油輸出の名目GDP比は10~13年で約3割となっている。特にサウジアラビアやロシアでは95~99年と比較して、10~13年は大幅に上昇している(第1-4-1表)。
産油国の経済構造は先進国とは大きく異なっている。産業別の名目GDP構成比をみると、先進国に比べて鉱業の占める割合が高い一方で、サービス業の占める割合が低い。サウジアラビアとアメリカを比較すると、例えば鉱業は、アメリカでは3%未満に過ぎないが、サウジアラビアは5割近く(45.1%)を占めている。また、サービス業の占める割合は、先進国では7割前後であるが、中東産油国においては4割未満である(第1-4-2表)。
また、産油国の経常収支をみると、原油価格が上昇していた局面においては原油輸出額の増加によって大幅な経常黒字が計上されており、あわせて外貨準備高も積み上げられていた(第1-4-3図)。
労働市場に目を向けると、中東産油国では外国人労働者に依存している国が多く、労働力率は、自国民が非自国民を大きく下回っている(第1-4-4表(1))。一方、大卒以上の学歴を持つ非自国民は2割未満と教育レベルが高くないため、低スキル業種に従事することが多くなっている2(第1-4-4表(2))。
2.産油国の財政構造
産油国の財政構造を概観すると、歳入の大半を原油・天然ガスからの収入に依存している。また、中東産油国では個人所得税や消費税・付加価値税を徴収していない国が多い(第1-4-5表)。
一方、中東産油国の歳出は増加傾向が続いている(第1-4-6図)。例えば、サウジアラビアでは、テロ対策や若年層の失業対策3等のため、国防・治安や人的資源開発への支出が増加しており、この二つが歳出の半分以上を占めている(第1-4-7図)。また、保健・社会開発、一般行政の支出も増加してきている。15年度予算では、保健・社会サービス分野に前年比48.1%増の1,600億サウジ・リヤル(約430億ドル、GDP比5.7%)が割り当てられており、3つの病院新設や社会福祉・労働サービスを提供する5つのセンター建設等を含むプロジェクトが盛り込まれている。
さらに、産油国では石油のみならずガスや電気にも補助金を出している国が多く、特に中東諸国では一人当たりの燃料補助金額が2,000ドルを超えている国も存在する。燃料補助金総額のGDP比をみると、国によって2%台から10%超となっており、財政の大きな負担となっている(第1-4-8図)。
なお、前節でみたアジア諸国と同様に、中東諸国の中にも燃料補助金削減の動きがみられる。例えば、UAEのドバイやカタールでは燃料や電気料金の引上げが始まっている。また、クウェートではディーゼル油や軽油の価格引上げとともに、毎月価格を見直す仕組みの法制化が計画されている4。低水準の原油価格が続けば、こうした燃料補助金削減の動きが進むと見込まれ、予算の効率的な配分に資すると考えられる。
3.原油価格下落の影響
産油国の経済成長は原油価格の動向に大きく影響を受ける。主なOPEC加盟国の平均成長率をみると、原油価格が低位で安定していた86~99年には、おおむね2~4%程度にとどまっていたのに対し、原油価格上昇局面であった2000~12年をみると、ばらつきはあるものの4~12%に上昇していた(第1-4-9表)。
(1)原油価格急落と経済見通し
国際機関の経済見通しをみると、原油価格急落が十分に織り込まれていななかった14年10月の見通しと比較して、原油価格が急落した後の15年4月の見通しでは産油国の多くで経済見通しが大幅に下方改訂されている(第1-4-10図)。
産油国の経済の減速が実体経済面で世界経済に与える影響は限定的であると考えられる。原油の純輸出国が世界のGDPに占める割合は約2割であり、OPEC及びロシアに限定すれば更に小さくなる5。
上記でみたとおり、中東産油国は歳入の大部分を原油等に依存しているため、原油価格下落は、財政収支を悪化させる。また、輸出の多くを原油に依存しているため、経常収支も悪化させる。IMFの試算によると、15年の財政収支及び経常収支が均衡する原油価格は多くの国で現行の原油価格を上回っており、財政赤字ないし経常赤字を余儀なくされる見込みである(第1-4-11図)。
原油価格下落に対する耐性は、国によってばらつきがみられる。産油国の外貨準備高をみると、サウジアラビアを始めとした中東諸国は一般的に適正水準と言われる平均輸入額の3か月分を上回っている。原油価格下落を受けて、特にロシアとエクアドルでは外貨準備/輸入月数が14年6月から15年1月にかけて低下した(第1-4-12表)。
以下では、原油価格の下落に伴って14年12月に通貨ルーブルが急落し経済への影響が懸念されたロシアと、景気悪化が深刻になっているベネズエラについて、原油価格下落の影響を概観する。
(2)ロシアへの影響
ロシアでは、13年から景気が減速しており、ウクライナ問題に端を発する欧米の経済制裁(14年3月~)の影響を受けて景気が一段と減速した。加えて、14年後半の原油価格下落の影響で11月後半以降ルーブルが急落したこともあって、経済状況が悪化している。通貨下落によってインフレが加速したため、ロシア中央銀行は12月に大幅の利上げ(10.5→17%)に踏み切った6。その後、ルーブルは15年3月時点では1ドル=60ルーブル程度で安定している。
経済制裁や原油安の影響もあって、消費者や企業のマインドは顕著に低下しており、制裁対象の企業の業績も減益発表が続いている(第1-4-13図)。14年に入ってからは民間部門の資金流出が加速した(第1-4-14図)。また、ロシア政府は歳入の約半分を原油に依存しており、IMFによると、財政収支は原油安やこれに伴う景気悪化によって、14年のGDP比▲1.2%から15年は同▲3.7%にまで悪化する見込みである。
