第1章 第1節
原油価格下落の要因
原油価格の動向に影響を与える要因としては、主に、需給バランス、地政学的緊張(リスク)の有無、各国の金融政策や投機的資金の動向、の3つが指摘できる。本節では、このうち需要面及び供給面の動向や金融政策の影響を分析し、また過去の類似する下落局面との違いについても検証する。
1.今回の下落要因
今回の原油価格の急落には、(1)原油の需給バランスが崩れていること、(2)アメリカが金融政策の正常化に向かう中で、原油市場における投機的な動きが弱まったことが背景として挙げられる。これに加えて、14年11月のサウジアラビアの減産見送りによって、供給超過が続くとの予想が高まった。以下では、価格急落に至るまでの背景について確認する。
(1)需要・供給面の要因
2000年代に入ってからの原油の需給バランスをみると、特に10~13年までは需要超過の傾向となっていたが、14年以降は供給超過になっている(第1-1-8図)。
需給バランス悪化には、需要と供給それぞれの要因が指摘できる。
まず、世界の需要の動向について、国・地域別の寄与度をみると、各国・地域の景気鈍化等により、原油需要は中国を始めとした途上国及び先進国ともに落ち込んでいる(第1-1-9図)。途上国で最大の需要国である中国については、10年をピークに経済成長率が減速していることに伴い、原油需要の伸びも減速傾向となっていることに加え、先進国(OECD加盟国)でも需要の伸びがマイナスに寄与するようになっている。先進国ではエネルギー消費の構成において原油のウェイトが高いため、景気減速等が原油需要により反映されやすいことも指摘できる (第1-1-10図)。
次に、供給面をみると、OPECによる生産調整1や地政学的リスクの高まり等2により供給量には変動がみられる(第1-1-11図)。こうした中、12年以降は北米の寄与が大幅に高まっており、アメリカのシェール・オイルの生産量の増加により、全体の供給量が増加していることが分かる。
以上の需給双方の要因から供給超過となっている(前掲第1-1-8図)。その結果、例えば最大原油消費国であるアメリカの原油在庫は、過去最高となる水準まで急速に高まっている(第1-1-12図)3。
(2) 世界的な金融緩和政策の影響
世界的な金融緩和がもたらしたマネーの供給増と原油価格の連動も指摘できる。
08年の世界金融危機後、先進国を中心とした各中央銀行は非伝統的な手段等も用いて、大規模な金融緩和を実施してきた(第1-1-13図)。
世界全体で供給増となったマネーの一部が投機マネーとして原油市場にも流入し、原油価格に及ぼす影響が高まっており、その変動要因になっていると指摘されている。
原油先物市場における非当業者4の割合をみると年々増加している(第1-1-14図(1))。実際、非当業者のポジション(買い-売りの残高)が買越しになっているときに、原油価格が上昇する傾向がみられる(第1-1-14図(2))。また、これをアメリカの金融政策と照らし合わせてみると、アメリカが量的緩和政策を採用している期間では、非当業者が買いポジションを膨らませたことなどから原油価格は上昇し、アメリカの量的緩和政策が終了に近づくと巻き戻され下落する傾向がうかがえる。
今回の下落局面では、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)が14年10月末で資産購入プログラムを終了したことなどから、投機的な動きが弱まったとの指摘もあり5、これも原油価格下落の背景の一つとみられる(第1-1-14図(2))。
コラム1-1:過去の類似する下落局面との比較
過去の類似する下落局面としては、1980年代半ば(85~86年)の下落局面が挙げられる。下落幅は今回と同様にピーク時から▲66.5%と大幅に下落している(図1)。
80年代半ばの下落の背景について、今回の下落局面と比較すると、共通する点として、サウジアラビアの減産見送りと需給バランスの変化が挙げられる。
まず、85年7月以降、サウジアラビアが自らの増産・減産による需給調整役(Swing Producer)としての役割を担わないことを宣言して増産に転じた。さらに、85年12月のOPEC総会では、これまで数量よりも価格を重視してきた方針が大きく転換され、世界石油市場におけるOPECのシェアを確保・防衛することが決議された。このため、これを機に原油供給は大幅に増加し、需給バランスが悪化して原油価格は急落した(図2)。
次に、需給バランスの変化の背景としては、供給面ではOPECの増産以外にも、今回のシェール・オイルのように、北海油田等の非OPEC諸国による供給が増加していたことも今回と類似していると指摘できる。需要面をみても、世界景気は回復局面にあったものの、ドル高(アメリカ以外の国では自国通貨建て原油価格が上昇)、オイル・ショック後の石油消費節約技術の導入、代替エネルギーへのシフト等を背景に、今回と同様原油需要は伸び悩んでいた。
急落後は、価格低下等により需要が増加に転じたが、OPEC諸国では原油収入の低下から協調減産に反した増産もみられ、価格は低迷し続けた。88年11月のOPEC全加盟国の協調減産合意を経て、原油価格は上昇に転じた。
以上、80年代半ばの下落局面では、世界的な原油の需給バランスが変化する中で、主にサウジアラビア等のOPEC諸国の供給行動が影響したことが分かる。
今回の下落局面との比較においても、需要面では世界景気の回復の弱さ、供給面ではシェール革命の影響による需給バランスの悪化、その中でのサウジアラビアの減産見送りという共通点を指摘することができる。
相違する点としては、近年では需要面においては中国を始めとした新興国等の存在感が増していること、世界的な金融緩和の下での投機資金の影響力増大等が指摘できる。
経済のグローバル化が進んだ中での今回の下落局面は、過去と比べて、より様々な要因が絡み合っているといえよう(表1)。