第1章 第3節
アジア新興国への影響
世界の一次エネルギー消費のシェアをみると、アジア新興国のシェアは世界全体の3割超と、2000年の2割弱から大幅に上昇しており、エネルギー価格に与える影響が高まるなど、エネルギー市場におけるアジア新興国のプレゼンスが高まっている(第1-3-1図)。
特に、長年にわたって高成長を遂げてきた中国のシェアは世界全体の2割強と、アジアの約3分の2を占めており、北米を超える水準まで高まっている。
以下では、アジアの主要新興国(中国、インド、インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム。以下「アジア主要国」という。)における原油価格下落の影響について概観する。
1.実体経済への影響
アジア主要国をみると、インドネシアでは、14年11月の燃料補助金の削減により、消費者物価上昇率は上昇しているが、それ以外の国では原油価格の下落等により、消費者物価上昇率はおおむね低下傾向にある (第1-3-2図)。
原油価格の下落はこのような物価上昇圧力の低下による実質所得の増加に加え、企業の生産コストの低下等により、アジア主要国に総じてプラスの影響を与えるとみられる。
ただし、そのインパクトは、各国の原油及び石油製品の貿易収支が経済に占める度合い(貿易依存度)により異なる。
アジア主要国はおおむね原油及び石油製品の純輸入国1 となっており、特に輸入依存度の高いタイ、インド等では恩恵が大きいと考えられる(第1-3-3図)。産油国であるインドネシアをみても、自国消費分の輸入量が大きいため純輸入国となっており、原油価格下落は貿易赤字の縮小につながるなど、恩恵をもたらすことが期待される。
13年の各国の原油輸入量を用いて、13年と15年1~3月期の原油価格(WTI、期間平均)の約▲50%下落によって、どの程度貿易収支が改善するか試算すると、特にタイやインドでは大きく改善することが見込まれる(第1-3-4図)。実際の貿易収支の動きをみても、14年7~9月期にはタイ、インドでは、各々約83億ドル、約420億ドルあった原油輸入は、15年1~3月期には各々約48億ドル、約218億ドルとおおむね半減している2。
2.財政への影響
アジア主要国では、これまで原油価格が高騰すると各国政府が国民生活への影響等を考慮して、燃料補助金により国内の燃料小売価格を国際市況よりも低く抑える政策が採られてきた。今回の原油価格の下落によって燃料補助金政策にどのような変化が生じているかみていく。また、産油国であるインドネシア及びマレーシアの財政に与える影響を点検する。
(1)燃料補助金3及び財政赤字への影響
まず、アジア主要国の燃料補助金の支出規模をみると、一部の国では財政支出に占める割合が高く、財政の大きな負担となっていたことがうかがえる(第1-3-5図(1))。例えばインドネシアでは、13年には燃料補助金は280億ドル(GDP比3.3%)と大きく、財政赤字全体(約180億ドル)の約1.6倍となっていた。また、燃料供給コストに占める割合(燃料補助金比率)でも、インドネシアは31.3%と突出して高くなっていた(第1-3-5図(2))。
また、財政赤字に加えて、経常収支も赤字となっており、いわゆる双子の赤字(財政赤字と経常赤字)が生じている場合には、経済の基礎的条件(ファンダメンタルズ)がぜい弱であるとみなされ、投資家のマインドが悪化した際に、国外への資金流出等の問題が発生する要因となりうる(第1-3-6図)。インドネシアでは財政赤字が拡大傾向にあるほか、経常収支も自国産業を保護する貿易政策の影響や資源市況の悪化による輸出減等を背景に赤字化している。同じく燃料補助金比率の高いインドでも、財政赤字(GDP比)は13年に7.2%と高水準で推移する中、経常収支も赤字が続いている。
燃料補助金は財政赤字をもたらす要因となっていたため、各国は財政健全化を目指して既に13年より補助金削減に着手していたが、今回の原油価格下落を受けてその実施を加速する動きがみられ、それにより生じた資金をインフラ等の新たな成長基盤の強化に向ける動きもみられる(第1-3-7表)。
例えば、インドネシアでは、15年補正予算で燃料補助金を約7割削減し、その分をインフラ投資や低所得者層向けの医療、教育といった分野へのターゲットを絞った支援に転換しており、財政支出においてインフラ等は前年比約2倍、教育は同19%増となっている。
(2)産油国インドネシア及びマレーシアにおける財政収入への影響
前述したように、アジア主要国では燃料補助金の削減等、原油価格の下落により財政的なメリットを享受している。
一方、インドネシア及びマレーシアは、原油以外の天然ガスや鉱物資源等の資源の純輸出国でもあり、これら資源関連産業への依存度が高い(第1-3-8図)4。国際商品市場では原油価格のほか石炭等の資源価格も下落しており、こうした資源関連企業の収益悪化等により税収が悪化するなど、両国における財政への影響が懸念されている。ここでは両国の財政状況を点検する。
まずインドネシアをみると、15年補正予算において、原油及び天然ガスの国際価格下落等の見通しに基づき、石油・天然ガス関係の所得税(法人税含む)等5の収入額を当初予算比で約180兆ルピア減額(約144億ドル、▲36.2%)した。これにより財政赤字の拡大が懸念されるが、前述した燃料補助金削減の断行6により、財政赤字(GDP比)を当初予算の▲2.2%から▲1.9%へと抑制している。
一方、マレーシアの15年予算では、原油価格下落の変化に対応し、15年1月に歳入を138億リンギ(約38億ドル)減額した7。これに伴い歳出も55億リンギ削減されたものの、財政赤字(GDP比)目標は当初予算の▲3.0%から▲3.2%へと拡大する見通しに修正された。
3.金融政策への影響
物価上昇率の低下は、多くがインフレ基調にあったアジア主要国において、景気刺激のための金融緩和の余地を拡大させると考えられる。
実際、15年に入って、インド(1月、3月)やインドネシア(2月)等8で政策金利を引き下げる動きもみられる(第1-3-9図)。主な引下げの背景として、原油安に伴うインフレ圧力の低下等が挙げられている(前掲第1-3-2図)。
また、金利の引下げは自国通貨安に作用する面も考えられ、各国の為替動向をみると、インドやインドネシア等、自国通貨安傾向にある国が多い(第1-3-10図)。
自国通貨安は自国の輸出にはプラスに寄与する面もあるものの、アメリカの金融政策正常化(利上げ)観測の下、内外金利差等による資金流出や、それを通じた自国通貨の一段の減価による輸入インフレの懸念もあり、金融政策当局は難しいかじ取りを迫られているといえる。