こうした状況から15年の経済見通しは前年を大幅に下回る見込みとなっている。ロシア中銀(3月)は15年の実質経済成長率を前年比▲3.5~▲4.0%、IMF(4月)は同▲3.8%と見込んでいる。
(3)ベネズエラへの影響
ロシアに比べて、ベネズエラはさらに深刻な状況である。同じ産油国ではあるものの、ベネズエラは原油の生産コストが高いという重大な弱点を抱えている。ベネズエラの原油の主な生産拠点は、マラカイボ(中・軽質油)の老朽化に伴って、90年代末に東部(主にオリノコデルタ)に移転した。東部の超重質油は生産コストが高く7、原油価格が高水準でないと採算に合わない状況となっている。
加えて、チャベス前政権下では国営ベネズエラ石油(PDVSA)への投資が十分になされず、また、02~03年のゼネストで大規模な解雇が発生するなど混乱が生じた8。PDVSAの経営は政府の介入等により悪化し、原油生産はチャベス大統領就任当初(99年)と最終年(13年)で16.1%減少した(第1-4-15図)。
チャベス前政権が推進した海外企業の国有化や、低所得層への補助金等の拡充といった政策は、ビジネス環境の悪化と財政赤字の拡大をもたらした。財政赤字の拡大に対して、中央銀行がこれをファイナンスしているため、インフレがこう進している(14年末で68.5%)(第1-4-16図)。
こうした状況に加えて、ベネズエラは輸出の約97%(11年)を原油に依存しており、原油価格下落によって経済の悪化に拍車がかかっている。14年の実質経済成長率は▲4.0%となり、15年も更に悪化する見通しである(IMF(2015a)による15年の実質経済成長率の見通しは▲7%)。また、15年2月にはS&Pが長期国債の格付けを「CCC9」に引き下げ、見通しを「ネガティブ」とした。
4.原油依存からの脱却の動き
以上みてきたように、産油国では、経済や財政が原油に依存しているため、原油価格の変動が経済に大きな影響をもたらしている。一般に資源依存度が高い国では輸出が市況に左右され不安定な傾向があるため、持続的かつ安定的な経済発展を実現するためには産業の多角化が求められている(第1-4-17図)。
産業の多角化は産油国の長年の課題となっており、多角化を進める中長期の国家計画が策定されてきた。しかし、2000年代の原油高の時期において、多くの国ではむしろ原油依存度が上昇した(第1-4-18図)。
一方、UAE(アラブ首長国連邦)のドバイやカタールでは原油依存度が低下している。
ドバイはUAEの7つの首長国の一つであるが、資源が豊富なアブダビ首長国と異なり、元々石油埋蔵量が少なく(鉱業・採掘業のGDPに占める割合は約3%(12年))、鉱業以外の産業の育成を進めざるを得ない環境にあった。
ドバイでは、サービス業(金融、卸・小売、輸送、不動産等)や製造業が成長の柱となっている。外国企業を優遇するフリーゾーン(経済特区)の整備により直接投資が増加するとともに、中東の金融センターとしての地位を確立した。世界最大の人工港とハブ空港を有し、観光立国でもある。
UAE全体でも、現行の開発計画10において、更なる経済の多角化を進め世界で最もビジネスがしやすい国を目指している。例えば、WEF(世界経済フォーラム)の国際競争力ランキングでは、インフラの競争力が06~07年の世界第25位から14~15年には第3位に躍進した。
カタールは、サウジアラビアやUAEに比べると原油埋蔵量は乏しいものの、天然ガスは豊富(世界4位)であり鉱物性燃料に依存した経済となっている。ドバイの成功に触発されて産業の多角化を進めている。外国企業誘致のために税制優遇、規制緩和等が進められており、電気通信などの国営企業も民営化された。また、ドバイに倣いフリーゾーンも設立されており、外資企業の誘致や地場企業の育成を目的としたカタール科学技術センターや、地域の金融センターを目指したカタール金融センターが設立されている。
産油国でビジネスを進める上での障害としては、制限的な労働規制や労働者の教育が不十分なこと、金融へのアクセスが不十分であることなどが挙げられている。産業の多角化を進める上ではこれらの視点にも配慮した政策を行うことが重要となる(第1-4-19表)。
産油国の産業の多角化は成長の振幅を低下させ、地域・世界経済の安定化にも寄与すると考えられる。原油輸出を原資とした公的部門主導の成長から民間部門主導の成長へと移行するため、更なる投資・ビジネス環境の改善や人材育成が望まれる。
コラム1-2:ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)
産油国をはじめとした資源国は、天然資源から得た収入や財政黒字をもとに政府系ファンドを設立している(表)。SWFI(Sovereign Wealth Fund Institute)によると、政府系ファンドの規模は08年3月の約3.4兆ドルから15年4月には約7.1兆ドルと、7年間で約2倍になった注。14年10月時点でSWFに占める石油・ガス関連の割合は59.5%となっており、地域別でみると中東が37.1%を占めている。
政府系ファンドは、金融資産のほか、ホテル等の商業用不動産やインフラ等への投資も行っており、産油国の経済の多角化に間接的に寄与していると考えられる。
政府系ファンドは情報開示が十分に行われておらず、不透明な部分が多い。その動向を正確に把握することは困難であるが、原油価格の下落によってこれらの資産を取り崩したり、資産構成を変更したりする場合には、国際金融市場の変動につながる可能性があることに留意する必要がある。
(注)14年の世界の金融資産総額は約294兆ドル程度と試算されている(ドイツ銀行)。